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ジョー達は荒野、ナトアの兵器庫前にやってきていた。ロマノフとヴォルフは既に銃の用意を済ませている。兵器庫といっても、地表には殆ど何も見えない。 「辺境だけに粗い警備だな。」 ロマノフが呟くとヴォルフも頷いた。 「向こうがゲートを開けるのを待ちましょう。すぐにゲートを破壊すれば、街へ攻め込まれることは防げる・・・・・コスモ・アーミーにもこの場所を知らせておきましょう。」 どこから取り出したのか小さな箱を操作した。 ロマノフがじっと見つめる。 「諜報員の必須アイテムだね。君、階級は？」 「中尉ですよ。ロマノフ元大尉、・・・・・」 ロマノフは、ヴォルフがコスモ・アーミーから派遣された腕利きの諜報員であることを見抜いていた。 小さなゲートがゆっくりと開き始めた。 ジョーが勢いよくアクセルを踏み込んだ。 「行くわよ！」 ゲートまで近付くと諜報員と元諜報員はランチャーをゲート基部に打ち込んだ。火花が炸裂し、鉄骨が曲がった。地下に続くゲートは半開きの状態で止まり、発進途中の戦闘機は足止めされた。三人は傾斜のついた通路を滑り落ちるように下り、諜報員と元諜報員は立ち並ぶ戦闘機の車輪部分をバズーカで破壊した。 警報が鳴る。 「ここは私に任せろ！ヴォルフ、ジョーを援護して先に。」 ロマノフがランチャーを置いて身軽になると、ヴォルフは叫び返した。 「あなたがついていたほうが彼女も安心できるだろう。なぁに、戦闘の素人に対抗するのは私一人で充分。面倒なことにならないうちに早く！我が軍も来る！軍が来たらあなたがたも危ない！急ぐんだ！」 わらわらと寄ってきた相手をパラライザーで倒すヴォルフ。開拓会社の気弱な社員の仮面はかなぐり捨てられていた。広い格納空間に彼の声が響き渡る。ジョーとロマノフは追いすがる敵を威嚇しながら狭い通路に飛び込んだ。 「どっちへ行く？」 銃を撃ちながらロマノフが訊ねる。ジョーはこめかみに手を当てた。しばらくそのまま。戦闘中にはそぐわない行為だ。 「右よ！」 迷いのない声で彼女は選択をした。 二人は力の限りに走った。右往左往の末、警備の厳重な地帯に足を踏み入れた。今までとは比べものにならないほど正確な銃撃が二人を狙ってくる。 だが、それもロマノフの敵にはならなかった。瞬くうちに男たちが何人も倒れ伏した。その奥に一つのドアがあった。ロマノフが勢いよくドアを開けると薄暗い部屋の中に、キーボードに囲まれたナトアが悠然と座っていた。と、部屋の隅から光線が飛んだ。ロマノフが応戦し、棚の蔭に隠されていたレーザー発射装置が砕け散った。 ナトアはゆっくりと瞬きし、微笑んだ。 「とうとうここまで来たか。たいした女だ。・・・・・・・しかし、私の方が一手早かった。今頃この星にある主要なカイエの施設は私の戦闘機の爆撃を受けているだろう。・・・・ゲートは一つだとお思いかな？カイエ社は潰れる。折をみて、私はアーサー カイエも必ず手中に収めてみせる。」 ジョーは口笛を吹いた。 「用意周到ね。でも、もう外にはコスモ・アーミーが来ているはずよ。あなたに勝ち目はない。もし発進できても軍に制圧されているわ。あなたの持っている戦闘機はアーミーのものより性能が低いし、パイロットの質も軍人にはとてもかなわないでしょうよ。」 ナトアの顔色が少し青ざめた。 「そうか。よりによってコスモ・アーミーの力を利用したか・・・・・とんでもないことをしてくれたものだ。・・・・・自分のやったことをどう考えているのだ？すべて知っているのか？カイエ一族は超能力の血筋だ。他人の心を読むのみならず、精神波によって多くの人間の心を揺り動かし、集団催眠に似た状況を生み出す。その場合、自分の精神が乗っ取られたということに多くのものは気付きさえしない。自分の自由意志で行なっていると思っていることが、実はカイエに刷りこまれたものなのだ。・・・・精神の自由を奪い操る、それは許されざる犯罪だ・・・・しかし、この犯罪は実証することが非常に難しい。カイエに接触したものはカイエに影響されるからだ。・・・・遮断者である私はカイエ一族の犯罪に五年前に気付いた。そして彼らが宇宙的規模に征服の手を延ばす前に抹殺しようと決意したのだ。・・・・どうだ？協力してはくれないか。」 「・・・・協力するはずないじゃない。あたしたちはあなたに殺されかけたわ。」 「もっともなことだ・・・だが、個人の感情は抜きにして欲しいものだ。カイエに恐怖は感じないのか？知らぬ間に自分の感情が改変されていくのだぞ。」 ジョーは舌打ちした。 「恐怖ねえ・・・・感じないはずないわ。ただ、あたしはアーサーに頭ん中をいじられたことがないのよね。あたしはアーサーが好きよ。あんたなんかよりずっとね。いつかあたしもアーサーが危険だと思うようになるかもしれないわ。でもそれは今じゃない。」 「で、私をどうするつもりだ。」 「殺しはしない。できないわ。あたしの目の前にいるあなたが三次元映像だってことくらい承知よ。・・・・・もうあなたには今日までのような財力はないし、コスモ・アーミーからも追われる身になる。・・・・他の人間に危害を加えさえしなければあたしはあなたの考え方を充分理解できるのにね。協力できなくて残念だわ。あなたは今どこにいるの？あたしたちの手が出せないような遠い位置にいるのでしょうね。」 「殺しはしない・・・・か。ならばお前たちはなんのためにここまでやってき来たのだ？まあ、有り難いと言っておこう。・・・・私は君達の居る位置から悠か地下深くに居る。私は生き残って・・・・再びここに戻ってくるだろう。顔も名前も変えて・・・・」 ジョーが嬉しそうに微笑んだ。 「・・・・有難う、あなたの居場所を教えてくれて。私は・・・・アーサーを守ってみせる・・・」 ジョーはゆっくりと床に膝をついて目を閉じた。目蓋が小刻みに震え、腕は胸の前にしっかりと組まれている。そして苦しそうに眉根に皺を寄せた。冷汗が滝のように流れ息が荒い。同じようにナトアも苦悶の表情を浮かべていた。 それが緩んだ。ナトアは恐怖の表情を浮かべた。 「何をした？私に何をしたのだ？貴様・・・・貴様、カイエか？チャールス カイエだな？」 ジョーは目を開けた。そして口を開いたが、その声は彼女であって彼女でなかった。 「そう。私だ。私はお前によって肉体を失ったがこうして体を借りて存在している・・・・・お前にもわかったようだが、私のすべてをかけてお前の能力を封じた。もうお前の遮蔽能力はアーサーに対しては効かない。あの子に近付けばお前も心を改変されるのだ。さあ、逃げるがいい。運がよければコスモ・アーミーから逃げられるだろう。」 