| 宇宙には”仕事屋”と呼ばれる者達がいる。彼らは惑星開発、物資輸送、科学的調査、救難作業、産業スパイ・・・・技能に応じてだがありとあらゆる仕事を引き受ける。そのほとんどが十名前後からなる小規模のチームであり、苛酷な状況の中を生きていくだけあって、多少の危険はものともせず、利益の為とあれば人殺しも辞さないあらくれ男の溜り場であった。 彼らは大きな仕事が山ほどあり、食いはぐれることのない開発宙域に結集してくる。 今、ここにそんな仕事屋の定義からは少し外れた奇妙な仕事屋がいる。 彼らがいるのは宇宙船アケルナル号の中。場所はフェラッグ星に行く途中で立ち寄った小惑星上に存在する“ステーション０７０”である。彼ら仕事屋チーム“ドロップアウト”は諸々の事情により、宇宙連邦の正規軍であるコスモ・アーミーから追われているのだが、まあこの交易ステーションはいまのところ安全のようだった。 一つ断っておくと、コスモ・アーミーに追われているといっても彼らは人殺しを厭わぬような凶悪犯罪者ではない。仕事屋としての腕はピカ一で、なろうとすれば超凶悪犯罪者たりうるのだが、犯罪者というよりも一言で言えば“ヘンな奴ら”である。 チームリーダーのジョーことジョセフィーヌはまだ２５才の女性。外から見ている限りはお嬢様といった感じの美人だが、操縦桿（エアカーでも戦闘機でも宇宙船でもなんでもいい）を握らせたら、・・・まあその操縦技術に勝てるものはめったにいない。 爆破のエキスパートマリオ リベラは、物理学の相当な権威らしいのだが、”夢は惑星丸ごとの完全爆破”という物騒な男。飲む、打つ、買う三拍子揃っているのもチームではこの男だけである。 キム カイユンは医療、生物学担当。天真爛漫、お人好し、亜人間との混血で、イルカと話せ、泳ぎがうまく、衝撃につよい（地上２０メートルくらいからなら落ちても死ぬことはない！）・・・・のせいかどうか、２１にしてまだまだ大人になりきれない万年少年。ひたすらジョーを尊敬している。 そして、元コスモ・アーミー諜報部員、狙撃の腕なら一番のロマノフがいる。彼は仕事屋向きといえば仕事屋向きの技術をもっているのだが、物静かで思慮深い性格はこのチームの”父親”という位置に彼をつかせている。 同じく口数の少ないメンバーとしてはソーンダイクがいる。・・・・といってもソーンダイクは会話が極度に苦手なだけだ。コンピュータの天才で決して悪い人間ではないのだが、人付き合いが悪く、表情は濃い茶のサングラスの下に隠れてしまっており謎である。 残る一人は当年とって７歳のパトリック坊や。金髪碧眼の美少年である彼はコスモ・アーミーによって最高のソルジャーとなるべく育てられたせいでロマノフの次にすぐれた銃の腕をもっているが、その腕を生かす機会はいまのところあまりない。・・・・・・あたりまえだが大人達が使わせようとしないのだ。よってパトリックの毎日の仕事といえば“お勉強”か“トレーニング”か“お手伝い”ということになる。が、“手伝い”のほうは宇宙船の方では現在間に合っていた。仕事がないのである。 そもそもこのステーションにとどまっているのは機体の整備の為だった。最新式の宇宙船を前の仕事で貰ったのはいいが、（前作『人の命・星の命』参照）どうもジョーの手には馴染まない。そこで自分達の手でチューンナップをしているところなのだ。パットの出番はない。 いうまでもなく、生物学者であるカイユンの出番もない。で、この数日間カイユンはパットを連れて宇宙港付近にのんびりと買物に出掛けるのを常としていた。 ステーション０７０は大きめの小惑星に築かれたごく普通のステーションである。