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| 4 エニラムへ |
宇宙ステーション”アルテミス”内部では二人の男が内部を漁っていた。どこで手に入れたのかアルテミス宙港の制服を着込んでいる。侵入したエア・ロックから堂々と通路を歩いて来たのだろう。 ロックを外し、一つの部屋に入り、手に持ったライトで寒々とした暗い室内を照らす。灰色のラックが光で鈍く光り、壁面を埋め尽くす箱には宇宙船の部品がずらりと並んでいる。が、大して高価なものではない。 ここはかなり老朽化した倉庫区画である。ライトでなめるように棚の隅々を調べ、男たちは目指すものを発見した。薄いオレンジ色のこぶしほどの立方体の箱。 一方の男が片手で箱を掴み上げ、満足そうに笑った。もう一方も親指をたててにんまりする。 オレンジ色の箱だけが目当てだったらしく、二人はムービングロードに乗って来た道を戻り始めた。廊下の監視カメラは作動していなかった。誰かが回線を切断したのだろう。 前方に警備員の姿が三つ見えた。ジョー達からコスモ・アーミーを経て何者かの侵入を知らされていた警備員は彼らを見て何事かを囁き合っているようだった。 「おい、そこの二人。」 侵入者は二人同時に懐から銃を抜いた。次の瞬間、警備員はどっと床に崩折れていた。警備員の体はムービングロードに乗って彼らと共に運ばれていく。そして人殺しとなった侵入者たちは適当な空き部屋の前にさしかかると乱暴に体を投げ込んで処理した。 彼らが何食わぬ顔をしてロードに戻ると、 「あら、あなたがた、第五資財輸送部の方ですよね。さっき召集がかかっていましたよ。」 後ろから若い娘の声がした。侵入者達は曖昧な笑みを浮かべて振り向いた。制服姿の娘が立っている。 「ああ、俺たちはもういいんだ。事前に指示をうけたからな。」 「そうですか？」 娘はおとがいに人差し指をあてて考え込むようなしぐさをした。 「・・・・あなたがた知ってる？アルテミスに第五資財輸送部なんてないってことを。」 途端、一人はパラライザー（マヒ銃）で心臓近くを撃たれた。仰向けに倒れる。もう一人を少し離れたところからマリオが狙ったが外れた。いや、どこかからレーザーが飛んできてそれを避けるために狙いがずれたのだ。 「ジョー、敵には仲間がいるぜ！」 急いで敵から離れたジョーが叫び返す。 「わかってる！」 ジョーもマリオもムービングロードから飛び退いて柱の陰に身を潜ませた。 「え〜い！うっとおしい！」 マリオが懐から棒状の金属塊を放った。小爆発が起きてムービングロードが停止した。 敵はどこに隠れたのか見えない。ジョーは息をひそませて待った。・・・・そして根比べに負けた敵が先に動きをみせた。 「貰った！」 かすかな音を聞き付けたジョーが通路に出てパラライザーを撃った。見事に一人が倒れた。もう一人は意外に近い位置に隠れていたが、もうこれまでと思ったのか銃を構えると一か八か通路のまんまん中に飛び出した。 「ほい、出てきたか。」 マリオが横合いから飛び付くと脚で相手の向こう脛を蹴飛ばした。脚を払うような形になって敵は倒れた。マリオはそのまま数発相手の頬と腹を殴った。男は気絶した。 「いてぇ〜。こいつ、金属製の脛あてしてたらしいぜ・・・・・」 うずくまって脚を押さえるマリオの額をジョーが弾いた。 「あんたは荒っぽいわねぇ。やりすぎなんじゃない？殴る蹴るも度を越すと相手が廃人になっちまうわ。・・・・こういうときはたとえ銃が下手でもパラライザーを使ってよね。危険だわ。」 「へえへえ。こんなのが危険と言えるかはともかくな。敵の銃がパラライザーなら殺される心配はない。」 ジョーの溜息の音がマリオにも聞こえた。 「・・・・すっとあんたはずっと敵さんがパラライザー使ってると思ったわけね。・・・・あれ、似てるけどレーザーよ。目一杯出力高いやつ。知らないって幸せなことだわよね。」 どっと体中から冷汗が吹き出るのをマリオは感じた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「いてっ！もっと優しくやれ！」 マリオの脛の怪我を診ていたカイユンは口の悪い患者から頭を殴られた。 あれからちょうど一昼夜にあたる時間が過ぎ、ステーション内の混乱は収まった。侵入者が持ち出したオレンジ色の箱はコスモ・アーミーに送られ調査中だ。 