3 ジョーと野郎ども

　その頃、人類は恒星間航法の改良により、大宇宙に広がり、何千もの惑星で開拓が行なわれ、植民が進んでいた。主要惑星間には定期航路も敷かれ、それらの惑星のほとんどを宇宙連邦がまとめ、人類全体の宇宙での秩序を取り仕切っていた。

　リマン星は、穏やかな気候のため、”資本”と”頭脳”の集積場となっていた。
　開拓のごく初期に全宇宙から吸収される膨大なデータを処理するために巨大なコンピュータが置かれ、その機能により、一般の市民もコンピュータ管理のすみずみまで行き届いた”市（シティー）”で、機械によって提供される様々なサービスを受けて快適な暮らしを送ることができた。宇宙連邦全体においてもコンピュータによる都市管理の最も成功した例がリマン星だといわれた。

　だが、そこには大きな難点があった。

　初期のコンピュータによる管理がかなりデリケートなものだったということだ。
　誰もが、ごく穏やかな模範的生活を送っている限りは危険はなかった。しかし・・・・　コンピュータによる都市管理が軌道に乗ってから六ヵ月目にハイウェイの無人タクシーが一斉に暴走した。二十人が死亡し、その五倍ほどの怪我人がで出た。交通事故としてはこの星始まって以来の大惨事だった。その原因は無軌道な若者のグループがが一ヶ所のタクシー乗り場を鉄パイプで面白半分に破壊したという、おおよそ関係のない行動が発端だった。

　この事故以来、コンピュータの判断に支障をきたす元となる者の排除のため、全星にわたって行動を監視する機関が置かれ、階級制が敷かれた。
　反社会行動を犯したものには、その都度市民カードにチェックがなされ、一定以上の値になると”不適格”とされ、降格になる。Ａ級市民、Ｂ、Ｃとなるに従い、利用できるサービスの量が少なくなってくる。Ｄ級にまで落ちると、市外、あるいは惑星外に出される。市外は、市内とはゲートで区切られており、科学文明とは縁のない生活が彼らを待っていた。農産、鉱業、機械、廃棄物処理など、Ｄ級で占められたコロニーが隔離され点在している。

　以前は、いわゆる犯罪だけが、降格の対象だった。Ｄ級になる者といえば、相当な凶悪な犯罪者だった。一般の市民たちは階級制が理念的には誤ったものだと思っていたがＤ階級が自分とは縁のないものと信じて無理遣り自分を納得させていた。確かにそうだ。いた。しかし、現在降格の理由として九十九％は犯罪だが、あとのものは違うのだ。いつからそうなったのかは誰も知らない。コンピュータ管理に十分な安全対策がなされ、階級制をしく必要性がなくなったのにもかかわらず、階級制は生きていた。人権擁護委員会のある宇宙連邦も動いていない。・・・・・実態を知らないのか、或いは、知っていて動かないのか。

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　「あんた・・・・”乗取のジョー”なのか？」

　「そうよ。”インビジブル　ジョー”なんて呼ばれたこともあるわね。」

　あっさり言われてマリオは唸った。

　”乗取のジョー”と言えば犯罪者にとって伝説的な存在だ。公安部だの軍隊だのをひっかき回して楽しむ典型的な愉快犯。軍用エア・カーを乗取り、船を乗っ取り、飛行機を乗っ取り・・・・二ヵ月前には地上と宇宙ステーション”アルテミス”を結ぶ軍用シャトルを乗っ取った。・・・・乗取りといっても武器で乗員をおどしたり殴り倒したりする物騒なものではない。警備の隙をついて乗り物を奪取し自分で操縦するのがジョーのやり方だった。ま、その際に器物を損壊し、交通の流れを乱し・・・・結構荒っぽい。結果的に傷害罪を犯したこともある。しかし、官憲には大被害が及ぶが一般庶民レベルには大した被害をもたらさなかったため、下町での人気はあった。しかし・・・・女性だったとは。しかもこんなに華奢な娘だとは。

　ジョーは男たちを座らせて自分はその前に立った。

　「軍の奴らが決めたことだけれど、あたしがリーダーやらされるのよね。命令には絶対服従してもらうことになる。服従しなければ、即時にメンバーから外す。チームメンバーである限り、本来の犯罪に対する刑の執行は猶予になる。シークレットとしての特権も大筋で軍人と変わりなく行使できる。でも、抜けたら最後、流刑星であるグロ星なり、この星の収容所なりコロニーなりへ送られる。逃亡を企てれば、見つかり次第射殺されても文句は言えない。・・・そこの坊やみたいに、危険な犯罪者ではないただの社会生活不適格者でもね。自分の命には自分で責任を持つわけよ。・・・・一人が逃亡すれば、あとの者は無条件にグロ星送り。一連托生ってさけ。」

