２　破壊する者

　

　”地虫”は焦っていた。額の傷は出血が激しく貧血を起こしかけ、血止めに巻いた布は真っ赤に染まっていた。右手に持った革紐状のものを握りしめる。しなやかで柔らかそうな得物だが実際は相手を絡め取り角度によっては切り裂くことができる。殺傷を目的としなければ電撃を加えて昏倒させることも可能だ。二人迄ならば余裕で相手にできる腕を彼は持っていた。だが、今は体力も精神力も消耗している。路地の奥で壁に寄り掛かり、血と共に流れ出てしまったスタミナを必死で取り戻そうとしていた。
　そんな時に一人の少年が路地に入ってきた。金髪碧眼の綺麗な顔立ちの子供だ。血だらけの逃亡者の顔を見、呆然としている。”地虫”は右手で少年の腹を殴った。ぐったりとした少年の体を褐色の逞しい腕で脇に抱える。この状態では追っ手とまともに戦っては勝ち目がない。人質をとっていれば少しは逃げ切る可能性が出てくるかもしれない。せめてあと少しの間発見されなければ人質を利用するまでもなく逃げてみせるのだが・・・・
　ところが空き箱の陰から通りを見やると、若い男女がなんの迷いもなく、こちらめざしてまっすぐにやってくるのが見えた。二人とも銃を構えているが、男の方は腰がひけている。兵士ではなさそうだ。”地虫”は戦う意思を固め、武器を構えた。と、女性が連れの男を制し歩みを止めた。鞭状の武器の有効圏外だ。”地虫”は舌打ちした。相手はシロウトではない。女性はパラライザーを構え叫んだ。

　「”速駆け地虫”さんよね？あたしたちはあなたの追っ手じゃない。話を聞かせて。」

　しばらくして返事があった。

　「・・・・あんた達が誰かは知らないが、それ以上寄るとこの子供が怪我をするぞ。」

　自分の姿は見せようとはせず、ぐったりしているパトリックを物陰から突き出してみせる。
　ジョーは眉を上げ、カイユンは肩をぴくりと動かした。そしていささか歯切れ悪く言った。

　「あの、悪いことは言いません。危ないことはやめてください。」

　カイユンの視線は抱えられているパトリックに注がれている。”地虫”に怯えているというより、もどかしくハラハラした様子だ。

　「銃を持っている奴が言うセリフじゃないな。」

　ジョーが銃を下ろした。

　「身のためよ。・・・・もしも体に穴が開いてもいいのだったらあたしもなんやかや言わないけどね。その子、結構過激な性格しているから。」

　”地虫”は腹のあたりに何か固いものが押し当てられているのを感じた。小脇に抱えられたパトリックはにこやかに笑いながら銃の引き金に手をかけていた。


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　”地虫”は、がやがやという人声で意識を取り戻した。喉が渇き頭は重い。椅子に腰掛けさせられているのだが、手足はぴくりとも動かせない。

　「で、結局パラライザーをパトリックが撃ったわけだな。」

　「パット！危ないことはしちゃダメだっていつも言ってるだろう！」

　「だって、カイユン、僕、役に立ちたかったから。それに気を失ったふりをしたらこのおじさんすぐに騙されたんだよ。危ないことなんて何もなかったよ。」

　男は薄く目を開けた。彼は細いワイヤーでぐるぐるまきにコクピットの椅子に縛られており、まわりをぐるりと囲まれていた。少し離れたところに先程の少年が床に正座して座り、青年がその前に座ってお説教している。

　「お、は、よ」

　ジョーは笑顔で男の頭を撫でた。

　「さ、話をしてもらおうかしら。」

　男は黙っている。
　カイユンは口をとがらし、ジョーを押し退けるように前に出てポットからコーヒーを注いだ。

　「こういう状況で話して貰おうとするのが無理ですよ。さ、まずコーヒーでもどうぞ。」

　縛られていて飲んで貰おうという方がもっと無理なような気もするが・・・”地虫”もそう思ったのか冷笑していると、カイユンはいとも無造作に男を縛めていた電磁錠を解除してしまった。パラリとワイヤーが磨き上げられたグレーの床に落ちる。”地虫”は薄笑いを浮かべたままこり固まった肩をほぐそうと右手で左肘の関節を揉んだ。

