１2　全員集合　

　翌日の朝、ロッコが集めてきた木の実と非常食料で朝食をとると、森も多少は知っているロッコを先頭にたてて一同はひたすら森を抜けるために歩き続けた。朝の空気が鼻空にも肺にも清冽だ。
　コスモ・アーミーに出会わないことを祈るしかない。もっともナトアに出会うよりはましか。ナトアに出くわしたなら即、体に貫通孔ができあがるかもしれない。
　しかし、これほど戦闘に不向きなパーティーも珍しい。銃がまともに扱えるのはジョーとパトリックだけだ。
　かさりと茂みが音をたてた。ジョーは反射的に銃を抜き、アーサーをかばうように前に出た。カイユンもソーンダイクもとにかく一応は抜く。もちろんパットは誰より早く抜いている。
　しかし、茂みから出てきたのは草の葉を篭一杯に盛ったロッコよりちょっと大きいくらいの痩せた少年だった。

　「なんだァ？お前森の家の奴だろ？俺たちお前らのそんな近くにいたわけ？」

　ロッコが指差すと灰色のこざっぱりしたシャツ姿の少年は、白い歯を見せて笑った。

　「キミは街の家のひと？・・・・困っているみたいだね。僕らの所に来る？」

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　そのころマリオは中巡”ブラック・ドラゴン”の腹の中で口笛を吹いていた。灰青の囚人服、足には足枷。シートにベルトで固定されており、すぐそばに尋問中の係官の顔があるのだが気にもとめない。

　「もう一度訊ねる。仲間の行方はどこだ。」

　「だからぁ・・・・いっているだろ？知ってりゃ教えるって。だが知らねえんだ。・・・・・俺はウソはつかないぜ。基本的に俺は正直なんだ。」

　係官は手が出そうになるのを必死にこらえた。上からこの男に手を出してはいけないと言い渡されているが、尋問中の相手を前にしてこんなに癪にさわることは今までなかった。
　作業着をつけた技官が静かにやってきて係官に告げた。

　「押収した品の検査が終了しました。ボタン、靴、ベルト、パスケース・・・・すべて手を加えれば爆薬として機能します。」

　マリオは片目を暝った。

　「気をつけてくれよ。服の裏地も、特殊素材だしし、靴の中じきは静電気をちょっと貯めてやりゃあすぐに威力を発揮するぜ。」

　係官は顔の色を失った。技官は慌てて持ち場に戻った。

　「あ、押収されなかったが、奥歯につめてある代物も結構役にたつんだぜ。外すんなら慎重にな。」

　スクリーンがオンになって、疲れたような研究者の姿が結像した。

　「こちら分析部。アケルナル内にあったディスクを解析しようとしましたところ、爆発しました！再生器械が一台壊滅状態です！」

　マリオが真顔になる。

　「それは大変だ。怪我人はなかったか？」

　「馬鹿者！」

　憤る係官と冷静なマリオ。どうもマリオは相手をからかって喜んでいるようだ。

　「馬鹿者とはなんだ。人命は尊いものだぜ。・・・・・・・ま、俺があんたなら、船の中のものには手ぇつけねえな。ほかにもいろいろとあるはずだからな。・・・・・ところで喉が乾いた。ビールでもないか？」　

　「残念ながらアルコールは出せないことになっているよ。マリオ　リベラ君。」

　新たに部屋に入ってきた男は上機嫌に答えた。ごく普通の旅行者が着るような茶色のスペーススーツ。体形は太っているとまではいかないが、鍛えられているようではない。軍人ではなさそうだ。彼は美術商が絵を見るような眼差しでマリオを見ている。
　男の名はビルダー。宇宙連邦種族学博士。マリオは彼のことを知らない。

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　ジョー達が灰色シャツの少年に案内されたところは森の中に開けた草地だった。ログハウスもどきが一つ、あとは丈夫そうなテントがあちこちに点在している。丁度、小さな子供達が枝と枝の間にはったロープにかかった洗濯物をとりこんでいたが、こちらにやってくる大人の姿を見ると、素早くログハウスに駆け込んだ。みんな街の子供より清潔な身形だ。案内してきた少年はジョーに待っているよう話すと自分はログハウスに入り、しばらくしてから手招きして彼女たちを呼んだ。
　家の中では白いシャツに黒っぽい灰色のズボンをはいたラスティーくらいの少年が立っていた。頬骨が高くひょろりとしているが、全体の印象は鷹揚で優しい感じだった。どうやら彼がここのリーダーらしい。彼は薄茶の髪を長い指で耳に掛け、灰色の瞳で闖入者を凝視した。

