13　沈む街　


　「フェリナ！」
　
叫んだカイユンの声に反応して男たちの視線がこちらを向く。いや、何人かは走ってくる。が、さっと前に出たロマノフが護身術の定石通り先頭の男の腕をねじ上げると、他の男は取り巻いているだけでそれ以上誰も近付いて来なかった。ロマノフが捕まえている男も戦闘経験などまったくなさそうな優男であり、武器の類も身につけていない。地下住民は総じて色白だが、その中でも顔色が悪い。危険はないと判断した彼は、男を離して仲間の方に突き飛ばした。

　「・・・・必要以上の警戒をしないでもらいたい。・・・・私たちは政府の者でも“破壊と再生”でもない。この星に来て騒ぎに巻き込まれたただの仕事屋です。あなたがたに危害を加えるつもりは全くないのです。」

　ロマノフの毅然とした、しかし穏やかな口調にほんの少しだが住民たちの表情が和らいだ。
　そして男たち・・・・いや、男たちの後には女たちもいた。とにかく住人たちはロマノフ達が出てきた・・・・今は出口でソーンダイクとパトリックが様子を窺っている・・・・通路を指差した。

　「あなたたちはあそこから出てきた。ということは水の中を通って上がってきたということですね。服も濡れているし。」

　「ああ、そうだ。私はドルガの外から来た人間だ。泳ぐこともできる。」

　すると、男はがばと膝をついた。続いて幾人かが頭を下げる。

　「さっきは済まなかった。非常事態で気が動転していたのです。お願いです！私たちの仲間を助けてください！ここから少し下層に小さな実験施設群があり、五十人ほどの仲間が研究をしています。・・・・そこに水が上がってきて・・・・・通信は通じるのですが通路が水で塞がっている状態で・・・。建物自体は通路より高い位置へと階段状に展開しているので今のところは大丈夫なのですが・・・・水没は時間の問題です。ここから爆薬を運んでいって街の床を破壊して水抜きをして下さいませんか・・・・報酬は相応のものをお渡ししますから！」

　リーダー格の男がそういってから顔をあげると心配そうなカイユンのカオがあった。

　「早く場所を教えて下さい！間に合わなかったら大変です！」

　カイユンは男の手を引いて走り、ああ、これじゃ場所がわからないというように赤くなって男を先に走らせた。

　問題の通路は百メートルほど離れたところにあり、人々が遠巻きにしていた。カイユンを案内した男が周りの男に声をかける。

　「すみません。私たちは水への対処法なんて知りませんから適当に機材を集めました。使えそうなものをいくらでも使って下さい。」

　ライト、ケーブル、コンプレッサー、銃・・・・機械屋の街だけあって品物は豊富だった。カイユンは炭素繊維でできたケーブルを一巻き肩に担ぎライトに手をかけて首を振った。ここにあるライトは水中で使用できるようなものはほとんどなかった。酸素ボンベにしても水中作業用のものはなく、重たくて巨大なものばかりだ。爆薬も水中では威力が極端に低くなるようなものしか用意されておらず、ロマノフが指摘すると人々はうなだれた。その中を、カイユンが、やっと探しあてた水中使用できそうな強力ライトをこめかみのあたりにゴムバンドで固定し、重いボンベ二本をずるずると引きずりながら通路に向かって進んでいく。首からは土地の者に書いてもらった地図をぶら下げている。

