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| 休息ののち、再び移動を始めた一行はフェリナに従ってマリオの発信機へむかっての最短コースを辿っていた。ときおり通り掛かる、地上からの明かり取り用ファイバーが生きている区画以外は真の暗闇だ。細身のフェリナは動物のように音も立てずに時折壁面の交信線に計器を押しあてながら迷わず進む。出発から五時間程たってほの明るい場所に出たところでフェリナは休憩を取ることを宣言した。各自樹脂製の床に座り込んで携帯食を取り出す。水を欲しがるパトリックにカイユンはお茶を沸かしだしている。 先程までフェリナを手伝っていたソーンダイクは胡坐をかいて座っているジョーの背後からなにやら耳打ちした。 「え？何？」 ソーンダイクは自分で尋ねておきながら、それに答えなかったが代わってロマノフが柔らかな低い声で囁いた。 「・・・・どこか変だね。」 ロマノフはカイユンを目で示した。 「指が少し震えている。」 ジョーは”そうかしら”といってごまかした。みんなに報せてもどうなるものではないですからとカイユンに口止めされて、彼の体のことはまだ誰にも話していなかったのだ。ジョー自身が彼の指の震えに気付いたのは昨晩星を見ていたときだった。五つ目の星が視野に入って、”ほら、五つ目！”と指差すと、彼はふるふると震えている手を愕然として見つめているところだったのだ。その場は簡単なマッサージをして収めたが、震えは完全に止まってはいなかった。ビルダーの言っていた発作と手の震えに関係があるのだとするとこれは重大なことだろう。ただ、カイユン自身は断固として心配しないでくれと言い張った。 ソーンダイクは思案しているジョーを見つめていたが、小声で言った。 「・・・・ジョー・・・・・・・・・・何を考えこんでいますか？」 「ん・・・・ちょっとね・・・・」 と、ジョーの背後から、フェリナの緊張した声が聞こえてきた。 「・・・・こんなときになんだけど、救難信号を拾っちゃったよ。」 さっとフェリナの周囲に集まる。 「発信源について何かわかる。」 「・・・・場所ははっきりしてるけど、身元は不明・・・・でも変だな。」 「何が？」 フェリナは通信を聞きながら神経質そうに髪をかきあげた。 「こんなところをうろついてる人間、そうそういないわ。来るとしたら“破壊と再生”くらいだけど、あいつらの暗号ではなく連邦の汎用コードなのよ。コスモ・アーミーだったら軍の暗号を使うだろうし・・・・誰かが何かから逃げているうちに細道に迷いこんだか、それともあたしたちをおびき寄せるためなのか・・・・」 ジョーは腕を組んで少し考えていたが、そこへいくことを宣言した。今のところ、自分たちが追われる大きな理由はない。コスモ・アーミーに捕まったらまずいが罠だとしたら、何か他のものをおびきよせようとしているに相違ない。そしてなんにせよ、この星の動きは掴んでおきたい。 「フェリナ、案内してくれる？・・・・あなたに危険が及ばないような範囲で迫ってくれればいいから。」 「・・・・あたしを疑わないの？偽りを言ってあなたたちを危険な所に誘導しているかもしれないわ。」 ジョーは笑った。 「あなたが例え嘘をついていてもそうやすやす策略にはまったりはしないわ。・・・・それにあなたが嘘を言っているとは思わない。」 ソーンダイクはこっくり頷いた。カイユンもこくこくと頷いている。 「・・・・わかった。標的に近付いたら合図するからね。そうしたら私のあとからロマノフさんだけくっついてきて。たぶんロマノフさんがいちばんこういうの慣れているんだと思う。・・・・そのあと二十メートルほど離れてあとの人たちお願い。」 慌ただしく軽食をとり、発信源へと急ぐ。 一時間弱でフェリナの足が止まった。彼女たちは二人で足音を立てずに突っ込んでいく。 静寂の中、男のうめき声があがった。ロマノフの声ではない。 「来てくれ。危険はない。」 ロマノフのしっかりした声が呼んだ。 