　「はい、クリーム入れますか？」

　男は、カイユンからカップを受け取り、マリオに銃口を向けられる中で啜るようにコーヒーを飲んだ。ジョーは男の横の椅子に膝を抱えこんで座り、男に質問を浴びせかけた。
　男は曖昧な笑みを浮かべるのみで一切言葉をしゃべらなかった。やがて男はコーヒーを飲み終え、椅子の背にもたれて目を閉じ、ジョーも鋭い目で相手をみつめるだけの時間が流れはじめた。

　「カイユン。」

　男に目を据えたままジョーは軽く手を上げた。男の視線がすっとカイユンに向く。

　「は？」

　「あたしにもコーヒー頂戴。疲れちゃったわ。この人にももう一杯ついでやって・・・・・クッキーも欲しいな。」

　「ナッツ？それともこの間焼いたチョコチップがいいですか？」

　「両方。」

　男は今度は自然に気持ち良く微笑んだ。
　ジョーは男の褐色をした顔の中に開け放した窓のような明るい青い瞳を覗き込んだ。

　「こっちだって自白剤使ったほうが速いのはわかってるのよ。でも自分からしゃべる権利ってやつを尊重したいわけ。どう？そろそろ話してみない？・・・・無理しないでよ。あなたが凶悪な犯罪者じゃないことはわかってるわ。兵士を殺さずに昏倒させたのが証拠。この武器じゃ、殺すのは簡単だものね。」

　鞭状の武器を腰のポケットから出し、彼女は二、三度振ってみせた。パトリックが面白そうに目を輝かす。

　「ジョー、次、僕に貸して！」

　カイユンが叫ぶ。

　「ダメ！そんな危ないもの！」

　マリオが怒鳴る。

　「バカ野郎！ギャアギャア騒ぐな！」

　ジョーはため息をついた。

　「・・・あのさ、いっとくけど、これでもあたしたち全員コスモ・アーミーから追われてるのよ。信じてよね。」

　男は笑いだした。驚くほどの大声で、笑ったあともはあはあと息をして完全に納まる迄には呆れるほどの時間がかかった。

　「わかったわかった。あんた達が面白がるような話かどうかは別にして話してやるぜ。」


　一同は場所を移し、予備室（カイユンは“居間”と呼んでいる）の白いクロスのかけられたテーブルのまわりに座った。男は自ら自分の本当の名をスラバタと名乗った。

　「ドルガ生まれのドルガ育ちさ、俺は。最下層部では少しは名の知られた情報屋だ。もっとも今は“破壊と再生”のメンバーということで追われているんだがな。」

　ジョーはテーブルに座って面倒臭そうに聞いているマリオに訊ねた。

　「マリオ、知ってる？」

　「ドルガに居たときには名前だけ知ってたな。だが、俺は“破壊”には縁があるかもしれないが、“再生”には興味もない。」

　スバラタは目を輝かせた。

　「おっ、あんたはドルガの人間かい？そうなら話は早い。」

　マリオはのろのろとテーブルから降りて座った。

　「ああ、いちおうあの星で生まれたぜ。その“破壊と再生”っつうのは軌道エレベーター崩壊に伴う政府の身勝手な政策に反対する地下組織だろう？暇なことだな。」

　皮肉げに言い放ったマリオをむっとしてスバラタは睨みつけた。

　「俺達はただささやかに生きたかっただけだ。お偉方は最下層で暮らす俺達のことを無視している。・・・・俺達は政府の建築計画とは別に自力で街を築いてきた。奴らはそれをいいことに俺達の暮らす街区は行政側の台帳では無人だとして、軌道エレベーターの補修のために街を埋めようとしているのさ。俺達は反政府活動を始めた。・・・・ところが奴らの出方が予測しにくい。そんな中、当局のやり方に嫌気がさした政府の役人が”下層エリア改造計画”の青写真を国外に持ち出したんだ。もうそりゃ、そいつを求めて政府と俺達の争奪戦よ。・・・・幸い、政府も手に入れていないらしいんだが。それを追い掛けてここまで来ちまった。もちろん、計画を多少は変えているだろうが大幅に変更するとは思えない。あの星で大規模な改造を行うとしたらあまり多くの選択肢はないはずだからな。それに、俺達は相手がどこまでわかっているかそこのところが知りたいんだ。」

