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カイユンは両手一杯に荷物をぶらさげ、ぎしぎしと嫌な音をたててきしむ暗い廊下を歩き、”いかにも怪しげ”なピンク色の扉の前で立ち止まり、両手が塞がっているので額でチャイムを押した。しばらくするとカチャリと音がしてジョーが栗色の髪を覗かせた。彼を中にひきこみ、素早くドアを閉めると、けたたましく笑う。 「何が可笑しいんですか！」 苦労して運んできたはち切れんばかりに膨らんだ紙袋を床に置き、バッグから少女を出してやりながら怒ったようにカイユンが言うと、ジョーは苦労して真面目な表情を作り、また、プッと吹き出した。 「御免。いや、こういう場所にそういう格好で来て、受け付けの男、たまげただろうなぁって。」 そんな二人を少女はやたらに毛足の長い、グレイの絨毯の上に、自分の細い足でしっかり立って観察していた。もっともカイユンの背に保護を求めるように半ば隠れている。 ジョーは奥の部屋を指差した。 「今は眠っているわ。ついていてあげなさい。」 言い終わる前に少女は走りだしていた。奥の部屋に彼女が消えると、すぐに荷物の整理が始まった。 紙袋には、ジョーが頼んだレーザーガン用のエネルギーカセットの予備や細々とした機械類・食料の他に逃亡者二人のための衣料品が入っていた。こういうことへの気遣いは、カイユンに勝るものはそうはいない。 やがて奥の部屋から少女の喜びの声が上がり、二人は女性が目覚めた事を知った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ やけに大きなベッドの上で少女は女性にしっかりとかじりついていた。出会った時は真っ青だった女性は、今は血色も良く、命に関わる状態は抜け出していた。 ジョーはベッドの端（円形ベッドに端もへったくれもないが）に腰掛けると足を組んだ。上になっている膝に肘をつき、やや前かがみで強い調子で話し掛ける。 「やっと落ち着けたわね。早速だけどディスクはどこ？マギーさんとかいったわね。」 マギーは娘を守るように抱え、毅然と鋭い目でジョーを見つめ返した。変装用の伊達眼鏡は外され、灰青の澄んだ瞳がまっすぐにこちらを向いている。白い肌。黒いまっすぐな髪は肩までつややかに伸びている。美しい女性だが、その美しさはジョーと違い静かな、内側に向かう美しさだ。 「さっきお話ししたようにディスクなど持っていません。あなたのおっしゃるドルガの”破壊と再生”という地下組織の名も知らないのです。」 少し臆した、それでも凛とした声を聞いてもジョーは冷たい態度を崩さない。むしろ逆だ。無表情にどんどん言い放つ。 「そう。ではなぜ逃げていたの？なんの理由もなしに小さな子供を連れて兵士とおっかけっこをしたっていうわけ？訳を言える？言えるなら言いなさい。」 「・・・・知らないものは知らないとしかいいようがありません。」 問い詰める者と否定する者、双方一歩も退かない。 長々と続く二人の攻防の中、ジョーの後ろのカイユンとマギーの腕に抱かれた少女は困惑したように、互いに瞳を覗き込んでいる。 「私はただのエンジニア。なんでそんな物騒なディスクを持っていなくてはいけないのです。」 「・・・・本当のことをいうのよ。そうしなけりゃ最後の手段をとるわ。」 「何をするというの。」 「・・・・あなたをあなたを捜していた連中のところにつきだすわ。もちろんあなたの娘もね。」 もちろんジョーの本心ではない。だが、マギーにそれがわかろうはずがない。顔色はさっと変わり、娘を抱えたままジョーから遠ざかろうとして、ベッドからずり落ちるようにして床に転がった。ジョーは助け起こそうとして思わず手をのばしかけたが、ぐっとこらえてそのまま見下ろした。 「さあ、私は本気よ。こっちにもこっちの都合があるのよね。ディスクを寄越して。」 ちょんちょん。 カイユンがジョーの背を突いた。 その手をうるさそうに払い除けてジョーはマギーに詰め寄る。 「・・・・さあ、早く。」 ちょんちょん。 「何よ！」 振り向いたジョーの鼻先には、虹色にきらめく小さなディスクが揺れていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「なぜ、初めに教えてくれなかったの！」 