６　握手　
　
　アケルナルが、こうして一応の平和を取り戻した頃、カイユンは複雑な面持ちで、亜人間のプールにたたずんでいた。二十五人の亜人間がプールから消えていた。残ったのはわずかに六人。昨夜、何者かが、忍びこんだのだ。
　カイユンは、疑問を感じていた。警備系等、ロックの暗唱を知っていたと思われることからみて、内部の者の仕業に違いない。
　警備主任は老カイエに、警備を厳重にすることと、職員を徹底的に調べ、犯人を割り出すことを誓った。カイエは、すぐに犯人は逮捕できるから、心配しないようにカイユンに言付けた。。
　カイエの部屋の前には、例によってアーサーが待ち構えていた。

　「災難だね。キムさん。」

　「うん・・・・・カイユンでいいよ。とんだことになっちゃったね。」

　カイユンの表情は、幾ら深刻になっても、どこか一本抜けている感じをアーサーに与えていた。

　「そんなにのんびりしている場合じゃないだろう。亜人間の生き残りはたったの六匹なんだ。じきにあなたの体液を使うしかなくなる。」

　「うん。・・・・・」

　カイユンは、腕組みした。

　「うーん。そうしたら、僕は何をすべきなんだろう？」

　アーサーは、カイユンの向こうずねを蹴飛ばした。

　「悩んでいないで、早いところ出ていけばいいんだ！」

　「いてっ！蹴飛ばすことないじゃないか。」

　アーサーはカイユンから目をそらした。
　カイユンは再び考え込んでいた。
　何かが近づいている。
　カイエのそばに。
　カイユンは、身を呈してでも、カイエを守るつもりだった。自分より、ずっと重い命を持った老カイエを・・・・・

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　新しい仕事の手順を検討しながら、ジョーは眠そうに目を擦った。隣にいるマリオがすかさず茶化す。

　「またパトリックに添い寝して不眠症に陥ったてんじゃあねえのか？」

　「あほっ！」

　ジョーの左手がマリオを薙ぎ払い、マリオのからだが三メートルほど宙を飛んだ。

　「あのね、あんたさー、武器を持っていない状態で海を泳いでいて、腹すかせたシャチが突然襲いかかってきたらどうする？」

　マリオはきょとんとした。

　「何のことだ？」

　「・・・・カイユンが、毎日パトリックに聞かせてやってた物語。そこで切れてる。・・・・続きを話せってうるさいんだわ。あの子。睡眠不足はそのせいよ。」

　ソーンダイクが、少し離れた位置から叫んだ。

　「99％以上の確率でシャチに食べられて死にますね。その状況では。」

　“やっとペースが戻ったかな？”

　ジョーは、そう思いながら、ロマノフに声をかけた。

　「・・・・前の銃の使い手を探していたって話、捜している奴がどんな奴かさぐってくれる？・・・・・どうも大きな社会変動が起きそうよ。それがどんなものか、前もって知っておきたいわ。」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カイユンの部屋を掃除しにきたシャーリーは、所在なくじゅうたんを蹴飛ばした。

　「どうしたんですか？シャーリーさん。」

　タオルを頭に巻いて、掃除機をかけていたカイユンは、道具を片付けるとシャーリーにソファーに掛けるようすすめ、ミルクティーをいれた。

　「どうして・・・・・って。私は、お掃除しにきたんですよ。お世話係なのに、キムさんは、お掃除も、お茶の支度も自分でやってしまうんですもの。私、やることが無くなってしまいます。」

　カイユンは謝って、シャーリーの横に座り、アーサーのことを話しはじめた。

　「あの子、変な子ですね。」

　シャーリーは、ぴくりとした。

　「・・・・僕のことを大嫌いだというんです。それなのに構ってくる。あと、会うたびに握手したがる。よく判らないなあ。シャーリーさんは、変だと思いませんか？」

　シャーリーは、アーサーが、両親と、小さいうちに死に別れたからだろう、と言った。

　「それだけじゃ・・ないような気がするんです・・・・・僕には。」

　シャーリーは、何かいいたげに、口を微かに開いたが、そのまま唇は閉じられた。彼女は、長い髪を肩の後ろにはらった。

　“きれいな髪だな。”

　カイユンは思った。
　ジョーの髪のようだ。ジョーの髪は、シャーリーほどウェーブは掛かっていないけれど。日にあたると、栗色に輝いて、そりゃあ素敵なんだ。
　シャーリーは、紅茶を飲み終え、カップを流しに運んだ。

