14　黒いドラゴンと勇敢な騎士

　そのころ、上空にいたパットことパトリックはブラックドラゴンに到着し、船内にいた。さきほどから物陰に隠れて船内のごたごたを見聞きしていた彼はここに来てから起こったことを復習してみた。

�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦ�ｦパットがここに来たときはもう、何かが勃発していた。エアロックの監視装置は壊されており、何人かの兵士がパラライザーでマヒさせられて倒れていた。機体のまわりはなにもない荒野であるし、このような辺境星ではすぐに援軍が来るはずもない。とにかくパットは何の苦労もなく黒々としたブラックドラゴンの腹の中に潜り込んだのだ。

　”マリオを悪い人たちから助けだしてアケルナルも取り返す。”

　という大いなる目的を持ち、

　”悪い人たちが出てきたら端から順にやっつけちゃう。”

　と決意して銃を構え内部通路へと来たのだが、そこもエアロックとさして変わりなかった。・・・・兵士たちが倒れており監視装置が破壊されている。パトリックは戸惑い、とぼとぼと歩いていくと、やっと数人の兵士がこちらに向かって走ってくるのに出会った。しかし、兵士はパトリックを捕らえようとしているのではなく、何かから逃げようとしているようだった。そして、パトリックがパラライザーを使う間もなく兵士たちは誰かに倒されていた。小さなパトリックが見上げると、そこには兵士ではない青年が立っていた。

　懐かしいような、不思議な気配がした。

　敵ではないようだ。向こうもパトリックを見つめている。

　“僕と同じ色の目、髪の毛も同じ。”

　パットはそれだけ思った。自分が相手にそっくりだとは思わなかった。しかしアレックスの方はこの少年がジョー達と一緒に行った自分のクローンであるパトリックだと即座にわかった。

　「君・・・・パトリックだね。ここへは何をしに？君一人なのか？」

　自分の名前を言われてパトリックは警戒の色を強めて銃を構える手に力をこめた。アレックスは目にもとまらぬ早業でパトリックの後ろにまわりしっかりと押さえこんだ。パットは足でアレックスの腹を蹴飛ばしたがアレックスには全く応えなかった。パットは観念した。
　脱力し、目をつぶっているパットにアレックスは囁いた。

　「恐がらなくていい。僕は君を知っている。僕の名はアレックス。ジョーやカイユンは元気かい？」

　たちまちパットは顔を輝かせた。

　「アレックスさん？カイユンが言ってた。とっても強くて素敵な人だって。僕たちみんな元気。でも・・・・マリオはわかんない。僕、ここへはマリオを助けに来たんだ。そして、マリオと一緒に取られちゃったアケルナルを取り返すの。」

　アレックスは微笑み、この場にはそぐわない質問をした。

　「君は・・・・・みんなのことが好きかい？」

　パトリックは即座に頷いた。

　彼の目の前にいる大人は２，３度目をしばたかせたようだった。それが、一貫して戦闘マシンとして育てられたアレックスが、彼には得られなかった幸せな子供時代をこの少年が送っていることに安心してのことなのだとは６歳の少年には到底理解できなかった。

　アレックスはしばらく思案してからパトリックにリッカーマン少将から教えられた、マリオが捕らえられているという場所を説明した。パトリックは頷きながら聞いていた。

　「迷路みたいにいり組んでるんだね。」

　「僕が兵士たちを引き付け、艦内の機能をマヒさせる。その隙に彼を助け出すんだ。艦内機能がマヒすれば廊下のセーフティーランプがレッドに変わる。それが合図だ。」

　パトリックは頷いた。

　「アレックスさんは、勇敢な騎士だね。僕は御供の男の子だよ。騎士が敵と戦っている間に御供はお姫さまを助けるんだね。・・・・マリオはお姫さまじゃないけど・・・・それくらいは我慢しなくちゃね！僕、言われた通りに頑張ります！マリオの閉じこめられている部屋の近くまで行って待ちます！だから騎士様！怪我しないでね！僕もいつか騎士になろうと思っているの！」

　そして脱兎の如く走っていった。
　残された形のアレックスは”勇敢な騎士、お姫さま云々・・・”は理解できなかったが、コントロールルームに足を進めた。

　”・・・・・大丈夫だろう・・・・僕のクローンであるならば・・・・”