　ジョーは、カイユンが座っている椅子の肘掛に腰をのせた。

　「・・・・・あたしがメンバーを選んだんだから、あたしの方でも多少は責任持たなきゃいけないんだけどね・・・」

　ソーンダイクを除いた三人は、顔を見合わせた。どんな基準で自分達は拾われたのだろうか。

　「・・・・後ろから仲間を撃ったり、裏切って逃亡したりしそうもない奴を選んだだけよ。・・・・それがなかなか居なくてね。珍しいのよね。殺人をしていない奴でパレの一時収容所にまで来た奴って。あたしとマリオは軽い傷害罪アリだけど。この五人はいくらかまとも。それだけの話。いくら優秀でも殺人鬼を部下にする気はあたしにはなかった。ま、あんたたちがたとえ殺人鬼でも元諜報部員さんを別にすりゃ、後ろをとられない自信あるわよ・・・・・初めに、コンピュータに手心加えられる奴を拾った。そこに居るソーンダイクがそれ。全員決定迄にはちょいと手間取ったけどね。書類のデータを見てからあたしは全員に一通り会ったわ。それで決めた。」

　ジョーは、一気にそこまで喋ると息をついた。
　マリオは、ジョーの前に回ると吐き出すように言った。カイユンを指差す。

　「てえことは、このガキがここにいるのは間違いじゃないのか？冗談だろ！なんでこんなガキなんかを！」

　ジョーの目がすうっと細くなった。

　「あたしに楯突かないことね。あんた、ここを出されればあたしと同じく、即グロ星送りのはずよ。爆破屋さん？」

　マリオはぎゅっと拳を握った。ジョーは、くすくすと笑った。

　「そんなに心配しなくてもいいわ。伊達や粋狂で選んでみたわけじゃない。今のところしばらくは死にたくないからね。・・・・・あたしだって馬鹿じゃない。本当に優秀な奴ばっかりよ。」

　そして、立つと小さな紙片を胸ポケットから出しゆっくり歩きながら読み始めた。

　「ケイン　ソーンダイク・・・・中央情報処理センター元技術員。コンピュータ技能１級。極秘事項を無断で読み出し危険人物としてＤ級に降格。
　・・マリオ　リベラ・・・惑星ドルガ出身。・・・ドルガって、連邦一の交易星といわれてるとこだわね。・・・過去十数回の公共施設爆破事件の犯人。余罪数知れず。犯罪の実行は常に単独。爆破にかけてはプロ中のプロ・・・・
　ロマノフさんは元、コスモ・アーミー諜報部員。大尉。射撃の腕はピカ一。Ｂ級からＤ級に一挙に降格。何をしでかしたのかしらねぇ。・・・・・そして、キム　カイユンは惑星マーリナ出身。海洋生物学研究所研究補助員。自然科学の各領域でなかなか優秀な成績を持っているわ。生物学では博士号も取っている。獣医の免許もあり。・・・・正直言ってあたしはどうしてこの坊やがパレの収容所に送られてきたのかわからないわ。いわゆる”不透明なＤ級”って奴だわね。・・・・・以上が大体の様子よ。ソーンダイクは、当然コンピュータの知識を買った。ロマノフは、諜報部員としての経験を評価した。たいていのことは何でも出来るわよね、ロマノフさん。・・・・士官学校の首席だったって言うじゃない？普通にやってりゃ幹部にまでのしあがれただろうに。」

　ロマノフは、”どういたしまして”というように、会釈した。

　「マリオは・・・・いわないでもいいわね。爆薬、機械関係のプロよね。カイユンは、このとおりのチビだけど、生物地学系統の自然科学に関しては専門家よ。」

　ロマノフは、腕を組んで立っていた。カイユンは、ぽけっとしてジョーの顔を見つめていた。マリオは、壁にもたれていた。

　「何か質問は？」

　ジョーの言葉に噛みつくように、マリオは吐き捨てた。

　「質問はいくらでもあるが、質問しても俺たちが仕事しなけりゃグロ星に送られちまうことに変わりはねえんだろ？グロ星送りがかかっているときては、いくら気にくわなくとも今は従うしかない。・・・・いつかはこの間の抜けたチームから逃げだすとしても、だ。」

　ジョーは四人を見渡した。

　「あたしたちの直接の上司はコスモアーミーのセフト大佐って奴。もうすぐここに来る。あたしは、しばらくしてからまた来るわ。もしもこのチームから抜けて収容所やコロニーに行きたいってことなら、その旨セフト大佐に伝えなさいね。しばらく考える時間をあげるわ。」

