１０　ルナの夜、リマンの朝

　　ルナ２は、いつも同じ面をリマンに向けて回っている。表かたは、開発が進んでいるが、裏はまだその初期段階にある。裏側に入り、砂嵐が吹き荒れ始め、小型機では不利と見たジョーはアケルナルに戻った。

　「しかし妙ね。あたしたちがここにきていることはコスモ・アーミーも承知のはず。なのに、何故援軍をよこさないのかしら。一個大隊もあれば楽勝なのに。・・・・磁気帯に入ってしまったから今となっては連絡はつかないし。・・・・・ま、こっちに向かってるところかもね。」

　ソーンダイクが珍しく口をはさんだ。

　「ジョー。その磁気ですが、現在、前方は大規模な磁気嵐状態です。このままでは墜落すると考えられますが？このまま飛びますか。」

　「そういうことは早く言え！」

　ジョーは、墜落しないうちにぐっと高度を下げ、砂の上に緊急着陸した。
　ルナ２の裏側の開発が遅れているのは、この上空の磁気嵐のためである。磁気嵐に加え、砂嵐も荒れ狂い、レーダーも肉眼も視界はゼロ。しかし、納まるのを待つ訳にはいかない。磁気嵐は始まったら最後、六時間は止まないのだ。ジョーは、ユピテルと、疲労気味のカイユンをアケルナルに残し地上装甲車で進み始めた。地表ではレーダーがなんとか使え、カイユンとも雑音がひどいが通信ができた。じわじわと砂丘を越え、砂の谷間を渡り進んでいくうち・・・・
　二本の砲塔が砂の中から現われ、装甲車に狙いを定めた。
　その時だ、装甲車内に割れんばかりの大声が響き渡ったのは。　

　「馬鹿野郎！おい！聞こえてるか!?後退しろ！あの手のレーザーは直撃食らえば一発で死ぬぞ！おまえら、シャルムって奴の恐さを知らねえな！」

　雑音だらけだったが、誰の声かはすぐにわかった。ジョーは、反射的にバックした。今までいた地点にはレーザーの攻撃が見舞った。攻撃の二波目がくるときには、もう十分な距離を置くことができた。三人は、簡易宇宙服を着て、装甲車から飛び出した。作業車を引っ張りだしていると、その横手をエア・バイクが走りぬけ、ジグザグ走行しながら、砲塔近くに四つ程の小箱を小さな発射装置で撃ち出した。信じられないほど大きく派手な爆発が起き、上方にぶわっと砂煙が上がった。
　爆風がおさまる頃、バイクはジョーたちの傍にきて止まった。ヘルメット内の通信機から声が聞こえてくる。

　「挨拶はあとだ。あそこの内部に入りたいんなら、俺のあとをついてこい。ずっと止まっていたら的になるぜ。」

　バイクと、作業車は、爆破で壊れた砲塔の基部から突入した。廊下がずっと続いている。

　「いいか？俺のあとにぴったりついてくるんだぜ。」

　乗り物を捨てた四人は廊下を、マリオを先頭にして進んだ。その動きが実に慎重だ。

　「マリオ、どうしたってわけ？」

　「あんた達の通信のなかに、確かカイユンが言ったんだと思ったがシャルムって男の名前が出てきただろ・・・・あいつは、兵器用レーザーの大家だ。いっぱしの芸術家気取りで、自分の敷いた防御網は破られないと豪語している。・・・・しかし、コスモ・アーミーは知らなくとも俺は奴の手口を知っている。昔、奴の警戒網がある建物に爆薬仕掛けたことがあってな・・・・もっともあんときは、俺の方が失敗しちまったが・・・・」

　彼は、手榴弾のピンを抜いた。

　「下っぱのお出ましだ。」

　手榴弾は、ゲートとおぼしきところに現われた男たちの傍らに落ちて、彼らの足を止めた。ロマノフはパラライザーを乱射して、スナイパーらしくあっという間に片付けた。敵が倒れると、マリオは再び先頭に立ちゲートを抜けた。中は、一本の通路だ。マリオが部品のかけらを放り投げると四方から、レーザーが襲いかかり、部品はどろどろに融解した。マリオは左右を見、右側の壁に小型爆弾をセットし穴を開けた。穴からは、別の通路に入ることができた。

