７　急展開の前兆　

　ジョーは、ベッドの上に身を起こすと片手でスリップの肩紐を直した。もう片方の手には銃を持ち、銃口は男のこめかみにぴったりとつけられている。

　「激しい女が好きだって言っていたわね。・・・・このくらい激しければお望みどおり？」

　ジョーの笑顔が逆に一種の残忍さを感じさせた。

　「安心して。殺しはしないわよ。」

　男は息を洩らした。右頬の十字の傷が青ざめた顔のなかに黒くくっきりと浮き出て見える。
　ジョーは肩紐から手を放し、男の手をとった。

「・・・あんたの指、顔に似合わず華奢で長いわね。・・・・・あたしの知り合いの爆破屋もこんな指をしてるわ。・・・あんたたちにとっては、指を潰すことは命をなくすのの次あたりに重大なことかもね。」

　ジョーは続けた。

　「・・・・それとも薬の方がいい？頭に電極を差しこむのも一手ね。・・・・とにかくあたしは情報が欲しいの。そしたらあんたに用はない。」

　男はついさっきまで自分に甘えていた女の豹変ぶりに驚愕し震え上がっていたが、なんとか声を腹の奥から絞りだした。

　「・・・・カイエ社の者か？お前は。」

　「・・・・違う。あたしもあんたと同じ仕事屋。ナトアの仕事だってしてる。でもね、あんたが台無しにした岩削りはあたしたちの仕事だったのよ。こっちの足をひっぱって欲しくないのよね。ナトアに頼まれている次のヤマはどこ？言って頂戴。悪いようにはしないわよ、坊や。」

　ジョーは、男のおとがいに軽く人差し指をあて、ふふんと笑った。
　男は話しだした。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「どうだった、その野郎の話じゃ？」

　夜遅くアケルナルに帰ってきたジョーにマリオが尋ねた。ロマノフは調査のために町に出ており、ソーンダイクはコンピュータにかかりっきりになっていたため、出迎えたのは彼だけだった。

　「・・・次は海中トンネルの爆破らしい。カイエが力を注ぎこんでいる奴よ。あと三つ計画がある。書いてきたから読んどいて。・・・・他にも仕事人が数人いるらしいけど、簡単に阻止できそうよ。男はＬＡＭを倍量打って宿に転がしてきちゃった。・・・悪いけどシャワー浴びさせてもらうわ。・・・・・・タバコ臭い男って最悪・・・・・」

　マリオはにやにや笑った。

　「あんた、体使うのはそろそろやめろよ・・・

　“カイユンが泣くぜ”

　と続けようとしてマリオは言葉を飲み込んだ。

　ジョーがシャワーを浴びている間、マリオはメモに目を通した。
　現地に行ってみないことには全体像はつかめないが、カイエの計画の最重点部分であることは確かなようだ。マリオはスクリーンにクリア・ウォーター全星図を映しだし、印を打った。
　“しかし、どうも良くない傾向だ。こんなことをしても一銭にもならない。不用意にくちばしをつっこめば命さえ危なくなる。一体誰のせいだ？”

　彼は、ジョーが戻ってきたときにそのことについて彼女を捕まえじっくり議論するつもりだったが、パトリックに先を越されてしまった。

　「ね、ジョー、お話して！あのね！ロッコ君もお話聞きたいって！寝ないで待ってたんだよ。ね！ロッコ君のところでお話して！」

　ジョーが渋々手をひかれていくと、医療室ではロッコがふかふかの大きな枕に背をもたせてジョーの姿を見ていた。そばの椅子には妹を抱えたヨシアがちょこんと座っていた。

　「ヨシアはお見舞いにきてくれたの。ロマノフが出掛けるときに入違いで来たんだよ。ヨシアもお話が聞きたいって。ね、お話。いいでしょ？」

　ロッコは口を尖らして、さもつまらなさそうにしていたが、それでも本心は話を聞きたいらしくちらちらっとジョーの方を盗み見していた。ヨシアの方は目を輝かせ、擦り傷だらけの膝をきちっと合わせるように座り直した。