　「ちょっと待てよ。そんな物騒な計画なら、コスモ・アーミーに知られたら問題なんじゃねえのか？ドルガがそんな非人道的な事をやっていると知れたら即、宇宙連邦の人権委員会が乗り出してくるだろう。考えようによっちゃ、コスモ・アーミーに見付けて貰うことがあんたらのためになるんじゃねえのか。このステーションには兵隊達も来て嗅ぎ回ってたが？」

　スラバタの鼻を鳴らす音が聞こえた。

　「コスモ・アーミーの兵士ってもありゃあドルガ宙域軍だ。ドルガ宙域軍は実質的にドルガ政府の傘下組織さ。それに持ち出されたのは小さなディスクで、暗号を解かないとそれが物騒なものだとはわからんはずだ。」

　新しいコーヒーをいれてきたカイユンが悲しげに首を振った。数々の修羅場を仲間達と共にくぐってきたカイユンだが、今だに少しでも人が人をないがしろにしているのに出会うと一般人、いや、一般人以上に悲しさに胸が沈むのだった。

　「・・・・これからどうするつもり？スラバタ。」

　現実的なジョーの言葉に熱いコーヒーの発する湯気に顔を埋め、一呼吸してからスラバタは青い目を上げた。

　「すまないがコスモ・アーミーがあきらめるまでの間、かくまってくれ。そのあとはあらためて考えるさ。また青写真を追うか、ドルガに帰るか・・・・あんたらに迷惑はかけない。・・・・ドルガに帰るのは難しいだろうな。下層エリアの住人の出入りは特に制限されている。」

　スラバタはコーヒーを飲み干した。そしてマリオに目をやる。

　「あんたも、そのすれた様子じゃ、下層エリアの出だろう？名前は？どんな仕事をしてた？」

　マリオは両足をあげてテーブルクロスの上に投げ出した。カイユンが注意しようとしたが途中でやめた。マリオの目はいつになく真剣なものだった。

　「ああ、ガキのころ、あんたの街区にもいたことがある。十三のときに国外に出ちまったがな。俺は爆破屋。名前はマリオだ。」

　スラバタの顔が弛緩した。褐色の肌は見かけが変わらないがおそらくは紅潮している状態なのだろう。

　「あ、あ、あんたがマリオ・リベラか？」

　「・・・・俺は化けモンじゃねえぞ。大げさに驚くな。」

　「こ・・・・こりゃ凄い！あんたは俺達の間じゃ伝説の男なんだぜ。」

　これにはジョー達の方が驚いた。一番冷静なのは話題にされているマリオだ。彼は静かに目を閉じた。

　「勝手に伝説化するな。迷惑だ。」

　「しかしだな！研究施設に居れば将来を約束されていたのに、反逆して爆薬で難関を突破しながら逃げおおせた人間だろ。俺の掴んだ情報では、あの研究施設にいる学者は、最高の遺伝子をもった秀才の集団ってことじゃないか。」

　「へえ、マリオさんって凄かったんですね。」

　カイユンの言葉に対する反応はなかった。
　マリオの頭に、思い出が駆け抜けた。
　次代を担う人材を育てるために試験管ベビーとして人工子宮で生を受けた百人の子供達。彼はその一人だった。幼い頃から継続して詰め込まれた知識。マリオにとっては学習課題はいつだって簡単だった。ところがそれは大人の物理学者が解いてもかなりの時間を要するものであると知らされ、子供心に不思議に思ったものだ。同じ時期に研究所で机を並べた仲間達は九十九人いたのだが、仲間の誰ひとりとして学問ではマリオにかなう者はなかった。しかし、マリオはいつしか建築ではなく爆破に興味を移していた。上から押しつけられたものではない自分だけの学問。仲間の少年少女達は強度の強い軌道エレベーターの設計に心を砕き、マリオは何もかもを破壊することを夢見ていた。隠れて本を読み、実験し・・・・そして彼は何人かの友人に助けられて自分で作った爆発物を使い脱走した。下層エリアを駆け回り、胡散臭い男達の使い走りを引き受けて暮らし・・・・