さっきとうって変わって感情を丸出しにして仲間を怒っているジョーをマギーは複雑な表情で眺めていた。娘のミリムは完全に安心しきってカイユンの傍らに立ち、ベッドに横になっているマギーを見守っている。 「そ、そういわれても・・・・言葉を発しちゃいけないような緊迫感がみなぎってたでしょう？だいたいね、さっきのはひどいですよ。あれは話し合いじゃなく、尋問ですよ。脅しですよ。全く、キャプテンってああいうときは常識ないんだから。」 湯沸かしコーナーがないので、カン入りの紅茶の蓋を開けてマギーとミリムに渡してから、カイユンはジョーの頭を叩くような仕草をした。 「あたしは自分でも自分に常識があるとは思ってないわよ。・・・・どうやってそれを？ざっと見たところ、その子、何も持ってなかったじゃないの。」 カイユンは虹色のディスクを目を細めて眺め、ミリムの髪をくちゃっと一回かきまわした。 「奥歯に細い炭素繊維が結んであって・・・・ディスクは胃の中に飲み込まれていたんです。無茶なことしますよね。下手すりゃ食道が傷ついちゃうのに。」 ミリムは得意気だ。 「私が自分で考えた方法なの。そのディスクは耐酸性でしょ。それに、もし、無理遣り引っ張りだされそうになったらディスクを噛み砕いちゃえるわ。あたし、歯は強いんだ。」 しかし、マギーの厳しい目に出会ってミリムは下をむいてしまった。どうやら、マギーは娘がカイユンにディスクを渡したことをよしと思っていないらしい。じりじりとマギーから離れようとするミリムに気付き、ジョーは二人の間に割って入った。 「親子喧嘩はあと。もうこうなったら事情を話すしかないわよ、マギー・・・・」 マギーは大きく息をつくとゆっくり頷いた。紅茶のカンをベッドサイドのテーブルに起き、気遣うカイユンを制止し上体を起こした。・・・と、肩に黒い上着が掛けられた。掛けたジョーはぶっきらぼうな表情のままだったが、マギーはほんの少しだけ、緊張をといてちらと微笑んだ。 「・・・・私たちはあなたがたのおっしゃるように惑星ドルガの者です。私は国の研究機関で働き、ミリムと共に暮らしていました。・・・・身分は保障され、経済的にも不安のない平和な毎日でしたが、私は何年もの間、星を出ていくことを望んでいました。不思議に思われます？・・・・ドルガは徹底した管理社会なのです。国民は国家のために進む道を方向付けられ、個人の意志や感情といったものは全く無視されてしまうのです。・・・・私も小さな頃から研究者になるべく教育されてきました。もっとも昔の私はそんな少女時代に満足していました。その他の道は開かれていませんでしたが、物質的には恵まれていましたし、仲間も居ました。能力をのばし、星のために役立つ大人になることが、多くの人たちの幸せにつながるのであり、私の努めなのだと思い込んでいたのです。いつまでもそう思っていられればそれなりに幸せだったのかもしれません。」 ドルガに住む人々のそのあたりの事情はジョーはマリオから聞いてよく知っている。ちゃらんぽらんなようでいて、マリオ自身が結構シビアな被害者なのだ。 「そんなとき、私はミリムの父親であるティオに出会ったのです。理知的で天才的な頭脳を持ち・・・・でも、学問だけではなかった。もの静かで誠実で優しくて・・・・何より自由を求めている人だった。」 マギーの目は半ば閉じられ、昔を思い出しているのがよくわかった。だが、それは一瞬で、すぐにぎゅっと口をひき結ぶ。 「彼は・・・個人の意志が黙殺されているドルガをいつか脱出するんだって、夢のようなことばかり言って・・・・ある日、彼は計画していたことを実行しました。私たちの暮らしていた研究都市から逃げたのです。私は彼を手伝いましたが、途中で足を怪我してしまい、一緒に行くことができませんでした。・・・・逃亡したティオのその後はわかりません。生きているのか死んでしまったのかも。たぶん生きてはいないでしょう。でも、私は、ティオを失って初めて彼がなぜあんなに自由を求めていたか、本当の意味でわかったような気がしたのです。しかし私は臆病だった。考えているだけで自分からなにも為そうとはしなかった。