トップへ あとがきへ | 10 エニラムの青い海 |
| 「いいか。くどいようだが爆発物を仕掛ける位置が問題なんだ。・・・・・狂えば中の人間が死ぬこともあるし、かといってダメージを与えられなければ意味がねえ。大ドジすりゃあお前がふっとぶ。本来俺が仕掛けにいきたいところだが、水のなかじゃあお前のほうがずっと機動力がある。だからこそ頼むんだ。俺の言うことは必ずそのとおりにやれ。俺の言わなかったことは決してするな。よし、じゃ、復習だ。」 浜辺に座り込んだマリオは砂の上に描いてあったものを手のひらで消した。向かい合ったカイユンは大きめの珊瑚のかけらで改めて砂に研究施設の絵を描き始めた。何遍もマリオに言われただけあってどのように区画がつながっているかは全く迷わない。 「位置はつかめたな。・・・・・カイユン。いやに落ち着いてるじゃねえか。」 カイユンは唸った。 「う〜ん。一応は怖いんです。あの、でも、僕が危なくなったらキャプテンやマリオさんが助けてくれますよね。そう思っていたらなんだかふうって胸のあたりがあったかくなってきて・・・・」 マリオはカイユンが背負っていく鞄に必要な爆薬を詰めてやった。コンパクトにまとまり、さほどかさばってはない。 「ジョーはともかくなんで俺がお前を助けにいくと思う？」 カイユンは”なんでそんな質問をするのだ”とばかりに目を大きく開いた。 「だってマリオさんは僕の仲間でしょう。」 「仲間ってのは他のメンバーを助けるように定義されているのか？」 「はい 」 にこやかな笑顔が返ってきてマリオは大笑いした。 「お前は幸せな奴だ！」 その言い方には少し毒がこもっていたのだが少年はそれに気付かなかった。 「ええ！幸せです！」 マリオは更に笑う。 今度は毒がこもっていない笑いだ。むしろさきほど毒をこめたことを、マリオは心の中で悔いていた。 「・・・・まったく、クサいセリフを平気でポンポンいうガキだな。ああ、できたら助けてやる。お前がどじったら爆発の美しさが半減するからな。どじったらサポートしにいってやろう。」 カイユンはマリオと握手し、このたびの作戦で重要な役割を負っているチビ竜とホワイティーのところに移っていった。 一方、マリオはうんざりしていた。 この数年、誰かを助けてやるなぞということは言ったことのない言葉だった。一匹狼の連続爆破魔として名立たるマリオ リベラがどうしてまたあんな妙なガキを助けねばならないのか？この風変わりなシークレットチームに配属されて以来、調子が狂うことばかりだ。 ロマノフがやってきて、調整の済んだパラライザーをマリオに渡した。 「坊やとの打ち合せは済んだのかね？」 「ああ。・・・・なあ、あんたは元軍人だろう？なんで軍はあんなガキをシークレットにしたのか見当はつくか？」 「・・・・いいや。だが、カイユンは十分に我々の役にたっている。・・・・こんな言い方では答にはならんな。・・・・とにかくＤ級になり、そこから選ばれた。・・・・だれが適格者で誰が不適格者なのか、・・・・それはそのときどきの役人たちのあまりにも無責任な分別によるものだ。」 二人は肩を並べ、燃料を満たして整備が終わった潜水艇へ向かう。 「俺はＤ級シークレットが使い捨てだとは聞いていたがこんなに常軌を逸したものとは夢想だにしていなかったぜ。」 「ふふん。予想より悪かったかね？」 「いや、面白い。」 波打ち際のカイユンはホワイティーに手順を説明していた。 「キャプテンが大きなエウルを引き付けてくれるから、その間に僕は爆薬をセットしてまわるんだ。そのときに、力を借りたい。 デイヴィスさんから監視カメラの位置は教えてもらったけれど、どうしてもカメラに写ってしまうところがあるんだ。だからホワイティーにカメラの前をふさいでもらったり、チビ竜君の陰に僕を隠したりしてほしい・・・・」 ホワイティーは ”いいよ。