８　ナトア本部　
　
　青い大海原にアケルナルはゆったりと浮かんでいた。　ジョーはエア・ロックを開け、海面を眺めていた。光が反射してゆらめき、まぶしい。
　パトリックは、コンピュータのコンソールを叩くソーンダイクの傍らのサブチェアにちょこんと座り、海の動物図鑑を膝にのせ、カイユンからジョーへとバトンタッチされた物語のあらすじを説明していた。

　「・・・でね、イルカとカメとアシカと話の出来る南の島の男の子は、勇敢な騎士の御供になって、悪い魔法使いにさらわれたお姫さまを助けに行ったんだ。悪い魔法使いは本当は黒いドラゴンなんだよ。・・・・・でも、お姫さまの閉じこめられている塔はずっと遠くだし、騎士は怪物が何百匹もいる迷宮のなかに放りこまれてしまったの。御供の男の子は外に居るんだけど何にも出来ないし、この間、マリオに続きをお話して貰ったら、騎士は、三つ首の巨人を倒したときに大怪我しちゃった。・・・・・・・ソーンダイク。もしかして、ソーンダイクはこのお話の続きを知ってる？」

　ソーンダイクは手を止め、しばらくサングラスを磨いていたが、ぼそりと言った。

　「外にいた男の子はコントロールルームを捜しに行ったんです。」

　「コントロールルーム？」

　「多くの怪物を魔法だけで操るのは無理です。どこかでコンピュータを使っているはずだと男の子は気が付いたのです。それと同時に、魔法使い自身が迷宮に入るときのために、迷宮には抜け穴があるに違いないとも気づきました。・・・・・」

　「抜け穴って、隠し扉か何か？」

　ソーンダイクはややあってから再び話し始めた。

　「・・・・・相手は知恵のある魔法使いです。次元変換機を使って抜け穴を作っていました。男の子はコントロールルームに行って、次元変換機を動かすリリースワードを見付けたのです。」

　「あ。それ知ってる。前に、カイユンに聞いたら”開けゴマ”みたいなものだって教えてもらったよ。」

　「・・・・・例えとしては的確でしょう。」

　「それをどうやって見付けたの？」

　ふたたびかなりの間。

　ソーンダイクはゆっくりと語りだす。

　「・・・・・・迷宮の外壁の模様に一定のリズムがあることに男の子は気付き、解析を始めたのです。」

　「解析？男の子、そんなこと知ってるの？」

　「・・・・・男の子の生れ故郷に伝わるふるい歌に、解析の方法が隠されていました。」

　「・・・どんな？」

　「これは基本的な暗号作成法で、・・・・ノイエスの式と密接な関係があるんです。・・・・」

　パトリックはえらいことになったと思った。そして彼の苦手な駆動理論だけは出てきてほしくないものだと願った。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　アクアラングをつけたマリオが海面に上がってくると、ジョーは器材を引き上げてマリオに手を貸した。

　「ご苦労さん。・・・ちょっと遅かったんじゃない？」

　マリオは頭を振って水を跳ね散らかすと、深呼吸を一つした。

　「ふー。空気がうまい。あのな、俺はどこかの海洋担当の坊やとは違うわけだ。陸の上とは勝手が違うんだぜ。」

　ジョーはくすくす笑った。

　「カイユンに頼んだほうがよかった？」

　「ばーか。奴はたしかに泳ぎはうまいがそれだけだ。俺のような高級な技術はないんだ。わかっていってんのか？」

　「・・・ま、それはそれとして、首尾は？敵さんの爆薬は外せたの？」

　「当然だろ？・・・・・戻ってくるのに時間がかかったから、そろそろ・・・・」

　カイエ社の海底トンネル工事の進んでいる海域で大きな水柱が上がった。

　「どーだ。なかなか美しいだろ。」

　ジョーは不安げだ。

　「・・・確かにきれいだけど・・・・本当にあれはダミー？敵の爆弾がそのまま破裂したんじゃない？」

　「間違いない。」

　「絶対？」

　「おそらく。」

　「完璧？」

　「たぶんな。」

　二人は笑った。

　「よーし、この調子で他の場所も頼むわ。こう妙なことばかり起こればナトアは絶対動きだすわ。あたしはナトアに潜りこんで中から突っ突くから。何だかカイエといいナトアといい、考えてることわからなくて気持ちが悪い。背中がかゆくなってきそうよ。」