つまり宇宙船が発着し、貨物が取引される地区と、大手百貨店から怪しげな店まで揃っている商業地区、そしてステーション本体の機能を管理する地区が同じ程度の重要さを認められて運営されている。 買物帰り、カイユンは宇宙港の発着ラウンジでベンチに座り唸っていた。 「う〜っ・・・・」 一機の大型宇宙船がやってくる。カイユンの目はそれに釘づけだ。外部の様子をラウンジに映しているスクリーン映像は非常に鮮明で機体の細部まではっきりわかる。 「う〜ん・・・・」 パトリックが隣に座ってにこにこと笑っている。 やがてカイユンは目を暝り、人差し指をピンと立てて呟いた。 「高出力ラムゼー駆動エンジン搭載ＥＮＧ型輸送船！」 「は〜ずれ！」 パトリックはカイユンの真似をして目を暝り人差し指をピンと立てるとすらすらと訂正した。 「あれはセイラム社のファネス駆動エンジン。型番はＳＮＧ、汎用タイプの旅客機だよぉ？」 からかうようなパトリックの口調にカイユンは仏頂面して膝の間に頭を埋めた。落ち込んでいるところに更に追い打ちがかけられる。 「カイユンってばこれだもん。ジョーにバカにされてもしかたないよね。」 カイユンは前に伏せたまま心の中で“言われなくてもわかってる！だからこうやって練習しにきてるじゃないか！”と毒突いた。 もとはといえばカイユンが宇宙船の駆動理論をパトリックに教え始めたことから始まったのだ。駆動理論は宇宙船の操縦を学ぶものにとっての最難関だ。もともとカイユンは宇宙船の専門家ではない。しかし子供に教えるということにかけてはカイユン以上に適当な人材はない。優しく、根気強く、なにより教え方がうまい。ゆくゆくはジョーかロマノフに譲り渡すとしてもカイユンも先生役をすることにやぶさかではなかった。 しかし、しかしである。 宇宙船の型番その他、外側からわかることはパトリックのほうが先生になってしまったのだ。“型番などわからなくても宇宙で生活できるんじゃないのか？”と不審に思う向きもあるだろうが、これは意外に大切なことである。追われた場合、逆に追い掛ける場合宇宙船の性能を知っていれば役に立つし、仕事を引き受ける際に相手の持ち船の様子から経済状態もわかる。・・・・というわけで、カイユンは宇宙港で修業中なのである。カイユンは頭を起こし、息をついた。随分と年少の友人をやや尊敬の交じった眼差しで見つめる。 「・・・・う〜ん。どこでわかるんだい？」 「塗装からセイラム社だってわかるでしょ。セイラム社の駆動エンジンはこの３０年間ファネスだって図鑑にのってたよ。それから、必要以上に用心深く入ってきたから旅客機に間違いない。お客さんになにかあったらたいへんだから、むやみに制動かけちゃいけない規則なんだよね。」 言われてみればそのとおり。 「う〜っ！次のやつこそ当ててみせるからね！」 握り拳をつくり力むカイユンの背をパットはなだめるようにポンポンと叩いた。微小重力下、ふわふわとあたりを行き交う人々がカイユンの割りと大きな声にびっくりして足を止めた。ベンチから少し離れたところにある案内カウンターに座っている若い女性は驚かずに吹き出した。この三日間カイユン達の同じような光景を続けて見てきたのだ。・・・・親子にしては年が近すぎるし、第一全然似ていない。どういう関係かわからないがこの二人は見ていて微笑ましかった。迷子が出れば親を捜すのに協力してくれ喧嘩が始まれば間に立ってその場を穏便に収めてくれる。やってきて行き過ぎるだけの人間ばかりのステーションで、彼女はこの奇妙な二人連れに愛情に似たものを感じていた。 宇宙船の到着がしばらく途絶えるとカイユンは青いギンガムチェックのナプキンに包んだ弁当を膝の上に広げた。