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　じっと待っていたパットだが、とうとうセーフティーランプが赤に変わった。勢いこんで監禁場所に続く扉に体当たりしたが、扉は開かなかった。機能が麻痺しても独立した機構でロックが閉じているのだ。

　”どうしよう・・・・どうやったら開くかわからない・・・・・”

　パトリックは機械には疎かった。物理的な力を加えようにも手段がない。開けられそうな人は・・・・さっきの人は駄目だ。だってあの人は騎士だもの。御供が騎士の戦いを邪魔したらいけないもの。パットは通信機のスイッチを入れた。

　「ソーンダイク、助けて！ブラックドラゴンの扉の開け方がわからない！リリースワード入れるところもないし、床に数字も書いていないの。遅くなってもいいから来て！」

　この通信を一番近くで聞いていたのはまさにカイユンとソーンダイクだった。カイエ社から借りたエアバイクを使い、カイユンが出せる限りの最高速度で走り、指示にしたがって待機していた甲斐があったというものだ。五百メートルほど離れた茂みに隠れるように座っているのだが、二人だけで踏み込むつもりは、この通信を聞くまではさらさらなかった。なにせ、この二人、戦闘が苦手で嫌いで箸にも棒にもかからない。カイユンは少しは戦い方をロマノフやジョーから習って一般人よりは遥かに格闘術や射撃に長けているが、ソーンダイクに到っては誰もやらせようともしなかった。しかし、助けてくれと小さな子供が呼んでいるのにただ待機していることはできない。カイユンはヘルメットをかぶり、催涙弾や光弾を準備し、意を決して立ち上がったが、ソーンダイクに抱きつかれて引っ繰り返った。

　「初めから武器は使用しないように・・・・・コスモ・アーミーには私達二人を銃撃する理由はないのですから。」

　カイユンも腕組みして頷いた。

　「・・・・とにかく行こうってことですか。」

　「ええ。」

　ジョーとロマノフに連絡をとろうとしたが向こうは取込中らしく返事はなかった。
　二人は一応背負えるだけの装備を背負い、溜息をついて肩を組みエアロックへと入っていった。

　で、結構決死の覚悟だったのだが中に入った二人は肩透かしを食った。なにせ、戦闘の跡はあるが動いている兵士はいない。宇宙連邦の開設記念日ににコスモアーミーの軍事施設見学に来た一般市民のように二人はきょろきょろしながら進む。パットからの方向指示にあっちにいったりこっちにいったり・・・・・とにかく兵士には一人にも合わずにパットのところまでたどりついた。パットは場所をソーンダイクに譲り、カイユンに飛び付いた。

　「カイユン、ジョーは無事？」

　「うん。大丈夫だよ。・・・こら、相談しないで飛び出しちゃ駄目じゃないか。」

　パトリックは昔通りの暖かなお説教に安心したように顔をカイユンの胸にうずめる。

　「・・・・御免なさい。でもね！ここでアレックスさんに会ったの。すごいでしょ！」

　得意げに話すパトリックに大人二人は驚愕したが、それもソーンダイクがロックを外すまでの間だった。ヴォルフから渡された解錠装置が見事に働いて扉が開くと三人は（ソーンダイクでさえ！）銃を構えて通路に飛び出た。
　兵士はコントロールルームの防備に出払っており、しんと静まっている。

　「こっちだよ、こっち！」

　パトリックが指差す扉を解錠する。と、即座に出てきた足に顎を蹴飛ばされカイユンはぶっとんだ。

　「あ、すまん。お前か。」

　マリオは頭を掻いた。顎を押さえてカイユンは起き上がる。

　「助けにきたのに足げりはないでしょう!?」

　「いやぁ、監視装置は止まっちまうし、警報はビービー鳴りっぱなしだし、てっきり軍人が見回りにきたんだと思ってな。・・・・・・しかしまぁ、間抜けた面の奴ばかりでよくここまで入れたな。銃貸せ。」

　貸される前にマリオは銃をソーンダイクからひったくる。

　「それよりマリオさん、ひどいことされませんでしたか。どこか痛いところは？」

　マリオは考えた。

　「・・・少しは痛いな。」

　「どこがです！見せてください。」

　揺さ振るカイユン。

　「運動してなかったから肩がこって軋む。」

　カイユンは当然怒る。

　「冗談を解さない奴は早死にするぞ。怒るよりすることがあるだろう。まだここは外じゃねえんだぞ。・・・・といっても軍人が来ないところを見ると、ここいらは安全らしいな。一体何をしたんだ？」