竜も僕がカイユンの都合のいいように誘導できると思うよ。” と早口で答えた。 ざざざと波の音がし、それとは別にばちゃんと音がした。チビ竜が少し離れたところで遊んでいるのだ。 「ねえ、ホワイティー。」 ”何さ？” 「僕、間違っていないかな。今度のこと、チビ竜君やホワイティーには関係のないことだよ。・・・・もしかしたら僕はエウルにプラントを襲わせた人たちと同じようなことを君にさせようとしているんじゃないのかな・・・・」 ”関係ないだって？僕とカイユンは友達じゃないのさ！あの青い奴だってカイユンのこと好きだよ。” 「そういうことじゃないんだ！だってプラントを襲ったエウルだって、人間が好きだったはずだもの。だから・・・・」 ”ぶつぶついってないで人間の仲間達に挨拶しておいたら？カイユンのお祖父さんだったっけ？”どんなときでも挨拶は心の懸け橋”って言ったの。今日は特別な仕事の前だからしっかり挨拶しなくちゃあ。” 面食らったのは他のメンバーである。故郷の星の習慣なのか、カイユンの”しっかりした挨拶”というのは異性には握手、同性には抱擁であったから。 その抱擁は激しく、揺さ振られてソーンダイクの濃い茶色のサングラスがずりおちたほどだった。 「ソーンダイクさん！僕、頑張ります！ソーンダイクさんも気をつけて下さいね！」 おしゃべり嫌い、人間嫌いのソーンダイクはカイユンの細い暖かい体を感じて頬の辺りを赤くした。しかし不思議と嫌な感触ではなかった。握手したジョーはカイユンの鼻の頭を軽く弾いた。 「こっちは大丈夫。あたしはいつだってうまくやってきたし、頼りになる奴らも一緒。それより約束しなさいよ。絶対に無茶しないってさ。なんてったって・・・・メンバーが一人でも欠けたらこのシークレットチームの行く末がどうなるかわかんないんだから。責任重大よ！さ、途中までは全員で行くんだから荷物を持って乗り込み開始よ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 研究施設が近付いてきた。レーダーには点が三つ。大きさからしてエウルだ。さらに通信が入った。ジェントリーだ。 「わざわざ舞い戻って来たのかね？・・・・・それにしてもよく逃げた。ラディアス老人を味方につけたのかね？」 ジョーは乱暴に怒鳴る。 「味方ぁ？あのじいさんあんたたちのグルでしょ？確かにあたしたちはあのじいさんのところに行ったわ。でもそれは潜水艇の燃料を手に入れるため。じいさんなら殺しちまった。あなたたちが送りこんだ男と女の二人連れと一緒にね。けっこう情報を提供してくれたわよ、あの三人は。男の服についていた盗聴器は壊したわよ。悪しからず。」 ジェントリーの後方から憤る声が上がった。あのうちどのくらいが本当の叫びなのだろう。 ジェントリーは容赦なく攻撃をかける理由ができたのが嬉しいらしかった。 「デイヴィスは私達にとって大切な男だった。私の親友だった。・・・・どんなことでも打ち明け話し合ったかけがえのない男・・・・・」 ”嘘つけ！” ジョーは目の前にジェントリーが居たら噛みついてしまったかもしれないほど怒った。 ”デイヴィスを殺し、その外の邪魔な研究員も殺し、自分は麻薬をもっておさらばしようとした癖に！” ともあれ、殺人機械と化したエウルが突っ込んでくる。ジョーはカイユンに海中に出るよう指示した。カイユンはチビ竜の牙に掴まり、潜水艇と研究施設を結ぶ直線から少し離れた位置をホワイティーの先導で泳いでいく。ややあって三匹のエウルがやってきた。どろんと濁った目、首に巻かれた金属の装置。 「みんな掴まれ！逃げるコツは判ったつもりだけど、相当揺らすわよ！」 上下前後左右。中の人間にとっては相当な試練だったが外から見ている限りすいすいと潜水艇は逃げる。エウルたちは必死に追うがすぐにひき離される。