今日はサンドウィッチ。甘い紅茶を魔法瓶からカップに注いでパットに渡し、自分もすする。と、カイユンは受け付け嬢をちらっと見、何事かパットに囁くと少年は魔法瓶と携帯コップの一つを持ってカウンターへとやってきた。 「お姉さん、忙しくてたいへんですね。紅茶をたくさん持ってきましたから飲んでください。」 案内嬢はこの好意をありがたく受け取って紅茶を飲んだ。やけに甘かったが疲れが取れていくように思えた。彼女は彼らがコスモ・アーミーからの逃亡者とは夢想だにしていない。・・・・普通、逃亡者というものは、宇宙港でナプキン広げて弁当など食べたりしないものである。 “もうすこし頼りになりそうなら声かけちゃうんだけどな。” そう考えていると、スクリーンにまた新しい宇宙船がとびこんできた。このごろやけにこのステーションは賑わっている。 「よし！こんどこそ！・・・・セイラム社だけど古い船だから・・・・ダンデムアエンジンのＧＣＥ型！どうだ！」 「カ〜ン！違うよ！セイラム社じゃないよ。塗装の仕方が違う！ラムゼーの旧型エンジン！」 「二人とも違うわ！」 サンドウィッチ片手に大声を張り上げていた二人は割り込んできた澄んだ声に声に驚いて振り向いた。そこにはチームリーダーのジョーが立っていた。黒いジャンプスーツにセミロングの綺麗な栗色の髪。茶色の瞳は口調とは異なり優しくキラキラ輝いている。 「あれはセイラムの中古船よ。なんかワケありで故意に塗装を変えてるわ。エンジンは別のをのっけてるわよ。あの制動のかけかたの不安定さからしてディギンあたりかな。違法な改造もやってるわね。」 “あらら、すごい美人” 案内嬢はすっかり観客になっている。 「あれ、キャプテン？アケルナルの整備は終わったんですかぁ？」 ジョーは一回ぐしゃっと栗色の綺麗な長い髪を華奢な指でかき回してから腕を組んだ。 「・・・・終わっちゃいないけど・・・・船にいきなり大きなロッキングチェアが届けられてきたのよね・・・・あれに関して何か弁明ができるんならしてもらおうと思って。」 カイユン、破顔一笑。 「あ、あれですか！安かったんですよ！しっかりした作りで背板のところの葡萄の彫刻が綺麗でしょ？」 ジョーの目がすうっと細くなった。良くない兆候だ。 「あのね、あたしたちは、仕・事・屋。宇宙船のどこで誰がロッキングチェア揺らすってのよ！」 カイユンは髭の生える兆候すらないつるんとした顎に手を当てた、 「・・・・そうか、何かの事情で重力場発生装置を切ってしまって無重力になると扱いがたいへんですね・・・じゃ、老後の楽しみにでも・・・・」 ジョー、脱力。 「・・・・今から老後のことを考えたくはないわよ。」 一瞬だがロッキングチェアを揺らしながら編み物をするというカイユンお好みの老後の光景を想像し、（編み物をしているのはカイユンだ。）ジョーはげんなりした。 「・・・・今更返品しようもないけど、これ以上変なものを買われたら厄介だから止めにきたのよ。巷ではいろいろなものの投げ売りをやっているそうだから。カイユンみたいなカモはすぐにひっかかって損するわ。」 これは事実に反する。たしかにカイユンは純朴で人情に厚いが、普通に買物をしている限り絶対に損はしない。むしろ店の親父と友達になって異様な安値まで値切るという特殊技能を持っている。 しかしカイユンはぽりぽりとこめかみのあたりをかいてみせた。衝動買いはたしかにし易いかもしれない。 ジョーはカイユンにくっついてちょこんと座り、サンドウィッチを一個つまんだ。 「投げ売りしたのと同じ原因で仕事屋も求められてる。ここにあたしが来たのは商談をまとめる為でもあるの。」 「なぜ投げ売りがあると僕らに仕事が来るんですか・・・・？」 