映像のナトアは移動して消えた。ジョーは話し続ける。 「・・・・そして私は恐怖を植え付けた。ナトア、お前の心の奥に・・・・・お前は残りの人生を、アーサーやコスモ・アーミーの影に怯えながら送るのだ。」 そしてジョーは崩折れた。ロマノフが抱き抱える。ジョーは弱々しく囁いた。 「・・・・ここでやる仕事・・・・これで終わりよ・・・・・」 ロマノフは了解した。すべてを。 「・・・・・老カイエは・・・ジョーからもう完全に離れていったのかい。」 「ええ・・・・・これでアーサーを守れるから・・・・・・もうあたしは今までどおりのあたしよ。ただ・・・・・・・あのカイエのおっさん、あたしの体力を最後の最後まで使い果してくれちゃったみたい。全然力が入らないわ。指先さえも動かせない・・・・」 それだけ伝えるとジョーは目を閉じた。 ロマノフは逞しい腕でジョーを抱き上げると、入ってきた方に歩きだした。 途中まで行くと、ヴォルフが待ち受けていた。 「もうコスモ・アーミーが来てしまった。私が彼らを引き付けているから、その隙に脱出して下さい。」 ロマノフはジョーを抱いたまま、ヴォルフに質問した。 「君はカイエ氏に暗示をかけられて行動していたのか？」 「ええまあ、初めのうちは。カイエ氏は私が諜報部員だとすぐに見抜いて警戒していましたからね。・・・・しかし次第に心酔してしまいましてね。気弱な社員を装ってその実カイエ氏の腹心の部下になっていました。・・・・・・結局のところ、心を改変されたのかどうか、自信をもってはいえませんがね。・・・・変えられてしまっているのかもしれませんが、私には判断できません。仕事を捜しているふりをしてあなたたちと接触しましたが、あれもカイエ氏の命令だったのです。カイユンとかいう青年の仲間を捜せという・・・さ、早く。もう会うこともないでしょうね。元気で・・・と言わせて貰いますよ。」 ヴォルフは去っていった。彼が遠くに行き、彼に従って軍人たちが入ってくるとロマノフは壁伝いに戦闘機へと走った。急げる限り急いではいたが、ジョーを抱いての移動はたいへんな事であった。コクピットに向かって壁面通路から空中をのびるタラップにたどりつきそこでずりおちそうになるジョーを抱え直した拍子に、軽くベルトにはさんでいた銃が下に落ちかなり高い音を立てた。格納庫に入ってきた大勢の軍人たちが一斉に視線を集めた。手にした銃がロマノフに向けられる。万事休すだ。 一瞬ののちに悲痛な叫びが響いた。 「撃たないでくれ！私の息子を撃たないでくれ!!」 モーリスが両のこぶしを固く握り、伸び上がるようにしてロマノフを見ていた。 兵士たちは動きを止めた。宇宙の英雄に逆らってまで任務を遂行する勇気のあるものは誰もいなかったのだ。 ロマノフにはモーリスの叫びが聞こえなかったが、その短い間を逃さず、一気にタラップを走った。投げ込むようにジョーをコクピットに押し込み、自分はキャノピーを閉めて発進させる。暗い格納庫から光り溢れる空に飛び出した戦闘機はすぐに上空を舞っていた軍機に攻撃されそうになったが、アレックスの操縦する別の戦闘機に守られて何の支障もなく飛行を続けた。アレックスとロマノフ、二人の操る戦闘機だけが綺麗な軌跡を空に描きながら遠くへ遠くへ遠ざかる。ナトアの配下の者たちが操縦していた戦闘機は８割方コスモ・アーミーに落とされ、ナトアVSコスモ・アーミーの勝負は既に決着がついていた。 もっとも、コスモ・アーミーの戦闘機は、機関部分のどこかしらがアレックスの撃った銃弾によって傷ついており、ロマノフとアレックスを追えるユニットはなかった。 「ジョーは大丈夫ですか。」 アレックスの声が無線で送られてきた。 「ああ、・・・・・久しぶりだな、アレックス・・・・・・」 ロマノフはしっかりとジョーの体をシートにもたせかけるとアレックスの誘導に従って北へと進路を取った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルを追尾していた軍機は被弾し海に没した機体を調査し、その中にマリオたちの姿がないことを確認していた。が、彼らを捜索はしなかった。ナトアの兵器庫の存在が明るみになりそちらの後始末の方に優先順位がつけられたからである。 ここは街からずっと離れた海岸。あれから長い時間がたった。潮騒と海鳥の声だけが聞こえる。人間たちの争いが嘘のように思えるクリア・ウォーターの青い青い海の一角だった。 マリオは失っていた意識を取り戻しつつあった。耳には波の音が聞こえた。頬に太陽の強い光も感じる。そして口には柔らかな感触。彼は目を開け・・・・・人工呼吸してくれていたカイユンを逆上して叩いた。 「何するんですか！」 マリオはペッペッと唾を吐いて起き上がる。 「バカヤロウ何やってやがる！」 「他にどうやれっていうんです！これが一番確実なんです！・・・・とにかく大丈夫のようですね。がんばりましたね。マリオさんもみんなも・・・・」 マリオは自分が水没するまでの事を思い返した。推進装置の一つが故障し、そして燃料が切れ、ソーンダイクが沈みそうになりマリオが支え、パトリックが沈みそうになりカイユンが支え、マリオがソーンダイクごと沈みそうになるとカイユンが助けてくれた。よくはわからないが最終的に、カイユンがここまで三人を運んでくれたのだろう。 しかしマリオはカイユンに感謝の言葉はかけなかった。カイユンはそんな言葉を貰いたがっているわけではない。代わりにマリオは水平線を見て遠い目をした。 「・・・・沈んじまったな・・・・アケルナル・・・・・・」 まだ灰青の囚人服姿の彼は、どさりと砂の上に足を投げ出した。大きすぎるスラックスの裾が浜風にはためく。 「あの船の工作室は気に入っていたんだがな。・・・・・船室がカイユンと共用ってことを抜いたら快適だったぜ。」 カイユンも隣で膝を抱える。 「何もかもなくなっちゃいましたね。・・・・惜しかったな、花柄のティーカップ。気にいっていたのに。いろいろとリマン星で少しずつ買い揃えた日用品・・・・医療器だって充実していた。すごい船だった。」 「コンピュータも中々のものでした。」 パットは大人たちを代わる代わる眺め、背負い鞄をどんと置いた。海中に沈みそうになっても決して手放さなかったものだ。そして蓋を開けると大きな高分子薄膜の袋を取り出し、厳重に封をした口を解いて、”海の生きもの図鑑”を取り出した。 「すごいでしょ！僕、宝物はちゃんと持ってきたんだよ。」 大人三人は笑ってこの小さな少年のことを誉めた。 続いて取り出したのはパステルカラーのスカーフ。その次には旧式だがロマノフ愛用のレーザーガン。そしてジョーが大切にしていた薄桃色の貝殻。