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| 7 再び逃げて逃げて逃げて |
| 薄緑色の壁をした小さな部屋にマリオ、ロマノフ、ソーンダイクの三人は監禁されていた。ポケットコンピュータを没収され、所在無げなソーンダイクは部屋の隅にはめこんだように小さくなって膝を立てて座り、ロマノフは胡坐をかいて目を閉じ瞑想している。マリオは長々と寝そべり指で耳の後ろを掻いている。 壁と同じ色をした金属製の扉がシュンと音をたてて横にスライドして開くと、ジョーとカイユンが放りこまれ、再び扉が閉められた。二人とも水着の代わりに作業着のような服をきせられている。 その作業着の胸を張り、大口開けてジョーは笑った。 「あははははははは、あたしも捕まっちゃたわ！」 マリオが怒鳴る。 「バカ野郎！全員捕まってどうしよってんだ！」 「どうしようって、どうにかするわよ。一先ず・・・・ロマノフにソーンダイクに全員揃ってるわね。みんな生きてておめでとさん・・・・よく助かったわね。竜に襲われたんでしょ？」 ロマノフがジョーとカイユンを座らせた。 「ああ・・・・ジョーもか。あの生物は潜水艇をくわえこみはしたが、我々を殺す気はなかったようだ。そのあと技術者らしき人間に捕えられてここに連れてこられた。」 カイユンがうんうんと頷く。彼らも全く同じようにして捕まったのだ。チビ竜があたふたと右往左往し、”青い神”がゆっくりと背を向けて去っていく間に青い竜が二人を取り囲んだ。二人が怯む間に網がかぶせられた。網を発射したのは球形の潜水艇。潜水艇は網に入れた二人を収容してこの場所に来たのだ。 潜水艇に乗っていたのは紛れもない人間。 女性や子供（カイユンはどうみても子供に見える）を捕まえたのは初めてらしく、連行している途中でしばしば戸惑いの表情を見せていた。それにしても彼らは戦闘員ではなかった。体格も貧弱でどちらかといえば研究者タイプだった。 「で、敵さんの目的は？」 ロマノフは壁に刻まれた小さなひっかき傷のようなものを指した。 「諜報員の符丁だ。以前ここに捕えられた者が残したのらしい。大意は”彼らは青い竜に取り憑かれた狂人だ。私はこれから彼らに殺されるだろう。”・・・・短いし要領を得ない文だ。おそらく精神の安定を欠いていたのだろう。あるいは薬剤を用いられたか。私達にとってはよくない状況かな。」 そのあとロマノフが、尋問だの拷問だの自白剤だのの話をしたのでカイユンは縮み上がった。 「・・・・にしては結構待遇いいわね。」 う〜んと一回のびをし、しっかりしたドアで区切られているトイレを眺めてジョーが笑う。 マリオもさっき怒鳴った割には至って落ち着いている。 「ああ、空調も効いている。水道もあるぞ。監視カメラも盗聴マイクもない。つくりからして、こりゃあ牢屋としてつくられた部屋じゃないぜ。何かの部屋の転用だ。それが証拠に壁の素材は・・・・何かの樹脂だろうがそんなに強度はない一昔前の建材だ。ん？なんだ？ガキ、ガチガチ歯ぁ鳴らして。」 「だって、拷問されて自白剤射たれて・・・・・」 カイユンのだぶだぶの作業着の袖と裾を折り返してやりながらジョーは呟いた。 「嫌なら、逃げようか。」 驚いたのはカイユンだ。 「・・・・どうやって・・・？銃だの爆弾だの取られてしまったんでしょう？カギだってあけられないでしょう？」 「ん？いや、マリオが自信たっぷりだったから。マリオ、あんた当然何かこの部屋から出る手段持ってるんでしょ？」 マリオはニタニタと笑っている。この男、こんな風に笑うといたずらざかりの少年のような目付きになる。いつもの三白眼にはそれなりの冷たい魅力があるが、この笑いもまた違った意味で魅力的だ。 「カギくらい開けられる。この扉は電磁ロックだから多少時間はかかるがな。・・・・ま、カギを開けるよりも手っ取りばやくやろうぜ。」 彼はいきなりズボンの裾をまくり上げた。カイユンに巻かれた包帯が痛々しい・・・・が、包帯の色が違っている。