9 ソーンダイク・考える　

　カイユンとシャーリーはモーターボートで海上を疾走していた。カイエの高速艇に比べれば兎とカメのようなものだったが、モーターボートを手に入れられただけでも有り難いと思わなければいけないのかもしれない。
　シャーリーはずっと船酔いで苦しんでいたが、二時間くらいするとやっと落ち着いて、遥かな水平線を凝視していた。

　「追い付いたらどうします。」

　カイユンはハンドルを保ちつつ答えた。

　「カイエさんのそばにずっと居させてもらうだけです。一先ず、僕に出来ることはそれしかありません。」

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　ジョーはナトアの前、座りごこちのよい椅子にかけて悠然と足を組んでいた。先程までの白痴じみた可愛らしさはとうの昔にかなぐり捨てられていた。ナトアはグレーのスーツを均整の取れた体に見事に着こなし、いかにもやり手の実業家といった風だった。ジョーは艶やかに微笑した。

　「あたしたちは仕事人。調べてくれればあなたの仕事を請け負ったこともあるとわかるわ。お宅の部下たちはあたしがカイエの側だと思っているらしいけどそうじゃあない。ただ、お宅があたしたちの仕事にケチをつけてくれたのが気に入らなかったのよね。利益追求の自由はあなただって認めてくださるでしょう？こっちの経歴を洗ってもいいわよ。仕事人としての腕は一級。犯罪者としても結構いい線言ってると自負してる。宇宙船乗っ取り、政府施設爆破、軍の機密ハッカー・・・・コスモ・アーミーからは重要犯罪人としてマークされてるよ。なんなら嘘発見器にかけてもらっても結構。言ったことは全部本当のことだからね。洗脳はしない方がいいと思うよ。そのままおいといた方があたしは役に立つから。�｢�｢�｢カイエと全くつながりがないわけじゃないわ。昔の仲間の一人が向こうに付いてる。」

　ナトアは、余裕のある笑みを浮かべた。

　「あなたの腕はわかるよお嬢さん。敵に回したくはない。�｢�｢�｢私はかなり強硬な手段を取っているが、目的はただ一つ、カイエ一族神話の崩壊だ。�｢�｢�｢�｢仲間になれとはいわん。私は裏切られるのが嫌なのでね。私の目の届く範囲に居てもらって手を貸してもらうことにしよう。」

　要は、丁のいい監禁だ。

　「そういうの、好きだわ。」

　ジョーは促されて部屋から出ることになったが、その前にナトアに人差し指を突き付けた。

　「ミスター・ナトア。この部屋の警戒網は改善したほうがいいわ。天井の右端の一点にビームを当てれば回線がいかれて一部屋マヒする。見るものが見りゃわかるわよ。それと、あたしも裏切りは嫌なほうよ。だから、あなたを決して信用しないことにする。」

　ジョーが下がると部下の一人がナトアに声をかけた。

　「食えない女です。洗脳を施したほうが・・・・」

　ナトアは首を横に振った。

　「あの女の言ったとおりだ。洗脳や暗示下での人間の行動力は一段階低下する。何を考えているかは別として利用価値のある人間だよ、あの女は。殺すのは出来るだけ利用してからで良い。・・・・・・女一人に何が出来る？兵器のことが外部に漏れたとしてもカイエが手をうてるわけもなかろう？目的はあくまでカイエだ。�｢�｢�｢�｢今のうちに奴らを潰さないとたいへんなことになる。」

　ナトアは、カイエのことを考え、身震いした。自分のカイエに対する予測が正しいならば、カイエ一族は絶対に抹殺せねばならぬ。
　彼は自分の利益を第一に考える男だったが、この件はそれを抜きにしてもやり遂げねばならぬことだった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　パトリックが花柄シリアル皿三枚をテーブルに並べると、もうほとんど全快に近いロッコがコーンフレークを（自分の皿には少し余計に）入れた。続いて大きなピッチャーで伸び上がるようにしながらパトリックがミルクを注いだ。ロッコはオレンジジュースをタンブラーについだ。

　「いただきます。」

　パトリックがお祈りをして、あいさつをし、（ロッコはあいさつも抜きで）食べ始めた。ロッコがおかわりをしはじめても、パトリックの向かいに座っているソーンダイクはコーンフレークに全く口をつけていなかった。パットは大声で言った。　