・・・・でも、やがてミリムが私のもとにやってきました。ティオの血をひく私の宝物・・・・ミリムが私に勇気をくれた。この子が育ち、この子の意志や感情を無視して政府が私と同じようにこの子の前にレールを敷いていくのを目のあたりにみて、この子だけはドルガから逃したいと考えるようになりました。」 ミリムの年から考えると父親のティオがドルガを脱出しようとしたのはマリオが脱出してから五年ほどあと。・・・・マリオ、ティオ・・・・もっともっと脱出しようとした人々はあったのだろう。そのうち、マリオのように成功したのは何人いるのか。スラバタの話を聞く限り、マリオは奇跡的な成功組だったようだが・・・・ 「国を出るために資金を貯め、コンピュータを操作して架空の戸籍を作り、元諜報員だったという人に協力して貰って身分証明書を偽造しました。今でも当時のことを思い出すとあれだけのことがよくやれたと冷汗をかきます。一番の問題は家から宙港へ出るまでの方法だった。というのは私とミリムは研究都市を一歩も出られない状態でしたし、その研究都市の周囲にはびっしりと警備網がはりめぐらされていたから。もともとは、年末に行動を起こすはずだったのです。その時期が人間による警備が最も手薄になる時期でしたから。警報装置は誤魔化せる自信が私にはありましたから、最大の敵は、警備員でした。 しかし、あの日・・・・寒い日でした。研究所から帰って、ミリムと一緒に夕食をとっていると、けたたましいサイレンの音が聞こえてきました。カーテンを少し開けて覗くと何人もの兵士がなにやら打ち合せをしていてパッと散っていったのがちょうど目に入りました。いつもの警備兵とは違います。大げさとも思える武装をしていました。明らかに、かなりの犯罪者が私たちの住むエリアに入ってきていたことを示していました。そのままじっと外を見ていると、兵士の数はどんどん増え、政府レベルの重大事件が起きたのがわかりました。途端に、私はチャンスだと思いました。普段からの、私たち一般居住者を監視している警戒網はずたずたになっている。それに、もしも途中で捕まっても、犯罪者から逃げていたとかなんとか理由はいくらでもつけられます。私はミリムにコートを着せ、必要最低限の荷物を背負って町に飛び出しました。・・・・何回か兵士に尋問されましたが、適当に誤魔化せました。常駐の警備員ならああはいかなかったでしょう。声紋判定と網膜判定の関門を準備しておいた装置を使って突破し、あとは宙港へ急ぐだけでした。 交易星ドルガは、宇宙港に入ったら、もうそこは外国と同じです。私の心は早く宙港へ行きたいとあせりました。かねてから計画したように目立たない路地を走りぬけ、もうすぐ宙港というときに、私は転倒しました。男が建物の陰に倒れていました。その人が私の足首を掴んでいたのです。男の体の下には血だまりができていました。それを見た私は恐ろしくなって身をひきかけました。かまわず宙港に行きたかったのですが、彼は血だらけの手を私たちに差し出しました。その手の中にディスクがありました。ごぼごぼいうような苦しそうな声で、この星の運命がかかっている。セントーア星にこのディスクを届けて欲しいと私に頼んできた・・・・・・だから私は・・・・今はセントーアに向かう途中です。」 話は終わった、というようにマギーはほおっと息をついた。 「ちょっとぉ！」 ジョーが声をあげた。 「親子二人で星を脱出するのが目的だったんでしょ？それなのに見ず知らずのわけのわからない血塗れ男からの頼みをきいたってぇの？納得できないわ。」 他人からの頼みごとはほとんど無条件で引き受けるような性格をしているカイユンでさえ、マギーの話には合点がいかぬようだった。マギーはふうっとため息をつき、小さな笑みをうかべた。 「馬鹿だと思うでしょうね。私だってとんでもないことを引き受けてしまったといまだに自分を責めてるくらいです。ただ・・・・ディスクを持っていた人、必死だったのです。そして、その目がティオにそっくりだった。もしかして、ティオもこの人のように路地のどこかで撃たれて死んでいったのかもしれない。そう思ったら放っておくことなんてできなかった。私はティオと一緒に行けなかったけれど、この人の願いはもしかしたらかなえてあげられる。