　“いつからここは保育園になったんだか・・・”

　とジョーは思いつつもベッドの端に腰掛けて短い話をしてやった。パトリックはジョーに身を寄せ、何度も聞いてそらでも言えるお伽話なのに熱心に頷きながら聞いていた。ヨシアは半分口を開けて、ロッコもいつしか子供らしい表情になって聞いていた。
　しかし、話は中断せざるを得なくなった。ヨシアの妹が火の付いたように泣きだしたのである。ヨシアは困ったように妹の尻に手をやって眉を八の字にした。

　「どうしよう。・・・・替えなんか持ってきてないし・・・・・」

　ロッコはヨシアの妹に関するごたごたには以前からいい加減うんざりしていたらしく、毛布のなかに潜りこんでしまった。ジョーは天を仰ぎ、一先ずペーパータオルをヨシアに放り、“すぐ戻ってくるから”とパトリックに断ったうえで部屋をあとにした。

　「何を捜しにきた？」

　ちゃっかり様子を窺っていたマリオは、倉庫に歩いていったジョーに追い付いて声をかけた。

　「ここにオムツでもあるっていうのか？」

　ジョーはポケットに両手をつっこんで気のなさそうにコンテナのナンバーを調べている。

　「あるっていったらどうする？・・・・Ｐ１・・・Ｐ２・・・Ｐ３・・・これか・・・」

　ジョーは、蝶ネクタイのマークが付いているコンテナの一つを開けた。

　「何だ？このマークは？」

　「・・・・Ｐはパーカーの頭文字よ。蝶ネクタイはパーカーのトレードマーク。リマン星を離れるときにパーカーとリジーが積みこんでってくれた。この間、中のもののリストを作ってみたら、武器や工具の他に碌でもないもの結構あったのよ。」

　ジョーは大きなコンテナの中でごそごそやっていたがひときわ大きな蝶ネクタイマークの付いたプラスチックボックスからオムツカバー、紙オムツ、ベビー服、粉ミルクなどを取り出した。

　「どうせここに置いといたって使い道がないんだからやっちまうわ。」

　マリオは笑った。

　「あんたが子供を生むとでも思ったんだろうぜ。あんたのおふくろさんと執事は。」

　「・・・・どうせなら、もうちょっと役立つものをいれてくれりゃ良かったのに。」

　マリオは真顔になった。

　「使い道を作ってやろうか。あんたさえその気なら俺と一緒に・・・・」

　マリオが殴られて五メートルほどふっとんだのは言うまでもない。


　ヨシアはジョーの贈り物に目を輝かせ、まわりにはばかる様子もなく、慣れた手つきで妹のオムツを替え始めた。古いオムツはボロのＴシャツを縫って作ったもので、元は白かったのだろうが茶とも黄色とも付かぬ色に染まっていた。

　“・・・カイエだ、ナトアだ、ということよりこのチビたちにとってはその日その日を乗り切って生きていくことが何よりも重要なんだわね・・・・・”

　ジョーは傍らに立っているマリオを眺めた。もしかしたらマリオも、似たような青少年期を送ってきたのかもしれない。
　ヨシアは十回も二十回もおじぎをし、もらったものをしっかり紐で結わえて帰っていった。
　ロッコはヨシアがいなくなったあと、口を尖らせていった。

　「おいらたちは、施してもらうのが好きなわけじゃないぞ。でも、有り難いとは思う。・・・。・・・・あのさ、ところでさ・・・・ジョー、おいら、あとどのくらいで治るのかな。」

　“一週間くらいね。”

　ジョーが答えると、ロッコは再び頭の上まで毛布を引き上げた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「さあ！我と思わん奴は遠慮なく俺に挑戦してくれ！受けて立つぜ！」

