トップに戻る あとがきへロナルドと呼ばれた技術者は口の端を釣り上げて笑った。ジョーの大嫌いな笑い方だ。相手を見下げる慢った笑み。 「髪と違って君の口調の方ははだいぶ変わったようだね。・・・・しかしどういう茶番だ。二号軌道エレベーターを破壊した挙げ句、ドルガ星再生の方法を教えるから捕まえに来いと兵士から奪った無線機で当局に連絡した、と思えば、侵入者を追ってきて、君を保護してくれようとしたコスモ・アーミーの兵士達をを毒ガスで無力化し・・・・君を迎えに行くのに保安隊の諸君に同行してもらって正解だったよ。」 マリオは面倒臭そうにぽりぽりと頭を掻いた。説明する気は全くないようだ。 「私が君を連れてくる任務を仰せつかったんだ。一緒に来てもらおう。さあ、ティオ、来たまえ。」 マリオは小指で耳の穴をほじくっていたが、目を細めてぎらぎらと輝く太陽を見上げた。見上げたまま言う。 「・・・・気が変わった。」 「ん？何と言った。」 「・・・・ロナルド、お前、頭も根性も悪かったが耳まで悪くなったのか？俺は気が変わったんだ。要するにお前等と一緒には行かない。」 ロナルドは無造作に腰からスタンガンを引抜き、空を見上げているマリオのこめかみに近付けた。 「来てもらわなくてはね。“中央”の意向なのだから。静かにしていてくれ。私も君を気絶させて担いでいくような手間はとりたくはない。」 保安員に合図すると、彼らは一人を残してジョーとカイユンの方に向かった。 ピチピチと不穏な音をたてるスタンガンを目の前にしてもマリオは首を起こしただけで動じなかった。 「担いでいく手間っていっても貧弱なお前が担ぐわけじゃなくまわりの奴らに担がせるんだろうが？・・・・昔、俺が逃げたとき、追っ手がかかるのが異様に早かった。誰かがちくったのは確実なんだが、あれ、お前だろ。お前、俺の次にアタマは良かったらしいが、俺との間が天と地ほど離れていたからなぁ。俺にその気はなかったが、お前の方が一方的にライバル視していたらしいって噂をガンガン聞いたぞ。」 ロナルドは優位にたっているせいか薄笑いしている。 「さてね。僕は使命感から事実を伝えただけさ。ルール違反をした者を罰するのは当然のことだろう・・・・・結局君は馬鹿だったんだよ。自分からエリートになる道を捨てたんだからな。あそこまでして逃げておいて、君は何を得たんだい？堕ちて、這いずりまわってそうまでしてして手に入れた“自由”という奴は素晴らしいものだったかい？君のその薄汚れた様子を見るととてもそうとは思えないのだけれどね。そして結局最後には君はしっぽを巻いて逃げ出したここへと戻ってきた。・・・・残念ながら“中央”はまだ君の頭脳に未練があるようだ。だがね、何もかも君の思い通りにはいかないよ。君がここで最高位のエリートになることはもうないんだ。」 無精髭がのび、汗だくになっているマリオは、しかし涼しい顔でロナルドを横目で見る。 「エリートになんざぁなりたくはない。俺は天才って称号だけで満足だ。」 ジョーは男の一人に左腕をつかまれ後ろにねじ上げられた。 左腕・・・・・・・・・常人の何倍もの強度と筋力を誇る特別製の義手・・・ 「カイユン！しゃがんで！」 すっと頭を低くしたカイユンの上を、ジョーの腕を掴んでいた男が逆に腕を掴まれて振り回されていた。カイユンを捕らえていた男をなぎ倒す。 “人間ヌンチャク” といういささか物騒な言葉がカイユンの頭に浮かんだ。 ジョーが既に気を失っている保安員を再びぶーんと振り回すと更に四人が倒れた。こりゃあもう技手の力じゃあない。彼女の格闘の力量だ。 「カイユン、ぼやぼやしてないで無力化して！」 保安隊の腰から抜いた銃をジョーに投げ渡され、カイユンは急いでエネルギーレベルを麻痺の領域に合わせて倒れた人間に乱射する。 あまりの意外な展開にロナルドの注意がマリオから逸れるとマリオはロナルドからスタンガンを簡単に取り上げた。相手の首に手を回す。 「脱出してから、俺はかなり強くなったんだよ。お前だけは・・・・お前だけは許さないからな。許すわけにはいかないんだ。・・・・あんなに追っ手が早くかからなかったら・・・・マリオは・・・・マリオ リベラは死ぬようなことにはならなかった。」 首にまわした手に力が入る。 「マリオさん！」 殺気を感じて叫んだカイユンが止めに入る時間はなかった。しかし、彼が力を入れる前にマリオが殺そうとしていた相手の体はぐにゃりと力を失った。 「殺しちゃ駄目よ。」 ジョーもカイユンも、その聞き覚えのある澄んだ声を聞いて驚愕したが、マリオにはわかっていないようだった。三人のもとに、銃を構えた女性が左足を心持ち引き摺りながらやってきた。 「マギーさん？なぜここに！」 カイユンが叫ぶとマギーはにっこり頷いた。 