１3 混戦乱戦無謀戦　

　「もう一度歩いて・・・・」

　カイエ社ビルの奥、昔カイユンが入れられていた部屋で、アーサーはゆっくりと歩いていた。
　ジョーはアーサーのスラックスを穿き、ソファーに浅く腰掛けて、アーサーの足の運びを見ている。

　「いいわ。次は歩いてきて立ち止まってこっちを向いて。そうね、その机の上の花瓶をマイクだと思って。」

　さんざん同じ動作を繰り返させ、いいかげんアーサーが疲れてきたころやっとジョーはＯＫをだした。

　「よし、見てて。」

　ジョーはアーサーの上着を羽織って部屋の向こうからこちら側に歩いてきて立ち止まって向きを変えた。

　「まあ、そっくり。」

　シャーリーがさも感心したように呟いた。アーサー自身は自分の歩き方がジョーの真似た通りなのか少し訝っている。人間、自分の癖は意外にわからないものである。

　「・・・・あとで更に練習するけれど・・・・・カラーコンタクトレンズや体形誤魔化す詰めものもいるわね。・・・・アーサーははっきりした癖がないぶん、似せにくいのよ。今のままじゃ、身近な人や、調べ尽くしているナトアにはばれてしまうかもしれないわ・・・」

　シャーリーは大丈夫だと請け合った。

　「アーサーと一番接触の多かったのは私ですけれど、ジョセフィーヌさんの動きにぎこちないところは全くありませんでしたもの。ねえ、皆さん。」

　シャーリーの横にいたソーンダイクとカイユン、そしてパトリックに異論はなかった。

　「・・・・それにしてもキャプテン、どこで習ったんです？そんなこと。」

　長いソファーの端で膝を抱えたカイユンが声をかけた。

　「ん？・・・・・昔レオにならったわ。結構仕事に役にたつのよね。でも、男の子に化けるのはこれでまだ五度目くらいかなあ。研究はしていたわよ。歩き方の真似。」

　ジョーはひょこたんひょこたんと数歩歩いた。

　「これはカイユンが小さかったときの歩き方ね。・・・・アーサーの歩き方とはだいぶ違うわね。」

　ソーンダイクが歯の間から笑いをこらえた息を洩らした。カイユンは頭を掻いた。

　「僕の歩き方そんな感じでしたっけ？そうかもしれないけど・・・・・ちょっと恥ずかしいな。今はどんなです？」

　ジョーは更に数歩歩いた。

　「もう！小さかったときのはいいです！」

　「・・・・今やったのはカイユンの近頃の歩き方よ。多少足がのびた分動きは緩慢になっているけどぜ〜んぜん変わってないの。本質的に動作が何か違うのよね。パットのほうがずっとしっかり歩くわよ。」

　パットは自分が誉められたと思って小さな胸をはり、カイユンがふてくされ、またソーンダイクが笑う。　アーサーはカイユンたちを少し寂しげに眺めていた。自分が幼いころから求め続け、しかし得られなかった気取りのない暖かい人と人との触合いを見せ付けられているような気がした。が、一方で、カイユンをこの仲間達に再会させることができたことを心から喜んでいた。シャーリーがチョンとアーサーの額を人差し指で突いた。

　「アーサーにだって素敵な友人や、そして家族がいつかできますよ。」

　思っていることをずばり指摘されてアーサーは目を見張った。

　「シャーリー、僕の心を読んだの？」

　「いいえ、接触しないのに読めるわけないわ。・・・・読まなくってもそれくらいわかりますよ。・・・・お茶入れますね。今持ってきますから待っていてください。」

　カイユンがシャーリーを手伝いに行き、ソーンダイクとパトリックがソファーを動かして席を作り始めた。ジョーはソファーにかけ、ぽつんととり残されたようなアーサーにほほ笑みかける。

　「あれでカイユンもソーンダイクも定住地のない宇宙生活者なんだから。おかしいでしょ？」

　アーサーはソファーを離れ、花瓶にさしてあるコスモスの花びらを一枚千切ってびろうどのような手触りを親指と人差し指で感じた。

　「おかしくはありません。僕は宇宙生活者と呼ばれる人のことをよくは知りませんし、あなたたちのことはむしろ羨ましく思っています。」

　「・・・・・羨ましがられるような集団かな、あたしたちは・・・・。生活は安定してないし、危険は一杯だし、結構ぐさぐさ互いに傷つけあっているけどね。・・・・前、あの大渦のなかでアーサーはあたしのことを”いい人だ”って言ってくれたわね。カイユンの事も。・・・・・あなただっていい人間よ。・・・・・カイユンの説によれば、人間は本当はいい奴ばっかりなんだって。・・・・ま、それは言い過ぎにしても、いい奴って結構捜せばいるわよ。なんとかみんなよろしくやっていけるはずじゃない？いろいろ面倒臭いこと考えると深刻になったり辛気臭くなったりするわ。人間に関してあたしの考えを言えば、ぶちあたってみて気に入らなければ張り倒す、それが正解。張り倒したあとでもやり直しがきくしね。・・・・・生きていればね、きっと取り返しがつくのよ。」

　アーサーが反論しようとしたときにシャーリーたちが戻ってきた。シャーリーがクッキー皿、カイユンがカップと大きなティーポットを持っている。

　「ほら、行こう。」

　ジョーに腕を掴まれて、アーサーは輪にして置かれた椅子にカイユンとシャーリーに挟まれて座った。

　「いただきます！ね、ジョー。」

　クッキーを左手に摘んでパットが可愛い声をあげた。

　「マリオをいつ助けに行くの？アケルナルを取り返すのは？」

　「ん？もう少ししたらね。今度の集会が終るまでコスモ・アーミーの“ブラック　ドラゴン”はこの星を離れはしないから、急がないで大丈夫よ。もしも離陸してしまってもどうにかして追い掛ければいいわ。・・・・・その前にマリオが自力で脱出してくれると手間が省けるんだけどな。」