元はクリーム色だったのに今は奇妙なピンク色だ。 「あいつらは武器だけ取り上げりゃあいいと思ってるんだからな。ちょろいちょろい。」 マリオは包帯をとくと、扉をぐるりと囲むように押しつけた。包帯には少し粘気があったらしく綺麗に付着する。そして、片足で立ってとんとんと片足で跳ねると耳から小さなものが転げ落ちた。 「こいつが導火線がわりだ。火は・・・・と・・・」 ボタンを一つむしる。 「床でこすれば火がつくぜ。即座に爆発。何か質問は？」 やたら手際がいい。それに楽しそうだ。 ジョーが小さく拍手した。 「他にも何かある？発煙弾はできる？」 マリオはますます楽しそうだ。靴を脱ぎ、踵を外し、灰色の粉を振り出すと、次に服の裏地を剥がして粉を包んだ。どちらも何やら特殊な成分を含んでいるらしい。そんな包みを五つ作る。 「服や靴が取り上げられなくて恩の字だ。でないと差し歯を外したりしねえといけなかったからな。（この男の体にはどんなものがどれだけつまっているのか？）発光弾も時間をかければできるが作るか？」 「いいわ。・・・・相手がどんなつもりであたしたちを捕まえたかはわからないけれど先手を取りたいから。あたしは早く行動を起こした方が勝算アリだと思う。どうやらいままで敵さんが捕まえた奴の中にはマリオみたいな爆薬バカはいなかったらしいから、よもやあたしたちが脱出するとは思っていないでしょう。自白剤だの、拘束具だの用意されてから出されんのは嫌よ。」 マリオが嬉しそうに導火線に点火しようとする。 「ちょっと待って。・・・・見張りは二人だったわよね。ここから出たら一気に連込まれた方角に走るわよ。敵さんの潜水艇を奪取する。・・・・のが基本姿勢。場合によってはこの建物の中を荒らし回って何がどうなっているのか探る。」 カイユンがもじもじした。 「連込まれたところってどっちでしたっけ？」 マリオが大げさに溜息をついてみせた。 「・・・・お前なぁ、連行されるときそれくらいよく見て歩いてこいよ。この稼業、注意力がねえとすぐに死ぬぞ。・・・・ま、俺のあとをついてくりゃいいんだ。ソーンダイク、お前もだぞ。足だけは引っ張るな。いいか？やるぞ！」 導火線に火がついた。火はじわじわと伝わっていく。カイユンは離れた位置で伏せたが、あとの四人は平然と座っていた。（ソーンダイクの場合、動くのが面倒だったのかもしれない。）”ボスッ”と鈍い音がして、ピンクの包帯の通りに扉にひびが入った。出ようとするマリオをジョーが止める。 廊下から、監視の人間が妙な音に気付いて走ってくる足音が聞こえてくる。音からして一人だ。ジョーは扉の割れ目から外を窺う。 「よーし！ジャストぉ！」 やおら足で扉を蹴飛ばす。あわれ扉の前にさしかかっていた監視員は扉の下敷きになって昏倒した。仲間の一大事にもう一人がレーザーガンを構えて走ってくる。用心して扉に開いた穴からおそるおそる中をのぞく・・・・誰も見えない・・・・そんな馬鹿なと一歩前に出たところを扉の淵に貼りついていたジョーに下から飛び付かれてバランスを失って倒れこんだ。みぞおちあたりをとんと殴るとこちらも簡単に昏倒。ジョーは二人の体を探ると銃を抜き、ロマノフに一丁放り、もうひとつは自分で持った。 「こりゃ、完全に戦闘のドシロウトだわ。こんなのを監視につけておくんじゃあとの奴らの腕も知れるってもんね。この銃、パラライザーにもなるわよ。ロマノフ、存分に使って頂戴。」 銃のエネルギーがフルであることをロマノフが確認していると、前方から武器を持った男たちが数人迫ってきた。カイユンがひょろりとしたソーンダイクの足に齧り付き、マリオが二人まとめて通路の端に突き飛ばした。 倒れてぎゅっと目をつぶったカイユンが目を開けるとすべてが終わっていた。敵は全員倒れ、ジョーとロマノフが彼らの装備から役に立ちそうなものを探っている。 「お前等二人とも避けるくらいは自分でしろよなぁ。」 突き飛ばした拍子に壁に頭をうちつけたマリオがうんざりしたように吐き捨てる。 こくりと頷くカイユンに無表情のソーンダイク。