「・・・・ディスクさえ渡せれば私の旅は終わり。でも、ビルダー博士からあなたたちのことを聞いて、新しい目的ができてしまったわ。。・・・・博士に頼み込んだらトリステラムさんの宇宙船まで連れて行って下さって・・・・博士の手配で私たちは何事もなくこの惑星にやってこられたわ。・・・・ここに着いてから情報網をチェックしていたら、ロナルドに中央から連絡が入ったのがわかったわ。・・・・・驚いているみたいね。私はこの星の情報技術者よ。いつかこの星を出て行く為にいろいろ準備はしていたのですもの。随分とビルダー博士に助けていただいたのだけれど。・・・・・・私もロナルドだけは許したくなかった。」 マリオは首を振った。 「マギー？」 カイユンがこっくり頷く。 「君が？あのマギー？Ｔのブースにいた？」 十年以上たっている。お互いわからなくて不思議はない。 マギーはカイユンと同じようにこくっと頷いた。 「今はマリオ・・・・って呼ばれているのね。」 静かな表情のマギーを、マリオは憤怒の表情で怒鳴りつけた。 「何故邪魔した！」 「・・・・昔、ロナルドを止められなかったのは残ったあたしたちにも責任があったから。・・・・それから、あなたが人を殺すなんておかしいわ。あなたはそんな人間じゃない。・・・・・・あなたは優しい人だもの。あなたは理想だけで動いていたんじゃないってわかってるわ。・・・・・あなたは理想を持っていた。でも・・・・でも、逃げたいって気持ちも強かった。逃げて、ぜんぶめちゃくちゃにしてしまいたい気持ちもたくさん持っていた。・・・・・・でも・・・・・・・あなたは、人を殺すようなひとじゃないわ。」 マリオはマギーに近付くと襟首を掴んだ。 「君はなんであの時一緒に来てくれなかったんだ！・・・・待ってたんだぞ。ぎりぎりまで待っていたのになぜ・・・・・・・・・他の奴らがもう行こうといったのに、俺は待っていると主張した。待たなかったら俺たちは捕まらなかったかもしれない。・・・・・・・待たなかったらあいつは死ななかったかもしれない。・・・・・・・・・どうして・・・・・どうして一緒に来なかったんだ・・・・・・・！」 襟首を掴んだ手が、白くなった。 そのマリオの足に子供が体当たりしてきた。ミリムだ。 「マギーをに何をするのっ！」 その黒い瞳は怒りで燃えている。 「君の子供か？」 「この子はあたしたちと同じく人工子宮から生まれた子供。私は母親としての役目をしていただけ。」 ミリムは毅然とマリオを見上げている。 「マギーは約束を破ったんじゃないわ！行かなかったんじゃない！行けなかったんだもの！本当は行きたかったんだもの！足を怪我したから行けなかったんだもの！・・・・・・迷惑かけちゃいけないから行かなかったんだもの！昔私に話してくれたもの！約束破りなんかじゃないわ！」 そんなミリムの体をマギーはふわりと抱き上げて、マリオには銀色に光る一枚のカードをすっと放った。 「カードキーよ。あなたたちならこれなしでも大丈夫なのでしょうけれど、いろいろな扉を開けるのが楽になるはずだわ。・・・・・これを渡しに来たの。ミリム・・・・怒らなくてもいいわ。この人は悪い人じゃないの。・・・・・どうやらすべて無事に終わったわ。・・・・ミリムはこれからどうする？」 ミリムはきょとんとした。 「どうする？って？」 「・・・・・・今ならこの星を離れられるわ。・・・・・・。ビルダー博士はトリステラムさんに宇宙港に待機するよう手配して下さっている。」 ミリムはマギーの胸に顔を埋め、同じ質問をマギーに対して発した。 「マギーはどうするの？」 「・・・・私はここに残るわ。・・・・・・・出て行こうとした惑星だけれど、どうやらやはり私はここから離れたくないみたい。・・・・・・どうなるかわからないけれど、とにかくここで生きていくわ。」 「・・・・だったら私の故郷だってここだわ。」 マギーはミリムを地面におろし、ミリムの髪を撫で、ゆっくりと首を横に振った。 「ママ・・・・？」 「大人は故郷を欲しがるものよ。そして帰りたい、昔の自分に戻りたいと思う。でも、子供は故郷のことなんか考えなくていいの。ドルガに戻るとしても大人になってからにしなさい。・・・・今、行かなければきっと後悔する。ミリムは冒険が大好きじゃないの。いってらっしゃい。それからね、私は赤ん坊のころから貴女を知っているけれど、ママじゃないわ。そう言う風には育てなかったでしょ？」 ミリムは笑った。笑いながら泣いていた。 「うん。私、行く！マギーがここにいてくれたら、私はマギーのところに帰ってこられるものね！私、がんばってみる。死んだティオ父さんができなかったことをやってみる！父さんがいっぱい残してくれたいろんなメモをもとにして、宇宙一の爆破屋になってみせる！」 