「・・・・惑星ドルガが崩壊しつつあるからよ。」 惑星ドルガ。銀河に名立たる商業惑星である。開拓に手がつけられたのは銀河連邦成立以前に遡る。 ドルガは決して自然条件に恵まれた星ではなかったが、“人間が呼吸しても死につながらない”空気を有する惑星は当時珍しかった為、総力をあげて開拓が進められたのだ。他の惑星からやってきた輸送船が地表に着陸せずに荷物を積降ろしできるよう地表と大気圏外をつなぐ長大なエレベーター・・・・通称軌道エレベーターが建造され、宇宙ステーションも作られた。他の惑星に先駆けて作られたこの仕組みの為ドルガは繁栄し中継惑星として銀河の富を吸い上げていった。どんどん建造される軌道エレベーター、その先のステーション、その基部の都市建造。・・・・物理学者、建築学者、政治家、資本家・・・・どんな分野でも彼らは新しく築かれた宇宙連邦で重要な地位を占めることとなった。 時は流れ、ドルガは百を超える軌道エレベーターを北半球に持つようになった。エレベーターの先端は互いに結ばれ、遠目には半球形の鳥篭にそっくりだった。・・・・依然として銀河の富は集中していたが、その代わりにドルガは自然を失った。現在エレベーターの基部には最も薄いところでも三十層、厚いところでは百層以上の階層都市が惑星表面を覆っている。僅かな植物で供給しきれなくなった酸素を賄う為大規模なしくみが南半球ではたらき、空気の浄化を行っている。 もはやドルガは惑星としては死に瀕しているといわれていた。 「・・・ドルガの軌道エレベーターのうち二基が崩れたんだって。やっとこさドルガ政府から正式発表があった。古いものだもの無理はないわ。おまけに他の奴もいくつかはいつ崩れるかわからないときてるんだから・・・・・あそこを中継基地として貨物運搬をしていた運送業者はたまったものじゃないわよね。他のとこを経由するには燃料が不足だって人間がここで投げ売りをやってるのよ。今節、燃料代が高いから無理ないわ。そして投げ売りできない性質のものを仕事屋に託しているわけ。量的に小さな仕事でもたくさん引き受ければなかなか儲かりそうよ。」 儲け話ならば笑顔が出そうなものだが、今のジョーは仏頂面である。その理由をカイユンは知っていた。 「ドルガと言えば・・・・」 「ん・・・・そうよ、マリオの故郷。」 チームの中で最も危ないと言う点で仕事屋らしい男、マリオ リベラは十三才になるまでこの星に居たらしい。父は高名な物理学者、母もまた高名な物理学者・・・・らしい。らしいというのは彼が人工子宮で育てられた試験管ベビーであったからだ。建造物がもうそろそろ耐久年数の限界に達していると知っていたドルガの科学者達は軌道エレベーターならびに基部の階層部分を補強する策を練っていたが、一回、完全に破壊する以外の方法を考えだせなかった。それには莫大な費用がかかり、ドルガの経済はマヒし、商業星としての地位は失墜する。それを防ぐ為、研究を続ける他に優秀な遺伝子を持った子供達を赤ん坊の頃から教育し、新しい発想をもった建築学者にして危機を乗り切ろうとしたのだ。 マリオは百人育てられた試験管ベビーの一人。本人曰く“知能指数は百人のうち一番だった。”それが事実かどうかはべつとして、マリオは綿密な計画をもって教育されたにもかかわらず、建築より爆破に興味をもってしまった。工作室で秘かに作った爆薬を使い脱走、泥棒だの、怪しい男達の使い走りだのを経、十三才で貨物船に密航して国外脱出、リマン星に来て連続建造物爆破犯人として手配・・・・捕まってひょんなことからジョーと出会う。・・・・ 「マリオさんはこのことを知っているんですか？」 