銃を持つ二人が前を行くとなれば当然マリオはこの連中の世話だ。・・・・今更ながら、彼は一人で爆破して回っていた自由な時代のことを懐かしく思った。群れて仕事をするのを嫌い一人で生きていた彼が事もあろうに・・・・ 「マリオ！行くわよ！」 敵の第二波がやってきた。煙弾を投げようとするマリオをロマノフが左手で制した。敵は精一杯素早く攻撃をしようとしているのだが、ロマノフの銃で次々に崩折れていく。 カイユンが拍手する。その手をマリオが抱え込む。 「バカ！止まっていないで走れ！」 角を曲がって階段を上がり、真っすぐいってそのあと右へ行けば潜水艇の出入口に到達するはずだった。 「待てよ！」 長い廊下にさしかかったとき後ろに居たマリオがダッシュしてジョーの前に出た。 高い微かな音が聞こえる。 「聞こえるか？」 聞こえる音波長の範囲の広いカイユンにはその音がギンギンに聞こえるらしく両手で耳を塞いでいる。 「レーザー網がビシバシはりめぐらされている音だ。・・・・旧式の奴はあんな音を出すんだよな。前には進めないぜ。」 一応マリオは服の飾りの鎖を千切って放った。パチパチと小さな火花が散った。 「出力はでかくない。せいぜいパラライズ領域だが・・・・発射口を破壊しながら進んでいっても敵の待ち伏せする中に飛び込むのが落ちだ。どうする、リーダーさんよ。」 ジョーはカツンと自分の頭を叩いた。 「建物には出入口以外にも外部との接続部分があるけど、でも・・・・」 彼女は鼻をひくひくさせた。 「・・・・でも、その前に、これは麻痺性のガスが来たらしいわね。みんな！口を押さえて息止めて！」 ジョーは廊下の両脇にある部屋を片っ端から開け始めた。彼女たちが脱走したのでみな逃げたのか空き部屋だらけだ。 ガスマスクをつけた人間がやってくる。それも十人以上。ジョーは一つの部屋に目指すものを見付けると仲間を部屋に押しこみ中からロックした。更にレーザーの出力を最大にして天井や壁を崩してバリケードを作る。 「ダスト・シュートに飛込むのよ！」 工作室らしいその部屋の奥にはご丁寧に”ダスト・シュート”と書かれた小さな扉がある。 「早く！ぐずぐずしてるとしばき倒すわよ！」 ジョーの剣幕に押されて、逃げていたときの一番後ろだった人間からシュートに飛び込んだ。 「グエ・・・・」 「わ〜っ」 「いてっ、ちくしょっ！」 「くっ・・」 「きゃっ」 ・・・・しばき倒されるより、結局は痛い経験となった。 ゴミの集積空間は縦にのびた落とし穴のような構造で、五人は重なって落ちた。彼らにとって幸いなことにゴミは柔らかいものが多かった。つまりは紙と生ゴミ。 「生きてる？」 一番上に落ちたジョーは自分の目の前で痙攣しているひょろりとした足と小さな手を掴んで揺さ振った。 「・・・それは私の足です。」 一番下のソーンダイクの声。 「・・・・手は僕のですよ、キャプテン。」 「あんたなぁ、四の五の言わずにどけ！俺は女に上から乗られるのは好きじゃないんだ！」 言われなくともマリオの上に住みつく予定はない。ジョーは壁面に設置された小さなはしごに飛び付いた。 「これからは速攻よ！敵に先回りされるかこっちが先に動けるか！」 ジョー、ロマノフ、カイユン、ソーンダイク、マリオの順でハシゴを昇りつめ、一番上の部屋にたどりついた。どうもゴミ処理の管理室らしい。マリオが服についたねばねばするゴミをとっていると、含み笑いの声が聞こえてきた。 「うっ・・・・先回りされていたか！」 カイユンがマリオの上着の裾を引っ張った。 「違いますよ。笑っているのはソーンダイクさんですよ。」 濃い茶のサングラスの奥からの視線が指しているのはコンピュータ。ジョーが倒した男の懐から失敬したキイを差し込むとスイッチがオンになった。ソーンダイクはスイっとディスプレイの前に腰掛ける。 「ふっふっふっ・・・・」 ジョーが笑いを漏らすソーンダイクの頭をバコンと叩いた。 「さっさとここの見取り図を出しなさいよ！」 サングラスが外れて、綺麗な若葉色のソーンダイクの小さな瞳がぱちくりした。 