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| 「よいしょっ。」 怪我人を置き、行政区付近の詳細なマップその他をソーンダイクのコンピュータに入力してもらい、一同はシバンに見送られてその場をあとにした。まっすぐにリニアステーションへと向かう。ブーツのファスナーをしめなおそうとしゃがんだカイユンに合わせて皆が立ち止まった。 「・・・・どうしたの？」 「いや〜、リニアは止まってしまっているから軌道内を歩くんですよね。ブーツをしっかり履きなお・・・・」 カイユンはあっけに取られた。軌道内はエアカーの類がびゅんびゅん行き交っていた。そんなカイユンの背中にため息混じりにジョーが説明する。 「あのね、この軌道、リニアが通らなければ何で通ったって構わないわけでしょ。いつもエアカーが通ってないのはリニアにひき殺されたくないからってだけであって・・・・」 フェリナがとっとっとと走ってエアカーの貸出屋のところで大きく手を振った。 「ほら、結構頻繁にリニアは壊れるらしいわよ。あんだけレンタルがあるってことはさ。」 早速ジョーとロマノフがレンタル屋に突入した。カイユンはパットとソーンダイクに挟まれてボーッと立っていた。物売りの少年に付きまとわれ、その筋の男に“可愛い兄さん、俺と付き合わないか。”と誘われて大騒ぎなどしているうちに二人は戻ってきた。 レンタルしてきたエアバイク二台はがっしりしてはいたが、古色蒼然としていた。ジョーはエンジン部をあけて何やらいじっている。 さすがのソーンダイクも不安に思ったかジョーを突くと彼女は工具を片手に笑った。 「故障している訳じゃないわ。パワーアップさせてるだけよ。・・・・手持ちも少なくなってきたし、少し古目の手ごろな貸出料のヤツを借りたの。さ、これで向こうまで持つでしょ。」 すとっとバイクに跨がりもう一台にはロマノフがスタンバイする。 「いっくわよ〜っ！」 パトリックは自分たちが他のエアカーを何台追い越したかを数えていた。三十四台までは確実だったが、高スピードに怯えたソーンダイクが自分を抱えたままロマノフにしがみついたので視野がふさがり正確な数はわからない。とにかくリニア並みにとばしたのは確実だったらしい。復旧作業を行なっている地点でバイクを降りると、胸に手をあててぜいぜいする呼吸を整えているカイユン＆フェリナと早くも次のルートの算段をしているジョーがいた。 横道にそれ、床や天井に先ほど迄とは違った新しい材料を用いた（それでも結構古くてつぎはぎだらけの）通路を辿る。進みながら、ジョーはこの地下都市を一度壊滅させたくなる政府の気持ちが雀の涙程度にはわかる気がした。エネルギッシュで活力に満ちている地下住民にとっての“わが町”は旧時代の遺物で機能的とは決して言えず、反政府勢力の温床となっている。ここを取り壊さずに保存している限りはドルガのこれ以上の発展はなく、いや、発展どころか混乱や没落を招くであろう。 爆薬を持った男が小競り合いに乱入したという地点はすぐそこだった。割合広い空間・・・・小さな町といってよく、しかしフェリナの暮らしていた所より小綺麗でさっぱりとしていた。どこで事件が起こったかはその灰白色の床材が黒々と焦げていることですぐに判明した。ここから先は手がかりはない。 「・・・・いや、発信機が復活しました。・・・・・・近くに居ます。」 ジョーはこけた。 「ソーンダイク！そういうこと早く言いなさいよっ！」 ディスプレイを見て、ジョーは絶句した。 「・・・・ソーンダイク、これ、こわれてるんじゃない？」 発信源はジョーたちの真下、シバンの地図には何も書かれていないところになっていた。 「・・・・有効な方法はひとつ。」 ソーンダイクが呟いた。 一同息を飲む。 「地面を掘・・・・」 ジョーは左手でソーンダイクを薙ぎ払った。ここには掘るような地面はないし、地面があったからといって掘るという発想は普通ではない。 「とにかく光点が動かないってことは、ヤツは一所に止まってなんやら・・・って爆発物だろうけど・・・を造ってるんでしょうよ。この町は裏を返せば秘密の違法通路の巣らしいから光点が動くのを待ったほうが安全ね。