・・・・そう思ったら私はディスクを掴んで男に向かって頷いていました。変でしょう？でも、ま、しかたないかなって。」 全員静止した。そして、気が遠くなるような静寂の後に・・・・ 「変よ。」 ジョーが情け容赦なく言い放った。そういわれてもマギーは微笑んでいる。 「変よ。あのね、ドルガからセントーアまでは相当遠いでしょ。追っ手だっている。シロウトのできる仕事じゃないわ。それに、セントーアが銀河に名立たる学術研究惑星ってことは知ってるはず。あの、やたらまっとうな惑星と胡散臭いディスクがどうやって結びつくの。セントーアの誰に届けろっていわれた？」 「セントーア在住の人ではありません。・・・・あそこではもうすぐ文化人類学の会議が開かれることになってます。そこにいらっしゃる予定の、種族学博士のビルダーという方に・・・・」 ジョーはベッドから転げ落ちた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「い、今、な、な、なんて・・・・」 床からベッドにはい上がったジョーが吃りながらいうのを不思議に思いながらマギーは先程の言葉を繰り返した。 ジョーは頭を抱えた。宇宙連邦種族学博士、ビルダーと言えば彼女の天敵の一人（敵の総数なんて多すぎてわからない）である。ビルダーは別に、彼女たちを追って捕らえようとしているのではない。いや、それどころか、惑星リマンで、Ｄ級市民に格下げされ、強制労働コロニーに送られることになっていた彼女たちを拾いあげてシークレットチームとしたのは彼の裏工作があったからこそ・・・・だが、ビルダーに感謝などしていない。彼はジョーたちを特異な遺伝子を持っているサンプルとして、密かに観察していた。亜人間との混血のカイユン、コンピュータに育てられたソーンダイク、そして遺伝子の人為的かけあわせで生まれさせられた（建築学者になってドルガを救うはずだった）マリオ。研究動物として冷徹に接してくれるのならまだ我慢ができるが、ビルダーはいつだって穏やかに含み笑いをしてあくまでマイペース。だいたい、種族学という学問は何をするのかはっきりしない。何故、そのビルダーにディスクを渡さねばならぬのか。 一つだけ説明のつく理由が考えられる。 ディスクには、ドルガの下層構造部の爆破計画がはいっていると思われる。ビルダーがそれを知って動くとすれば、爆破がビルダーの不利益になるからだろう。ビルダーの不利益といったらこれが・・・・遺伝子プールの消去ということになる。すなわち、ビルダーをはじめとする種族学の学徒たちはドルガの下層構造部に住む人々を研究対象にしているわけなのだろう。 そうだとすれば、ビルダーにディスクを届けることが住民たちの安全を保障することになり利益になる。いや、実際の話、裏で相当大きな権力を持っているビルダー級の人間にしか爆破差し止めはできないかもしれない。 ジョーはベッドの上であぐらを掻くと、目をつぶり神経質に自分の額をひとさし指で数回軽くたたいた。疲れたように薄く目を開ける。 「・・・・マギー。で、あなたは今でもセントーアにいってビルダーに会いたいっていうのね。」 マギーはゆっくりと、そしてしっかりと頷いた。 ジョーはすうっと立ち上がり、隣の部屋へ行くと扉を閉め、なにやらばたばたやり始めた。 しばらくして現われたジョーはマギーのためにカイユンが買ってきた服を着、髪を綺麗に編んで薄化粧していた。 「多分遅くなるわ。・・・・マギー。とにかくセントーアまでは連れてくわ。それだけは約束する・・・・」 それだけ叫ぶと、ジョーは出ていった。 ドアの音のあと、マギーはキツネにつままれたようにぼうっとしていた。カイユンは複雑な表情をしていたが、バスタブに湯を入れ、買ってきた食料を小さなテーブルの上に並べはじめた。 あたりさわりのない四方山話をしながら食事をし、ミリムにシャワーを浴びさせマギーの傷を丁寧に消毒すると睡眠薬を飲ませてベッドに横たえた。 「僕が起きてますから、ぐっすり休んでて下さい。」 「ありがとう・・・・さっきの方、何をしに出ていかれたのでしょう。」 「キャプテンなら心配無用。マギーさん、ミリム、お・や・す・み。」 あかりを消し、隣の部屋に移るとソファーの上に座って膝に毛布をかけ、カイユンはうんざりした様子で視線を空中にさ迷わせ、はあああああ、と情けないため息をつく。 