もうジョーは”逃げ方”を完全に習得したらしい。舌打ちをして少しスピードを落とす。エウルが追うのをあきらめれば、研究施設に帰って行くだろう。三匹も居ればカイユンが発見されてしまう確率が上がる。 「ほら！寄っといで！あたしを追い掛けて追い掛けて疲れちゃいなさい！そうなってくれればあたしはあんたたちに百遍キスしてあげたっていいわよっ！」 チビ竜は優雅に泳いでいった。もうカイユンは牙につかまってはいない。ホワイティーの背びれに片手をかけ、目的地を目指す。 樹脂製の建物が見えてきた。幸い辺りに人影もエウルの姿もない。 ホワイティーが指示されたカメラの前に進み出た。レンズに海洋生物が興味をひかれることは珍しくもない。ホワイティーが画面をふさいでいる間に、カイユンは一つ目の爆薬をセットした。ボンベを背負っているが、ときどき吸うだけで、作業中は酸素マスクを外し、神経を集中させて手を動かす。カイユンにはこのやりかたの方が楽なのだった。 仕掛ける数は十個。覗き窓の近くでは特に用心する。九個目までセット完了。さあ、十個目。これは小さな爆薬だったが一番の要だった。 エウルたちに攻撃の指示を出し、また付近の海域に妨害電波を送っているアンテナの破壊。この爆薬を一番初めに爆破する。成功すればエウルはコントロールから逃れ、ジョー達もここにやってこられる。 アンテナは研究施設本体から離れている。施設の多くの覗き窓から丸見えだ。 ”チビ！” カイユンが叫び、ホワイティーがチビ竜を突いた。チビ竜は言われるままにアンテナの前に泳ぎ出た。 チビ竜の青い体を盾にしてカイユンはアンテナの根元に取りついた。 ”よーし！ホワイティー、逃げるよ！” 一人と二頭はその場を離れ、元来た方に泳いだ。 カイユンの手のひらには武骨な四角い箱があり、十個のボタンがあった。カイユンは一番端のボタンを押し込んだ ガーン 耳をつんざくような音がしてアンテナが吹き飛んだ。 「成功したのかな？」 「成功したわよ！」 待ってましたとばかりに、ジョーの元気な声がカイユンの持った通信機から飛び込んできた。妨害電波が消えたのだ。 ジョーは攻撃命令が途切れて動きをとめたエウルを悠か後方に残し、一直線に施設に向かった。 「ジェントリーさん。聞いてる？あたしたち、そこにいくわ。わかっているでしょうけど、もうエウルを使うことはできないわよ。・・・・忠告してあげる。あたしたちはその建物を徹底的に破壊するつもりよ。・・・・サシの勝負なら負けないわ。殺されたくなかったら降伏しなさい。！脅しじゃないわ。今、脅しじゃないって証拠を見せてあげるわね。」 カイユンは一つのボタンを押した。 施設の一番上、波力発電に関した部分が爆発した。それほど過激な破裂の仕方ではない。機械の部分だけがえぐれた。中に人がいても被害はなかったはずだ。 「さあ？どう？リーダーとしては研究員の命を守るのが務めじゃないの？」 通信画像にジェントリーの姿が現われた。額にびっしょりと汗をかいている。 「あ、逃げるのは勧めないわ。今、潜水艇の出入口を破壊するわね。」 通信を聞いて、その場所にいた研究員は逃げた。カイユンは二つ目のボタンを押した。出入口はふさがった。 幸い、ジェントリーはこの非常事態の中、麻薬に関係ない研究員を排除して身軽になる方向に頭を働かかせなかった。そんな余裕はないし、ラディアスもデイヴィスもノーマも殺したシークレットチームには、”罪のない研究者を人質に”という作戦は通じないとジェントリーは冷徹な頭で考えたのだ。 ジョーは次にどこを爆破するか楽しそうに告げ、カイユンは十個のうち九個までボタンを押した。研究者たちは残った区画に追い詰められ、ジョーは施設の前にコマを進めていた。 「わかった。我々の負けだ。少しだけ時間をくれ。」 ジェントリーがついにそういって通信画面の前を離れた。 