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ジョーはさっき来た道を逆行していた。エアバイクのアクセルを一杯に踏み込み、ドルガ政府と“破壊と再生”の小競り合いをつっきり先程と同じ軌道エレベーターに辿り着く。背にはカイユンが必死にしがみ付いている。スラバタの地図によればこれは十六号軌道エレベーター。最も小さなものの一つだ。昔は衛星軌道まで物資を運んでいたが、今は専ら他の軌道エレベーターへの連絡用だ。ここから六十階層上昇したところに二号軌道軌道エレベーターに続く道がある。無用な争いを避けるため、二人は貨物に紛れ込んで中に入った。目的地に停止階のランプがついているのを確認してから貨物の間に身を屈めた。ジョーは傍らのカイユンを見つめた。 「どうしたんです？」 「ん・・・・あたしが居ない間、だいぶ働いたんでしょう？疲れていない？体の具合は？あの・・・胸は？」 ふと手をとると、燃えるように熱かった。 「熱い。・・・・・・・」 「・・・・でも、胸の痛みはほとんど起こらなかったですよ・・・・」 笑顔。目を糸のように細くした見慣れた笑顔。ジョーは握った手をそのまま自分の胸にぎゅっと抱きしめた。 「あ、あ、心配しないで下さい！そ、そうそう死んだりしませんってば。」 しかし、カイユンはそのとき前かがみになって胸を押さえた。 「カイユン？」 ジョーがきゅっと体ごと抱き留めると、口の辺りを押さえたカイユンの手の間から赤いものが流れ出ていた。鮮血色の血。呼吸器系の出血。 「！」 咄嗟に手を出した。 血がジョーの手にもべっとりとついた。 「ご、御免なさい。・・・・あ、触らないで下さい。汚れちゃう。」 「馬鹿！汚れるのがなんだっていうの？」 ジョーはカイユンの頭を抱き締めた。 「お馬鹿・・・・」 ごとんと音がして貨物を係員が運びだす。それに紛れて外に出る。ゲートから離れた建物の陰まで辿り着いてカイユンは呟いた。 「キャプテン、次はどっちに進みますか？」 その顔にはまだ血がこびりついている。ジョーは泣きだしそうになっている自分を感じながら、ハンカチで血をこすり落としてやった。 「本当にどこも痛くはないの？苦しくはない？」 「ええ、大丈夫です。」 さっき血を吐いた人間と思えないくらいカイユンは落ち着いていた。 「・・・・貨物の輸送用のリニアがあるわ。地下と違って徹底的に管理された奴がね。そこに侵入さえできれば苦労せずに目的地に行ける。また少し荒っぽいことするわよ。私たちには輸送機関の身分証明書がないんだから。まあ、あたしに任せて。あなたはここを動いちゃ駄目。」 程なくしてジョーは灰色の作業着を着、腕にもう一着の作業着を持って帰ってきた。どうやって手に入れたかは聞かないほうがいいだろう。 「胸のポケットにＩＤカードがあるわ。大きな荷物の入ったコンテナの積降ろしが業務よ。平気よ。やり方は脅してよく聞いてきたから。二人ひと組みの業務だから安心でしょ？」 ジョーは帽子に髪の毛を押し込んだ。リニアの集積駅は人でごった返しており、二人に目を止めているものなどなさそうだった。二人はカードをドアの横の認識装置にすべりこませてリニアに乗り込んだ。ジョーは迷う事無く大型機械の制御板に手を置き、インカムから入ってくる情報に合わせてコンテナを所定の位置にはめ込んでいった。どんなものでも一発で操作できる彼女の特殊能力が遺憾無く発揮され、無難に仕事は終わったらしく誰も文句をいっては来なかった。発車を告げるベルが鳴り響き、ゆっくりと、そして徐々に加速しながら最新型のリニアは射出された。直線のチューブの中を滑るようにリニアは進む。