　パットはジョーにクッキーを渡し、彼女は一口齧ってから紅茶をくいと飲んだ。

　「・・・・・・美味しい紅茶ね。・・・クッキーもいけるわ、シャーリーさん。」

　シャーリーはくすくす笑う。

　「そのクッキー、前にカイユンさんの焼いたものですわ。紅茶の入れ方もカイユンさんから教わったんです。」

　「ふぅん・・・・・カイユン、暇だったのね。あたしたちが必死でなんやかややっていたっていうのに。」

　「そう言われちゃ身も蓋もありませんけど。・・・・・何かやろうとしたら、できることはこれくらいしかなくって・・・あ！研究だって一応はさせてもらっていたんですよ！」

　「・・・確かにカイユンが研究以外できることはこれくらいね。・・・・・この人口説くなんて高級な真似しようともしなかったんでしょ？」

　シャーリーを指差すジョーに、”へ？”と理解不能の表情のカイユン。

　「・・・・・・・“アケルナルに来ませんか。”なぁんて言ってないんでしょ？」

　「？・・・・アケルナルに来てもらうんですか？アケルナルに来て貰っても、コクピットの椅子の数たりませんよ？それにシャーリーさんは銃撃とか爆破とか好きじゃなさそうです。街で会ったラスティーって子なら来たいっていうかもしれませんね？」

　パトリックは大人たちのとんちんかんな会話を聞いてはいなかった。

　“今、僕ができることってなんだろう。僕、今何もやっていないもの。何かやらなくっちゃ。・・・・・・・・そうだ！僕は・・・”

　カイユンがもしもパトリックの心の中を読めたなら、大慌てで、それは止めなさいと説得しただろう。しかし悪いことにといったらよいのか幸いにもといったらよいのか、カイユンにテレパシー能力は針の先程もなかった。

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　ブラック　ドラゴン内では、待機時間に当たっている兵士たちがベッドに腰掛けおしゃべりに興じていた。

　「おい、聞いたか？」

　「ああ、リッカーマン少将殿がうちの大佐殿を訪ねてきたっていうことだろ？知らない奴はいないぞ。」

　「何しにいらしたのかな？リッカーマン少将殿と言えば、上層部からの風当たりはともかく俺たちヒラの兵士にとっては大英雄だぜ。作戦の成功不成功は置いておいてあの人が係わって大量戦死者が出たことは一度だってないんだろ？俺の大伯父も爺さんも軍人だったが、少将殿のおかげで命拾いをしたと何度も昔話をしてくれたぜ。サインを貰ってお守りにしたいもんだ。」

　「・・・・これはあくまでも噂なんだが、少将殿は逮捕命令の出ているドロップアウトの一人の保護者なんだと。法的に手続きをしたわけではないらしいが、実質的に親子として暮らしていたらしいぞ。ほら、もと軍人のスナイパーだったっていう奴がいたろ。そいつがそうらしい。」

　「ひぇっ！じゃ、俺たちは英雄の身内を捕まえようとしているのか！・・・・・嫌なところに配属されてしまったなあ。俺、そのスナイパーが目の前に居ても見逃しちまうかもしれないぞ。」

　「しっ！誰かに聞かれたらまずいぜ。・・・・俺も見逃しちまうかもな。」

　ウォーレック大佐は、突然のリッカーマン少将の訪問に表情を固くしていた。彼は自身の私室に少将を通した。デスクの両脇には二人の士官が控えている。
　大佐は椅子を勧めたが、少将はなかなか座ろうとせず、三度目でやっと腰をおろした。

　「公式の訪問ではないのです。気を楽に。私は闖入者なのだから。」

　気を楽にと言われても、金と銀のラインが入った肩章と左胸にずらりと並ぶ勲章の前で萎縮するなというのは酷である。

　「少将殿、今回のクリア・ウォーターにこられた目的はいかようなものですか。何か秘密の任務でも？」

　少将は銀縁メガネにちょっと手をあてた。

　「いや、あくまでも休暇中なのですよ。・・・・犯罪者になった一人の男を捜しに。・・・・いくら犯罪者でも息子を殺されたくはないのでね。そうなる前に出頭しろと説得できないものかと・・・街で情報を集めようとしたのだが息子はうまく立ち回っているらしく足跡が辿れない。ここには情報を捜しに来わけです。」

　「・・・・・私が情報を掴んでいたとして素直に提供するとお思いですか？」

　「いいえ・・・・」

　大佐はしばらく考えてから立ち上がった。

　「・・・・お教えできることは限られていますが、それでよろしければお話しいたしましょう。それから、あなたには今後監視をつけさせていただきますよ。私が上層部から受けた命令を妨げるようなことをなされば逮捕もします。・・・・」

　平和主義の軍人は自分よりずっと位の低い者にふかぶかと頭を垂れた。

　「頭を上げて頂きたい。あなたには私に対する強権発動の権利があるのですから。」

　「有難う。大佐・・・・君の厚意に感謝し、手助けができることはしたいと思います。特になにか危険性のある作戦が課せられたなら必ず声をかけてください。君の部下を一人も殺さないような戦略を立てることを約束しましょう。・・・・さしあたっての仕事はないだろうか。」

　大佐は迷うように机を指で三度ほど叩き、少将を見据えた。

　「・・・・・兵士たちはこの星のどこかにあるかもしれない兵器の探索と唐突に現れたクローン実験体の青年を追って東奔西走しています。・・・・放置すればどちらも我々の脅威となるものです。誘拐されていたカイエ社のアーサーという少年も自宅に戻ったという報告があるました。誘拐犯はドロップアウトではなく、むしろ彼らはアーサーを助けた側のようです。未確認ですがね。どちらにしても今の所は少将殿に御出馬いただく必要はないようです。・・・・・本艦に今、連邦からビルダー種族学博士がいらしていますがお会いになられますか？」