シークレットチーム、には簡単な労いの言葉がかけられ、それで終わりだった。アンテナ掃除の方も終了し、今は指令待ちの状態だ。 そんなに広くはないが機材は揃っているメディカルルームでカイユンはさて、どうしたものかと考えた。マリオの打撲傷は赤黒く腫れ上がっている。 「これは・・・・・切っちゃいましょう 悪い血、出しちゃった方が早く治りますよ 」 「お前・・・・他人のことだと思って無責任な診断してねえか？」 「無責任も何も・・・僕、獣医資格しかもっていないんですけど。」 爆破屋の顔色が少々青ざめた。 しかし、そのあと局部麻酔をし、メスで患部を切開してどろどろとした血を絞りだしたあと、見事な手際で傷口接着用のゲルを塗り包帯を巻く様子を見て、爆破屋もこの少年を少しは見なおした。 「はい。激しい運動してもこのゲルは割れませんからね。シャワーにあたっても平気ですよ。痛み止めの効果ももっていますから。」 「・・・・腕、割といいほうだな。」 「ええ、僕も足が腫れ上がったことがあって、同じように自分で切ってみたらすぐ治ったんです。」 と、いうことはカイユンは過去に自分で自分の足を切開したらしい。マリオは肩をそびやかした。 ”このガキ、外見よりもすげえ性格してんのかもしれねえ。” マリオの手当てが終わり、二人がメディカルルームから出てくると、コクピットの奥の部屋で他のメンバーが待ち受けていた。 「新しい仕事か？」 テーブルの上には白いテーブルクロスが出現していた。よく見ると、シーツを縫い合わせたものだとわかる。そのテーブルクロスを叩いてジョーは二人に座るよう指示した。 「さっきコスモ・アーミーから通信が入ったわ。新しいんだけど、ある意味じゃステーションの侵入者の件を引きずってる。」 彼女は説明を始めた。 ステーションに勤務している職員の手引きで犯人は侵入した。狙いはオレンジ色の箱。非常に小さなものであったが、コスモ・アーミーの調べで、価値としては非常に高価なものだと判明した。 一般市民にはその価値はわからない。宇宙船の中枢となる機関を作動させるときに使われる一種の触媒なのだ。希少金属を特殊な方法で処理して得られるもので、あまりたくさんの量は必要ないが、恒星間の旅には不可欠の物質だ。カートリッジ式で、使用状況にもよるが、三年ほどしたら新品に替えることが望ましい。金のない宇宙生活者は自分で再処理をして使うこともあるが、まっとうな宇宙船乗りは市場で買い求める。素人が再処理をすると機能が落ちるし、専門の再処理業者に頼むと、新品を買う値段の十倍以上はぼられる。その触媒がここのところ高騰している。品不足ということは全くないのだが、じわじわと値が上がり続けている。そこに貧乏職員が目をつけたというわけだ。 「高騰には触媒原料の生産地が関係してるわ。・・・・五年ほど前から、このリマン星へ運ばれてくる触媒の主産地はエニラムって惑星になったのよね。海洋リゾート惑星として名高い一方、海底に触媒原料がわさわさある資源星。エニラムからの輸入が始まってから触媒の値が急激に下がったくらいよ。・・・・ところがこのところエニラムからの供給量が低下してしまった。・・・・採掘プラントが破壊され、調査をしている船も消息を断ち、それが何回も続いているらしいわ。その原因を調査しろというのが今回の命令。何者かが故意に採掘を妨害しているのは確か。それが証拠に調査におもむいた海洋研究者や軍の正規シークレットが何人も死んでる。あたしたちと同じ指令が他のシークレットにも出されているはずよ。・・・・詳しい資料は道々送り届けるから、とにかくエニラムへの道を急げ・・・・だってさ。」 ロマノフは気難しい顔をした。Ｄ級シークレットに回される仕事は、正規シークレットを使うまでもないが手間のかかる仕事か、危険を伴うか、難し過ぎる仕事で正規シークレットを簡単に回したくない仕事だ。この場合後者だろう。正規シークレットが死亡したのであればなおさらだ。 「でも、コスモ・アーミーも僕らに期待はしていませんよね。あわよくば何か見付けてこいということでしょう？僕以外に海洋調査をしたことある人いないようですし・・・・まさかとは思いますが、何かの囮にでもされるんでしょうか・・・・」 カイユンがテーブルクロスの皺をのばしながら発言するとマリオが笑った。 「かもな。どっちにしろ俺たちは行くしかないんだ。・・・・お前、ガキにしちゃしっかり考えてるんだな。」 