マリオは言葉を失ったようになり、それからのろのろとミリムに近付き、このような場面には不似合いな、ぶっきらぼうな声で言った。 「お前の父親はティオというのか。」 「そうよ。私、人工子宮で育ったからお父さんのことは知らないんだけど・・・・。私の遺伝子の半分はティオ父さんから貰ったのよ。ティオ父さんは逃げる途中で死んじゃったけど物凄い天才でそ優しくって素敵な人だってマギーに教わったわ。それがどうしたの！」 マリオは片手でくしゃっと、自分によく似たミリムの黒い巻き毛を掻き回した。 「・・・・よく覚えておけ、宇宙一の爆破屋はこの俺だ。抜かれてやるつもりは全くないからな。」 マギーが小さく手を上げる。くるっと背を向け遠ざかろうとする。と、マリオが駆け寄って彼女に向かって大きく頭を下げた。 「？」 「・・・・・・謝る。・・・・・君は・・・・・・・結局最後の最後にちゃんと来てくれたんだからな・・・・来てくれなかったわけじゃない・・・・・・少し・・・・ほんの少しだけ遅れただけだ。」 マギーは柔らかく笑い、自分も一礼した。 「・・・・私も謝るわ。・・・・・遅くなってしまってごめんなさい。」 マリオは左手をマギーの肩に置き、右手で優しくマギーの背を撫でた。彼に全く似合わない優しい微笑を浮かべ、何度も何度も背を撫でた。 目をまんまるにしてそれを見ているカイユンの耳をジョーは引っ張り、ミリムの手を引く。 「カイユン、背中は？」 「あ、痛いですけど、大丈夫ですよ。少し背骨がずれた位、どうってことないですよ。人間じゃないんですから。」 「ほんとうに痛くない？」 「嘘言ってどうするんですか。ところでキャプテン、これから何処に？」 「ん、一度フェリナの街まで戻らないとね。・・・・・・穴はまだ塞がっていないしトリステラムに連れて行って貰いたい人間がもう一人いるから。・・・・どうもビルダーの手のうちで踊らされているような気がするけど、あいつの思惑に従えば確実にこの星から遠ざかれるって気がするのよね。・・・・しかし、何から・・・・何まで・・・・ビルダーのお膳立てで、しかもどういう具合にあたしたちが動くか今も監視されているように思う・・・・。マギーがここに来たのだってあいつの計画だわ。きっと。」 カイユンが首をふる。 「確かに。でも、僕がマリオさんを追おうとしなかったらここには来なかったんだし。それは確実に僕の自由意志でした。僕にキャプテンがついてきてくれたのもキャプテンの意志でしょう？・・・・・・・監視されていたとしても、それだけは本当のことです。」 ジョーは小さく笑った。 「そうね。それがビルダーの画策したことでも、それでもあたし達は自分が一番いいと思うようにやってきたんだものね。とにかく一度地下まで行きましょう！」 と、マリオがポケットに手を突っ込んで戻ってきた。 「・・・・・置いていくの？」 「ああ・・・・結局のところ俺は昔の俺とは全く違う人間だ。・・・・それに、ここはあいつの故郷だがおれの帰る場所じゃない。さっきまではとち狂ってここに残ろうなんてことを思っていたが、単なる気の迷いだった・・・・ってことで・・・」 ジョー、大きくため息。 「結局あんたはそういう人間なんだわよね。」 そして意地悪く笑う。 「初恋の相手？」 次の瞬間ジョーは可哀相なくらいうろたえたマリオの顔というものを初めて見ることになった。 マギーは大きく手を振っていた。 「・・・・今度こそさよなら。私はいつまでもここにいる。ジョセフィーヌ、カイユンさん、そして私の大切なミリム、そして・・・・マリオ！」 ジョーは手を振り、そしてマギーに背を向けた。カイユンが、ミリムがジョーに従う。 マリオも背を向けた。背をむけて軽くマギーに向かって手を上げた。 そのとき彼は気付いた。マギーが結局自分の本当の名前を一度も呼ばなかったことに・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「こんな単純でつまんねぇ爆破をさせるためにわざわざ俺を呼んだのかっ！」 マリオに怒鳴られ、カイユンは縮み上がった。“海のフタ”に開いた穴はマリオが爆破して落とした瓦礫と地下住人（例の技術者集団だ）達が用意した樹脂を使ってカイユンが水中作業することによってほぼふさがり、今はポンプでひたすら水を掻い出している。掻い出した水がどこに行っているか・・・・などということは考えると頭痛がしてくるが、要はここの住民、自分たちに都合が悪いものは、他の人間に多少不都合でも押しつけてしまうものらしい。 「これくらいの爆破ノウハウはお前に教えたはずだっ！」 まだ水を髪の先から滴らせながらカイユンはマリオに噛み付いた。 「でも！