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隣からカイユンが顔を出し、既に飛び出していたロマノフがソーンダイクを呼ぶ。するとつきあたりの部屋の前でフェリナが大きく手を振り回していた。 「早く！お姉さんたち！こっち！」 ジョーが素早くパトリックを抱えて五人がその部屋に入るとフェリナはきっちり扉を閉めた。物置になっているその部屋のカーペットを引き剥がし、地下へと続く上げ蓋をひっぱり上げる。フェリナの片足にぐるりと巻かれたベルトには、小型のライトが固定されている。蓋から下に飛び降りたフェリナはすぐにライトのスイッチを入れた。 「・・・・フェリナ、一体何が？」 もうジョーは夢にうなされていた少女ではなく、きりっとした瞳、リーダーの顔に戻っていた。暗く狭い地下道を歩きながら先頭を進む少女に声をかける。 「・・・・いきなりごめんなさい。あのサイレンは、ドルガ正規軍がやってきた印なの。危ないことになるかどうかはわかんないけど、あなた達は見つかったらいいことないでしょ。あたし、昨日もしかのときにはあなた達を護るって母さんに宣言したの。母さんも賛成してくれたわ。だからあたしたちがここにいることはスラバタやレイモンドにはわからないはずよ。・・・・お姐さんたちにも言ってない。この通路はあたしが子供のころから往き来してたとこ。一度ここに潜ったら地上部の連中はなかなか手出しできないからね。」 「スラバタやレイモンドは君達の仲間だと思ったが・・・・」 最後尾からのロマノフの問い掛けに、フェリナは口を尖らせた。 「・・・・あたしはあの二人のこと信用してないんだ。変な話だよね。何回も会ってるあの人たちより初対面のあなた達の方を信頼するなんて。」 しばらくしてフェリナは立ち止まった。耳を澄ませ、壁面の古い配線に小さな機械を接続しなにやら操作したのちふっと息をついた。 「つけられてる気配はないわね。しばらく休も。そのあと、お姉さん達が行きたいところにつれてってあげる。物資が足りなきゃ店にも寄れるよ。」 さっさと腰をおろしたフェリナを囲んでしゃがむとジョーは尋問するときのような目でフェリナを睨んだ。 「・・・・一応あなたを信頼してついてきたけど、やはり納得できない。あたしたちは他人だし、あたしたちを助けてもあなたにはなんの得にもならない。」 フェリナはニッと笑った。 「納得できなくって当然だよ。ん〜、あたしもうまく説明できないもん。やっぱり両親の血のせいかな。」 「？」 「・・・・あたしの父さんはさ、誰かに追われて母さんの店に飛び込んできた人だったの。結局素性や本名はわからないんだけど、母さん曰く、双方一目惚れだったんだって。父さんは、一週間ほどお店にいて、そのあと出ていって行方不明。でも、母さんにとっては父さんがただ一人の人だっていうし、あたしにとっても父さんはその人ただ一人。一目惚れって馬鹿がやることだと思ってたけど、あたしも結局はあなたたちに一目惚れしちゃったってことだよね。こんな町で暮らしているとさぁ、自分のフィーリングに合う人と巡り合える機会ってなかなかないの。だから、あなた達に出会ったとき、なにかあったら付いていこうって思ってた。ひとまず今は足手纏いではないからいいよね？ね？そばに置いておいて損はさせないよ。」 と、だ〜っとまくしたてられ、ジョーは苦笑した。この子はミリムと同じ瞳をしている。 「わかった。・・・・ただね、あたしたちは何かから逃げているわけじゃなくて、ここで何が起ころうとしているか確かめたいと思っているのよ。マリオって奴は自分から何かしようとしてる。あたしたちはそいつの手助けはするけど、あとは自分達の好きなようにやる。