「気に入らんな。」 ジョーの隣でロマノフが腕を組んだ。すぐ、カイユンの甲高い声が飛び込んできた。 「キャプテン！変なところから潜水艇が出てきます！形も他のと違います！」 ジョーは焦った。 「馬鹿！発信するな！あんたの場所が向こうに知られちゃうじゃないの。」 流線型で明らかに他の艇と異なり奇妙な突起がある。その潜水艇はカイユンに奇妙な突起を向けた。ジョーがあわてたとおり、彼らはカイユンを発見していた。 ほとばしる光。レーザーだ！カイユンが隠れていた岩が砕け、彼の体は下敷きになった。ジェントリーの笑いが通信機から響いた。 「私の勝ちだ！・・・・わからないかね？この潜水艇は速力だけは大きい。・・・・私は自爆装置を作動させた。お前たちの乗っている足の鈍い艇では逃げ切れん。私のことを知っている人間はすべて抹殺できるのだ。」 万事休すだ。ジェントリーは遠ざかっていく。彼の艇に追い付けるものはここには何もない。何も？いや、一つだけあった。 青い竜。この海で生まれ、海中を矢のように速く自由に泳ぐことのできる生きもの・・・・・・ 岩に挟まれて苦しんでいるカイユンはホワイティーを呼んだ。ホワイティーはチビ竜を突きにいこうとして・・・だが、チビ竜はもう艇を追っていた。・・・・母親はなく、同じ年ごろの遊び仲間もいない。そんな中でやっとみつけた遊び相手を苦しめた流線型の黒い物体をチビ竜は許せなかった。チビ竜は怒ってジェントリーと彼の腹心の部下が乗った艇に体当たりした。 またレーザーがほとばしった。チビ竜は悲鳴をあげた。肉が焦げた。でも、チビ竜は二回目の体当たりをした。 「やめて！チビくん！」 カイユンは叫んだがチビ竜は止めようとしない。鰭が、尻尾が、腹が焼けた。 逃亡を急ぐジェントリーは砲手にチビ竜の額を狙わせた。エウルの急所だ。 またチビ竜は突っ込んでいく。 その時・・・・ 大きなエウル”青い神”がチビ竜との間に割って入った。レーザーは大きな竜にあたったが、それは表皮を少し傷つける効果をもたらしたにすぎなかった。ジェントリーたちの狙いは”青い神”の額に変わった。 途端に、”青い神”の様子が変化した。寡黙な老人といった風貌だった竜は、今は口を大きく開き、地獄の地鳴りもかくあるかと思われるような恐ろしい叫びを上げた。完全な臨戦体制だ。レーザー光線が一直線に額目掛けて迫ってくる。 ・・・・戦いはあっけないほど一瞬で終わってしまった。 ”青い神”は巨体に似合わぬ敏捷さで光線をさけ、代わって尻尾を一振りした。それだけだった。潜水艇の動力が壊れ、それはまるで子供が放り出して壊れた玩具のように海底にゆらゆらと沈んでいった。 一方、ジョーはマリオ、ロマノフと共に海に出て施設の外壁にはりついていた。ジェントリー達の足はひとまず止まったが、自爆装置はそんな状態を感知するわけはなく、律儀に時を刻んでいた。マリオは毒突いた。 「けっこう複雑な電子ロックだ。今はここを開ける適当な爆薬の手持ちはない。・・・・俺の持っているものじゃ爆破力がでかすぎるんだ。自爆装置があるときに爆薬を使えば爆発を誘発しないともかぎらない。潜水艇にあるバッテリーを持ってこよう。大電圧なら回路をショートさせる。ことができる。」 ジョーは艇にもどろうとすつマリオをの肩を乱暴に引き止めた。 「時間に余裕があるかわかんないでしょう？」 「ばかやろう！時間がないからこうして急いでいるんだろうが！」 ジョーは肩を放し、左腕をマリオの前に突出し、こともなげにナイフでウエットスーツの上からぐっさりと自分の肘を切り裂いた。赤い液体が流れだし、だが、彼女は痛がるどころか右手をその中に突っ込んだ。 「義手よ。何年も前から。」 ロマノフの記憶がめまぐるしく掘り起こされた。・・・・乗取のジョーが行ったとされる乗取の記事。・・・・彼女が逃げていくその最中に、近くのパイプから腐食性の有毒ガスが吹き出した。