　忘れてしまった昔の仲間達の名前、捨ててしまった昔の暮らし・・・・暮らしと一緒に捨てた透き通った心。

　「秀才、か。俺は天才なんだがな。」

　カイユンが吹き、ジョーがうんざりしたように伏せた。

　「あんたってば、謙虚ってことを知らないわね。」

　マリオは続ける。

　「・・・・真実を言っただけだ・・・・」

　ロマノフが伏せているジョーの肘をつついた。
　ジョーが見たマリオの顔はいつもと違っていた。いつも皮肉に冷笑している口元は、今は一文字に結ばれ、目は虚空を見つめている。長く細い指はズボンの膝のあたりをぎゅっと掴んでいた。

　「マリオ、あんた・・・・」

　マリオは微笑んだ。素直な笑顔が彼の場合は不似合いだった。

　「行くぜ。ドルガに。スラバタ、嬉しそうにするな。俺はお前らの手助けをしに行くんじゃねえ。前に言ったように俺の専門は”破壊”だ。”再生”は嫌いだ。・・・・おい、カイユン、なんて顔しているんだ。俺は派手な爆破が出来そうだから行くんだ。それ以外の理由はないぞ。」

　もちろんジョーは裏に何かがあると確信していた。そしてそれがマリオにとっては命を賭ても成さなければならない事であることを。
　マリオは陽気に喋り続けている。

　「ま、いいけど。資金繰りが難しいわね。」

　ジョーが呟くとマリオが舌打ちした。

　「おい、俺はぞろぞろ揃って行くとは言っていないぞ。俺一人でさーっと行ってさーっと帰ってくるから・・・・・」

　「無理よ。」
　「無理だね。」
　「無理ですよぉ。」

　ソーンダイクも頷いた。

　「なんでだよ！」

　「あんたは最高の爆破屋かもしれないけどどうやってドルガにいくってのよ。あんたの操船技術は中の下ってとこよ。」

　「そうだ。それに、今はドルガ政府がピリピリしている時だ。銃くらい使えなければ生きて帰れないぞ。君の銃の腕は過大評価しても中の中だ。」

　「マリオさんのことだから何かあったらかーっとしてむちゃくちゃするに決まってます！マリオさんの理性は下の中ってとこです。誰か一緒でないと・・・・」

　「・・・・情報機器を使いこなせない人間が単独行動・・・・データ不足で自滅・・・・」

　たたみかけるように言葉を浴びせかけられ、マリオはむっとした。

　「・・・・俺ってそこまで信頼されてないのか？」

　「当然。」

　ジョーに即座にこういわれては反撃のしようもない。彼らの仲間意識がこんな会話をさせているのだ。面と向って真面目な話はとても出来ないマリオだから・・・・
　マリオは立ち上がった。頭を掻く。

　「とにかくパトリックのようなガキを含めて六人でやる仕事じゃねえ。どうしてもというならあんた達はスラバタの言ってた”青写真”の方を追ったらどうだ？それが手に入れば俺の仕事の役にたつ。いや、政府の手に入れば俺の仕事は失敗だ。おい、スラバタ。ディスクを持って逃げているのはどんな奴だ。」

　急展開にスラバタは戸惑い瞳をパチクリさせた。兵士相手に命懸け立ち回っていた姿が嘘のようだ。

　「あ、ああ。俺も正体は知らんのだが、八歳くらいの少年を連れた女らしい。」

　ジョーとカイユンが顔を見合わせた。宙港で捜索されていた女性がそんな重要人物だったとは。

　「おーし、そんだけわかっていりゃあどうにかなるだろう。だから・・・・」

　「うん。じゃ、二手にわかれましょう。」

　「・・・・あのなあ、あんたはどうしても俺を一人では行かせない気だな。」

　「あたりまえでしょ。・・・・死ぬわよ。あんたなんかでも死んだら夢見が悪い・・・・・ところでスラバタ。その青写真を手に入れたら報酬貰うわよ。いいわね。じゃ、ソーンダイク、その追っ掛けられてる子供連れの女性について、コスモ・アーミーから情報を失敬してまとめてくれる？」