・・・・・他の場所に移動しようとしなたら、私たちが居るフロアに出てくるしかないはずだし。」 気分は兎穴から獲物が出てくるのを待つ猟師の気分だ。ロマノフは顎に手をやり、かすかに首を傾げた。 「しかし、ジョー、マリオが発信機に気付いていたらきっとそれを破棄しているだろう。この光点が破棄されたものからの発信でないとは言い切れない。」 「・・・・平気平気。あたし、マリオが絶対に手放さないものに発信機を仕込んだから。」 フェリナは町を飛び回ってだいたいの通路を把握して帰ってきた。カイユンも、ロマノフも、食料やエネルギーカセットを補給した。悔しいがビルダーが密かにジョーたちの荷物に忍ばせておいたらしい集積回路チップがいい財源になった。そのため、かねてから用意してあった売却用の自分たちオリジナルのチップは手付かずに残しておける。ビルダーからの品物で用途不明なのは、カイユンの荷物の中に入っていた銀色のケースだけだった。 ・・・・それはともかく、光点が動きはじめたのはそれから半日たち“夜”の時間帯に入ってからだった。フェリナの提案で一同は散開し、光点を囲むように接近する。 マリオはいつもと同じような様子でぶらぶら歩いてきた。その彼の前にまずフェリナが飛び出した。 「あれ・・・・お前は確か・・・・」 そしてロマノフ、ソーンダイク、カイユン、パット、ジョーが取り囲む。 「！お、おまえ等！なんでここに！」 ジョーがにこやかに笑う。 「はは、マリオにはムシつけといたもんね。」 「ムシ・・・・発信機だと！？そんなものは服についていなかったぞ・・・・一体・・・・」 ジョーはマリオの胸元に手を突っ込むと真珠のペンダントヘッド（昔《そして・・・・参照》、カイユンが皆に１粒ずつ贈ったものだ）をぐいと取り出した。 「どうもあんたの様子がおかしかったから、ムシ内蔵の真珠と取り替えといたのよね。・・・・マリオはこれだけは決して捨てないもの。」 「あ、あのなあ、ここまで来てどうするつもりなんだよ。俺が何やろうとしているのかわかってんのか？」 「ん。危なくて碌でもないことでしょ。」 「・・・・」 反射的に言われたのが気に障ったのか、図星を指されたのか、マリオは沈黙した。 「・・・・危ないことはさ。人数がいた方がなにかとやりやすいものよ。・・・そうでしょ・・・・・・・・・・・・・ティオ。」 茶の静かな瞳で見つめられ、本当の名前で呼ばれたマリオは顔を引きつらせた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一同は宿屋に腰を据えた。宿と言ってもフェリナの娼館とは違い、体を休めるためだけのカプセルが並べられているだけの施設だ。 再会して以来、マリオは妙に無口で、表情もいつもと違っていた。人を小馬鹿にしたような冷笑は影をひそめ、本来の“ティオ”が持っていたような誠実さがマリオに戻ってきたかのようだった。だが、いつもがいつもなだけにどこかチグハグで不安定な印象を与えていた。 「何だ？」 狭いカプセルの中で背を樹脂製の壁にもたせかけていたマリオは、ソーンダイクがその長身を窮屈そうに屈めて入ってきたのに驚いて少しばかり大きめの声を上げた。 ソーンダイクはそのままマリオににじりよるように近付くと、横に並んだ。小さな宿泊空間は男二人が入るともう一杯である。 ソーンダイクの濃茶のサングラスは彼の目をしっかり隠しており、口も何の表情浮かべておらず・・・・要するにいつも通りのソーンダイクだった。 「どうしたんだ？ソーンダイク。」 ひょろりとした情報処理技術者は人差し指でしっかりとマリオを指差した。 「・・・・いつになく真面目で不気味・・・・」 「・・・・いうようになったな・・・・」 「あなたがまだここにいるのは、計画の実行を諦めたからではなく、あなたが私達に惜別の念を抱いているからだと思います。」 マリオは面倒くさそうに鼻をならした。 「・・・・・・別れるのが惜しいような集団か？」 「一応。」 マリオは笑い飛ばす。 「確かに専門にかけてはプロだからな。」 真顔になり。 「そうだな。ここを抜ける前にアイツのあんなところやこんなところを思う存分いじくりまわしてみたい欲求はあるな。」 