　“仕事屋広場”の片隅で、ショットガンを片手で振り上げた若い男が大声を上げた。それに応じて、宇宙船員くずれとおぼしき初老の垢染みた男が人垣から進み出た。若い男はにやりと笑い、廃棄された直径十センチほどのデータディスクを差し出した。

　「掛け金はきっかり五十クレジットだ。ディスクを打ち上げてから落ちるまでに何発当てられるかで勝敗を決める。・・・・まず、あんたからやりな。」

　挑戦者は言われるままにスロットルにディスクを差し入れ銃を構えた。青空にディスクが上昇し、銃声が響いた。

　「四発か・・・・・」

　若者は落ちてきたディスクを拾い、弾痕を確認してから投げ捨てた。

　「ほんじゃ、今度は俺の番だな。」

　若者の銃さばきはかなりのものだった。落下したディスクには今度は七個もの穴が開いていた。辺りのあらくれたちからも感嘆の叫びが上がった。若者は得意げにディスクを挑戦者の前でひらひらと振ってみせた。

　　「さあ、俺の勝ちだ。五十出しな。」

　初老の男は後退りした。

　「どうしたんだよ？出しな。」

　挑戦者はむっつり押し黙っていたが、やがて情けない声を喉の奥から絞りだした。

　「持ってねえんだよ。逆さにしたって出てこねえ。五十どころか、もう二日も食物にも事欠く始末だ。」

　若者は一瞬青筋を立てて顔を引きつらせたが、落ち着きを取り戻すと言った。

　「じいさん。事情はわかったぜ。だったらあんたの銃を置いていってもらおう。それで五十ってことにしてやるよ。」

　挑戦者は銃を放さなかった。かえってメンドリが卵をあたためるように胸に抱き締めた。銃は彼にとって最後の最後に残った財産だったのだ。
　若者の手が、銃をもぎ取ろうとのばされたとき、その間にがっしりとした中年男がすっと割って入った。物腰は穏やかであったが、目には若者の動きを止めさせるだけの迫力が備わっていた。

　「若いの。五十は私が払おう。」

　若者はひるむまいと自分に言聞かせ、背筋をピンとのばして自分よりやや高い身長を持っている新参者に言い返した。

　「・・・おせっかいはごめんだぜ。一体どういう了見だ？俺に喧嘩を売ろうってのか？」

　「・・・いいや。ただ、ごたごたを好かないたちでね。」

　「・・・あの爺さんが掛け金を払わねえのがいけねえんだぞ。契約不履行って奴さ。ひっこんでな。」

　自分の面子を保つためと、中々の品物である初老の男の銃を手に入れるため、若者は首を縦には振らなかった。
　中年男はしばらく考えていった。

　「それでは私が君と掛けをしよう。君は十出したまえ。私は二百出す。私に不利な勝負だが、そうすることによって、彼の五十を帳消しにしてやってくれないか。」

　まわりの者が騒ぎたて、若者はあまり乗り気でなかったのだが勝負は決行された。
　今度は若者が先に撃った。八個の穴が開いた。
　次に中年男。
　目にも止まらぬ速撃ちだったが、落ちてきたディスクには一つの穴しか開いていなかった。大きなブーイングが観客から起こった。が、若者は十クレジットを中年男に渡した。中年男は二百クレジットを初老の男に与え、その場を静かに去った。

　「何が起こったんだよ？」

　若者の仲間が、腑抜けのようになっている若者の肩を揺り動かした。

　「・・・・どうしたってんだ？」

　若者は揺り動かされるままになっていたが我にかえると大声で言った。

　「お前、見えなかったのか!?あの人は・・・あの人はディスクに十発当てたんだ。・・・・・貫通孔が同一だったから、穴は一つだった。あの人・・・・ただもんじゃあねえぞ。」

　中年男は路地裏を歩いていたが、人の気配を感じて振り返った。
　銃を構えた二人の男が立っており、一斉に引き金を引いた。中年男は余裕を持って避けた。そして、連射で二人の銃を手からはねとばした。銃の一つはそのまますっぽり中年男の手のひらに納まった。