カイユンの机の上に乗っていた謎の金属塊、そしてソーンダイクの予備のサングラス、最後に飲みかけのクラッキングダイナマイトの小瓶。 「ね、こんなのでよかった？ね？よかった？」 カイユンはキュッと少年を抱き締めた。 「素敵だよ！みんなパットの命の次くらいに僕らにとって大切なものだよ。」 パットは嬉しくて手足をばたばたさせ、カイユンの胸に頭をすりつけた。 マリオは仰向けに引っ繰り返った。 「思い出すぜ・・・・リマン星で研究所を潰したあとに海岸で会おうと約束したときのことを。あの時はジョーが最初で俺が二番目、ロマノフにパット、ソーンダイク、そしてカイユンが最後だった。今は待ってるわけじゃねえが・・・・・ま、あいつのことだ、無事だろう。無線機は海水被って連絡取る訳にいかないが。」 ソーンダイクがゆっくり頷いてサングラスを外した。カイユンもパットを抱えたまま頷く。 遠くから近付いてくる足音がして男たちははっとした。 ロマノフに肩を支えられてジョーが立っていた。男たちは破顔一笑し、彼女に向かって駆け出していた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それから三ヵ月程が過ぎた。コスモ・アーミーはナトアの一件の後始末で毎日を慌ただしく過ごしていたが一通りの調査を終え、開発援助局の事務次官ら少数の係員がやってくるのと入れ替わりにこの星から撤退する見込みだ。 ナトアの足取りは掴めなかった。宙港近くでそれらしき男を見たという報告もあったが、未確認のままだ。アレックス ギダーについても同じで行方は知れない。 あらためて行なわれた選挙の結果からクリア・ウォーター星の代表はアーサー カイエと認められ、宇宙連邦へと報告された。 めでたい。 不思議なことに、軍の関係者は、ドロップアウトのメンバーたちが争いのなかで命を落としたと信じ込んでいた。これは、星の安定に尽力してくれた軍を労うためと称してアーサーが開いたパーティー以降のことである。パーティーの会場でよほど強い暗示を頭のなかに叩きこんだとみえる。カイエ一族の超能力の強さはナトアが怖れたとおりのものだった。 そしてジョー達は・・・・・ 「第三回路結線。・・・・・ソーンダイク！数値は？」 ソーンダイクのもごもごとした返事が狭い宇宙船の機関部に響いた。ジョーのそばにいたロマノフががたがたと器材を片付け始める。パットはロマノフの手伝いだ。ジョーは手袋の甲で汗を拭うと、宇宙船の持ち主に声をかけた。 「ＯＫ。これで完調のはず。相当老朽化してるけど、ワープ機関に限ってはあと五年は保証するわ。ただ、位相同調装置のメンテは手ぇ抜かないで三日に一度はやってよね。」 厳つい顔をした船主は懐に手をいれると、金ではなくレーザーガンを取り出した。もう一人の仲間もいつのまにかジョーの背後に回って銃を構えている。ジョーはすうっと目を細くした。 「そんな銃じゃ代金の代わりにならないわよ。」 次の瞬間、ジョーの後ろにいた男はみぞおちのあたりに強烈なエルボースマッシュをくらい、もう一人の銃はロマノフの射撃ではね飛ばされていた。 「は・・・・・ほ、ほんの冗談さ・・・・」 男は分厚い札束をジョーに差出しひきつった笑いを浮かべた。ジョーは札束を数え、じろりと男を睨んだ。 「足りないわ。なめるんじゃないわよ。」 宇宙船をあとにしたジョーはぷりぷり怒っていた。怒りながら宙港エリアを出、市街へと歩く。 「全く、マリオの拾ってくる仕事にはろくなもんがないわね。」 ロマノフが笑う。 「いいじゃないか。結局こちらに被害はなかったし、ワープ機関の整備はいい稼ぎになる。・・・・相場以上に請求しただろう、ジョー。」 ジョーは腕を組んだ。 「いくら取っても良心の呵責を感じない相手からはふんだくらなきゃ。・・・・・なんたって新しい宇宙船を調達には資金が必要なんだから！数人が暮していく生活費だってばかにならないわ。」 ソーンダイクが立ち止まって指を一本一本折った。 「ジョーと・・・・ロマノフ・・・・パット・・・・マリオ・・・私・・・・・ジョーはカイユンが戻ってくると思いますか？彼は”まだやることがある”と言ってアーサーのところに行ったきりですが。」 「さあね。マリオが迎えに行ったけど、連れて帰ることができるかしらね？・・・・・結構決死の形相して出掛けていったから大丈夫じゃないかな？ カイユンは、海からカイエの研究施設に帰ってきたところだった。研究施設内のプールに飼われていた亜人間たちすべてを未開発の海へ戻したのだ。小さな輸送機を水面に浮かべ、カイユン自ら輸送機内の水槽から一人ずつ亜人間を抱き抱えてそっと水に放す。するとまるでカイユンが来ることを予期していたかのようにたくさんの亜人間達がわらわらと泳ぎ集まってきた。その中には、いつかジョーが大渦に飲まれたことを教えてくれたような、非常に形態の変ったミュータントも含まれていた。彼らはカイユンに礼を述べた。これでこの星もなんとか生きていけるだろうと。 めくるめく精神波のうねりに翻弄されながら、カイユンはこの亜人間達と老カイエは完全なる意志疎通に達していたのだと知った。亜人間たちはカイエに協力するために自分たちの体を提供し、カイエは初めその提案を受け入れたもののやがては亜人間の血を利用することを拒んだ。亜人間たちが盗みだされた事件も実は老カイエ本人が仕組んだことだったのだ。 ”アリガトウ！アリガトウ！アリガトウ！” 飛び立つ輸送機に向かって亜人間たちはそう叫んだ。その声を複雑な気持ちで思い出しながら、カイユンは与えられた研究所の机を整理していた。データのディスクにラベルを貼り、書類をファイルし、明日の実験予定を確認していると研究員が駆け込んできた。 「大変だ！来てくれ！」 カイユンがひっぱられて来た部屋では全所員が壁に張りついて震えていた。中央の机にはマリオが足を組んで腰掛けている。モノトーンの服、目付きの鋭い表情は友好的雰囲気を漂わせていると冗談にも言えない。右手では手榴弾をもてあそび、左手に握った小さな林檎を時折思い出したように齧っている。カイユンは怒鳴った。 「もうっ！過激なことばかりして！皆迷惑しているじゃないですか！」 マリオは林檎の芯を手近なごみ箱に投げ込むと不機嫌そうな顔をして所員たちを見渡して叫んだ。 「帰るぞ！」 ”へ？”と、カイユンが間の抜けた返事をした。 マリオは手榴弾を頭の上まで投げ上げ、机から降りると胸の前で受け止めた。今度はカイユンを真っ向から見据える。 「”帰るぞ”と言ったんだ。さっさと支度しろ！」 「そんな・・・・いきなり一方的に言われても・・・・・・・」 カイユンは胸倉を掴まれた。 「何回言わせる！俺は”帰るぞ”と言ったんだ。」 カイユンは呆れていた。