　「もう、人間は襲ってこないぜ。このレーザー網を自由に歩き回れる奴は居ないし・・・・シャルムって奴は、人間の力には頼らない奴だ。・・・奴が用意した道には、かならず何かある。そして、非常のために作られているサブロードを見付けて進む以外に道はない。」

　ジョーは、マリオの後から続いた。

　「あんたに任せるわ・・・爆薬は間に合うの？」

　「ああ。・・・・馬に食わせるほどあるぜ。」

　マリオは白い歯を見せた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊　

　その後は、荒っぽい爆破の連続だった。爆破は13回に及び14回目で、大きな通気孔にぶつかった。
　マリオは唾を飲んだ。半径十メートル程の樹脂管なのだが、ジョーに言われるままに破壊してみたところ、地下深く、ゆうに三百メートルは続いていそうだった。
　ジョーは、嬉しそうにロマノフを見た。

　「ここをおりりゃあ工場ね。」

　「ああ、ゲドニウム加工には、このくらいの通気孔が必要だからね。」

　マリオはぎこちなく笑った。

　「お、俺もそうじゃないかと思ったぜ。」

　各人は、反重力ベルト（コスモ・アーミーの支給品だ）をつけ、揃って（ソーンダイクは、マリオにしがみついて）下に降りていった。
　パイプの下端にきて、四人は静止し、示し合わせてタイミングをとると、フィルターを破って下に飛び込んだ。　そこは、予想どおり、工場だった。レーザー製造の場ではなく、ゲドニウム鉱の処理場だ。作業着を着た男たちは、突然現われた四人を見て、パニック状態に陥り、非常口へと殺到した。パラライザーを乱射し、発光弾で目を眩まし、怯えてかたまったところに催眠ガスをまいて収拾を付けた。そのあと、ジョーたちは施設を調べ、ソーンダイクは長い足でひょこひょこ歩きまわりながら、眠っている男たちを安全な場所にずるずると引きずっていった。
　そこを出ると、回廊が続いていた。遠ざかっていく何人かの靴音が聞こえたが、その場に一人の女性が留まっていた。

　「ジナ・・・・」

　ジナは、口を開いたロマノフを見つめ、しっかりと立っていた。」

　「あなたはやはり、昔と変わってなかったのね。ロマノフさん。あなたはそういう人よ。あなたは昔から素敵な人だった。・・・・あなたに会ってからすぐここに来たんです。こうなるのじゃないかって・・・・ここはもうおしまいです。・・・・ディードの夢も終りました。・・・・だから、あの人を追わないで！お願い！」

　ロマノフは、じりっとジナに近付いて、腹を殴って気絶させた。そして、逃げていく足音を追った。しかし、上の方から、レーザー輝線が飛び、ロマノフの肩先を傷つけた。壁の中程を取り巻く階段に一人の男が立っていた。男は鷹のような目をし、物陰から銃口を突き出してもう一度ロマノフに狙いを付けた。

　そのロマノフの前にマリオが割って入った。

　「待てよ！あんた、シャルムだろう？あんたは俺の担当だ。ロマノフ！ジョー！行け！」

　三人がその隙に走っていくと、マリオは手榴弾に手をかけた。シャルムは面白そうに笑った。

　「若いの。レーザー網を掻い潜ってここまでよく来たな。誉めてやる。・・・・決してエレガントな突破方法ではないがな。」

　マリオも薄笑いをしながら対応した。

　「なかなか美しい防御網だったな。目的が、侵入者を殺すことにあるってのが気にいらねえがな。あ、俺は、殺人ってのはしないことにしてんだ。・・・・・あんたの仕事は俺たち爆破屋にとっても挑戦しがいのあるものでね。爆破屋としては、突破するにはああいう方法しか思いつかなかった。メチャクチャにしちまって悪かったな。」

　シャルムは、階段を一歩一歩降りてきた。

　「ほほう。お前さんの腰の銃は、コスモ・アーミーのものだな。・・・・そんな屑は捨ててしまえ。・・・・なあ、若いの。・・・・ここは壊滅だが、お前の捜しに来た銃は百丁ほど完成している。・・・・組まんか？・・・・知ってるよ。お前の名を。マリオ　リベラ。若造にしては熟練した天才的な腕を持っている。もともとお前もはぐれものだろう？俺は銃を作る。お前は私の腕となり、足となって宇宙を飛び回ってくれればよい。うまい話だとは思わないか？」