　少将は口元を歪ませ、かなり大げさに首を振った。

　「あの男には一時期しつこくつきまとわれた経験があるのでね。私のことは知らせないでください。・・・・早々に退散したほうがよさそうだよ。」

　大佐は両脇に控えている部下に、少将を情報管理室に案内するよう短く厳しい声で命令した。
　退出しようとする少将を見ずに大佐は呼び掛けた。

　「少将殿、・・・・過去、私はあなたに二度命を救っていただきました。・・・・軍人としてではなく、一人の人間として礼を尽くさせていただきます。」

　モーリスは俯いた。

　「私は机の前に張りついているだけの事務屋。実際に危険な任務に携わるあなたがたの方がよほど大変なな行いをしていますよ。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　モーリスが大佐と会談中、マリオは自分に話し掛けている相手にうんざりしていた。物腰柔らかな茶色の服の男。マリオが彼の存在を快く思っていないのはわかっているであろうにひたすら笑顔で冷静沈着。


　「全くもったいないことだ・・・マリオ君。」

　そいつはいかにも残念そうに言った。

　「・・・・もったいないって何がだ？」

　用心深くマリオは問いかけた。相手を睨む目は完全に三白眼だ。

　「・・・・君ほどの頭脳があれば、空間と時間の理論を完成させることも夢ではないだろう。何故、爆破などというつまらない仕事に優秀な頭脳を無駄に使うのかねぇ？」

　「・・・・日々の生活に役にたたねえ頭の中だけの理論をこねくりまわしても面白くないだろうが！それに爆破の方が難しくて骨があるぜ。俺は１２のときに一般相対性理論なんぞは理解したが、爆破の頂点は未だ究めていねえぞ？」

　ビルダーは笑った。

　「惜しい・・・・あまりにも惜しい・・・・君がその気になれば、時間旅行機の開発もできるかもしれんのにな。」

　「・・・・時間をさかのぼって歴史的美女を漁りまくるのが目的なら考えないでもないが・・・人類全体のためとか知識の探求というお題目なら俺にとってはジンマシンのもと、カイユンが前に作ったなんとかっていう光った魚の酢の物と同じだ。」

　ビルダーは満足気に微笑んでいる。さきほどからこの調子だ。このビルダーと言う男、肩書きは宇宙連邦種族学博士である。しかし、一体種族学者の仕事とはどういったものかマリオは全く知らなかった。マリオだけではない。知っているものは連邦でもほんの一握りだ。
　マリオに話し掛けている内容も一貫してはいない。マリオの生まれた星であるドルガ星の軌道エレベーター基部の劣化を説明し、“君の知識を提供して故郷を救うつもりはないか。”とビルダーは話を切りだしたのだが、

　”ねえ。”

　とマリオが即座に答えてからはその話を一切口にしない。いくらぶっきらぼうに返答してもその答えに失望もしない。不気味である。まだ、軍人連中のほうが話相手としてはマシである。少なくとも普通の軍人はからかって遊べる。

　「あのなあ、あんたの目的はなんだ？」

　ビルダーは笑顔のままゆっくりと答えた。

　「いや、君と話がしたいだけなのだ。・・・・・・おや、それにしてもずいぶん長話になってしまったようだ。そろそろ退散することにしよう。次は君の仲間達の話をしたいものだね・・・」

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　一日後、ブラック　ドラゴンから戻ったモーリスは、何を思ったか一人っきりで下町を闊歩し始めた。呑気に宙港の外縁部に座り込み宇宙船の離発着を眺め、あちこちの露店で小さな買物を繰り返す。
　全星集会のために舞台との整えられた会場にも姿を現し、薄暗い怪しげな路地にも足を踏み入れた。その後は、街の外れに歩きだした。ときどき思いついたように、服のポケットにねじこんだ小さな紙袋から乾葡萄を一掴み取り出して頬張る。
　今、歩いている辺りには人が一人もいなかった。
　街が終わり森が始まっており、緑が美しく目に鮮やかだ。彼は腰を片手で叩き、黒々とした倒木の上に腰掛けた。深呼吸をすると森の匂いが肺一杯に充たされる。　モーリスは割合に大きな声で話しだした。

　「私を付けている君、姿を見せて欲しいのですけれど。いきなり飛びかかられて腕をねじ上げられるのはあまり好きではないものでね。」

　大木の後ろから現れたのは、コスモ・アーミーの者ではなく、アレックス　ギダーだった。
　モーリスはそれを予期していたかのようで、アレックスを自分の隣に招いた。

　「いつから私に気付いていましたか？」

　アレックスは大木の傍を離れず銃口をモーリスに向けた。しかしそれは威嚇の意味らしく、安全装置は外されてはいない。

　「君が、私の尾行をしていた兵士を脇道に引きずりこんで気絶させたときから・・・・・・・・アレックス君、わたしはあなたが私を捕らえにやってくるのを待ち受けていたのだよ。・・・私は以前君の資料にも目を通させてもらった。・・・・・・君は彼らの協力者だ。おそらくは軍の幹部である私を捕らえ、コスモ・アーミーにそれを知らせ、軍の目をドロップアウトからそらそうとしている。違いますか。」