ソーンダイクの指がキーボード上を三往復ほど蝶のように舞うと、建物の図がワイヤーフレームで表示された。 「これは・・・・」 意表をつく構造だった。基本的に、楕円形の部屋が通路でつながった細部構造が集まっており、全体はまるで蜂の巣のようになっている。なにより、建物全体が海中に没している。しかもかなり深い位置だ。部屋には名称が付けられており、○○実験室、××研究室という部屋が多い。 現在居る場所は水深としては真ん中あたり、位置は端だ。出入口は、潜水艇の出入口の他に二ヶ所あったが、どれもここからは遠い。非常口はある。あるが、海中への出口だ。アクアラングをつけて逃げてもよいが、潜水艇で追われればまた捕まってしまうだろう。 「海の中の秘密基地か・・・・こんなところで何しているんだろ。・・・・ありがと、ソーンダイク。これで、やっぱり潜水艇のあるところまでいかないとだめだとわかったわ。・・・・とすると・・・・」 「強行突破するか？」 早くもあたりにあった材料で爆薬を作り始めたマリオが楽しそうにいった。 「またあの毒ガスに出会うの承知で？・・・・他に手がなきゃそうするけどね。」 ロマノフもジョーに同意する。彼は自分とジョーとマリオの三人だけなら強行突破も可能と考えていたが、あとの二人を無事に連れていく自信はなかった。 「ソーンダイク、ここから敵を撹乱させることはできない？あんたなら何かやれそうな気がするんだけど」 ディスプレイの画面が目まぐるしく移り変わる。 「電源をオフすることはできますが、一時的。予備電源が作動します。あとは・・・・スプリンクラーを動かしたり、非常ベルを鳴らしたり・・・・時間をかけずにできるのはそれくらいですね。あ、そこに放送設備がありますから何か喋ることがあれば・・・・携帯もできるようです。」 マリオがソーンダイクをはり飛ばした。 「何をアナウンスするってんだ？挨拶でもするのか？」 ジョーは放送設備を調べていたがパンパンとカイユンの肩を叩いた。 「いっちょう叫んでみてよ。」 「はあ？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「居たぞ！」 五人が潜水艇出入口に向かって走っていると敵が追いすがってきた。 「カイユン！」 ジョーが怒鳴るとカイユンは疑わしそうなそして心配そうな顔をしてすうっと息を吸いこんで持っていたマイクに向かって叫んだ 「＊＠ ☆○×￥！」 廊下のスピーカーからカイユンの音声が響きわたる。すると敵は耳を押さえてうずくまった。カイユンは複雑な表情だ。いくら自分が超音波を出す事ができるといっても、それはイルカとの会話のためだ。音量を増大させて人間の頭を狂わせるためにさっきから叫んでいるのはちょっとやりきれないものがある。 うずくまる敵はやはり戦闘員ではなく技術者のようだった。ジョーとロマノフは彼らを横目にレーザー発生装置を破壊して道を開いている。 そうこうするうち、潜水艇格納庫の扉が見えてきた。あそこにも敵が待ち受けているに違いない。 「あ・・・・」 カイユンがマイクを叩いた。音がしない。敵はようやく放送電源をオフにしたのだ。 ロマノフとジョーが耳栓のかわりにつめていた布きれを引っ張り出して目と目で合図する。 「いいわね。誰かが倒れても、なにがあっても泳いででもここから出るのよ。」 で、一同結構決死の覚悟で踏み込んだのだが、潜水艇格納庫はもぬけのからだった。喜ぶカイユンとソーンダイクを除き、あとの三人は表情を固くした。できすぎだ。あまりにできすぎだ。隠れている者はいないか、狙っているレーザー装置はないか、仕掛けられている爆薬はないか調べたが何もみつからなかった。戻る訳にもいかず、潜水艇に乗りこんだ。 「わかるかね？」 ロマノフの声にジョーは並んだ計器類をざっと見渡した。 「たぶんね。旧式だけど小回りは効きそうだわ。やってるうちに操縦なんかわかってくるわよ。でも・・・・ 敵は来るわよ。あたしは断言してもいいわ。