　「また来ますね。」

　シャーリーは、握手して、部屋を出ていった。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　その日、カイユンは、血液を500ccばかり取られた 。体力を消耗してはいけないということで、研究もやめさせられた。彼は、残った亜人間の世話をし、あとはアーサーと話をして過ごすのが日課となった。
　依然として、アーサーは、辛辣な表現でカイユンに向かって“出ていけ。”と言い続けていたが、行動は、それと一致しなくなっていた。アーサーは、家庭教師による勉強が終わると、カイユンの部屋に超特急でやってきて、ゲームをしたり、お茶を飲んだりして、深夜まで入り浸った。
　この日も、アーサーはチェスをしにきていた。手に詰まったアーサーがうなっているうちに、カイユンはココアを入れてクッキーと一緒に持ってきた。

　「チェックメイト！」

　アーサーが、して遣ったりというように叫び、今度はカイユンが悩む番だった。頭を抱えるカイユンの前で、アーサーはクッキーをぼりぼりかじった。

　「駄目さ。逃げ道なし。僕の勝ちだよ。・・・・・あれ、今日のは味が違う。」

　「香辛料が入ってる・・・・・」

　盤を睨んだまま。カイユンは答えた。

　「・・・・クッキー作りなんて、男がやることじゃないよ。気色悪い。」

　「うちのチームじゃ、僕が台所取り仕切っていたからさ、お菓子は女の人が作るなんて誰が決めたの？・・・・・やあ、本当に僕の負けだ。」

　カイユンは、盤の上の駒をくしゃっとかき混ぜ、箱にしまった。
　アーサーは、ソファーの上で、つまらなそうにクッションをもてあそんでいた。

　「チームって言えば、カイユン。本当に、早く帰ったらいい。」

　「またぁ。・・・・・僕は、自分からチームを抜けたんだよ。」

　アーサーは、そのあと、実に驚くべきことをした。カイユンに近付き、しっかり手を握り、熱っぽく言ったのだ。　

　「・・・・僕、あなたが好きなんだ。・・・・・好きだからでていってほしいんだ。・・・・あなた！いいか！素直すぎるんだよ！優しすぎるんだよ！わかるか!?あなたの仲間もはっきりはしないけど、優しすぎるんだよ！」

　カイユンは、盆を抱えて呆然としていた。

　「・・・・僕は、アーサーが思っているほど、素直でも、優しくもないよ。」

　やっとそれだけ言うと、アーサーはむきになって怒りだした。

　「嘘つき！大人は皆嘘つきだ！カイユンも嘘つきだ。あなたはこの上もなく優しい人じゃないか。なぜそれを認めないんだ！」

　こうなると、カイユンもむっとする。

　「どういう根拠で僕が優しいっていうんだい。」

　「・・・・僕は人を見る目は確かなつもりだ！」

　アーサーは、人差し指をカイユンの額に突き付けた。

　「あすからお祖父さまは、最後の遊説に出掛ける。あなたもついていくことになっている。でも、少しでも帰りたくなったら僕に言え。なんとかして逃がしてあげるから。・・・・・今日はもう寝る！」

　「あ、・・・・・お休みのキスは要らない？」

　カイユンが言うと、アーサーは舌を出して出て行った。カイユンは、増血剤を飲み、パジャマを着ながら、集会まで何も起らないことを祈った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「いい加減にやめろ！」

　先刻から耐えに耐えていたマリオが、ついに限界を越えて爆発した。
　パトリックは、その端正な顔を、口を尖らして少し崩すとマリオをつついていた細工用のトーチを下げた。

　「だって、騎士は、黒いドラゴンと戦って、高い塔の中に閉じこめられているお姫さまを助けなけりゃいけないんだよ。」

　「俺がその黒ドラゴンだってのか！このジャリ！」

　「うん。マリオ、いつも黒い服着てるし、お姫さま、誘拐しそうだし。」

　オペレーター席から、ほとんどずり落ちそうになりながら、マリオはパイロット席に向かって毒突いた。

　「・・・・おい。シャチに食われる話が、なんでこんな話に化けやがったんだ？」

　話の展開に全責任を持つジョーは、口笛を吹いて誤魔化した。海洋冒険物語が彼女に続けられるはずがない。彼女が小さい頃絵本で読んだのは、王子様とお姫様が出てくるような話ばかりだったのだから。