　「ＯＫ。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　町はずれの薄暗い路地両側には怪しげな建物が並んでいる。その路地を小さな子供が走ってきて、大きなゴミ缶の中にとびこんだ。ゴミ缶のなかでは、少年と少女が予期せぬ援軍に驚いていた。

　「ヨシア！」

　ゴミに埋まったラスティーが呻いた。
　隣のセリナは舌打ちした。

　「お馬鹿！あんたは足手纏いよ！妹はどうしたの？」

　ヨシアはふくれた。

　「ミミーはマーサに預けてきたよ。僕だって、ロッコを撃ったのがどんな奴か知りたいよ。」

　ラスティーは、ゴミカンから頭をもたげようとするヨシアをゴミにうずめた。

　「来たもんは仕方がないがだいなしにしてくれるなよ。・・・・俺たちゃこうして断続的に一週間も張り込んでいる。相手は銃を持った大人。見つかればロッコと同じに撃たれちまうんだぜ。・・・・全星集会の前だ。絶対また動きだす。おそらく、ナトアか、カイエか、どっちかの手下だと踏んでるんだが。」

　「ラスティー兄貴。・・・・でもさあ、そんなに恐い大人たちだったら何にも手出しできないね。」

　セリナがヨシアの頭を撫でた。

　「復讐するわけじゃないもの。・・・・・ただ、はっきりさせたいだけ。そしてさ。あの人たちに教えてあげたいんだ。ジョーって人に。あの人、仕事人でしょ？きっと役に立ててくれるよ。」

　ラスティーが頷く。

　「恩は受けっぱなしにしたくないからな。」

　三人の少年少女はゴミカンの蓋の隙間から外を見続けた。ヨシアは二時間もすると飽きてしまってゴミに埋もれて寝ていたが、ラスティーとセリナは気をはりつめていた。
　真向いにある家に、うさん臭げな男たちが時間を置いて集まり始めたのだ。一人だけ、ラスティーの知っている顔があった。セリナも目を丸くした。

　”どういうことだ？こりゃあ。”

　その顔とは、ロマノフの冷静な顔だった。

　薄暗い部屋の中で、ロマノフは銃から手を離さずに尋ねた。

　「依頼主はどこに居る？」

　大柄な黒人が答えた。

　「ここにはいない。我々が君に指示を与える。」

　男はロマノフにレーザーライフルを投げ渡した。

　「これを使え。出力が今回の仕事には最適になるよう調整してある。・・・・・指示を伝えよう。もしも全星集会が開かれたときには・・・・・開かれるとは限らない。我々は阻止する方向で行動しているのだ。・・・・・演壇にあがったカイエの左胸を狙って撃て。真ん中をだ。ナトアが、カイエをかばって肩に銃弾を当てるはずだ。その後、再びカイエを狙え。今度は額だ。外してはいけない。」

　ロマノフは意外でもなさそうに頷いた。

　「たいした茶番だな。そんな小細工で、開拓者は誤魔化されるかな？」

　「彼らは何が起ころうと深読みはしないだろう。彼らの一番の興味は自分たちの利益になるかどうか、それだけだ。君は指示されたことをすればよいのだ。」

　「報酬は？」

　「成功報酬として百万。全星会議が開かれないときも、拘束料として五万出す。・・・・君には常時監視をつける不都合が起こったときは死んでもらうことになる。」

　「・・・・・いいだろう。」

　ロマノフは、渡された銃をケースにしまった。非常に良い銃だ。どんなルートを持っているのだろう。ナトア。全星集会を阻止しようとしているらしい。どうやって？

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　“全く・・・・・お寝坊さんね。”

　金　麗花は、眠っている息子、カイユンを揺り動かした。

　“起きるまで放っておいたらどうかね？”