　「ご丁寧にもパラライザーか。・・・・用件を聞こう。」

　狙撃者はゆっくりと中年男・・・ロマノフ・・・・のもとへと近付いた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「もう、何も隠す必要はありませんね。」

　シャーリーはテーブルの上に手を組んで、真向いに座っているカイユンを伏し目がちに見つめた。彼女はすっかり落ち着いて、青白かった頬にも赤みがさしてきていた。

　「・・・聞いてください。私のこととアーサー様・・・・・いえ、アーサーのことを。・・・・・彼のことも知ってもらった方がいいと思うんです。キムさん、あなたにはアーサーの味方になってほしいから。」

　カイユンは握手するように手を差し出した。シャーリーはそれを押し戻した。

　「話をしながら、あなたの心の動きを読み取るつもりはありません。私はあなたを信頼しているからこそ話すのだし、”力”を使うのはかなり疲れるの。・・　私は接触テレパス。体を接触しなければ心を読むことは出来ないし、たいていは深層心理までたどりつくこともない。
　でも、実の家族を含めて、周囲の者を恐れさせるにはそれで十分だった。・・・私は超能力者ではない普通の人間として生きるために故郷を捨てたわ。でも、噂は私を追ってきた。どこにいっても、私は普通の人間として認められなかった。・・・・・しまいには辺境の開拓途中の星に逃れたの。
　そこで、カイエさんに出会った。カイエさんは私を雇ってくれたわ。私の超能力を承知で。私に能力があるからこそ・・・・って。
　私の仕事はアーサーとの話相手をすること。実は・・・・・・アーサーも私と同じなんです。いいえ、私よりもずっと大きな力を持っている。その気になれば、離れていても人の心を読み取ることが出来るはずよ。でも、本人が力を使うことを極度に恐れて、自分の力を封印していますが。
　アーサーは私より四歳下で、私が雇われたときには八歳でした。両親を事故でなくした直後で、もともと多感で潔癖だったこともあるのでしょうが、弔問客たちの心の中をのぞいてしまって極度の人間不信に陥っていた。私は彼の心を開く役目をおおせつかったの。　私が来てから、アーサーは少しずつ元気になっていきました。私自身も元気になったんじゃないかしら。同じ力、同じ悩みを持っていることにおいて、私とアーサーは互いに半身なんです。・・・・でも、アーサーは社会一般と、社会のなかの自分に対しては以前にもまして嫌悪を感じていました。
　・・・・カイユンさん、あなたに会って彼は少しだけ“人間もまんざら悪いものではない”と思い始めたようです。それは、カイエさんや私が一番望んでいたことなんです。私とアーサーは一日の終わりに握手して正直な自分の気持ちを曝け出しあうんです。私、アーサーの心が日、一日と穏やかになってきたのがわかります。彼は・・・・・」

　シャーリーは笑った。

　「アーサーが何か？」

　カイユンは首を傾げた。
　シャーリーは目を細めた。

　「アーサーったら、あなたの世話を焼こうって決心してるんですよ。アーサーはあなたが大好きで、大好きだから、あんなあぶなっかしい人をそのまま放っておけないそうで。・・・・・・でも、アーサーはあなたのことで苦しんでいます。」

　「僕のことで？」

　「ええ。アーサーは、あなたにそばにいてほしいんです。でも、あなたにはこれまでずっと一緒にいた仲間が居る。いつか、あなたはその仲間のところに帰らなければならない。ジョセフィーヌさん、ロマノフさん、ソーンダイクさん、マリオさん、小さなパトリック君、その人々をあなたはこの上もなく愛している。そして、帰る時期は早い方がいい。このままここにいては、カイエさんのからだのためにあなたの命に危険が及ぶ可能性が大きくなってしまう。アーサーはお爺さまを愛しているけれどあなたを殺してまでとは思わない。」