　「ソーンダイク!!コーンフレークがべとべとになるよォ。」

　はっとしたソーンダイクはスプーンを手に取った。そして、そのままの姿勢で固まってしまった。
　再びパトリックが叫んだ。

　「ソーンダイク!!コーンフレークがベットベトになるよォ！」

　ソーンダイクは自分でもいかんいかんと思い、トレードマークのサングラスを外した。そして、こんな子供に話しても仕方ないとは感じつつ、問いかけてみた。

　「自分たちではかなわない敵が来て、助けを呼びたいときどうすればいいですか。」

　パトリックは直ぐ様答えた。

　「カイユンは、”火事だァ”って大声で言えって教えてくれたよ。そういう風に叫ぶと、たくさんの人が出てきてくれるって。」

　ソーンダイクは苦笑した。

　「特定の人を呼びたい場合。たとえば保安隊。しかも、頼んでも簡単には来てくれそうもないときには？」

　ロッコはみそっぱを剥出して馬鹿にした。

　「そんなの簡単じゃないか。おいらたちの世界じゃ日常茶飯事だもの。チンピラの喧嘩に巻き込まれて仲間がやられてっとするだろ？街の保安隊にありのままを知らせてもまず来ちゃあくれないぜ。そういうとき、おいらは保安隊の奴の財布なり何なりをひったくって逃げるんだ。そうして喧嘩をやってるとこまで引っ張ってくる。喧嘩の現場に来合せりゃ、渋々ながら助けてくれるのさ。とにかく、呼んできたい奴が動かなきゃいけない理由を無理遣り作っちゃうんだ。」

　ソーンダイクは弾かれたようにロッコの前にいき、スプーンを持っていないほうの手を握り、肩が抜けそうになるほど上下に振った。そして、朝食に手をつけぬまま、コクピットへと消えてしまった。

　「何だよ、あの人・・・・何だってんだ？」

　ロッコが呆気に取られて言うと、パトリックは自分の分の食器を重ねて片付け始めた。

　「ロッコ、良かったらソーンダイクの分のコーンフレークを食べちゃって。�｢�｢�｢ソーンダイクはね、ああなるとしばらくは何にも言ってくれないの。僕、ソーンダイクの代わりに計器の点検をやってくるね。」　

  ロッコがもそもそとソーンダイクの食べ残しを口に運んでいる間に、パトリックは意気揚揚と居間の棚から点検マニュアルの本を抜き出してコクピットへと向った。しかし、ソーンダイクはパトリックに背を向けてコンソールに向ったままではあったが、作業机の上のアルバムをびしいっと指差した。

　「ソーンダイク、・・・・？僕、何すればいいの？」

　ソーンダイクは単語を並べて、アケルナルのクルーの写真を一枚ずつ選ぶようにいい、それきりパトリックが何をきいても返事をしなくなった。
　パトリックはアルバムを開いた。
　この少年がアケルナルにくるずっと前の写真もあった。ロマノフ、マリオ、ソーンダイクはほとんど今と変わらなかったが、カイユンはロッコより少し大きいくらいの子供に見えたし、ジョーはどこがといわれると困るが何となく違った。

　”今の方がいいや”

　とパットは思った。
　あちらを取り上げ、こちらを置き、長時間かけて、やっと全部を選びだせた。
　六枚を前にして、パットは綺麗な金髪を額からかきあげた。そして、満足気に目を細めた。
　ソーンダイクの写真は、コンソールを叩いていてふっと顔を上げたときのもの。日付は違うのに同じような写真ばかり十枚以上もあった。
　ロマノフのものは、ソファーにゆったりと腰掛けて銃を磨いているところ。
　マリオは何かをわめいているところ。でも、口の形で笑っているのがわかる。
ジョーは長い髪を翻してにっこりしているところ。滅多にない表情だが、パトリックはこの写真が気にいっていた。お話に出てくる塔のなかに閉じ篭められているお姫さまは絶対こういう人なんだとパットは確信している。
　カイユンは、白いデニムのエプロンをしめ、右手に紅茶のカップを持っている。見つめていて、パットはやっぱり我慢できなくて涙がこぼれてしまった。
　それらをババ抜きの時にトランプの札を差し出すようにソーンダイクの鼻先に突き出すと、ソーンダイクはざっと目を通し、パトリックの頭を往復三回撫でて再びコンソールに集中した。彼の頭の中には打ち込むべきプログラムがすでに完成していることに疑いはない。そして、様子からして、その打ち込みは長くかかるだろう。
　ソーンダイクの無表情な横顔を見ながら、パトリックはなぜだか胸騒ぎを覚えた。