こんな状況での爆破なんて教わりませんでした！」 「・・・馬鹿。応用がきかないでどうする。ま、体を拭け。こんなところとは早くおさらばしよう。」 と、二人のまわりを他の仲間たちが取り囲んだ。 「“こんなところ”ねえ・・・・そんなところにマリオはどうして残ろうとしてたのか、そして軌道エレベーターを破壊していたのは何故か・・・・教えてくれてもいいんじゃない？」 ロマノフが頷き、ソーンダイクがぐいと顔を突き出した。ソーンダイクに顔を突き出されて、誤魔化せる人間はまずいない。爆破屋もしぶしぶ話し始めた。 「ドルガの階層構造崩壊はずっと以前から懸念されていた。どんな建築学者も決定打を打てなかった。だが、俺はガキの頃に既に最上の解決策を知っていた。・・・・ただ、それは・・・・」 「それは・・・・？なんなんです？」 タオルで髪を拭きながらカイユンが尋ねた。 「・・・・第二号軌道エレベーターとその周辺の経済行政地区を含む地域の完全破壊を前提としたものだった。これは効果的だが、やろうとする役人は皆無だ。それによって被害を被る財界人が多すぎる。奴らは目先の利益や損害にはご執心だが、一世紀を単位とした考え方はできない。」 軌道エレベーターをぶち壊し、あるいは一定地域を水浸しにし・・・・要は、ドルガ再建の下地だったわけだ。 「この際、残って再建計画まで建てていこうかとも思ったが・・・・面倒臭くなった。俺直々に出馬しなくともそれ位は適当な奴がやれるだろう。やれないくらいならこんな惑星崩壊しちまったほうがいい。」 ・・・・マリオらしいといえばマリオらしい。命懸けでドルガに潜入し、命懸けで破壊活動し・・・・彼もまたこの星を愛していた。愛していたから破壊した・・・・“破壊と再生”のうち、やはりマリオは破壊専門であったのだ。彼は彼の目的を達成した。他の者たちは・・・・ ミリムとフェリナは出会ってすぐ意気投合し、彼女たちを押しつけられたトリスと共に先に旅立っていった。ジョーはフェリナが“本物の星空”に初めて出会うところに居合わせたかったが、居なくても想像はつく。フェリナは一生それを忘れないだろうしやはり旅立ってよかったと思うことだろう。 去っていったマギーはおそらくはビルダーに保護されてそれなりの場所にいるだろう。ジョーは彼女の選択が正しいとは思わない。しかし、それはジョーの考え方であり、マギーはマギー、別の人格だ。 かたや、“速駆け地虫”ことスラバタは、今現在彼女たちのいる街で仲間と地図を前にしていろいろと話し合っている。“破壊と再生”の内部抗争は終わったわけではない。まだ始まったばかりだ。あのレイモンドは行方知れずだが死んだ様子はない。軌道エレベーターをまた一つ失った政府は経済的にどん底にいる。今までに吸い上げた宇宙の富をどうやって投資家達に吐き出させるのか、一筋縄ではいくまい・・・・結局マリオが破壊活動をする前よりも事態は一層深刻なのであった。・・・・にも関わらず、人々の表情は暗くない。一先ずの危機を乗り切って今日一日を暮らすこと。それが彼らの喜びであり、最も大切なことなのだ。 アンジェラとその仲間たちは、悩み多き男達に今日も慰めを与えている。いろいろあったが、彼女達の仕事の中身についてはまったく今までと変わらない。 カイユンは上目遣いにマリオを睨む。 「それにしてももう少し穏やかな方法はなかったんですか？」 「うむ。ねえぞ。」 「本当に・・・・？」 と、するりと、カイユンの手からぐしょ濡れのタオルが取り上げられ、代わりによく乾いたタオルが与えられた。 「もうそれじゃ水をすいとらんだろう。」 低く穏やかでそれでいて人を食ったような響きを持ったこの声は・・・・ 「ビルダー！」 ジョーの声には憤怒の情がこめられていた。 小太りの体を薄茶色の汎用スペーススーツに包んだ無特徴な顔をしたビルダーがそこに立っている。 「・・・・今回も、楽しく見物させてもらいましたよ。・・・・言いたいことはわかっていますよ。確かにあなたは達は私の手の中にいた。・・・・しかし、それは私が“あなたたちが思っているようになったらどうなるのか”という興味があるからですよ。・・・・基本的に私は小さな手助けしかしていない。」 ジョーは怒っており、マリオはげんなりしており、ロマノフとソーンダイクは静かに様子を見ており、カイユンは困ったような顔をしていた。 「もう止めて欲しいわ！あなたがどんな生きもので何を研究してもいいけれど、あたしたちを観察するのだけは止めて欲しい！」 ビルダーは人の良さそうな顔を少しだけ歪めた。 「・・・・私はあなたたちが気に入っているのだが・・・・長い間、あなたや、そこの素晴らしい坊やを初めとした君の仲間達とお付き合いしたいのだよ・・・・」 カイユンがぽかんと口をあけた。 