　カイユンはシャーリーの言葉を一語一語噛みしめていたが、シャーリーがすべてを吐き出してしまうと、白い天井を仰ぎ、息をついて、自分自身に話し掛けるように口を開いた。

　「僕、以前からアーサーには何かがあるとは思っていました。・・・こんなに重いこととは知りませんでしたけど。・・・僕はアーサーには何もして上げていません。アーサーが、僕に会ってから、人間を信じられるようになってきたとしても、それはアーサー自身が成長したわけで、僕のせいじゃありません。・・・シャーリーさん。僕は何をしたらいいんだろう。僕が新しい心配の種をアーサーに作ってしまった。僕の健康をアーサーがそんなに心配してくれているなんて・・・・・まだ僕は血液採取による生命の危険性を感じていない。血球数は多少減っていてもそれは正常の変動の範囲内だし、くらくらするような自覚症状もない。もしも、自覚症状が出てきたら、アーサーに言われるまでもなく、ここを逃げだすかもしれません。しかし今は・・・・・カイエさんの役に立ちたい。僕のちっぽけな命でカイエさんを助けられるのなら。・・・・・アーサーにもわかってほしい。・・・・・ここにきて、僕はやっと見付けられたような気がするんです。僕の命をかける場所が。・・・・アケルナルでは、僕は保護者に囲まれた子供でした。生物・医療関係の仕事をさせてもらってはいたけれど、他の人たちの手がなければ生活してはいけなかった。・・・・それはここに居ても同じですが、僕は役に立てる。僕がカイエさんの命を助けられれば、このクリア・ウォーター星の自然が守られる。僕の命がカイエさんの命になって、カイエさんの命が星の命になる。僕の命が星の命になるんです。」

　シャーリーが“命を粗末にしては駄目”と言って、カイユンを真っすぐに見つめた。カイユンは口元を少し緩めた。

　「シャーリーさん。僕の故郷のマーリナ２での平均寿命をご存じですか？」

　シャーリーは戸惑った。

　「・・・すみません。いきなり変なこと聞いて。・・・・僕の星の平均寿命は二十才。僕は二十一。平均寿命を越えました。」

　「え？・・・それじゃ、キムさん、あなた、まさかもうすぐ・・・・」

　「いいえ、まだ余命はあるはずです。僕の種族は亜人間との無理な混血で、出生時の死亡率が非常に高いんです。約半数が死産。無事に生まれた子供も一歳までにばたばた死んでいきます。・・・僕は好運にも、何の障害も持たずに生まれ、ここまでいきのびてきました。・・・・・僕は生きているのが大好きだけど、僕の命より、この星の命のほうが大切だから。僕はもう十分に生きたから・・・・・。僕は・・・・・僕は亜人間との混血ですから人間とは結婚できません。もし結婚したとしても、父親になって、次の世代に命を伝えることが出来ません。胎児の多くは死産するでしょうし、母体も危険に陥るからです。・・・・・・・・・・だから、僕、この命をこの星に受け取ってほしいんです。」

　シャーリーは、亜麻色の髪をかきあげ、大きく首を横に振った。

　「カイユンさんが考えていることはわかったわ。でも・・・・・カイエさんを崇拝している私でも、人間としてそれを認めるわけにはいかない。・・・・・私もアーサーと同じ。友人としてはここに居てほしいけれど、生命の危険が生じたら・・・・・すぐにここを出てください。」

　その時、シャーリーはドアが開いているのに気付いた。ドアの外には青ざめたアーサーが立っていた。アーサーは苦しげにシャーリーを睨んだ。

　「アーサー！」

　シャーリーは毅然として叫んだ。

　「アーサー！キムさんは私達のことに気付いたのよ！だから私はすべてを話したわ。あ
なただって秘密を持ち続けるのは嫌でしょう？だから・・・・・」

　アーサーは黒い瞳を潤ませ、拳を握って肩を震わせた。

　「シャーリー！違う！カイユンも、シャーリーも、わかっちゃいないんだ。僕は、接触テレパスであることを気に病んでいるんじゃない。それがわかってしまったことを悲しんでいるのでもない。あなたたちにはわからない！シャーリー！シャーリー！こっちに一緒に来てくれ！・・・・・カイユンはそこに居て！僕はもうあなたと一緒には居られない！」