「ガキ、ガキっていいますけど、僕はそんなに子供じゃありませんよ！」 「は、は、俺とお前と何歳歳の差があると思うんだ？」 「・・・・せいぜい五、六歳でしょう。」 「俺がそんなに若く見えるのか？俺は二十四だぜ？」 「だから、五、六歳でしょう。」 「？？？？」 ジョーがテーブルを叩いた。カイユンとマリオは漫才を中断した。 「出航は三十時間後。それまでに用意を整えるわよ。ソーンダイクはあたしと一緒に航路計算。ロマノフは銃関係を任せたわ。・・・・武器は充実させておいて。マリオは爆薬関係。カイユン、あんたは日常雑貨の買い出し、ロマノフ、カイユンを手伝ってね。そして海洋調査に必要な物品をリストアップして。最低限必要なものは、ここでか現地でか、コスモ・アーミーが調達してくれるはずよ。」 ロマノフと一緒に宇宙ステーションの商店に行ったカイユンはコマネズミのように走り回って食料品を買い集めた。ロマノフはどのくらいの量が必要かをアドバイスしただけだったが、カイユンは実に的確に商品を選んだ。手軽なパック食の他に生鮮品や乾物、茶などを注文し、五個で一セットの花柄コーヒーカップを買った。そして、コスモ・アーミーから支給されたカードで支払いが出来ることに感激していた。彼はコーヒーカップを右手に下げ、左手をロマノフの右腕に軽くかけていた。 「ロマノフさん。僕・・・・故郷の家族に”できることは何でも一生懸命やれ”っていわれてこの星にきました。・・・・僕、なるべく皆さんの足手纏いにならないようにしたい・・・・何か、教えて下さい。ロマノフさんが知っていることで、僕にもわかりそうなことを・・・・」 ロマノフは懐から小型の銃を取り出してカイユンの左手に乗せた。 「銃を教えてあげよう。・・・・練習すれば上達する。君の銃にするといい。軽くて反動も少ない。」 少年は立ち止まった。手の中の鉄の固まりは手から体温を徐々に奪っていくように思えた。 「・・・・確かに銃は恐ろしい武器だ。しかし、君の身と、仲間の身を守ることができる。・・・・そして上達すればするほど相手を殺さずに済むようになる・・・・」 ロマノフは先に進んだが、まだカイユンは銃を見つめていた。 ロマノフは戻ってきて銃を握ったままのカイユンの手を自分の大きな暖かい手で包んだ。そして優しく銃を取り上げると、少年のズボンの大きなポケットの中に押し込んだ。 「私は銃を教える。ソーンダイクはコンピュータを教えてくれるだろう。マリオは爆薬。ジョーは操船・・・・その分、君も私達に何かを教えてくれなくてはいけない。いいね。」 またロマノフは先に進んでいった。 カイユンはポケットの上から銃に触った。さっきより冷たくはなかった。 宇宙船は三十時間後予定どおりに出発した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ふう。」 ジョーは、操縦席のシートをリクライニングさせ、寄り掛かった。第一回目の長距離ワープから出たのだ。 「さて・・・・」 そして、勢いをつけてシートを元に戻した。 「ロマノフ、座標修正の必要は？」 ナビゲーター席で座標照合をしていたロマノフはジョーに微笑んで見せた。 「必要ない。いい船といいパイロットだ。」 彼はそのままジョーの方を見ていた。 「それよりもワープ酔いの方を・・・・」 ジョーはむっとした。むっとしてもこの娘、なかなか美しい。 「あたしが何回跳んだと思ってるの？あなたより多いはずよ。トーシローならともかくとして。」 ロマノフが“違う違う”というように首を振った。ジョーも合点がいってがしゃがしゃと髪の毛をかきまわした。 「・・・・トーシローが二人いたんだわね。」 レーダー横のサブチェアに目を向けると、普段は元気印のカイユンが、息も絶え絶えとなっていた。 「マリオ！坊やをメディカルルームへ！」 マリオはブツクサ言いながら、カイユンを背負っていった。 ジョーは続いて、モニターをじっと見ているソーンダイクに視線を移す。 「ソーンダイク、平気なの・・・・？宇宙ステーション行くだけでメタメタだったでしょ。・・・・・長距離ワープは初めてだったんじゃ・・・・」 ソーンダイクは平然としているように見えた。もとい、目は、大きな濃い茶のサングラスで隠れているのでどんな表情をしているの皆目わからない。 「ワープとはそれほど体に変調をきたす現象なのですか？そう言われますと、にわかに・・・・頭がくらくらと・・・・」 傍らまで来たジョーの腕の中に倒れ込む。 