光源の光を強くすると、狭い通路に一人の男が倒れていた。額の辺りが赤く染まり、上着の左肩にも黒い染みができている。カイユンが素早く救急処置をする。レーザーと通常弾丸の両方に撃たれ、失血状態と判断され、薬液が点滴される。打撲傷も酷い。男は苦痛で呻きながらも、ジョーたちを見定めるように灰青の瞳を一人一人の上に止め、小さなパトリックの姿を認めると、とたんにふうっと息をついた。 ジョーはフェリナになにやら耳打ちした。フェリナは頷いた。 「モグラの食物倉庫からミミズが逃げたという話があったんだけど・・・・」 彼女が知る、数少ない“破壊と再生”の符丁だ。男は一瞬息を飲んだがすぐに息をついた。 「・・・・あんたたちが追っ手の訳はないな。奴らの目的はオレを殺すことだからな・・・・」 ジョーが話を引き取る。 「・・・・あたしたちはこの星とは関係のない仕事屋。ただ、なにが起こっているかは知りたいわ。・・・・追っ手は”破壊と再生”なの？」 「・・・・オレは”破壊と再生”で、追っ手も”破壊と再生”だ。」 「・・・・わからないわね。あなたが裏切ったということ？苦しそうなところ済まないけど説明して欲しいわね。こっちもちょっとは”破壊と再生”の人間と関わったことがあるの。説明してくれれば手当てを続けてあげるわ。」 にこっと笑って、包帯を巻きかけていたカイユンの手をぐいっとつかんでやめさせる。 ここいらがジョーの怖いところである。 カイユンが睨むが気にしない。 「・・・・わかった。オレもここで死にたくはない。追っ手が嗅ぎ付ける危険も冒して発信したのだからな。・・・・オレの仕切っていた支部は壊滅した・・・・末端組織のどれだけが本来の目的に従っていたのか、誰を信じたらよいのかはわからん。・・・・ただ、上層部が真に望んでいたのは、地下区域の掌握だった。そして奴らは政府と手を組んでいる。・・・・それに気付いて反抗した幹部は抹殺され、その支部は政府によって潰されていった。オレは以前から不審に思い探っていたが、上層部の真意を掴み、同志にそれを報せようとしていた矢先にこの有様だ。・・・・それなりにオレは顔が効くのでな・・・・」 「・・・・ふ〜ん。・・・・因みに、あたしらはスラバタっていうのとレイモンドっというのと面識ありよ。」 「・・・・レイモンドがオレの敵だ。スラバタはオレが会いたい奴の一人だ。」 「そうなの・・・・」 感情を込めないでジョーは言ったが。自分がレイモンドに感じていた疑惑を思い出してスラバタの無事を願わないではいられなかった。 フェリナがカイユンを手伝って包帯を巻いていた手を止めた。 「・・・・変だよ。この傷でどうやってここまできたっていうの？ここいらの狭い通路で撃たれたんなら追っ手に捕まっている筈だわ！」 男は呻きながら笑った。傷のせいでかなりの迫力ある顔になる。 「何故オレが全身打撲なのかわかるか？」 目で天井を見上げた男の視線を辿ると、上に縦孔が開いている。 「・・・・行きずりの・・・・というか以前に会ったことはあるんだが、そいつに助けられてかなり上層から落とされた。“あんたの運が良ければ生き残れるだろうよ”といってな。・・・・」 「酷い奴だね、そいつ。」 「・・・・止むをえんだろう。あいつがいなければオレは今生きてはいない。・・・・交戦中だったからな。・・・・荒っぽい奴で、銃より爆薬を使いやがって・・・・」 ジョーは怪我人の襟首をひっつかんで揺さ振った。 「その男の様子、もっと教えてよ！」 「揺すらんでくれ！・・・・オレを殺す気か？・・・・・黒服で黒髪の若い奴だ。外見上はいわゆる美形だな。」 美形かどうかは人によって意見が割れるだろうが、（性格を知らなければ八割は美形というだろう。）マリオに間違いない。 「知り合いか？そうだとしたらあまりにも偶然が重なりすぎやしないか？」 「・・・・いや、あたしたちはそいつを追っているんだから、関連物件と出会って当たり前よ。それより、そいつはどうしたの！以前に会ったってどういうことよ！」 