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　「�｢�｢�｢�｢�｢�｢といえます。私に皆さんの力をお貸しください。この惑星の輝かしい命にあふれた未来のためには一人一人のご協力が必要なのです。・・・・この島にも全星集会当日には簡易投票機が置かれます。あなた方お一人お一人こそが美しいクリア・ウォーターを守るのです。」

　車椅子に座ったままの老カイエが演説を終わると島の集会所に割れんばかりの拍手が巻き起った。カイエは、腕を上げて手を振ると、開拓を担っている聴衆を見回しながら医師に付き添われて舞台から去った。彼の退場とともに、会場に満ちていた思念の渦も消えたが、そんなものが存在していたことを誰も知らなかった。

　”�｢�｢�｢彼らに私の声が届いただろうか。”

　カイエは考える。

　”�｢�｢�｢届かぬはずがないではないか。届かせねばならない。・・・・・これが私の最後の仕事なのだから。”

　医師が声をかけた。

　「カイエ様。お時間です。」

　「ああ・・・・・」

　”�｢�｢�｢もうそんな時間か・・・・・”

　「本当にいらっしゃるのですか？相手はあなたを目の敵にしているんですよ。」

　彼は、この小島でナトアと会見することになっていた。申し込んできたのはナトアの側だが、全星会議までに会う必要があった。側近たちは反対したが、老カイエは彼らを説き伏せた。・・・・・・・・カイエは殺されることも覚悟していた。
　そんなとき、老カイエはアーサーが自分を”心で”呼んでいるのを感じ、接触を試みた。科学者たちはこれをテレパシーと呼ぶ。アーサーの思考波は鮮明で、どこか特定は出来ないが、近くにいるのは確かだった。アーサーは訴えた。

　“お祖父さま。僕にはやはりわからない。なぜこのようなことを続けるのかが。”

　カイエはゆっくり返事を返した。

　“来るなといっておいたのに来たのか・・・・仕方のない子だ。�｢�｢�｢�｢我々カイエ一族は代々このようにしてきた。・・・・・惑星の自然を保全しながら開発を進めるのは至難の技だ。誰かが指導をせねばならん。それには我々のようなやり方しかないのだよ。そうしなければ、開拓民たちは個々の利益を追い求め、星は死んでゆくだろう。”

　アーサーの思考波は混乱し、哀しげだった。

　“アーサー、帰りなさい。お前はシエラの街に帰るんだ。ここは危険すぎる。”

　ふっとアーサーの気配が消えた。老カイエは追おうとして諦めた。他人に対しては絶大な威力を持つ心を読み取る能力も、身内の者に対してはあまり効果がなかった。
　カイエは車椅子のスイッチを押し、ナトアとの会談場所へと急いだ。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カイユンは、顔にふりかかった飛沫を袖で拭った。傍らではシャーリーが指を組合せていたが、突如声を上げた。

　「急いで！カイエさんが危ない！」

　カイユンはドングリ眼を白黒させた。

　「危ないって・・・・・なぜ・・・・？」

　「私には・・・・・わかる・・・・・わかるのよ。急いで！」

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　カイエはナトアと二人きりで会った。カイエが用意した小さなテントだ。カイエは医師や側近を会談の場には立ち合わせようとはしなかった。
　ナトアは親しげにカイエと握手した。その瞬間、老カイエはナトアが遮断者であることを知った。千人のうち一人くらい存在するテレパシーの通じない人間のことだ。カイエがさらに念を集中させると、ナトアは顔をしかめて手元の小箱のボタンを押した。辺りには物理的な”幕”がかかった。

