２　“お嬢様”調査する

　
　ミラ級の豪華客船となると、惑星上の高級ホテルと何ら変わりない。星間旅行よりも、船内生活自体を目的とする客も数多く居る。ミラには非常に充実した施設がある。ワープ時の不快感を和らげるための装置はともかくも、正真正銘の生のオーケストラ、五十メートルの温水プール、球技場、一流歌手のコンサート、一流店を集めたショッピングセンター・・・・・そんなものを見ていると、ここが宇宙船とは思えなくなってくる。

　カイユンは、それら各種の船内サービスの印刷されたミラの分厚いパンフレットをぱらぱらめくり、
　”キャプテンはいいなァ・・・・・”
　と、リマンを出てから四十五回目の溜息をついた。マリオはうっとおしげに”ぶつぶつ言う間があったらメシでも作れ！”と、キッチンへカイユンを追いやった。カイユンは、パンフレットを持ったまま、後部にあるキッチンへ移った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「�｢�｢カイユンは羨ましがっているが、ジョーは最後の最後まで嫌がっていたな。・・・�｢�｢なあ。あれだけ”女”として扱われることを嫌悪しているにしては、髪を長くのばしているのは矛盾とは思わんか？ソーンダイク。」

　ソーンダイクは、例によって何やらいじっておりマリオの言葉を聞いているのかさえ定かではなかった。

　「しっかし・・・・・いくら名門の出といってもブランクが七年間あるんだぜ。ジョーに上流階級の暮らしができんのかな。化けの皮が剥がれないといいんだが・・・・・」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　マリオの心配をよそに、ジョーは非常にうまくやっていた。
　ダンスなどは、ジョー自身、うまくできるかどうか不安だったのだが一日目の歓迎ダンスパーティーでいざ音楽が流れだすと、足の方が勝手にステップを踏んでくれてほっとした。それ以上に驚いたのがアレックスのステップの正確さだった。滑るように、しかも力強く踊る。ジョーが踊れたのも、アレックスのリードによるものかもしれない。アレックスは全体でもうまいほうの踊り手で、体格の良いこともあって、なかなか見栄えがする。アレックスの世話に手がかかるのではないかと恐れていたジョーは胸を撫で下ろした。そして、いよいよ”親の七光を受けたおぼっちゃん”説に確信を強めるのであった。
　二人は、ダンスフロアで色々なペアと擦違いながら、心いくまで人々を観察することができた。
　個性の強い顔が多い。大金持ちにのしあがった血筋の者だから当然か。しかし、引き付けられる顔というのはあまりない。大概、顔の一部の欠陥が、他の部分の良さを壊していた。

　一番目を奪われたのは、ミラの所属する船会社の女社長、アイリーン　ニムの顔であった。四十歳をとうに越えながら、その美しさに陰りはなく、むしろ、年令が妖艶さを引き出すのに一役買っているようだった。ミラの航海時には社長自らが乗船し、サーヴィスに努めるのである。
　曲が途切れ、それぞれが自分の席に戻る途中、一人の初老の男がアレックスに”同席しませんか？”と誘った。アレックスは快諾し、シンシア（ジョーのことだ）と共に、ボーイに命じて席を移させた。
　初老の男は旅行好き、話し好きであった。彼は、隣に座っている彼の妻と、乗船してから知合ったという二人のコスモ・アーミー青年士官を二人に紹介し、そのあと、船内の装飾についてべらべらと話しだした。今は引退の身だが、ついこの間まではインテリア関係の仕事をしていたのだという。
　ジョーは、二人の士官に目をやり、そしてアレックスの方を向いた。アレックスは”大丈夫。彼らはお偉方の息子で、毒にも薬にもならないよ。僕たちの正体も知らない。”と、囁いた。
　二人の士官は、ジョーにいたく興味を示し（何といっても婚約というのはまだ解消可能なのだ！）再び音楽が始まると一人が彼女をダンスに誘った。だが、この男は必要以上に体を押しつけてくる嫌な傾向があったので、ジョーはターンのとき、ハイヒールの踵でしこたま足の甲を踏んずけてやった。そいつが足の筋を違えてギブアップすると、ジョーは大げさに心配して、空涙をに三粒こぼしてやった。
　席に戻ると、アレックスはいなかった。捜すと、フロアで、代わる代わる相手をかえて若い娘と踊っていた。ジョーの方にも、多くの男がやってきてダンスの申し込みをしたが、彼女は
　”少し疲れましたの”といって断った。その代わり、同席した初老の男と一緒に方々のテーブルに顔を出し、世間話に花を咲かせた。
　お開きになると、人々は三々五々自分の部屋に帰っていった。ジョーは打ち合せどおり、展望室でアレックス中尉を待った。
　アレックスは、来るなり、ガラスにへばりつくようなところにジョーを引っ張っていった。