なんという強引さ、なんという非常識さ・・・・ しかし彼は自分の目から暖かなものが流れてくるのを感じた。 「はい。」 カイユンは自分がそう言ったのを聞いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 轟音と共に、修理を終えたコスモ・アーミーの中型巡洋艦”ブラック ドラゴン”は夕暮のクリア・ウォーター宙港から飛びたった。 「さっさと帰っちまえ〜！二度とくるなよ〜っ！」 ロッコが頭上を通過する機体を見上げて歯を剥き出して甲高い声を張り上げた。浮浪児たちにとって、軍は迷惑な存在だった。治安維持のため、スリ、かっぱらいの類がどれほどしずらかったことか。 「ぜ〜っ対くるなよ〜っ！」 もう一度念を押すように悪態をついているロッコをセリナが呼んだ。 「ロッコ！入っておいでよ！パーティー始まっちゃうわよ。あんたがくいっぱぐれてもあたしは知らないわよぉ！」 ロッコは慌てて”クリームソーダの店”の戸口に居るセリナを押し退けるようにして中に入りこんだ。店は貸切で、そう広くない店に溢れかえるほどの人間がいた。街の浮浪児達は早く飲み食いが始まらないかと大皿に盛られた食物を凝視し、手をのばそうとするたびに店の中程の席に居るラスティーに怒鳴られている。森の子供達は少し不安げに、ラスティーの隣のソズをみやって居る。ソズはにこやかに微笑んで自分を慕う子供達を安心させた。 ロッコは堂々とラスティーの隣に丸椅子を持ってきて座った。 「ラスティー兄貴、ところでこのパーティーは一体どういう名前がついてんだ？」 「さあな。”コスモ・アーミーがいっちまっておめでとうパーティー”かなんかだろう。・・・・ロッコ、しかし図々しいな、ここは一応貴賓席だぞ。」 ロッコは笑った。 「おいらだって働いたんだぜぇ。それに、貴賓席っていっても兄貴が座ってるくらいくらいだからたいしたことな・・・・」 ラスティーはロッコの首を抱えて頭をごんごん殴った。ま、たしかに貴賓とはいいがたい顔触れだ。ラスティーにソズにセリナ。なぜ無一文にちかい自分たちをアーサーという少年がここに座らせているのかラスティーには理解できなかった。金持ちの粋狂だろうか。まあ、呼んでくれるものには出ておいて損はあるまい。この会はアーサーが開いたもので、アーサーはシャーリーと黒いサングラスをかけた男一人だけを護衛に連れてここに来ていた。アーサーのパリッとしたスーツとシャーリーの美しいイヴニングドレスは全体の中では浮いてしまっていたが、見ていて快いほどよく似合っていた。アーサーは立ち上がった。以前にはなかった威厳がこの少年には備わってきており、ぎゃあぎゃあ騒いでいた子供達もし〜んと静まった。 「皆さん、私の招きに応じて下さって有難うございます。・・・・・・今回の全星集会にあたっては、皆さんにひとかたならぬご助力を受けました。その恩はどのような手段をもってしてもお返しできるはずはありませんが、今日の会は私の感謝の気持ちです。ご存分にお楽しみ下さい・・・・・実をいうと」 アーサーは悪戯っぽく笑った。 「頭の固い会社の重役とのやりとりに疲れたというのもパーティーを開いた理由の一つです。・・・・・気を楽にして、ぱあっとやりましょう！」 マスターが威勢よくシャンパンの栓を抜いた。アーサーに促されてジョーが音頭を取る。 「とにかく陽気に騒げるって言うのはいいことよ！今日も仲間達と騒げることに乾杯！」 全員が杯を干し、悪ガキたちは大皿のトリの唐揚げに群がった。パトリックはさっそくロッコやヨシアの所に移って大騒ぎ。バイトの経験からか、セリナは手慣れた動作でシャンパンのおかわりをついでまわった。カイユンの所まで来ると、親切心からなのか単にからかいたいのか、ズボンのポケットにつっこんであったソーダ水のビンを出してどんっとテーブルに置いた。カイユンの右隣にいるマリオが馬鹿にしたように笑う。 「お前、まだ酒がのめねえのか？」 むっとするカイユン。 「少しは強くなりましたよ。」 「強くなったってどの程度だ？」 「・・・・アルコール度一％未満の奴ならコップ一杯は飲めます！」 「・・・・そんなのは酒じゃねえ！」 ソーンダイクはシャンパンの口当たりが気に入ったのかビンを抱え込んでちびちびとやっている。 「じゃれあうのは止めましょう。」 マリオがソーンダイクを絞め上げる。 「いつ俺がこの超脳天気幸せ一杯野郎とじゃれた？」 「・・・いつも・・・・・」 アレックスがくすくす笑った。 「外野で笑うな！」 ドロップアウトが浜辺で集合してから付かず離れずの距離を保って行動してきたアレックスは尚も笑った。その笑顔に少女達が見惚れる。カイユンは眩しそうに彼の方を見、彼と少し離れて座るジョーを見た。 カイユンが望んでいるようなことはちっともおこってくれなかった。二人はごく普通の会話を交わし、ごく普通に互いを労い・・・・・・しかしそれだけ。 非常に注意深くつついてみたものの、ジョーには頭をコン、と叩かれ、アレックスからは無言で微笑まれただけだった。ため息をつくカイユンにマリオは嬉しそうに言ったものだ。 “全くお前はわかっちゃいない。あいつはジョーに救って貰えるだろうが、ジョーにはあいつじゃ駄目なんだ。・・・・・俺も・・・・今の俺じゃ駄目なのはわかってるが、まだ俺の方がマシなんだぜ。” 目の前で自然に会話する二人をカイユンは不思議そうに見た。 “・・・・・駄目って・・・・・なんで？・・・・ただのマリオの焼餅だよねえ？” そこへアーサーがシャーリーを伴って歩いてきた。 「ジョセフィーヌさん。あなた方のおかげでどうにかカイエ社も安泰です。・・・・・それで・・・・相談もせず失礼かとは思いましたが、僕達からの贈り物を受け取って下さい。」 シャーリーが小型コンピュータを机の上に置いた。キイを操作するとディスプレイに宇宙船の船内図が映った。 「これは・・・・・？」 「・・・・新しい宇宙船ですよ。・・・・海から引き上げてはみたもののアケルナルは破壊の状況がひどくて修復できませんでした。僕のためにアケルナルは壊れたのですからせめてもの償いです。今、宙港に繋留して整備を済ませたところです。・・・・あなた方が海に落としたコンテナユニットは引き上げて既に運びこんであります。食料などの消耗品も揃えました。これでいつでも行きたいときに飛び立つことができますよ。」 最新モデルの高性能の型だ。アケルナルと同様に小さな探査艇も格納してある。それに居住区の間取りがアケルナルに非常によく似ている。アーサーの心遣いが感じられた。アケルナルのクルー一同 ”ほぉーっ” と感嘆の声をあげる。 「出すぎた真似でしたか？」 ジョーはバシバシとアーサーの背中を叩いた。 