　マリオは、手榴弾をしまい、銃を捨てた。

　「仕方ないな。・・・・その銃で迫られちゃあ、こっちの迫力負けで、承諾せざるをえないじゃないか。」

　彼の方でも一歩一歩階段を昇ってシャルムに近付いた。

　「俺は銃の専門家じゃないから、銃ではあんたにかなわない。」

　次の瞬間、彼はシャルムに飛び付き、レーザーガンをひったくり投げた。銃は音をたてて転がった。

　「だがよ。素手なら結構自信があるんだぜ！」

　二人は組み合い、解れ、蹴飛ばし、階段を転げ落ちた。

　「俺は爆破屋だ。銃には、それがどんな銃だろうと興味はねえんだよ！」

　マリオのこぶしがシャルムの顔をメチャクチャに殴った。顔を赤紫に腫れ上がらせ気を失ったシャルムを蹴飛ばし悪名高きあのＬＡＭ（ジョーが探偵に使ったものだ）をシャルムの口に押し込むと、マリオはロマノフたちを追った。
　
マリオがそこで見たのは、硬直したように動かないジョーたちと、それに対峙する一人の男だった。男はゲドニウム鉱の山、転送機の傍に立っており、目を充血させていた。壁面の機械パネルのところにソーンダイク。男とむきあってジョーとロマノフ。
　男はロマノフを睨んでいた。

　「よく来たな。ロマノフ。・・・・俺はお前に以前世話になったが、それは昔の話だ。今の俺は、昔の俺ではない。�｢�｢お前はいつだって正しいものの味方だった。どんなにお前にとってつらいことでも、お前はお前の良心にしたがって行動してきた。・・・・だがな、そんな綺麗事はこの社会のなかでは通用しないんだ。・・・・俺は、反抗してやる。すべての者にな。このレーザーを使って・・・」

　彼は、右手に持った銃を高々と掲げた。

　「これさえあれば、俺は恐いものはない。」

　ロマノフが静止した。

　「やめろディード！その銃の威力は君がよく知っているはずだ！こんな所で撃てば・・・」

　ディードは声高に言った。

　「きけよ。ロマノフ。・・・・お前が知らないことを教えてやる。・・・・俺たちを追い出したコスモ・アーミーも、裏を返せば醜いものだぜ。俺は、あの事件があって以来、いつか復讐をしてやろうと考えていた。俺の家族と、ジナの家族を救えず、あまつさえ、俺を犯罪者として罰したコスモ・アーミーをな。収容所で、俺は機会を待った。・・・・・看取がいい奴でね。協力してくれたよ。・・・・・男を一人殺し、それを俺に見せ掛けた。俺は、看取の助けで脱走した。
・・・・・看取も、研究者も、コスモ・アーミーの士官たちもみな反抗したいと思っていたのさ。みな、いい暮らし、いい研究がしたかった。しかし、社会の枠のなか、組織のなかで、それは果たせなかった・・・・そいつらを俺はまとめた。そうしたら・・・・馬鹿な研究者が居てね。そいつがひょいとレーザーの設計図を持ってきた。・・・・シャルムを拾い、レムーノに話をもちかけ資金を作り、とんとん拍子に計画は進んだ。・・・・・俺は死なんぞ、ロマノフ。法的にはすでに死んだことになっているんだからな。・・・・・お前のような半端者ではないのさ。俺は社会に反発するといったら徹底的に反発してやる。今はまたコスモ・アーミーの軍人をやっているのか？」

　ロマノフは、一人で歩み出た。

　「ディード。私は君を一度は見逃した。・・・・だが、今回は見逃す訳にはいかん。君のしようとしていることはただの破壊だ！銃をおろせ！」

　「お前にはわからん！・・・・俺はあの時に両親と弟を失った。あの時、肉親と一緒に確かな、信じられるものをすべて失ったんだ。」

　ロマノフは優しく言った。

　「わかるよ。君の気持ちは。」

　ディードは、吹き出してきた汗を拭った。

　「わかるはずがない！お前は愛するものを殺された事がない。妻と娘がお前には居る！」

　ロマノフは寂しげに首を横に振った。

　「あの時、二人とも殺されたんだ。」

　「嘘をつけ！貴様は、そんなことを一度だって言わなかった！」

　「君の心をあれ以上乱したくはなかった・・・・私は自分でナターシャとアニタの亡骸を埋めた。戸籍のうえでは、あの二人は殺されたことにはなっていない。・・・まだ、行方不明ということにされている。・・・・・ディード。反抗するだけでは、何の前進もない。・・・・・私は君を殺しにきたのではない。銃を捨てろ。ディード。」