　「なかなか君の評判はいいようだよ。綺麗で、おとなしい娘さんだ、って。」

　ジョーもにやっと笑ってやった。

　「中尉もね・・・・・他の娘のところに飛んでいかないようにしっかり捕まえて置けって忠告されたわ。・・・ほら、衿のところに口紅。」

　アレックスは平然として上着を脱いだ。
　二、三気づいたことを述べ、明日の予定を確認すると、ジョーは（いかにも愛し合う二人というように）アレックスと腕を組んだ。
　船室は六層、彼女たちの部屋は際上層の隣り合った部屋だった。アレックスは、ドアの前まで来ると敬礼の真似事をしてすぐ自室へと入っていった。
　ジョーは、アレックスになんらかの秘密があることを知っていた。高出力レーザーガンの件のとき、アレックスは言う必要のないことを彼女に言った。・・・コスモ・アーミーは、犯人たちの作った銃の秘密を手にいれ、自分たちの兵器として使用するために追っていたことを。であるから、ジョーたちは、銃も、銃の製作者も設計図も使いものにならなくしてしまったため、軍の上層部は落胆していること・・・・・そんなことはジョーたちに知らせることではない。それをアレックスはジョーへの個人通信という形で伝えたのだ。ジョーは、コスモ・アーミーのやり方に怒ってアレックスに左腕で銃を投げ付けた。常人の五十倍の力のある左の義手でだ。それをアレックスは平然と受け止めた。彼の腕も義手であることは間違いない。

　”一体どういう奴なんだろ”

　ジョーは、ドアの傍らのカードボックスにキイ・カードを差し入れドアを開けた。と、奥の廊下から、美しい娘がふらふらと歩いてきた。その娘に気づくと、ジョーは中に入り、大慌てでドアを締めた。肩で大きく息をし、ドアの前を確認する室内モニタで娘の顔をそっと確認した。

　「な・・・・・何でアンナが・・・・・」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　午後のティータイム。ラウンジのピアノでジョーは一曲ひき終え、席に戻ってくると近くに居た人々は拍手をした。大してうまかった訳ではない。ピアノに触れたのは久しぶりだったし、左手の義手は実に景気よくやかましい音を出した。要は社交辞令なのだ。
　アレックスは二人きりになるように、船内庭園に面した席へジョーを呼び寄せた。

　「すると、君の妹はとびのりか・・・・道理で、予約者名簿に入っていなかったはずだ。」

　ジョーは、イライラしてシュガーケースの蓋をパタンパタン開けたり閉じたりした。

　「�｢�｢一つ前の便に乗るはずが、あの子がぐずったもんでこっちに乗ったらしいわ。・・・・大丈夫よ。いじけて部屋に篭もりっきりに近いからあの子を通してあたしの素性が割れることはないわ。」


　アンナが乗っていたということを除いて、目新しい発見はなかった。
　アレックスもジョーも、人の目を盗んで所持品検査を特殊センサーを使ってさり気なく行なっているのだが（アレックスは、若い令嬢たちの部屋の隅々まで調べたという）何も出ない。今までの事件では、いつも乗客の所持品から出火し、その騒ぎのさなかに海賊船がワープして現われ、貨物室に大穴を開けて中身をさらっていくのが手口だったが、海賊の方も作戦を変えたのかもしれなかった。

　しばらくたったある日の午後、アレックスは”ロケットボール”で若い娘とゲームに興じていた。テニスとほぼ同じルールだが、フィールドが全く違う。コートは五つの部分にわかれ、違った色で塗り分けられている。色ごとに反発係数が異なりその分テニスより複雑である。そして何よりコートの維持費が目の玉の飛び出るほど高額で、一般市民は足を踏み入れる機会すらない。
　ジョーの方はというと、浮気なフィアンセの姿を見て傷ついた乙女を装い（これは予定の行動だ）ふらふらと（その実ぶらぶらと）階下へ降りていった。
　”非常口”の表示のあるややみすぼらしい昇降機で更に下へ向かい、出たところは機関部との境界らしかった。ここまで来る乗客はあまりないだろう。申し訳にせよ廊下にじゅうたんがしいてあることからして乗組員の船室区か。
　何も変わったところがなく、ジョーが上に戻ろうとしたとき、男の悲鳴が聞こえた。彼女は声の方に走った。廊下で、船室係の制服を着た男が、胸を朱に染めこと切れていた。恐ろしい傷だった。まるで工作用ドリルをつっこんだかのような傷・・・