　彼女は静かに部屋を出ていった。


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　「”乗取のジョー”も飼い慣らされた、か。・・・・・しかし、女だったとはな。・・・・・気にくわねえ。女って奴は、男のために居るもんだぜ。」

　マリオがつぶやいていると、カイユンの嬉しげな声が聞こえてきた。

　「きれいな人ですね。・・・・・髪なんか、オオシオダマリイソギンチャクの触手みたいだぁ・・・・」

　マリオは吹き出した。カイユンは、困ったように続けた。

　「シンカイユウレイヒドラの方が似てますかぁ？・・・・ジョセフィーヌさんってきっといい人ですよね。僕たちを拾ってくれたんですから。」

　「・・・・・美形なのは認めるがな。・・・・・お前、犯罪者が怖いんだろ？あの女だって犯罪者だぜ？」

　カイユンは、マリオに向き直って笑った。

　「あの人なら怖くありません。あの人はきっといい人だって気がするんです。僕の父さんが言ってました。”カイユン。第一印象というものは、時として本質を表すものだよ”って。ジョセフィーヌさんと初めて会ったとき、僕は”この人は他の悪いことをした人とは違う”って直感したんです。僕、ジョセフィーヌさんより、マリオさんの方がずうっと怖いです。」

　マリオはカイユンをぶっとばした。カイユンはぽーんとすっとんだ。
　ロマノフがマリオを止めた。カイユンは殴られた頬を押さえてポカンとしている。

　「相手はまだほんの子供だぞ！」

　マリオは気にした風もない。

　「・・・・加減して殴ったぜ？口のききかたはガキのうちから教えてやらないと身につかないもんだ。言葉に責任をとらんと碌な人間にならないぜ。カイユンとかいったな。博士号を持っているらしいが、そんなものはこの世界じゃたいして役にたたねえからな。よく覚えとけよ。」

　カイユンは倒れた姿勢から膝をついて起き上がると生真面目にマリオに向かって頷いてみせた。

　「はい。覚えておきます。」

　爆破屋は拍子抜けした。

　「お前・・・・殴られたんだぞ。少しは怒れ。」

　「僕が失礼なことを言ったからですよね。おバアちゃんが教えてくれました。”怒るより前によ〜っく考えろ”って。」

　マリオがカイユンとなんやかややっている間にロマノフは、ソーンダイクに囁いた。

　「これからどのようになると思うかね？」

　ソーンダイクは無表情に言った。

　「データ不足。」

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　ジョーは、与えられた別室に入るとふうっと長く息を漏らした。・・・・やっと一人になれた・・・・その小さな安心感と、これから先のことに対する不安感が心のなかで渦巻いていた。彼女は、男たちの顔を思い浮べた。爆破屋、コンピュータ技術者、スナイパー、そして生物学者の少年・・・・

　”人選を誤ったかな・・・・・”

　彼女としては最良の選択をしたつもりだった。カイユンを除いては。

　”この中からチームを組む者を選べ。”
　そういわれて渡された収容所に移送されてきた囚人のリストの中で一際異質な存在がカイユンだった。もっともシークレットに不似合いな人物、しかもグロ星送りと印がつけられた・・・・
　
”でも、医療関係の仕事ができそうなのはあの子しかいなかったんだし・・・・・・だいたいあたしがコスモ・アーミー風情に捕まることになったのは、あの子を助けようとしたためなんだし・・・・”

　カイユンを助ければ捕まるのは明らかだったが、助けずにはいられなかった。・・・・彼女は昔見ず知らずの人間に救われたことがあった。そして彼女はカイユンのような子供を極寒の流刑星グロ星に送らせたくなかった。

　”ま、若いから、今からしごけばどうにか使えるようになるわよ。チーム消滅にならないよう、適当に気ィ入れてやっていかなきゃね。・・・・”

　チームが消滅すれば全員揃ってグロ星に送られる。
　Ｄ級、Ｄ級、Ｄ・Ｄ・・・・・ＤはドロップアウトのＤ。彼女たちが人並みの生活を続けていくためには与えられた仕事を的確にこなしていく必要がある。

　”やってやる。あたしはシークレットを続けてやる。あの四人と一緒に生き残ってみせる。”
　小さな窓から、かすかな陽の光が差し込んでいた。そして、彼女の美しい栗色の髪を輝かせていた。