　アレックスが銃をおろした。銃がなくなったからといってアレックスの場合丸腰とはいいがたい。四肢の義肢義手はその気になればとんでもない威力を発揮する。

　「そこまでわかっていて無防備に街を歩くとはどういう訳ですか。私に捕らえられたかったのですか？少将？」

　「その通り。・・・・私はユーリ　ロマノフ　の保護者なのだ。驚いたようだね？・・・・法的な養父は別に居る。若くして事故死したロマノフの実の父の兄がそうだ。君も名前は知っているはずの軍の実力者だ・・・・ロマノフは彼によって幼年学校に放りこまれていたが、軍人というものを嫌っていた。だが、成績は最優秀。軍人嫌いが優等を取ることによって教官達を憤らせることが楽しみだったらしい。慣例で幼年学校の主席は将校の家に見習いとして派遣されることになっている。そこで慌てたのは教官達だった。将校の前で滅多なことをいわれ、お偉方の機嫌を損ねて自分たちの地位に傷がつかんとも限らない。そこで彼らはコスモ・アーミーの将校の中では一番の変わり種、はぐれものの私に押しつけてきたわけだ。・・・・。ロマノフが十六歳の時だった。」

　木の枝先がかすかに揺れた。乾葡萄の匂いに惹かれた小さな獣が梢の上から下を見下ろしている。モーリスは茂みの中に乾葡萄を一掴み投げた。枝が大きくしない、獣は茂みの方に飛び下りた。

　「少将、それだけではロマノフ氏を必死に護る理由にならないように思われますが。」

　「ああ、確かに。・・・軍の中で、私は孤立していた。将校の中では過激なまでのハト派である私は、戦略を立てる能力は評価されていたものの、周囲への影響をおそれた上層部は、私の周りを頑迷な保守主義者で固めた。・・・・当然、後継者となる者はいない。私生活でもまた、わたしたち夫婦は子供に恵まれなかった。そんな中でロマノフは来た。私以上に頑迷な平和主義者の彼は、ハト派とはいえ軍人の私と激しく衝突した。だが、互いに辛抱強く会話を続けていくうちに彼は私の生き方を理解してくれるようになった。・・・・・妻は彼のために菓子を焼き、私は休暇のたびに彼を連れて山に登った。・・・・・今、私が遺せる一番大きなものは軍人としての名声でも肩書きでもない。彼なのだ。だから私はこうしてここにきて君に捕まるのを待っていたのだ。・・・・・誘拐ついでにドロップアウトの逃亡を助けると共に、“ブラックドラゴン”内に捕らえられているマリオ　リベラとアケルナルを奪還してくれると有り難い。私は手を出さないと艦長と約束してしまったのでね。まあ、『君に拷問されて情報を流してしまう』、なんてことくらいは許されるでしょうねえ。」

　アレックスは表情を和らげてモーリスの隣に座った。

　「全く・・・・僕が出会う人々はどうしてそろいもそろって変り者なのだろう。」

　モーリスはほほ笑み、美しい青年に乾葡萄を勧めてみた。青年は片手で受け取り、几帳面に一粒ずつ白い歯で齧り始めた。モーリスは豪快に十粒ほど口に放りこみ、その次に茂みに投げ込んだ。

　「変り者は君もだろう。なぜそんなにまでして彼らを護ろうと？・・・・」

　アレックスの端正な横顔がかすかに赤くなったような印象をモーリスは持った。

　「ははぁ、ジョセフィーヌさんとかいったかな。唯一の女性は。」

　また、モーリスは乾葡萄を投げた。
　アレックスは五粒一辺に葡萄を噛んだ。

　「・・・・安全、ということなら、彼女は僕が居なくてもおそらくは大丈夫です。私などよりずっと強い人間ですから。ただ・・・・彼女は無理ばかりしますし、他に守ってやらないとどうにもあぶなっかしい者もいますので。・・・・それじゃ、行きましょうか？もう少し街から離れましょう。」

　アレックスはひょいとモーリスを背負うと森の奥に駆け出した。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　その守ってやらないとどうにもあぶなっかしい青年はしきりに他人の心配をしていた。
　カイエ社の地下の一室でジョー達は明日に迫った全星集会の準備を整えていた。カイユンは樹脂板を片手で持ち上げ情けなさそうな顔をした。

　「防護素材がこんなに薄べったくていいんですか？」

　前歯の欠けたヴォルフが銃を並べ一挺ずつ点検しながら微笑んだ。彼はジョーの主張で今回の仕事の一員になっている。

　「大丈夫ですよ。」

　カイユンは疑わしげに板を振った。

　「こんなので本当にレーザーライフルが止まるんですか？」

　手の動きに合わせて樹脂板はペナペナと曲がる。ジョーはこれを小さく切って額に貼り、前髪で隠してアーサーの身代わりになろうというのだ。その後で本物のアーサーが壇上に現れ、ナトアのやり方を明るみにする。・・・・まあ、大筋としてはこのようなところだ。
　ソーンダイクがポコポコとカイユンの頭を叩く。心配するなという感情表現である。

　「だって・・・・遠距離からのレーザーライフルですよ。」

　心配されているジョーは、カイユンから板をひったくった。そして床に置くと腰から銃を抜いて撃った。けっこうな音がしたが、彼女がぺらっと板を持ち上げると床にはへこみ一つ焦げ跡一ついていなかった。

　「どう？納得した？コスモ・アーミーが防弾素材に使っている代物よ。」

　「・・・・・でも、・・・・・僕、危ないの嫌いです！人に危ないことさせるのはもっと嫌いです！キャプテンはこんなことしていい人じゃありません！キャプテンは普通のひとなんですから・・・！」

　また始まった。カイユンならではの決まり文句である。

　「あ〜！うざったいわね！がたがたいう暇あったら、計画ががちゃがちゃになった時に備えて準備でもしてよ！」

　そしてヴォルフの前の銃をカイユンに放る。
　カイユンは両手で受け取ってその重さにぞっとした。どう考えても自分向きではない。

　「キャプテン！僕、この銃じゃ・・・・！」

　ジョーは代わりの銃を左手で放った。カイユンは文字どおりその銃を抱き抱えた。そして悲鳴を上げた。

　「対戦車用ランチャーなんてどうしろっていうんです！」

　ソーンダイクは操作するコンピュータもないので、器用な手つきで催涙弾や煙弾を準備するヴォルフの手元をじっと眺めていた。非常に手慣れたものだ。とても開拓会社の下っぱ社員とは思えない。なぜヴォルフは人が変わったようになったのか。なぜジョーはヴォルフの豹変ぶりを追求しないのか。
　自分の後ろでぬぼーっと立っているソーンダイクにヴォルフが厳しい目を向けた。
　コンピュータの天才は無表情にいささか場違いな質問をした。