揺れは全く感じられない。揺れが来たのは停止する際の制動がかかったときだけで、それも不快なものではなかった。停止すると直ぐ様ジョーは再び作業員の為すべき仕事を片付けた。それはかれこれ三十分はかかったが、まだ、軌道エレベーター二号機で異常事態はおこっていないようだったので、彼女は焦らず待つことにした。カイユンと共にのんびりと問題の軌道エレベーターに向かう。 「こいつをどうしようっていうのかしらね。」 「・・・・さあ。」 二人は視線を移動させながら目の前のものを眺めた。 二号エレベーターは圧倒されるほど巨大なもので、そのゲート前には先程のリニアから降ろされた貨物が所狭しと並べられていた。衛星軌道との往き来は一日に十回以上。他の軌道エレベーターが崩壊したこともあって、ここに貨物が結集しているらしい。現在、昇降床はここから遥か上、軌道の突端にいると、ゲート横のデジタル表示は告げていた。 「ここを破壊するなんて・・・・爆薬がいくらあっても足りそうにないわ。どうするつもりなの？」 ズン。 上方からの鈍い音。 ジョーとカイユンが聞いたのはそれだけだった。そしてややあってから ズガガ・・・・ 地鳴りのような振動が下から足に伝わってきた。 警報音が鳴り響く。 「な、何でしょう？」 「・・・・きっとマリオのせいだろうけど、一体何をしたっていうのかしら？」 昇降床が急激に降下してきた。ジョーはインカムからの情報に耳を傾けている作業員に足払いをかけ、腹を殴って気絶させるとインカムを頂いた。 “そっちに昇降床を停止させるぞ！” “構わないが、安全装置は生きているのか？” “今のところはな！まだ状況が明らかにならないが、最悪の場合先端部は衛星軌道外に投げ出される！もう退避命令が出された。他の軌道エレベーターに被害が及ばないように全力を尽くす！” じっとジョーは聞き入っていた。・・・・総合するとかなり大変なことになっているらしい。遥か上の階層で軌道エレベーターのどてっぱらに爆薬で穴をあけた者がいるらしい。その爆破の結果生成した壁の破片がエレベーターの空洞を自由落下し、当然加速度がつき・・・・最下層に無茶苦茶な惨状をもたらした。 ところで軌道エレベーターは非常に微妙なものである。地上部分から塔を建て、衛星から下向きに塔を垂らすようにつくり、結合させて遠心力のはたらきで塔が崩れもせず、宇宙空間に放り出されもしないバランスを保った構造物・・・・ゆえに少しでも破壊されれば完全崩壊の事態が起こりかねない。最下層と中層の破壊活動は保安員に動揺を引き起こし、上層にあった昇降床を至急この階へ移動させる措置がとられているというわけである。 「最小限の爆破で最大限の破壊活動・・・・マリオらしいといえばらしいか・・・・」 ぎゅるぎゅると音をたてて昇降床が戻ってきた。ゲートが開かれ人と物資が吐き出されあたりは大混乱である。エレベーターがもげるとすれば中層の亀裂部分に相違ないが、この地下から天上に届く塔そのものはすでに死ぬことがきまっている。今すぐか、少し先か、壊れることは確かだがいつ壊れるかわからない不安定な状況だ。。 “犯人を発見。現在ルーフ付近を逃走中。” ルーフといえば軌道エレベーターの最上階よりは遥かに低い位置にあるが階層構造を持つ一般建築物の最上層のことだ。ここから更に五十層以上上にある。 軍人らしい男の声が通信に割って入った。 “これからこの周波域はコスモアーミーが管理する。一般通信は次に述べる通達の下に行うことが要求される・・・・” とにかく上にいかなければ話にならない。混乱に輪をかけたくはないが、仕方ない。ひとまずこの状況にに乗じて移動しなくては。