　ディードは、狂ったように銃を振り回した。

　「言うな！・・・・俺は・・・・俺は撃ってやる。・・・ロマノフ、銃を抜け。俺はお前が撃つ前にお前の心臓を撃ちぬいてやる！」

　すると、ジョーが、ロマノフの横から、凛とした声で言った。

　「撃ちなさい。撃っておわらせなさい。ここで撃ったらあなたも、あなたの恐ろしい銃もみな終わりよ。何も残らないわ。何も。」

　緊迫した時間が流れた。
　ディードは、転送装置の上に左手をついた。

　「娘さん。君はまだ若い。今にわかるさ。・・・・・俺は死なない。いや。死んではいけないんだ。俺が死んだら、俺のように一度社会からはみ出したものは永久にはみ出しものって事になってしまう。そうじゃないかね？ロマノフ。すぐそこに脱出用の宇宙船がある。俺は、この銃を撃ったらすぐ、ここが崩れ去る前にここを脱出してみせる！」

　ディードは、銃身を上げた。ロマノフも、ホルスターから銃を抜いた。
　その時、転送装置が急に光りだした。ディードは、苦しみの表情を浮かべ床に倒れた。左の手首から先がなくなり、血が吹き出ている。ロマノフは走りより、できるかぎりの処置をしてやった。
　ジョーが振り向くとソーンダイクが壁面を指差した。スロットルにメタルカードが刺さっている。マリオは、やれやれというようにじべたに座りこんだ。

　「つまり、体の一部だけが転送されたのですね。」

　あまりに説明的なソーンダイクの口調にマリオは座りこんだまま笑いだした。その笑い声に打ち消されてわからなかったが、こつこつと、ハイヒールの靴音が近付いてきていた。

　ジナだった。

　彼女はふらふらとやってきて、ディードの首を抱いた。

　「あなたに逃げてもらいたくて来たのだけれど・・・・こうなった方が良かったのかもしれなくてよ・・・・ディード・・・・」

　ロマノフは、ジョーが呟いているのに気づいた。

　「可哀相すぎるよ・・・・・」

　そのつぶやきは、ロマノフに向けられたのか、ジナに向けられたのか、それともディードに向けられたのか、誰にもわかりはしなかった。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　磁気嵐が止むまでにジョーは、マリオに命令して、持っているだけの爆薬をセットした。嵐が止むとアケルナルを呼び、ディードや、ジナや、その他の人々を残らず収容し、５㎞ほど離れた。

　「・・あの施設、全体がふっとんでくれるかなぁ。」

　操縦しながらジョーが言うと、マリオは自信ありげに胸を叩いた。

　「専門家の腕を信用しろ！」

　リモートコントロールの起爆装置のボタンをちょんとマリオが押すと、火柱が上がった。華麗にまき起こる砂埃を照らしだし、月の暗闇に映え、一枚の絵のようだった。

　「・・・・いまいち対称性が悪い。・・・・・」
　マリオは小声で言った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ルナ２中央宇宙港で、ジョーは待機していたサザンクロスへ人々を移した。ユピテルも、担架に載せられたディードも、それにぴったりと付き添うジナも、サザンクロスのタラップから吸いこまれるように消えていった。　サザンクロスのエア・ロックには艦長であるアレックス　ギダー中尉自らが立っていて、入ってくる人々を監視していた。ジョーも、何となく、中尉の姿を眺めていた。すると、ギダー中尉は襟元の装置を通して、ジョーに個人通信をかけてきた。