「んなことないって！有り難く貰っとく！これでどうにかこの星を抜けられるわ。・・・・アーサー、あなたのコスモ・アーミーへの暗示はこの星に居合わせた連中にしか効かないから、あたしたちまた追われることになるもの。そうなる前に逃げるわ。」 シャーリーはコンピュータをソーンダイクに渡し、エアロックの開け方を丁寧に説明した。 いきなりラスティーが立ち上がってつかつかとアーサーに歩み寄った。 「俺たちもあんたの力になった。違うか？」 アーサーは頷いた。 「ああ、君達にも大変迷惑をかけてしまった。」 ラスティーはアーサーの肩を掴むと体の向きを変えて椅子に座らせた。 「頼みがある。・・・・そんなに難しい事じゃない。・・・・見ての通り俺たちは大人抜きで暮らしている。金もないし、物もない。病気や飢えといつも隣り合わせの生活だ。あんたはこの星の権力者ってことになった。だから・・・・」 アーサーはわかったとばかりに頷いた。 「施設を作ってほしいというんだね？」 「違う！」 ラスティーは凄味のある声で怒鳴った。店内が一瞬静まりかえった。 「・・・・施設なんかつくるな。・・・・・俺たちはごくつぶしじゃない。並の大人より器用でまともだ。本当に小さい奴等、親がいないと生きていけない奴には施設が必要だが、俺達には働く場所を作ってくれ。そして、俺たちが仕事にありつけるまではスリだのかっぱらいだの俺たちの生活手段の目こぼしを頼みたい。」 「それと土地・・・・僕たちが住んでいる街と森の土地の正式な所有権を欲しいな。」 穏やかかつ爽やかななソズの声がラスティーのつくったとげとげしい雰囲気を和らげるようにかかった。 「・・・・よし、約束しよう。ただし、君達には街の情報収集を手伝って貰う。・・・・それに、仕事の場を与えても尚犯罪を重ねるなら容赦はしない。」 アーサーはそういって手を差し出した。ラスティーが握手する。ソズも急いで握手に加わる。 「約束を破るなら俺たちもあんたを妨害するようになるからな。気をつけろよ・・・・いいか。確かに約束したぜ。」 ソズが呆れたようにラスティーを突いた。 「ラスティー。口約束には何の効力もないんだよ。さあ、アーサー君。書類を作って契約をしよう。」 三人の少年はマスターの持ってきた紙に約束の事項を書き、何回も読み直すとそれぞれサインした。小さな子供達が書類作成の意味もわからずパチパチと拍手をした。 この三人は将来、時には味方、時には敵となって星の有力者として生きていくことになるのだが、まだ互いにそんなことを予想だにしてはいない。しかし、真剣な眼差しで慎重にサインをする三人の姿にはどこかこう荘厳な絵画のような趣があった。 「アーサーは大丈夫みたいね・・・・・」 机に頬杖をついてジョーは呟いた。シャンパンのせいで頬が綺麗なばら色に染め上がっている。 「カイユンがいなくてもやっていけそうね・・・」 アーサーはサインを終わり、シャーリーと顔を見合わせてほほ笑みあっていた。 当たり前だという顔をしてカイユンが小皿を持ってジョーの隣に移動した。 「もともと僕なんかアーサーの助けに全然なっていませんでしたよ。僕は話をして遊んでいただけです。・・・・シャーリーさんさえいれば、アーサーは頑張れますよ。シャーリーさんはアーサーを理解して愛してくれているんですから。アーサーだってシャーリーさんを愛してる。」 「・・・・アーサーの方がシャーリーの四つほど年下よね？」 カイユンがぽかんとして首を傾げる。 「年なんて関係ないでしょう？」 ジョーがくすっと笑った。 「カイユンから恋愛についての講釈を聞くとは思わなかったわ。」 カイユンは口をへの字に結んだ。 「・・・・・アーサーは今度のことで前よりずっとしっかりしてきました。年よりずっと大人になりました。・・・・・あの二人、きっと幸せになりますよ。」 言いながら甘いソーダ水をだぼだぼとコップについで美味しそうにぐっと飲む。見ているジョーの方が胸焼けしそうになった。何故だかマリオがにやっと笑った。 街の子供達が食器を叩いてリズムを取り踊り始めた。出鱈目な踊りだが不思議と面白い。次々と子供達が加わって大騒ぎになった。パットもロッコと向かいあって手足を振っている。 ジョーはヨシアの背に揺られて歓声を上げている赤ん坊、ヨシア、パット、ロッコ、セリナ、ソズ、ラスティー、アーサーと視線を移し小さく笑った。命は続いていき人は成長していく。アーサーやラスティーは大人になり一体何を次代に遺していくのだろう。 「キャプテ〜ン、いや、ジョセフィーヌさぁぁん・・・・」 カイユンの間の抜けた大声が響いた。ジョーの背に悪寒が走った。 「ジョセフィーヌさぁぁぁん・・・は・・・・せっかくおめでたいんだくぁらぁ・・・・おめでたいの一気にやっちゃいましょうよぉ・・・・」 いきなりカイユンがそんなことを言って前にのめった。引っ張り起こすと顔が赤く朦朧としている。 「どうしたの？ソーダ水しか飲んでいないんでしょ？」 マリオがにたりと笑った。 「ほんの少しシャンパンを垂らしてやったらやっぱり効いちまったな。少しは強くなったなんていってもたかが知れてる・・・・」 ジョーはマリオを結構本気で殴った。マリオは椅子ごと倒れた。 「アホ！カイユンはアルコール耐性ないんだから！カイユン！カイユン！しっかりして！」 カイユンはとろ〜んとした目でゆらりと立ち上がった。 「・・・・心配しないでくださぁい。・・・・ちょっと酔いざましに外の風にあたってきますぅ・・・・ね・・・・お酒、少しは強くなったれひょう？」 カイユンが出ていったあとしばらくしてからジョーが様子を見に外に出ていった。マリオはアレックスの前にクラッキングダイナマイトのビンを立てた。 「ま、一杯・・・・・アレックス。結局あんたはここを出ていく気だろ？」 アレックスは素直にストレートで酒をあおった。 「ああ・・・・僕の仲間が待っている・・・・・・・・・帰る場所があるというのはいいものだね。・・・・よろしく頼むよ。彼女のことも、彼のことも・・・・」 “彼”というのがカイユンのことだと気づいてマリオは薄く笑った。 「・・・・いい飲みっぷりだな。もう一杯いけ。」 酒を飲んでいる二人を戻ってきたパトリックが面白そうに眺めた。 「ねえ、アレックスさん、アレックスさんは悪い竜をやっつけた騎士のお話を知っている？」 少年の説明する物語に彼はじっと耳を傾けた。 なかなかカイユンは戻ってこなかった。 彼らのことを心配してソーンダイク、ロマノフもほどなくして出ていった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ カイユンは火照った頬を冷まそうと歩いていった。