ジョーはカイユンの服を引っ張った。 必死に物資搬出作業をする男たちにパラライザーを連射し、操作板にはりつく。行き先をルーフ層とし、緊急昇降装置を・・・・もう、一度使われたものを再起動させる。移動速度最高。そりゃもう、すごい加速度である。 ゲートが閉じ、パラライズされなかったエレベーター内の男たちが悲鳴をあげ、ゲートの外の人間の怒号が聞こえた。 もしもいつもの通りならば外部から強制停止をかけられただろう。しかし、この不安定になっている暴走軌道エレベーターに手を出すものはいなかった。 ルーフ。 ゲートが開くと同時に、内部でへたばっている男たちをぐいと押し退けて二人は走り出た。再び昇降床をリニアの階に強制下降させる。ひとまず戻るまでは壊れないだろう・・・・・・たぶん。 ルーフの階は無人に近い。最上層は外気と接する階であり、メンテナンス部門しか存在しないのだ。・・・・・酸素の薄い空気。降り注ぐ強い紫外線・・・・通常の惑星の高山地帯なみの気候では窓を作る気にもなれまい。 ジョーの耳がぴくりと動いた。彼女よりずっと聴覚が鋭いカイユンはもう気付いて音源を追っている。 「足音・・・・だと思います。数人の集団とそれから少し離れて一人・・・・あ・・・・聞こえなくなった・・・・僕の聴力限界すれすれってことですね。相当離れてますけどこの階です。」 マリオとその追跡者。おそらく間違いない。 「追いましょう！案内して！発信装置がない今、あなたの感覚が一番のレーダーよ！」 カイユンは頷いて先にたって走りだした。時折立ち止まって床に耳をつけて方角を確かめるが、その暇さえ惜しんで追跡する。しばらくして、また床に耳をつけたカイユンは首を振った。 「急に聞こえなくなりました。階がかわったんでしょうか。」 「・・・・スラバタの地図では・・・・」 ジョーはポケコンの画面を見つめる。それを横合いからカイユンが覗き込む。 「ここにルーフ外壁を見渡すためのタワーがあるわ。マリオはそこに敵をおびきよせたか、それとも追い込まれたか・・・・」 「・・・・通路に沿っていくと大回りすることになりますね。」 カイユンは通路の横手のハシゴ状の金具に手をのばした。金具の延長上、天井には丸い押し上げハッチのようなものがついている。躊躇することなく安全装置を破壊し、ハッチを少しだけ押し上げる。通路の空気が低圧のハッチの外目掛けて押し寄せ、ジョーは頬に風を感じた。カイユンは鼻で外の空気を嗅いでいたがさらにもう少しだけ大きくハッチを開けた。 「有害ではなさそうだし、多少薄いけれどどうにかなりそうですよ。ハッチがついているところからみてルーフ上部を歩くことも想定されていたに違いありません。直線距離でタワーに・・・・」 ジョーはマスクのついた小型の酸素ボンベをカイユンに放った。ハッチの横手に設置されていたものだ。自分はもう身につけている。 「薄いと行動が鈍くなるわ。早くそれつけて！」 ハッチを完全に押し上げ、先にカイユンがルーフに上がり、ジョーは引き上げてもらう形で上がった。 そこはあまりにも眩しい光にあふれた世界だった。二人は目を閉じ、指で覆いながら細く目を開けた。 地下都市は、ファイバースコープによって太陽光をひきいれた薄暗い場所だった。前世紀の異物である地下道には暗闇のところも多くあった。今いたルーフ部分も、この陽光あふれる世界とは板一枚でしか隔てられていなかったのにも関わらず明かりは最小限で、しかも人工の照明で作り出されていた。 あまりの眩しさにつうっと涙をジョーがこぼすとカイユンが肩を支えて何かの陰に誘導してくれた。 「これは・・・・ソーラーパネル？」 カイユンは頷いた。