　「・・・・あなた、ご趣味は？」

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　アーサーは大きな窓から射し込む光のひだまりのなかで少し俯きかげんに絨毯の上に座っていた。傍らには先に行なわれた重役会議の書類が散らばっている。重役達は不請不請ながら身代わり作戦を許してくれた。ライバルであるナトアの息の根が止められれば重役達に異存はないのだ。
　膝の上には小さな音声入力ワードプロセッサ。電源は入っているが文字は一字も表示されていない。星の人々を前にする演説の原稿だ。大枠は重役が作ってくれたが、筆はどうも進まなかった。
　シャーリーがコーヒーを持ってきて静かに絨毯の上に置いた。

　「シャーリー、僕には書けない。」

　シャーリーは沈み込む少年の手からプロセッサを取り上げて電源を切ってしまった。

　「書けないときは無理をしたって書けません。・・・・・集会のときまでにはきっと書けますよ。どうしても駄目だったなら重役さんたちの見本原稿を読めばいいんです。でも、自分の言葉で言ったほうがよろしいでしょう？」

　少年は首を振った。

　「書けない。・・・・いや、僕には大勢の人々を前に話をすることなどできない！」

　シャーリーはアーサーの手を握った。

　「チャールス様の・・・お祖父様の御意志を継ぎたくないとまだ言うのですか？」

　アーサーは返事を返さなかった。それがアーサーの答えだった。
　シャーリーの手がぴしゃりとアーサーの頬を叩いた。痛くはなかったが、アーサーを驚かすには充分だった。シャーリーはアーサーの話相手となり、慰め役であり、超能力という同じ十字架を背負ったものとして、共に悩み苦しんできた。しかし、アーサーを叱ることはなかった。だが今のシャーリーには以前になかった強さがあった。

　「私は、あなたがお祖父様に負けないくらいこの星の美しさを好きなことを知っています。・・・・毎日握手していたのですもの。・・・・メチャクチャでいいんですよ。自分が守りたいもの、伝えたいこと、信じるもののためにじぶんなりに精一杯やってみれば。道は開けます。」

　アーサーの手からは疑いの思念が伝わってきた。

　「・・・・メチャクチャに精一杯やることが嫌ですか？・・・・カイユンさんはそうやりましたよ。はっきりした居所もわからないあなたを捜しに海に出て、初めて会った亜人間のミュータントの話を頭から信じて大きな渦の中に飛び込んだわ。深い海の中からあなたとジョセフィーヌさんを助け出した。・・・・自分の体を危険に晒してお祖父様の薬を提供する役も引き受けて下さった。・・・・アーサー、カイユンさんのこと、お好きでしょう？私も大好き。いいえ、カイユンさんだけじゃありません。集会の時に助けて下さるジョセフィーヌさんも、ソーンダイクさんも好きですわ。森の中の子供達も街の子供達も・・・・・あの人たちは思い悩むだけでなくそれを解決しようといつだって行動しています。・・・・アーサー、演壇で失敗しようとも構いません。しかし、どうかあなたの精一杯を見せてください。」

　アーサーは立ち上がり、寝室へ行ってガチャリと鍵をかけた。

　「意気地なし・・・・」

　シャーリーは溜息をつき、コーヒーをトレイに乗せて部屋から出ていった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　全星集会の日は遂にやってきた。

　天気は快晴。植民者達は三々五々会場に集まってきた。もちろん集会なんぞどこ吹く風の無頼の徒はここにはいないが、真面目な市民もそうでなくとも自分たちの将来に関係する今日の日を重要なものと考えていた。また、このような直接民主制は人口が少ない今のうち、今回こっきりである。そんなお祭り気分も手伝って会場は老若男女で賑わっていた。ステージを取り囲むように建設されたスタンドはカイエ社とナトア社の共同制作で最上壇は地上から二十メートルの高さ。使用後はそのまま野外音楽堂となる予定である。
　舞台はかなり大きなもので、大型のスクリーンが舞台にかぶさった銀色の屋根から釣り下げられている。舞台の袖には大きな楽屋。左右の楽屋は本来通路で行き来できるが、今日は施錠されている。左側にはカイエの関係者、右側にはナトアの関係者。

　ナトアは三十分ほど前に到着し、用意を整えていた。チャールス　カイエにとどめはさせたものの、孫のアーサーには逃げられ、おまけに何がどうしたのかコスモ　アーミーまでやってきた。
　しかし、彼は自分の勝利を疑っていなかった。カイエを殺したのがナトアであることを知っているのはアーサーだけだが、どこでどんな風に死んだのかを言おうとすればカイエが超能力者だということもわかってしまう。それに言ったとしても勝利するための戯言ととらえられるだろう。・・・・・雇ったスナイパーは最上壇で待機しているはずだ。そして彼には監視がつけられている。今日でカイエの血筋は絶えるのだ。ナトアは濃紺のスーツに白い蘭の花を飾り、ソファーに悠然と腰掛けて薄ら笑いを浮かべた。

　カイエ側は二時間も前に到着し、だが、いつまでたっても落ち着かなかった。首脳陣たちはまだ若いアーサーが今日の大任を果たせるかどうかと訝り、当のアーサーは黒いスーツを着て腰掛けたまま俯いたきり・・・・シャーリーはそんなアーサーを怒り、カイユンはジョーの身に危険が及ぶのではないかと心配の極みに達していた。いつも表情の変わらないソーンダイクを別格として、一番落ち着いていたのは一番危険なはずのジョーだった。