「あたしたちがニュース見てて、あいつもそこにいたんだから知ってるわよ。」 「で、マリオさんどうしました。」 「そのままふいとでてったわ。・・・・」 ジョーは黙りこんだ。何かを考えているのかと思ってカイユンは静かにしていたが、どうやらマリオのことを気遣っているわけではなさそうだ。彼女の視線の先には二人の男がいた。 コスモ・アーミーのマークのついたブーツが三人の前を通り過ぎた。兵士は二人で何かを話しながらごったがえす宇宙港の喧騒の中を歩いていく。何者かを捜しているようだ。二人ともまだ若い兵士だ。おそらく銃を抜いて戦ったことはあるまい。かといって行方不明者の捜索ではなさそうだ。かすかに耳に入ってきた会話の断片は“子供連れだ。遠くにはいけまい。””危険な相手ではない、見付けさえすればあとは簡単だ“問題はこの星にいるかだ。” ジョーは立ち上がり鋭い目付きで兵士を見送った。 「そろそろ引き上げよう。あたしたちのことを知ってはいないようだけれどコスモ・アーミー関係者とは係わりあいになりたくないわ。ん？どうしたの？胸押さえて。」 カイユンは苦笑いした。 「胸焼けしちゃったみたいです。・・・・・昨日こがしちゃったクッキー、もったいないって全部食べちゃったせいかなあ。」 胸焼けにしてはそれは胃よりも随分上のあたりだったが・・・・・ 「そう？帰ったら胃薬飲んでおいた方がいいわね。」 パットはは案内嬢のところに走っていって背伸びしてコップを受け取った。案内嬢はカイユン、パット、ジョーを見比べていたが、慎みが好奇心にまけて質問をした。 「ありがとうおいしかったわ。ねえ、坊や。あの人達は坊やの兄弟？」 パットは無邪気に首を振る。 「二人とも僕の仲間。」 「（仲間ですって？）お家は？」 「宇宙船。仕事しながら宇宙を飛んでいるんだよ。仕事のためにいろいろな星にいくんだ。」 案内嬢の目が変わった。彼女はブースから飛び出てジョーの横に立った。 「あなたは仕事屋ですか？お願いがあるんです！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ジョー達の根城、宇宙船アケルナル号の中ではこれからの仕事の計画についての話し合いが行われていた。場所は一般家屋でリビングルームに相当する場所。スチール製のデスクにはご丁寧にもカイユン手製のテーブルクロスがかけられている。パットは一人蚊帳の外というわけで、ロッキングチェアに腰掛けて”海の生きもの図鑑”を読んでいる。相当激しく揺らしているが、『白馬に跨った歴戦の騎士』に自分がなっていると想像しているのかもしれない。 カイユンはコーヒーを入れて各人の前に置いた。白いデニムのエプロンを外すと席につく。 「エンジンの方は最終点検を残すのみとなったわ。さて、これからどうするかだけど・・・・」 ソーンダイクがグビグビと水のようにコーヒーを飲み干しカップを置くと抑揚のない声で話し始めた。 「利潤追求を第一に考えねばなりません。今の状況では。」 ソーンダイクはチームの財務管理をしている。 恒星間移動を伴う仕事にはかなりの覚悟と金が要る。今回のように船体をいじった時には懐具合が淋しくなっている。それだけに大きな仕事をしたいがかといって失敗はできない。仕事選びがカギを握るのだ。 携帯型の星図スクリーンを持ったロマノフがとんとんと親指でテーブルを打った。 「マリオが帰って来ていないがはじめてしまうかね。」 「・・・・どうせじきに現われるわよ。居てもあまり建設的な意見は出しそうにないし。」 などとジョーが笑いながら言っているところに話題の人物がバックパックを背負い紙袋を抱えて帰ってきた。 「・・・・俺抜きで話し合いかよ！