９　ルナ２


　アケルナルがルナ２地表に向かって降下を開始した頃、マリオはルナ３にいた。

　あのあとリマンの外れの安宿に泊まり、町をうろつき酒ビンを何本か空け、眠り・・・そんな生活を繰り返した。不思議と女を相手にする気はせず、ひたすら、大きな爆破がしたかった。どこで、何を爆破するか。まとを絞る充電期間にマリオはその何日かを充てるつもりでいた。
　しかし、レオから貰ったメモは捨てずにあった。シークレットは辞めた気でいたが、どうにも妙なことにあの四人のことが頭から離れてくれなかった。気が付くと結果的に訳のわからない義務感に突き動かされてメモをあたってみていた。メモにあった五人の男の話を合わせると、シャルムはリマン上には居ないことがわかった。もうひとつの捨てずに取っておいたものが通信機だが、これは改造して、ジョーたちの会話は常時聞けるような状態になっていた。そのため、彼女たちがどんな行動を取ったか、そして、現在どこに居るのかマリオには手に取るようにわかった。

　ジョーたちはルナ２、シャルムももしかしたらルナ２

　”・・・・俺も行ってみるか。”

　マリオは、ルナ２の裏側に気象観測ドームがあることを思い出した。あれは無用の長物といわれているもので設備は完全に時代遅れになっている。だが、大きな的であることは確かだ。あれが大爆発を起こしたらさぞ壮観だろう。気象庁には恨みはないが、ターゲットとしては申し分ない。無人観測ドームであるから、彼の美学に反する殺人をする危険性もない。

　暗黒の月の夜に沸き上がる華麗な砂埃、吹き出す火花・・・・マリオは薄汚いホテルのベッドの上で一人ほくそ笑んだ。

　彼がひとまず足を運んだルナ３のシティは、ありとあらゆる人種のるつぼである。マリオの故郷である交易星ドルガの超ミニ版といったところだ。中央部から少し離れると、怪しげな店の立ち並ぶ小道に亜人間や非人間の見せ物小屋などもかかっている。マリオは、ここで材料をそろえた。一つ一つの部品を買い揃えていく緊迫感がたまらない。
　リマンで引き出したキャッシュで満足の行くまで買うと、彼は宇宙港近くに宿を変えた。明日はルナ２に発とう。
　単独行をする彼は、誰も助けてくれるものが居ないため秒刻みで計画をたてる。紙に書き表わすことはしない。自分の記憶に頼るやり方を彼は気に入っていたし、子供の頃に受けた教育で、頭の中だけで理論を組み立てることには熟練していた。
　薄汚れたガラス窓からふと外を見ると、巨大な宣伝用の発光プレートが遠くで輝いていた。

　”明日にはばたくルノーグループ”

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「コールガール？・・・コールガールさんって何をする人ですか??ガールっていうんだから女の人ですよねえ？」

　カイユンの問いに、一同はこけた。
　ジョーはカイユンを張り倒すとロマノフに向き直った。

　「ディードが犯罪を犯したのは、その”ジナ”という女性のためだ。彼はジナと深い仲になった。ところが、ジナは他星のスパイの情婦で、ディードから聞き出した情報をスパイ・・・今はそいつはグロ星だが・・・に流していた。しかし、ジナもやがてディードの優しさに惹かれるようになった。すると、彼女とつながっていたスパイはジナを人質にとってディードから更に情報を絞り取ったのだ。それが当局にばれてね。私は、コンビを組んでいて行動パターンをよく知っているという理由から、彼を捕らえる指令を受け取った。」

　「それで・・・・何故、あなたは彼を逃がしたの？」

　「・・・・・私が彼を追い詰めたとき、ディードはすべてを私に打ち明けたんだ。あいつのやったことは、軍人としては許されることではないが、人間としては当然のことだった。あいつ自体は危険な存在ではなかったんだよ。ジョー」

　カイユンが目をパチパチさせた。

　「危険な人じゃないのに、どうしておっかないレーザーを作ろうとするんですか？」

　「今は危険でもその時は危険ではなかったんだよ。・・・・・・私はレーザーガンをかまえ、ディードと向き合っていた。彼の運命は私の手中にあった。怯えて、震えて、泣いてさえた。・・・・・それからが問題だったのだ。私は取り乱す彼を一先ず彼の家に連れていった。ところが、敵は、ディードから逆にスパイ側の情報が漏れるのを恐れて彼の両親とまだ小さい弟を殺してしまっていた。
・・・・・私が彼と部屋のなかに入ったときには床は血の海だった。・・・・・・ジナの家族も殺されたという。・・・ディードはその時から人が変わったようになった。スパイ側の拠点にのりこんで、何人もの人間をむごいやり方で殺し・・・・コスモ・アーミーに逮捕された。スパイ側も、彼が乗りこんだからこそ一網打尽にできたのだが・・・・私はそれ以来彼には会っていない。・・・・とにかく、そのジナはルナ２でコールガールをしているはずだ。」

