10　親と子　
　
　少々時間はさかのぼる。

　ここはグリーンヒル星。
　コスモ・アーミー妻帯者用一戸建官舎の一番奥。のどかな休日の午後だった。無機的な灰色のブロック塀が続く中、そこだけはピンクのトゲなしツルバラの生け垣に囲まれ、ほのぼのとした雰囲気に包まれていた。　この家の主、モーリス　リッカーマンは読んでいた小説を机の上に置き、老眼鏡をフエルト張りの革製眼鏡たてにいれた。机の引き出しに無造作に放りこまれた数々の勲章を見なければ、彼がコスモ・アーミーの名将とは信じられないだろう。

　リッカーマン少将。彼は実際に前線に出ることは殆どない。彼は実戦では補給部隊の統帥者である。殺されることを嫌い、それ以上に殺すことを嫌った。二十五年前、

　“補給部隊に危険が及ぶ戦いは戦いではない。補給できずに物資不足で敗れる戦いは戦いではない。それらが起こったときには明らかに無能な将官たちの戦略ミスによる。”

　との言葉とともに登場し、一貫してハト派の立場を崩さなかった彼。軍の上層部から煙たがられていたがその天才的手腕のために首を切られずにあと二年で定年を迎えようとしている。
　彼の目の前の非常呼び出し用スクリーンから指示された事件は数知れない。それだけ、彼に対する評価は高かった。実際、リッカーマン少将の指揮により、数十万人以上の人命が失われずにすんだといわれている。兵士たちは、補給部隊指揮官がリッカーマンだと知ると、それだけで精神的に落ち着き、能力以上の働きをみせた。

　彼は目をこすり、天井を見上げた。コーヒーが一杯欲しいところだ。
　それがわかったかのように、妻のバーバラ�｢�｢�｢�｢彼より十五才年下の相思相愛の伴侶�｢�｢�｢が、盆にコーヒーとミルクを載せて持ってきた。横にはメープルシロップをたっぷりかけたパンケーキ。バーバラが盆を置いて窓を開けると、さわやかな風が庭から吹いてきた。
　バーバラは木製の丸椅子を夫のそばに寄せ、にっこり微笑して自分のカップを手に取った。
　平和な休日だ。
　
　その静けさは、緊急時通信装置からの音声で破られた。とにかく映像を見てくれ、という。非常呼び出しスクリーンが自動的にオンされる。

　まず、けたたましいファンファーレに続いて”銀河よ永遠に”マーチ。マーチのリズムに合わせてモザイクのように小さく分割された画面が100分割81分割64分割・・・・と統合されていき、濃茶のサングラスをかけたひょろりとした男のクローズアップ画面になった。画面は更に男のサングラスにズームアップされていき、星図へと切り替わる。クリア・ウォーター星域の物だとモーリスは瞬間的に見て取った。赤い矢印が点滅しているのはクリア・ウォーター星。ズームアップしてクリア・ウォーター星の映像。さらに、多数の兵器のスライド。続いて人間数人のポートレイト。さいごに、先ほどのサングラスの男がＶサインを出している画像。チンチロリンと可愛らしくチャイム音が鳴って映像も音声もぱたっと途絶えた。

　この放送は、クリア・ウォーター星域のみならず、近接する星域の至る所に流された。ソーンダイクがコスモ・アーミーの超光速通信網を一時的に乗っ取ったのである。戦闘指揮中であろうが、平和条約調印中であろうが時と所を選ばなかった。もちろん、ポートレイトが指名手配中のドロップアウトのメンバーだと気付いた軍人も少なくなかった。異常に気づいた軍人たちが中央に報告し、その映像がモーリスのところにも届いたというわけだ。・・・・・ドロップアウトの旧上官、セフトのところにも報告が入ったが、彼の敵意剥出しの反応は見物だった。彼は通信スクリーンをレーザーで焼いたのである。