　「ご苦労。ドロップアウト。」

　ジョーは、型通りの返事をした。

　「君に教えておこう・・・・君ならば、おかしいと思ったことだろう。コスモ・アーミーが乗り出していかなかったことを。・・・・・コスモ・アーミーは故意に君達だけに任せたのだ。確かに、コスモ・アーミーが出ていけば、あの施設はすぐに壊滅させることができた。しかし、壊滅させたくはなかったのだよ。我々は。コスモ・アーミーは引き続いてあの施設を使い、レーザー製造を続けるつもりでいた。
実は、レーザーの威力を高める研究は、コスモ・アーミーの内部では完成してはいなかった。シャルムが完成させたのだ。その技術をコスモ・アーミーは欲しかったのだ。・・・・・しかし、すべては破壊され、君の所の部下がシャルムにＬＡＭなど飲ませ、おまけにひどく殴ったために使いものにならない。君達が、コスモ・アーミーからあの銃を奪ったことになるのだ。だから、上層部から誉められることはないだろう。」

　ジョーは、身体中の汗がさあっとひくのを感じ、ついで怒りがこみあげてきた。彼女は、腰のパラライザーを抜くと、左手に持ちかえアレックスに向かって投げ付けた。

　「あんた達なんか！・・・・誰も信じられないよ！」

　パラライザーは、猛スピードでアレックスに向かって飛んでいった。しかし、アレックスはよけようとはせず、素手で、・・・・素手で、しかも左手だけでがっしりとパラライザーを受け止めた。

　”あいつの手も義手？”

　ジョーは、自分の左手を見、再びアレックスの姿を見た。
　アレックスは、目深に被った制帽の下から、ブルーの瞳でじっとジョーを見ていた。

　アレックスはタラップを上げて離陸していった。マリオは、外に出て、ジョーの隣に並んだ。

　「疲れただろう。」

　「？あのくらいで疲れてどうするのよ。・・・・急に何を言い出すの？」

　マリオは頭を掻くと、ジョーの肩に手を置いた。

　「前は事情を知らなかったから、なんて事もなかったが・・・・・あんた、いいとこ育ちのお嬢さんだろうが？道理で華奢にできてるわけだ。」

　ジョーは、マリオの手を乱暴に薙ぎ払った。

　「ははん。・・・どうしてだかしれないけど、あたしの素性を知ったんだ・・・・」

　そして、腰に手をやりマリオに向き直った。

　「いい？あたしがどんな素性を持っていようと、現在あたしがあんたのチーフであることに変化はないんだからね。今回、マリオはかなり働いたわ。それは評価してやろうじゃない。でも、途中で単独行動をとったのは、厳罰に値するわ。」

　マリオは、ジョーの頭の上から怒鳴った。

　「わかったよ。なにしろってんだ！」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　リマンへ向かうアケルナルのなかで、マリオはキッチンコーナーの掃除を一人でやっていた。カイユンは自分の持ち場が人の手でいじられているので心配して手伝いをしようとしたが、ジョーに止められてコクピットへ引っ込んだ。
　で、今はロマノフが、マリオの横で、彼を面白そうに眺めていた。マリオはかったるそうに界面活性剤を含ませた雑巾を持った手を動かした。

　「うー。・・・・ロマノフ。あんたも人が悪いな。・・・あんたが、ジョーはルノーの娘だって事を先刻承知だったとはな。�｢�｢�｢知っていて、何故教えてくれなかったんだ？いったい何故わかったんだ？」

　ロマノフは、壁に寄り掛かったまま微笑んで答えた。

　「一番めの質問の答は、マリオが私にきかなかったからだ。二番目の質問の答は・・・・・確信はなかったんだが、昔、ルノー一家の警護を担当したことがあってね。とても良く似た可愛い娘を見たんだよ。」

　マリオは、雑巾片手に脱力した。

　「・・・・・しっかし、張り合いのねえこと。あいつの素性が知れりゃ一波乱あるかと思ったのに、ソーンダイクの野郎は眉一つ動かさないし、カイユンは”わーっ、すっごーい。ねえ、マリオさん、すごいですね！お祝いしましょう”だぜ。」