「それはな・・・・」 男は静かに話しだした。 「あいつはオレたちの組織を尋ねてきた。協力して欲しいと言っていたな。それが何だったのかを聞く間もなく敵に踏み込まれていきなり戦闘だ。・・・・・あいつが逃げていれば他の支部に行ったはずだ。信じられる奴だけをひとまず教えておいたからな。」 「・・・・以前出会ったっていうのは？」 「ああ・・・・そいつが少年のときにな。あのときとは雰囲気がすっかり変わっていたが・・・・上層から逃げてきたという二人組で・・・・もっとも一緒に逃げたのはもっと大人数だったらしいがな。・・・・・ティオとマリオ・・・・地下まで来られたのはその二人だけだった。一人は死んじまったが・・・その顔だとあんたらの知り合いに間違いないようだな・・・・」 「あ・・・・」 ソーンダイクが声をあげた。マリオを示す光点が急に消えたのだった。 フェリナは位置を確認し、頷いた。 「・・・・地下高速移動用のリニアに乗ったみたいね。あそこらは電磁波ばりばりきっついから追尾不能なんだ。・・・・ちょっとここからだと距離あるなあ。今日は・・・・ここで休もうよ・・・・」 カイユンを見てフェリナは心配そうに言った。カイユンは怪我をした男にずっと肩を貸して歩いていた。力ならロマノフの方が上なのだが、咄嗟の時に彼の両手が空いていないのは危険すぎる。男はここまで丁寧な手当てをされると思っていなかったので、非常に済まなく思っており、カイユンが彼を下ろすとカイユンと、彼と共に行こうと言ってくれたジョーに心からの礼を述べていた。もっともカイユンとは違いジョーには優しい気持ちはあるにしても、この男が”元祖”破壊と再生とのわたりを付けてくれると信じているからこそ連れ歩いているともいえる。 「はあ・・・・」 膝を立てて座り、腕を前に出してぶらぶらと振っているカイユンの横に座りジョーは手を取った。 「・・・・大丈夫なの？・・・・手、ときどきはっきりと震えるでしょ？それなのに人に肩貸したりして・・・・」 「あはは・・・・僕、持久力結構あるから。それに、震えの方は精神力でカバーです。震えるだけで、痛いとか痒いとかないですし。」 ここまでは笑顔で、そして、カイユンは急に真顔になった。 「・・・・それよか、キャプテン、マリオさんのこと・・・・“破壊と再生”に何か頼みに行ったんですね。・・・・・そして、逃げる時にも“破壊と再生”のメンバーの人と関わりがあったんですね。」 「私たちにはそういったこと、何も教えてくれなかったわね・・・・」 彼女はすっと天井を見上げた。 「・・・・・あいつにとってあたし達は何なのかしらね。」 カイユンは優しい目でジョーを見た。 「・・・・マリオさんは自分からはそういったこと、絶対に打ち明けませんよ。・・・・打ち明けた相手の心を乱したくないから・・・・。それがマリオさんの優しさだから。」 「・・・・そうね。あいつは・・・・そういうヤツよね。・・・・そういうヤツだから気になるのよね。・・・・・・御免、わかりきったこと言って。これって弱音だわ。・・・・いやだな。弱音はくなんて。あたしらしくもない。」 「・・・・確かにキャプテンらしくないかもしれないけど・・・・いいんですよ。相談して貰えるってことは嬉しいですから。僕がここに居ることが少しでも役にたてるって思えて。うん。キャプテンに相談して貰えるってとても嬉しいですよ。」 カイユンは目を糸のように細くして笑っていた。 「僕がチビだった頃は相談なんて決してして貰えなかった。こうして相談してくれるって、僕を認めて貰えているってことですよね？あ、呼ばれてる、じゃ、キャプテン。気にしないでゆっくり休んで下さいね。話してくれて有難う。」 カイユンはすっと立って、怪我人の包帯を巻きなおしてやり、排泄の世話を焼いた。ジョーは壁によりかかりビタミン剤をポリポリと齧りながら彼の行動を観察していた。怪我人に優しく応対し、パットに短いお話をしてやり、ひとまずの見張りにたつロマノフに声をかけ・・・・真っ暗闇は好きではない彼は、ほの明るいところに足を投げ出して座るとまた手をぶらぶらと振って、しばらく自分の腕をマッサージしていた。