　
　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　夜の時間帯になった。スラバタは逃げ回った疲れと失血で眠りにつき、ロマノフとソーンダイクはすでにドルガへの航路計算を始めている。カイユンは興奮して眠れなかったパトリックをやっとこさ寝かしつけて自分が寝る準備をしているところだ。マリオとジョーは貨物区域で座りこんでいた。


　「姿が見えないと思ったらこんなところで・・・」

　「悪いか？」

　「いや、ただ、らしくない。」

　黒髪に黒い服のマリオ、黒のジャンプスーツのジョーは非常燈の仄かな明かりの下では互いの顔だけぼんやりと見えている状態だった。

　「よりによってなんでまた嫌っていた故郷に行きたいなんて言い出したの？」

　マリオのため息の音。

　「・・・・生き死ににかかわることになっちまったからな。・・・・人を殺すのは俺の美学に反する。…俺は知っているんだ。」

　「何を知ってるっていうの？」

　「軌道エレベーターを再建するための別の方法だ。」

　「・・・・破壊専門じゃなかったの？」

　「ああ、爆破は好きだ。好きだし俺の仕事だ。ただ、人間には嫌いでもできることってのがあってな・・・・俺はそれができたのに誰に教えるでもなくここまできちまった。そのせいで大量に人が死ぬのは俺の主義に反する。・・・・俺は清算するために行くんだ。それに第一面白そうじゃないか。」

　くっくっとジョーは喉の奥で笑った。

　「素直じゃないわね。・・・・」

　「ああ、素直に生きるなんで面白くもない。俺は爆破、破壊、そういったものだけに燃える体質なんだ。」

　「そういう素直じゃないのに付き合う身としてはたまったものじゃないけど。」

　「・・・・そっちが勝手に付き合おうとしてんだろうが。・・・・パパ・ロマノフはどっちに行くにしても大丈夫だし、ソーンダイクはどっちに行ってもそれなりに足をひっぱるだろうが、俺んとこには必要だ。ドルガは情報社会だからな。カイユンはどうするんだ？今回あいつはどうころんでも足手纏いだろ？残ってパトリックの面倒を見させるか？・・・・考えようによっちゃ、パトリックの方が役にたつぞ。」

　確かに。カイユンは生物学だけは一流だ。だが一般市民よりずっとましなものの戦闘には向かない。

　「あはは、でもね、カイユンにはある種の特殊技能があるのよね。落ちこんだとき、あの子がいると元気が出る。・・・いや、あの子をいじめてあたしが楽しんでいるのかな。マリオが“破壊する者“なら、カイユンは“再生、創造”、そういった分野の存在。・・・・カイユンが居ると、一般人との接触には便利よ。・・・・そういうマリオだって、カイユンが昔にくらべてずっと成長した・・・・大人になったの、わかってるでしょ？」