敵が私達にこの潜水艇に乗らせたのは、これ以上基地への被害が出ないようにするためだって。」 水中に出ると潜水艇はすべるように移動していった。 「加速をかけるわよ！」 言ったとたんに速度が上がり、椅子に座っていなかったマリオは後ろに叩きつけられた。 「慣性の法則・・・・」 無表情に呟くソーンダイクにマリオは食ってかかった。 「んなこたぁわかってる！」 ソーンダイクをうしろからはがいじめにしするマリオの足をカイユンは引っ張った。 「ケンカはいけませんよぉ！」 「足は引っ張るな！」 レーダーを見ていたロマノフが押し殺した声を上げた。 「来たぞ。」 各自、肉視窓に齧り付く。青い竜が三頭、こちらにやってくる。ゆっくりしたひれの動きだが近付くのは速い。 操縦席のスクリーンが自動的にオンになり、痩せた頬骨の高い壮年の男の顔が映しだされた。 「降伏したまえ、侵入者諸君。」 「うっさい！あたしは竜から逃げるのに忙しいのよ！」 男は少し笑った。そして彼の手元にあるらしいスイッチを押すと、竜は動きを止めた。 「その大きな生物は私達の仲間だよ。私達からの指図を受け取って、その通りに動いてくれる。」 男はもう一度スイッチを押した。竜が一頭だけ近付き潜水艇の前に出た。喉のところに金属の輪が巻かれ、そこからなんらかの信号音が出ているらしかった。 「わかってくれたかね？私達はこの生きものと平和に暮らしたいだけなのだよ。開発による環境破壊から彼らを守り共に生きたいのだ。彼らは頭の良い動物だ。まだまだ研究を続けねばならないがいつかは完全な意志の疎通に到ると我々は信じている。」 ロマノフが送話口に向って語りかけた。 「君達は以前この星で消息を断ったはずの海洋研究者達だとみた。・・・・なぜ、宇宙連邦に報告しない？知的生物がいるとなればその生物は連邦で保護される。なぜ隠れ住み、開発者達を襲う？」 「なぜだと？それは連邦のやり方を考えればわかることだ。・・・・この美しい大きな生物は高い知能を持っている。それは確かだ。だが、宇宙には多くの星がある。そこには多くの生物が住み、知能レベルがイルカを上回るものは決して少なくはない。・・・・もしもこの星の海が連邦の保護下に置かれるとなれば何が起こるか？竜のために保護海域が指定されるだろう。そして、彼らはその狭い場所に追いやられるのだ。解剖され、遺伝子サンプルをとられ辞典のページをいくらか増やすことになる・・・・が、種としては衰退していく。この星には重要な資源がある。連邦は知的生物よりも資源をはるかに大切にすることを私達はよく知っているのだ。」 ジョーとロマノフがカイユンを見た。彼は寂しそうに頷いた。男の話はいかにもありそうなことだったのだ。しかし、ジョーはひっこまない。 「だからっつーて、人殺しはいけないわよ。行方不明になって生き残っている人っているわけ？」 男は笑った。 「海洋学者のうち、我々の考えに賛成してくれたものは共に研究をしているよ。もちろん他の者は生きていない。君達のように荒っぽいシークレットはね。・・・・接収した潜水艇の装備からすると、君達はコスモ・アーミーのシークレットだ。官憲の犬だ。」 ジョーはＤ級シークレットというのは並のシークレットと全然違うのだと一言言ってやりたかったが、今更ここでリマン星の階級制度の話をするのも面倒臭かったのでやめにした。 「・・・・じゃ、あたしたちを殺す気なのね。それにしてはべらべらしゃべってくれちゃってどういうわけ？」 男は首を振った。 「誰が殺すといったかね。私達は研究者集団。人殺しは嫌う。今まで、どんな人間にもチャンスを与えなかったことはないんだよ。・・・・私達のことを伝えにここから逃亡しようとしてそのまま殺されるか、それとも私達と共にこのエニラムの青い海を守る為に働くか・・・・君達の持っている技術は海を守るためにも役にたつだろう。」 ”言いたいことはわかるけど、この人狂ってるわ・・・・” もちろん彼女には共に働くつもりなどない。しかし、一応はシークレット”チーム”である。