　「あなたたちはどなたでしょう。」

　控えめだが、リーダーとしての責任は果たすぞという意志ははっきり表れていた。

　「・・・・嘘いってもすぐにばれるわね。・・・・・あたしの名はジョー。ちょっとわけあり。すぐ出ていくけどできれば食料を分けて貰えると有り難いわ。」

　少年はジョーの腰の銃に目を釘づけにしていた。明かり取りの窓からは何人もの少年が覗き込んでいる。ロッコが口をはさみ、ナトアとコスモ・アーミーに追われるにいたったことをかなり誇張して説明すると、少年はふうっと息をついた。”やれやれ”といった溜息だ。この少年、ラスティーよりもずっと線は細そうだがなかなかどうして肝は座っている。

　「・・・・カイエさんは殺されてしまったのですか。残念だ・・・・・僕の名はソズといいます。食物はすぐに用意します。少々お待ちください。」

　ソズは同い年くらいの少女に声をかけてからジョーに椅子を勧めた。ロッコは気をきかせて、パットを表に連れ出して好奇心たっぷりに覗いていた子供たちと遊び始めた。

　「あなたがたのことはラスティーにちらっと聞きました。・・・・・人数とメンバーが違いますね・・？ラスティーはあなたたちをとっても凄い人たちだと言っています。・・・・・・でも、よかった。失礼ですが、僕は皆さんを乱暴な街のあらくれ達と同じだろうと想像していました。」

　それはそうだろう。殺気の代表格、某氏は現在捕まってしまっている。
　ソズは棚の上から毛布を降ろすと丸太を半分に割って作った長椅子の上に置いた。

　「休んでいてください。街へは徒歩では半日以上かかってしまいますよ。スープでもどうぞ。作りおきが余っています。森は慣れている僕らでも日が落ちたら迷うくらいに木が密集しているし・・・・・・いまから通信機で街の連中にエアバイクをもってきてもらいますから。」

　ソズはバッテリーの電圧をチェックしたあと、部品をいろいろな所から調達して組み立てたらしい鉄の固まりを操作していた。その間に、少女が木の椀になにかどろどろしたスープをよそって一人一人に渡してくれた。受話器からは悪態をつく怒鳴り声が飛び出してきたが、ソズは終始穏やかに話していた。パチンとスイッチを切って丁寧にカバーをかけて向き直る。

　「やってくれるそうです。・・・・すぐに盗めればですが。今、ラスティーが何か仕事をやっているので手間取るかもしれません。」

　「・・・・・有難う。感謝するわ。・・・・ソズ、どうでもいいけど、あまりにお人好しすぎるんじゃない？うちの超お人好しに匹敵するわ。」

　”どういう意味ですか？”

　とカイユンが口をとがらす。

　「・・・・ロッコを助けてくれたから・・・ラスティーは普段どんな大人でも信用しない奴だけれど、そんな彼があなたたちは信用できるといったから・・・それに神様は困った人は助けなさいといっておられます。」

　「神様ぁ？」

　ジョーは困ったような声をあげ、カイユンは瞳を輝かせた。ソーンダイクの表情はサングラスに隠れてわからない。

　「ええ、亡くなった父は伝道者でした。・・・・僕がラスティーと意見が食い違ってしまうのはそこらへんのことらしいんですが。」

　ジョーはうんざりした表情を続けた。彼女は無神論者ではないが、宗教はかなりやっかいなものであると知っていた。カイユンの故郷のマーリナ２星では”太陽と海の神と自然の精霊たち”が信じられているらしいが、カイユンは物騒なものでないならばどんな神でも神様ならば大好きだった。ソーンダイクはカイユンとバリバリの無神論者のマリオにはさまれ、まあ宗教に関しては無難な一般大衆である。

　「本当は、人助けといっても面倒背負いこむのは苦手な口。・・・・・でも、ラスティーの惚れ込みようといったら・・・・・いや、あなたたちに惚れ込んでいるのはセリナかな。」

　「ふぅん。ラスティーと随分親しいようね。・・・・・・街でのやばい暮らしかたに耐えられずにあの子と決裂したわけじゃないの？ラスティーはあなたのことを一言もいわなかったわよ。」

　ソズは苦笑して、仲間内でも、年少の者は二人が仲が悪いと信じ込んでいるのだと答えた。実際は彼ら二人は兄弟よりも仲が良い。彼らの親は同じ移民船でここに来た。ラスティーの母は既にこの世の人間ではなかった。ソズの父母は教会から派遣された伝道者。
　ラスティーの父は彼が八歳の時喧嘩で受けた傷が元で死に、ソズの父母はソズが九歳のときに犯罪に巻き込まれて流れ弾に当たって死んだ。
　掠奪者たちに荒らされた教会の隅に隠れていたソズと、大人の掠奪者のおあまりを目当てにやってきたラスティーがばったり出会い、それ以来一緒に居るのだ。仲間の少年が増えると、ラスティーは街にとどまりソズは森に移った。

　「仲がどうこうというのでなく、性格的な向き不向きの問題だったな。・・・・・ずるかったのかな。盗むのが嫌だなんてこの星じゃいっていられないのに盗むのがいやだった。・・・・・盗むのをラスティーに任せていた。過激さじゃ僕の方が上なんですけどね。」