　「まず、行くだけ行って助けます。その間にロマノフさんはここの人達と一緒に爆薬を作っておいて下さい。戻ってきてからもう一度今度は爆破に行きますから。」

　人々が彼を指差し囁き合う。その視線は二本のボンベに釘づけになっている。・・・・確かに常人には引きずれない重さだろう。
　このところ、カイユンの筋力は強くなってきている。故郷の高重力星ではみな力が強かった。小さな頃、星から強制的に引き離された彼は見かけは通常の人間で、故郷の住人に独特な“寸詰まり”体型ではない。筋力も常人並みだったのが、このところ・・・・意識しないうちに上がってきている。故郷の人々の“血”は彼の中に確かに息づいているのだ。
　通路を満たす水の手前に来て、まずボンベを落とした。吸い込まれるように見えなくなるボンベを追って飛び込む。
　直径約十メートルほどの通路。今はそれが一杯の水で満ちている。一掻き、二掻きと大きく手を動かして通路の底に沈んだボンベの一本に近付くと抱えて上昇した。適当な場所でボンベの弁を一杯に開放する。酸素の泡は激しく音をたてて上り、通路の天井が丸くなっているところに酸素だまりを形成した。少し離れたところにも同じような酸素だまりをつくる。酸素だまりと酸素だまりの間には軽いが強靭な炭素繊維のケーブルをはる。
　通路の中で水が貯まっている長さは少なく見ても三百メートル以上。いくら泳ぎに長けたカイユンでもそんな距離を泳げない者をつれて移動はできない。短時間で大量の人間を動かす・・・・カイユンなりの工夫であった。
　一本目のボンベが軽くなると二本目を片腕で抱いて更に移動を続ける。
　埃臭い水。化学物質も溶けているに違いない。地中の奥底から上がってきた水に意識があるなら、自分がこの塵芥の溜り場に出てきてしまったのを後悔しているだろう。
　故郷の海はもっと暖かく明るかった。水中から上をみるとゆらゆらゆれる水面を通して太陽が見えた。海はいつでも人々と一緒だった。赤ん坊が生まれると浜辺で祝った。誕生日もそうだった。亡くなった人の遺灰も海に流した。あの海にはもう帰れない・・・・いや、同じような習慣を続けることももうない・・・・

　大人になったら晴れた日に海辺へ出て・・・・少し胸がいたい。きっと酸素の不足だろう。ボンベから直接酸素を吸う。

　二本目のボンベの中身を三分の一ほど使ったところで“街”についた。ざばぁと顔をだすと、水面から５メートルほどのところに“天井”が迫っていた。もうすでに水没してしまった建物が多く、ただ、階段状の研究施設だったのが幸いして、一番頂上にある建物にすべての人間が避難していた。彼らは救助にきてくれたらしいカイユンを見、大きく手を振り回したが、すいすいと泳ぐ彼を珍しい動物でも見るように眺めている者もあった。いや、数としてはそっちの方が断然多い。

　「僕と一緒に来てください！泳げなくても大丈夫です。ケーブルを伝ってくればいいんです。」

　人々は顔を見合わせるだけで、行動をおこそうとはしなかった。何をしたらよいのかわからないのだ。

　「もっと水が増えます！溺れてしまいますよ！」

　ざわざわと話し合う人々の中から、一番若い、まだ少年のようにも見える技師が進み出た。子供はどの世界でもありとあらゆる“初めて”のことを強要される。何度かそれを繰り返していくうちに学習をしていくのだ。そういう意味では若いということはそれだけで一つの力だった。少年は、建物にはい上がりケーブルの端を柱に巻き付けるカイユンに近付くと心細そうに細い炭素繊維をくいくいと引っ張った。

　「大丈夫です。カーボンケーブルの強靭さは皆さんよくわかっているでしょう？」

　“ついてきて下さい”というようにカイユンはケーブルを片手で掴んで水に降りるともう一方の手で水を掻いてゆっくりと進んでみせた。少年はケーブルを同じように掴み、おっかなびっくり水の中に体を浸した。五メートルほど進んだときバランスが崩れた。頭まで水につかり、少年は水を飲みじたばたと手足を動かした。建物から技師たちは身を乗り出したが手を出せない。カイユンはすうっと手をのばし、少年の頭を水面から上に出した。