　「アーサー、まだ悩んでいるの？」

　ジョーがアーサーに並んで座った。彼女の変装は完璧で、背格好、髪型、顔の作り、歩き方、どれをとっても本人そのままだった。喉の奥に装置をセットしているために声までそっくりだ。少し離れさえすれば同じ人間が二人その場に居るようだった。
　アーサーは首を振った。

　「・・・・僕は自分がこの星の頂点に立つことを正しいと思っていないんです。正しいと思えないことをできはしません。話せるわけありません。」

　ジョーはアーサーと肩を組んだ。

　「正しい、正しくないってのは誰一人わからないことよ。・・・・・あたしは少なくともナトアが勝つよりあなたが勝った方がマシだと思う。・・・・あなたには力があるもの。その力をよい方向に生かせるだけの心もあるもの。・・・・しっかりしなさい。アーサー　カイエ。」

　シャーリーは一貫して厳しい態度を持ち続けており、固い表情をしていた。
　カイユンは紙コップにコーヒーを入れて二人に差し出した。

　「はい、こっちはアーサー、こっちはキャプテン、キャプテンのは苦くいれましたからね。」

　ジョーは笑った。

　「やっとあたしとアーサーの区別がつくようになった？」

　今日の朝、カイユンはジョーをアーサーと間違えて激励するためにぎゅうと抱き締めどつき倒されたのであった。

　「ええ、よく見れば全然違いますものね。」

　そしてちらりとアーサーを見下ろした。アーサーは小さく疲れて見えた。

　「・・・・それはそうとキャプテン、本当に大丈夫なんでしょうか。・・・・ロマノフさんだって人間です。銃撃つときにくしゃみでもしたら頭に穴が開いちゃいますよ。怖くないんですか？」

　ジョーは目を閉じ悠長にコーヒーの香りを嗅いでいた。その表情には、恐怖のかけらも認められない。

　「キャプテン！聞いています？」

　ジョーは目をつぶったままコーヒーを飲み、人差し指を立てて左右に振った。

　「騒ぐんじゃないの。もしもあたしの頭に穴が開くのなら、これが末期のコーヒーになるんだから静かに充分味わわせてよ。」

　「嫌ですよ！縁起でもない。」

　シャーリーは可笑しがっていた。他人である老カイエを救うために自分の命をかけることを厭わなかったカイユンが、この女性の前ではまるで子供のように見える。

　「大丈夫だって。・・・・心配するならパトリックの心配をしてなさいよ。頭が痛いってカイエのビルに残って寝ているんでしょう？」

　ソーンダイクとヴォルフはジョーの側に回って頷いた。カイユンは手をばたばたさせた。

　「そんなこと今更言ってぇ！僕はここに来ても役に立てそうにないから、パトリックについているって主張したのに、僕を連れてきたのはキャプテンじゃないですか！」

　「・・・あたしじゃないわよ。」

　ソーンダイクが“それは私です。”と言うようにゆっくり手を上げる。

　「ともかく！キャプテンが死ぬようなことがあったら僕はここからすぐに身を投げますからね！」

　それは無理だ。
　舞台の高さは三メートルもない。
　
　係員がやってきて、間もなく演説の開始時刻だと知らせた。ジョーは立ち上がり少し緩んでいたネクタイをしゃっきり締めてアーサーにウインクした。

　「あたしはうまくやるわ。あとはアーサー、あなたの出番よ！」


　会場内ではいろいろな人々がそれぞれの目的のもとに動いていた。スタンドの最上段では黒いケースにライフルを忍ばせたロマノフが深呼吸して精神統一しており、そのロマノフをナトアの男たちが監視していた。その男たちを何気なく観察しているのがだぶだぶの牧師服姿のソズだったりする。
　最前列に近いところにはセリナがロッコと一緒に出張っていた。まわりの人々のポケットの財布に目が奪われる二人であったが、今日は仕事で来ているのではない。”何か”が起ったとき、自分たちが少しはジョー達のために何かできるかもしれないとただそれだけでじっと待機していた。カイエ社の社員たちもあちらに一人、こちらに一人と散らばっている。そしてコスモ・アーミーの兵士たちが私服に身をつつんで潜入している。彼らの目標は第一にアレックスの捕獲（とにかく現時点でわかっている限り一番物騒である）第二に兵器群の所在の確認（動きだせば物騒である）第三にこの会場の警備（物騒になるかもしれない）第四に”ドロップアウト”の逮捕（逮捕命令は出ているが物騒かどうかだんだんわからなくなってきている）である。

　壇上では司会者が今日の予定を述べ、まずナトアが進み出た。きびきびした足取りで、真っすぐにマイクの前に立つ。

　「クリア・ウォーター星市民の皆さん。」

　張りのある自信にあふれた声。
　ナトアの演説は朗々と続いた。植民者の利益を最優先させるという基本姿勢は崩さないこと。植民者に対する資金や資財の貸し付け援助制度、未開拓域の開発プランと、植民者の協力貢献度による土地の分配の約束・・・・・若い力に満ちた植民者にとっては魅力ある計画だ。病気になったり老いたりした者にとっては厳しい政策であるが、この会場にはそんな人々は殆どいなかった。ナトアは、今回会場に来られないチャールス　カイエの病状を心配し、（老カイエの死はまだ公表されていなかった。）代わりに演説をする若いアーサーの健闘を祈ることも忘れなかった。なかなか如才無い。
　市民たちは歓声を上げ、拍手が起った。

　（“いいこと言っているじゃんか。”とロッコがつぶやきセリナがロッコをつねった。）

　司会がアーサーを呼んだ。
　アーサー（実はジョー）がにこやかに手を振りながら壇上に現れた。彼女はゆっくり演壇に向かう。
　演壇の後ろの椅子にかけたナトアは冷たい瞳でアーサーを見た。
　もうすぐこの少年は命を落とす。やっとカイエ一族が宇宙から抹殺される日がきたのだ。