　父親の文仙は文献を横目で見ながら呟いた。　

　“そうはいきませんわ、文仙さん。・・・この子にはまだまだやることがたくさんあるんですもの。”

　文仙は、細い目をますます細める。

　“そうだね。確かにそうだねえ。”

　カイユンはベッドの上で白い靄の中。

　“母さんの言うとおりだな。そろそろ起きなくちゃ。やることがたくさんあるから・・・・・何をしよう？朝ご飯の支度をして、洗濯をして・・・・・キャプテンにコーヒーを持っていこう深いりのブラックコーヒー。そういうのがキャプテンは好きなんだ。・・・ああ、しかし何でこんなに眠いんだろう。母さん、もっと強く揺らしてよ。”

　麗花はカイユンの期待通り、大きく揺らし始めた。

　カイユンは目を開けた。

　そこには麗花ではなくシャーリーがいた。窓から見える太陽はもう高く昇り切っている。夢から醒めたカイユンは目をこすりこすり上体を起こした。まだ頭の中にはヴェールがかかっているようだ。
　シャーリーは手のひらをカイユンの額に置いた。今度ははっきり目が醒めた。

　「御免なさい。睡眠薬を使ったんです。あなたの体には強すぎたようです。もう一日半たちました。大丈夫ですか？」

　「アーサーは？」

　カイユンは足を床におろし、拳骨でコツコツと頭を叩いた。

　「こんなことやったの、アーサーでしょう？今、どこです？」

　シャーリーは俯いた。

　「私とアーサーが相談してのことなんです。・・・・・アーサーは、あなたのために、今後二度と会わないと決意しました。カイエさんも承知されました。カイエさんは船で南の島々へ遊説に出発されました。アーサーはついてくるなといわれていましたが、内緒で船員の中にまぎれこんでいます。」

　カイユンは靴下をはき、シャーリーがいるのを気にせず、パジャマを脱いで服を身につけた。急がねばならない！
　シャーリーには、カイユンがアーサーたちのあとを追うつもりであることがはっきりわかった。彼女は木製の扉を背にして立ちふさがる。

　「どいてください。・・・僕はカイエさんのそばにいなけりゃならない。」

　シャーリーは諌めた。

　「・・・私は知っています。カイエさんの容体は悪化している。このままではあなた一人分の血液がすぐに必要になるわ。でも、カイエさんはそれを承知していてあなたがここに残ることに同意したの。カイエさんの望みは全星集会まで自分の命をのばすこと、それだけだと思います。それだったらストックしてある血液で足りる。」

　カイユンはすっと手をのばし、シャーリーの両肩に手を置いた。触れ合うことで自分の気持ちを知ってほしかった。

　「・・・僕の父さんが言ってました。・・・困っているときや苦しんでいるときにこそ、人のそばに居てあげなきゃいけないって・・・・・僕、少なくとも全星集会まではカイエさんの命を守ります。」

　「ここを出ても、あなたに船を貸す人は居ないわ。」

　「だったら・・・・・泳いででも行きます！」

　シャーリーは扉から離れた。亜麻色の髪が揺れた。

　「わかったわ。・・・・私も一緒に行きます。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ナトア本部。それは町からエア・バイクで十分ほど行ったところにある。今までの調査からすると、ここ意外の本拠がある可能性はない。
　ジョーは潜りこむわけだが、今回は時間がない。あたって砕けろ、見つかることは初めからわかってる・・・・・いささか無茶な作戦だ。
　ガムを噛みながら、正面玄関に立つ。

　“うーん。このパターンでやるのは十八歳の時以来かなー”

　玄関には型通りにガードマンと監視カメラ。

　“ゴミ箱襲撃・・・・さあ、いきますか・・・・”

　右手に大きく回る。ガードマンの視線がこちらを向く。

　“そうそう、しっかり見張ってよ。あたしは売込みにいくんだから。”