　「ほら、もう大丈夫。僕は助けにきたんだから僕に任せて！」

　少年は頷き、それから建物に顔を向けると大きな声で叫んだ。

　「なんてことないですよ！続いて来て下さい！」

　しかしカイユンに向き直った顔は、今にも泣きだしそうだった。小声で囁く。

　「・・・・ああでも言わないと皆来ないと思ったから言いましたけど、僕は自信がありません。よろしく頼みます。」

　一番の勇敢な人間からしてこれだった。
　ケーブルと通路の酸素だまり・・・・これだけ準備があればソーンダイクなみの金槌でもスムーズに移動できるはずだった。しかし、技師たちの移動は困難を極めた。水を恐がり途中で戻ろうとするもの。パニックに陥りケーブルを放して流されるもの、酸素だまりで息継ぎに失敗し大量の水をのみこみ溺れかけるもの・・・・元気づけ、落ち着かせ、介助し、先導し、後にまわり・・・・また一人、ケーブルをつかみそこねて沈んでいきそうになる。急いで潜って抱き抱えて上昇する。
　水棲亜人間との混血であったことが、今直接の形で役にたっている・・・・前にもこんなことがあったっけ・・・・・人間以上に水に適応しているから他の人を助けられたことがあった。
　技師たちは短い距離を進むのにも体力と気力の多くを無駄に使ってしまったようで、最後の酸素だまりからは殆どカイユンが一人で運んだようなものだった。　ロマノフが手伝ってくれて最後の一人を水から引き上げたときにはさしものカイユンもくたくたになっていた。しかし、水抜きが至急必要なことは誰の目にも明らかだった。あれからソーンダイクが計算したところによると、このまま水抜きをしないでいれば、彼らが現在いる場所も一度は水没するはずであった。技師連中にとっては、命ともいえる機械類を水に浸してしまうのは耐えられないことだろう。今度は爆薬を担いで急ぐ。ロマノフが同行しようと申し出てくれたが、カイユンは断った。水中の作業は自分一人の方が早く無駄なくできる。それに、この作業には危険がともなった。爆薬で“床”を破壊すればもちろん穴があく。ひび割れで済めばともかく、大穴が開けばものすごい水流がおこり、それに巻き込まれて吸い込まれる。その余波で床全体が崩壊すれば・・・・下層に落ちる。・・・・フェリナの情報によれば、そこも街だが技術者達と昵懇の間柄の人々で、通信によってすでに穴をあける地点からは住民が退避しているという。
　すぐ下の層といっても高さは約三十メートルある。破片があたれば普通の人間では死んでしまうだろう。カイユンの種族のように強靭な体をもっていれば死ぬことは・・・・ほぼない。

　ふたたび街にもどったとき実験施設は完全に水につかっていた。カイユンは酸素ボンベを床に転がし、そこから大きく息を吸った。潜ったまま床にとりついて爆薬をセットする。

　“僕は人間じゃない。だから・・・・”

　準備が終わった。素早くセットできた。これならマリオも誉めてくれるだろう。

　“だから人の役にたてる。”

　心底嬉しそうに彼はにこにこと満面の笑みを浮かべた。
　天井付近まで泳ぎ昇ってからストラップで自分の体を壁に固定する。
　爆薬のスイッチを、指に力を入れて押すと、重々しい音をたてて水の衝撃波が彼を襲った。体を丸めてじっと耐えているとすうっと体にかかった圧力は引いていった。初めはゆっくりと、そして急速に、やがて怖くなるくらいの速さで水が減っていく。床に開いた穴は大きなもので、カイユンには下の様子が見えた。上から水が流れ落ちる具合から、下の街にも水は五メートル位の深さで貯まっているのがわかる。

　「・・・・」

　じっとそれを眺めると、その水面に漂っているものが彼の興味を惹いた。木切れのようなもの・・・・それにしがみついている小さな猫のような動物。カイユンは湿気の多い空気をすうっと吸い込んだ。その重たい空気を吐き出すと、はっきりした声で通信機に向かって話し掛けた。

　「ロマノフさん、ソーンダイクさん、そしてパトリックにフェリナ。ちょっと下いって猫助けてきます。」

　素早くストラップを外し、穴に向かって水をけちらして走る。
　遠くからロマノフの声がする。

　「待て。そこから下に降りるのは簡単だが、上がってくるのは容易くはないぞ。」

　そのとき、カイユンはすでに穴とは爪先の一点で接しているだけだった。

　“わ〜っ！”

　という声と

　“バシャン”

　という水音が通信機から聞こえ、パトリックは肩をすくめた。

　「ごめんなさい。」

　しばらくしてから返ってきたカイユンの声は“トホホ・・・・”という声が聞こえてきそうなほど悄気ていた。

　「ちょっと早まっちゃったみたいです・・・・あああ・・・・これで僕は皆ともう会えないのかな・・・・まだ一緒にいたかったのに・・・・」

　ロマノフは咳払いした。

　「・・・・私は容易くはないと言ったのだよ。ワイヤーの一本くらい降ろすことはできる。だが、それを上昇するのに体力を消耗するわけで・・・・」

　通信機の向こうではカイユンが“万歳”を叫んでいた。ロマノフはふうっと息をつき、やがて大きく頷いた。通信機からはネコの声が小さく聞こえる。
　カイユンはみいみいと頼りなげな声で鳴いていた猫をふわりと抱き上げた。猫は怯えて首筋に爪をたてた。その痛みに耐えながらしばらく泳いでやっと乾いた場所に辿り着くと、猫は命の恩人から逃げるように走り去っていってしまった。
　カイユンが立ち上がると、傍には水から逃げてきた人々が見守っていた。亜人間との混血のお人好しは胸をはって大声で言った。