「長い間・・・・？僕、早く死ぬんじゃないんですか？」 「早く死ぬ・・・・？そんなことを私は言ったかなぁ・・・・」 ジョーはびしいっと指さした。 「やっぱり嘘だったのねっ！カイユンの胸が痛くなったり、その他の症状もはっきり出てたのは全部あなたが薬かなんかで引き起こしたことねっ？嘘だと思いながら、否定しきれなかったこっちの身にもなってちょうだい！」 ビルダーはにんまりした。 「私は、嘘は全くついていませんよ？彼の症状は、高重力星の住人が低重力で暮らしたときに起こる筋力のアンバランスによる一種の心臓疾患だ。発作が起こって命が縮むこともある。その部分だけを取り出して考えれば早く死ぬよ。だが、彼の場合は少し状況が違う。普通は寿命が縮むのだが・・・・・・・・故郷の惑星から外に出てしまっている現在の状況では低重力で心臓への負担が軽減されるので、相殺され、適応が完了すれば痛むこともなくなる・・・・・・・私の試算では通常の人間より遥かに長生きすると出てるんだが。ふむ。確かにリスクがあるという方しか説明はしなかったかな。いやぁ、忘れっぽくていかんな。特に重篤な症状じゃないよ。」 「え・・・・じゃ、カイユンが血を吐いたのは・・・・カイユンが苦しがってそのあと・・・・あたし、抱きかかえて間近でみたんだから見間違いなんかじゃないわ。あれは一体・・・・・？」 カイユンが済まなさそうに言った。 「え？・・・・・えっと・・・・・あれ、」 最後はもごもごといって聞こえなかった？ 「は・・・？」 「・・・・・あれ、・・・・・鼻血なんです！」 その場の状況を思い出す。至近距離で手を握り・・・・・・・・そのまま胸にもっていったっけ？･･･・・・・・・・・・・・・・・・そして・・・・・・・・・ぎゅっとそのまま・・・・・・胸に抱きしめたっけ・・・・・・・・・・・鮮紅色の血は気管系からの出血・・・・・・鼻血も気管系から・・・・・・？ 抱きかかえる動作を交えて思い出しているジョーの様子を見てビルダーは爆笑した。 「ははは・・・それは別口の反応だ。亜人間との混血体に独特な発情期にはいったわけだねえ。」 「はあ？・・・そういうことだったんですか。」 カイユンだけ情けない声を出し、あとのメンバーは前にのめった。構わずにビルダーは楽しそうに続ける。 「おめでとう。これで君はすべての発達段階をクリアしたことになる。」 「・・・・・そうかぁ・・・・・そういうことだったのかぁ。」 ビルダーが大きな欠伸をした。 「・・・・そうだ。君に渡した銀色のケースの中には、君の種族の身体的特徴の詳細が入っている。医療機器にセットすればすぐに効力を発揮するだろう。・・・・背中に怪我をしているようだが、それについても的確な診断をして貰えるよ。」 「はい、ありがとうございます。」 感謝すべきことよりずっと多くの殴りつけたくなることをされているように思うのだが、一先ずカイユンは頭を下げた。 「・・・・しかしまあ・・・・ある意味君ほど手強い人間はいないな。」 「え？」 「・・・・君は亜人間との混血だが、下手な人間よりよほど理性的だよ。」 ジョーが咳払いをした。 「何か？」 「・・・・あなたにはわかっているはずだわ。・・・・私は許さない。人間の心を玩ぶ生きものは最低だわ。」 ビルダーはのほほんとほほ笑みジョーが睨み付ける。マリオがちら、と視線をジョーの方に流した。 「どういうことだ？」 「・・・・・・・・・・・・私はわかっているつもりよ。言いたくはないけれど言うわ。・・・・・初めはアレックス。そして今度はカイユン。もしかしてマリオもそうだったのかしら？・・・・・・・カイユンには確かに心臓の不具合があったのかもしれない。でもそれだけってこともないはず。・・・・・ドルガについたとき、私の足は麻痺していた。カイユンはあなたから死の宣告に近いものを受け、私もそれを知らされていた。あなたから渡された薬を飲んでカイユンは仮死状態になりさえしたわ。・・・・・・おおかた互いへの心配が何か別の感情に置換されていくのを期待したんでしょう？そんなにあなたは私の次の世代が見たい？低確率でも新しい力を持った超能力者が生まれるのを見たいの？亜人間との混血のカイユンが人間の女とつくった子供が見たかったの？・・・・・・アレックスのときもそうよ。・・・・・・彼と私たちを会わせて・・・・軍人として最高の遺伝子を持った男の次世代の誕生を見たかったの？助けてくれるのは私達の遺伝子を絶やさない為？」 その場にいる男たちははっとした。・・・・ジョーの予測はビルダーの今までの行動を説明するのに酷くぴったりとしているものだった。 「・・・・・惑星リマンの連中は凍結保存された配偶子遺伝子バンクを作っていたが、あんたは生きた人間の形で同じことをしようとしているってことなのか。