「・・・・・・確かにそれは本心・・・・・・しかも実は純愛路線・・・・・」 マリオの顔色が一気に赤くなった。 「・・・・だ〜っ、お前、何言いに来たんだ？俺をからかいにか？」 「いや、私も同類。」 抑揚なくソーンダイクは言う。 「はぁ？・・・・・・・・お前、ソレ、わかって言ってるか？」 ソーンダイクは相変わらずの無表情である。 「・・・・・・・・・・・・・何を画策しているんです？あなたが危険なことをすれば、それを追うカイユンもジョーもロマノフもパトリックも危険な目に遭うのに。」 「・・・・・追ってこなけりゃいいだろが。」 「・・・・我々はいくらあなたの個人的な理由であろうと共に動く。皆、そういう性格ですから。・・・・・・そんなことは以前から理解している癖に。」 マリオは、普段無口なソーンダイクを前にして言葉につまっていた。この男がここまで喋ってきたということはそう簡単には開放してくれそうにはない。 やはり、見付けられたら直ぐに爆薬かまして逃げたほうが良かったかもしれない。 「なんだ。ソーンダイクもここだったか。」 穏やかな声がした。ロマノフが大きな身体を精一杯縮めてカプセルの中に入ってくる。 「パパ・ロマノフまでどうしたってんだ！」 「いや、お前がやろうとしているとんでもないことの内容を教えて貰おうと思ってな。・・・・マリオ。私達はジョーがリマンの遺伝子センターの破壊を企てたとき、単独実行しようとする彼女をとめて結局全員で行動した。・・・・そういうのが我々らしさだ。・・・・教えないというのなら、ここに縛り付けておくまでだ。・・・・逃げてもいいが、逃げ切れると思うな。この間は発信機があったからジョーが君を故意に泳がせたようなものだ。・・・・君は爆薬の専門家かもしれんが、私のような戦争屋からみれば逃走術は子供と同じだ。」 ますます面倒になってきた。この仕事は自分一人でやりたいのだ。成功しようが失敗しようが・・・・。こいつらはこの惑星の人間ではない。 「あれ、揃ってるんですね。」 カイユンが無理遣り入ってきた。 「何だかタコツボみたいですね〜。」 もうカプセルはギュウ詰めだ。カイユンは嬉しげであるが閉所恐怖症ならきっと昏倒しているくらいの過密度である。 「お前までなんなんだっ！」 「・・・・だって、マリオさん、一人で突っ走ろうとしているでしょう？心配で。キャプテンは、マリオさんにやりたいようにさせておいて、こっちは勝手に手伝うっていってたけど、なかなかそうはわりきれなくて。・・・・・キャプテンも心底心配してますよ。なんかこのごろ特におかしいんだよな。うん。やっと皆が揃ったんですからまたバラバラはいやですよ！」 ・・・・やはり爆薬かまして逃げるべきだった。 特にこいつのまんまるな瞳でじっと覗き込まれるとなんだか体中がむずむずしてきてしまう。 「ちょっと！あたし抜きでなにやってるのっ！」 ・・・・ますます狭く、面倒なことになった。 「だ〜っ！お前らには教えん！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 結局、一時間後、マリオをカプセルに残した四人はカプセルを出て、宿の前の小さな空き地で大きくのびをした。 「・・・・なぜ教えてくれないんだろう。」 眉を下げるカイユンの後で、三人は静かに見守っていた。彼らに向かってカイユンは勢いよく振り向く。 「・・・・キャプテンたち、もしかして、それならそれでいいって思っていますか？」 「ああ、あそこまで問い詰めて何も言おうとしなかったでしょ。無理強いはできないからね。」 「・・・・彼自身の人生だから・・・・」 「一人でやりたいと本気で考えているようだからね。」 三人に言われ、カイユンはポリポリとこめかみのあたりを掻いた。 「・・・・わからないな。・・・・僕、僕達は家族のようなものだと思っていたのだけれど・・・・」 ジョーはやんわりと言う。 「・・・・家族でも、家に人間を縛り付けておくことはできないでしょう？」 そんなもんかと・・・・しかし納得できない様子で三人を見る。納得できない自分が幼いのかとも思ったが、納得したくない気持ちは強かった。