　「任せて下さい。爆薬さえあれば、水抜きのお手伝いしますよ！」


　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　「・・・・なんだぁ！」

　上から降りてきた保安隊員をジョーがマヒさせると、その懐を探って通信機を分捕ったマリオががなった。

　「どうしたのよ？」

　「どうもこうも・・・・どこかの馬鹿野郎が水抜きをして回っているらしい・・・・変だな・・・・水が満ちているところに爆薬を仕掛けない限りこんなに効果的な水抜きはできないはずだが・・・・この地下都市にアクアラング部隊がいる訳はないだろうがッ！どこのどいつが水中作業をしてるっていうんだ？くそっ！俺の計画が・・・・」

　ジョーは、その馬鹿野郎がどこの誰だかすぐに予想できてにたりと笑った。

　「あはは、その馬鹿、きっとマリオ直伝の爆薬セット法を実践してるわよ。」

　カイユンの間の抜けた笑顔を思い浮べてマリオはガツンと壁に頭を打ち付けた。

　「あの馬鹿！・・・・あ、まて・・・・」

　ヘッドフォンからの音声に耳を傾ける彼の顔には薄笑いが浮かんでいた。

　「・・・・あははははっ！成功だ！成功！上層の空気循環機が水浸し！はははっ！これで都市機能は少なくとも三分の二に落ちた！もうこれで水が退いてもどうってことはない・・・・いや、もう一押しだな。あいつのところにいかなくちゃな！」

　ジョーは眉をそびやかした。あの顔は・・・・通常の理性を欠いた表情だ。マリオのなけなしの常識と優しさの消えている顔だ。

　「あいつって・・・・誰よ。」

　「あいつはあいつさ・・・・この星の経済を支える大切なあいつさ。もうそろそろあいつの誕生日じゃなかったかな。・・・・それじゃ、ちょっといってくるぜ。・・・・水が退いてる。もうこっちには人は来ないだろう。・・・・もういいぜ、付いてこなくて。爆破の手伝いありがとうな。あんたがいなかったらこんなに早くはできなかっただろう。じゃ、な！」

　小さなものを床に投げ付けるとそれはしゅるしゅる回ってからどーんと大きな音をたててまばゆい目を眩ませる光をあげて破裂した。

　「卑怯よ！あたしがどうして一緒に来たと思っているのよ！」

　たっぷり十分たってジョーが視力を取り戻したとき、マリオの姿はなく、発信機を仕込んだ偽の真珠のペンダントが床に転がっていた。

　「お馬鹿！大馬鹿！あたし達から逃げ出して何が面白いのよ！昔の自分から逃げ、自分の良心から逃げ、何がやりたいっていうのよ！」

　一頻り毒突いてしまうとジョーは立ち上がった。

　「・・・・ったく、この星に不案内なあたしをこんなところに残してどうしよってのよ。・・・・下に戻るか。・・・・あっちは派手にやっている分捜しやすいし。“あいつ”が一体誰なのか全然わからないし・・・・・・・・それにしても・・・・馬鹿。」




　カイユンはじりっとあとずさった。彼にはいくつかの銃口が向けられている。

　「あの・・・・ですから・・・・ここの水抜きをしないとどんどん上層に水がいってしまって、沢山の人の命が危ないんです。・・・・だから残念ですけど最下層の街は、あの・・・・」

　弾が発射されると同時にカイユンは体を捻って水に飛び込んだ。弾は左の肩を擦ったが出血は殆どない。カイユンはそのまま泳いでロマノフ達が待っている岸についた。

　「説得できませんでした。」

　眉をハの字にしているカイユンの肩にソーンダイクが素早く絆創膏を貼る。地下都市の水抜きは作業そのものより、下層都市の住民の反抗により遅々として進まなかった。

　「カイユンさん！もういいよ、やっちゃおうよ。・・・・きっとあたしの育った街も水の底に沈むんだけど、やったほうが助かる街の数も増えるよ。少数の犠牲より多数の幸福、だよ。それに、街が沈んだって人が避難するのには十分な時間があるんだしさ。」