　肩から赤いビニール製のポシェット。スカートは走るたびにペチコートがちらちら見える赤地に白の水玉の超ミニ。緑と白のストライプのニーソックスにピンクのトレーナー。誰が見たって目立つなんて生易しいもんじゃない。

　ダスト・シュートからの侵入は割合楽である。こういう辺境では途中に原子分解装置が付いているはずもない。ただ、侵入しても主要部分に直接通じていることはまずない。
　ジョーは邪魔になるポシェットの紐を蝶結びにして短くすると、ゴミ収拾車の到着時に突入し、シュートの下のゴミために潜りこんだ。車の遠ざかる音を聞いてからいささか旧式の壁昇り法（四肢を突っ張り上にいく）で二階まで上った。
　事前の調べではここには下っぱのチンピラがたむろしているはずだ。そして、彼女がここまで来ていることはそいつらにすでに察知されているはずだ。
　ジョーは両足と左手で体を支えながらシュートを開けた。
　案の定、三人の男が待ち受けていた。
　シュートから這い出しながらジョーは笑った。

　「やっだーっ　見つかっちゃったァ！」

　

　「うん、そうよ。あたしのパパがカイエのとこで働いてんの。パパってけっこううるさくってぇ、あたしのこといつまでも子供扱い。ほーんとやんなっちゃう！」

　小さな部屋の丸椅子にジョーは座らされていた。念入りに施したメイクとおバカ系の口調で、完全に彼女は少しいかれたティーンエイジャーに見えた。まわりには五人の男、一人はポシェットの中身を調べている。

　「・・・で、親父に頼まれてここを探りにきたってわけか？」

　ジョーは真っ赤なマニキュアを塗った爪ににできたささくれを気にしていたが、けらけらと笑った。

　「そんなんじゃないわ。あーっあたしのコンパクトさわんないでよ。高かったんだからぁ！・・・・・パパをあっと言わせるようなことしてみたいって理由もあったけど、一番の理由はほら、これよ。」

　ジョーはポシェットをひったくると、中から一冊のペーパーバックを取り出した。

　「ロベルト　バールの“諜報部員マルロイシリーズ”いま町でベストセラーなのよ。あったし大ファンなの。一回でいいからマルロイみたいにやってみたかったの。・・・・本の中では簡単なんだけど、うまくいかないもんねー。あーっ！やーん。トレーナーが汚れてるぅ！お気にいりなのに！・・・・・おじ様たち、あたしこれからどうなるの？本だと監禁されちゃったりするのよねー」

　“ワクワクワク　”

　と期待に胸をはずませているジョーを見て脱力した。

　「・・・おい、ただのバカだとは思うが一応詳しく調べろ。」
　
　ジョーは男たちに挟まれて長い廊下を引っ張っていかれた。ものめずらしそうに辺りを見回していたがここには何も見るべきものはなかった。

　“詳しく・・・・というと、自白剤かな？精神走査かな？”

　彼女はどちらの場合にも対処できる用意をしてきていたが、げっそりとなった。

　“どっちにしてもきついんだよねー。”

　使われたのは自白剤だった。
　アンプルに貼られたラベルを見てジョーはげっとなった。

　“汎用タイプの薬剤使ってくれるのは有り難いんだけど、ＲＴＤっていったら最高にきつい薬じゃない!!”

　奥歯の横のカプセルを舌で割る。薬剤中和剤とはいえひどく苦い。心のなかで一から十まで数える。精神統一していないと効果は期待できない。・・・・次の瞬間、ジョーは一気に気が抜けた。男はジョーの左腕・・・義手・・・に針を刺したのだ。

　“あほっ！こんなことなら苦い思いしないでもよかったのに・・・・・”


　「さて」

　十分ほどしてぐったりして（いると装っている）ジョーに男が尋ねた。

　「お前の名前は？」

　ジョーは薄目を開け、答えた。

　「マミーナ　ディルフォン。みんなはマミーって呼ぶのよ。ほんとはミドル・ネームがあったけど忘れちゃった。ママはビアンカ、パパはバジル、変な名前でしょ！そもそもね、パパのパパ、おじいちゃんが変わった人でねッ！」