カイユンを置いて戻ってきたマリオが、またぶつぶつ呟きながら、メディカルルームへとソーンダイクを引きずっていった。 ワープ慣れしていない二人のため、ジョーは日程を遅らせた。海洋調査のエキスパートのカイユンに死なれてはたまったものではない。 倉庫区画でカイユンは水槽に向かって話し掛けていた。 水槽の中には白いイルカのホワイティーが入っていた。元気よくカイユンに答えている。リストの中に”よく訓練されたイルカ”とカイユンが書いてコスモ・アーミーに提出したところ、わざわざ宇宙ステーションに送って積み込んでくれたのだ。カイユン自身もまさかホワイティーを貸して貰えるとは思っていなかったので非常な喜びだった。 実は、カイユンがパレに送られて以来、ホワイティーは全く人間の指示に従わなくなり、研究所でも困り果てていたのである。 「だからね、プラントが壊れたあたりで、僕と一緒に海中調査をして欲しいんだ。エニラムには君に似た仲間もいるから、海の生きものからも手がかりがつかめるかも。僕は一緒に潜るかもしれないし、向こうの星についてから受け取ることになっている潜水艇を使うかもしれない。」 ホワイティーは快く引き受けた。 そばで様子をうかがっていたジョーは感嘆して息をもらした。 「そのイルカ、人間の言葉わかるの？」 「ええ。ホワイティーは特別です。見た目はイルカと同じですが、少し違うんです。もしかしたら僕より頭がいいかも・・・・」 ホワイティーが”キキキクェッ”と啼いた。 「なんて言ったの？」 「訳しますか？・・・・“よせやい・・・・美人の前だからって別にもち上げなくてもいい”・・・・」 ジョーは笑った。笑ったあと真顔になった。 「カイユン、あんたイルカと話せるなんて凄い力あるのに、なんでＤ級になったのよ。」 カイユンはきょとんとした。 「・・・・僕が“話せる”っていっても、誰も信用してくれませんでしたもん。あっさり信じてくれたジョセフィーヌさんの方が僕としては不思議です。」 「その、ジョセフィーヌさんってのやめな！”キャプテン”または”ジョー”って呼ばないとはったおすわよ。！」 船内スピーカーからロマノフの落ち着いた声が聞こえてきた。 「ジョー、エニラム星系に派遣されているコスモ・アーミーから連絡だ。」 彼女はコクピットに走った。後ろからカイユンが叫ぶ。 「ジョセフィーヌさぁん、僕もすぐ行きますぅ！」 ジョーは振り向いた。 「だから！その呼び方は止めな！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ パイロット席に滑り込むと、通信スクリーンをオンにした。すると、まだ若い男の顔が飛び込んできた。ダークグリーンの軍服の肩に輝く肩章は中尉の印。目深に被った制帽の中央のコスモ・アーミーのマークが威圧的だ。この男、エニラム星系の派遣監視船”サザンクロス”の艦長のはずだ。 「”ドロップアウト”。これよりリマン本部に代わり、私が君達に指示を出す。早速だが航行の遅れを取り戻すため、次回よりワープ距離を増やしたまえ。」 ジョーはカチンときた。 「リマン本部に報告した通り、それだと約二名の死人がでるわ。あんたそんなに人殺ししたい？そっちは監視だけしてりゃいいのよ。命令はしっかり実行する・・・・ところでその”ドロップアウト”ってのは何？あたしたちのコードネーム？あたしらだって好きでドロップアウトさせられたわけと違うのよ。」 中尉は少し笑ったようだった。 「コードネームは私が決めた。もしも君達がこの星から無事に帰れれば、私がリマンに帰還するのと時期が同じになる。私はセフト大佐の直属の部下。君たちの監視を命じられた。君達が生きている限り長い付き合いになるわけだ。そうだ。まだそっちの機体には名称がなかっただろう・・・・」 ジョーは中尉を睨み付けた。コードネームに引き続き、宇宙船の名前までかってにつけられてたまるものではない。 「も、もう名前は付けたわよえーと・・・・そう、”アケルナル”アケルナルよ！」 ”嘘つけ。” とマリオが呟く。 中尉は鼻で笑う。 「”アケルナル”か。確か大昔の言葉で”河の果て”だな。意外に古風なネーミングだ。」 いやに馴々しい。 「古風が悪いか！少尉！指令が他にあるなら早く言いなさいよ。」 「・・・・生憎私は少尉ではない。中尉だ。指令を伝えようとした私の話の腰を折ったのはそちらだ。」 