　超能力で人心を操り、思うがままに開拓界に君臨していた魔王を・・・・・

　アーサーがマイクの前に立った。

　「皆さん。」

　原稿が表示される携帯用のディスプレイを演壇に置き、明るい声でアーサーが演説を始めようとした瞬間だ。

　ドーン

　大きな音が響いた。

　市民が音の方を一斉に見る。舞台の脇の方だ。そこには誰もいない。空砲を撃った主のナトア関係者はもう逃げていた。アーサー（ジョー）も思わず横を向く。
　ロマノフはライフルを構えた。彼を見ている者は、監視の男たちとソズの他は誰もいなかった。

　「危ない！」

　ナトアがアーサーを庇うように前へ出た。彼の口はにやりと笑っていた。ロマノフの発射した弾はナトアの望みどおり彼の肩を撃ちぬいた。・・・・いや、ナトアは万全の策を練っていた。ロマノフのレーザーは正確に彼の肩に向かって飛んだが、演壇に密かに仕込まれたエネルギーバリアが障壁となったのだ。肩からの血も偽りのものだ。・・・・・しかし人々は見事に騙された。
　ばたばたと男たちが走り寄ってナトアを抱え起こす。ナトアは肩を押えているが、大声で何か叫んでいる。ロマノフは再びライフルを構えた。自分に向かって四丁の銃が向けられているのを感じながらも冷静に狙いを定める。壇上にはナトアが撃たれて呆然としているようなアーサーがポツンと立っている。
　ロマノフが引き金を引いた。アーサーは額の生え際、正確に防護樹脂のところを撃たれた。ひとまず予定どおりの進行で安心だ。アーサー、いや、ジョーは衝撃でふっとんだ。
　さあ、これで本物のアーサーの出番だ。シャーリーがついと少年の背を押した。だが、彼には未だ心の準備ができていないようだった。重役たちがかける励ましの言葉もなんの助けにもならない。

　カイユンもアーサーにかける言葉を捜していたが、横からソーンダイクに強く腕を掴まれた。

　「？ソーンダイクさん、何ですか？」

　ソーンダイクは倒れたジョーを指差していた。何だか赤いものが額のあたりから流れているようだった。倒れた彼女は微動だにしない。口は半開きに開けられ、大きな瞳は開かれたままだ。
　カイユンは弾かれるように飛び出ていった。観衆もナトアも構わず舞台の真ん中でジョーに取りすがり揺さ振る。
　揺さ振っても揺さ振っても反応はない。
　　　　　　　　　　　　
　「そんな・・・・嫌だぁ・・・・！」

　カイユンの悲嘆の叫びを集音マイクが拾った。叫びは増幅され自分の世界に入り込んでいたアーサーの鼓膜も震わせた。
　カイユンは後ろからジョーを抱えてゆっくりと舞台の上を引きずって袖に入った。小さな声で何事かを繰り返し繰り返しジョーに囁いて・・・そしてうなだれた。
　アーサーの目は、倒れたジョーと絶望のどん底にいるようなカイユンに釘づけになった。彼は決断したように一歩一歩足音を響かせて舞台上に進み出た。

　何のために祖父は死んだのか？

　どうしてジョーは倒れたのか？

　なぜカイユンが悲しむようなことになったのか？

　アーサーの命を守るため。
　そして祖父の夢・・・・この星の海、空、川、大地・・・・・・・・この星の命を守るため・・・・

　ナトアは撃たれたはずのアーサーが登場したのを見てあっけにとられた。弾が外れたのか？血が流れたと思ったのは間違いだったか。とにかく今のナトアにに手出しはできなかった。
　マイクの前に立ったアーサーの頭の中には、重役達の書いた演説原稿のことなどなかった。言いたいこと、伝えたいこと、心の中に積み重なっている思いが今口に出されようとしていた。

　「聞いてください。」

　十五の少年とは思えない落ち着いた力強い声だった。

　「聞いてください。」

　驚いたことに、騒然としていた会場が静まりかえった。カイエ一族の血筋に流れている不思議な力をアーサーは無意識のうちに使っていた。
　彼はナトアの汚いやり口のことも、祖父の死んだ原因のことも明かさなかった。ただ、この星の自然の素晴らしさ、美しさを讃えた。カイエの計画の欠点も洗いざらい話した。自然を守り、更に弱い立場にある開拓者を保護すれば、生産性が落ちることや、開拓活動に制限を設けねばならないと考えていることも。それでも、市民たちはアーサーの話に引き入れられた。

　「皆さん・・・・私達が未来に遺していけるものはごくわずかです。それは土地であったり、財産であったり、名誉であったりします。しかし、私は・・・・・私はこの星を・・・・この星の命を伝えたいのです。・・・・・・・」

　アーサーの話には登らなかったが、会場の市民たちはナトアがカイエに何をしたのか知り始めていた。アーサーの心の声が集った六千人の開拓者の心に直接作用したのだ。遮断者であるナトアには、暗示の力は働かなかったが、何が起っているのかはわかった。彼は直ぐ様舞台の袖に飛び込むと、配下の者に送信した。アーサーの演説に酔ったようになっていた男たちも我に返り幾人かは会場を飛び出した。
　もはや、アーサーの演説は最高潮に達しようとしていた。観衆は固唾を飲んで見守っている。演説者がまだ少年だということも気にならなくなっていた。