　パトリックがアレックスの話をするとマリオはいきり立った。

　「あんにゃろうが？そうか、そうでもなけりゃお前たちがここに来られるはずがねえ。しかし、ここはこの船のそんなに重要な部分じゃねえからな。ことによると・・・・」

　カツカツカツと足音が近付いてきた。

　「・・・・奴らの反撃だぜ。おい、どうする？」

　どうするもこうするもあったもんじゃない。

　「・・・・よくもまあ無謀なことをやってくれるぜ。俺の手元に爆発物の手持ちはないんだぞ。使えそうなもの出せ！」

　パトリックだけが楽しそうだ。

　「やっつけたらアケルナルを取り戻しに行こうね。そしてジョーを迎えに行こう！」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　代わってジョー達。集会会場を抜けてすぐ、ナトアの手の者らしき男たちから激しい攻撃を受け、銃撃戦となった。追っ手はエアバイクとエアカー。速度はそんなに変わらない。一定の距離をもってついてくる。ジョーのエアバイクにはヴォルフが乗り、彼が銃を撃っていた。ラスティーはハンドルにしがみつき、ロマノフは彼を庇うように身を寄せながら銃を撃つ。さすがは屈指のスナイパー、敵は面白いように倒れてくれる。だが、相手は銃の腕も運転の腕も未熟なのだが数が多い。
　市街を遠く離れた地点まで敵を引き付け、ジョーはヴォルフと運転を代わった。そして皆に見せるように上着を脱ぎ、入れていた肩パットを放り投げた。一人の男の頭にそれが当たり、おや？という顔をする。
　ジョーは袖をまくり上げると細い腕を左右に大きく動かした。

　「まだわからないの～っ？シャツまで脱いであげなきゃ駄目？」

　エンジン音にかき消されて声は届かなかったが、彼女がアーサーではなく女だということはわかったようだ。追っ手はＵターンして引き返していった。
　二つのエアバイクは並んで停止した。

　「ジョー、どうするね？」

　「まず、カイユンたちの動きを調べましょう。」

　さきほどからごちゃごちゃした雑音が通信機から聞こえていたが、ジョーが耳をつけると大音量が轟きわたった。

　「何があったの！応答しなさい～っ！」

　通信機からはマリオの声。

　「何がって爆発音だ！材料が粗悪なもんで破壊力は大きく出来ない分せめて音はでかくしてみた。」

　「助けて貰えたわけね！よかったわ。そっちの状況は？」

　「あのなあ、ガキと役に立たねぇ二人を俺に押しつけてどうしろってんだ。ま、状況は悪くはねえ。逃げようとすりゃすぐに逃げられるが、頭の黄色いガキが大好きな“海の生き物図鑑”を取り返しに行きたいと主張している。どうぞ。」

　手で顔を覆うジョー。

　「・・・・相変わらず口が悪いわね。ともかくパットはそこにいるのね。・・・・今、軍用機を飛ばしているのは誰？」

　「知らん。アレックスの馬鹿が来ているらしいからあいつかもしれん。・・・・俺は爆破の七つ道具を取り返してから戻るぞ。アケルナルの中の品物は調査のために外に出されている。”海の生き物図鑑”があるかどうかはわからんが、適当にここをひっかきまわしていくぜ。できたらアケルナルを取り戻す。」

　アレックスの名が出てジョーが小さく声を上げたのが気に入らず、マリオは声を荒げた。

　「文句あるか！」

　「ＯＫ、あんたがいればまだ安心していられるわ。ただ、そこを壊滅させないでね。ナトアの暴走を合法的に食い止められるのはコスモ・アーミーだけなんだから。」

　「心配無用。俺が慎重なのは知っているだろう。」

　　知らない知らない。

　「・・・・任せる。あたしは追っ手を街に戻したわ。ナトアの兵器倉庫に行く。ロマノフも一緒よ。」

　「よし、こっちが片付いたらそっちに行く。」

　通信機をオフにして再びエアバイクに乗ろうとするジョーにロマノフから声が飛んだ。

　「ジョー、何を目的にする？兵器倉庫の壊滅か？・・・・・それならば私達は彼らの足止めだけをして、後始末はコスモ・アーミーに任せたほうが無難だ。」

　ジョーは兵器庫の方角を見ていた。その表情は穏やかで、いつになく大人の落ち着きを持っていた。

　「目的は・・・・・ナトア個人の捕獲・・・・・・・大丈夫。相手が兵器を動かしてくる気配があればすぐにコスモ・アーミーを呼ぶわ。」

　ヴォルフが銀色のシガレットケースを懐から取り出した。開くと中はボタンキーボードがぎっしり並んでいる。ロマノフはその時に理解した。このヴォルフという男（本名はなんというのかわからぬが）現役の軍人であり、なんらかの理由でジョーに協力していることを。おそらくこのケースで緊急事態を知らせることができるようになっているのだろう。