「だ・・・・だったら早くいいな！こっちは気が短いんだ！」 もはや女言葉でもなく、シークレットが上官に言う言葉でもない。 シートにそっくりかえり高々と足を組む。中尉の顔が引きつった。 ”パールイエローの髪なんかをちらちら制帽の下から覗かせて・・・・親の七光を受手出世した野郎に違いない！ゴキブリの方がまだマシよ。・・・・しかし、親の七光組にしてはあたしたちの監視に回されるくらいだからよほど無能なんだ。” 「ほら、早く言いなさいよ。」 しばしの沈黙ののち、中尉は髪を制帽に押し入れ、穏やかに言った。 「靴底に向かって指令は出さない主義でね。」 なるほど、ジョーの姿勢からすると相手のスクリーンにはブーツの底が映っているはずだ。ジョーは急いで体を起こした。いくら相手が軍人で嫌いなタイプの人間といっても少々度を越してしまったようだ。 「はい、中尉殿、それでは指令を承りますわぁ 」 にこやかに笑う。受け付け嬢真っ青の鮮やかな職業笑いだ。 「私の名はアレックス ギダーだ。私を呼ぶときはギダー中尉といいたまえ。」 中尉は落着き払っている。外見に似ず、神経は太そうだ。 カイユンはカップに入れたコーヒーをジョーに手渡した。ついでに画面の中尉に向かって手をふったので中尉は咳払いした。 「またプラントが襲われた。例の”魔の三角海域”の中だ。」 「ふむ・・・・いい加減、その海域をいじるのやめれば？」 「そうもいかん。そこが海底鉱床の一番有望な位置なのだ。・・・・死者が出た。君達の調査は、その”三角海域”に絞っておこなえ。・・・・まだ二三のプラントは海域で稼働中だ。新たにわかった情報は、これまでどおり船・・・・アケルナルのコンピュータに直接送りこむからな。何かわかり次第連絡をいれたまえ。・・・・では、グッドラック・・・・・」 スクリーンから中尉の顔が消えた。ジョーは腕組みする。 「お手並み拝見・・・・か。」 しばらく考え込んだあと、おもむろに指示を出す。 「ワープを三十分後に実施。カイユン、ソーンダイク、悪いけどちょっと急ぐわ。・・・・新しい犠牲者が出る前にエニラムに着きたい。ワープ酔いで倒れる前にベッドに倒れこんどきな！」 カイユンがソーンダイクの手を牽いてキャビンへと引っ込む。マリオは溜息をつく。 「・・・・ソーンダイクにゃワープすることを意識させなきゃ、別にどうってことないんじゃねえのか？・・・・あいつ人間とは思えんぜ。」 「マリオ、ロマノフ・・・・」 ジョーが二人に呼び掛けた。少し押し殺したような声だ。 「何だよ。」 「・・・・言っとかなくてもいいことかもしれないけど・・・・あたし、リマン当局にカイユンの履歴を問い合せてみた。あの子のデータはとにかく穴だらけだったから・・・・まず、Ｄ級になる前に何級だったかが空白だったわ・・・・それは問い合せてもわからなかった。・・・・そして年令だけど・・・・本人が言っているとおり十八よ、あの子。あたしと四つしか違わない。ちなみに小人民族でも遺伝子異常でもないわ。変よね。精神年令だって十八と思えないまるきりの子供なのにね。・・・・このことが何を意味しているのか今の所わからないけれど、一応知らせとく。」 ロマノフはゆっくり頷いたが、マリオは笑った。 「俺はあいつが寄生生物でなけりゃ構わねえぜ。・・・・いっそのこと女だったら俺も楽しめるんだが・・・・」 「バカ・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 最後のワープが終わった。 幸いにも、ソーンダイクもカイユンもまだ生きていた。 メインスクリーンに目的の惑星が投影されている。カイユンが”わあっ”と歓声をあげた。 五人の眼前には、海が九十五％を占める水の惑星エニラムが美しい姿を見せていた。 海。 青い海。 まるで宇宙に宝石が浮かんでいるようだった。 ジョーは先行き不安だった。ソーンダイク１の口癖ではないが”データ不足”。そんなジョーの気持ちを察してか、ロマノフが彼女の横で囁いた。 「美しい惑星じゃないかね？昔一度だけ立ち寄ったことがある。気候は暖かく海は穏やかだ。・・・・」 チームリーダーは惑星画像を睨んだ。 「そうかもしれないけどね・・・・あたしは外見の穏やかさがどうも気に食わないわ。・・・・」 大海の中に陸地が見えてきた。現地管制塔からアケルナルに誘導電波が入った。 三十分後、アケルナルはエニラム中央港に着陸した。 |