出てきたハッチの位置はパネルの谷間になっているところでそこから百メートル四方はあろうかという巨大パネルが太陽光と垂直の角度を保って塔の向きに向かって聳えていた。よく見れば塔にはレールが切ってあり、そのレールにパネルの端が接続されている。レールの上部にいけば、ジョーが立っている谷の部分が少し塔寄りに動き、パネルは急角度になる。それを確認している間にも太陽の高度に合わせてジイッと音をたてながらパネルは微妙に角度を変えた。 「太陽高度が五十度弱、パネルの傾斜は四十度度強・・・・こんなにすべすべのパネルじゃ登れないわね。」 パネルの裏側へ回り、一路タワーへ・・・・おいおい自分たちにも追っ手がかかるだろうが、崩壊寸前の軌道エレベーターは使うまい。（ジョーなら使う。確実に。）まだまだ時間があるはずだ。息を弾ませてタワーの壁に辿り着くと、ジョーはカイユンの手首をとって脈拍を調べた。運動の内容を考えると適性範囲だ。大丈夫。いきなり倒れたりはしない。きっと。 （きっとよね。） ジョーは自分に言い聞かせる。 タワーにはレールの横に少しずつ縦に間を置きながらいくつかのハッチが存在していた。カイユンは自分たちの前にある一番低い位置にあるハッチにとりついて工具を出して解錠を試みた。ジョーが助けるまでもなくハッチは横にすべって口をあけた。 「おい、いつまでそこにいる気だ？」 タワーの遥か上の方から声が聞こえた。ジョー達にかけられたものではない。それに答えて、人を馬鹿にしている響きをもった聞き慣れた声がした。焦っている様子はまったくなくのんびりとしたものだった。 「いつまでっていわれてもなぁ。飽きたらそっちに行くって。コスモ・アーミーさんよ、今すぐ俺に会いたいのならそっちから来いよ。」 ジョーはカイユンに目で合図し、傍らにあるエレベーターを使うのは止めて息を殺して階段を登りはじめた。上からは間断なく声が聞こえている。 「・・・・高性能の爆薬を片手で玩んでいる奴に近付けるか！」 マリオの笑い声が響いた。 「カリカリするな。・・・・俺を傷つけたらあんたらの立場がまずくなると思って、予防措置の意味でこんな不粋なものを持っているんだ。ここに誘い込んだのだってこうやってゆっくり話をしたいからで他意はないぜ。・・・・今にあんたらのところに通信が入るはずだ。おれには指一本触れるなってさ。ちょっとばかし前に連絡しておいたんだ。」 そう言われるのを待っていたように、兵士の持っている通信機から呼び出し音が響いた。 「な。」 上司からの通信はマリオの言った通りの言葉だった。 兵士はむっとした。 「・・・・お前いったいどういう奴なんだ？」 「見てわからないか？爆破屋だ・・・・」 ふっと口元に薄い笑みが浮かぶ。 寂しげな、彼らしからぬ表情だった。 そのままもごもごと自分にしか聞こえない声で彼は呟いた。 （おとなしくしてろよ。俺はおとなしく連行されようって決めたんだからな。） ・・・・と、まことに素直に兵士は実におとなしくなった。何も言わない。全く動かない。 己れの受けた命令に従ったわけでなくそうせざるを得なかったからだ。前のめりに次々と倒れる六人の兵士。その後ろにはパラライザーを構えたジョーが立っていた。 「マリオさん！」 ジョーと同じようにパラライザーを片手に持ったカイユンが勢いよく階段を駆け登ってきた。と、マリオは右手を大きく開いて前に突き出し制止した。マリオが陣取るコントロールルームの入り口下の踊り場でカイユンは停止した。 「どうしたんです？罠でも仕掛けてあるんですか？」 「いや、そうじゃない。」 カイユンは首を捻る。 すると爆破屋はカイユンの頭越しに、ジョーに向かって怒鳴った。 