　「一体・・・・・」

　ロマノフが質問しようとすると、ジョーは嫣然と微笑んで制止した。

　「今は説明している暇はないわ。ともかく私達に協力して。・・・・・今、ナトアを逃がせばあの男は何度でもアーサーの命を狙うわ。カイエの血を絶やすために・・・・・そんなことはさせられない。逃亡するにしても反撃するにしても兵器庫にきているはずよ。あの男は自分の政治生命は終わったと承知しているに違いない。」

　「じゃ、いこうか。」

　ラスティーがエンジンを吹かした。この少年は緊張と疲れにもめげずけなげにも気丈にふるまっていたが、ハンドルを握る指が痙攣するように震えていた。ジョーは変装のためのカラーコンタクトレンズを外し、顔に塗っていたファウンデーションを軽く袖で拭い、ラスティーの頭に手を置くと軽く額にキスをした。

　「充分よ、もう充分よ、坊や。」

　ラスティーは顔を赤くしたが、不平を言った。

　「ここまで来て仲間外れかい？送るだけ送るぜ。危ないことやるのはなれっこだ。」

　ジョーはコンコンとラスティーの頭を叩く。

　「あんたは街の子供達のまとめ役でしょう？これ以上の危険を冒しちゃいけないわ。あんたには街に戻って皆の無事を確認する仕事がある。・・・あたしはロマノフ達に同乗するわ。大型エアバイクだから三人乗れる。帰りなさい。」

　ラスティーは、迷うように蛇行して走っていたが速力を上げて街の方向に帰っていった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「いいかい？使っていいのはパラライザーだけなんだよ。殴っても蹴ってもいけない。前にクリームソーダを飲んだときにも話したけれど、喧嘩はいけない。機械だってそうやたらと壊したらいけないんだ。」

　ブラックドラゴンの格納施設で、正座をしているカイユンの前に正座してパトリックは泣きべそをかいていた。辺りには気絶した兵士がそこここに倒れている。すべてパトリックの手によるものだ。

　「マリオはやってるよ。なんで僕はやったらいけないの？」

　「マリオがやるのだって本当は悪いことなんだよ。パットは悪い子になりたくないだろう？」

　「うん・・・僕、マリオみたいに悪い子になりたくない。」

　「ぐだぐだ何言ってやがる！」

　爆薬片手にマリオが怒鳴った。

　「俺がメインコンピュータを破壊するぞと脅迫したからこそ、それと引き替えにアケルナルに積んであったコンテナを確保できるようになったんだ。お説教していないで早いところ発進準備しないか！」

　ソーンダイクは既に機内で計器調整を始めている。カイユンとパトリックも弾かれたように機内に入る。　遠巻きにしている兵士たちはあっけにとられて風変わりな四人組の動向を見守っていた。

　「見せ物じゃねえ！俺たちは盗られたものを取り返しているだけなんだからな。」

　取り返しているだけにしてはまあ、船内に爆発物による穴がぼこぼこと開いてはいたが・・・・少なくとも人命の損失や、戦闘機能、推進機能の破壊はされてはいない。　マリオとパトリックが暴れたにしては損害が軽微な方に入るかもしれない。

　「いいか！ゲートを開けろ！俺たちがここから逃げおおせるまで攻撃してくるなよ！攻撃したなら、ここに来る道すがら、仕掛けてきた爆薬をまとめて爆破するぞ！」

　部隊長らしき軍人が声を張り上げた。

　「こけおどしは止せ！爆薬を短時間に仕掛けられるはずはない！逃亡をする気なら貴様を撃つぞ。」

　マリオはカイユンとパットを機内に追い立てて自分もタラップを登り始めた。

　「・・・人の言葉は信用しろよ。カイユンの父ちゃんに叱られるぞ。自分の道具さえあれば俺はなんでもできるんだ。」

　軍人たちは銃を上げる。

　「あんたら馬鹿だな。じゃ、試しな。」

　左手に握った箱のボタンを一つ押すと、遠くで爆発音がした。部隊長の持っている通信機から何事か呼び掛けがあり、その途端、軍人たちは格納庫から撤退していった。すぐにゲートが開く。マリオは走って駈け上がる。