構成員の意向を聞いてみた。 「どっちにするか抜きで、殺されたくない奴手ェ上げな！」 当然全員の手が上がる。 「プラントだの船だの壊して人間殺したい奴は？」 当然手は上がらない。 「決めた。逃げて、逃げ切る！」 相手は呆れたようだった。 「冗談を！」 「冗談じゃないわよ。あんたの顔はあたしたちの上司のパールイエローの髪の気障野郎よりも気色悪いのよ。」 竜が動きだした。ジョーは操縦桿を倒した。物凄い加速だ。 「あたしはあたしの精一杯をやるからあんたたちもあんたたちの精一杯をやんなさいよ！」 熾烈な追いかけあいが始まった。急停止、Ｕターン、海底への直進から急浮上。一度竜に襲われていたジョーは今彼女が恐れるべきは牙ではなく尻尾なのだとわかっていた。初めて乗った潜水艇にしては素晴らしい操縦技術。竜が呼吸の為に上に上がっていくと素早く判断して進路を変える。彼女は見事に逃げていた・・・・が、竜もぴったりついてきていた。主人の命令を守る戦士・・・・それほどにもすぐれた知能を竜たちは持っているのか・・・・？ ロマノフは潜水艇の装備を確認していた。武器になるようなものはすべて外されている。彼はレーダー手に撤することにした。 カイユンはスピーカーを水中に切り替えてイルカの言葉を叫んだ。イルカを宥める言葉が竜に通じるとは思えない。逆に戦意を掻きたててしまうかもしれなかったが、カイユンにはこれくらいしかできなかった。 ジョーは歯を食い縛り荒っぽい操縦を続ける。そのうち二頭が正面衝突して遅れた。二頭は脳震盪を起こしたようになり動かなくなった。 振り切れれば・・・・そしてどこかの陸地に上がることができれば・・・・それにはあと一頭をどうにかしなければならない。 ソーンダイクは恐怖で顔をひきつらせ、マイクに齧り付いているカイユンを支えていた。別に支えてやるつもりもなかったのだが、いつのまにかそういう体勢になってしまっていた。 マリオは考えていた。 爆弾を射出することはできる。しかし、あれだけの図体のものを手持ちの爆薬で飛ばせるか自信がなかった。下手をすれば中途半端に傷つけて凶暴性が増すだろう。 ”大体だな、あんなデカブツが飛び散ったら美しくないぜ。” では、どうするか。爆破の天才ことマリオ リベラにできることは今ここに何もないのか？ マリオはさきほどつくった煙弾を取り出して手を加えはじめた。 「おい、カイユン、あの竜に味覚はあるか？」 「ありますよ！たぶん！」 「嗅覚は？匂いはどうだ？」 「こんなときに何をいってるんですか？あの立派な鼻が見えませんか？」 「だよなぁ・・・・鋭敏な感覚だと思うか？」 「あの形態からしておそらくは・・・・」 ジョーの額には汗が噴き出していた。 マリオは自分でつくったものに点火し、突進してくる竜に向って射出した。それはパァンと飛び散ったが爆発はしなかった。煙弾の成分が四方に漂う。 それをまともに被った竜は停止して長い首を嫌々をするように振り始めた。 「え・・・・？どうしたのよ、あれ。」 手の甲で汗を拭い、あっけにとられたジョーが呟いた。いや、一同ほとんど気抜け状態だった。 「ありゃあ・・・・」 マリオが馬鹿笑いした。 「ありゃあくしゃみだぜ！ははは、俺は広域水質汚濁をやらかしたらしい。」 潜水艇の正面に、白いイルカとコバルトブルーのチビ竜が時折くしゃみをしながら待っていた。そのチビ竜の隣に小さな魚が赤い目をキラキラさせて泳いでいた。いや、よく見るとそれは魚の形をした小さなリモコンロボットだった。小さな小さなロボットは体に似合わぬ高速でくしゃみをしている竜に近付き、パカっと大口を開けると茶色の霧を吹き出した。竜は今度はその場から即座に撤退した。その勢いからするととんでもない刺激物らしい。そのあとロボットはジョー達の潜水艇のすぐ前に移動し、ついてこいというように赤い目を点滅させた。 「どうするね？ジョー。」 ロマノフが訊ねた。 「・・・・ご招待らしいから、遠慮なくお邪魔しましょうよ。どのみち、この潜水艇、もうすぐ燃料切れよ。」 |