　コンピュータ辞書をひいて、コールガールがどういう職業かわかったカイユンは顔を真っ赤にしていた。

　「キャプテン！キャプテンもコールガールになって情報を集めるなんてのは駄目ですよ！」

　ジョーはくすりと笑った。

　「OK、ジナとの接触はロマノフに任せたわ。あたしは付近をうろついてみる。・・・・・カイユン。ジナのお客さんになってみる？」

　カイユンは、そんなことは御免だとばかり、椅子の影に逃げ込んだ。

　「ばーか。冗談に決まってるでしょう？」

　カイユンは、ジョーと一緒に、ジナの家を監視することになった。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ジナの家は目抜きどおりのアパートの三階にあった。チャイムの音を聴くと、彼女はモス星のクリカで織ったきらびやかなドレスでロマノフを迎えた。美しい女性だったが、どこかに不幸の影が認められ、今はその顔に、ロマノフの訪問をいぶかるような色があった。

　ジナは、クッションの効いたソファーにロマノフをかけさせると、自分はその向かいに優雅に腰をおろした。

　「突然お電話をいただいてびっくりしましたわ。・・・・何の用ですの？ロマノフさん。・・・・ディードのこと？・・・・忘れたいんです。あの事件に関したことはすべて。・・・あの男は今、コスモ・アーミーの管理する収容所に入っているのでしょう？・・・・裁判のとき、私に有利になるよう証言してくれたあなたには感謝しているけれど・・・・」

　ロマノフは、ジナの胸元を見てにやけた。

　「奴のことじゃないんだ。あいつのことは私も忘れてしまいたいんだ。・・・・私は今、軍のお情けでＤ級猶予のＣ級市民として暮らしている。ジナ。君もここで暮らしていてわかるだろう？私はほとほとコスモ・アーミーに嫌気が差した。使えるだけ使い、ぽいと捨てられる。いや、コスモ・アーミーだけではない。リマンの社会全体に嫌気が差した。・・・ルナ２で何か新しい道が開けるのではないかと思ってやってきたら、何とはなしに、ここに足が向いてね。」

　ジナは、何かを言おうとしたようだったが、すっと立つとドアを指差した。

　「変わったのね。ロマノフさん。ディードは、あなたのことを、高潔な人だといっていたけれど・・・・Ｃ級だって、頑張ればなんとか生きていけるじゃないの。あなたには奥様もお嬢さんも居るわ。その人たちを蔑ろにしないで。・・・・・あたしを抱きたのならそうなさいよ。あたしの商売だからね。・・・・・・でも、そうでないなら、さっさと帰ることよ！」

　ロマノフは、渋々立ち上がると外に出た。

　しばらくして、ロマノフがジナの部屋に取り付けた盗聴器からは、ジナの啜り泣く声が聞こえてきた。


　「彼女、何か知っているわね。」

　ジョーは、アパートの一階にある宝石店のウィンドーにへばりつきながら送信した。

　「ああ、ジナに限って、ディードのことを”あの男”などとは言わないはずだ。・・・今に何かつなぎを付けてくるに違いない。」

　「ええ。それも早いうちにね。あなたを早々と追い出したことから見て。」

　ジョーの予想どおり、果たして一人のさえない中年男がやってきた。音声からすると、ジナは、男にファイルのようなものを手渡したようだった。男はすぐにジナの家をあとにしたが、ジョーはカイユンに合図して、男のあとを付けさせた。
　大通りに出たところで中年男はグレーのエア・カーに乗った若い男にファイルを渡した。カイユンの報告から、ジョーとロマノフは、路上に駐車しておいたエア・バイクであとを追った。カイユンは、徒歩で、中年男を追い続けた。

　ジョーもロマノフも、グレーのエア・カーはかなりの装備を取り付けていることに気づいた。

　「あの車、いきつくところまでいきそうね。事によったら、ドームを出てしまうわよ。・・・・ロマノフ、寄せるわよ！」

　ロマノフは加速し、エア・カーの前に出た。それから、急激に減速した。エア・カーは急ブレーキをかけ、運転手は一瞬前方への注意をそらされた。ジョーはその隙にエア・カーの裏側に発信機を貼りつけた。ジョーはＵターンし、ロマノフと共に、運転手の罵声から逃れるように横道に入った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　二人がアケルナルに帰ると、カイユンとユピテルとソーンダイクが一冊のアドレス帳を前にしていた。カイユンは、中年男につけていることを悟られ、止むなくパラライザーを使って所持品を失敬してきたのだった。
（”泥棒しちゃったんです・・・”とかなり気にしていた。）

　ユピテルは首を振った。

　「私の知っている名前はないですよ。」

　ジナの名前のほかはロマノフもジョーも知らない名だった。字はかなりの悪筆で、綴りも誤っているものが多く、教養のある男のものとは思えない。余白にかかれているメモの内容も、レーザーに関することは皆無。使い走り専門の男かも知れぬ。
　エア・カーの方は、ドームを抜け、五時間ほどしてルナ２の表側の端で発進点は動かなくなった。地図と照らし合わせてみるとレムーノという大きな商人の別宅だった。といっても、小さな宇宙港ほどの面積がある。