　リマン星の地下にある父親譲りの秘密基地で、放送を傍受したエリザベスは、ふうっと息をつき、ついでにっこり笑った。

　「あらあら、今度は一体何をしたのかしら。でも、よかったわ。今のところあの子は無事だってことが今のでわかったんですもの。」

　パーカーがすっとやってきて心地よい声で囁く。

　「一応、クリアウォーター星域からの情報収集を強化させておきました。」

　「ありがとう。・・・・・あんまり無茶をしないといいのだけれど・・・・」

　彼女は、何事もなかったように編み物を続けた。



　モーリス　リッカーマンはといえば、呆然としていた。バーバラも同様である。

　「今のは・・・・お前・・・・」

　「ええ・・・・�｢�｢�｢�｢�｢」

　二人は、ポートレートが写されたうちの一人の顔をよく知っていた。

　「�｢�｢�｢�｢間違いない・・・・ユーリだ。」

　彼らは幼少のおりに両親を事故でなくしたロマノフの養父母であった。

　「�｢�｢�｢�｢あなた。今のが本部にも流れていたとすると、あの子、いえ、あの人の身に、危険が及ぶのじゃありませんか？」

　モーリスは眉根に皺を寄せたが、快活な様子で妻の頭を軽く撫でて笑った。

　「バーバラ。私に任せておきなさい。悪いようにはしませんよ。モーリス　リッカーマンを信じるんですよ！」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　水流に翻弄されながらも、ジョーは意識を失わぬよう気をはりつめて耐えていた。水に充たされた長い岩の通路をずっと流されて行くと、やがて大きな空間が出現した。地上の川と同じように川床らしき物がありそのそばを彼女たちは流れていっている。ジョーは川床の部分から突き出た小さな突起に手をかけ幅一メートルほどの岩盤に這い上がった。そして空気を吸ったがすぐに口を押さえた。お世辞にも呼吸に最適の気体とは言いがたかった。
　アーサーと老カイエを引き上げ、背に背負った酸素ボンベから代わる代わる二人に吸わせ、息苦しくなるとジョーも吸った。
　呼吸が整ってきて、ジョーは改めて洞穴内の空気を味わってみた。異臭がし、酸素濃度も低いがなんとか過ごせる。岩を覆うコケのせいだろうか。暗黒のなかで、コケはほのかに光っていた。
　�｢�｢�｢�｢しかし、これからどうすればよいのか。ここにいて助かる可能性はまずない。といって、再び流されていって事態が好転する保証もない。
　三人はかすかな光のなかで見つめあい、黙り込み・・・・・アーサーが、その沈黙を破った。

　「あなたは馬鹿な人ですね。僕達の一族のいざこざに巻き込まれて・・・・・」

　ジョーは濡れた髪を絞り、何かないかとポケットの中をごそごそ探った。

　「巻き込まれたいざこざのうちじゃ小さな方よ、これは。�｢�｢�｢�｢しかし弱ったわね。この状態じゃじきに酸欠になるわ。ぼうや、あたし、もう少し先まで行ってみようと思う。ついてはぼうやの上着を犠牲にしてもらえない？ロープにするから。」

　ジョーはアーサーに差し出された上着を裂き、しっかり結んで長い紐を作った。岩盤の端を左手で砕いて鍵形にして紐を結び、一方の端は腰に固結びした。

　「水流があるってことは、水の出口があるってことだからね。・・・・・じゃ、行ってくる。」

　ジョーはザンブと水に飛び込んだ。アーサーはとぐろを巻いていた紐がピインと張られると、紐に手をかけ、水際まで行って待った。
　三十秒ほどしてジョーの白い手が水中で紐を伝っているのが見えるとアーサーは大急ぎで紐を手繰り、自分も流されそうになりながら手を貸した。
　さすがのジョーも激しい水流に逆らって戻ってきたため、水をかなり飲んでしまいむせた。酸素ボンベから一息分だけ吸う。しかし、アーサーの前では参った様子はそれ以外は露ほども見せなかった。