　「ミスター・カイエ。私は遮断者だが、あなたの強大な力には長く持ち答えられる保証はない。だから、あなたの力を封じこめさせてもらう。」

　カイエは制止しなかった。

　「�｢�｢�｢当然の処置でしょう。・・・ところで、あなたが私をここに呼んだ真意は何かね？この老いぼれに何を要求するのだ？」

　ナトアはこともなげに言った。

　「この惑星から全面的に手を引いてもらいたい。」

　「いささか納得できかねますな。」

　ナトアは大きなディスプレイを示し、スイッチを入れた。兵器群が写しだされた。

　「あなたに承諾していただけない場合はこれを使うことになる。武力で惑星を制圧し、私が独裁的に政権を取る。あなたが一番嫌うかたちだ。」

　老カイエは小さな目をしばたいた。

　「その行為は、あなたにとっても不利益をもたらすだろう。この星の利権は得られるだろう。しかし、そのあとのことを考えてみるがいい。連邦やコスモ・アーミーは表面的直接介入はしない。が、諜報活動を遅かれ早かれ始めるだろう。対外的に多くの制限が連邦の名において加えられるのは必至だ。」

　ナトアは老人を見下ろした。
　老人は皺だらけで小さく哀れに見えた。しかし、この老人はあまりに危険だ。今潰さなければ・・・・・

　「ミスター・カイエ」

　ナトアの声には力がこもっていた。

　「私は知っているつもりだ。あなた方一族の成功の理由を。」

　カイエの目が大きく開かれ、瞳孔が急激に収縮した。ナトアは繰り返した。

　「私は知っている。�｢�｢�｢�｢だからこそ武器の使用も厭わないのだ。あなた個人には大きな恨みはないが、あなたの一族を惑星開拓界に放置しておくことは一人の人間として許せないのだ。選択してもらおう。・・・・・全星集会において、私にすべてを委ねると人々の前で明言するか、さもなくば、私の兵器群の前に屈伏し、敗北するか。」

　ふしくれだった指を組みナトアの若々しい声を無言で聞いていた老人はくっくっと笑った。

　「たしかに我々一族はあなた方にとって脅威かもしれん。しかし、重要なのは統治の手段ではなく結果だ。私は一族のやり方で自然を保護した穏やかな開拓を推進してきた。私は敗けない。君はいずれ私を殺そうとするだろう。いや、私にはわかる。しかし、私は死んでゆく身だ。カイエ一族は次の代に代わる。この老人の役目はもう終わるのだ。」

　老人は明らかにアーサーのことを言っているのだ。反目しあっているような祖父と孫だったが、老人はアーサーが自分の跡を継ぐものと信じて疑っていない。だが、ナトアは気の毒そうに老人の肩を叩いた。

　「カイエの一族で生き残っているのはあなたの他にはあなたの孫だけだ。あの少年に何が出来る？�｢�｢�｢�｢�｢何も出来はしない。」

　「なぜ断言できるのだね？」

　「入ってこい。」

　ナトアがドアに向って命令すると、部下がアーサー少年に銃を突き付けて入ってきた。

　「ほら、彼は何も出来ませんよ？ミスター・カイエ。・・・もう一度うかがおう。答は？」

　孫の顔を哀しげに眺めていたカイエは毅然として返答した。

　「返答は変わらん。信念を曲げることは出来ない。」

　「�｢�｢�｢そうですか。�｢�｢�｢止むを得ない。荒っぽい手段を実行するまでだ。�｢�｢�｢いいかな？これはあなたが選択した道なのだ。」

　ナトアの手にはいつのまにかレーザーガンが握られていた。アーサーは”あっ”と短い声を上げたがカイエは目を閉じ、何の動きも見せなかった。アーサーは即座に自分を押さえている男を突き飛ばし、ナトアとカイエの間に入った。
　ナトアの指がトリガーをひいた。
　アーサーの体を衝撃が走った。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「アーサー、怪我はないかね。」

　目をぎゅっとつぶり、震えていたアーサーがまぶたを開けると祖父が背筋をのばして立った姿勢で自分を支えているのがわかった。
　立っているところは人気のない砂浜で、船の姿も見えない。