　「パット。そんな馬鹿みてえな話にどっぷり使っていると、夢が実現できなくなるぞ。お前の夢は宇宙船乗りだろ。現実世界に生きろ！」

　パトリックは笑った。

　「いいの。僕、騎士になることにしたから。」

　「もーいい。このガキゃ！寝やがれ！」

　頷いたパトリックが、ロマノフとソーンダイクにお休みのキスを請求していると、黄色の警戒ランプがつき、ブザーが鳴った。船外に生体反応。複数だ。
　ジョーがモニタをオンにすると、エアロック付近のカメラが、こっちをうかがっているセリナとラスティの姿をとらえていた。ラスティは、大きな布包みを抱えている。来てはみたものの、どうしようかと考え込んでいるようだ。ジョーは、タラップをおろし、彼女たちの方から呼んでみることにした。
　呼び掛けると、二人は一目散に走ってきた。ラスティは、銃を構えている。

　「馬鹿。そんなものしまいなさい。ここに入ってくるつもりならね。」

　ラスティは、銃を懐に収め、タラップをかけあがり、奥まで突っ込んできた。セリナが、泣きじゃくりながらしゃべりだした。ラスティが、毛布を解くと、顔面蒼白のロッコ少年が現われた。

　「盗みに失敗して、銃で撃たれたの。今、街は殺気立ってて・・・・・一応手当てしたんだけれど、さっき突然苦しみだして・・・・・医者じゃ駄目なの。あたし達なんか相手にしちゃくれないの！ジョーのとこ、医療機あるよね。あるよね。仕事人は持ってるはずよ。お願い。ロッコを助けて！」

　その時には、ジョーはもう行動を起こしていた。一目見て化膿したと判る。神経まで達したのかもしれない。簡単に洗浄し、医療機のベッドにロッコを横たえ、操作をした。医学の心得の無い彼女たちにはあとは機械に任せるしかない。

　「一つ、大きな貸しだな。・・・・・あとで必ず返す。治るまでロッコをよろしく頼む。」

　手を振るパトリックを背に、ラスティはセリナの手を引いて消えた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カイユンは、海辺の小さな集落で、カイエの演説を聞いていた。ストック用として、新たに６00ccの血液を取られたが、彼の増血機能は順調に働いているらしく、全く健康に異常はなかった。
　小さな会場には、宇宙的な名士を生で見ようと、千人以上が集まり、車椅子のままだが朗々と話すカイエに目を釘付けにしている。カイユンは、聞いていて、妙な感覚が襲ってくるのに気付いた。周りの人々は不審におもってはいないようだ。亜人間との混血のカイユンだけが感じるようなものなのかもしれない。それが、カイエが演壇に上がると共に始まり、退場と共に終わった。一体どういうわけだろう。
　頭を振り振り会場の外に出ると、護衛役の男が二人、適当な間隔を置いてついてきた。有り難いが、カイユンは、自分が狙われるかもしれない、ということがいまだに信じられなかった。

　「きれいな海・・・・・」

　カイユンは、桟橋突端まで歩き、遥か向こうに見える、突き出した半島を眺めた。アーサーの解説によれば、あの半島の崖はうまい具合に削られており、海岸道路が出来るのだそうだが、どこが削られているのか全く判らなかった。誰が削ったのかは知らないが非常に巧妙な作業だ。カイエの言う“自然との調和”がこういうところに反映されている。

　遠くで、イルカもどきが跳ねた。カイユンが超音波で呼び掛けると、イルカもどきは驚き、戸惑っていたが、三頭の若い個体が波をけたてて泳いできた。そして、

“我々の言葉を話すニンゲンは初めてだ。”

といい、用心深くカイユンを見つめた。
　カイユンは、

　“僕は人間じゃないよ。”

　と断ったあと、イルカもどきたちと四方山話をした。話は、開発をしている人間たちのことになった。イルカもどきたちは、二年前、住み慣れた海域がナトアに荒らされ、この付近に移ってきたのだという。ここを開発している、カイエ社については、”前の奴よりはいい。”とは言ったが、こうも言った。

　”どちらにしても、人間が入ってくれば、元の海とは変わってしまう。人間は、全部居なくなってくれれば一番良い。”

　その時、ズガーンという音がした。カイユンは、桟橋の上で、思わず耳を押さえた。
　さっき見た半島がはっきり崩れているのが判った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カイエ社から連絡があり、アケルナルが事故現場そばに着陸したのは二時間後のことであった。