軽く胸を押さえ小さなケースからタブレットを取り出して飲んだ。大きく欠伸をし目蓋を閉じた。 そこまで確認してからジョーは眠りに落ちた。 夜半、彼女はロマノフに揺り起こされた。反射的に時計を見、ジョーは頭を振った。 「交替まではまだ少しあるけど・・・・何が起こったの？」 ロマノフは彼女の体を支えるように抱え起こした。抱えられながらロマノフの視線をたどると、ソーンダイクが壁によりかかったまま寝てしまったカイユンの前に、体を縮めるようにして座り込んでいた。 「あの二人、どうしちゃったの？・・・・」 カイユンは彼女が眠りについたときと同じように静かに目蓋を閉じている。 と、ロマノフがいきなりジョーを抱き締めた。 「何？何が起きたの？」 胸の奥からこみあげてくる不安が彼女をロマノフの腕からソーンダイクの方に進ませた。ソーンダイクがサングラスをかけていない顔をあげた。若葉色の瞳が涙で赤くなっていた。 「息が・・・・ないんです。」 急な発作だったのだろう 。 苦痛はなかったようで白っぽくなっているカイユンの顔は少し笑っているようにも見えた。 ジョーは口に手をあて、目を見開き、無言で立ち尽くしていた。周囲の空気が急に冷え、音も、光も、固体になって砕けてしまったようだった。 気付くと、彼女は必死にカイユンの冷たい手をごしごしとこすっており、ロマノフにそれを優しくとめられているところだった。 ”キャプテン、ジョセフィーヌさんっ！” 小さくてかぼそかったカイユンは人なつこく彼女にまとわりついた。シークレットに不向きな純粋で優しい心をもった少年。普通の社会から外れた彼女たちに何の恐怖や偏見もなく接してきた少年・・・・汚れのない心がひたすら眩しくて守ってやりたくなるような少年・・・・そして、気付けばいつしか彼は少年のときを過ぎ、彼女の支えになっていた。 “話してくれて有難う” カイユンはそう言ってくれた。ほほ笑みながらそう言ってくれた。あれが最後の言葉だった。こんなに早く、こんなにあっけなく、さよならをするなんて・・・・・どうして？どうして？・・・・ 彼女の涙をソーンダイクがハンカチでそっと拭った。フェリナは目を覚まして、彼らとパットの間を塞ぐように座っていた。彼女にも、今パットを起こさないほうがよいのだとわかっていたのだ。 「・・・・・・・・」 ジョーは自分で涙を拭った。そしてカイユンの頬に手をあてた。 生きているうちにこうしたら、カイユンはどうしたろう。赤くなったり悲鳴をあげたり、大騒ぎしただろう。でも、彼女が泣いているのに気づいたなら、きっと躊躇いがちに背をとん、とん、とそっと叩いてくれたろう。 そうしてくれただろう彼の手は、力なくだらりと体のわきにたれさがっている。 「…反則よ。こんなの認めない！絶対……」 彼女の震える背中を見ながら、ロマノフとソーンダイクも涙を拭った。だが、ジョーの嗚咽がいきなり止んだ。 ジョーは妙な表情を浮かべると、がばとカイユンの胸に耳をつけ、疲れたようにはーっと息をはいて眉をしかめ、ぽこっとカイユンの頭を叩いた。 「・・・・ど、ど、どうしたんです？」 ソーンダイクが尋ねると、ジョーはソーンダイクの手をカイユンの頚動脈にもっていった。 「どうしたもこうしたもないわ。これ、生きてるわよ。」 「・・・・脈はありませんが・・・・」 「・・・一分に五回くらいは打ってる。」 なるほど。ずっと首を触っているとトクンと小さく鼓動をうった。 「カイユンの種族は怪我をしたり大きなショックを受けたときに心搏数や呼吸数が極度に低下するのよ。リマン星の遺伝子バンクを襲った仕事で、ビルから落ちたときもそうだった。あのとき、私はカイユンが死んだかと思って、そのまま海に落としさえしちゃったわ。」 ロマノフがカイユンを楽な姿勢に横たえた。 「しかし何故？今は怪我もしていなければショックを受けた筈もない。」 