ロマノフも、ソーンダイクも、ジョーも、失いたくない。父や、母や、兄弟姉妹たちと平和に暮らしていた日常が崩壊した経験を持つ彼にしてみればあたりまえのことかもしれない。 そんなカイユンをちらと見てからジョーは真っすぐ前を見た。 「キャプテン・・・・マリオさんと・・・・さよならなんでしょうか。」 「そうね・・・・さよならなのかな。」 “さよなら”と言った途端に悪寒がカイユンの背を走った。 マリオは結局、その日は仲間のところを離れようとはしなかった。しかしカイユンはマリオが自分たちのもとを去っていくのが確実な気がして、そして、旅立っていこうとするなら、せめてそのときに話がしたくて、夜の時間になったというのに、自分に割り当てられたカプセルの出入り口を細くあけて、マリオのカプセルを見張っていた。いつのまにかとろんとし、あぶないあぶないと自分の拳でコツン、と頭を殴ると小さな足音がした。続いてそっとジョーが覗き込んできた。 「どうしたんです？」 「もう寝た方がいいわ。・・・・・あなた、寝ないとすぐに次の日に響くたちでしょう。・・・・・・・・マリオのことは私が見てるから。」 「でも・・・・・」 「あたしたちは仲間なんだもの・・・・あなた一人が抱え込む必要はない。・・・・・・本当にね、その性格はどうにかしたほうがいいわ。それはあなたの長所でもあるんだろうけどね。・・・・・・・・いい素地持ってるんだから、これからもう少し大人になったら、宇宙一のいい男にだってなれる可能性あるわ。・・・・・・ひとまずもう寝て、ね。」 そういって彼女はかるくカイユンの鼻を弾いた。 「それじゃ、あたし、いくわ。おやすみ、カイユン。さよなら。」 ジョーの手がすっとカイユンの髪を梳いた。カイユンは話をしたかったが、疲労の方が勝っていた。彼は再び目を閉じた。 朝になって、カイユンは爽快な気分で目を覚ました。カプセルを出るとパトリックが文字通り飛び付いてきた。 「大変だよ！ジョーとマリオがいないんだ！」 パトリックの必死の顔でそれが事実だということはわかった。カイユンがパットを抱いたまま外に出るとロマノフとソーンダイクが宿の休憩室でフェリナの操作する計器を見つめていた。 一頻りキイを叩いていたフェリナは首を振った。 「・・・・ごめん。それらしい人を見たって情報はネットの中にはなかったわ。ソーンダイクさん。そっちは？」 「・・・・発信機の反応はありません。」 「お姉さんったら、黙って出ていくなんてどういうつもりなの？それとも、発信機の電波が届かないような枝の通路に入っちゃったの？」 フェリナは尚も喋っていたがロマノフは考え込んでいて聞いていなかった。昨日ジョーはマリオの監視は任せておいてくれと請け負って休んだはずだ。それが朝になってみたら二人ともいない。マリオのあとをつけたにしても、何かしら仲間に伝言を残しているはずだ。・・・・だとすれば答えは一つ。ジョーは出ていったことを知られたくなかったのだ。そして彼らについてきて欲しくもないのだ。 「・・・・よりによってマリオとか？・・・・何を考えているんだ？ジョー。」 「なんだってなんだってなんだってついてきた！」 狭い通路の中でマリオは相手の顔を見ずに噛み付くように怒鳴った。 「大体どうして追ってくることができた！」 自分の前方を進むマリオの背中にジョーは緊張感のない声で答えた。 「あたし、マリオから発信機を仕込んだペンダント回収して、別のと交換したわよね。」 「ああ・・・・」 「さて、ここで質問です。そのペンダントは確かに本物だったでしょうか？」 マリオは歩みを止めた。背中にジョーがぶつかる。 「あれも発信機入りだったのか？」 くるっと振り向いたマリオの顔は目一杯怒っていた。ジョーの方は相変わらずにこにこしている。 「大体だ！あんた、俺が何をしようとしているかわかってるってか？」 ジョーはマリオが背負っている大きな荷物をぱんぱんと叩いた。先程マリオが、隠してあった通路の隅からひっぱりだしてきたものだ。 「これが爆発物じゃなかったら何だっての？」 マリオはばりばりと髪を掻き毟った。くせのある黒髪が乱れまくる。 「いいか。これは俺の仕事だ。