　「いいですか！」

　担当者の中年男は、崩れた崖を指し、マリオを睨んだ。マリオは、耳の穴をほじりながら、てんで聞く気がないらしい。二人は、相対して海岸に出ていた。

　「この大事な時期に、何という過失をしてくれたんです。この事故は、我々の開発計画のイメージダウンに直結します。ただでさえ、“このプランは、技術的に難しすぎる”とクレームが付けられたのを強行したのだ！いいですね。あなたがたの責任を追求し、相応の補償をしていただきますからな。」

　ここで引き下がるマリオではない。

　「・・・・崩れるはずねえんだよ。あんたがた、俺の仕事のあとで余計な手を加えたんじゃねえのか？」

　「・・・たいした自信ですな。」

　「当たり前だ。いいか。俺はプロだ。プロ。失敗はしねえんだ。・・・・トーシローは、ぐだぐだ言うな。」

　二人の間の危険な雰囲気を察知したロマノフが、素早くやってきて、中年男との折衝役を引き継いだ。
　マリオは、呆れたように中年男を見ると、ジョーとソーンダイクのそばに行った。

　「・・・・あれが崩れるわけはない。あの岩質と構造ならな。」

　ソーンダイクも、珍しく不服そうだ。

　「コンピュータシミュレーションでもあのような崩壊事故が起る可能性は示唆されませんでした。」

　「だけど・・・・・」

　ジョーは言った。

　「現に崩れているわ。しかも、カイエ側の調査では、破壊工作の痕跡はない・・・・・どういうこと？」

　その時、懐かしい、見慣れた姿が近付いてきた。白いシャツに紺のズボン。Ｖネックのセーター姿。カイユンだった。チームにいたときよりなぜだかずっと大人びた感じだ。
　カイユンは、十メートルくらい離れて止まった。
　彼は、会釈した。
　ジョーたちも、会釈を返した。

　「皆さんの仕事だったんですってね。あの崖の工事・・・」

　だれも、それ以上近づこうとはしなかった。カイユンの方から意識的に距離を置いているのだ。

　「僕、チームを出た人間ですが、これだけは伝えたくて・・・・・あの事故、一頭のイルカもどきが見ていたんです。落石に巻き込まれて、ついさっき息を引き取りましたけど。・・・・・崩壊は、人為的なものです。黒髪の、背の高い、右の頬に十字の傷がある男が、崩壊現場で何かしていたって。だから、マリオさんに責任はありません。・・・・マリオさんなら、自分のミスじゃないってはっきりわかってたと思いますけど・・・・会社の人には、僕から話しておきますよ。皆さんが補償しなくて済むように。・・・・・それだけです。・・・・あ、パット見つかったそうですね。僕が引き止めておけばよかったんだ。済みませんでした。・・・・・じゃ、お元気で、僕も元気でやってます。」

　ジョーは手を振った。彼女は、カイユンの言葉から、彼がカイエ社のなかで、しっかりした“場所”を見つけたことを感じとっていた。カイユンには、もう二度と会うまいと決心した彼女だったが、こうして会って、逆に晴れ晴れとした気分になり、微笑さえ浮かべていた。

　四人は、現場へと向かった。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「カイエ社の奴が気付かないのも道理だぜ。」

　崩壊現場で、岩のかけらを引っ繰り返しながら、マリオは解説した。

　「かなり特殊な爆薬を使っている。爆破手段も普通じゃあねえ。コスモ・アーミーの物資を闇で手に入れてる手合いだろ。一応専門家らしいが、自己流で仕事は荒い。」

　「ナトアね・・・・・」

　ジョーがつぶやいた。

　「俺は・・・・・

　マリオは岩石を投げ捨てて工具をしまった。

　「そうは思わないな。もし、俺がナトアだったら、こんな七面倒なことはせず、カイエの命を直接狙う。」

　ジョーと、ロマノフは、ほぼ同時に目をを手で覆った。

　「ちょっと考えてみなさいよ！強引にやりゃあいいってもんじゃないわよ！」

　マリオは、ややあって、”確かにそうだ”というように頭を掻いた。

　「・・・・・頭に血が昇っていたぜ。・・・・・そうだな。今カイエを殺しちまったら、アーサーって子供が悲劇の主人公だ。不安はあるが、今度の集会では、カイエ側が勝っちまうだろう。」