「戦闘に向かないのほほん野郎をこんなところまで連れてくるんじゃない！危険だろうが！」 ジョーはカイユンの横に並んでマリオを見据えた。 「連れてきたんじゃないわ。カイユンが行くっていったからあたしが付いてきたのよ。それに、危険なのはあんたのほうでしょうが。」 爆破屋は眉をあげ、目を細くすると耳の横で手をひらひらと振った。 「俺なら安全だ。だから心配はない。だがお前等はここにいると危険だ。早く逃げた方がいい。」 何かが違っている。と、カイユンは感じた。この人は、いつも何かに対して怒っていて、怒鳴っていて・・・・ 静かに自分の方を向き、微かに笑っているこの人は、彼の知らない人間のようだった。 「マ・・・」 言い掛けたが適当な言葉が続かなかった。ジョーの方が低い声で淀み無く話し掛けた。 「どうしたっていうの？・・・・あたしたちと別れたいっていうなら、あたしには止める権利はないわ。でも理由がわからない。カイユンが以前カイエの事件でわたしたちと別れたがっていた理由は彼の優しさからでたことだった。でも、マリオの場合・・・・不法入国して破壊活動をして・・・・その挙げ句に捕まりたい訳？何故なのか知りたいものだわ。あんた官憲ってやつが死ぬほど嫌いだったじゃない。いつ宗旨替えしたの。」 「知ってどうする。」 「さあね。無学なあたしにだって好奇心くらいあるのよ・・・・とにかくね、マリオ、今のあんたの声、腑抜けてるよ。取り柄のほとんどないあんただけど、強いて言えば仕事のときには思いっきり気合いがはいっているっていうのが長所なんだから・・・・」 マリオは右足を長くのばし、左足をたてて座り込んだ。 「・・・・面倒だ。説明はしたくない。・・・・とにかくここから逃げろ。」 すると、ジョーはとんとんとんと階段を上がり、マリオの左手をとりがっちり握手した。 「それならもう聞かない。」 マリオは目を大きくし、・・・・・・・そして目を閉じると口の端だけ吊り上げて笑った。 「・・・・・・ふ・・・・あんたは止めないんだな。あ〜あ、つまんねえ。盛大に別れを惜しんでくれるかと期待していたんだがな。」 「ん。・・・・いままで沢山の人間と別れてきたからね。本意、不本意に関わらず別れなきゃいけないときがあるのは知ってるわ。」 そのままぎゅっと力強く握る。マリオ、悲鳴を上げる。 「あ、あんたなぁ、強化処理された技手に力を込めるなよなっ！」 ジョーはケタケタ笑った。と、マリオの横まできていたカイユンがこれでもか、という大声で怒鳴った。 「駄目です！マリオさんには一緒に来て貰います！」 マリオもジョーもきょとんとする。 「あのなあ、・・・・俺は本当にいい加減な奴だ。アル中の一歩手前だし、ヤクも昔はやっていたし、夜の街で遊びまくっているし。・・・・・おまえみたいな明るいところばかりを歩いている奴が、俺みたいなのに拘って貰っても迷惑なんだよ。」 一瞬カイユンはマリオの言葉を反芻しているようだったが、素直な黒の髪を揺らして首を振った。 「それは確かに良くないことですけど、僕はそんなことを言いたいのじゃないんです！ジョセフィーヌさんが別れようとしているんですから、マリオさんをここに残して行くことが本当は正しいことなのかもしれません。でも、僕はマリオさんを連れて行かなけりゃならないんです！確約したわけじゃないですけど、腕のいい爆破技術者を呼んでくるといってあそこを出たんです。あのままではあの街は沈んでしまいます。マリオさんの腕ならきっと水の噴出孔を塞げる。住んでいた人はあの街がなくなってもきっとどこかに移っていきます。でもそれはいろいろと厳しい事でしょうし、なによりあそこの人たちにとっては故郷がなくなってしまうんです！