　「ナトアは？お祖父様、体はいいんですか？何が起ったんです？」

　「�｢�｢�｢テレポートをしたのだ。ここはさっきの小島のどこか別の場所だよ。私は私の体を精神制御下に置いた。しばらくは医療装置なしでも持ちこたえられるだろう。・・・・・・アーサー、無茶をしたね。お前はシエラにいるべきだった。・・・・・そして、私の仕事を継がねばならなかったのだ。」

　アーサーは老人の手を握り、ゆっくり左右に首を振った。

　「僕は継ぎません。開拓者の父としてのカイエ一族はお祖父様の代で終わりです。・・・・・僕が終わらせます。」

　老カイエはまだやわらかい少年の手を堅く握り返した。老人の手は死人のように冷たくなっていた。

　「ともかくここから逃げるのだよ。私には既にテレポートをする力は残ってはいない。私はただの足手纏いだ。お前一人で逃げ、ナトアを阻止するのだ。阻止できなくとも、また新たな流れを作り始め、この星を平和のうちに指導していくのだ。」

　アーサーは声を荒げた。

　「僕に何が出来るというんです？もうあいつらの勝ちだ！もうやめましょう。もう！」

　老カイエは言った。静かに。

　「諦めてはいけない。�｢�｢�｢武力制圧が何の犠牲もなしに達成されるはずはない。・・・・・人々が倒れていくのを見過ごせるというのかね？お前には私と同じ力がある。武力制圧の実行されていく最中でも、お前は人々の心をつかみ、ナトアの支配をひっくりかえすことができるのだよ。・・・・・これで終わりではない。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ナトア本拠、”客用宿泊室”と呼ぶにはお粗末な部屋のベッドに長々と横たわり、暇を持てあましていたジョーは、部屋の外の騒ぎに気付き、はね起きた。すぐにドアを開け、廊下で見張っていた一人の男に何が起ったのか尋ねた。

　「�｢�｢�｢お前の知ったことじゃない。」

　納まるジョーではない。

　「何をびびってるのよ。こちとら四六時中監視されてる身よ。それに、こんな騒ぎようじゃ上層部だけしか知らないトップシークレットてことないでしょ？」

　噛み付くように言っても、男はガンとしてしゃべらない。ジョーはふーっと息を吐いてから、所持品没収から免れた唯一の武器、左の義手を使って男をしめ上げた。男が白目をむいてしまうと、持っていた銃を取り上げ、情報処理室へと走った。もうここいらがここから逃げる潮時だろう。今度は本気で逃げることにする。兵器のことが心配だ。
　右往左往する男たちを柱の蔭でやり過ごして、ナトアの直属の部下が通信スクリーンを通してナトアと話しているのを発見したときジョーは愕然とした。ナトアは四時間後に始動するよう兵器のスタンバイを指示しており、ついで、逃げた老カイエとアーサーを捕らえるよう或いは殺すように命令していた。アーサーの体のどこかに発信機が作られていたらしい。小島の地図の上に小さな光が点滅していた。ジョーはその位置を頭にたたきこみ、きびすを返した。ここにいる理由はもはや全くない。
　それに、カイエに恩を受けたわけではないがむざむざ殺させておくことは許せなかった。


　二十分後、ジョーは兵器の格納庫から強奪した戦闘機を離陸させていた。ナトアの指示があったものの、プロの戦闘員ではない部下たちは、兵器を一度に始動させるには確実に四時間半以上の時間がかかるだろうそれまでに手が打てるだろうか？
　ジョーは小島に進路をとりながら通信バンドを合わせてアケルナルを呼び出した。　

　「聞こえる!?あたしよ！ナトアの奴が例のものを今から四時間後くらいに動かそうとしてるわ。」

　ソーンダイクの、疲労しているが嬉しそうな声がジョーの耳にはいってきた。

　「ジョー、無事なんですね。」

　「元気よ！今、カイエとその孫を回収に向ってるとこ。ナトア、彼らを捕まえたがってる。最悪の時は殺されるわ。�｢�｢�｢�｢それよりソーンダイク、何かいい手があった？」

　ソーンダイクは、組んだプログラムの全貌を解説し、ジョーの反応を待った。ジョーは頬の筋肉をピクピクと痙攣させたがプログラムを実行に移すよう指示した。


　ソーンダイクは即座にプログラムを実行させた。その瞬間、宇宙連邦中でパニックが起った。


　ジョーは水平線の向こうに神経を集中させた。浮雲を挟み前方に島の姿が見えてきた。機体速度を落とし、右に急旋回、滑るように海面に着水した。水しぶきが上がり、魚たちが急いで海中へと潜る。
　キャノピーを開けると強烈な海の風が髪を後方になびかせた。