・・・ったく、人が仕事用の爆薬材料を買いに出たってのに不人情な奴らだぜ。ま、いいか。で、どこまで進んでるんだ？」 紙袋をカイユンの前にどんと置き開いている椅子に腰掛けて背もたれに寄り掛かる。故郷が崩壊しようが消滅しようがこの男の性格は変わりようがないらしい。 「あ、袋の中身はカイユンに土産だ。」 カイユンが疑わしそうな目をして（マリオが役にたつ土産を買ってくるはずがない。）袋を開けると、案の定、出てきたのは“クラッキング・ダイナマイト”なる“飲んだら三秒で火が吐けるようになりそうな”酒だった。カイユンが仏頂面をしていると、 「あ、忘れていたぜ。おまえの種族はアルコール耐性ゼロで少しでも飲むとへろへろになるんだったな。じゃ、俺が代わりに飲んどいてやる。ありがたく思え。」 「もう！食費のなかで酒代が結構な額を占めてるの知ってます？少しは謹んでくださいよ！」 「あのなあ、アケルナルの燃料代からみりゃあ、百分の一にもならんだろうが？エンジンをひとふかし節約すればこいつが10本は買えるぞ。」 「外で飲んでくるのはともかく船のなかでお酒の匂いを発散させないでくださいよ！うちにはパトリックがいるんですからね。教育上良くないです！パットがぐれたらどうします！」 「それくらいでぐれるような教育をするおまえが悪いということだろうが。」 ジョーが割って入った。 「漫才はそれくらいにしなさいよ。・・・・まったくあんた達って仲がいいのか悪いのかわかんないわ。まずはここにとまったままでやれる仕事があるか、だけど、あたしが捜したかぎりじゃなかったわ。小さな中継ステーションだものね。みんなはどう？」 仲間達はかぶりをふった。（外回りをしていないソーンダイクは別だ。かれは正しい姿勢で静かに座っている。） 「そっか。そうなると、最初の予定どおりフェラッグ星域に行くのが順当だけども・・・・行かなくても例のドルガ崩壊の余波で輸送のおいしい仕事がたくさんあるのよね。はっきりいってボロ儲けできるわ。」 ロマノフとマリオが頷く。 「方向も自由に選べるわよ。リマンだろうがグロだろうがザーンだろうが望み次第。」 因みに今彼女があげた惑星は彼女達が行きたくない惑星ばかりである。リマンはコスモ・アーミーに追われる種を作った場所、グロは流刑星、ザーンはコスモ・アーミーの元兵器研究星で、昔シークレットチームだった頃宙賊と死闘を繰り広げたところだ。 マリオは頬杖をついた姿勢でかったるそうに言った。 「どこに行くにしても輸送業じゃあ俺の華麗な特殊技術は生かせないじゃないか。まあ、そうだな、フェラッグ方面の仕事を引き受けるのが普通だ。」 カイユンが困ったようにジョーを見た。ジョーはふうっと息をつく。 「わかってるわよ。今言うわよ。」 「・・・・何だ？二人の秘密か？いつからそういう仲になった？」 ジョーの左手が一旋された。常人の五十倍の強度を持つ義手の威力は絶大でマリオは三メートルほどぶっとんだ。 「・・・・あたしもフェラッグにいくのが筋だと思っている。でも、宇宙港で仕事を頼まれて・・・・ろくな仕事じゃないんだけど、カイユンはその仕事の為にドルガに行きたいっていってるのよ。・・・・宙港の案内嬢からの依頼でドルガに住んでいる学生時代の親友が音信不通になってしまったのでついでがあったら様子を見てきてほしいという・・・・金にはならないっていう典型的な仕事。」 にこにこ笑うカイユン。あっけにとられるマリオ。やがて彼の顔は不機嫌な顔に変わった。 「バカ野郎。他の輸送の仕事と抱き合せるにしても、だ。ドルガじゃ軌道エレベーターが壊れて堅気の輸送船さえ宙港離着陸が規制されているんだぞ。