　気勢をあげるフェリナに押されてカイユンは曖昧に頷いた。確かに、避難には十分な時間がある・・・・しかし、地下からの住民移動がスムーズでないのは何故なのだろう。巨大なエレベーター・・・・十階層ほどぶちぬいたフェリナの暮らしていた町を起点としたエレベーターがあるはずなのだが・・・・
　割り切れないものを感じながらカイユンは爆薬を抱えて水に潜った。もうここの水嵩もそうとう増していて、その深さ約五メートル。床（今は水底だ）にセットし、浮かび上がると甲高いそして色っぽい叫び声がした。声の方を見やると、アンジェラが大きく手を振り回していた。
　カイユンが七往復（疲れた・・・・しかも背負って泳いでいる間、キスされたりあちこち触られたりして生きた心地がしなかった。）してお姐さんたちをロマノフ達の方に連れていくとフェリナはおかあさんおかあさあぁんとアンジェラに抱きついて泣きじゃくった。

　「・・・・みっともないねえ。・・・・折角自立できたと思ったのに、これじゃ、小さな子供と同じじゃないの。」

　口ではきついことを言ってはいても、アンジェラの瞳は優しかった。街から上へと逃げている途中、水抜きをしている奇妙な集団の噂を聞いてここまできたのだという。

　「ということは、あなたたちはエレベーターを使ってはいないのですか。」

　ロマノフに言われ、アンジェラは乱れた髪を直しながら頷いた。

　「あれじゃ使えないわ・・・・政府の犬に占拠されてたからね。」

　「政府に？」

　心配げにいうフェリナの背をカイユンがポンポンと元気づけるように叩く。

　「目的は、下層都市を闇に葬ることだと思うわ。避難民が上に上がれば、逆に下に下がってなんとかしようとする奇特な奴らも出るでしょうし、あそこをマヒさせて置いたほうが混乱にも輪がかかる・・・・だからレイもあそこを押さえた。」

　「レイ・・・・？“破壊と再生”の？」

　「そ。レイモンド本人を見たわけじゃないけど、あいつが連れていた部下の何人かがエレベーターの占拠に関わっているのを見たわ。・・・・あたしは一度見た人間を忘れないのが自慢でね。・・・・破壊と再生の中の裏切り者、政府側に寝返ったのがあいつらってこと。前々からいけすかない奴だと思っていたけど大当たりだった。・・・・あ、スラバタたちは正調の破壊と再生よ。あたしたちには関係ないけど、彼は占拠に関わってはいない。」

　「スラバタさん・・・・」

　カイユンはうるうると目をうるませており、その目をロマノフに向けた。

　「・・・・君も難儀な性格をしているな。」

　ロマノフはため息をついて、カイユンの額を指で弾いた。ソーンダイクは無表情であったし、パトリックは何か腕の奮い甲斐のあることがおこったのかとわくわくしていた。

　「・・・・行くか。」

　ロマノフはレーザーライフルを肩に担ぎ直した。

　「結局は溢れた海を封じ込めるのが水抜きよりも効果大だろう。」

　「あたしも！」

　フェリナが叫んだ。・・・・・叫んでから母親の方をそっと見る。

　アンジェラが重々しく頷く。
　娼館のお姐さんたちも優しく微笑んだ。

　「いっってらっしゃい！ただし、今度また戻ってきたら承知しないからね。」

　フェリナは自分を育ててくれた人たち皆に素早くキスをし、アンジェラにぎゅっと抱きついてからこちらを向いて待っているロマノフ達を追い掛けていった。


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　「結構遠いわね。」

　ジョーはドルガ兵から強奪した通信機でカイユン達のいる場所を推測していた。強奪された本人およびその同僚三人は彼女の足に踏まれてのびている。

　「やけに派手にやっているわね。見失うことはなさそうだけど、とにかく垂直距離があるから・・・・やっぱりこれを使うしかないかな。」

　目の前にある大きなゲート。これこそドルガが宇宙連邦に誇る軌道エレベーターの一つである。
　といっても扉を開くパスワードを知っているわけではない。彼女が使いたいのはエレベーターそのものではなくそれが占める吹き抜けの空間である。それなら手はある。・・・・・かなり旧い時代のものらしく、ゲートの堅牢度は下がっているようであるし・・・・

　「せーの。」

　左手でゲートの装甲を剥がす。人間一人が入れるくらいの空間があき、ひゅうっと下から風が吹き上がってくる。

　「もう少しケーブルを補充しておくべきだったかな。・・・・途中で壊れたらアウトだわ。」

　炭素繊維のケーブル。壁に取り付ける真空吸盤とのセット・・・・・下に辿り着いたら吸盤を外せるタイプだ。それを二本使って下へと降りていく。風はかなり激しく体が左右に揺れる。このごたごたで軌道エレベーターを使ってはいないだろうが、もしも使われてしまったら、壁との間に挟まれて死ぬこと必至だ。