あっちへふらふらこっちへふらふら・・・・・・足元は定まらずあぶなっかしい。 そして、小さな公園の中央で止まった。頭を深く垂れ肩で息をする。ジョーは見失うことなくカイユンの後に付いてきていた。迷いそうになると誰かが呼ぶような気がしてそちらに向かうとカイユンが必ずいたのだった。 月明かりの中、じっとして動かないカイユンにジョーは声をかけた。 「大丈夫？ひどく酔った？」 ジョーが前に回るとカイユンはゆっくりと頭を上げた。その顔は酔った者のようではなく、いつもの頼りなげな少年の眼差しでもなく大人びた生真面目な黒い瞳がまっすぐにジョーを見つめていた。 「ジョセフィーヌ。私がわかりますか？どうしてももう一度話がしたかった・・・・」 ジョーは息を飲んだ。 「あなた・・・・カイユンじゃなくてカイエさんね？私・・・・あなたが私から離れたときにあなたの精神も消えてしまったとばかり思っていたわ。」 カイユンの体を借りカイユンの声で老カイエは喋った。 「あのとき私は力を使い果たし、あなたの体の中に留まることができなくなったのです。それであなたの精神から消えた。・・・・・所詮残留思念・・・・・今も、この青年が意識をなくした状態だからこそ体を借りていられるのですよ・・・・・・・・私はあなたに礼をしたかった。渦の中で私自身の体が死んだとき、私の精神はまだしっかりと生きていた。しかし、精神だけの存在は脆いもの。そのままでは消えていってしまう。・・・私はこの星の行く末を見たかった。そしてアーサーを守りぬきたかった。最後の私の命を燃やしたかった・・・・ カイユンは口を閉じ、髪をかきあげ星空を見上げた。 「そこで、本来は許されぬこととわかっていながら私は周りの人々の心に侵入したのです。孫のアーサーの心、この青年の心、そしてあなたの心・・・・・・・しかしどれもうまくはいかなかった。アーサーの心は内にこもって頑なすぎ、入ってはいけなかった。この青年の心は優しく暖かかったが私には捕捉できなかった・・・・彼が亜人間だったからかもしれないし、強い自我を持っているからかもしれない。外からの印象よりもずっと頑固だよ、この青年の心は・・・・そしてジョセフィーヌさん。私はあなたの心を乗っ取って私の思い通りに動かそうとした。が、あなたもまた私を拒絶した。尚も無理遣りに私が入っていこうとするとあなたの体には負担がかかり、倒れ、体温は低下しあなたは意識を失ってしまった・・・・・私は思い切ってあなたに語りかけ協力してくれるように懇願した。精神と体の一部を借りること。この星とアーサーを守るためにやらねばならないことがあるということを伝えた。あなたは受け入れてくれた。・・・・・・怖かっただろうに・・・・・・・私が完全にあなたの精神を殺しあなたになりすますことも想像しただろうに。私の精神をあなたの精神の中に取り込んでくれた。・・・・私はあなたの勇気と厚意に感謝する。そして優しさに・・・」 ジョーの左肩にカイユンは右手を置いた。その手の上にジョーはそっと自分の右手を重ねた。 「怖くなかったわ。・・・・・以前渦の中で触れたあなたの心はとてもあたたかかったし、あたしの母は超能力者の集落の出だから超能力者は怖い奴だっていう偏見もなかった。・・・・・要するにただの気紛れで手助けしただけなのよ。・・・・・あなたが私の体を貸してほしいと話し掛けてきたとき、あなたの心があたしの中になだれ込んできたわ。アーサーを思う気持ち、あなたの愛する者を遺していこうとする気持ち・・・・・せつなくて・・・とてもせつなくて・・・・・・このままあなたを消してしまったら自分の胸がはりさけそうな気持ちになったの。・・・・・正直言って一つの体に二つの心が入っている状態は気持ち悪かったけれどね。・・・・・・あなたが強引にあたしの感情を無視してつっぱしったり逆に私があなたの精神を押さえて強行したり・・・・・・もう一度やれっていわれたら遠慮したいわ。」 カイユンは微笑んで左手をジョーの右肩に置いた。 「もうあなたにそんなことはさせません。これからはアーサー自身が道を切り開いていくでしょう。」 ジョーは頷き、俯き首を振った。 「ええ、これからはアーサーの世界だわ。・・・・カイエさん、私はナトアの危惧していたことが理解できる。超能力による政治は正しいことではない。アーサーが力に対しての認識をあやまったら最後、政治は独裁に変ってしまう。そうなってそのときに私がアーサーの前にいたとしたら、銃を抜くかもしれない。・・・・・・これからアーサーの進んでいく道は険しいわ。・・・・・あなたはそうなったらまたアーサーを守りに現れるの？」 「いいえ・・・・もう私は限界です。消えねばならない時が近付いています。。・・・・アーサーとあなたが敵対してもそれは仕方のないこと、運命です。あなたを責めたりはしませんよ。・・・・・今、私の感じている世界はおぼろげで丁度眠りに落ちていく瞬間がずっと続いているようなものです。安らかで快い・・・・・・・・・体を借りているこの青年が酔いから意識を取り戻しはじめれば私は消えていきます。永遠に。・・・お別れを言わせてください、優しい娘さん。あなたの心は隅から隅まで見せてもらいました。・・・・最後にあなたのような人に会えてよかった。・・・・・・・・・・私がアーサーを遺したようにあなたも何かを遺していくのですよ。それがあなたの役目です・・・・・・・・さようなら、幸せに・・・・」 カイエは慈愛の篭もったキスをジョーの頬にそっと与え、彼女をひしと抱き締めた。友達のように、恋人のように、父親のように・・・・ジョーは目を閉じ、長いまつげを濡らしてはらはらと涙をこぼしていた。と、しっかり彼女を支えていたカイユンの腕から力が抜け、・・・・のた〜っと体ごとジョーにもたれかかってきた。 ジョーはそれでカイエが消えていったのを知った。 ”カイエ・・・さん・・・・・・？” 返事はなかった。 ”カイエさん・・・・・” ジョーは力のなくなったカイユンの体をしっかり力強く抱いて支えた。 ”・・・・・逝ってしまった。・・・・” 偉大なる開拓者はその瞬間に命を閉じたのだった。 また新しい涙がジョーの目から溢れてきていた。小さな嗚咽が喉から漏れ、しばらくのあいだ彼女は泣き続けた。 もたれかかっていたカイユンの頭が無意識に”カクン”と前に倒れ、また起き上がった。しばらくするとまた前に”カクン”と倒れる。まだカイユンは酩酊して眠っているようだ。無邪気な平和そのものといった表情と首振り人形のような動きにジョーは笑いを誘われ片手で涙を拭った。 「全くあなたは幸せよね。」 ”カクン” カイユンがこっくりした。 「・・・・アーサーはきっとこの星の命を守るわ。そう思うでしょう？」 