　「そして、惑星政府が成立すると同時に、宇宙連邦の査察官がやってくるわ。コスモ・アーミー引きつれてね。ナトアも、面倒は起こしたくないはず。今、ナトアにとって最良の策は、カイエのやっていることが、不利益をもたらす、というイメージを開拓者に植え付けること。それに失敗したら、カイエの病気を利用するんじゃない？・・・・・他の生きものの命を犠牲にして命を保っていたことが判れば、支持者は離れるかもね。ただ、それは証明するのが難しいし、ばれても、カイユンみたいなのがニコニコ出てくれば、美談になっちまう。・・・・・ま、色々やって、それでも駄目なら、カイエを殺しにかかるでしょう。このままじゃゆくゆくはその日が来るだろうけど。」

　皆、しばらく思い思いに考え込んでいた。彼女等は、この星の人間ではない。故郷を捨てた、宇宙の根なし草だ。仕事があるからこの星に来たのであって、ここに永住する気など、さらさら無い。だれが、利権を握ろうと知ったことではない。権力者は、いつも彼らの敵であり、それをめぐる争いも、彼らの生活に関係なく、勝手に行なわれているものだ。

　マリオは、にやりと笑った。
　ジョーは、彼が何を言いたいか知っていた。

　「・・・・どうでもいいけど、仕事の邪魔されて黙っているわけにはいかないわ。カイユンが取り繕ってくれるとはいえ、あのおっさん本当に信用はしないでしょう？こっちの失敗じゃないのに、失敗と思われたままなのも癪だし。・・・・捜してみようよ。黒髪、右頬に傷、背の高いや爆破屋なんて、すぐ捕まえられるわ。・・・・・あたし達の妨害したらどうなるか、思い知らせてやる。」

　ちょうどその時、携帯用の通信機から、パトリックの元気な声が聞こえてきた。

　「ジョー、ロッコ君がね。目を覚ましたよ。」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　カイユンは、与えられた部屋で、机に向かってうつむいていた。
　ジョーたちとの再会・・・自分とひどく遠くなっってしまったようなアケルナルの乗員たち。理由はわからないが髪を短く切ったジョー、相変わらず不機嫌そうなマリオ、自分を待っていてくれているようでもあるロマノフの温かな眼差し、感情を外には出さないが、サングラスの奥から自分を真っすぐに見つめていたソーンダイク・・・・・それらはかなり彼の心を揺さ振ったが、彼をひどく悩ませているのは別のことだった。どうしても説明のつかない、カイエの講演中に感じた不思議な感覚のことである。自分の病気のことすらカイユンに打ち明けたカイエだ。そのカイエから、それに関しては何の説明も受けていない。カイエは知らないのか？誰が何のために？もしや、カイエの身に何か危険が？
　彼は、カイエに直接尋ねたくなる衝動を必死で抑えた。何も見当がつかないうちに、行動を起こすのは危険だ。薮を突いて蛇を出す結果にならないとも限らない。ここまで来て、カイユンも、やっと人並みの用心深さを身につけつつあった。・・・・もう少し静観しよう・・・・・彼は思った。
　
　海に面した窓からは、イルカもどきがかなり遠くでジャンプしているのが見えた。

　“あれは・・・・・さっきの落石で死んだ、仲間の死を悼むジャンプだ・・・・・”

　ぼんやりそう思った彼は、次の瞬間にはもう、冷酷な現実というものに引き戻されて、急に自分も死んで・・・いや、殺されてしまうかもしれないという恐怖感に襲われた。彼の手は、ジャケットの内ポケットに隠し持ったレーザーガンをまさぐっていた。
　と、チャイムが鳴って、シャーリーの声が、インターフォンから聞こえた。カイユンはあわてて懐から手を抜き、扉を開けた。シャーリーは、よく冷えたレモネードのグラスをサイドテーブルに置いた。

　「ありがとう、シャーリーさん。」

　シャーリーはほほえみ、“設備のよくないところにきて、やっと私の仕事が出来たわ。”と言った。

　カイユンは、シャーリーと一緒の時間に安らぎを感じていた。大多数のカイエ社社員は、カイユンを”同志”として捉えており、二言目には“カイエ社の発展のために！”と、口に出して言う。
　カイユンは、カイエ社に発展はしてほしかったが。それを口に出して叫ぶことには抵抗を感じていた。思想を、大声で叫べるということは、非常に大事なことだが、彼は自分から叫ぼうとはしなかった。彼は、そういう人間なのだ。
　シャーリーは、カイユンのことを”同志”と言わなかった。必要以上、仕事の話もしなかった。
　シャーリーは、天気の話、クリア・ウォーター星の珍しい植物の話、料理の話などをした。ときどきは、カイユンとチェスをしにきた。
　それでも、彼女が、いかにカイエに心酔しているかは、ちょっとした言葉の端端から十分に読み取ることが出来た。
　シャーリーは、カイユンの顔を覗き込んだ。