それだけじゃない、この仕事は・・・・」 ジョーはなおも笑顔を維持している。 「危ない仕事でしょ？でもってやばい仕事でしょ。おっと！口挟まないでよ。やばいってのは、人道的に問題ありってことじゃないかしら？でなきゃ、ここまで一緒に来て単独行動するなんてわからない。あたしたち、ただの危険な仕事ならいままで山ほどチームでやってきたんだから。マリオはいくら意地っ張りだといっても、自分の仕事の成功確率が高くなるのならプライドだってなんだって捨てる人間よ。ソーンダイクはともかくロマノフまで削るなんて変よ。となれば、話したらロマノフやカイユンからこっぴどくどやされる内容なんじゃないかって想像したわけ。あ、あたしはそういうの平気だからね。あたしもマリオと同じく汚れた人間だから・・・・それにね、これでマリオが死んだら夢見が悪いじゃない？爆破技術以外、マリオはあたしよりも遥かに役立たずなんだから、連れていって損はさせないわよ。」 一気にこれだけ喋ると、ジョーはまたにやりと笑った。 「おい、ジョー、あのなあ、俺は仕事のためならプライドを平気で捨てる男なのか？」 頷くジョー。マリオはまた頭を掻いた。 「仕事は成功したとしても、ロマノフたちと再会できるかわかんねえぞ。」 「・・・・生きていりゃ再会できるわ。・・・・繋留されているアケルナルのところに戻ればいいだけだもの。あれがあたしたちの家、家に帰れば誰か待ってる。そうでしょ？さあ、何やろうとしてるの？話を聞かせて。」 マリオの話をジョーはうんうんと頷きながら聞いていたが、途中で呆れ、最後には怒っていた。しかし、とにかく納得はし、マリオの目的地へ向かって一歩一歩進んでいった。それは、マギーの持っていたディスクの情報と関係のない地域だった。政府は胡散臭い部分を破壊し、新たな軌道エレベーターを設置するつもりだという、が、マリオの向かっているのは胡散臭くない（いや、裏では胡散臭いことをやっているのに違いないのだが）経済地区だった。まだ、それらしき雰囲気はない、なにせ最下層部なのだ。最上層に辿り着くには垂直距離にして二キロメートルほど上昇しなくてはならない。マリオはほとんど躊躇することなく狭く暗い通路を進んでいく。 「よくわかるわね。」 感心してジョーが声をかけるとマリオは振り向かずに斜め下へと延びるパイプの中にある金属の足掛かりに手をかけた。 「・・・・こんなパイプでも、昔は一応規則的に作られてたものだからな・・・・俺は昔、下層地区での使いっぱしりをやっていた。少しは土地勘が働く。それに、一応俺はこの星の階層構造の改良をするような建築学を学ばされていた。趣味で下層部のパイプの状況は知っていた・・・・というより、逃走するために調べまくった。それと、あんたらと合流する前に“破壊と再生”の連中からマップを見せてもらった。」 このマリオという奴は、軽そうに見えて、実はソーンダイクとはりあう位の記憶力と、学術賞を総舐めするほどの物理学の知識をもっている。 「ここ、実際に逃走経路になったとこなの？」 「・・・・」 「・・・・思い出したくないの？ティオ？」 本名を呼ばれ、マリオは足を止めた。 「・・・・なんで昔の名前で呼ぶ？」 振り向いたマリオの顔は、真剣で威圧感すら感じられた。それにたじろぎもせずジョーは語りかけた。 「思い出したくないわけね。・・・・わかるけど・・・・あたしも名前こそ昔と同じだけど、汚れる前のあたしを思い出したくないことがあるから・・・・何も知らなかったことへの恥ずかしさと、汚れてしまったことへの後悔と・・・・でも、あたしはあたし。昔から今までずっと一人の人間・・・・それはマリオ、あなたも同じでしょ？・・・・そんなにティオっていい奴だったの？」 マリオはすとんと腰を降ろした。 「いい奴かどうか知らないが、馬鹿だったことは確かだな。・・・・意志の力を信じて懸命にやれば理想や希望は現実のものになると思い込んでいた。」 ジョーは横に立ち、手のひらでぐいっと彼の頭を押し下げた。 「何だ？」 見上げるとジョーは嘆息した。 「・・・・今も似たようなことしてるんじゃないの？理想や希望の中身が少しばかり変わったようだけど馬鹿じゃなきゃ、こんなことやろうとしないわよ。」 