俺たちはあんたの遺伝子コレクションの一部っていうことなのか？俺も、ソーンダイクも、ロマノフもここにいる能天気野郎も、そしてあのアレックスもか。」 ジョーは冷静に頷いた。 「どうなの？そうなんでしょう？私は人間の感情が薬ひとつで動いてしまうことを知っているわ。強い暗示で次の動きが規定されてしまうこともね。・・・・・・・・心なんて、脆いもの、弱いものよ。でも、私達が“感情”と呼んでいるものが化学物質と電気信号の組み合わせで成り立っているとしても、その、弱くてとらえどころのない“感情”というものを私は大切にしている。」 カイユンが激しく首を振る。 「・・・・・・あなたの思い通りになんてなりません！・・・・・・・キャプテンはあなたがどんなことをしたって、あなたの思うようにはなりませんよ。人間は遺伝子なんか関係なく一番好きな人と一緒になるんです！それに、僕は人間ですらないんです。海草はイソギンチャクと一緒になろうなんてしないんですよ？・・・・それくらいどうしてわからないんですか！」 ビルダーは腕を組んで俯き、う〜ん、と唸った。 「君たちの言うことは当たっていないとはいわないが、かなり遠い。解答としては１５点くらいだな。・・・・・・お嬢さん。私たちはお嬢さんのことが大好きなんだよ。ただ、私は君に幸せになってほしいだけなのだ。いや、私たちというよりも“オリジン”が、と言った方が正確だな・・・・・・。多分わたしたちには君たちがこれから必要なのだ。」 「オリジン？」 ロマノフが呟くとビルダーはゆったりと頷いた。 「わからなくていい。話すつもりもない。おやおや、お嬢さん、親の仇でも見るような顔をして・・・また可愛い顔が台無しだよ。・・・・そうですねえ・・・・今回は私が自分を満足させるためにかなりの迷惑をかけたようだからオプションもつけた上で何か願い事を聞いてあげよう。私ができる範囲内でだがね。・・・・・ほらほら、仏頂面をしていないで何か頼みなさい。つまらない意地を張って私を嫌うのは勝手だが、こうした機会をうまく利用するのが仕事屋の鉄則ではないかな。」 ジョーが微笑んだ。 「だったら・・・・・・もう私たちを助けないで。」 ビルダーは目を丸くした。 「・・・・・・・・・はっきりいっていいかい。もしも私が君たちの助けをしていなかったら、君たちは死んでいたかもしれない場面がいくらでもあったのだよ？」 「わかっているわ。・・・・・・・・あなたがいくら神経に障ることをしていても、あなたには命を助けられて来たわ。・・・・・・・・でも、もう助けないで。」 ビルダーは首を振った。 「理解できない。」 「理解してもらおうとは思わない。」 しばらくしてからビルダーは言った。 「考えておくことにしよう・・・・・・・・それ以外に何かないのかな？」 その顔はいつもと同じように薄く笑っていた。 しばらくしてカイユンが発言した。他のものはそれでいいといった。 ビルダーは背を向けて去っていった。小柄な姿はすぐに人込みに紛れて見えなくなってしまった。 ビルダーに手を振るカイユンの横でマリオは呟いた。 「とんだことに付き合わせたな。・・・・結局は俺はお前たちを騙して連れてきたようなもんだ。 ジョーは髪を紐で結んでにこっと笑った。 「結構楽しかったわよ。普通じゃお目にかかれないような巨大ムカデと戦闘もできたし、埃だらけの暗い地下通路も這いずり回れたし、マリオの初恋の人とか、似ても似つかない可愛い子供にも会えたし。・・・ただ、今度誰かの故郷に行くなら、ロマノフの故郷のグリーンヒルにしよ。あそこは綺麗で平和で整然とした星だって誰もが知っているわ。」 「・・・・喧嘩売ってんのか？」 ジョーはぎゅっとマリオの手を握った。・・・ぎゅっと握ってから何をするでもなくすっと放す。 「な、なんだよ？」 「ん、何でもない。小さなことよ、ほんの些細なこと。」 ジョーはぐいっと背伸びをした。 「ねぇ、何か寛いじゃっているけど、ここから出るのは結構大変よ。食料やエネルギーカセットを調達してこなきゃ。」 生乾きのカイユンの髪をぐしゃっと掻き回してジョーはすとんとバックパックを背負った。そしてそっと彼にだけ聞こえる声で囁いた。 「薬や暗示が使われていたとしても、私、あなたに嘘は言っていなかったわ。」 カイユンは小さく頷いて・・・・・・少しだけ悲しそうに微笑んだ。 「僕もですよ。」 その答を聞いて、安心したように、ジョーは復興途中の町に消えていった。 それから一ヵ月後、宇宙船アケルナルはステーション０７０に寄港し、一通の手紙がカイユンとパトリックの手から、宙港の案内カウンターにいる女性に渡された。 