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　こうして奇妙なシークレットチームが誕生した。
　女性が一人に野郎が四人。
　正規の戦闘訓練を受けたのはロマノフのみ。さらに、煮ても焼いても戦闘員として使えそうにないのが二人。（ソーンダイクとカイユン）
　でも、とにかくチームは結成されたのである。

　さて、

　彼らの初めての仕事は宇宙ステーションに激突して大破した輸送船の除去作業だった。もちろん、シークレットチームがそのようなゴミ掃除を日々行っているわけではない。セフト部長としては力だめしのつもりなのだろう。
　Ｄ級とはいえ、各自自分の専門分野では一流の腕を持つジョー達には一機の宇宙船が与えられた。小型ではあるがエア・カーと艦載機を格納しており、機動力も高い。船室も設けられていて、ここが彼らの居住空間になるわけだ。
　軍の格納庫で機体を引き渡されるとすぐ指令を受けてあたふたと発進し、今、ここは宇宙ステーション。ステーションから横に長くのびたレーダー区画に整備不良でコントロールを失った民間の宇宙船が串に刺された焼き鳥のようにアンテナに激突してしまった姿がジョー達の宇宙船のメインスクリーンに投影された。
　積み荷に爆発物はなく、レーダー区域も無人だったため人的被害はない。大きな事故としてはなによりだ。
　・・・・と思いきや、積み荷は特殊な合成樹脂材料だという。事故を起こした瞬間にタンクから漏れ、アンテナに付着し、それが強い紫外線で反応を起こし、アンテナの機能ががたんと落ちている。
　精密機器であるアンテナから樹脂を落とすには手作業しかなく、そのもっとも面倒くさい仕事が回ってきたわけだ。なんでもアンテナをそのまま放置すると、一万人が衛星テレビ中継を観られず泣くことになるとか・・・・通信衛星が代役として電波を中継してくれているので支障はないのだが、セフトは仕事を三日間のうちにやれと限定した。（これを聞いたとき、マリオは”ケッ！”と言って唾を吐き、カイユンは”少しでも誰かの迷惑になるのなら早くお掃除した方がいいですね。”と言った。）


　「そんなに危険な作業じゃないわ。ただ、作業ロボット使ってちんたらやってたら期限に間に合わない。」

　アンテナ付近の設計図をスクリーンに投影して検討していたジョーが溜息をつきながら言った。

　「つうことは、船外へ出てしこしこ拭き取れってわけか？清掃業者かよ、俺たちは？冗談じゃねえ！」

　広げた設計図のまわりにはジョー、マリオ、ロマノフの三人が座っていた。ソーンダイクは離陸時の大きな加速度にめげて船室で倒れている。薬と水の入ったコップを持ってソーンダイクの部屋に歩いていくカイユンの姿がジョーの視界の端をかすめた。宇宙旅行もほとんどしたことがないカイユンはソーンダイクと同様に倒れるのではないかと目されていたが、宇宙酔い防止の薬が効いたのか元気元気の二重丸だった。

　「いくら軍に使われているとはいえ、俺は爆破屋だぜ？」

　コクピットから一つ奥に入った彼らの居る部屋は殺風景でスチールの椅子と机しかない。椅子から立って不機嫌そうに怒鳴るマリオに向かってジョーは鼻を鳴らした。頬杖をついてニコニコ笑う。

　「ははぁん、ぐだぐだいってるけど、マリオ、あんた船外活動が苦手なんでしょぉ？そうならそうといいなさいよ。」

　「苦手なわけないだろ！俺はガキのころからの宇宙生活者だ！やりゃあいいんだろ！やらなきゃ流刑星送りなんだろ！はいはいはいはいやりますよ。」

　マリオは唇を噛んだ。こいつらとしゃべっていると無口で非情な爆破屋であったはずの自分の人格ががらがらと音をたてて崩れていくような気になる。
　カイユンがシーツを持ってスキップしながら歩いていくのが見えた。宇宙ステーションには人工重力が存在しているため、アケルナルの重力場発生装置はオフにしてあるが１Ｇよりはずっと小さいためただのスキップでもカンガルーが跳ねているくらいの迫力だ。

　「・・・・で、ロマノフは中で待機していて。もしもの事態が起こったときでもあなたなら対応できるし、仲間見捨てるような性格でもなさそうだし。あたしたち三人でやっても三日のうちには仕上がるわ。」

　「私が残ることに異論はないが、三人でやるのかね？」

　ロマノフがちょっと眉をあげ、マリオは指を折りながら数えた。

　「・・・・あの坊やに船外行動させるつもりか？奴はずぶの素人だぜ。あいつを殺したいのか？」

　ジョーは投影されていた像を消し、にっと笑った。

　「誰だって初めは素人でしょ？あたしたちが生き残る為には一人一人がプロになることが必要よ。ソーンダイクだけは体を鍛えるのは無理と思うけどね。標準時六〇〇まで休息および睡眠。・・・・坊やと一緒の部屋は誰になった？」