　二人は暗い中、少し離れた位置で膝を抱えて座り続けた。

　「一杯飲む？少しならつきあったげる。」

　「あんたに親切にされるとどうも調子が狂うぜ・・・・ま、長い間の不在になるからな。どうだ？今日辺り・・・・・」

　マリオの腕がジョーを抱いた。ジョーは背中に回されてから自分の胸の上をもぞもぞと這っている彼の手を掴むと体を入れ替えて背負い投げした。

　「付け上がんじゃないわよ！」

　そこにコクピットから呼び出しがかかった。スピーカーからゆったりしたロマノフの声が聞こえる。

　「新しい展開だ。来てくれ。」



　宇宙港の建物群を示したマップで赤い点が点滅していた。

　「どうしたの。これ。」

　ソーンダイクがさらなる情報を求めてキイボードを操作する。

　「爆破です・・・というより煙幕と催涙弾。何者の仕業かはまだ当局は掴んでいません。」

　顎に手を当てて眺めていたマリオは内心舌を巻いていた。混乱を引き起こそうと思ったら、おそらくマリオも仕掛けそうな場所だ。第一爆発地点は宙港内の倉庫区画、続けて乗務員宿泊施設。乗降ブリッジに送迎バスの発着場、あとは仕掛けるとしたら宙港内ショッピングセンターあたりだろう。・・・・これが逃亡者の仕業だとしたら・・・・そんなふうな事を仲間に喋り、騒ぎで起きてきたスラバタに尋ねるとスラバタは曖昧に頷いた。

　「どんな技術をもっているか皆目わかっていないんだ。子連れの女爆破屋なんていったら俺達の組織がチェックしていてもおかしくないんだが・・・・」

　ソーンダイクが低く呻いた。

　「どしたの。」

　「こちらのマシンに侵入されました。・・・・昨日から継続してアクセスをしていましたから不審に思われたと推測され・・・・！！・・・・排除完了・・・・」

　一瞬の沈黙。次の瞬間大騒ぎになった。

　「じゃ、ここがわかっちゃったって事じゃない！」

　大騒ぎするのも道理だ。調べられれば埃が出るどころの面々ではない。

　「予定変更！ぼさっとしてないで緊急発進よ！爆発の混乱に乗じて脱出するわ。行き先はドルガ。ロマノフ、航路計算は？」

　「なんとか済んでいるよ。ジョー。」

　彼女は計器板のスイッチを次々にオンにした。身を翻し、壁面のボックスから黒いバックパックを出し、背負いながら叫び続けた。

　「スラバタ。一緒に行ってマリオを案内して。あなたの力がきっと役にたつわ。ソーンダイクは管制のコンピュータに割り込んで離陸エリアへのゲートを開放。ロマノフ、管制の誘導なしでも離陸できるわよね。信じてるわ。こういう情勢だもの、パットとカイユンは置いていくからね。」

　ロマノフはパイロット席に座ったものの叫び返した。

　「君はどうする？」

　「もう捕まってしまってるかもしれないけど、逃亡者を追ってみるわ。後から追っ掛けるから心配しないで。ロマノフ、あなたがいないとマリオは突っ走るから…よろしくね・・・・」

　宇宙船アケルナルはゆっくりと機体を移動させた。コンピュータの無表情な音声が響く。

　“ＢＲ−βエリアの機体。離陸は許可されていません。止まりなさい。警告する、止まりなさい。”

　その間にジョーは装備を整えふっと手をあげて仲間に挨拶するとエアロックを開けて飛び降りた。マリオはジョーの後を追って扉まで行ったが、傍らの手摺りを片手で掴み身を乗り出した姿勢で止まった。ここで自分が行っても何にもならない。ロマノフはエアロックを静かに閉めていく。ジョーが単身危険に飛び込んでいく形だが、彼女ならきっと大丈夫だ。と、こともあろうにカイユンが顔色を真っ青に変えてマリオの横にたったっと進み何やら抱き抱えてジョーの後から飛び降りた。

　「馬鹿やろー！何考えてんだ！」

　閉まりきる直前のエアロックの隙間からマリオの叫びが聞こえ、すぐに消えた。
カイユンはというと先に降りていたジョーの上に飛び降りる格好になり、立ち上がろうとしていたジョーはぐしゃりとつぶれた。

　「お馬鹿っ！女を押し倒すんならこんなところじゃなくって・・・・！」

　「え！あ？」

　言われた言葉を反芻するほど落ち着いている場合ではない。

　「へ？・・・・あっあっあっあっ！アケルナルが行っちゃうー！」

　・・・・カイユンはこの星に残る気はさらさらなかったらしい。
　無情にも、しまってしまったエアロックは再び開くことなく、アケルナルはかなりの高速で走っていく。茫然と見送る彼の足をジョーが払った。