　「もういいわかった。・・・何でここにきた？」

　ジョー、くすくす笑う。

　「テネシーのエア・バイクでよ。途中まで。あとは歩き。テネシーって単純なの。今夜付き合ったげるって約束したら、理由も聞かないで乗っけてくれたわ。」

　「テネシーとはどんな奴だ？」

　「テネシーはテネシーよ。やっだァーいけずぅ。」

　何度聞いても“やっだァ　”の返答に男は追求を諦めた。

　「本当に知りたいのは理由だ！何のために侵入した!?」

　ジョーはべらべらと、おおよそ次のようにしゃべった。

　“あったしィ、別にそんな気なかったんだけどォ。何日か前に暇だったから夕方街角に立ってたの。そしたら、ほっぺたに傷があってちょっと恐そうだったけどわりかしかっこいい人が声かけてきたの。だっからァ、近くのお店で晩ご飯食べて、お酒飲んで、いいことしてたら、あん、うふふ、テネシーには内緒よ・・・・その人、ナトアさんに雇われてカイエさんのやってることを壊そうとしてるんだよって教えてくれたの。岩を爆破したり、海底トンネルを駄目にしたりするんだって。え？他の誰かに話したりしないわ。あったし、用心深いんだもン。マルロイシリーズを参考にして、なんとかお金に出来ないかなーって思っちゃったの。それだけ。ほんとよォ。テネシーもよく言うのよ。あたしってあんまし考えない「せつなてき」な女なんだって。これって褒め言葉よねえ？失敗しちゃったけど面白かったわ。大満足！気分がハイになってるわァ。うーん・・・・おじさまぁー、あたしだるーい。”
　
　ジョーが再びぐったりしてしまうと男は、三下に命令した。

　「爆破のことを知っている。何も害はないだろうが拘留して見張っておけ。家族とテネシーという男を調べろ。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　しばらくして、目をこすりながら身を起こしたジョーは、鉄格子の中にいる自分を一人のチンピラが覗き込んでいるのに気付いた。

　「あら、おにいさん、お・は・よ。」

　ニーソックスを太腿まで引っ張り上げて可愛らしく睨む。

　「お兄さん・・・・・あたしが眠ってるときになんにもしなかった？」

　男、やや意地悪く笑う。

　「“なんにも”ってなんのことだい？子猫チャン？」

　「ンもう！あったし、清純な乙女なんだからそんなこと知らないわ。」

　ピンクのトレーナーの裾を引っ張ってしわを直す。胸の膨らみが強調される。
　男、唾を飲み込み、さらに意地悪に鄙猥に笑う。

　「へえ？テネシーとはどうなんだ？頬に傷のある男とは？・・・・・・子猫チャン、いい胸してるじゃないか。」

　ジョー、びっくりしてみせる。

　「お兄さん、テネシーを知ってるの？・・・・・・んん、ふふふ、胸って洋服の上から見ただけじゃわからないものよォ。触ってみる？　」

　男は舌なめずりした。つまみぐいくらいしてもいいだろう。この娘も乗り気だし・・・・・

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「義手ってのは人口皮膚の外から見ただけじゃわからないものよ。」

　連込まれたコンピュータルームの薄暗がりのなかで、ジョーは床に転がっている男を一瞥して吐き捨てた。　目の前のコンピューター、これが使いたかったのだ。ソーンダイクほどの腕はないが、単純な割り込みくらいは出来る。程なく、本拠の平面図を出す。・・・・・ざっと目を通し、かなり大きな倉庫区画の位置を記憶し電源を切る。あとは一直線につっこむだけだ。服のボタンをむしり取り、靴の中敷きをひっぺがす。すべて、マリオ特製の強力な爆薬だ。エレベーターで地下に降り、金属扉のロックを解除し、手間取ったなら爆破する。相手は気付いたろうなあ、ま、いいか。辺境の急づくりの建物だけあって、強行突破もリマンでの活動に比べ、ずっと楽だ。
　倉庫区画の扉は異常なほどに強靭だった。渡された爆薬のうち、最も強力なものでやっと穴が開いた。