　マリオが面白くなさそうに手を上げた。

　「・・・・しっかりお守りをしなさいよね。」

　「やれやれ、今度は保父をやれってか？」

　「そうよ。ゆっくり寝かせて休息させること。船外活動の指導はひとまずあたしがするから。」

　マリオが部屋に帰るとカイユンは既に下の寝棚で幸せそうな顔をして眠っていた。やや乱暴に上の寝棚にマリオが飛び乗ると、寝台にはシーツが綺麗にかかっていた。

　「・・・・日常生活における世話は俺の方が焼いて貰えそうだな・・・・覚悟しておけ。・・・・・政府にこき使われるのがどんなもんか思い知ることになるからな。」

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　「ちっ！」
　マリオは宇宙服の指先を見て悪態をついた。樹脂が付着して表面が腐食されている。素早く中和剤を吹きつけ、保護テープを貼りつける。

　「・・・・ったく、いまいましいねばねばだ。」

　彼の背後に音もなくジョーが貼りついた。マリオはわっと言ってバランスを崩し、アンテナに固定して腰につけていた保持バンドがのびきった。内蔵通信機をオンにして怒鳴る。

　「近付くときは、音くらいたてろ！」

　「わかったわ。今度はマイクで怒鳴りながら近付いてあげる。」

　ジョーは背中に背負った噴射装置を器用に使ってマリオをアンテナに取りつかせ、自分はマリオの隣にバンドを固定した。

　「あんたの仕事は速いけど荒っぽいわね。・・・・宇宙服もそこいらじゅうテープだらけじゃないの。」

　マリオは反論できなかった。宇宙での作業はジョーの方がはるかに上手だった。自分より年下のしかも女に負けているのが癪で、マリオは頬の筋肉をピクリと引きつらせた。
　太陽は彼らの背にあり、しかもステーション本体で隠れている。正面には惑星リマンが青い球になって浮かび、漆黒の宇宙には星々が小さな点として光を放っている。神秘的で引き込まれるような眺め・・・・だが、この二人はそうした構図に慣れっ子になっており、全く感動していないようだ。

　「おい、カイユン坊やは大丈夫なのか？」

　「大丈夫よ。のろいけどあんたよりも数十倍丁寧に作業してる。昨日の特訓でなんとか格好はついたわ。この星に来たときちょっとだけ宇宙遊泳齧っただけにしては。」

　マリオは昨日の騒ぎを思い起した。宇宙服の腰に命綱をつけ、犬の散歩のようにしてジョーはカイユンを船外に連れ出した。”的確で最低限の指示。行動はカイユンに考えさせる。”のがジョーのモットーらしく、二時間で基本的な姿勢制御を完全にマスターした。もっとも、見ている限りはじたばたじたばたしていていささか心許ない。それにときどき宇宙を眺めては大いに感動している。
　今はマリオの位置から二十メートル位離れたところでカイユンはアンテナにへばりつくようにしながら作業している。
　
「ところでジョー、あんたが握っているその白い紐はなんだ？」

　「ああ、これ？」

　細く軽い紐をジョーはうんざりしたように右手で握り直した。そしてぱっと離すとしばらくして”ギャア”というカイユンの悲鳴が通信機から聞こえ、握ると悲鳴が止んだ。

　「・・・・昨日犬の散歩方式をやりすぎたせいか、紐つきでないとあの坊や怖がっちゃって・・・・これ、ただの荷造りテープなんだけどね・・・・」

　面白がってもう一度テープを離すとカイユンはまたギャアと叫んだ。そして、ジョーがテープを掴んでも今度は叫ぶのを止めなかった。ジョーは荷造りテープをぐいと引っ張った。カイユンは慣性でジョーのところに漂ってきた。ポリエチレンというものは結構丈夫だと、ジョーは妙なところで感動した。そのまま通りすぎそうになるところを抱き止める。

　「カイユン！どうしたっての！」

　カイユンはステーション本体を指差した。

　「人が！人が二人噴射装置背負って飛んで行きました！」

　「人？あたしたちの他に作業している奴はここらへんにはいないはずよ。」

　「でも・・・・」

　落ち着いたロマノフの声が二人の会話を遮った。

　「ジョー。調べたところ古いエア・ロックがこじ開けられている。・・・・ステーションに侵入者があったようだ。」

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