放置すれば死人が何百人も出る大惨事となるケースだった。ジョーはそのまま逃げてもいいはずだったのに、・・・・追われるものとして逃げるのが当然だったのに放置しなかった。持っている材料を使って必死に穴を塞いだ。 それにコスモ・アーミーが気付いたのは彼女が逃げおおせてからだった。応急の処置が施されたパイプのまわりには色々なものが散乱していた・・・・携帯用の工具、混合することにより瞬間的に固化する高分子パティゾルのチューブ・・・・腐食し、溶けた左手の指らしきものの残骸も・・・・とにかくジョーはあっけにとられるマリオを尻目に切り裂いた腕から電池を取出した。 「・・・・何年も使える電池でしょう？マリオの腕ならこれから大きな電圧を得ることなど簡単よね。」 マリオは惚けている。 「ほら！急ぎなさいよ！ここを開けても、自爆装置を止める仕事が残っているんでしょ！あんたはすぐにそれが終わると思ってんの？自信過剰男！」 マリオは電池をひったくり作業を開始した。 すぐにドアの回路を壊して押し入り、自爆装置の中枢を捜し、配線を調べた。・・・・装置はマリオの目からすればちゃちですぐに処理できるものだったが、爆発物は必要以上に多量に仕掛けてあった。もしも爆発すれば、施設の完全爆破はおろか、付近の海域・・・・エウルの多くも死滅させるほどの威力と考えられた。・・・・とにかく爆破は回避されたのである。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ すべてが終わって、ジョーは衛星軌道上に待機しているはずのアレックス中尉にことの顛末を報告した。もうすぐ海の底から引き上げられたジェントリー達を回収にくるはずだ。 すべての戦いが済んでからラディアスとノーマとやってきたデイヴィスには ”逃げるなら逃げる、勝手にしなさいよ。” と告げたのちに放っておいたのだが、彼らは馬鹿正直に宇宙連邦の審判を受ける気でいる。一応報告書にはデイヴィスのことを”捜査協力者”とし、恥ずかしいほど褒めちぎって書いておいた。 ・・・・ま、誰がいいやつで誰が悪い奴なのか、今回よくはわからなかった。皆人殺しか、人殺しの片棒を担いだことは事実だ。 いくらデイヴィスが善意の男であってもその事実は消えない。 浮上した潜水艇の中で、マリオはカイユンの足にに包帯を巻いてやっていた。痣になっているが、岩に挟まったにしては骨折もなく歩くのにも特に支障はない。 包帯の端を始末すると、爆破屋はポーンと一つ少年の膝を叩いた。 「ほらよ。俺は約束をまもったぞ。お前を助けたからな！」 カイユンは感謝を表そうとして言葉を探したが適当なものが見つからなかった。でも、なんとかそれを表したくてマリオに抱きつき、そして皆に抱きつきにいった。・・・・最後にジョーに抱きつきにいって、左の袖がぶらぶら揺れているのを見て俯いた。 「なにいじけてんの？あたしの腕は四年も前からこうなんだから。」 傷だらけだが元気になったチビ竜が海面に首を出した。ホワイティーも一緒だ。五人はハッチをあけて艇の上に出た。さわやかな海の風が髪をなぶった。海鳥が啼いている。海の下でジョー達Ｄ級シークレットがいかに苦労したかなど、ほとんど誰も知らずに時は流れていくのだろう。そして、何事もなかったかのようにルノー社のプラントは鉱石の採取を再開する・・・・ 「キャプテン。エウルはどうなるんでしょう。・・・・誰にも知られることなく海で静かに暮らせるんでしょうか。」 ジョーは首を振る。 「おいおい見つかるわよ。・・・・そして生活圏は狭まるわ。あたしたちはエウルを麻薬中毒からは救ったけれど、もっとひどい試練に放り込んだのかもね。」 チビ竜が声をあげた。 ”青い神”が海の上に首を出し、ゆっくりと泳いでいくのが見えた。 「・・・・どこに行くんでしょう？」 