　”間に合ってよ。・・・・・ここまで来ててカイエが殺されたらカイユンは何をやったのよ。それにカイエが居なくなったらこの星どう考えても無法地帯になる・・・・・”

　彼女は上着を脱いで身軽になると五百メートルほど先の浜辺目指して泳ぎだした。靴が重い、が、ここで脱いでしまってはあとで困るだろう。強風で波は高く、鼻から侵入してきた海水が気管に流れこむ。

　”いったいあたし、何でこんなことやってるんだろう。”

　自問自答してみる。そしてカイユンのことを考えている自分に気付いた。カイユンが不在で助けられないから、代わりに助けに行っているのかもしれない。カイユンを通してカイエに知らず知らず傾いていったのかもしれない。

　砂浜にかけ上がり、耳を澄まし、銃を構える。発信機の位置はちょうどここのはずだ。
　三、四人の男の足跡。まだ新しい。ナトア側の者だろう。その足跡を走って追う。足跡は南洋植物の林のなかに入り、海岸線に沿って続いていた。ジョーは全速でかけた。

　少年の悲鳴。

　ジョーは舌打ちした。
　声は聞こえても姿が見えぬもどかしさ。とにかく走る。
　叫び声が砂浜側に移った。ジョーは林と砂浜の境を走る。
　見えた！五十メートルほど先に、男にはがいじめにされて足をバタつかせているアーサーと、ぐったりし、両腕を二人の男に支えられているチャールズ　カイエ。連れていくところには快速艇。ジョーはサラサラと鳴る椰子の葉の音をききながら狙いを定めた。
　アーサーは、自分を捕らえていた男がなぜか急に力をゆるめたので、相手の腹を蹴飛ばして逃れた。男は太腿の辺りを押さえてのたうち回っている。祖父を押さえていた男たちも誰かに手首を撃たれて砂浜に倒れた。
　アーサーは荒い息をしている祖父を優しく抱き起こした、そして、ジョーに促されて快速艇にのりこんだ。ジョーはざっと操縦席を見回し、すぐに船をスタートさせた。
　アーサーは後部からジョーの後ろ姿に話し掛けた。

　「ありがとう。・・・・・カイユンの仲間の方でしたね・・・・・でも・・・・いったいなぜ僕たちを助けてくれたんです？・・・・・」

　ジョーはぶっきらぼうに言い放った。

　「まだ助かったわけじゃないわ！・・・・・後ろからエンジン音が二つ近付いている。高性能の型よ。�｢�｢�｢一応ベストは尽くすけど逃げ切れる自信はない。ぼーや！頭を下げてじっとしてな！あなたのお祖父さんを安全そうなところに移してね！」

　敵との距離は縮まりそうで縮まらなかった。その状態がしばらく続いてジョーは不安になった。

　”まさか・・・・奴ら！”

　顔から血の気が引いた。

　”�｢�｢�｢知らず知らず、あたしは一定の方向に追いこまれている。そうでなければ出力の大きい追っ手にとっくに追い付かれているはずだ。”

　船体に大きな揺れがきた。風のためではない大きな渦巻きだ。どんどん渦の中心に吸いこまれていく。
　ジョーはエンジンを停止し、アーサーに対して謝罪するように目を伏せた。アーサーは微笑んだだけだった。
　船はもう海に没しかけている。ジョーは船の片隅にあった酸素ボンベを肩に担ぎ、老カイエとアーサーを両手に抱えて舟べりから海に飛び込んだ。三人は水中深くに沈んでいった。

　追ってきた男たちは満足気に渦を眺めた。

　「あの女、腕がたったな・・・・銃撃を避けてこの手を使ったが、確かに死んだだろうな？」

　「ああ。この渦巻きから戻ってきた奴はいない。飲み込んだものは決して吐きださん。・・・・・海底洞窟につながっているという噂も聞いているが、そうだとしても遅かれ早かれ死ぬだろう。�｢�｢�｢さて、報告だ。」

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