　ロマノフは、グレイの瞳を細めた。

　「私からも質問させてくれ。�｢�｢マリオが姿を消した訳はわかった。・・・・では、何故戻ってきたんだ？」

　マリオは無言だった。
　ロマノフは、キッチンコーナーの隅にまで下がった。目には悪戯っぽい光が覗いている。

　「・・・・・惚れたな？」

　「ほざけ！」

　マリオは雑巾を投げた。それは、ロマノフにはあたらず、様子を見にきたジョーの顔面を直撃した。
　ジョーは、マリオを加重力室にぶちこみ２Ｇまであげた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　リマンに着いたジョーは、その足で、コロニアンたちを迎えに行った。　
　49名のうち、鉱産コロニーの者は食料と水を持って逃亡したあとだった。農産コロニーのコロニアンは、全員がそのまま残っていた。
　アケルナルが着陸すると、人々は歓声を上げた。アランがまとめ役になったらしく、彼の一声で男たちは一列に並んでアケルナルへと乗りこんだ。
　ジョーは、コロニーの二十キロ手前で人々をおろした。そして、済まなさそうにアランに言った。

　「御免なさい。・・・・こんな大きな宇宙船がコロニー直前まで行ったら大騒ぎになるから。あとは歩いてください。・・・・・・・本当にいいんですか？今なら、皆さんをダウンタウンにでも密入国させることもできますが。もちろん、コロニーに残っている方も連れて。」

　アランはほほえんだ。

　「僕らはコロニーに帰ります。・・・あそこしか、僕らの帰るところはありません。・・・・市内で怯えて暮らすよりもコロニーにいたほうがいい。仕事さえしていれば、安全で平和だ。・・・・・僕たちは”羊”と呼ばれている。しかし、その羊は、弱く、囲われていても牧場のなかでは自由な羊です。・・・・その自由が僕たちには尊いのです。」

　ジョーは、アランと握手した。

　「それじゃ、あたしたちの方からここにこないかぎりもう会うことはありませんね。」

　「ええ。住む世界があまりに違う。」

　アランは、横手に居るカイユンを見た。カイユンは、コロニーで、多くの人に可愛がられていた。素直で、明るく、人なつこく、優しく・・・・・仲間達にあっちで、こっちで、別れを惜しまれていた。
　「カイ君・・・・いや、カイユン君というんでしたね。彼は、君達の仕事には向かないような気がするんだが・・・・」

　ジョーは頷いた。
　アランの瞳に、優しい光が宿った。昔よく、こんな瞳でアランはジョーに話をしてくれたものだ。

　「ジョー。」

　アランの呼び方に、ジョーは身を固くした。

　「・・・・・あなたの本名は何というのか知らないけれど、僕の昔のちっちゃな友達にジョセフィーヌという女の子がいたんだ。大金持ちの子だったんだが、ちっとも気取った所がなくて、・・・・泣き虫で、寂しがり屋でおとなしくて・・・・縮めればあなたと同じ呼び名なのにあなたと正反対の性格をしていた。・・・・・今ちょっと考えたんだ。ジョセフィーヌが君を見たらどう思うか・・・・って。」

　ジョーは鹿爪らしい表情を作って答えた。

　「おそらく卒倒するか、逃げだすかするわね。」

　アランは笑った。

　「あの子ならきっと羨ましがるよ。・・・・僕自身、そういう生き方ができる人が羨ましい・・・」

　アランを呼ぶ声がした。

　「アランさん。それじゃね。」

　アランは、昔よくそうしたように、ジョーの髪を優しく撫でた。そして、何枚かの紙を握らせた。

　「良かったらあとで読んで下さい。急いで書いたものだけれど。」

　そして手を振って別れていった。
　ジョーは紙を見て目を疑った。それは、妖精や天使など出てこない、体制に対する”抵抗”の詩だったのである。


　朝日に照らされながら、コロニアンは歩いていく。彼らは、朝の光の中を、彼らの”家”に向かって帰っていくのだ。

　ジョーは、傍に立っていたカイユンの頭を小突いた。カイユンの目からは、涙がひっきりなしに溢れていた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　　（エピローグ）
　アケルナルは、一路、リマン宇宙港を目指した。

　「何か忘れているような気がするなぁ？」

　ジョーが首をひねっていった。ソーンダイクもひねった。

　「何でしょうね？」

　コーヒーを運んできたカイユンも必死で考える。
　ロマノフは手で目を覆った。

　「ジョー・・・・・自分でやったことには責任をとりたまえ！」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　加重力室のなかで、マリオはチームに戻ってきたことを目一杯後悔していた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ

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