　「残念だったわね。�｢�｢�｢水路が狭くなっていてその先にはいけないわ。あーあ、酸素の無駄使いをしちゃった。」

　狭くなった通路に引っ掛かった船の残骸、・・・・・大量の人骨・・・・・アーサーには話さなくても良いことだ。
　アーサーは祖父のそばに戻り再び黙り込んだ。
　ジョーは自分たちがいる空間の体積と酸素ボンベの気体残量から残されている時間を概算していた。今現在、空気中の酸素濃度がわからないのではっきりしたことはいえないがそんなに長時間ではない。
　老カイエは目を閉じたままだ。ジョーはアーサーに合図をし、カイエに酸素を吸わせた。
　カイエの右にアーサー、左にジョー。老カイエの胸が呼吸とともに激しく上下するのを、二人は見守っていた。

　「死ぬんでしょうか・・・・僕ら・・・・・」

　アーサーがぼそりと言った。
　ジョーは岩壁にもたれ、足を投げ出し、のんきな声でこたえた。

　「人間、生きものなんだから、いつかは死ぬわよ。」

　アーサーは少しむっとしたようだった。ジョーは欠伸した。

　「カリカリするんじゃないわ。�｢�｢�｢助かるかどうかなんてわからない。前にも言ったように、この状況はあたしが巻き込まれたいざこざのうちじゃ可愛いほうよ。�｢�｢�｢あたしは宇宙船乗取に失敗して左腕切断したときも、脱出ポッドの故障で無人惑星に漂着したときも、コスモ・アーミーの団体さんとドンパチやったときもどうにか切り抜けられた。今回も奇跡が起るかもしれないわよ。�｢�｢�｢助けが来るって考えてなさい。精神衛生に役立つわ。」　

　「誰が助けにきてくれるというんです!?」

　叫ぶアーサーをジョーは叱った。

　「大声出すと酸素が速く減るわ！・・・・・�｢�｢�｢そうね。・・・・・質問の答えだけど、一番有望なのがあたしの通信を最後に聞いたソーンダイクって奴かなぁ。・・・・・しかし、こんなことになってるとは思いもしないだろうしわかっても助けようがないわ。あいつはコンピュータ専科だしカナヅチなのよね。マリオって奴に知らせたところで、そいつは爆破家だからこの洞窟をぶっつぶすのがオチだし。・・・�｢�｢�｢ま、あきらめないこと�｢�｢�｢あたしは最後の最後まで諦めない。諦めたら死ぬときだと思いなさい。ぼうや。」

　老カイエが薄く目を開けジョーの右手を取った。彼は頬を少しゆるませ微笑した。

　「娘さん・・・・老人の話を聞いてくれるかな？私の追い掛けてきた、そしてまだ追い続けている夢の話を」

　ジョーは真面目な表情をカイエに向け、頷いた。彼女にはわかっていた。老カイエが死期を悟っていることを。そして、これからする話が遺言のつもりであることを。
　老カイエの声は低く、優しく、暖かだった。心の底まで見通して話しているような深い声。彼女は孫娘になったような気持ちで、氷のように冷たい老人の手をしっかり両手で包み込んだ。アーサーはもう一方の手を取った。