　カイユンがきょとんとした。

　「�｢�｢�｢ここの方が、街より平穏じゃないのかなぁ・・・？」

　「ある意味では。・・・・・暴力や犯罪はありませんからね。ただ、つらいことはつらい。森はいくらかの木の実や食べられる動物を用意していてくれる。でも僕らにとって森は大きな敵でもあります・・・・ここで自給自足はまだなりたっていません。特に病人が出たときは街が頼りです。」

　「頼るばかりな訳？」

　ソズの仲間の少年がむっとしたように言った。

　「ラスティーはとんでもない用件のときだけソズを頼りにするんだよ！精神的に参ってる奴がいるからそっちに送る、なんとかしろ、とか、保安隊の浮浪児狩りをどうやって切り抜けるか作戦立てろ・・・・とか・・・・」

　どうやら、後方勤務の参謀役がソズ少年の立場らしい。

　「ところで・・・・追われているのはわかりましたが街まで行ってどうするつもりです。」

　ジョーは頬杖をついた。

　「な～んにも策がない。全星集会にこのアーサーを出したいんだけど、それまでは逃げまくる。ま、それからが正念場かもしれない。銃撃戦になったらお手上げ。・・・・・この面子じゃ。」

　ソズはジョーから、頭を掻いているカイユン、無表情なソーンダイク、まだ回復しきっていないアーサー、銃なんて持ったこともなさそうなシャーリーへと視線を移した。そして、ごもっとも、大変ですねと、ジョーに目で合図した。

　ジョーも頷く。

　「いっそ仲間が」

　カイユンとソーンダイクを指差してみせる。

　「怪獣にでも変身してコスモ・アーミーとナトアを制圧してくれると助かるんだけど。」

　「・・・・キャプテン、無茶言わないでください。いくら僕が人間離れしていても、変身なんてできません。せいぜい５０メートルくらい海に潜ることと四階あたりから飛び下りるくらいですよぉ。」

　・・・・・おそらくそれは”せいぜい”以上の能力ではある。ソズは二人が冗談を言っていると考えた。ジョーはもちろん冗談交じり、カイユンは生真面目、コントラストが面白い。隣ではソーンダイクがサングラスを外して涙を拭うように目をこすった。

　「どしたの？」

　「・・・・いや・・・・・久しぶりで人間的な味のスープを飲んだと・・・・」

　「キャプテン！アケルナルでどういうご飯を皆で食べていたんですか！僕がいないとすぐこれだ！」

　ソズが吹き出しカイユンは大声を出したことが恥ずかしくなって身をすくめた。ソーンダイクは一気にスープを飲み干した。

　「マリオのこともありますから・・・・私個人の考えでは街の動向についてデータを集めたいところです。できればロマノフにも情報をもらいたい・・・・」

　アーサーが悲痛な面持ちで口を開いた。まだ顔色は悪くシャーリーに体を支えられている。

　「僕のために・・・・すみません。」

　「・・・・純粋に、坊やのためってわけでもないけど？あたしたちが勝手にやってるのよ。ソズ。なにかいい手はないかしら？」

　ソズが席を立ち、別の毛布を棚からおろしてアーサーの肩にくるむようにかけた。二人の少年はほぼ同い年なのだが、アーサーはソズよりずっと年をとってしまったように見えた。
　ソズはにっこり笑って手のひらを上に向け肩をすくめた。

　「どうもラスティー向けのヤマみたいだな。ラスティーを捜して会ってみるといいですよ。・・・・ねえ、アーサーといったかい？キミはあのカイエ氏の孫なんだろう。キミの力でなにかできないのかい？少しはネットワークもあるだろう？」