俺達がどうやって着陸するつもりなんだ。」 ジョーは腕を組んでカイユンを見つめた。 「・・・・あたしもドルガへ行くのは無謀だと思うわよ。ドルガ近辺への仕事を引き受けて、それのついでにちらっと捜してみるのがせいぜいね。」 カイユンはシュンとなったが他のメンバーは彼に構わず現実的な話に戻った。めいめい捜してきた仕事をその場に出したが、“これは”というような仕事は特になく、もう一日捜してみて良い条件のものがなければフェラッグに行こうということになった。極めて妥当な決定である。 他の皆が仕事をしに持ち場に戻っていったあと、カイユンは一人椅子に座ったまま頬杖をついて考え込んでいた。あまり一心に考えていたのでロマノフが戻ってきたのにも気付いていないようだった。 ロマノフに肩を叩かれてカイユンはぴくっと反応した。 「カイユン、君のしようとしたことはわかる。・・・・・ただ、君にとっての故郷はこの上もなく美しい喜びに満ちた場所だろうが、マリオにとってはそうでもないんだ。・・・・いや、あいつも故郷に対してのこだわりはあるのだろうが、プラスの意味でのこだわりではない。」 ロマノフはカイユンの心を見透していた。いくら楽天家のカイユンでも今のチームの経済状態からすれば儲からない仕事はできないと考えている。カイユンがやりたかったことは、仕事を引き受けることではなくマリオをマリオの故郷であるドルガに向かわせることだったのだ。 カイユンは手を膝の上に置いた。 「分かっています。分かっていたけれど・・・・」 「私だけでなく、ジョーもソーンダイクも君の気持ちをわかっているよ。そしてマリオのことも私達なりに考えているんだよ。」 その時、コクピットからソーンダイクの声がした。 「ジョー、宙港から全宇宙船への通信が入っています。来てください。」 いつもと同じく感情のこもらない平板な声だが緊張感に満ちていた。全員がコクピットに詰め掛ける。 通信スクリーンには簡単な通信文が表示されていた。 “惑星ドルガからの逃亡者が宙港に潜入。コスモ・アーミーが捕縛の為行動中。協力されたし。 「逃亡？何をやらかしたんだろ？」 ソーンダイクが画面をスクロールさせる。 “尚、逃亡者の人数は３８名。銃器を所持している可能性はあるが、戦闘員ではない。” 「ふん？普通、そういうのは難民というんじゃないの？」 ジョーはしばらく細かな説明に目を通していたが、眉根に皺を寄せた。どうも気に入らない。 「ソーンダイク。宙港のコンピュータに割り込みかけて。コスモ・アーミーの通信内容を捉え次第プリントアウト。」 ソーンダイクは無言でコンピュータを操作した。プロテクトのかかっている領域のはずだが、ハッカーとしても優秀なソーンダイクにはまるで関係ないようだ。たちまち、逃亡者を追っている兵士の数や捜査エリアが表示された。宙港の保安部員二十名、兵士三十名。ただの難民を追うにしては多すぎる人員だ。やがて逃亡者捕縛の報告が入ってきた。それとともにコンピュータに捕縛者の身元照会の結果が表示された。 全体としては職業のはっきりしない若者が多かったが、非常に危険な人物がいる様子はなかった。それが証拠に一時間もたたないうちに三十八人のうち三十七人までは捕まった。しかし兵士達は一人も引き上げようとしない。そのくせ、宙港の全宇宙船には“逃亡者全員捕縛、ご協力感謝する”の知らせが伝わっていた。 明らかに残る一人が肝心な人間なのだろう。しかも、当局は彼（彼女？）がすぐには捕まえられないと考え長期戦の構えをしている。そうでなければ全員捕縛の知らせが出るはずはない。ソーンダイクはネットワーク上での追求の手を緩めなかった。残る一人の情報を追い詰める。 