だから・・・・お願いです！一緒に来て下さい！仲間じゃなくなっていいいです。一人の爆破技術者としてのマリオさんに頼みます。一緒に来てください！」 頭を下げたカイユンの首の後ろを、少し前にジョーにこうされたと思い出しながら、マリオはぎゅっと押し下げた。 「・・・・真っ直ぐすぎるんだよ、お前は。・・・・俺は故郷を捨てた男なんだぞ。故郷なんてのは実体がなくて頭に概念があるくらいが邪魔がなくていいんだ。」 その押し下げる力に抗してカイユンは頭を上げた。中々の力の強さにマリオは面食らった。 「何を感傷的になっているんです？」 シュゥゥゥゥゥと幽かな音がする。言い合っているカイユンとマリオの耳には入っていないらしい。ジョーが音の発生源を見付けると、それはコントロールルームの中に通じているエレベーターだった。扉が開き、武装した兵士が飛び出してきて、殺傷用のレーザーを構えた。一人が話に熱中していて無防備なカイユンの背に狙いをつけた。 「キャーッ」 カイユンを庇って間に入ったジョーは肩を焼かれて小さな悲鳴を上げた。倒れこむ彼女をカイユンがしっかり抱き留める。 「逃げろ！」 マリオが窓を指差した。了解したジョーは左手を顔の前に構えてガラスに体当たりをかました。技手の破壊力の前にさしもの強化ガラスも粉々に砕ける。 窓枠に炭素繊維のケーブルを固定し、カイユンを呼ぶ。マリオの身を案ずる時間はない。二人はケーブルを伝い降り・・・・・・途中でケーブルを窓枠に止めていた吸盤が酷使に耐えられずに外れた。二人はソーラーパネルまで20メートルはあろうかという場所から落下していく。 「キャプテン！顎を引いて！」 カイユンの腕が伸び、ジョーを胸にすっぽりと抱き抱える。 衝撃。背から落ち、パネルで大きく一度バウンドしたカイユンの体はそのまま急傾斜の鏡面のようなパネルを滑っていき、ルーフの上面で止まって・・・・・動かなくなった。 「やったか？」 「ああ、あの高さから落ちたら生きちゃあいないだろうぜ。」 窓から手をのばして銃を構えたまま兵士たちが呟いた。 「それにしても、軌道エレベーターの警備は万全にして欲しいものだ。ただでさえ一号エレベーターが崩壊して惑星が混乱しているのだから・・・・」 隊長らしき男がマリオに近寄り慇懃無礼に挨拶した。 「ご無事でしたか。あなたがティオ ランバート博士ですね・・・・私たちはここに侵入した人間を追ってきた者です。賊の追跡中、上層部からの通信であなたの保護を指示されました。もうすぐ中央からの使者がここに来るはずです。さぞ恐ろしかったことでしょう。もう安全ですよ。」 マリオはジョーを抱えたまま動かないでいるカイユンを見、隊長に向き直った。ニヤリ、と笑う。 「・・・・どうやら、あんたらは俺を本気で怒らせちまったようだな。」 「は？」 マリオは隊長を足払いし、先程ジョーを撃った兵士の顔面に蹴りを入れた。 「あいつらが死んでいたら・・・・・・あんたらを殺しに戻ってくるから待っていろ！」 そしておもむろに自分はマスクをかけると小さなボンベを袖口から取り出して床に叩きつけた。黄色の気体が辺りに充満して兵士たちがばたばたと倒れる。マリオは窓から出ようとして、ケーブルが落ちてしまっているのに気付き、急いで階段を駆け降りた。 （生きていろ！二人とも！） 「大丈夫ですか？」 カイユンの声がして目をあけると、自分はカイユンにしっかりと抱かれてガードされていた。レーザーに焼かれた場所以外は何の痛みもない。打撲傷は一手にカイユンが引き受けてくれたようだ。 「私はどこもなんともないわ。カイユンは・・・・？」 「・・・よかったぁ、キャプテンに怪我がなくって・・・僕も大丈夫、ほら、僕、亜人間の血が混ざってて頑丈にできてますから。