　カイエ一族の末裔は顔を曇らせた。

　「本部まで行けば安全は保障される・・・・・しかし集会に出られたとしても、僕には祖父の代わりはつとまらない。僕には人の心は掴めない。・・・・」

　舌打ちの音がした。ジョーだ。

　「一応連れていってはあげる。でもそのあとはアーサー、あなたの仕事だからね。任せるわ。・・・・」

　少し間があいた。次に彼女が声を出したときは、その調子の中にいつものような軽い調子はなかった。

　「・・・・主要道路ではナトア社が検問をしているわ。森から荒野をつっきり街に向かうようにしましょう。」

　ソズと仲間の少年、そしてソーンダイクが眉をひそめた。

　「でも、ジョーさん。街にどうやって入ります？そんなに大きな都市ではないし・・・・」

　ジョーは主張を変えなかった。

　「・・・・大丈夫よ。私がアーサーを守ってみせる。・・・・必ず。」

　いくつかのエンジン音が近付いてきた。

　「ジョー！エアバイクが来たよ！二台で、カートがついてるよ。」

　パトリックが走り込んできた。ソズの仲間の少女が大きな袋を差し出した。

　「水と食物と・・・・ズボン、です。」

　ジョーは会釈し、”いかにも私は古着です”といった風情のズボンをはいてベルトをぎゅっとしめつけた。急に慌ただしくなった中で、ソズは支度の整ったジョーの手を握った。

　「何にせよ、あなた方の無事を神に祈っています。・・・・結構僕のお祈り、効くんですよ。」

　そのあとに笑ってしまうあたり、ソズも祈りの限界を悟っているのかもしれない。
　ジョーはキュッとソズの細い手を握り返してバイクを検分した。

　「よし！行きましょう！有難う、ソズ！」

　分乗し、走り去る者に、ソズは爽やかな声をかけた。

　「アーサー君、キミの会社が主導権をとったら、このへん一帯の土地所有権をよろしく！」

　街からバイクを運転してきた街の悪ガキがガムを噛みながらソズの視界を遮った。

　「ちょっとは俺たちを誉めて欲しいぜ。かっぱらってくるのに苦労したんだ。」

　ソズは何喰わぬ顔で、相手の頭に手をあてて”神の祝福を”と唱えた。その後で舌を出す。街の少年はソズの性格をよく知っているのか怒りだしはしなかった。ソズは自分のテントに戻り街から来た三人は揃って倉庫らしきテントに入っていって果物を勝手に出して齧った。近くにいた小さな子が彼らから遠ざかる。街の連中を恐がる者もいるのだ。そんな様子を馬鹿にして街の少年は鼻をならした。種を地面に吐き出しながらソズに叫ぶ。

　「ちょっとしたら迎えが来るはずだからよ、それまでいさせてもらうぜ。ここには旧式のトラクタしかねえもんな。」

　「・・・・そうか。迎えが来るのか。・・・そのとき一緒に僕も乗せていってもらうよ。」

　出てきたソズは、父の形見らしいぶかぶかの牧師服をまとって長めの薄茶の髪をきちんと後ろで結んでいた。

　「その服で？まじかよ！」

　「・・・・街で手に入れたいものもいくつかあるし、ラスティーが熱くなりすぎたら抑える人間がいないと君等も困るだろう？街は好きじゃないけれど行くよ。・・・・・ただでとはいわない。連れていってくれればジャムや山羊のチーズ、箱一杯の山林檎を届けよう。」

　穏やかに話しながらソズの手は旧式だが拳銃をもてあそんでいる。

　”ソズには逆らうな。あいつは優しい顔して平気でとんでもないことをする。”

　ラスティーに何度も警告されている街の少年達は不請不請に承諾した。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ジョーは飛ばしに飛ばした。後方からはパトリックの操るバイクが適正間隔でついてくる。パットの後ろにはバランスを必死に取るソーンダイク、カートにはシャーリー。ジョーの後ろにはカイユンがしがみつき、カイユンの後ろではロッコがスピードに歓声をあげている。アーサーはカート内で俯いたままだ。

　「わ！キャプテン！ぶつかる！」

　カイユンが悲鳴を上げた。周囲の木々は前から後ろへと飛ぶように流れていく。

　「私の腕、信用できない？」

　「してますよ、でも・・・・・あーっ、あぶないーっ。」

　カイユンはますますしっかりとジョーにしがみついた。」

　「意気地なし！かよわい女の私が平気なんだからいちいちギャーギャー騒がないで！」

　どこらへんがかよわいのかなと一瞬彼は考えたが、次の木が真前に迫ってきた恐怖で頭の中は空白になった。思わず暝った目を開けると、彼の顔の前では、短くなったジョーの髪が風になびいている。

　「キャプテン、頭はしっかりしていますか！ボーッとしていたり、気が遠くなりそうだということありませんか？」

　「大丈夫よ！どうして！」

　「いつもより・・・いつもより何だか運転が雑な気がします！」

　「平気よ！あ、ほら、迎えが来たわ。」

　黒い重装備の飛行艇が前方にとまっている。
　ジョーはエンジンを停止させた。

　「敵だったらどうするつもりです！」

　「平気よ。味方だから。」

　艇から出てきたのはカイエ社の一員でジョー達とかかわりあったこともある青年、ヴォルフガング　グライプルだった。だが、今の彼には以前のような気弱な雰囲気はなかった。いや、殺気すら漂っている。

　「アーサー様、お待ちしておりました。さあ、お早く。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「ご無事でなによりでした。」

　ヴォルフはジョーと操縦を代わり、アーサーのシートのそばに静かに立った。

　「有難う・・・・しかし・・・・よく僕の居所がわかったものだな。」

　「・・・・我が社も必死でアーサー様の居所を探っていたのです。もう心配はありません。」

　「どうしました。」

　ソーンダイクに囁かれ、カイユンは首を右に倒したままシートに寄り掛かった。

　「・・・・・偶然にしたって出来すぎですよ・・・ソーンダイクさんはそう思いませんか。」

　カイユンが疑うものを疑わない奴がこの世にいるだろうか。ヴォルフを以前に一度みているソーンダイクはもちろん大いに疑っている。ヴォルフは少年を装ったジョーしか知らないはずだ。偶然が重なったとしても、説明できないことばかりである。