　「難しい顔をして、心配事ですか？」

　カイユンは、シャーリーに、不思議な感覚のことを、それとなく尋ねてみた。
　シャーリーは、時折ぴくりと眉を動かしたが、

　「そんなこと、知りませんでした。」

　と、誤魔化すように言った。そして、いまは、ライリの花の花盛りですね。といい、ライリの栽培方を生き生きと楽しげに話しだした。
　ライリは、果樹の一種で、クリアウォーターに自生していたものではない。クリア、ウォーターは、四季の移り変りの無い星だ。春の訪れと共に花を付けるライリの木、それは品種改良の結果、この星でも花を付けさせることがやっと出来るようになったものだ。
　シャーリーは、夢見るような表情に変わってきた。　大きな果樹園。養蜂家の運んできた蜂が飛び交い、寒さがやっとゆるみ始めた春の空気の中に、ライリの花の甘い香りが漂う。

　“シャーリーさんは、農家の出だな。どこの星の人だろう。話を聞いていると、小さいうちにカイエさんの所で働きだしたようだな。・・・・・シャーリーさん、今の瞳の輝きは、妹の玉穂そっくりだ。”

　「シャーリーさん。僕の妹にそっくりな目をしていますよ。」

　「まあ、玉穂さんに？」

　シャーリーは、さも嬉しそうに言った。
　カイユンは、レモネードを飲みながら、彼自身の故郷の話を話した。海のこと、空のこと、いままで話したことのなかった家族のこと・・・・・そうだ。今までは過去のことなど全く話したことがなかった。

　「あら、つい長話をしてしまいましたね。私、カイエさんに呼び出されていますので、そろそろ行かなくては。」

　シャーリーは、カイユンに向かって片手を差し出した。半ば習慣になった別れの挨拶だ。

　「どうしました？」

　シャーリーは、困ったようだった。
　カイユンは、手を延ばしかけて、シャーリーの白い細い手をまじまじと見た。

　握手。

　カイエの所にきて、何回握手をしただろうか。初対面の人とは、必ず挨拶の握手をする。延べ、百人位だろう。しかし、その九割以上を占めていたのは、アーサーと、今、彼の目の前に居るシャーリー、二人との握手だった。
　握手をしたがる二人。・・・・・漠然とした疑問が、カイユンの頭のなかで、急速にはっきりとした形をとってきた。信じられない、信じたくない結論。でも、それが真実だろう。

　「ああ、僕、レモネードが手にこぼれてべたべたしているんです。」

　カイユンは、素早く洗面所に行って、手を洗った。そして、入念にタオルで拭くと、腕をぐいっと延ばした。

　「さあ！握手しましょう！」

　シャーリーは、カイユンが、気付いたことを悟ったようだった。

　「何をためらっているんです？僕と握手することが、あなたの仕事じゃないんですか？・・・・・僕、驚きませんよ。似たような人たちに会ったこともありますから。」

　もはや、シャーリーは、顔面蒼白となっていた。

　「僕は、玉穂の名前を今までに一度だって話のなかに出したことはありませんでしたよ。何故判ったんでしょうね、玉穂のこと。・・・・・アーサーもそうなんですか・・・・・・相手と接触すると、その人が考えていることが判る・・・・・接触テレパス・・・・・」

　シャーリーは、立っているのがやっとだった。彼女はその能力ゆえに実の家族から捨てられた。点々と町をさまよったが、噂が彼女を追いかけ、ついに故郷の星を飛び出した。・・・・そして、カイエに拾われた。家族が忌み嫌った彼女の能力を逆に買われたのだ。彼女は目をつぶった。目の前の青年・・・カイユンは今、何を考えているのだろう。自分に対する恐怖だろうか、嫌悪だろうか。
　ところがカイユンは、彼女の予期しなかったことをしたのだ。
　シャーリーが閉じていた目をそっと開けると、カイユンの笑顔があった。

　「そういう力があるなんて・・・・それって、とっても・・・・・ステキ・・・・・ですね。」

　シャーリーは信じられずにカイユンの目を覗き込んだ。

　「ほら、シャーリーさん。握手してください。」

　カイユンがシャーリーの手をぎゅっと握った。

　シャーリーは、カイユンの心が、話している言葉と全く同じであることを彼女のＳＰＩ能力で感じ取った。

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