爆破屋は頭でジョーの手のひらを押し上げた。そのまま睨み付ける。しかしジョーは微笑んだままだった。どうもこの女に主導権を握られているような気がする。それは不快なものではなかった。一人になりたかったはずなのに、二人で仕事に向かうことに安堵感を感じている。それは恋愛感情とかそういったものではない。 「あんた、汚れる前のままで大人になったらどうなっていたと思うか？」 ジョーは微笑んでいる。 「それなりの男と結婚してそれなりに平穏にやってたんじゃないかなあ。・・・・でも、そうはならなかった。そしてあたしは今ここにいる。」 マリオはジョーの笑顔が作られたものであることを知っている。しかし、それを指摘したりはしない。なぜなら彼の表情も作られたものであるから・・・・ 「・・・・マリオが汚れてなかったらあたしはマリオにこういう話なんかはできなかったわよ。・・・・マリオと話すときには、自分も汚れていてよかったって思う。カイユンと話すときは・・・・逆だけど。・・・・・あの子と話すときは、汚れた自分がたまらないほど嫌になる。」 「そうか・・・・」 高潔でいた。 清らかでいた。 そして堕ちて、堕ちて、汚れていった。 ジョーに感じている安堵の感情は、境遇を同じくする者への連帯感というのが一番近いもののようだった。だが、ティオはジョーを睨んだままくるりと後をむいて歩きだした。 「・・・・あんた、裏切られたことってあるか？」 休憩場所でティオはぼそりと呟いた。携帯食を頬張っていたジョーは、彼が返事を求めているのではないことを知っていたのでただくちゃくちゃと食事を続けていた。 「・・・・俺はある。まだ堕ちる前のことだ。最後まで一緒に逃げようと約束していたのに、土壇場で裏切った奴らがいた・・・・怖くなったんだろう。責めはできない。・・・・ただ、あのとき約束した全員で逃げていたら、少なくとも俺は今のようではなかったような気がする。人数が多すぎて、途中で連れ戻されていたかもしれないし・・・・少なくとも今のような堕ち方はしなかったように思う。・・・・・・特に、信頼していた奴だけでも一緒に来てくれていたら・・・・・」 「・・・・堕ちたのは自分でしょ？」 「ああ・・・・あんたもな。」 また、携帯食をくちゃくちゃやる音だけがしばらく響いていた。 「・・・・カイユンの奴・・・・あいつ、具合が悪そうだったが大丈夫だろうか。・・・・」 「そのことなら大丈夫よ。・・・・あたしの考えが正しければ、カイユンはビルダーの観察対象にされてる。いろいろなことはビルダーのせいよ。あたしら二人、ビルダーに捕まってたときにいろいろされたらしい。薬剤投与とか暗示とか・・・・」 しかし、その前からカイユンが胸の痛みを訴えていたことは確かだ。胸を押さえて屈みこむ苦しそうな顔が今でも鮮明に思い出される。確かに心配だった。でも、ジョーは自分で・・・・それこそ自由意志でティオについてきたのだ。 「それならいいんだが・・・・」 マリオは遠い目をしていた。何故か、胸を押さえているカイユンの顔と似ているようにも思えた。ある意味、カイユンよりもずっと傷つき易そうな少年のような目。 「いくぜ。もう十分食ったからな。」 それからのマリオは終始無言でそこから下の階層を食い入るような目付きで調べ回っていた。同じ場所を何度もチェックし、場所によってはそれが五回にも及んだ。迷っているのではない。彼の頭脳はフル回転していた。どこに爆薬を仕掛けるのか、その最も効果的な位置を・・・・そんな彼の爆破スタイルを熟知しているジョーは、彼の動き回っている中間地点とおぼしき場所に座り込んでいた。そのうち、気が済んだのか、マリオが細いケーブルをジョーに放った。 「居るなら手伝ってくれるよな？」 マリオが古い、しかししっかりした柱に、床に、天井に爆薬をセットする。ジョーはそのたびにケーブルを繰り出して配線していく。随分と面倒な作業だ。 「・・・・これを一人でやろうとしたわけ？」 「悪いか？」 「酷く効率悪いじゃないの？」 「・・・・いいだろ。俺は、これを成功させることじゃなく、この俺自身が実行することに重きを置いているんだからな。」 