ただもう少し動くの待って下さいね・・・・痛みが激しくて・・・・きっとすぐ収まるし、収まったらすぐ動けますから・・・・」 しかし、表情は、苦痛を我慢し、大きく歪んでいた。 「もう放して。追っ手、すぐにはこないと思うけれど。・・・・普通、あの高さから落ちたら良くて重症ですもの・・・・カイユン、放して？」 カイユンは腕を動かそうとして大きく息をついた。 「御免なさい。まだ手が動かない。・・・・・キャプテンの体ってとっても細い・・・・・・・・こんな細いところに僕と同じ腸や腎臓が入ってるなんてへんてこな気がするな・・・・・・・・」 「バカ・・・・重くない？」 「ううん・・・・キャプテンは軽いですから。」 突然、不安と淋しさがないまぜになったような感情がジョーを襲った。胸が・・・・苦しい・・・・・・・・・・・ 「・・・・じゃ、もう少しこのままでいるね・・・・」 カイユンの胸に耳を付ける。心搏数が減っている。しばらくそうしているうちに心搏数が元に戻り、ジョーの体を締め付けていたカイユンの腕もすうっと解けた。ジョーが体をどけると彼はよっこらしょと立ち上がり、二三度屈伸運動をした。 ジョーは銃を構え、辺りを警戒する。肩の治療をしたいところだが、そんな暇はなさそうだ。と、爆破屋が息をきらせて走ってきた。 「ジョー！カイユン！無事か！」 ジョーは銃を構えたまま笑顔になった。 「肩以外はね。カイユンが護ってくれたから。」 無意識にカイユンの手をきゅっと握る。また変な気持ちがする。悲しいような淋しいような。その手を放し、自分の胸元にもっていく。何だろう。この痛み。手を触れているときに感じた妙な感覚。マリオが少し眉をあげた。 「僕は、ちょっと背骨がずれたみたいですけどそれだけです。」 ・・・・それはちょっとどころではなく重大なことのような気もするが・・・・ 「でも嬉しいな。マリオさん、地下に来てくれるんですね。街の人もきっと喜びますよ。」 マリオはやれやれというようにため息をついた。 「・・・・どうしてそうなる。俺は人のために何かやるような聖人君子じゃない。・・・・俺は自分の望みのためなら百万人の他人を路頭に迷わせても良心の呵責を覚えない人間なんだからな。」 「それって駄目です！路頭に迷った人は大変ですし、他人だって知り合えば他人じゃなくなるじゃありませんか！・・・・ええっと、・・・・あの、個人的には、心配してくれるのがとっても嬉しいんですけど・・・・」 マリオは何故か頬を赤くして怒鳴った。 「ぐちゃぐちゃいうな。とにかく逃げるぞ。・・・・任せておけ。このルーフは俺の設計だ。どこになにがあるかは知り尽くしている。」 「マリオの設計？・・・・あんた、脱走したときローティーンだったんじゃ・・・・？」 「ローティーンでも俺は天才だったんだぞ。特に脱走直前には疑われないよう真面目に図面もひいていた。こっちに来い！」 マリオはカイユンとジョーの歩調に注意しながら走った。しかし、彼は雷に打たれたように立ち止まった。ソーラーパネルの陰から、武器を持った保安隊員十名程と、技術者らしい若い男がすいっと現われたのだ。 「紛れもなく本物だな。君の黒い悪質な癖っ毛は見間違えようがない。」 「・・・・誰かと思えばロナルド バークレイか。・・・・お前の三白眼も昔とかわらねえなあ。いや、磨きがかかったか？」 マリオはやれやれ、というように若い男の顔をまっすぐに見据えた。 |
| ・・・・次回が最終です。マリオは捕縛されることを望んでいたようですが・・・・彼の真意は・・・・・そして彼は何処に帰っていこうというのでしょうか。 |