ジョーは額におちてきた前髪を神経質に払い除けるとロマノフに向き直った。 「おそらくは薬剤よ。カイユンはこのところ寝る前にビルダーから渡されたクスリを飲んでいたようだったから。・・・・昨晩も飲んでた。」 「ビルダーが彼を仮死状態に？何の目的で？」 前髪は下がってきてはいなかったが、ジョーは再び髪に手をやった。 「別行動をしている間に奇妙なことがいくつかあったわ。一つはカイユンと私がドルガの森に転移させられたこと。あれがビルダーの力なら、いきなりロマノフたちと合流させることも可能だったのにそうはしなかった。そのとき私は左手と左足にマヒがきていたわ。破壊力の大きな左手はともかく、足にマヒをかけてそのまま転移させるなんて妙でしょ。その上、あのビルダーはカイユンが不治の病にかかっていると告げて思いっきりあたしたちの胸の中をかきまわしてくれた。そして今度のこと・・・・」 「ジョー、君には何か推測があるようだが・・・」 ジョーは頷いてみせた。 「完全に推測だけどね。外れてたら馬鹿みたいなんだけど・・・・ビルダーは自分のことを種族学者っていっていた。・・・・本当のところ、それが何なのかわからないわ。第一、人類なのか、その他の生きものなのか・・・・どちらにせよこの前私達がかかわったカイエ一族を越えた超能力を持っているのは確かよ。あいつの目的がなんであるにせよ、なぜか私達に興味をもっているわ。・・・・だから私達に介入してくる。人間がどんな方向に向かうか、それを研究しているとも昔いっていた。 私の足がマヒしていて、考え方が弱気になっていたのはきっと捕まっているときに薬剤を注射されたんだと思う。足をマヒさせたのは、足止めのつもりじゃないわ。だってマヒはほぼ半日で消えたし、ロマノフたちがムカデを撃破していってくれたせいでガンガンすすめた。・・・・マヒがあったせいで起きたできごとは、カイユンがとことん心配してくれたこと。それだけ。でもきっとそういったことがビルダーの狙いだったのよ。カイユンが重い病気にかかっているって嘘・・・・きっと嘘に違いないわ。ともかくそう吹き込んだのも同じような理由よ。そうすれば動揺するってわかってたから。カイユンをこんな目にあわせたのもわたしたちを死ぬほど心配させるためよ。・・・・そうやってカイユンの・・・・いいえ、私たちの反応を見るつもりだったんだわ。きっと数時間程で目を覚ますと思う。今、あたしが予想した通りならね。」 そういうとジョーは片膝を立てて見張りの体制にはいった。 「もうロマノフとの交替の時間よ。カイユンの様子が急変したら起こすから。」 しばらく様子を見ていた男たちは体を休めた。フェリナは尚も起きていたが、ジョーに睨まれてぱたりと横になって寝た振りをした。 ジョーは怒っていた。 彼女にはビルダーの真意がわかっていた。ロマノフ達に語らなかったことまで・・・・そして、彼女はそうやって命や心をもてあそばれるのがたまらなく嫌だったのだ。 カイユンはスポンジ状の不安定な土地を彼女を背負って歩いてくれた。死ぬと聞かされて母親から贈られたという大切な真珠を形見として彼女に贈ろうとした。ジョー自身も、本当にカイユンが死んだと信じたからさっきは泣いたのだ。 そっとカイユンの髪を触る。 柔らかくさらさらした髪の感触を感じながら頚動脈に指を這わせる。ゆっくりとだが、さっきよりしっかりと脈は打ち続けている。 ”・・・・大丈夫よ。ビルダーの思い通りにはならないからね・・・・絶対。” カイユンはジョーの予言どおり、数時間して何事もなかったように大欠伸をして起きた。ジョーに額の真ん中を突かれ、何事かときょとんとしているとソーンダイクとロマノフから肩を叩かれてまたまたきょとんとした。薬の副作用は残っていないらしく血色もよい。ジョーが装備を整えてフェリナのあとを歩き始めると彼は怪我人を支えて続いた。 時折ごおんごおんという大きな音が彼らの進む道を揺るがせた。地中の高速移動列車の発着地はすぐそこだ。ジョーは怪我人の傍らに立ち、顔を覗き込んだ。 