　「さすがカイエ氏の孫、集団テレパシーと暗示能力。一気に超能力が開花したわねｖ。」

　喉の奥から音声変換装置を吐き出し、面白そうにジョーは言った。

　「はあ、これはアーサーの超能力ですか・・・・・・・・・」

　言葉を返したあとで、カイユンはポカンと口を開けた。ジョーの胸ぐらを掴み左右に揺らす。

　「キャプテン、死んだんじゃなかったんですか。」

　ジョーは左手に握っていた赤い液体の入った小さな袋を差し出した。

　「撃たれちゃいないわ。あたしが持っていた携帯用ディスプレイ、妙に厚かったでしょ？あれにエネルギーバリア発生装置を仕込ませて貰ってたの。ナトアとおあいこよ。あたしはロマノフを信頼しているけれど、半歩間違えば死ぬような計画は信頼で済まされるものじゃないわ。ただの無謀よ。・・・・・・これはアーサーのためのお芝居。ロマノフにも知らせてあったわ。あの坊やはなにか大きな衝撃を与えないかぎり大きな一歩を踏みだそうとしそうになかった。事実演壇に上がるのを今日になっても拒否していたわ。あたしが撃たれて死んでカイユンが大いに取り乱してくれりゃあどうにかなるかと思って。・・・・いやあ、大成功。」

　ソーンダイクもシャーリーもヴォルフまでもがカイユンを宥めるようににこやかに笑っている。
　カイユンはジョーが生きていて嬉しかった、が、怒ってもいた。寂しさも感じた。

　「僕だけ・・・僕だけ知らなかったんですね。・・・・・知らせてくれてもよかったのに。僕だって・・・・僕だって・・・・・・・・芝居をすることはできました。」

　張りつめたカイユンと対照的にジョーは悠然と微笑んだ。

　「だってカイユンは芝居が下手なんだもの。知らせなかった理由はそれだけのことよ。・・・・あなたは隠し事が出来ない人だから・・・・・」

　彼女はカイユンに視線を合わせずに会場を見渡した。アーサーを一心に見つめている人々の中で、もぞもぞと動いている幾人かの男が見える。嫌な予感が彼女の胸の中をよぎった。
　一発の銃弾が会場のどこかから発射された。アーサーの左腕をレーザー光がかする。アーサーも何が起こりつつあるのか把握して逃げる。入れ替わりにヴォルフが現れパラライザーを撃った、彼の発したレーザー光は一人の男の体をどうと倒した。

　人々が逃げまどい始める。

　ジョーは舌打ちした。ナトアはとうとう切れてしまった。集会で勝つことを諦めた彼は、第一の目的であるカイエ一族の抹殺に全力を投ずる決心らしい。

　「こうなったらあたし最後まで身代わりをつとめるわ。あたしが派手に出ていくからアーサーをこっそり逃がしてね。」

　”僕もいきます！”とカイユンがいいかけて上空を見上げて仰天した。
　コスモ・アーミーの戦闘機が一機、全く同じ型の戦闘機三機に追われている。

　「・・・・マリオさん、逃げてきたんだろうか？」

　ジョーは首をふった。マリオのがむしゃらな飛ばせ方とは違う。今、上空の機は非常に教科書的な無駄のない飛行をしている。一体誰が・・・・？

　ジョーはげえっと舌を出した。
　ソーンダイクのサングラスが少しずり落ちた。
　カイユンは眉をハの字にした。

　「まさか・・・・パトリック!?」

　充分に考えられることだった。

　スタンドにいたロマノフは、ナトアの手下に包囲されていた。ライフルを小型のレーザーガンに持ちかえて身構えては居るものの、敵は複数だ。苦戦を強いられるだろう。

　「もうあんたは用済みだ。覚悟をきめるんだな。」

　一人が引き金を引いた。・・・・が、かちっと小さな音がしただけで変化はなかった。他の男たちも引き金をひいたが何も起こらない。その隙にロマノフはレーザーを使って男たちの手足を撃って足止めした。
　一人の少年がロマノフの前に出た。だぶだぶの黒い牧師服の袖から何かを白いハンカチでくるんだ包みを取り出して渡す。

　「僕があいつらからすり取った銃のエネルギーカセットです。使って下さい。それからこれが通信機になってます。話し掛けてみてください。」

　小さなブローチを襟元に止める。

　「こちらロマノフ。聞こえるか？」

　懐かしいジョーの声が響いてきた。

　「ロマノフ！ロマノフなのね！あたしこれからナトアを引き付けるために逃げるわ。どうやらパトリックがどこかから戦闘機を一機を奪取してきちゃったようよ！あの子をコスモ・アーミーから守らなくちゃ。パットも通信機は持っているはずだけど、スイッチ入れていないのよ。あなたはできたらブラックドラゴンの様子を見て！そしてもしもマリオがまだ捕まっているのならを助けだして欲しいの。駄目だったらナトアの兵器格納庫に行って。とにかく空を飛べるものを手に入れなくちゃあ話が始まらないわ。あたしもじきに行くから！ソーンダイクとカイユンを頼んだわ！」

　「ジョー、待て！相手が君を標的にするのなら私が一緒に行こう。ブラックドラゴンへはそれから行っても遅くはない。カイユンとソーンダイクにブラックドラゴン近辺で待機して貰ったほうが現実的だ。」

　「わかった。」

　ジョーは目でヴォルフに合図した。ヴォルフは小さな箱をソーンダイクに手渡した。

　「解錠装置です。ブラックドラゴン内で使うといい。」


　ロマノフがソズに話が終わったことを知らせた。
　ソズが先に立って走りだす。ロマノフが続くとそこにはエア・バイクに乗った少年が待ち受けていた。ラスティーが自分のバイクの後ろに乗るよう声をかける。

　「ジョーに追い付いてみせるぜ。気合い入れて高出力のバイクをかっぱらってきたからな。」

　ロマノフが飛び乗ると、ラスティーはすぐさま発進させた。

　「神の祝福を！」

　ソズがまんざら冗談でもなく、真剣な言葉を遠ざかっていくバイクにかけた。

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