　アーサーは涙を流しながら訴えた。

　「カイユン！あなたはチームに帰るんだ。!!普通の人間なら帰りたいと思うはずさ！なんで帰りたがらないんだ。帰ってくれ！あなたは帰りたいはずだ！帰りたいはずなんだ！」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「気にいらんな。」

　一人の男が報告書を見て呟いた。

　「指令。クリア・ウォーター星で不穏な動きでも？」

　軍服に身を包んだ青年士官は、コスモ・アーミーの開発途上星統治援助局で上官に問うた。
　司令官は若々しい長身の部下をやや苦々しく見返した。
　Ｄ級市民を用いたシークレットの管理に失敗し、宇宙連邦の中心に近いリマン星の諜報局長から、閑職といわれる援助局に左遷させられた彼、セフト　デッカーマン。前に立っているのはリマン軍大将、アルベルト　アイゼンシュタインの息子、この局は足掛かりの一つで、おそらくは昇進を続けるだろう、フリードリヒ　アイゼンシュタイン。全く好対照ではないか。

　「不穏な動きがあるという報告がない。それが問題なのだ。」

　「・・・・・と、申しますと？」

　アイゼンシュタインは、赤毛の下の端正な眉をそびやかした。

　「援助局は一人の優秀な調査官を派遣した。その調査官が何も目立ったことを発見していない。・・・・さして重要な地域ではないクリア・ウォーターだが、こぜりあいの一つ二つはあって普通だ。」

　「・・・・私に新たに潜入しろと？」

　「いいや。・・・統治権が確立するまでは、大事件でもないかぎりコスモ・アーミーとしては介入できぬことに宇宙連邦法で定められている。・・・・君は、クリア・ウォーター星の有力者である、ダリル　ナトアとチャールス　カイエを洗ってみてくれたまえ。有事に備えてな。・・・・・退出してよろしい。アイゼンシュタイン中尉。」
　
　アイゼンシュタインは部屋を辞した。セフトは、彼に一種の羨望を感じずにはいられなかった。
　”あの若造は中央に戻る・・・・・俺は・・・・・セフト　デッカーマンはこんな辺境で何をしている？・・・・・あいつらめ。‘ドロップアウト’の大馬鹿者さえ居なかったら、俺は地位を追われることなどなかった。”
　彼は、ジョセフィーヌ　ルノー、マリオ　リベラ、ユーリ　ロマノフ　、キム　カイユン、ケイン　ソーンダイク、そして彼らに加担した軍人として最高の遺伝子を持つクローン人間のアレックス　ギダーの姿を思い出し、憎悪で身を震わせた。彼らを見付けだす日を、セフトは夢見ていた。
　その日、セフトのレーザーガンが火を吹くであろうことも。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　老カイエは、清潔な部屋のベッドのなかにいた。遊説先でもこうやって休養をとらねばならぬ程、彼の体は衰弱していた。
　彼は、自分のまわりの問題を十分に把握していた。予期していたこととはいえ、つらい状況だ。しかし、ここで遊説をやめるわけにはいかない。人々の前に立って語りかけることを続けるのだ。それがカイエ家のやり方だ。腕力や経済力に頼らず、父や祖父や曾祖父は開拓を進めてきたではないか。
　カイエは、湾岸道路の一部が爆破されたことを側近から聞いた。カイユンが真相を知らせたのだという。　湾岸道路だけで済みはしまい。次は海底トンネルか？運河か？ナトアはおそらく破壊に成功するだろう。・・・・・・ナトア。手強い相手だ。こちらとの直接会談を拒否しつづける開拓界の一匹狼。
　老カイエは、自分の死が目前に迫っていることを悟っていた。

　“綿密な計画をたてねばなるまい。”

　ベッドの中で、カイエの頭脳は、目まぐるしく働いていた。

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