　「・・・・・私は開拓業者として名高いカイエ家の三男として生まれた。子供の頃から両親とともに星々を巡り、一族の者が惑星を開発して人間の生存に適するように環境をつくりかえていくのを目のあたりにして育った。自然は人の手の元で飼い慣らされ、牙を抜かれ、人間はその上に君臨して統治者になった。�｢�｢いつしか私は一族の他の者と同じく開拓者としての道を辿っていた。そして、富と名声を得、宇宙連邦中を駆け巡るようになった�｢�｢�｢�｢仕事の中では色々な人間に会い、色々の風景に出会う。・・・・人物は多種多様で一人一人が独立した個性、分類などはできないが、風景は二つの種類に分けられることを私は知った。一つは美しい風景・・・・朝日・・・草に宿る露・・・花畑・・・高山にかかる雲・・・砂漠の風紋・・・砂浜・・・海・・・魚群・・・雪原・・・氷河・・・・�｢�｢�｢�｢人間に立ちふさがる厳しい風景もあるが、考えてみると、私が美しいと思った風景はすべて自然のありのままの風景だった。・・・・・・・・もうひとつの風景はくすんだ風景だ・・・立ち並ぶバラック・・・瓦礫の山・・・殺気立った人間の群れ・・・汚れた水・・・煤煙・・・渇れ川・・・私はそれらを好まなかった。だが・・・・それらは開拓に伴って我々が生み出した代物だった。人間の住む場所を作り、交通網を整え、産業を起こすためには仕方のないことだったが幼いときからずっと、かけがえのない宝物が汚されていくのを悲しく思っていた。“これは間違っている”、私は思った。
　このままの開拓を進めていけば、人類は宇宙の病原菌に成り下がってしまう。もちろん、人間が自然を全く汚さずに開拓するのは不可能だ。しかし、人間も生物の一員である以上、人間と自然が融和した形で生活できないわけはない。私はその形の開発を目指し始めた。・・・・困難な仕事だった。・・・私の理念は人々の利益と対立してしまった。自然を壊すまいとするとそれだけ費用がかかった。・・・・アーサー、私は星の命を守ろうとして人々に語りかけてきた。話しても納得してもらえぬ時には特別な手段を取った。私にできる最後の手段を・・・・・そうしてアイラ、ファイグ、セキートの三つの惑星で一応の成功を納めた。・・・・・私はここ、クリア・ウォーター星でも、同じように開拓し、美しい風景を残し、星の命を守ろうという夢を追ってきた。�｢�｢�｢まだ、この星の行く末は見えないが・・・・いや、私はこの星の未来を見ることはないだろう。しかし、私が死んだあともこの星は生き続けるだろう。自然が満ちあふれた星として。人一人の命はすぐに終わるが、星の命はおろかな行為さえ人間が犯さなければずっと長く続く・・・・・人間は自然をコントロールなどできない。ただ、人間によって壊される部分を減らすことができる・・・アーサー、覚えておきなさい。命は・・・・めぐり・・・・・・・続いていく・・・・・・・・・・・・�｢�｢�｢�｢�｢�｢�｢」

　カイエの胸の動きが止まった。ジョーは二三度揺り動かしたが首を振ってカイエの遺体を横たえた。アーサーは祖父に取りすがり、声を張り上げて泣いた。
　ジョーはピシャリといった。

　「泣いちゃ駄目よ。�｢�｢�｢�｢あなたのお祖父さんはまだ生きられたはずなのよ。あれだけ強い意志を持っている人だったのだもの。でも、あたしたちにより多くの酸素を残すため、少し自分の命を縮めた。�｢�｢�｢泣いちゃ駄目。・・・・泣けばその分酸素が減るわ。生きているものは生き続ける責任がある。」

　アーサーは気持ちを静めることができなかった。

　「何故？どうせ僕らももうじき死ぬのに・・・・たかが一人分の酸素を惜しんで何の意味があるんだ？お祖父さまは死ぬものを見なければならないという苦しみを僕たちに与えただけじゃないか！・・・・・」