　「早く！怪しまれるわよ！」



　十分後、二人は、ショッピングセンター内を平然と歩いていた。こういったステーションは宇宙船の管理については厳しいが、宙港を出ないかぎり人間は自由に動ける。アケルナルは手配されているだろうが、ジョーもカイユンも顔が知られてはいないはずだ。宙港使用の際提示した身分証は当然のことながら偽造物件だったことであるし。

　「で、何であたしについてきちゃったのよ！」

　カイユンが元気なくアケルナルから抱えてきた紙袋を差し出す。ジョーが不機嫌に受け取って手を突っ込む。その袋から秘密兵器でも出てくれば格好がつくのだが、ジョーが引き出したのはほとんどが箱入りの携帯食料と薬品だった。

　「・・・・僕、昨日、非常用バックパックの点検をしてたんです。そしたら、非常食と薬品類が使用期限ぎりぎりのとこだったので、中から抜いて新しいのを買って別の場所に確保してたんです。そこにスラバタさんの騒ぎが起こって・・・・だからバックパックには他のものはともかく薬品も非常食も入ってなかったんで・・・・キャプテンが飛び降りてから僕はそれに気付いて新しい薬品と非常食を抱えて飛び降りたんです。そしたらエアロックが閉じて・・・・思えば上から投げればよかった・・・・しかし・・・・ここでするような話じゃないですね・・・・」

　ため息混じりに傍らの店を見ると、でかでかと”長期旅行用食品・雑貨セール”と原色で書かれた看板がカイユンを嘲笑うかのようにたてかけてあった。

　「ため息ついてないで、あたりをよく見て。・・・・マリオが言ったでしょう。ここは爆薬を仕掛けるのに最適な場所の一つなのに仕掛けなかった。・・・・少年を連れた女性。居るかも。見落とさないようにね。ずっと子供連れで逃げ続けてかなり疲労してるとは思うけど。あんな風に・・・・」

　休憩コーナーのベンチに眼鏡をかけた細身の女性が座っていた。眠っているらしい。傍らに大型のボストンバッグを持っているところからすると、旅行途中、乗り継ぎの時間をここで過ごしているのかもしれない。二人はその女性のそばを歩き・・・・カイユンがおや？という顔をした。変な匂いが彼女からしている。人間よりはずっと鋭敏な感覚をもっているカイユンには、それが血と膿の匂いだとわかった。そのつもりでじっとを見つめると、クリーム色をしたカットソーブラウスの脇腹に、小さな赤茶色の染みが浮き出ているのが見つかった。ジョーに耳打ちすると、ジョーはすぐさま女性の隣に座り、”失礼ですが、ドルガの方ですか？”と囁いた。その短い言葉が女性に及ぼした影響は多大なもので、彼女はボストンバッグをひっつかむと逃げようとした、が、体がついていかずにジョーの胸に倒れこむような格好になった。ジョーに目で指示され、カイユンがバッグをあけると手足を縮めてぐったりとしている小さな子供が発見された。さり気なく女性のブラウスをめくったジョーはさきほどカイユンに渡された紙袋から保護パッドを引っ張りだし、素早く傷に当てた。