ジョーが女らしい格好で出ていくときには女性であることを利用した行動をとっているのであり、人には大声で説明できないことをやっている場合が多い。仕事上仕方ないので不道徳とかなんとかいうのもなんなのだが、 ”やっぱり、帰ってきたらうんと怒ってやんなきゃ。キャプテンはこんなことやってちゃいけない普通の人なんだから！” 一体ジョーのどこいらへんが普通なのか、多くの者にはわからないところだが、カイユンにとってはジョーは“塔の上のお姫さま”的存在なのである。カイユンはじっとドアを見つめて待っていた。 隣室へのドアがそっと開いた。カイユンが目だけ動かすと、ミリムが足音を忍ばせて入ってくるところだった。 「眠れないの？」 ミリムはカイユンの隣に座ると、彼が膝掛にしていた毛布を頭からすっぽり被った。 「うん、体は疲れてるから眠らなくちゃいけないってわかってるんだけど、神経が高ぶっちゃって。・・・・ママはぐっすり眠ってるわ。何だか誰かに話がしたくって。・・・・迷惑かけちゃって御免ね。私たちって本当に身の程知らずだった。ママは、信念があってあたし、尊敬してるんだけど、はっきりいって無謀なんだもの。あたし、足手纏いになること多かったしほとんど役にたたない。マギーよりうまいのは爆薬作ることくらいだけ・・・・」 ミリムは泣いていた。 「どうしたの？もう安全だよ。心配しないでいいんだよ。」 「あたし、逃げてるとき、ずっと恐かったの。心細かったの！でも、言えなかった。マギーの前では、”きっと大丈夫よね！何とかなるよね！あたしは強いんだもの！”って笑ってなきゃいけなかった。あたしが挫けたら、迷惑かけるってわかってたから！」 毛布をぎゅっと握り締める指には震えるほど力が入っていた。 少し泣くと気が済んだのか、ミリムは手の甲で涙を拭うとカイユンの顔を見上げた。 「あなたはちょっと頼りなさそうだけどあたしよりもずっと強そうだし、さっきのお姉さんなんか、あなたよりもずっとずっと・・・・ホロテレビのアクションものの女捜査官と同じくらいに強そう！」 「・・・・はっきり言うね・・・・」 「だって、さっきあなた、ジョーさんはあなたよりずっとずっと強いって自分でいったでしょう？」 カイユンはミリムの額を弾いて笑った。 「・・・・ミリムはドルガを出たかった？」 「うん。」 「マギーさんと同じような理由？」 「ううん・・・・ドルガがへんてこな世界だっていうのはよくわかってたけどあたし、ドルガの友達とは楽しくやってたから。・・・・お父さんのことは・・・・。お父さんが書いたっていうメモが何枚かあるだけ。几帳面な字で、脱出の計画が書いてあるの。・・・・でも、写真はないから顔はママから聞いて想像するだけ。でもね、お父さんの気持ちはわかるような気がするの。宇宙ってどれだけ広いのかな、森ってどんなものだろう。海ってほんとにしょっぱいのかな、・・・・なぁんて、ドルガの外には素敵なこと、不思議なことが一杯あるって小さな頃から思ってた。あたし、お父さんに似ているのかも。・・・・。」 カイユンは毛布ごとミリムの肩を抱いてゆっくりと揺さ振った。 「ミリムは僕よりもずっと度胸があるよ。僕なんか自分の意志じゃなく巻き込まれてこんな生活してるんだもの。」 「へえ、そうなの？今の仕事、嫌？」 「ん・・・・別に今は嫌じゃないけどね。」 そんなような話をしているうちに、ミリムは丸くなって眠ってしまった。 カイユンは先程の会話に何か違和感を感じていた。それが何かわかるまでそんなに時間はかからなかった。ミリムは母親のことを何度か”マギー”と名で呼んだ。・・・・・ふつう、ミリムくらいの子供は母親を名前で呼ばぬものだが・・・・それが何を意味しているのかはおしはかりようもないが、この二人、まだまだ謎の部分があるようである。 かちゃりと音がしてジョーが帰ってきたのは四時間後であった。カイユンは立ち上がり、ミリムは目をこすってあくびをした。 「キャプテン！いくら仕事でも、自分は大切にしなけりゃいけませんよ！キャプテンは普通の人なんですから！だいたいですね、僕が毎度毎度言っているように・・・・」 カイユンはジョーの鼻先に人差し指を突き付ける。