　「わからないのはキャプテンの行動です。あの男の人と個人的に連絡でも取り合っていたみたいじゃないですか。・・・・・・僕が居ないうちに、いろいろなことが起こったみたいですね。・・・・なんだか遠くにいってしまったみたいだ・・・・」

　パットがソーンダイクの足にまとわりついた。

　「僕たちこれからどうするの？」

　ロッコは一人楽しげだ。シートのスプリングの強さを試すように弾んでいる。

　「ともかく、助けてもらえたんだから万歳しようぜ！」

　ソーンダイクはこの少年のいうことをもっともだと思った。今現在こうやって誰かに捕まらずにいられるのは幸いなことだ。そして席から立つと窓の外を移りいく景色を眺めることにした。樹林帯はいつしか荒野に変わり、街が彼方に見える。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ロマノフの養父、コスモ・アーミー少将モーリス　リッカーマンはクリア・ウォーターのシエラの街にやってきていた。傍には目付きの決してよいとはいえない、顔に傷のある男があたりに気を配りながら歩いている。

　「モーリスの旦那。これからどうする？」

　「さあ・・・・私が役にたつような状況になれば動くがね。ハリス、ここまで軍に見つからないよう連れてきてくれただけで充分だ。君は軍に追われる身。私についていてくれなくとも構わんよ。」

　ハリスと呼ばれた男は舌打ちした。

　「元軍人で、あんたの名を知っている者は手助けをしないわけにはいかないでしょうが。特に俺のようなはみ出し者は。前線で敵前逃亡やらかしたあげく彷徨した俺の部隊が生還できたのは旦那のおかげだ。宇宙船飛ばしをやっていることが役にたつならずっとつきあいますよ。・・・・それより、グリーンヒル星をあけておいて支障はないのかい。」

　「ああ・・・・・確かまだ有給休暇は唸るほど残っていたから・・・・・」

　ハリスは豪快に笑った。

　「いかにも旦那らしい。」

　「何を言う。有給休暇は軍人に認められた数少ないプライベートな権利の一つ。ああ、しかしここは日差しがきついなあ、老人にはこたえる。少し休もう。適当な飲食店でも見つけて世間話に耳を傾けよう。情報収集が戦略の基礎だからね。」

　モーリスとすれ違ったのは赤毛の青年。彼もまた情報収集をしている途中だった。フリードリヒ　アイゼンシュタイン。今回の任務は士官候補生という彼の位からすれば例外的なものだったが、任務は全うするのが務めである。これを最後に現場での活動はなくなるだろうし、彼のような若い軍人に上が多くを求めていないことをフリードリヒは知っていたがしっかりと成果をあげておきたかった。プライドが許さないのである。カイエとナトアを探る・・・・・・表側から取れるデータは集め尽くした。次は・・・・
　彼が小さな路地に入り、聡明な士官向きの頭脳で考えているとき、視界の隅を何かが掠めた。一人の男、非常に強く印象に焼きついている姿だ。フリードリヒは素早くポケットからレーザーガンを抜いた。パラライズ領域につまみを調整し、その男を狙う。と、標的が目にもとまらぬ早さで撃ってきて、フリードリヒのレーザーガンをはね飛ばした。素早くとびのくフリードリヒ。しかし敵は稲妻のような早さで彼を取り押え喉元に銃をつきつけた。

　「お前は・・・・・」

　擦れ声で言うフリードリヒの前には、不敵に微笑む青年がいた。輝くさらさらしたパールイエローの髪、晴れた空の色の青い瞳、以前はコスモ・アーミーの軍服に包まれていた均整のとれた引き締まった体は今はブルーを基調としたスペーススーツに納まっている。　

　アレックス　ギダー。

　軍人として最高の資質を具えたクローン人間。
　そしてジョーをこよなく愛している青年。
　（ついでに言えば究極の美青年。）
　アレックスはフリードリヒに言った。

　「遠目に見ても君の身のこなしは軍人のそれだ。気をつけることだ。」

　「き・・・さ・・ま・・・・・この星に・・・何をしに・・・・？」　

　「いろいろあってね。僕の名は知っているのかな？私はアレックス。正式名称登録記号１２・Ｃ・１３０　クローン実験体δ（デルタ）。名前を忘れないように。君を殺しはしない。安心したまえ。」

　アレックスはフリードリヒの脇腹にパラライザーを押しあてて引き金を引いた。
　崩れ落ちるフリードリヒの瞳のなかで、アレックスがチャーミングに微笑んでいるのが見えた。