　ジョーは独り言のように小さな声で語り始めた。

　「・・・・・アーサー、・・・・・あたしは子供のときに”何故人は死んでしまうのに生きなければならないんだろう。生きているのに何の意味があるんだろう。”って思い詰めたことがあるわ。何をしていてもふっとそのことが気になってしまって急に手足が冷たくなってくるの。そして、死ぬってどんなことだろう、この世界から自分が居なくなるってどんなことだろうって考えるようになって、考えれば考えるほどわからなくなって恐ろしくなった。今のあたしからは考えられないことでしょうけれど、そういうこともあったのよ。食べ物が食べられなくなって痩せこけたわ。父親はカウンセラーに相談したけれど一向によくならなかった。でも、ある日を境にしてあたしの病気は治ってしまったわ。・・・・・仕事で半年も留守にしていた母さんが帰って来て、あたしが痩せ細っているのを見ると、ぎゅっと抱きしめてくれてすぐにアップルパイを焼いてくれたの。それまで、一口でもものを食べると吐いてしまっていたのに、アップルパイは口のなかでとろけるようにおいしかったわ。・・・・・私がここにいて生きている理由。答えは簡単だったのよ。・・・・・答えは・・・・母親がいたからよ。そして、その母親にも母親がいたから・・・・・母親、母親の母親・・・母親の母親の母親・・・・・・そうやって続く果てしない長い糸があったからなのよ。切れない糸、どこの誰かもわからないけれど人間と言う生き物の始まりから私に向かって長い糸が続いていたから。そうしたらお腹の辺りがふわって暖まってきて・・・・理屈では少しもわからないけれど生きていかなきゃいけないって思った。生きるってすごいんだって思った。そして、あたしも大人になったら子供を生んで。そして、その子供がまた子供を持って・・・・あたしのあとにも果てしのない長い糸ができる。・・・・・・単純な子だったのかもね。それで完全に安心して体調も戻った。ま、今は子供とはまったく無縁の生活だけどね。
　あなたのお祖父さんは、この星のことを言っていたようだったけど・・・・あれはあなたへの最後のメッセージよ。彼はよくわかっていた。自然が人間の手の下に制御されることはないと。人間が残せるのはありのままの自然ではない。そんな大それたものは残せるわけがない。人間が残せるもののは一つだけ。・・・・それは人間よ。星に比べれば小さいけれど見ようによっては大きくもなるもの・・・・・カイエさんにとってはあなたなのよ。」

　少年の手が、死人の頬を哀しげに撫でた。

　「�｢�｢�｢でも、僕らの命はここで止まる。」

　ジョーは微笑んだ。

　「止まるわけないわ。�｢�｢�｢さっきも言ったように誰かが来てくれるかもしれない。それに、もしもここで死んでしまったとしても、私達と関わりを持った人たちが外にいるでしょう？子孫がいなくたって、遺伝子が残らなくたってあなたが今まで生きてきた痕跡が外に残っているでしょう？あなたとわたしが”生きてきたこと”は消えやしないの。宇宙に比べればゴミみたいなものでも、生きてきたことは紛れもない事実なんだもの。」

　二人はまだ黙り込んだ。
　しばらく、アーサーが鼻をすする音がしていたがそれが止んだ。
　ジョーは、コケの発する光を眺めていた。やわらかな緑色の光。幼い頃、リジーママと一緒に行った植物園で似たようなものを見たのだっけ？ソーンダイクの瞳の色にもどこか似ている。カイユンが、新年のパーティーをするのだといって天井から仰々しく釣り下げた、蛍光塗料を塗った紙の星にも似ている。

　自分たちがここで死んだらあのコケの成育に影響は出ないだろうか。そんなことをぼんやりと考える。



　少し息苦しくなってきたかもしれない。



　肺は、濃度の薄くなった酸素を取り入れるために懸命だ。脈は？速くなっているのか？遅くなっているのか？心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえる。鼓動が聞こえるのに何故脈の速さがわからない？時間の経過が掴めなくなっている。・・・・・だるい・・・・・窓を開けて換気をしなければ・・・・・マリオが笑う。“カーテンは壁に貼ってあるが、アケルナルには開けられる窓などないぜ。”
　ジョーは、激しく首を振った。幻影が見えるようではもうあぶない。
　アーサーが、まだ、理性のある声で言った。