　死んだ男は、第二ボタンをしっかり握っていた。
　それは、コスモ・アーミー正規シークレットが、小型通信機でなんとか連絡を取ろうとした必死の姿だった。　かすかな足音が上の方に消えていった。もう追い付けまい。距離がありすぎる。逆に、ジョーの姿も見られていないことも確かだ。
　ジョーは、一回は抱き起こした男の体をそっと横たえ、ペンダントのスイッチを押して他のシークレットに連絡した。
　一人のボーイがやがて走ってきた。ジョーにコスモ・アーミーの合い言葉を告げると、ボーイはジョーの血塗れの腕に大きな白いナプキンを掛けた。二人は頷き合い手短に報告しあうとその場を離れた。一度に大勢のシークレットが集合すると怪しまれるので原則として二人以上は顔を合わせないのだ。
　各人がまた別のシークレットに連絡し、全員が調査したが結果は芳しくなかった。殺された理由も、殺人者が使った凶器も皆目わからない。・・・・ドリルではなかった。・・・・・一番近いのは・・・動物の爪。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「とにかく・・・・」

　自室の洗面所で血塗れの手を洗い、ジョーは、デスクチェアに座って居るアレックスに声を掛けた。

　「今までの事件とは様子が違うわ。・・・・海賊行為以外の何かがこの船で起きつつある。・・・・殺されたシークレットは何を見たんだろう・・・」

　タオルで手を拭うと、ジョーはアレックスに歩み寄り彼の左手をまじまじと見つめた。

　「中尉の左腕には血は付いていないようね。」

　アレックスはジョーの左手を掴んだ。

　「たしかに、あの傷は義手を突き刺したようにも思えるが、僕の手には血などない。・・・・君の手にはまだこびりついているぞ。よく洗うんだな。」

　ジョーは顔色を変えず、血をタオルでこすり取った。

　「今のところ、義手とわかっているのは、あたしと中尉のみ・・・・個別検査してみます？」

　「・・・・・磁気センサーか？」

　「ええ。シールドされていれば見付けられないけれど、特殊処理されていなければわかるはずよ。あたしのは反応しないけど・・・・中尉のは？」

　「・・・御同様・・・一応やってみるか・・・・」

　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　殺人事件は内々に処理された。乗員にも艦長とアイリーンを除いては知らされなかった。
　磁気センサーが反応したのは一人だけ。詳しく調べたが、シロだった。

　そうこうするうち、第二の殺人が起きた。手口は全く同じ。左胸を深くえぐられ、死体は赤く染まっていた。　被害者はやはりシークレットで、艦長との連絡役だった。シークレットであることを見破られたのかもしれない・・・・・また、以前は確かに何もなかった場所に盗聴器が仕掛けられているのをジョーは発見したのだ。
　取り除けば逆に犯人に正体を明かす原因にもなるのでそのまま放置した。（そのおかげで、だいぶ馬鹿なままごとをしなくてはならなくなったが）
　犯人が、シークレットの存在に焦っているのは確かであった。

　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　アケルナルは、アレックスの艦であるサザンクロスと並んで航行していた。”並んで”といっても全長たかだか百三十メートルのアケルナルは中巡ながら六百七十メートルのサザンクロスから見ればオモチャのようなものだった。
　この二機の前方には、重巡”スターファイアー”が黒々とした雄姿を見せていた。この三つが、今回の護衛にあたっていた。スターファイアーの更にその前方にはミラが居る。
　ロマノフは、スターファイアーに定時報告すると、レーダー上のミラを見つめた。
　と、その点がふっと消えた。
　ロマノフはいそいで計器の点検をしたが、異常はない。他の二つの船は消えていない。

　その時、非常通話ブザーが鳴り、通信スクリーンには、スターファイアーの艦長、ムアヌ大佐の姿が現われた。カイユンも、マリオも、ソーンダイクも走ってやってきた。

　「ミラが突如ワープした。本艦は二分後にワープし追跡する。サザンクロス、およびアケルナルはワープ可能になり次第本艦をトレースして合流せよ。以上。」

　ロマノフは、軍人時代の習慣でスクリーンに向かって最敬礼し、すぐにワープの準備を始めた。
　夕食の後片付けをしていたカイユンは、サロンエプロンを外してワープ酔いを軽減させるための錠剤を飲み、シートに体を固定した。

　　トップへ