危険にとびこんでいくときもあるだろうし、フェリナ、あなたにとって不利なことも平気でやるかもしれないわ。それでもよければ一緒にいるといい。」 「わあっ、ありがと！じゃ、ひとまずは仲間ってことで！」 フェリナは近くにいたソーンダイクの腕をぎゅっと握ってぶんぶん振った。 簡単に朝食をとるとフェリナは立ち上がって埃をはらうようにパンパンと膝の辺りを叩いた。 「さてと、まずどこに行く？」 「・・・・勝手に単独行動とってる馬鹿の後を追うことにするわ。」 「・・・・って彼、黙って出てったんでしょ？どうやって追うの？」 ジョーはバックパックから一つのボードを取り出した。光点がみえる。 「気休めだけど、ムシ（発信機）つけておいたわ。どうやら生きてるようね。」 「へえ・・・・さすが。でもそれってお姉さんはあのお兄さん信用してなかったってこと？」 「ま、そんなとこかな。ただ、その前に爆発物の材料扱ってる店に案内して。かなり特殊な材料まで揃う所がいいわね。」 「ＯＫ」 フェリナは少し考えて、それからあちこち小さな狭い通路を通って（その中には這いつくばらないと通れないものや垂直に移動するものもあった）移動した。ソーンダイクが律儀にマッピングしつつ、やがて暗い通路の奥の小さな店にやってきた。 「・・・・ここのオヤジ、あたしは苦手だからあとは任せるわ。」 フェリナが脇に退くと、ジョーが愛想よく店主に声をかける。頭に配線をつけ、電脳化済みの人間に特有の危険な雰囲気を漂わせた男は胡散臭そうにジョーを見つめた。 「エネルギーカセットが欲しいの。Γ３のテリファにκ４５０をダース単位で。払いはこのマイクロチップで。」 店主がニヤリと笑った。会話でジョーを客として認めたのだ。 「・・・・・まあまあだな。」 一つだけ放ってよこしたチップを眺めて傍らのチップ解析装置にかけると、まだ若い外見とは不似合いな嗄れ声で呟く。 「これ３個で１ダースだな。」 ジョーはくすくす笑った。 「・・・・大きく出たわね。そっちが情報つけてくれればその条件で買うわ。駄目なら買わない。間違った情報を教えたなら報復しにくるから。」 「・・・・ふん。何の情報だ。」 チップをあと１つ投げる。 「ここに見た目はそれなりにいけるけど目付きの悪い黒髪の若い男が来て、爆薬材料買い漁っていったはずだけど、何を買ったか教えて欲しいの。」 店主は背後に立つロマノフを見ながら手元のパソコンを操作しリストを放ってよこした。チップをまた放る。 「・・・・ビルの壊し屋でも始めようってのかな・・・・・」 「さあな。」 店主はこんどは商品の箱を投げた。 「じゃ、ね。」 再び暗い通路に戻る。 ジョーはロマノフに並んだ。 「何しようとしてると思う？・・・・あいつドルガを救う方法を知ってるっていってたけど・・・・どうやって救う気だろ？『壊す』の間違いじゃないかしら。」 「・・・・彼はどうやらここより上層に、さらに首都の方向に向かっているらしいね。」 「・・・・一人で突っ走るのはいつものことだけど、今回ヤケにシリアスだから心配だな。・・・フェリナ、食料と武器、調達するわよ。お願い。」 その日一日は動き回って費やした。マリオの光点はさほど動いていない。夕食に相当する携帯食を齧るとフェリナが”ここなら大丈夫”と太鼓判を押したどん詰まりになった通路の壁にもたれて休んだ。こんなに地上に上がっていないと自然愛好家でなくとも木の一本も見たくなってくる。と、フェリナに声をかけられた。 「ね、ちょっと右にいったとこに浅い穴があるよ。そこの方が寝やすいよ。」 ひっぱられていくと、そこにはロマノフとカイユンが座っていた。 と、ジョーは背中を押されて無理遣り押し込まれてしまった。勢い余ってカイユンにつまずき転倒する。 「・・・・なんだろ？」 