　「話を聞いていただけますか？」

　「・・・・・意識があるうちは聞いてあげるわ。」

　アーサーは、穏やかな、優しい声で語り始めた。

　「カイエ一族は超能力者です・・・・・

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「カイエ一族は超能力者です。僕もそうです。僕が自分の力に気付いたのは五歳くらいのこときでした。・・・・・人の手を握るとその人の考えることがわかるのです。接触テレパスと科学者は呼んでいます。・・・・・僕は混乱しました。今まで親切だと思っていた人が、実際には腹黒かったり、僕を好いていてくれると思っていたのに、本当は嫌っていたり・・・・・　僕は人間不信に陥り、自分の殻に閉じこもりました。�｢�｢�｢その僕を支えてくれたのが祖父であり、同じ力を持つシャーリーでした。シャーリーは祖父が僕のために、友達として連れてきてくれた人です。・・・・・二人が居なかったら、僕は自殺でもしていたかもしれません。祖父を信じて僕は精神の平衡を保っていました。祖父は、自然を尊び、寛大で、優しく、愛に満ちていました。�｢�｢�｢�｢しかし、僕は知ってしまった。祖父がどんな力を持ち、その力で何をやっているかを。・・・・・祖父は・・・・・接触しなくとも、人の心を読むことができました。初め、僕はそれだからこそ強好手段を取らない、平和的な方法で惑星の開拓を進められたのだと理解していました。�｢�｢�｢�｢�｢違ったんです。・・・・・祖父はそれ以上の力を持っていました。・・・・・祖父は・・・・・祖父は・・・・・人の心を操ることができたのです。祖父は、講演の際に聴衆にその力を使って強い暗示を与えます。暗示を与えらえた人はそれに気付きません。祖父の思うとおりに行動していても、それが自分の自由意志によるものだと信じて疑わないのです。
　情熱だけでは開拓者を束ねることは難しいのだと祖父は言いました。ことに、祖父の目指した形の開拓では。�｢�｢�｢通常の権力者が飴や鞭を使う代わりに祖父は“力”を使いました。・・・・・・確かに、平和な方法です。反対者は少ない方法です。�｢�｢�｢でも、それは洗脳とどんな差があるのでしょう。武力による脅迫より、ずっと卑劣なやり方だとも考えました。僕は、祖父のやり方に我慢できませんでした。僕は祖父を責めました。僕は納得しませんでした。僕は祖父を憎み、自分を憎みました。自分のなかに流れるカイエの血を憎みました。・・・・・」

　ジョーは朦朧としながらもアーサーの話をしっかりと受け止めた。・・・・・前に聞いたことがある。学校の歴史の授業で。古代の英雄たちの何割かは“力”を持った者だったという説。普通の人間でも、多くの人々を催眠状態に陥れることができるではないか。

　「�｢�｢�｢僕が恐くありませんか。」

　アーサーが尋ねた。

　「何故？」

　ジョーが、囁くように聞き返す。

　「僕は祖父の力を受け継いでいます。僕にもできるんです。心の改変が。それが恐くて、僕は人間から遠ざかったのです。特に、僕が好きだと思う人から。・・・・・それに、僕は唯一の肉親である祖父を憎み続けた冷酷な人間です。」

　ジョーは優しくけぶったような眼差しをアーサーに注いだ。

　「あたしは気にしないわ。あなたが私の心を変えようとしても。変えられたって私は気付かないんでしょ？それに、私はあなたがお祖父さんのことを本当は愛していたって知っているわ。」

　彼女は、しっかりと握手した。

　「心を・・・・読んで・・・・もうそろそろ空気はなくなるから・・・・・あなたは、私のことを全然知らないでしょう？・・・・・私のことを知って・・・話を・・・・する間がないから・・・・」

　生きているうちに言いたいこと、したいことがもっともっとあった。誰かに、誰かに全部聞いてほしかった。
　目が見えない。頭がぼうっとする。
　アーサーの囁きが辛うじて聞き取れた。

　「精神が集中できなくて・・・・・はっきりと読み取れません。・・・・・・・でも、これだけはわかります。・・・・・・・・あなたは・・・・・いい人だ・・・・・カイユンも・・・・・言っていた・・・」

　眠い。
　二人は肩を寄せあった。互いの体の温もりが濡れた服からかすかに伝わってくる。ジョーはアーサーの肩に頭をもたせかけた。

　「一人じゃなくて・・・・・良かった。」

　「・・・・・ええ・・・・・・・・・もう・・・・僕らは・・・・おしまい・・・・」

　ジョーは精一杯の努力をして首を横に振る。

　「おしまい・・・・・じゃないわ。・・・・・あたしたちは・・・・死んでも・・・・世界は・・・・おしまいじゃない・・・・から・・・」

　黒いビロードの幕が静かに降りてきた。
　五感はすべて失われた。

　「さよ・・・・な・・・・ら・・・・」

　薄れいく意識のなかで、誰にというでもなくジョーは最後にそう言った。

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