　ユーリ　ロマノフ　は、裏通りの安宿の二階で銃の手入れをしていた。日々の行動に雇い主側から制限はつけられなかったが、どこに行くにも交替で監視されているのを彼は知っていた。今も向かいの建物の斜向かいからこちらを窺う視線を感じる。

　”全星集会まであとわずか・・・・”

　彼は仲間達の安全と集会が平穏に終ることを祈った。


　場面かわって街の古倉庫。ジョー達が市街に向かってから一晩が経過した。

　「まだ臭う・・・・」

　洋服の匂いを嗅いでセリナが嫌な顔をした。ラスティーが呆れる。

　「そんなわけないだろう。あれだけしつこく洗ったんだぞ、いくらずっとゴミに埋もれていたといってもな。・・・・ところで、あの人たち、ここにくるんだろうな？」

　倉庫の奥に座って、小さい子供達に字を教えていたソズはずるずると牧師服をひきずってラスティーのそばに寄った。

　「心配かい？街に着けたなら必ずここに来るよ。あの人達ならばきっと無事についているだろうしね。」

　ラスティーは牧師服の裾を引っ張りソズを自分の隣に座らせた。そしてグイと缶ビールをあおった。

　「お前はクールだからな。・・・・・どうしてもあのことを伝えなけりゃならない。」

　「落ち着いていると言ってほしいね。・・・・無駄にアルコールをとるの、感心しないなぁ。」

　セリナがソズを睨む。

　「ビールは街にごろごろしててかっぱらい易いのよ。森の人にはわかんないでしょうけど。」

　ソズは目を細めた。

　「いや、ラスティーは僕よりずっと酒に弱いはずだから・・・・・」

　ラスティーは真っ赤になった。舎弟の前でこういう話はしないで貰いたかった。

　「ソズ、お前なぁ！」

　ラスティーがソズを小突こうとしたときに、ロッコの楽しげな声が倉庫に響いた。

　「おーい！ラスティー兄貴！今帰ったぜぃ！」

　素早く赤ん坊を背負ったヨシアが走り寄る。ロッコの後ろからはジョー、カイユン、ソーンダイクが続く。最後にパトリックがニコニコ顔でロッコとヨシアに手を振って入ってきた。ジョーも白い歯をみせた。

　「ラスティー、ちょっと厄介になるわよ！」

　「アーサーを送り届けて一段落ついたし、向こうに居てもやることないから出てきたんだけど、アケルナルはコスモ・アーミーに取られたから、行き場がない。で、あれからの様子を聞いとく意味でここにやっかいになりにきた。でも、良かったわ。重要な情報が聞けて。」

　セリナは座っている一同に缶ビールを一缶ずつ渡し、自分も座った。
　ソーンダイクは勧められるままぐびぐびビールを飲み、ふ～っと息をついた。カイユンは礼だけ言って缶を向こうに押しやった。

　「・・・・ロマノフが全星集会でカイエ社代表としてのアーサーを狙撃しようとしているわけね。」

　セリナはゴクリと唾を飲み、ソズはトントンと膝を指で打った。ラスティーが座り直す。

　「役に立てたようで嬉しいが、どうするつもりだよ。」

　「・・・・ロマノフとつなぎをつけることは不可能ではないにしても、少し会ったくらいで詳しいことをやりとりはできないわ。当日妨害しようにも、監視がついているでしょうし。アーサー助けてロマノフ殺されたら割に会わないわ。アーサーが倒れなかったら、即、監視者にロマノフ撃ち殺されているに違いない。」

　彼女はビールを一口飲んだ。喉がコクンと鳴った。

　「その人に、外して貰って、アーサーって子に当たったふりをしてもらうのは？」

　セリナが勢い込んで言ったがジョーは目の前で人差し指を振った。

　「アーサーは素人、相手はプロよ。よほどうまくやらない限り本当に当たっているかどうかくらいわからないはずはない。・・・・・会場は青天井で細工するような器械類もない。おまけにあたしたちはあんまり目立った動きができないときている。全員追われている身だから・・・・」

　街の子供達はなにやかやと計画案を出し始めたが、現実性のないものばかりで進展はなかった。一同意気消沈し、言葉少なになってしまったとき、黙っていたソズが口を開いた。

　「そのロマノフさんという人は銃の名手だそうですが、百発百中なんですか？」

　全星集会の会場図を睨んでいたジョーが睨んだまま頷いた。

　「ええ。全宇宙でも屈指のスナイパーだとあたしは思っているわ。」

　「だったらば・・・・」

　ソズは、彼が考えついたことを静かにはっきりと話した。
　彼が話し終ったとき、沈黙が辺りを支配した。
　セリナは呆れ、ラスティーは目をぎょろつかせ、ソーンダイクはハンカチでサングラスを拭いている姿勢のまま凍りついた。カイユンは口を半開きにしたまま息を止めた。ラスティーが叫んだ。