あとからパトリックも押し込まれてきた。ジョーはカイユンと隣り合って並び、首をのばしてフェリナの様子を見た。そこでは彼女が真剣な表情でソーンダイクに迫っていた。 「ね、ね、ソーンダイクさん。あたし、話があるんだ。ちょっとでいい。しばらく聞いてよね。」 「・・・・？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ジョーがため息をついた。 「悩みの相談・・・・かなぁ・・・・ソーンダイクはそりゃあ聞き上手だけど、裏を返せばアドバイスする言葉を探すのが極度に下手ってことだから果たして会話になるのかしら。」 カイユンが頷く。 「普通は女の子同士で話すもんじゃないのかなあ。」 まじまじとジョーを見たカイユンの頭をバコンと叩く。 「どうせあたしは怖いわよ。・・・・ロマノフは穏やかだけど毅然として話しにくいところあるし、一番無害に見えるのはいまいち頼りなさそうだし・・・・」 ロマノフが微笑み、カイユンがずるっとこけた。 しばらくするとフェリナが戻ってきてジョーの横にごろっと横になった。 「話は済んだの？」 「・・・・うん。話も済んだし、気も済んだ。疲れちゃったからもう寝るね。」 と、次の瞬間にはフェリナはくうっと寝こけていた。あとからのっそりと帰ってきたソーンダイクはポリポリと頭を掻いていたが、何も言わずにこれまたすぐに寝てしまった。 ジョーは携帯用の光源の光量を一段落とし、くしゃっとフェリナの髪をかき回すとパトリックを守るような位置に身を横たえた。 また夢だ。 ジョーは夢をみながらそう思った。 それも酷い夢だ。いや、これは夢というより過去そのものだ。 男達に乱暴され、でも、家には帰りたくなかった。レオに拾われ、宇宙生活者としての技術を身につけていたけど・・・・ レオにはとめられていたのにあたしは自分から自分の躰を売った。 今までの自分が嫌でたまらなかったから、自分でないものになるために進んで男に身をまかせて金を得た。初めは泣きじゃくったし、怖かったし・・・・でも・・・・慣れた。そんなことがあるわけないと思いながらもいつのまにか平然と男に身を任せている自分がいた。 金のため、いいや、初めに私から少女を奪った男達に、そんなことはなんでもなかったと言うために・・・・・露出度の高い服も着た。男が望むなら普通の神経を持ち合わせている者ならしない行為もした。場末の酒場で踊ったこともある。ただ脱げばいいというわけではない。じらしてじらして、見えそうで見えない、一枚一枚脱いでいくのがコツだった。いつごろだろうか。視線を感じて恥ずかしさで体中が赤くなっていたのが、なんともなくなったのは・・・・ 自分の中から生まれて来ようとする命を断った。 あれは十八くらいのときだっただろうか。 あたしはレオに殴られた。 レオはそんなことをするな、などとはいわず、ただ、私を力いっぱいに殴った。私はレオのいいたいことはよく知っていた。そしてレオを悲しませたくはなかった。だから、それからは仕事に必要ないときにはそんなことをしなくなった。 今は過去のすべてのことが吐き気がするほど厭わしい。 私は汚れきっている・・・・ 耐えきれなくなってジョーは目を開けた。妙な夢のせいで涙がぽろぽろと流れている。 ごしごしと手の甲で目をこすり、あたりを見回すと目の前に寝ていたはずのフェリナがいなかった。 「？」 ごそごそと起きだして人の気配がするほうにいってみると、垂直に延びた排気塔の上から微かな物音が聞こえた。申し訳程度に付いている小さな鉄梯子を昇っていくと排気塔はぐっと狭くなる。 頭上から音が聞こえる。フェリナがいることに間違いはない。 鉄梯子が終わり排気塔のてっぺんから顔をぐっと出すと、フェリナが足を投げ出して目を閉じているのが見えた。