　「ジョーのところに急げよ。」

　レーダーの前に座り、シートベルトを締め、マリオは仲間達を見回した。

　「じきに、俺の仕掛けた爆薬の大半はダミーだということがばれちまう。そして本物も、起爆装置の有効範囲がかなり狭いこともな。」

　ソーンダイクはオペレーター席に、カイユンは通信機の前に、パトリックは戦闘中に捻ってしまったらしい右手を押さえて補助席にいる。


　ぽっかり空いた操縦席。


マリオは一度締めたシートベルトを乱暴に外し、操縦席に飛び込んだ。

　「一番ましなのは俺か？覚悟しておけよ！逃げ切れる可能性は５割切るぜ！」

　ソーンダイクは呟く。

　「・・・・３割・・・・・」

　コントロールルームでは、ウオーレック大佐が離陸するマリオたちの戦闘機を苦々しげに睨んでいた。技術者たちが、計器の整備に大わらわで、艦内機能の回復に努めている。

　「第一航空部隊、追撃せよ・・・・・実験体δさえ居なかったら・・・・簡単に侵入を許しはしなかった。」

　大佐の隣に座っているのはアレックスに誘拐されたはずのモーリス　リッカーマン少将だ。少将は視線を落とした。

　「すまない。私さえ人質に取られていなければこんなことには・・・・」

　ウオーレック大佐は、後部入り口から少将を盾にして突入してきたアレックスを思い返した。監視スクリーンが破壊されるまでの短い間の映像だったが動きといい大胆さといい肝を冷やすのに充分だった。・・・・・少将が人質になっていなくとも突入は避けられなかっただろう。

　「いいえ。我が方の損害は軽微です。実験体δもマリオ　リベラ達も小型戦闘機で逃亡中、きっと追い付いてみせますよ。」

　もちろん、大佐はこれはみんな狂言で、実のところは少将が艦内でアレックスの道案内をしていたことなど知りはしない。アレックスは大佐にとって恐るべき戦闘マシン以上のどんな存在でもなかった。
　一方モーリスはロマノフの身を案じていた。ここにロマノフは来なかった。今、一体彼はどこにいるのか・・・・・・

　”ロマノフと、チームリーダーの女性がきっと一緒だろう。・・・・より危険なことに直面しているに違いない。”


　マリオが飛び立って１分たち、２分がたった。やがて10分。レーダーに光点が映った。新手だ！確実に近付いてくる。しかも射程距離に入るやいなや翼に集中攻撃をしかけてきた。この前のように人質がいるわけでもない。情け容赦のない攻め様だ。

　「逃げ切れる可能性５割というのは嘘だったぜ。３割に訂正する！」

　「・・・・１割・・・・・」

　ソーンダイクが溜息をついた。
　その溜息が呻きに変った。右の翼に大々的に被弾したのだ。機体が傾く。カイユンが息をのみ、マリオの悪態が激しくなる。どうやらコスモ・アーミーはアケルナルを着水させ、捕らえるつもりらしい。

　「まずった！倉庫区画を切り離して機体を軽くするぞ！」

　カイユンがボタンを押すと、コンテナユニットの格納されている区画が外れて海面へと落下した。

　「逃げましょう・・・・」

　ソーンダイクのつぶやきにマリオが怒鳴った。

　「思いっきり逃げてるだろうが！こんなところで他にどうやって逃げるんだ？下は海だぞ！」

　ソーンダイクはサングラスを外して袖でこすった。

　「・・・・まだ海の方が安全のような・・・・」

　マリオは顔を歪ませた。ソーンダイクの言うことはもっともだった。彼はカイユンに怒鳴った。

　「海はお前の専門だ！もしも海に降りたとして俺たちは助かることができるか？ソーンダイクが泳げないのは言うまでもなくパットもそんなに泳ぎはうまくはないぞ。」

　カイユンは頷いた。

　「なんとかなるでしょう。陸地からそう遠くでなければ。救命胴衣も小型推進装置も装備していれば。」

　マリオはぐるりと船内を見渡した。

　「アケルナルを捨てるぞ！準備しろ！」

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