小さいが威力の大きな爆薬を合計して二十キログラムほどセットし、マリオのバックパックは三分の一強カラになった。 「さ、やるぜ。」 マリオは一階層上にジョーの手を引いてあがると、起爆スイッチを押した。爆発音は小さく振動も少なかった。マリオは直ぐ様階段をかけおりて現場を確認した。崩れている柱もあるが、多くは亀裂が入っている程度だ。しかし、彼は満足そうだった。 ジョーがゆっくり降りていくとマリオはさらに下の階層に降りていくところだった。仕事に熱中しだした彼は自分のペースを他人に押しつける。ま、仕方がない・・・・ 約五階層ごとに小さな爆破。初めの爆破よりずっと規模の小さな仕事がその先十回続いた。バックパックは半分カラになった。 「・・・・ここが最下層だ。」 先に降りていたマリオがしゃがみこみ、床を叩きながら言った。 妙な空間だった。光ファイバーによる採光もなく、よってジョーたちは赤外線スコープを通した画像しか見えていないが、柱以外に何もないだだっ広い平面・・・・・まさに平面だった。灰色の埃を手で払うと樹脂の床には継目がなく、小さな凹凸すら感じられなかった。 「・・・・ここを爆破して弱らせておいた上の層をがらがら崩そうってわけね。」 「・・・・ああ。」 バックパックの中身を注意深く取り出して床に置く。緩衝パッドで厳重に包装されているソレは先程までとは明らかに爆薬の種類が違う。扱うマリオの手つきも慎重そのものだ。それを柱の根元にセットする。そこからケーブルを伸ばし、ケーブルがなくなるまで上層にあがる。 起爆ボタンを押すと、今度はドーンと突き上げるような振動が二人を襲った。 「走れ！」 「？」 「い〜から、走れ！」 マリオは叱咤した。階段をかけ昇りハシゴを昇り・・・・・水平距離にしても相当走った。そして・・・・ある場所までくると、マリオは通路に寝転んで笑いだした。 「何よ？」 「・・・・あんたも寝転んで床に耳をつけてみな。」 「？」 訝しげに、だが、言われた通りにすると、ごうごうという耳慣れない音が遥か遠くでした。 「・・・・？」 「ははは・・・・わからないのか。・・・・さっきの最下層の床は文字通りドルガを支えている特殊素材だ。地下百メートルにわたり、耐震性、強度、そのたもろもろのことを考慮した構造が続いていた。それはどこの最下層でも同じだ。・・・・ただ、あの場所には他の場所にはない事情があって・・・・覚えてるか？俺達がスラバタに連れていかれたあの町には人工の海があったろう。」 「それが・・・・？」 「・・・・あれは水道引いてつくったわけじゃあない。この腐った星にも地下水脈はあるってことさ。さっきの場所は地下水ががんがん涌出してくる軟弱地盤を無理遣り封じ込めた場所だ。・・・・・いくら俺でも何百層ものドルガの建築物を単独で手早く破壊はできない。だから水の力を借りたのさ。」 「・・・・」 「まだわからないのか？水を吹き出させてその圧力で破壊させようってことだ。」 「・・・・わかってるわよ・・・・ただ、吹き上がった水がこれだけ上に上がってくるのなら、他の涌出箇所・・・・あの人工の海があった町でも水が吹きだしたり・・・・はしないのか。そんなことしたら、あの町やその周辺は水没しちゃうものね。」 「・・・・ああ、説明はしなかったが、今頃水が上がってきつつあるだろうな。水抜きしなけりゃおいおい沈むぞ。」 「そう。・・・・・・・・え、ええっ！」 ジョーはマリオの襟首ひっつかんだ。 「あんたがそういう反応とると思ったから説明しなかったんだぜ。・・・・心配ないって。水位の上昇速度はさほどでもない。このあとどうなるかはあそこの住人にまかせりゃいいんだ。生きるも死ぬも、な。」 「あんたって最低！」 そのまま投げ飛ばす。と怒っていたその顔がすっとクールになる。 「・・・・これからが本番のようね。・・・・逃げなきゃ・・・・」 下の層からゆっくりと水があがってきていた。 |
| やはり彼が考えていたことはその目的はまだ不明ですが碌でもないことでした。 マリオ（ティオ）とジョーは「汚れた」と本人たちが自認していますが、そのベクトルの向きは微妙に異なっているような気がします。(2003.10.18） |