彼女が寄り掛かっているものは・・・・ 「へえ！木があるのね！」 それはまぎれもなく一本の木だった。幹は半分枯れたようになっており、不健康な灰色の枝からは申し訳程度に緑の葉が出ている程度だったが、木は都市の廃棄堆積物の吹き溜まりに根付いて生きていた。木のまわりには柔らかな葉をもった緑の葉の雑草が一面に生えている。今はつぼんでいるが小さな黄色の花をつけた草がぽつりぽつりとそこここにある・・・・ フェリナはびっくりして起き上がった。 「見つかっちゃったんだ。さすが仕事屋。」 「・・・・よくも迷わずここらへんを往き来できると思ったら・・・・ここがフェリナのお気にいりの場所ってわけなんだ。そうでしょ？」 フェリナは両手ででぐいとジョーを引き上げると頷いた。 「まだほんの子供の頃にこの木を見付けて・・・・あたしたちの町にも木はあるけど、それは人間に管理されて生えている木でしょ。ここにある木は野性のものっていうのは変かもしれないけど、本当の木だと思えてね・・・・家からは遠いけど、よくここに来てたの。・・・・ここってさ。一日の内、ほんの少しの時間だけ、本物の太陽光が入ってくるんだ。そしてね、申し訳程度だけど湿り気もあるんだ。だから木も育ったんだと思う。雑草の種を運んで播いたらちゃんと芽が出たし・・・・こんなひねこびた木だけど、ちょっと羨ましくてさ。」 「羨ましい？」 「・・・・あたしたちはモグラみたいに地下の街で暮らしているでしょう？半ばそれが当たり前になってたけど、この木みてると、“あたしは太陽が好きだ！だからこんな場所でも立派に生きてやるぞ！”っていってるみたいでさ。こんなふうに生きられたらいいなぁって・・・・いつか本物の空を見てやるんだ・・・この街を出て本物の山や本物の海を見にいくんだって・・・・・この木を見ながら決心したんだ。この木に会うのもこれが最後だから、報告しに上がってきたの。」 「それって・・・・フェリナ、あなた、もう帰らないつもりなの？」 フェリナは荒い木肌を撫でながらこくりと頷いた。こちらを向いた瞳が真剣な色を帯びていた。 「・・・・親にさよならも言わずに出てきたでしょう？いいの？」 「・・・・いいんだ。出ていくときはきっとこんな風かなって思ってた。さよならなんかしてたら、きっとあたしは出ていく勇気が萎えちゃうよ。」 「・・・・あんたはともかくあんたのお母さんは泣くんじゃないかな。」 「・・・・泣かないよ。怒るかもしれないけど・・・・でもわかってくれてるよ。今、行かなけりゃ一生行けなくなるかもしれないってこと、母さんが一番よくわかっているよ。」 フェリナはジョーの横にぴったりと並んで座った。 「あたしはさ・・・・母さん達に、“希望の星”って言われてたんだ。」 「希望の星？」 少女は恥ずかしそうに頷いた。 「あたしはお店のお姐さん達にも育てられたの。母さんがたくさんいるみたいだった。みんな優しくて、親切で・・・・。小さい頃は自分の家がどういう家なのか全然わからなかった。少し大きくなって実態がわかってもの凄く反発して・・・・それからもう少し大きくなったら、お姐さん達と同じ仕事をしないで飯だけバカスカ食べてる自分が厭になって・・・・あるとき・・・・そのときはどうかしてたんだけど、自分で客とろうとしちゃってさ・・・・・そしたらお姐さん達に囲まれて、ピシャッて平手で打たれたんだ。痛かったな。・・・・”あんたはあたしたちと違って、たまたまここに生まれたんだ。そして、あたしたちと違って好き合った両親のもとに生まれたんだっ”て・・・・・だから、あたしは汚れちゃいけないんだって・・・・。お姐さん達が見られない本物の海や山を見て、お姐さん達が行くことのできない宇宙にいかなきゃいけないんだよって・・・・そのことを母さんに話したら、母さんは静かに笑ってた。