ドルガに住んでいる彼女の友人からの無事を確かめること。 ビルダーが半分あきれ顔で手伝ってくれたのがこれだった。彼の手腕はたいしたもので、ジョーたちが係留されていたアケルナルに戻ってみるとその手紙が船体に貼りつけてあったのだ。受け付け嬢は友人からの手紙を抱き締め、相当な金額を差し出したが、カイユンは少しだけとってあとは返した。パトリックは“宇宙船の図鑑”を貰って至極満悦だった。 「案内カウンターの彼女、嬉しそうだったね。」 買い出しに付き合ったジョーは宇宙港を歩きながらカイユンに笑いかけた。彼の背中の痛みはまだ続いており、仲間達は心配していたが、今日も小さいがバックパックを背負って自分の役目を果たしていた。あとのメンバーも各々の買物を背に負っている。 「ええ。お金にはならないけれど、ああいう依頼のほうが僕は好きだなあ・・・・」 ふっと見上げた宙港のスクリーンには発進する宇宙船が次々と映し出されている。 「ディギンの６番型・・・・かな。」 カイユンがぽつりと言うと、ロマノフがゆったりとした声で答える。 「確かに似ているが、あれはディギンをモデルにしてシーリア社が開発した廉価エンジンＥ７シリーズだね。」 「へえ、そうなんですか。」 「伊達に年はとっていないよ。」 「よし、今度は当てますよ。あれこそディギンの６番！」 「うん。正確にはディギンの６Ｂね。方向修正機能に改良を加えた機体。小回りがきいて操縦しやすいわ。」 カイユンはスクリーンを見上げるジョーの横顔を見つめ・・・・胸を押さえた。 「まだ胸が痛む？」 「え？ごめんなさい、もうそろそろ治まると思います。・・・・・心臓の方だか、情けない方の理由だかはっきりしないですけど」 「・・・・・情けない方の理由なら、俺が夜の街での発散方法を教えてやろう。」 すかさずジョーの肘鉄がマリオのみぞおちにはいる。うっ、と声を詰まらせ体を折るマリオを見、ソーンダイクはサングラスの向こうでひそかに笑った。 「それじゃあんたが発散させてやるか？」 次の瞬間、マリオは一本背負いされて、床に叩きつけられていた。そのあとぱこん、とソーンダイクが下げていた紙袋の底で殴りつけ、カイユンとロマノフはタメイキをついた。 「・・・・・・宙港で投げるなよな・・・・」 「・・・・・・・この不潔男ッ！」 「・・・・・・・あんたに不潔呼ばわりされる筋合いもねぇと思うが・・・・」 カイユンに手をひかれ立ち上がったマリオはあたりを見回した。 「ところで・・・パトリックはどこに行ったんだ？」 ソーンダイクが指差した先には宙港内マーケットがあった。よくできた動物の着ぐるみが子供たちに愛想を振りまいている。パットは着ぐるみにまとわりついている子供たちを遠くからじっと見ていたが、彼に気づいた着ぐるみにおいでおいでされて意を決して近づいていき、着ぐるみと握手した。着ぐるみは腰を深々と折り、なにやらパットに囁いたように見えた。 パットは、たたたた、とこちらに向かって駆けてくるとカイユンの手をひいた。 「どうしたんだい？」 笑いながら、それでもパットに導かれるままに歩いていくとそこには着ぐるみが待っていた。着ぐるみはカイユンの方に頭を傾けると可愛らしい合成音声のような声でこう言った。 「おぷしょん！」 そして宙港の出発待機ゲートの方を指差した。 そこに、彼はあり得ざる者を見つけた。アナウンスが響く。 “機体故障のため臨時寄航いたしましたセントーア 発 マーリナ１ 行2057便。機体整備点検が終了致しました。乗客の方は発進ロビーにお進み下さい。” カイユンは視線の先の人物二人をじっと見た。彼の不審な様子に仲間達が駆け寄ってくる。 「父さん・・・・・・賢雄兄さん・・・・」 ロビーから発進ゲートへとゆっくり進んでいく肉襦袢を着たように見える一種異様な体型の二人の人物・・・・・・ 「お前の親父と兄貴だと!?」 「はい・・・・間違いないです。でも、どうして・・・・」 尋ねようとしたが、着ぐるみの姿は既になかった。 「あ・・・・・・・」 二人の姿は発進ロビーににまさに消えようとしていた。 ただ黙って二人を見送ろうとしているカイユンを見、マリオはふう、と一つ息をつき、上着のボタンを一つむしりとり裏側の小さな突起を押すと、ぽい、と投げた。次の瞬間、大きな爆発音が響き閃光がひらめいた。発進ゲートに入りかけていた二人は足を止め、振り向き・・・・・こちらに向かって大きく手を振っている青年に気づいた。 「・・・・・・・カイユンだ。」 父親にそういわれ、傍らの賢雄は首を傾げた。 「カイユン？あのすらりとした人間がですか？僕にはそうは見えません。」 しかし、金 文仙は首を横に振る。 「どうして？ほら、間違いないよ。自分の子供を見違える親などいないよ。」 