「わかっているさ。・・・・俺もあんたらと長距離移動したくはない。ここに置いていってくれ。・・・・ステーション付近に仲間の居る場所が２ヵ所ある。一方は大きめの拠点だが、中央の息がかかっていないと断言できるのは小さな方だ。そこに連れていってくれればあんたたちに礼もできる。もっともこっちは破壊と再生の支部ではないが。」 「・・・・信頼に足ると断言できる理由は？」 「そこのリーダーが俺のところに重傷負って逃げてきたからな。要するに拠点そのものは破壊された・・・・と政府は思っている。しかし、拠点の心臓部は奥まったところにあるんでたぶん無傷だ。技術屋集団だから戦闘の役にはたたんが、今回は十分役にたってくれるだろう。」 「わかったわ。」 ステーションの周囲はジャンクの類が山積みされ、解体場の様相を呈していた。列車の軌道も旧い素材でここを本当にリニアが走るのか疑問であった。その軌道の傍らにジャンクから作動可能な部品をとっぱらった真の屑が積み上げられているごみためがあった。 「にいさん。すまないがあの屑の山を少し崩してみてはくれないか。」 カイユンは怪我人をロマノフに預けるとゴミの山を爪先で蹴飛ばした。ぱらぱらと山が崩れ、ごみの山から何か金目のものは得られないかと漁っているみすぼらしい身形の少年が現われ、珍しそうにカイユンを見ていた。カイユンが尚も蹴飛ばしていると、少年は近付いてきて遠慮なくじろじろとカイユンを眺め回した。 と、ロマノフに寄りかかっていた怪我人が少年に声をかけた。 「シバン。久しぶりだな。」 少年はカイユンから目を移し、低い、まぎれもなく大人の男の声で答えた。 「生きていたのか。・・・・そうかそうか、ここには珍しいタイプのヤツがいると思ったらあんたと一緒とはね。まあ、茶でも飲んでいけ。」 シバンは屑の山の裏側へと歩いていった。そこでズボンにぶら下げた小さな箱を操作すると地表にハッチが現われた。 「イリュージョン発生機なんだぁ！」 フェリナが手をうつとシバンはにやりと笑った。ハッチからハシゴを伝って降りていくとそこは最新の情報機器に壁面を囲まれた要塞であった。 「すっごーい！」 フェリナがまた感動の叫びをあげる。そこには研究者風の男が二人、彼らを待ち受けていた。 「・・・・シバン・・・・っていったわね。あたしがこっちのグループのリーダー。たまたまあんたの仲間を拾ったんだけど・・・・あんたの方のメンバーはこれで全部・・・・？」 「ああ、リーダーだった男が向こうに捉えられてこの三人だ。・・・・言っておくが、俺達は”破壊と再生”のまっとうな構成員ではない。平たく言えば、情報科学屋。メンバーが政府機関から逃亡してきた関係で反体制派であることは確かだが。ああ、俺はこんな体に生まれついたのが逆に幸いして、外回りを受け持っている。・・・・見かけが子供だと油断するからな。」 怪我人が呻いた。 「シバン。この人達もまた破壊と再生とは無関係だ。ただ、人を探している。黒髪の爆破屋。俺の拠点にも来た。おそらく俺が教えた場所のうちのどこかに向かっていると思うんだが。」 「捜索しろってか？・・・・まあいい。暇だしな。」 シバンは詳しい情報を計器に入力した。 「少し待ってくれ。・・・・」 どういうルートかは不明だが、ここには情報が集まってくるらしい。 たっぷり三十分ほどして、データが吐き出された。 技術者が微笑んだ。 「その男がここからリニアに乗ったとすれば、行政区との境界区で飛び降りたんでしょうね。あっちにいったとすれば、向かった拠点は３つほどに限られる。」 「・・・・リニアから飛び降り？・・・・それって普通は死ぬわよ」 シバンが解説する。 「データによれば、リニア走行中にエンジンが破壊され、リニアが急停止している。なるほど、事故が起こったってのはこのことか。そのあと、近くで起こった政府と”破壊と再生”の小競り合いに爆発物をもった男が乱入し・・・・」 「・・・・も、いい。あいつのやりそうなことだわ。・・・・・って・・・・リニアは復旧して・・・」 「はっは。