そして、本当に宇宙に行きたいのなら、がんばりなさい。だけれど待っているだけじゃどこにだって行けないよって言われた。・・・・だからあたしは情報屋としての技術を身につけた・・・・ただね。わかってたのはあたしみたいな半人前が一人じゃ行けないってこと。だからって手近にある裏の世界に入る気は皆目なかったしね。なかなか一緒に行ってくれる人って見つからなかった。あの街って・・・・・ま、あの環境じゃ仕方ないともいえるけどヘンな奴ばかりでさ。本当は母さんにとっての父さんみたいな人が現われないかな〜なんて待ってたんだけど、あはは・・・・待ってるだけじゃどこへだっていけないって母さんの言葉を実証しちゃった。ねえ、ジョー。結局あたしは自分が宇宙に行きたいばっかしにあなたたちを利用してるんだ。でも・・・・あたしにとってはあなたたちが最初で最後の人って気がする。本当はこれから先ずっと仲間にして欲しかったんだけど、さっきソーンダイクさんと話して、この人がいたらあたしの技術はそんなに必要ないんだってわかっちゃった。あたしの情報収拾技術はこの星でしか威力を発揮しないんだもんね。・・・・だから・・・・この仕事が終わるまでひとまず協力させて！この星の地下通路のことなら“破壊と再生”よりも知ってることがいくらでもあるわ！そのあとはあたし一人でやってみるから。一人で宇宙に行ってみせるから！」 そうか。それでさっきはあんなに真剣にソーンダイクと話をしていたのか。 拳をぎゅっと握り締めて真正面からジョーを見つめるフェリナにジョーは過去の自分を重ね合わせていた。昔の自分に比べればこの少女はまっすぐで強い。そしてしっかりとした技術を身につけている。 「・・・・お姫さまの頼みじゃ聞かないわけには行かないわね。」 「お姫さま？あたし、お姫さま・・・・って柄じゃないと思うけどなぁ。」 ジョーはフェリナの肩を抱いた。 「お店のお姐さん達にとってはフェリナはお姫さまなのよ。・・・・あたしにはわかる。心のどこかにしまってある、明るくて、汚れていない、とっておきの少女。それが“希望の星”って奴。そういう意味では、フェリナがいったようにすべてのお姐さんが母さんってわけよ。自分がなりたかった自分。自分が生んでお姫さまのように育てるはずだった子供、それがあんたってこと。・・・・だから誰からも愛されたのよ。だから客を取ろうとしたときひっぱたかれたのよ。」 「・・・・そんなものかなぁ。」 フェリナは空を見上げた。暗い空には辛うじて一つの星が認められた。 「・・・・私・・・・もしか宇宙に行けなくてもせめて大きな空が見たいなあ。」 「え？」 感傷的なつぶやきを聞かれて恥ずかしかったのかフェリナは急いで話題を変えた。 「ところでさ、ジョーって誰とできてるの？」 後頭部をひっぱたいてやる。 「大人をからかうもんじゃないわ。あたしらはチーム。大切な仲間だけど、フェリナが喜ぶような話は皆無よ。」 「へえっ！みんな朴念仁なんだ。その道のプロとして言わせて貰えば、うちのお姐さんの誰より綺麗ないい躰してるのに。どんな男でもメロメロにできちゃうよ。」 「あ、・・・・あんたねえ・・・・そういう露骨な表現やめなさいよ！・・・・・聞いてる方が恥ずかしい。」 「あはは、赤くなってるジョーってすっごく可愛い！・・・・あたしなんかよりあなたの方がずっとお姫さまには相応しいや。・・・・ほんとだよ？お世辞じゃなくそう思うよ。・・・・有難う。一緒にいられる間、頑張るから。足手纏いになったら置いていっていいからね。」 「・・・・うん。足手纏いになりそうなくらい危険な場所には連れていかないつもりよ。」 フェリナは立ち上がると木の幹に軽くキスして、排気塔から降りていこうとした。 