　それでも降りていく。きっとそこに仲間がいるから。

　「ふう。」

　無事に降り終わって出ていきたいゲートの装甲を左手で剥がす・・・・と、底ではドルガ正規軍と“破壊と再生”がまだ不毛な戦闘を続けていた。

　「・・・・もう！何やってんだか！」

　ジョーは不機嫌に毒突いて、エアバイクに跨がっている若者をバイクからむしり取るように排除して、アクセルを全開する。さすが大型の軌道エレベーターが通っているフロアだけあって道もしっかりと整備されている。後ろからいくつかレーザーの輝線が飛んだが、なあに焦っているからあたりゃあしない。ここから政府の支配下にはないフロアに行くには、だいぶ先にある無認可エレベーターを使うのが早い・・・・そこがカイユン達のいる場所にも近い。

　「自分で置いてきたあたしが言うのもヘンだけど・・・・無事で居てね！」

　メーターが振り切れる速度でエアバイク用の道を突っ走る。五分、十分・・・前方に人だかりを捕捉する。ブレーキ！物凄い音をたて、十メートルほどオーバーランしてエレベーターの降り口に到着する。その場の惨状にジョーは目を覆った。いや、惨状というのは不適当か。とにかく遠巻きにしている一般人から離れたところに一般人ではない面子が白目を剥いてばたばた倒れている。その中心にはお約束の光景が展開されていた。

　「いいかい、パット、人は傷つけちゃいけないんだ。いくら悪いことをしたってマヒさせた人を殴るなんていけないことだよ！」

　正座してお説教するカイユンの前には、これまた正座してしょげているパットがいた。

　「だって・・・・カイユンだって殴ったじゃない。」

　「僕は銃を撃たなかったからしかたないだろ・・・・っていっても説得力ないよねえ。」

　傍らでライフルのエネルギーカセットを交換するロマノフと、隅の方で頭をかかえてフェリナと一緒に縮こまっているソーンダイク。

　「皆！」

　ジョーの声に一斉に反応する。
　飛び付いていったのがパトリック。訝しげなロマノフにジョーは自分から説明した。

　「マリオに逃げられたの。それでもって一人でいるのは嫌だったから戻ってきたわ。黙って行っちゃって御免。・・・・ところでなんでこうなったの？」

　ロマノフ達がこのエレベーターに辿り着いたとき、すでに、政府側に寝返った“破壊と再生”に占拠されていた。それを奪還するためこのような仕業になったというのだ。ともあれ、たった三人（ロマノフ＋パトリック＋一応カイユン。ソーンダイクはもちろん除外）で排除してしまったのだから大したものだ。
　ジョーがにやりと笑いエレベーターのゲートをコンコン叩いた。

　「つまり、これから下に降りようとしていたということね。・・・・そして海にフタをする・・・・か、できないまでも似非“破壊と再生”をひっぺがせばカイユンの気も済む。」

　「あ、あと、スラバタさんの安否の確認を・・・・」

　まったく仕事屋としては難儀な性格である。そしてそういうところこそがカイユンの長所だと感じる自分も難儀な性格なのだとジョーは思った。

　「ソーンダイク！」

　叫ばれたソーンダイクはさっそくエレベーターのロックにとりついて解除作業を始める。ゲートはあっさりと開き、軋みながら黒々とした口を開いた。幅二十メートルはある四角い空間。

　「さ、行くわよ！ソーンダイク！強制的に下まで降ろして。降ろしたらドア開けずに待機。」

　走り込む仲間たち。ソーンダイクとフェリナは配電盤のわきに陣取った。ロマノフはパトリックを小脇に抱えて彼らの楯になるような位置に待機する。ジョーは自分のパラライザーを構えた。と、その肩にぽたりと水滴が落ちた。上から漏水？と見上げると、傍に立ったカイユンが泣いているのだった。

　「どうしたの？」

　彼はぐい、と拳で目を擦り微笑んだ。もう目から涙は出ていなかった。

　「わからない。でも・・・・嬉しいんだと思います。またジョセフィーヌさんに会えたから。」

　「・・・・・ありがと。・・・・と、話はあとよっ！下に着くわ。」

　エレベーターがガコンと音をたてて止まった。どよどよというざわめきが扉の外から聞こえる。ロマノフが銃を構えなおすと共にソーンダイクが絶妙のタイミングで扉を開放する。レーザー輝線が乱舞し・・・・止まった。上の階で見たような光景が向こう側に広がっていた。