　「レーザーね。傷自体はたいしたことないのに衰弱が激しいわ。・・・・そっちの子は？」

　既にカイユンは子供を抱き抱えていた。

　「・・・・脱水症状・・・・だと思います。」

　「治せる？」

　「大丈夫。そっちの人も水と栄養を補給した方が・・・・・」

　「ん。わかった。カイユンはその子をある程度元気にして。」

　ジョーは小さな丸いものをカイユンに渡し、女性をささえて立たせた。

　「通信機よ。落ち着く場所が決まったら連絡をするわ。あたしはこの人を受け持つ。分かれて逃げるわよ。」


　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　カイユンは宙港内のグリーンエリア（公園のようなものだ）でぐったりとしている子供を膝の上に抱え、湿らせたタオルで汗にまみれた顔や首筋を優しく拭いてやり、ビン入りの清涼飲料をストローで飲ませていた。体は小さいがきりっとした表情は十歳くらいかもしれない。長い睫、優しい顔立ちは知らされていた情報とは違い女の子だとわかる。少しずつ液体を飲んでいる様子は弱々しいが、生命の危機は脱した。長時間バッグに詰め込まれ、ろくに飲み食いしなかったのだろう。
　カイユンは何か事情があるのはわかっていても、小さな子供にこのような試練を強いる母親に怒りを感じていた。
　彼は亜人間との混血である。厳しい環境の植民星に孤立したカイユンの先祖達は、星の原住生物である水棲亜人間と混血することによって生き延びた。混血といっても科学的な手が加わって辛うじて為された事であり、死産や亜人間に近い体制への先祖返り、突然変異などで乳幼児の死亡率は非常に高かった。一回に母体に宿る子供はほとんどが複数という生物種としての特性があっても人口はなかなか増えてはくれなかった。それだから子供は常に社会全体から保護され祝福されて育てられた。障害をもっていても、先天性の病気を持っていても家族の、そして社会の宝として愛情をもって育てられたのだ。・・・・時代が下って乳幼児の死亡率が下がっても、子供を大切に育てていく心は変わらなかった。一組の夫婦は平均して六人の子供を持ち、政府は育児を補助し、“家庭の崩壊”なる言葉とは無縁の惑星でカイユンは育ったのだった。
　自分が膝の上に抱いた黒髪の子供を彼は優しく見つめた。故郷の星では上の姉や兄の子供はもちろん近所中の子供達の世話を進んでひきうけていたから扱いは手慣れたものだったし、なにより彼は子供が好きだった。・・・・彼は自分はおそらく父親にはなれないと考えている。もしも亜人間との混血の彼が人間の女性と結ばれても、胎児が母体に悪影響を及ぼし、双方死亡に至る可能性が非常に大きいからだ。そして、故郷と環境の違う星で育ってしまった彼には重力の大きな故郷の星で暮らすことはもう不可能であるから故郷の女性に出会うこともない。・・・・・自分と同じ境遇・・・・・研究対象として故郷から外の世界に連れ出された故郷の同胞・・・・に会わない限り、自分の子供をこんな風に抱くことは有り得ない。

　カイユンはぼんやりそんなことを考えながらそおっと子供を抱き直した。子供は完全にリラックスしていた。犬が犬好きの人間を瞬間的に見抜くと同じように、理屈ではなく空気でカイユンが信頼しても大丈夫な人間だと結論したのだ。

　「助かったのは私一人なの？」

　小さな擦れ声で尋ねた子供にカイユンは笑いかけた。

　「大丈夫。僕の仲間のもの凄く頼りになるお姉さんが安全なところに連れていってくれている。もう少ししたら呼んでくれる。そうしたらお母さんに会えるよ。」

　「・・・・怪我してるの。私をかばってレーザーに当たったの。ほんとに大丈夫？」

　細い目を一杯に開き、泣きそうになった子供のこめかみに落ちてきた髪を耳にかけてやる。

　「ほんと〜に大丈夫！僕の仲間のお姉さん、すっごくすっごく強いんだよ。・・・・・強すぎるって思うこともある。」

　一瞬ぼそぼそ声になったカイユンを不審そうに見上げる少女に向かって芝居がかった咳払いを三回し、続けた。

　「それに少しくらいの怪我は治せるし・・・・君のお母さんは強いんだろう？君が泣いちゃおかしいよ。・・・・君のお母さん、あんなに警戒されてた中で、いろいろなところを爆破して壊して逃げてこられたんだもの。絶対に大丈夫だよ。」

　子供はカイユンにそう言われて何故だか逆に不安げに首を傾げた。つかまっていたカイユンのシャツにぎゅっと力をいれてしがみつく。細い指が白くなった。カイユンが子供の顔を覗き込むようにすると子供は唇を噛んだ。

　「確かに強い人なの。でも・・・・無茶をしてる・・・・それに・・・・爆破をしたのは私なの。」
家事担当、あいかわらずへっぽこなことをしています。・・・・・どう考えてもジョーの足をひっぱりそうに思うのですが・・・・・
マリオは柄にも合わず、故郷の救済の為に出馬したようですが、勝算はあるのでしょうか。
しばらくは二手に分かれてお話が進んでいきます。

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