「・・・・もうお別れはいいの？」 「十分したから。ジョーは？」 「しばらくここにいる。フェリナじゃないけどここはいい場所だから。」 “そう。”と小さくいってフェリナは梯子を下り始めた。 ジョーはフェリナがしていたように木にもたれかかった。 この木は幸せものだ。発達不良のみすぼらしい木だが、この階層都市の谷底に生えていることで一人の少女に夢を与えてくれた。人工光源に照らし出された公園に生える、美しい緑の木より大きな役目を果たしているのだ。・・・・フェリナはここを去ったが、またいつかここに木があるかぎり、訪れる者もあるかもしれない。彼女は上着を枝に投げ掛けて目を閉じた。ここは心地よい。眠ってしまってもフェリナが起こしに来てくれるだろう。 「キャプテーン！」 悲鳴にびっくりして起き上がると下から上がってきたカイユンがあろうことか排気塔の天辺にいた。何故かザックを背負って登ってきているせいで、頭と右手の先はは出ているが肩がすっぽりはまってしまっている。あわてて飛び起きたが、その情けない状況に思わず笑ってしまった。 「・・・・これはやはり頭を押し込んで下に・・・」 助走をつけて蹴りを入れる姿勢をとる。 「うげ。勢いつけて蹴られたら思いっきり落下してしまいます！」 「あはは、冗談冗談。右手をできるだけ伸ばして！」 そういって、ジョーは左手で彼の右手首を握ってきゅっと引き上げた。すぽんと抜けてカイユンは宙を舞っている状態になりそのまま顔から落下した。 「あれ・・・・木だ・・・・」 谷間の堆積物を顔につけたまま膝立ちで起き上がって木を見上げる。 「うん。フェリナを追ってきたらここに来て・・・・・・カイユンはどうしたの？」 「どうした・・・・って！キャプテン追ってきたんですよ！・・・・その・・・・目がさめたらいなかったから！なんか、なんか思いつめてるんじゃないかな、って。こういうこと、ロマノフさんやソーンダイクさんには話していいものやらよくわからないし。・・・・・・大丈夫なんですか!?」 「・・・・子供じゃあるまいし。」 カイユンは口に入った堆積物を吐き出し、顔から落葉を払い落とすと口を尖らせた。 「・・・・昔のこと思い出してくらくらしていた人なんですから心配するのがあたりまえでしょ？なんで一人でここにいるんですか！」 「・・・・別にどうってことないけど・・・・ここは下より気持ちいいから、ここで寝ようかな・・・・って。」 カイユンは改めて目を糸のように細くして、木と、下ばえとを眺めた。暗い金属の壁の中を歩いてきた目には、この風景がジョーと同じく魔法のように見えたのだった。 「・・・・空は前に見たときよりも大きめだけど、星は一つしか見えないのよね。」 疎らな葉をつけた梢を通して空を見上げたカイユンは笑った。 「もう少ししたらこの間の星が見えてきますよ。その外にもたぶん五つくらいは。」 「・・・じゃ、起きてようかな。」 「いいですけど、見えたら寝て下さいよぉ。」 再び木のねかたに腰を下ろしたジョーが笑った。 「すぐ寝ろとはいわないんだ？」 「・・・・ちょっと夜更かししても、悪い夢見ずに眠れた方がいいでしょ？お茶、持って来ました。少し体があったまったらきっとよく眠れますよ。」 ザックからお茶のセットを出すカイユンを見てジョーは微笑んだ。 「・・・・そうね・・・・」 ジョーは小さく首をふると、上を向いて星が現われるのをゆっくりと待つことにした。 |
| もうジョーの悪夢はこれで一応終わりだと思います。彼女がそれにどのように決着をつけるのかは別として。爆破屋が別行動をとっていますが、彼もまた、自分の過去に決着をつけにいこうとしています。彼の過去については次回にお話することにします。（そして多分石を投げられます） |