　「向こうさんも異変にはそれなりに気付いてただろうに、コスモアーミー屈指のスナイパーの手にかかっちゃ大人と子供の腕相撲みたいなもんね。」

　・・・・といいつつ外へ踏み出したとたんに再度襲いかかってくるレーザーを軽く避けて相手をマヒさせた。

　「あたしにすらはっきり動きが読めるんだから・・・・」

　人々が近寄ってくる。・・・・一般人ではない。武装した若い男たちが・・・・

　「あーっ！」

　無防備に走り出たカイユンが・・・・パラライザーで打たれてぱたり、と倒れた。


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　「すまん、何せ、あんたらが出てくるとは思わなかったからな。」

　憮然としているカイユンの前でスラバタ他、正調“破壊と再生”数名は頭を下げた。

　「それより大丈夫か。」

　あのあとカイユンは勢いあまって三十段ほどの階段をごろごろと転げ落ちその上状況を把握していないスラバタの仲間に銃尻でガンと一発こめかみを殴られたのだった。

　「・・・・ピリピリしてます。」

　パラライズさせられ、覚醒刺激を無理遣り与えられた直後ならピリピリは当たり前で、スラバタはそんなことを聞いたのではなかったのだが・・・・
　ジョーの視線は開放されたエレベーターに向いている。地下住民と“破壊と再生”の手によって、避難と物資補給のラインとして働きを始めている。それはともかく、水はそこいら中を満たし、ごくゆっくりと水位を上げ続けていた。

　「で、スラバタ。海の“フタ”にできた穴はどんなものなの？」

　「・・・・遠くから眺めただけだが、穴そのものはさしわたし三十メートルくらいだな・・・・あれを塞ぐためにどうしたらいいのかなんて見当もつかん。」

　と、パシャンと水しぶきがあがり、“ピリピリしている”カイユンが飛び込み、物凄い勢いで泳ぎ去り、そしてまた戻ってきた。

　「無理です。穴が大きすぎますから、まず瓦礫でもなんでもつめてから水分硬化性樹脂で固めないと・・・・僕はそっちの知識が不十分ですから断言はできませんが・・・・」

　スラバタがカイユンを指差し、あんたが役に立つっていったのはこういうことかというと、ロマノフは微笑んで首を振った。

　「とにかく・・・・難しいことであるのは確かね。・・・・スラバタ。どうする？あたしたちは部外者よ。他にやることもないからなりゆきで協力するけど・・・・避難民の誘導をやる？それともどうしても穴を塞ぐ？」

　スラバタは得物の金属鞭をキュッとしごいた。迷っている風だ。

　「ここの連中はしぶとい奴らだ。誘導などしなくても活路はみつけるよ。・・・・穴塞ぎができるのならやりたいんだが。しかし、生憎と俺達には穴に瓦礫を詰めるための策もなければ水中で作業をすることも不可能だ。・・・・あんたらにそれができるのか？」

　理想的な水中作業従事者は一先ずここにいる。穴に瓦礫を詰める専門家は・・・・仲間を置いて何事かしでかしに上層にいる。カイユンはこくりと頷いた。

　「マリオさんを連れてくればきっとなんとかなります。硬化樹脂があればマリオさんと僕で水を押さえられるでしょう。」

　ざわっと若者達がどよめいた。彼らにとってはこの薄暗い街が故郷なのだ。

　「・・・・あの爆破馬鹿はどこにいるんだ。」

　スラバタに睨まれ、ジョーは首を捻った。

　「妙なことをいっていたわよ。この星の経済を支える大切なあいつの所にいく、って。そのあいつってのはもうすぐ誕生日だ・・・って・・・・政府高官でも暗殺しようってのかしらね。そんなのマリオらしくないけど。」

　スラバタは顔色を変えた。

　「あんた、そりゃ、人間のことじゃないぜ。・・・・あの野郎の標的はおそらく第二号軌道エレベーターだ。もうすぐ建造百五十周年を迎える。そしてこの星一番の物資運搬量を誇っている経済の要だ・・・・何を考えているんだ？あれが壊れれば確かに政府は打撃を被るが、俺達地下の住民にとっての利益にはならない。むしろ上からの押さえつけが厳しくなって暮らしにくくなる。それがわからない奴ではないはずだが。」