が彼女は歩みを止めずに一直線に機材のところまで行くと荷造りを始めた。 「あのね、それどこじゃないの。ここを引き払って引っ越しするわよ！」 “なんだかわからないけど無視されちゃったね。” 小声で囁くミリムに撫でられ、カイユンはうなだれた姿勢のまま大きくため息をついた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊ 宙港の一角、高級小型クルーザーが繋留される中、最新型の高速艇の内部で、赤みがかった金髪の若い男がグラスを傾けていた。スペーススーツは最新の素材で鈍い光沢があり、男の細身の体にぴったりと似合っていた。切れ長の目は半ば閉じられており、物憂げにワインの水面を見つめる水色の瞳は非常に退屈そうであった。 来客を告げるブザーが鳴る。モニターを見やると、ジョーの姿が見えた。男は無言でタラップを下げるとエア・ロックを開けた。ジョーはゆっくり上がってきて中に入ると恥ずかしそうに男に囁いた。 「起きて待っていてくれたの？」 男はジョーを一回座ったら立つのが難しくなりそうなふかふかのソファーにかけさせた。 「約束だろう？」 ソファーの前の小さなテーブルには最高級のシャンパンや、小さなカナッペが並んでいる。 「ふふっ・・・・・これってお夜食かしら、それとも早めの朝ご飯？」 男は長い前髪を撫で付けるとジョーの隣に座り、少しの間あたりさわりのない洒落たお喋りをしていたが背中からそっと腕を回した。 「嫌だったら言ってくれ。無理強いなんてしたくない。」 ジョーは答えない。 「・・・・そうか・・・・嬉しいよ・・・・」 男の手がそっと鎖骨のあたりを撫でた。 「あ・・・・・・・・」 ジョーは躊躇うように呻いたが、男にしなだれかかる体勢はそのままだ。そして彼女は自らブラウスの一番上のボタンをそっと外した。それを続けるように男はボタンを全部外していった。肩から布地が滑り落ち、白いレースの下着が露になった。ジョーはくるんと身をいれかえて男の背中に取り付いた。 「・・・・少し私の話を聞いて。」 柔らかな二つの膨らみを背に感じながら、男は無言で頷いた。 「まだ教えていなかってでしょ、あたしのいろんなこと。あたしは宇宙を旅したいの。それでね・・・・あなたの船が欲しいの♪」 ジョーは男のこめかみになにやらちくんと押しつけた。 「入ってきていいわよ！」 初めにカイユンが“おじゃまします”と頭を掻きながら入り、あとからマギーとミリムが続く。 「あれがカイユンで、そのあとがマギーとミリム。あたしのことはジョーって呼んでねｖ」 男は苦痛に顔を歪ませたまま呻く。 「手足に力が入らない・・・・一種の痺れ薬か？警報装置が何故鳴らなかった？」 「あはははは、あたし、入ってくるとき解除したもんね。」 カイユンがジョーのしどけない姿を認識し、あたふたとブラウスを着せかけ、視線は思い切り天井を向けたまま手探りでジョーのブラウスのボタンをはめる。 ジョーは困ったようにくすっと笑った。 「・・・・・・・・えっとね、カイユン・・・・一つずつずれてるんだけど」 ミリムが笑い、カイユンは目を下に向け、言われた通りであるのを発見して顔を真っ赤にした。 「ボタンを嵌め直すのは後にして、この飛行艇の構造、把握して。準備でき次第セントーアに出発よ。」 カイユンはさっそくコクピットの計器類に貼りつき、調べ始めた。 「・・・・こんな馬鹿なことが許されると思うなよ・・・・」 発声機能には問題がないため、男は凄味のある声で唸った。 「はいはいはいはい、許したくないなら、それでもいいけど、私たちは仕事がおわったらさっさと遠くまで逃げるから追い掛けてきてね。ま、宇宙連邦の経済的有力者であるあなたの実家に連絡されたら少しは恐いけれど、家を飛び出した身としては連絡したくもないんでしょう？」 「・・・・なぜ知っている・・・・」 ジョーはにいっと笑った。 「船籍№からね。あなたはタルフ食品工業の四男坊、トリステラム・Ｇ・タルフ。親の反対押し切って宇宙生活者になった放蕩息子でしょ。その筋じゃ結構有名なのよ・・・・・・詳しい説明はしないけど、１０年ちょっと前にあなたをナマで見たことがあるわ、トリステラム君。」 