彼が弾きだしたコンピュータからの情報を総合すると、逃げ続けているのは二十八歳の青年。やせ形で肌は褐色、黒い短い髪、目は明るい青。左の小指の第一関節が事故で切断されており、銃は携帯していない。 ソーンダイクの細く長い指がキーボードの上を舞った。データを打ち込む。追い掛けたい人物の名前はない。ソーンダイクは舌打ちし、別の語群を打ちこんだ。画面に膨大な量のリストが表示され、やがてそれは一つに絞られた。 “マーク レベンボ。Ｌ３５６Ｂ地区、通り名は速駆け地虫。” 「速駆け地虫？」 ジョーは目をこすって再び見たが、間違いではなかった。ジョーの後ろに立ち軽く足を開き腕を組んでいたマリオが口を挟む。 「Ｌ３５６Ｂはドルガの階層構造の最下層部だ。“速駆け地虫”というからには下層エリア間の情報屋だろう。最下層には法の目は届かない。マークという名も本名だかどうだか。」 「・・・・で、どうしてそいつが追っ掛けられてんの？」 マリオが少し遠い目をした。 「さあな。俺の知り合いじゃないからな。」 当局による捜索は更に続けられていた。あらゆるエリアのあらゆるセクションまで。ゲートには検問が置かれているのだから逃げようもない。逃亡の痕跡はあった。兵士が三人別々の場所で昏倒していたのだ。 「昏倒・・・・か。三人のうち一人も死んでいないということは、手加減して戦うだけの技量をもっているってことよ。興味はそそられるわね。”地虫”さんに会って何が起こっているのか聞いてみたいところだわ。・・・・何かの足しになるかもね。」 マリオが呻く。 「あんた、つくづく面倒が好きな女だな。出ていって捜してみるってか？」 「とーぜん。私たちは追われている身よ。・・・・・情報は仕入れておかないとね。」 ジョーは微笑んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ジョー、マリオ、カイユン、そしてロマノフは商業地区に散開した。兵士が昏倒したのはこの地区だった。ごみごみした路地裏へは堅気の人間はまず入ってはいかないだろうが四人はそうしたところに入っていっては時折ソーンダイクと連絡を取り合いながら“地虫”を捜す。彼らが街に入っていったときには“地虫”は兵士に撃たれ、額にかすり傷を負っているという知らせがはいってきていた。カイユンの横にはジョーがぴったり並んでいる。 「いつになったら一人で仕事をさせてもらえるんです？いつまでも僕を子供扱いするんですね。」 「頼りないんだもん、仕方ないでしょ。・・・・それより用心よ。情報によればこの先で兵士が一人昏倒してたはず。」 薄暗い路地の奥に向かってカイユンが叫んだ。 「地虫さん！出てきてくださぁい！」 その後でジョーに笑いかける。 「なぁんていって出てきてくれたら楽なんですけどね。」 ジョーも笑った。と、携帯している通信機からピーッという金属音が飛び出した。故障ではない。だが、連絡を取り合って見るとロマノフもマリオも同様に驚いていた。 「・・・・と、すると・・・・」 嫌な予感がした。 「パトリックが居ません・・・・そちらにいっていませんか。」 ソーンダイクからの通信が予感が正しかったことを告げた。 |
| 新シリーズ開始です。 この６人、書いているとなんだかほっとします。逆にマンネリに陥らないようがんばらねばなりませんね。 今回の主役は爆破屋の予定ですが、なにせああいう性格ですから、まっとうに主人公役を務めてくれそうにありません。人選を間違ったかもしれませんが、どうぞしばらくお付き合い下さい。 あと・・・・・パールイエローの髪の中尉さんは今回は欠場です。（彼はミランダ星域でがんばっているはずです） |