　マリオの思考は常人にはついていけないことがある。彼個人の中では論理的であり筋が通っていてもヒトの迷惑を考えて計画をたてることはない。夢は惑星丸ごと一個の破壊なのだから、どうしようもない。

　「マリオさんが、それを壊すと迷惑なんですね？」

　「ん、ああ、もちろんだ。」

　カイユンにまっすぐ見つめられてスラバタは意味もなく手をひらひらとさせた。

　「じゃ、行きましょう！僕がいってくるあいだにロマノフさんたちはフタになるものの手配をしていて下さい！。さあ、スラバタさん、行きましょう！」

　この青年は気味悪いほどまっすぐだ。

　「そんなに単純なことじゃないぞ。二号軌道エレベーターは研究施設にも近く、しっかり警備されている。下手すりゃ政府の息のかかったコスモ・アーミーに撃たれて終りだ。」

　「それなら余計にすぐいかなけりゃ！マリオさんは戦闘向きじゃないんですから。」

　「折角だが、俺はここを離れるわけにはいかない。暴動の発生を押さえるためにな。」

　「そうですか。じゃ、地図を下さい。」

　まっすぐすぎて嫌になる。
　ジョーは腕を組んだ。

　「でも、マリオは勝算のない勝負はしないはずだわ。きっとなんらかの策があるのよ・・・・そうね、あいつは子供の頃からこの星の建造物の設計図をつらつら見せられて育ったはず。何か弱点を突くつもりよ・・・・スラバタ。警戒の薄いのはどの辺りなの？」

　「ん？コンスタントに警備は厚い。奴がどんな具合にあれをぶちこわすんだか見当もつかん。」

　カイユンは上着を身につけバックパックを背負った。

　「ともかくその二号軌道エレベーターのそばにいってみましょう。上層でも下層でも騒ぎになればわかるはずですし、そうすれば軌道エレベーターを使って移動できるはずです。ここのエレベーターを使ったようにね。」

　歩きだすカイユンの肩をジョーがぐいと引いた。カイユンはステンと尻餅をつく。

　「カイユンはここに居たほうが役に立つわ。」

　「いいえ、水中作業はあらかた片付きました。・・・・心配なんです。マリオさんのことが。一人にしちゃいけないと思います。・・・・何か・・・・今までと違ってとても危険な気がするんです。僕らを置いて一人で行ってしまった。そしてついていったキャプテンまでも置き去りにした。このまま別れたくない。ここでさよらなしたくはないんです。もし、結果的に別れることになっても僕は最後までマリオさんを探していたい。そうじゃないと後悔することになるから。」


　ジョーはやれやれといったように大きくため息をついた。


　「仕方ないわね。スラバタ、その軌道エレベーターまでの経路を携帯コンピュータに入力して頂戴。」

　“それじゃあたしがカイユンさんと行きます”というフェリナを押し止める。

　「フェリナの土地勘は下層都市だけでしょう？それに、今度はフェリナの身の安全を構ってあげられそうにないわ。速攻でいかなきゃ。カイユン。行きましょう。」

　カイユンの目が大きく開かれる。

　「キャプテンも？」

　「・・・・・置き去りにされたことへの文句を言ってやらなくちゃいけないから。・・・・ロマノフはここでソーンダイクと一緒に待っていて。最後までとことんマリオに付き合ってみるわ。・・・・ロマノフ。よろしく。あなたをここに残しておけばきっとまた皆出会える。そう思うの。もしここを動くようなことになってもさっきみたいに目立つことをやっててくれれば絶対合流できるから。・・・そしてもしもこの星で合流できなかったら、アケルナルで待っていて。・・・・・絶対に帰るから。私、いえ、私たち、絶対に帰っていくから。」

　ロマノフは止めなかった。

　「・・・・やるだけやったら無理せず戻ってくるんだぞ。」

　「ええ・・・・」

　ジョーはスラバタから投げられた小型コンピュータを片手でしっかり受けとめると、素早くロマノフとソーンダイクとパットの頬にキスしてカイユンの背を押した。

　「さぁ行こう。カイユン。」

　「は、はい。」
ますます暴走していく爆破屋です。あと２回ほどで完結です。爆破屋の意図、仲間たちの想い、フェリナの夢、そしてマギーとミリムのそれから・・・・・ビルダーの思惑も絡みつつ、一気に結末へと雪崩れ込む・・・・・・ことができるといいのですが・・・・

　　　　トップに戻る