「放蕩か・・・・事情を知らん奴は勝手なことをいいやがる。」 「へぇ！」 計器を調べていたくるっと振り向いてカイユンが叫んだ。 「タルフカンパニーの息子さんなんですか。あそこの素材パックは料理するのにとっても便利なんですよ。余計な味はついていないし、材料はいいもの使ってるし。」 マギーは少しは知識があるのか計器類を眺めておりミリムは宇宙船の内部構造を見て目を輝かせている。トリステラムは観念して目を閉じた。彼は宇宙生活者として、一人の仕事屋として、悪意あるものに襲撃される可能性は十分考慮していたはずだった。しかし、こんなに珍妙な集団に自分の愛機を占領されるとは夢想だにしたことなかったのである。 “しかたない・・・・しばらくは動けそうもないしな。” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次にトリステラムが目を開けたときには、すでに宇宙船はセントーアに向かうコースに乗っていた。マヒはとれており、手は動かせたがかわりにといっては何だが手足に手錠がかけられていた。 「気分は？」 ジョーに声をかけられ、トリスは唸った。 「いたぶっておいて“気分は？”はないもんだ。」 「悪い悪い。・・・・あなた個人に危害を加える理由は何もなかった。ただ、性能のいい船が欲しかっただけ。宙港で見たこの船、大きさといい機能といい、こっちの注文通りだったのよ。」 「・・・・じゃあ、町で俺に声をかけられたそうにこっちを見ていたのも・・・・」 「ん・・・・宙港からつけてたのよね。で、あなたはこっち向いてあたしに注意向けてたみたいだったから。」 トリスは笑う。 「そういうことか。しかし、いつもの俺だったらこんな不様なことにはならなかったはずさ。油断していたんだよ。」 トリスの手が、ジョーの頬に触った。 「・・・・君はとてつもなく素敵に見えたからな。・・・・いっておくが、俺は漁色家じゃない。女に声をかけたのは神に誓って言うが今回が初めてだ。俺の初恋を無残に破った償いはいずれしてもらいたいもんだ。」 ジョーは右手で軽くひっぱたいてやったがトリスはにやっと笑っただけだった。 「あいつ、マリオにそっくりだわ！」 憤慨しながらキッチンに入っていくと、カイユンが作業着姿で食事を作っている最中だった。彼は白い歯を見せて笑うと、隣にいたミリムに焼き上がったばかりのスコーンを渡してジョーに向き直った。 「そっくりですか？でも、マリオさんの方が過激ですよ。姿はむしろアレックスさんに似てるかなぁ。キャプテン、トリスさんのこと気になるんですか？」 勝手にスープの味見をしていたジョーは吹いた。 くすくすくす。 笑うカイユンを隣にしてジョーがむくれていると彼は棚を指差した。 「最高級の食材がそろってます。さすがですね。でも、自分の家の会社の製品は一つもない。徹底しているというか頑固というか。・・・・トリスさんってキャプテンと似てますよ。キャプテンが嫌うのも無理ないかな。人間、自分とそっくりな人間には腹がたつもんだって僕の父さんがいってました。」 うんざりした顔をしているジョーの口元にカイユンはスコーンを差し出した。ジョーは一口で口一杯にそれを頬張って咀嚼するとコクピットへ戻っていった。 その後ろ姿を見送って、カイユンはほほ笑みながら一つ大きなため息をついた。 “父さんはこうも言ってたっけな、人間、自分と正反対の人間には強く惹かれるもんだって・・・・たしかに惹かれてるよね。キャプテンにしろ、マリオさんにしろ、ロマノフさんにしろ、ソーンダイクさんにしろ、僕と相当違うところがあるもんなぁ。・・・・みんなと性格が相当違うってことは僕の性格が特殊ってことかぁ？・・・・・ところでマリオさんたちどうしているだろう。なんとかやってると信じているけれど・・・・” ふっとまた胃の上の辺りがちくりと痛み、カイユンは顔を顰めた。 |
| ゲストキャラ大行進。・・・・・ミリムという名はこのサイトの別の話でも出てきていますが、どうかお気になさらないでくださいませ。 マリオと同じくドルガを脱出してきた母子ですが、爆破屋とは比べようも無くまっとうな人たちです。そして今回も見え隠れする種族学者の影・・・・・ しかし、台所にいる家事担当は妙に幸せそうですね・・・・ |