　「馬鹿ソズ！そんな計画、実行できるかよ！第一誰がアーサーの身代わりをやるっていうんだ。」

　ソズは一同を見回した。

　「背格好からして、できるのは・・・・」

　「あたしがやる。」

　ジョーが言った。

　「はんたーい！」

　カイユンが鋭く怒鳴った。

　「危険です、危険すぎます！」

　「あら、だってアーサーの背はあたしとほぼ同じよ。声はマイクに細工をすればどうとでもなるし、歩き方や身振りはこれから研究すればいい。・・・・カイユン、あんた、ロマノフが信頼できないの？」

　「そんな！これは信頼できるできないの問題じゃありません！」

　「・・・・・これだものね。カイユン、あなた、私が言ったとおり、アーサーのそばに残っていりゃよかったのよ！」

　「でも！」

　ソーンダイクもぽつりぽつりではあるが言葉を発する。

　「私はロマノフを信頼していますが、危険は危険です。」

　ジョーは眩しそうに二人の仲間を見た。

　「ありがとう・・・・・心配してくれるのね。・・・・・・カイユンは本当に優しい人ね。ソーンダイクも・・・・・私、二人とも大好き・・・・心の底から・・・・」

　カイユンはプルプルと首を振った。

　「変だ！やっぱりキャプテン変だ！さっきまで、僕はやっぱりキャプテンはキャプテンだと思っていたけれど今また変になってしまった！いつものキャプテンなら今の時点でそんなに優しいこと言うはずないですよ！体調が不完全なのに危ないことしては駄目です！お願いですからしばらくおとなしくしていて下さい！」

　ジョーは困惑した表情をしていた。

　「私、いつもならどう言う？」

　カイユンは前にのめった。

　「えっ？・・・・・・”危ない方が面白いってもんよ。つべこべ言わずにあたしに任せておきな。”くらいは言いますよ。僕らがくちごたえしたら五回いや、四回に一回位は張り倒されてます。」

　ソーンダイクがゆっくりと肯定の印に頷く。

　「なのに！キャプテン、あまりにも優しすぎます。記憶障害があるのかもしれません。安静にしていて下さい。」

　ジョーは自分の右手を見、ついで左手を見た。そして怒鳴った。

　「私は正常よ！つべこべ言わずに任せておきなさい。」

　そして左手でカイユンの横っつらをはりとばした。カイユンはソーンダイクにぶち当たり、二人はそのまま倉庫の壁までふっとんだ。
　ジョーがあわててかけ寄る。

　「大丈夫？」

　「な・・・・慣れているから大丈夫ですよ！でも・・・でも、せめて右手でやって欲しかったです。」

　ジョーの頭ががくんと前に揺れた。ついでこめかみを押え気分が悪そうに眉間に皺をよせてしゃがんだ。今度はカイユンたちが気遣う番だ。ソズは腰にぶらさげた大きな革かばんから毒消しを出そうとし、ロッコは部屋の隅から気付け用のとっておきのブランデーをつかんで来た。他の少年達も彼女を取り囲む。
　しばらくしてから、彼女は誰の助けも借りず自分から立ち上がった。額に人差し指をあて、神経を集中させようとしている。

　「・・・・・平気。いまのでふわっとしていた感じは完全に消えたわ。もう絶対にくらくらしたり妙なことを言ったりしないって断言できる。・・・・あたしも危ないことをただやみくもにする気は毛頭ないわ。とにかくロマノフにコンタクト取らない限り計画のたてようがない。ラスティーにも協力して貰えると有り難いわ。あんたたちに危害が及ぶようなことはしない。約束するわ。」

　ロッコが”なんだ、気付けはいらないんだな。”と呟いてブランデーをグビリと飲んだ。ラスティーがビンを取り上げてロッコをぶん殴る。

　「こいつの命を助けてもらった手前、協力は惜しまないぜ。ロマノフって人の今の状況やナトアの手下の動きもけっこうさぐってあるしな。で、何をやるんだ？」

　「ま、スリに類したことよ。誰が一番の腕利き？」

　ラスティーが顔をしかめた。そして迷うことはなく一人の少年を指差した。その先ではソズが優しく微笑んでいた。街の少年達が”まさか”というように目を見張る。ラスティーは溜息をついた。
　ソズ、ラスティーの肩を叩く。

　「スリは独学でしたしもう足を洗っていますが、神様と一緒にいると・・・・」

　悪戯っぽい笑い。

　「みんな必要以上に警戒を緩めてくれるもんですから。でも僕は一割だけ抜いて、あとは必ず返して歩いていましたよ。・・・・・」

　「とにかく。」

　ジョーがソズを制止する。

　「ソズにやってもらいたいことがあるわ。今から詳しい話をするからしっかり聞くのよ。これが成功したらカイエ社にも協力を要請しにいかなくちゃならない。忙しくなるわ。・・・・・・それとカイユン・・・・・・」