当然復旧はしていない。」 その傍らでカイユンはけが人の世話をしていた。 「ここまでありがとう。本当に助かった。」 「いいえ。・・・・・・あなたは僕達の仲間の命の恩人なんですし。」 「・・・・・・私は昔、逃げてきた少年を二人匿っただけだ。それは大人としては当然のことだった。」 カイユンが痛み止めの注射をし、手当てを続けながら優しく聞いた。 「・・・・お別れの前に教えてください。ティオさんってどんな少年でしたか。」 「・・・・穏やかな奴だったな。理想家肌で、大人のオレから見たら言っていることは大甘だったが、芯が真っすぐで精神が強靭なことはわかった。上辺だけでなく優しい奴だった。マリオ リベラの方は結構調子者だったがあれはあれでいい奴だった。ティオに絶対の信頼を寄せていたな。」 「しばらくあなたのところに居たんですか・・？」 「ああ、だがじきに追っ手がかかってな。・・・・相手が銃を撃ってきて、マリオがティオを庇って死んだあと、ティオはさらに下層へと逃亡した。」 一斉に息を飲む声がした。 「・・・・記憶違いじゃないの？逃げたのはマリオでしょう？あなたを穴に突き落として逃がした黒髪の男はマリオなんでしょう？」 「・・・・いいや。二人とも黒髪だったが、素直な毛の方がマリオ。癖っ毛の方がティオだ。俺の前で彼らは互いをそう呼び合っていた。・・・・爆薬作りの腕は昔からたいしたものだった。間違いはない。マリオという少年が伝説化されているのは知っている。だが、俺は、俺の記憶に間違いはないと思っているぜ。・・・・・・あんたらが捜している男はマリオじゃない。マリオは死んだ。奴はティオだ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ マリオは自分を囲んでいる“破壊と再生”のメンバーに白い歯を見せた。 「俺はお前たちを助けた。」 人々は動かない。 「どこの世界でも、只で他人を助ける人間がそうそういるわけはない。代価ってやつが必要になるわけさ。」 代表らしい男が進み出た。 「ここであんたを始末してしまったほうが早い。」 マリオは口笛を吹いた。 「怖いことを言うな。あんた女にもてないだろう。違うか？・・・・始末しようとしたら、俺、自爆してやるけど？・・・・さっきあんたたちを奴らから逃がすために使った爆薬を見て俺の技術はわかっているだろう？・・・・そんな顔をするな。代価ってってもあんたたち大好きなこのケチな星の足しにはなりそうなものだ。・・・・・質の良い爆破材料・・・・俺の欲しいのはそれだけだ。」 ・・・・彼は自分の本当の狙いを話した訳ではない。言っても無駄だ。目的が違う。目の前にいる人々は、政府を突き崩すことそれだけを目指しているのだ。 資材を梱包する人々に油断なく目を走らせながらマリオは遠い昔に失った親友を思い出していた。 “マリオ リベラ・・・・” 自分の盾になって散った友人を思い浮かべる。冗談をいうのが好きでいつも楽天的だった素直な黒髪の友人・・・・ 自分の名を捨て、友人の名を使いはじめるようになったのはいつだっただろう。 マリオの死にとらわれて悪夢を見、それをすべて忘れようとしていた日々。それが間違いだと気付き、マリオの死を、彼の存在をいつも自分と共に感じることを自分に課すためティオは名前を変えた・・・・ “思いつめるなんてあんたらしくないわよ。” ジョーの声がしたような気がする。 “マリオ・・・・俺はあれからだいぶ汚れてしまったよ。・・・・汚れたから・・・・わかったこともだいぶあるがな・・・・” |
| 爆破屋の過去の一端が明るみに出ていますが、だからといって今の彼が、過去の聡明で優しいティオと全く同じ性格であるはずもありません。・・・・・やろうとしていることも碌でもないことです。 一方、ジョーはカイユンの体調不良に彼女なりの理由を発見したつもりのようです。それが本当にその通りなのかは、まだまだわかりませんし、他の仲間には言いたくもないようです。 |