またカイユンがこっくりした。 「それとも独裁者になる？」 またまたカイユンがこっくりした。 何にでもこっくりしてしまうカイユンであった。ジョーは苦笑した。 静かな夜だった。遠くから街の人声も流れてきたが、公園の小さな噴水の水音がそれに勝って夜の空気を震わせている。そしてカイユンの呼吸する息が彼女の耳のすぐ近くで聞こえた。 「・・・・カイユン、あなたには次の世代に遺していきたいものがある？・・・・・」 再びカイユンが頷いた。 カイユンはこの星に来たときよりずっと大人になったようだった。あらためてじっと見つめるともう少年の面立ちはない。いや、もっと前からそうだったのだがカイユンが子供から大人になっていくのをジョーが否定していたのかもしれない。 しかし、それを発見するのは決して不快なことではなかった。 （反則だけどね。こんなに大きくなっちゃうなんて・・・） カイユンをもう一度しっかりと支え直すと優しい想いが胸に一杯に広がった。 「ね。」 ジョーはそっとカイユンの頭に自分の頬を寄せた。 「あたしたちと一緒にいなさいよね。・・・・あなたがあたしたちを嫌いになるまで。私はあなたを嫌いになったりはしないから・・・・守ってあげるから・・・・だから・・・・お願いだから一緒にいて。」 きかれたことがわかってはいないがこっくり。 ・・・・・・・・・・ （なんだか・・・・・とてもせつないね。） ジョーは寂しそうに微笑すると目を閉じて、一定の間隔を置いてこっくりこっくりを続けるカイユンをじっと支えていた。その彼女の背中をツンツンとつつく者があった。ソーンダイクだ。彼はカイユンに並んで立っていた。サングラスは外しておりぼんやりとともった街灯の中で若葉色の瞳が笑っていた。 「あ・・・・迎えに来てくれたの。相変わらず気配を感じさせないわね。ずいぶん捜した？」 「いいえ、ずっと見ていました。・・・・さっきのカイユン、あれは正気ですか？」 ジョーは首を捻り、くすっと笑った。 「あのね！さっきのはカイユンじゃないの。カイエがカイユンの体に入っていたのよ。」 ロマノフが頷き、ソーンダイクは目を糸のように細くした。 「そうでしたか・・・・・なかなかお似合いでした。」 ジョーはクスッと笑った。 「年下の坊やだけどね・・・・・あたしはあたしのやり方でカイユンを見守っていくわ。カイエはあたしに何かを遺せといったの。それが何なのか、わからないけれど・・・・・・・あたし、まだまだカイユンにいろいろと教えていこうと思う。カイユンとパットに。それが何かを遺すことに繋がっていくような気がするの。あなたたちと一緒に・・・・」 カクンとカイユンが頷いた。 ソーンダイクもロマノフも同意するように頷いた。 「だったらお嬢さん、これからも長い付き合いになるね。よろしくお願いするよ。」 ロマノフが芝居がかった様子でお辞儀をして、ジョーに軽くキスした。ジョーはくすぐったそうに笑い、ソーンダイクに何かをねだるように微笑みかけた。ソーンダイクは咳払いをして顔を近付けた。 ジョーは伸び上がるようにしてソーンダイクの頬にキスした。男女間の愛情が全くからんでいない、見ていて爽やかなキスだった。その二人の顔のすぐそばで幸福な青年は目を覚まし、二人の様子を目のあたりにして一気に酔いを吹っとばせた。 「あ、あ、あ、キャプテン！ソーンダイクさん！」 ジョーは驚いて腕を緩め、カイユンはバランスを失って顔から公園の土に落ちた。鼻の頭に砂粒をくつけたままで目を見張る。 あまりに遅い四人を迎えに来たマリオとアレックスがぎゃんぎゃん騒ぐカイユンを遠くから見付けた。 ジョーは”何を騒ぐのよ。”といいたげにやっと肩までのびてきた美しい栗色の髪をばさっと後ろに払った。 「カイユンの故郷ではいざしらず、ああいうのは日常的な親愛表現の一つよ。あたしはカイユンがいなくなってさっきまでの間にクルー全員とキスしたことあるわ。」 カイユンは初めにソーンダイクを見、”そうかしら”と首を傾げ、ロマノフに”あ、わかるような気がする”という視線を向け、マリオを眺めるに至って初めてどんぐり眼には似合わない疑惑と怒りの眼差しを浮かべた。 「なんだその目は。・・・・とにかくだ。お前が酔ったせいでこうして俺たちは吹きっさらしに立たされてんだぞそこんとこを考えて反応しろよ。」 アレックスは傍観者の顔で微笑んでいる。 カイユンはあたりの様子を見回して舌を出した。 「・・・・なんにも覚えていないや。・・・・なんだかいろいろやったような感じもするけど・・・・こんな公園があったんだ。綺麗だな。噴水があってベンチもある。あれ？」 彼は公園の前の道を歩いている人影を指差した。 「あそこにいるのはアイゼンシュタイン君だ！わ〜っ！懐かしいなぁ！」 それは喜ぶようなことではない。逮捕命令が出ている犯罪者が夜中に大声で言うようなことではない。・・・・・・いくらアーサーに強力な暗示をかけられていてもこれでは解けてしまう。特にアイゼンシュタインの横に、開拓援助局のセフト・デッカーマンが居るとなればなおさらだ。 セフトは六人に気付きレーザーガンを構えた。アイゼンシュタインが無線機で連絡をとった。 ロマノフとアレックスが素早くパラライザーを抜いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「騒がせるわよ！ごめ〜ん！」 ジョーがまだ宴の続いている”クリームソーダの店”の中に麻痺してぐったりしている二人の軍人を投げ込んだ。子供達がどよどよと取り囲む。 一番反応のよいラスティーが訊ねる。 「何をしたんだ。こいつら？」 「何もされてないけど目ぇ覚めたら何かされるから眠らせたわ。アーサー、悪いけどあとのことお願い。力使うなり薬使うなりしてこの二人の頭の中からあたしたちの事を消してくれると有り難い。ちょっと慌ただしすぎるけどこれから宙港に行って逃げるわ！」 カイユンがパトリックを抱き抱え、ソーンダイクがシャーリーに渡されたコンピュータを抱き抱え、マリオがテーブルの上のクラッキング・ダイナマイトを四本ほどかっさらった。 別れの言葉が飛びかった。 「ラスティー、セリナ、ソズ、アーサー、シャーリーさん、店のおやじさん、とにかくみんな、さよなら！」 ジョーはそれだけを一気にしゃべると、出口にいたヨシアに背負われた小さな妹にキスした。 そしてドロップアウトとアレックスは疾風のごとくに去っていった。 残されたアーサーはあっけにとられていたが笑った。 「あの人たちらしい・・・・シャーリー、そう思うだろう？」 しばらくして宙港から新しいアケルナルが飛びたった。子供達と店の主人が外に出てその大気圏内噴射炎を見送った。 