大きく両手を振り返す文仙に青年は嬉しげにますます大きく手を振る。彼らの惑星の言葉で“父さん、賢雄兄さん！”と叫ばれ、賢雄も目を見張り、手を振った。 「シークレットをやっているという手紙を寄こしたが・・・・・・だとすると、あの、保安隊につかまりそうになっているのが爆破担当の人かねえ。」 ・・・・・・・・宇宙港の一般エリアであんな爆発をおこせば追われることは当たり前だろう。・・・・・まあ、楽しそうに逃げてはいたが。保安隊の一人が麻痺銃を構える。やれやれ、といった調子でロマノフは懐から小型の銃を抜き、トリガーをひいて相手の銃を簡単に弾き飛ばす。 「あれが射撃担当の人だねえ。凄いものだ！」 逃げるマリオの横に、コンテナを運ぶカートが疾走してきた。そこにはジョーが乗っている。 「マリオ！乗って！」 マリオが飛び乗ったことを確認し、急ターンしてそのままカイユンを拾う。ロマノフはパトリックを抱えて彼らの愛機アケルナルが繋留されているエプロンへと走り、それを必死にソーンダイクが追う。最高速度のカートの上からカイユンは手を振り続け、落ちそうになって運転途中のジョーから左手でベルトを掴まれ辛うじて踏みとどまった。 「・・・・・乗り物を操縦しているあの娘さんが手紙にも書いてあった『綺麗でとても優しい』ジョセフィーヌさんだねえ。うんうん、カイユンも素敵な人をお嫁さんに貰ったものだねえ。」 「・・・・・・父さん、それはいくらなんでも違うと思います。あ！そのまま発進ゲートに突っ込んでいきますよ！」 カートはそのまま出て行く・・・・・・程なく宇宙空間に飛び出していくアケルナルの姿が宙港スクリーンに映し出された。 「・・・・・・シークレットの仕事というのは過激なものだねえ。あの子は他の皆さんに助けて貰わなかったらまだやっていけないみたいだね。・・・・・・・今度会ったらそこらへんのこともゆっくり聞いてみることにしよう。」 「今度・・・・・会ったらですか？」 「・・・・・・信じなさい、賢雄。・・・・・・カイユンは・・・・・・あの子はいつか帰ると私たちに約束したのだからね。あの子の故郷はマーリナ２だ。私たちが信じて待っていなければ他に誰が待っているというんだね。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ったく！何故いきなり爆破なんかしたの！」 アケルナルコクピット内でジョーはマリオに噛み付いた。・・・・・保安隊は追跡をしてこなかった。今回適応されるのは騒乱罪程度だろう。保安隊もそんな小物を追って宇宙艇を出動させるような公費の無駄遣いはしないのだ。 「爆破じゃねえぞ。あれは単なる爆発だ。音と光だけでどこも破壊しなかったろうが！・・・・・しかしナマで見るカイユンの家族ってのは迫力あったな。さすが亜人間との混血かつ高重力星の人間だ。」 カイユンは深々とマリオに向かってお辞儀する。 「・・・・・・・・おおっと、礼は無用、ただの気紛れだ。・・・・・・俺にはお前のような家族も故郷もない。お前が拘る気持ちは全くわからんが、今回はお前に怪我までさせちまったからな。その謝罪だ。これでチャラだからな。それでも感謝の気持ちを表したいというのならあとで酒を１ダースほどくれ。」 ソーンダイクは首を傾げた。 「あなたの故郷はあそこなのではないですか。」 スクリーン上のドルガの映像を指差す。 マリオは懐から容器を出して蓋を取りソーンダイクに放るとクラッキングダイナマイトを一口飲み込んだ。 疲れた、とマリオは思った。昔の知り合いに会って疲れた。あまつさえ、自分の生物学上の娘にまで出会ってしまい疲れに疲れた。碌でもない自分の遺伝子は自分の代で終わらせるつもりだったのだが・・・・ 自分にとってドルガという惑星は、そこから逃げるために存在していただけにすぎなかった。それは来る前からわかっていたはずだのに、なぜ来てしまったのだろうか。・・・・・また逃げるため？そうかもしれない。 「故郷、か。」 遠ざかりゆくドルガは妙に小さく見えた。マリオは椅子の背をリクライニングさせると、もう一度酒を口に含んで目を閉じた。 「ふるさと・・・・？ねえ、僕のふるさとはどこ？」 パトリックが聞いた。 ロマノフは立ち上がりパットを抱き上げた。 「どこだろうね。」 答を貰えなかったパットは、くるりと青い目を動かすと心蕩かすような笑顔でこう言った。 「きっと、ここだよね。だって皆がいるもの。」 ジョーは微笑んだ。 「そうね。ここ、ね。」 宇宙空間を飛び回るちっぽけな金属塊に過ぎないアケルナルが自分の故郷と言った少年は、ジョーに同意され満足げに笑ったのだった。 「ふるさとはなれて」 おわり |
| やっと終わったようです。・・・・・・・・ |