　“へー。こりゃあすごいわ。”

　中にはタンク車多数にバズーカ砲、ミサイルに熱戦砲・・・・・。アケルナル一機ではとてもじゃないが立ちむかえない戦力だ。ジョーは髪を縛っていた髪飾りのガラス玉に手をやった。そしてガラス玉を外すと小さな突起をかしゃかしゃと押した。
　非常警報が鳴った。

　「やっと気付いたか！」

　今度は少し本気になって逃げる。エレベーターを昇ると、さっきのチンピラとは格が全く違う、体から殺気を発散させている戦闘員が待ち受けていた。
　ジョーは壁を吹き飛ばすと煙弾を投げ、催涙弾を投げ、それに紛れて壁に開いた穴からガラス玉を放り出した。煙が納まったところで、ジョーはホールドアップした。

　「しょうがないわね。捕まってあげるわ。・・・・ボスのところに連れてって頂戴。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ソーンダイクは、アケルナルの郵便受け（何のことはない。エア・ロックの横にある小さな凹みのことだ。）に伝書虫が帰ってきているのを見付けた。伝書虫、それはソーンダイクの頭脳とマリオの手先が生み出した一種の情報収集メカである。直径八ミリ。ちょっと見は透明のテントウムシだが、最大二十画面の画像を収容できる。コスモ・アーミーにもこれほど小さいメカはない。
　さっそく注意深く手のひらに乗せて運びこみ、解析機にかける。マリオもやってきて見守る。
　二人は、膨大な数の兵器群を目にし、冷汗がにじんでくるのを感じた。以前、シークレットとして活動していたときに大量の兵器を処理したことがあったが、それはコスモ・アーミーの援護があったからこそできたことだ。

　「おい、ソーンダイク。ナトアは何をやらかす気だと思うか？」

　「・・・・戦争でもやる気でしょうか？・・・・・しかし、兵器を使えばすぐにコスモ・アーミーに鎮圧されてしまうのでは？」

　マリオは画像のピントをはっきり合わせ、シートにぐっと寄り掛かった。

　「いいや。鎮圧しないぞ、コスモ・アーミーは。コスモ・アーミーは平和の使者じゃねえ。手を出してくるのは連邦と軍に不利益をもたらすと判断されるときだけだ。ソーンダイク、お前、連邦内で一日あたりに戦争で死ぬ人間の数をきいたらきっと腰抜かすぞ。ナトアはそれを知っている。奴ら、このままでは全星集会直後の直接選挙で敗けると踏んだな。」

　ソーンダイクはコンソールの脇に肘をついて、マリオはシートにそっくりかえって現実を見つめた。
　ジョーが伝書虫を飛ばしたのは、この兵器の始末が自分たち二人に任せられたことを意味する。ソーンダイクはコンピュータによる撹乱、マリオは大きな爆弾による破壊を考えたが、前者はコンピュータネットワークの不完全なこの惑星ではたいしたダメージを与えられないということで、後者は、街そのものが吹っとぶ危険性があるということで口に出す以前にボツにされた。

　「コンピュータ・ネットが張り巡らされていれば、制圧は簡単に出来るのですが。」

　ソーンダイクが不服そうに言えば、マリオはいらついて足で床を蹴る。目には、ますます鋭さが増している。

　「とにかく俺はナトアを張るぜ。・・・・・ジョーのお守だ。なにもないと思うが、一応な。ソーンダイク、何かいい考えが浮かんだら連絡してくれ。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　お鉢を預けられたソーンダイクは、一先ず映像を手がかりにしてナトアの持っている武器のリストを作り上げた。
　リスト作成が終わると、そのあとにコメントをつけた。


①　アケルナルだけでは処理できない。

②　カイエは対抗する武器を持たない。

③　コスモ・アーミーは処理可能だが現在ここに居ない。

④　（③補）この状況で出動を要請してもコスモ・アーミーは来ない。

　ここから考えられる有効な手段は・・・・・


　「ない。絶対にない。」　

　ソーンダイクは声に出していった。

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