「おいら、黙ってついて行きたかったな、こんなケチ臭い星捨ててさ。」 ロッコが真顔で言ってラスティーに殴られた。 それとは少し離れた場所。 「無事に行ったようだな。」 茶色のスペーススーツの男が満足そうに言った。 隣の男が溜息をつく。 「・・・・あんたも変ったお人だ。ドロップアウトのメンバーを捕らえるのが目的かとも思ったが・・・・・・」 話し掛けたのは、ロマノフの義父のモーリスである。ベンチで彼の隣に腰掛けているビルダーは太った腹を震わせて笑った。 「間違えて貰っては困る。私は軍人ではないのです。・・・・・私は彼らを観察するのが楽しいのだよ。・・・・・面白い・・・彼らは実に面白い対象だよ。・・・・・面白いといえば君もまた面白い。何故君の息子に会わなかったのだ。機会はあったろうに。」 「私は陰から見守るのが好きでね。・・・仕事と同じ。前線にはでない。・・・・・ビルダー、あんたはこれからどうする。ここに残ってあのアーサーという少年を観察するのかね。」 「いや・・・・アーサーには別の男が付く。別の私、がね。」 モーリスはメガネを外して布で拭いた。 「噂は本当のようだ。宇宙には沢山の種族博士が存在しているが、それはすべてビルダーという名前だという。・・・・・・あんたと会って話をしてみて噂が本当だと確信しましたよ。」 「それがどうしたというのだな？」 モーリスはポケットに手をつっこんだ。残っていた乾葡萄を一粒齧る。 「いいえ。もしもあのドロップアウトを追うのなら、よろしくと思っただけです。別のあなた、に伝えておいて下さい。」 ビルダーはモーリスの顔を覗き込んで形容のしがたい含み笑いを浮かべた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 新しいアケルナルは、はや三回目の長距離ワープを終えて辺境星域の一つに足を踏み入れていた。ジョーが計器チェックを終えてのびをした。カイユンが絶妙のタイミングでコーヒーを配って歩く。クリア・ウォーターを出発して二日。キッチンは彼の手によって見事に整備され、今日の夜は心尽くしのご馳走を並べた“ごくろうさまパーティー”が挙行される手筈となっていた。 「クリームシチューある？」 パトリックがカイユンの足にまとわりついて嬉しそうに訊ねた。 「あるよ。」 カイユンが笑う。 「マカロニサラダも？お菓子も？」 「サラダも作ったよ。クッキーも焼いた。ケーキもあるしミリュウのシャーベットも作った。でも、夕ご飯までお預けだよ。」 「ね、で、お姫さまたちはそれからどうなったの？」 カイユンは自分のいぬ間にあらぬ方向に行ってしまったらしい物語を思って脱力した。まあ、留守をしていたカイユンも悪い。カイユンが返事をしないとわかるとパットは違う質問をした。 「これからどっちへ行くの？」 カイユンは仲間達の方を向いた。 ジョーはスクリーンに星図を投影した。青い惑星が三つ黄色い恒星の周囲をまわっている。 「フェラッグ星系・・・・・クリア・ウォーターよりも開拓は進んでいるけど仕事は多そうよ。アレックスの御推奨惑星。」 アレックスは彼女たちと別れて、彼の仲間の待つミランダ星系に帰っていった。フェラッグはクリア・ウォーターよりも更にミランダから遠い。また会えるのはいつの日か・・・・ マリオが星図をぼんやり眺めた。 「アレックスの推奨ならコスモ・アーミーの手も薄くて暮らしやすいだろうぜ。・・・・今度も海の多い惑星か？またどこかのお人好しが勝手に船を降りて面倒を起こしたりしなけりゃ割合長く滞在できるんじゃねえか？」 みんなの視線が一斉にカイユンに集まった。 カイユンは少し顔を赤くしてうつむいた。 「わかってます！もう黙っていなくなったりはしません！・・・・いなくなるときは相談しますよ！相談して行き場所を言ってからにします！」 マリオは”あ〜あ”といって、椅子の背をリクライニングさせて天井を向いた。 「お前、そんなにこの稼業が嫌いか？」 「今は抜けませんよ。僕みたいな者でもここでやることあるみたいだから。ご飯作ってお茶入れて、健康管理して。パットの世話して・・・・・そして、僕、操縦がうまくなったら必ずキャプテンをアレックスさんのところまで送っていきますからｖ」 パットを除くメンバーが”また始まった”とばかりに操作板上に伏せた。のろのろとジョーが顔をあげる。 「なんで・・・・そういうことを考えるわけ？」 「なんで・・・・考えちゃいけないんです？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アケルナルの時計はクリア・ウォーター標準時での午後十時を表示していた。 ジョーは黒いジャンプスーツを着て搭載機の翼の上に座っていた。 整備点検は終わり深夜のワッチにも今日は当たっていない。新しいアケルナルの中での生活にもリズムができ、こういったところで時間をつぶす余裕も出てきた。彼女はぐっとのびをして、翼の付け根によりかかった。髪をまとめていた髪留めを外す。 ”リジー母さんどうしているかな・・・・” ふと義母のことを考えた途端、自分を守ってくれたすべての人々のことを一度にジョーは思い出した。 その中多くの人々とは、これから先永久に会うことはないだろう。アーサーにしろ、ラスティーにしろ・・・・・・彼らはジョーがこれからどんな道を歩みどんなものを遺していくかを知らずに各々の人生を送ってゆくのだ。 彼女の知らないところで生き、そして死んでいく。 彼女は膝で立ち、手を胸の前で組むと頭を垂れて静かに祈りを捧げた。涙が一粒濡れた線を描いて頬を伝い落ちた。 “皆生きて！・・・・思うままに、信じる通りに生きていって！・・・・・・” それは真摯で真剣な美しい光景だった。誰かそこに居合わせても決して彼女に声をかけようとはしなかったろう。 “・・・・カイエさん・・・・あなたは星を・・・・・美しい星を残すために仕事をしていたと人々は語り継ぐでしょうけれど、私は知っているわ。あなたが一番遺していきたかったのは星じゃない。・・・・・・あなたは星よりも人を残したかった。愛するあなたの孫を・・・・彼の為にあなたの持っているものすべてを遺したかった・・・・・・” ジョーはアーサーのことを思った。 「キャプテン、コーヒー持ってきましたぁ！」 カイユンが呑気な声と共にトレイ片手に入ってきた。ジョーは軽く手を上げた。 “私も・・・・残すわ。カイエさん。いつか・・・・” カイユンはコーヒーをこぼさぬよういささか不様に苦心してよじ登ってくる。 “きっと・・・・・何かを・・・・・・” 「人の命・星の命」おわり |
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