　尚もジョーの脈をとっていたカイユンははっとした。

　「心遣いは有り難い。でも・・・・・カイユンこそ気をしっかりもってよ。・・・・・あのね、義手の方の腕で脈をはかってもあまり意味ないと思う・・・・・・・」

　カイユンは紅くなって腕を放した。

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　ジョー達が市街に出てきいったとき、二人ののコスモ・アーミー兵士とすれ違った。妙なのはジョー達とは別の人間を捜している様子が見られたことだ。まあ、誰か別の犯罪人でもいてくれれば目がこちらに集中されなくて好都合ではある。

　「・・・・・ロマノフって人、いつも丁度一時に下側にある宿を出て、道を隔てた向こうにある店に昼飯を食いにでる。おそらく、連絡をとるならここでやってくれってご本人も思っているんだろ。コスモ・アーミー対策だろうけど、帽子を目深にかぶっているぜ。」

　ジョーとラスティーが居るのは下の通りを見下ろすことができる幅の広い歩道橋のような歩行者用通路。開拓星とはいえ、この通りは立体交差になっており、上は東西、下は南北に走る。新しくできた上通路が明るい商店街、下が怪しげな人々の屯する場となっている。
　直接計画にかかわる少年達は下の路地で待機中のはずだ。ソズだけが牧師服姿で”神様の御国をこの世界に築くために”という木版刷り小冊子を片手に、穏やかな声で布教活動を続けている。平和的でない連中がからんで来るが、ソズは動じない。やはりこの少年、只者ではない。
　そうこうしているうちに、ロマノフのがっしりした姿が下の通りに現われた。セリナがゴクンと唾を飲込み先程から狙いをつけていたちょび髭の丸々太った男に向かって小走りに近付き、どんとぶつかった。

　「おじさん、ごめんなさい！」

　すかさず男の懐から財布を失敬する。その動作はいささか緩慢だった。いくら体形が丸くても筋金入りの開拓者、男は財布がすられたことに気付いた。全力疾走で走り去っていくセリナを追う。

　「誰か！誰か！そのガキを捕まえてくれ！そいつはスリだ！」

　ロマノフは走ってくるセリナを見た。そして彼女に横合いから合流して走ってくる小さな男の子の姿を見た。髪を隠すように茶色の薄汚れた布をターバンのように巻いているがちらりと見えた金髪と青い瞳のパトリックを見違えるはずはなかった。

　「ひっ捕まえてくれ！礼はするぞ！」

　男の最後の言葉を聞いて、何人かの男がセリナとパトリックを捕らえにかかった。ソズは左腕に教典を抱き右腕を広げロマノフと走ってくるセリナの間に立ちはだかった。

　「どいたどいた！まだ子供のくせに大人の味方をするんじゃないわよぉ！」

　セリナは乱暴にソズに体当たりした。ソズはもんどりうってロマノフにもたれかかった。それにつまづいて追ってきた男たちは折り重なって倒れた。彼らは悪態をついて立ち上がり、服の汚れを払った。ソズも立ち、ロマノフに手を貸してから自分の胸に手を当てて神に祈りを捧げた。ロマノフはさり気なく視線を移し、パトリックの行方を見定めようとしたが、もはや通りからその姿は消えていた。
　ロマノフの監視をしていた男たちは、ロマノフに倒れかかった男とソズのあとをしばらく尾行していたがどうやら疑うのを止めたようだ。
　ジョーとラスティーは町はずれの倉庫に戻り、帰ってきたセリナたちを労った。ソズは帰ってこなかった。念には念を入れ、合流を避けたのだ。

　「さあ、次の行動開始よ。」

　短く切った髪を、アーサーと同じ黒い色に染めたジョーが明るく言った。

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　宿に戻ったロマノフは、悩んでいた。一体パトリックはどのようなことを伝えに現れたのか。
　上着のポケットにメモがねじこまれた様子はない。第一パトリックはロマノフに手を触れていない。それでも彼は、手持ちの品物を調べ続けた。

　何も出ない。　当惑した彼は、一度机の上に出した小銭を財布の中に戻し始めた。
　と、なにやら指先に他のコインと違った感触を感じた。そのコインはこの星系で広く使用されている銅貨で、裏には太古の神話の水の女神の横顔が浮き彫りにされているのであるが、何か鋭いもので傷がつけられている。女神の横顔を見たロマノフは思わず吹き出した。女神の顔にはサングラスが彫り込まれおり、ソーンダイクにそっくりだったからである。よく見ると、コインの側面であるぎざぎざのついた部分をぐるりと一周する傷がある。爪でこじ開けるとコインは薄い円盤状の二つの部分にパックリ割れ、その間から薄い小さな紙片が現れた。
　紙片を読みおわったロマノフは顔を曇らせた。

　”全く・・・・・無茶をする娘だ・・・・”

　そして狙撃に使う銃をケースから取出し、整備点検にかかった。

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