　「さて、これからどうするね。ジョー。」

　「そうね・・・・ま、強行にいきましょう。レムーノって奴の評判はありていにいって真っ黒け。ギダー中尉には申し訳ないけれど、少しくらい破壊したって泣く人は少ないし、あっちも尻尾を出してくるでしょう。こっちの位置を知られないように撹乱電波を出しながら行こうじゃない。」

　カイユンは、繰り返し、繰り返し、アドレスを見ていた。自分が盗ったという責任感から、なんとかアドレス帳を役立てたいと思ったらしい。

　「女の人はジナさん一人だけ。このシャルムさんってどっちかな。シャルムって男名前でしたっけ、女名前でしたっけ。」

　ジョーは、パイロット用手袋を楽しげにはめ、アケルナルに搭載した小型機のチェックを始めた。

　「はー。久しぶりだ。小型機飛行って。」

　「よし、ジョー。50㎞手前で出たまえ。私とカイユンはエア・バイクで出ればいいね？」


　かくして、アケルナルは中央宙港から離陸し、レムーノの別宅に向かった。混んだシティーはすぐ終り、ドームをこえて、空気の薄い、ほとんど何の生物も住まない荒野に入った。惑星改造計画もここではさほど進んでいない。

　「よし！ジョー！あと50だ！」

　ロマノフの言葉を受け、銀色に輝く翼の小型機は飛びたった。
　50㎞はあっという間だった。ジョーは、催涙弾の照準を、ドームで囲まれた母屋にセットした。そのジョーの目前に、遠距離レーザーが迫ってきた。

　「げっ・・・！」

　レオのところで、幾度と泣く空中戦のシミュレーションを行ない、実践も経験したこともあるジョーは難なくかわしたが、それでも冷汗が出た。

　「・・・・・・あれ、どういう建物なのよっ！」

　上昇し、ミサイルを広範囲に散らしてみる。弾は、ドームに届く前に、すべて迎撃された。迎撃された状況から、一番安全と思われる突入経路を決定し、反転と同時にミサイルを投下、迎撃のためにドームの一部が開いているうちにビームを撃つ。これを何度も繰り返す。しかし、かなりの防御網で、なかなか効果は上がらない。
　ただし、中に居る人間の目を引き付けるには十分すぎるほどだった。ロマノフとカイユンは、ほとんどノーマークでドーム外壁へたどり着いた。ドームは厚く、バズーカを使ってようやく穴が開いた。空気が外に漏れていく。それを防ぐ内部ドームが閉まらないうちに、二人はバイクでつっこみ中央の建物の前に来た。
　ぼーっとしているカイユンのヘルメットを叩き、ロマノフは注意を与えた。

　「いいかね。カイユンは手筈どおり爆発物を建物のなかにセットするんだ。私は潜入して、手がかりがないか調べる。」

　ロマノフが壁を壊し、走っていってしまうとカイユンは、庭を突っ切り逆の方角で爆発物をセットしはじめた。重力が低いので、どうも調子がよくない。外部の警戒のおどろおどろしさに比べ、内部は全く無防備で一般の金持ちの屋敷と同様に贅沢な装飾品が溢れていた。カメラが回っているところもあったが、カイユンはかまわずに作業を続けた。今更あわててどうにかなる状況でもない。五・六人の屈強な男たちが飛び出してくるに至って初めて”三十六計逃げるにしかず”を実施し、煙幕をはり、隣の部屋へと逃げこんだ。

　ずっと走っていくと、広い場所に出た。
　そこは、植物園のようだった。オウムが声を上げ、極彩色の蝶がひらひらと飛んでいる。水槽には、きらきら光る魚たち・・・
　カイユンは、追われているのも忘れ、窓を大きく開け放ち、鳥を逃がした。運がよければ生き延びるだろう。魚はいたしかたない。カイユンがきたのと逆の方向からは、エプロンをかけた、使用人とおぼしき人々がパニック状態で走ってきた。カイユンは、必死でその人々を押し止めた。

　「そっちは駄目です！もうすぐ爆発しちゃうんです！」

　カイユンは先頭に立って、人々を安全なところへと誘導した。母屋からだいぶ離れたとき、建物のあちこちから火が吹き出した。ジョーの元気な声が通信機から聞こえた。カイユンはすすで汚れた手で通信機を抱き締めた。

　「ロマノフ、カイユン、敵さんとうとういぶしだされたわよ。二人ともすぐにアケルナルへ戻って。飛行艇が二機、月の裏側へ向かっているわ。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　小型機の銀翼が飛行艇を追う。
　アケルナルも続いて飛ぶ。
　ロマノフは、手当たり次第に集めてきたものを調べながらジョーに言った。

　「あたりだ。ボスはディードに間違いない。Ｃ・Ａから突然居なくなった軍人たちの名前もいくつか見付けた。カイユンの盗ってきたアドレス帳の名前では、シャルムというのがかなりの大物らしい。・・・・・ジョー、気をつけろ。奴に限って、何の準備もしていないということはありえないからな。」

　　トップへ