潜水艇が、チビ竜が、ホワイティーが追い掛けた。 ”青い神”は白い波をけたて、進んだ。漁船が見て逃げだし、レジャー用のセスナ機が上を何度も旋回した。大きなエウルは大陸の浜辺に来てとまった。 そこはリゾートビーチだった。たくさんの若者が、リタイアした老夫婦が、親子連れが一斉に逃げ惑った。 「恐竜だ！」 「怪物だ！」 「保安隊に連絡しろ！」 「銃だ！銃を！」 しかし、エウルは長い首をもたげ、人間たちをじっと見下ろし、微動だにしなかった。小さな目は穏やかで、攻撃心がないことは見てとれた。 小さな女の子が舌たらずに叫んだ。 「ママ、あれ、きっと海の神様ね。竜の神様ね。」 母親は答えなかった。 ”青い神”はしばらくすると去っていった。・・・・・彼に高度な知能があってこのような行動をしたのか、単なる気紛れなのか、知っているものはいなかった。とにかく青い竜は人間の前に姿を自ら表した。このあと彼らが故郷の海で生きていかれるかは新参者の小さな生きもの・・・・人間・・・・のこれからの行動にかかっているのだった。 「さ〜て、これからどうするんだ？」 間延びした声でマリオが言った。 「コスモ・アーミーの束縛から逃げるんなら今がうってつけだぜ。」 「駄目よ。五人で逃げるんならともかくね。五人となるとあたしにはカイユンとソーンダイクを引きずっていく自信はない。・・・・・大体、マリオ、あんたの将来の夢ってのは逃げて暮らしていくことなの？」 マリオは胸を張る。 「いんや。惑星一個の丸ごと爆破だ。」 カイユンが吹いた。 マリオが襟首をひっつかむ。 「何が可笑しい？・・・・ま、お前みたいなガキには俺の美学はわかんねえだろうが・・・・・お前は夢があるのか？」 カイユンは笑い続ける。 「立派な生物学者になって父さんたちのところに帰るのが夢です。」 ああ、それは・・・・それはマリオの夢よりも実現が難しい夢かもしれない。 カイユンがソーンダイクを見つめると、ソーンダイクはカイユンの髪を撫でた。 「私は夢がありませんから・・・・夢を捜し当てるのが夢で・・・・・」 ロマノフがソーンダイクの肩を抱く。 「それじゃ、私の夢は皆の夢の実現を手助けするということにしておこう。」 ジョーは笑った。 「なんだ。これ、ほんとにシークレットチームのメンバーの会話？・・・・とにかくリマンに帰るわよ。そしたら次の仕事がすぐにやってくるわ！」 ホワイティーが小さな声で呼び掛けた。カイユンだけが聞き取って顔をイルカに向けた。 ”カイユン。僕、ここに残る。” カイユンは驚いた。何故って二人は親友だったから。 ”カイユンならわかってくれるよね。・・・・あのチビ、一人ぼっちになっちゃうんだ。もともとぼくは人間の言葉がわかるはみだしもののイルカだったし、どこで暮らしても僕は僕だし。・・・・ここであいつの友達になってやりたい。” 少年はなさけなさそうな顔になった。はみ出し者の二人はいつも一緒で互いに互いを元気づけていたではないか。その友人が自分の前から去ろうとしている。心臓がどきんとして、目の前が一瞬暗くなった。 ”僕はどうなるの？もう僕はホワイティーの友達じゃないのかい？” ホワイティーはくちばしの先をぐるっと動かした。 ”友達に決まってる！でも、カイユンは大丈夫だろう？新しい友達が四人も出来たじゃないか！” カイユンはこっくりした。自分のまわりにいる四人の仲間たちを見、少年は笑顔になった。 ”気をつけるんだよ、ホワイティー！” 少年は爽やかな声でそう叫ぶことができた。 ”うん。じゃ、僕、行くよ。” イルカはとびはね、大きな水しぶきをあげ、滑るように泳いでいく。 青い青い海の彼方に遠ざかっていくイルカとチビ竜にカイユンは手を振り続けた。 そして、残りの四人は少年の肩に手を置いて、同じ方角をじっと見つめ続けたのだった。 第一話 おわり |