８　地の底と空の上

　　カイユンは、鉱産コロニーに到着してから、精力的にてきぱきと仕事をこなし、しかし、移動の際にはいつも最後尾から少し間隔を置いて歩いていくことにした。
　掘りだされている鉱石は、ほとんどが鉄鉱石で、微量だがタングステンを含んでいるという。
　坑道は暗く暑く、上半身裸でも堪え難い熱気が辺りを包んでいた。強制労働コロニー。昔はいっぱしの悪を気取っていた連中が、汗にてらてらと体を光らせながら黙々と作業をしている。機械化されているとはいえ、体を極端に酷使する作業だ。高重力星出身で、亜人間の血が混ざっておりおまけに日夜ジョーたちにしごかれているカイユンは、そんじょそこいらの少年に比べればはるかに丈夫であったが、それでも半日もしないうちに筋肉に痛みを覚えたものだ。

　カイユンは、”事故死”を早めるために手先の器用さと鉱物に関する知識が豊富なことを大声で吹聴しまくった。（実際に、カイユンの自然科学に対する造詣はどの分野においても玄人である。）その結果、三日目、地下七百五十メートルの鉱道で作業中、見事に死ぬことができた。

　おそらく頭を殴られたのであろう。星が散った。体質的に少々の打撃はものともしないカイユンは、意識ははっきりしていたが目を閉じて昏倒したふりをした。乱暴に担架に載せられ、上からすっぽりシートをかぶせられたのでまわりの様子はわからなかったが、かなり長い距離をエレベーターを五本乗り継いで移動していった。　おろされたのは暗い小部屋で、カイユンは無造作にうちっぱなしのコンクリートの床に転がされた。カイユンは、しばらくの間、足を縮めて、転がされたままの格好でじっとしていた。しばらくして、”いくら何でもそろそろ目を開けてもいいかなあ”、とカイユンが思い始めた頃、一人の男が入ってきた。以前、鉱道で監視していた男だ。男はカイユンを起こして連れ出し、通路で別の男に引き渡した。

　カイユンたちは、照明の行き届いた長い通路を進んだ。両脇には無数の扉が並んでいる。
　50メートル程進むと壁が途切れ、岩肌が剥出しになっていた。遠くの方からドリルの音がした。更に進むと、数十人が手に手にドリルをもって鉱石を掘っているのがわかった。
　ゲドニウム鉱の採掘は、もともと小さな鉱脈から鉱石をいかに大きく掘り取るかが重要なポイントである。掘り取った鉱石表面はすぐに酸化されてしまい　後処理の困難なことを考えると、ほとんど価値はなくなってしまう。ゆえに、機械では掘れないのだ。
　カイユンも、一台のドリルを与えられた。

　「逃げようなんて気は起こすなよ。」

　男は、カイユンの首に金属のバンドを巻いて固定した。

　「このバンドには、ボタンの一押しで遠く離れたところからでも電流を流すことができる。・・作業方法は隣の男に聞け。ノルマがこなせなければ、食事を減らす。いいな。坊や。」

　男は去った。
　監視室は、カイユンが連れてこられたほうにあるらしい。頭上ではカメラが回っていた。

　「君！カイくん!!」

　声の主は、と見れば、隣には疲れ切った表情のアランが、やはり、首にバンドを巻かれて立っていた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　一日中働かされた人々はひとつの大きな部屋に放りこまれた。明かりは暗く空気は悪い。支給された携帯食をかじり水を飲むと、すぐに睡眠をむさぼり始めるものが大部分だった。
　非常燈の出すわずかな光の下でカイユンはバンドを調べていた。磁気的な力で固定されている。マリオだったら工具があれば五分で外せる単純なものだ。カイユンの技術でも開けられそうだがてこずるだろう。
　カイユンは、今日一日の出来事を整理した。

　監視員は一時間に一回巡回しにくる。二回に一回は白衣を着た技術者が同行している。掘り取ったゲドニウム鉱は一定量たまるとロボットが集めにやってくる。そのロボットの行き先は不明。ロボットをコントロールしている場所もわからない。カイユンの見たところ、鉱脈の規模はかなり大。・・・・・そのくらいか。責任者と思われる人物は見当らなかった。

　「どうした？眠れないの？」

　アランが肘をたてて毛布の中からカイユンに言った。他の男たちは、昼間の労働に疲れきってぐっすり寝込んでいる。

　「仕事はきついが殺されるようなことはないからね。心配しないで眠るんだよ。お姉さんも大丈夫さ。あのコロニーは安全だ。」

　カイユンはアランの近くに寝て、アランの耳に口を近付けた。

　「ええ。・・・・きゃ・・・姉さんは僕なんかよりずっとしっりしてますから。アランさん。アランさんも僕もきっとここから帰れますよ。・・・ところで、ここで掘られたゲドニウム鉱はどこに運ばれるかご存じじゃありませんか？」

　アランはカイユンの髪を撫でた。

　「・・・・・カイ君。・・・・・カイ君は普通の子供じゃないのかい？何をしようとしている？」

　カイユンは黙っていた。アランはそれ以上追求せずに話しだした。

　「僕もよくは知らない。・・一人だけ我々に親切にしてくれる技術者がいるんだ。この頃は他の奴らの目を恐れてか滅多に話し掛けてもこないけれど。その人が”今はこんな暗い地の底にある石だが、やがて、空の上まで運ばれて行くんだ。”と呟いていたことがあったが・・・・参考にはならないだろうね。」

　空の上といったら宇宙だろう。しかし、このコロニーからひそかに宇宙にゲドニウム鉱を送り出すことなどできるのだろうか。

　「アランさん。その、技術者さんの名前は？」

　アランは少し考えていた。

　「・・・・確か・・・・どこかの神話の最高神の名前だったはずだが・・そう・・・・”地球”の神話だ。」

　地球。その名を知らぬ者はいない。はるかな昔、まだ星々の間の飛行が不可能と思われていた頃、地球にのみ、ヒトは生息していた。地球はヒトの発祥の地なのだ。その文化や神話は今でもまだ人類に語りつがれている。

　「そう。ジュピターだ。読み方は違うが。・・・・あの人の名はユピテルだ。」

　その時、カチリという音がした。やっとのことで、カイユンが首のバンドを外したのだ。

　「聞こえました？僕、今バンドを外しました。すぐにはできませんが、皆さんのバンドを外して逃げられるようにします。・・・・・その、ユピテルさんって人も一緒に。・・・・・僕一人じゃ無理なんです。」

　カイユンは電流を流すユニットを壊し、再びバンドを首のぐるりに巻いた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　それからカイユンはユピテルを幾度か見かけた。鉱脈の方向や鉱石の質を見にくるのだが他の技術者に比べ、おどおどしていた。一度などカイユンがあまりに幼くて頼りなげなのに同情して二・三歩近付きかけたが、同僚が咳払いしただけで顔色を変えて元の位置に戻った。知識的には技術者の”頭”らしいのだが上下関係は一番の下らしい。
　とにかくあとはジョーの来るのをひたすら待つしかない。もし、ジョーが地下まで潜入できれば、あとはカイユンの持っている発信機を頼りにここを突き止めてくれるだろう。・・・・カイユンは、ジョーを信頼していたが、少し焦ってきた。指先に、時折・・・・ごくたまにだが疼くような痛みが走るのだ。古株の労働者は震えがきて止まらなくなる症状が出ていた。小型鑿岩機の極端な連続使用が人々の体を徐々にむしばみ始めたのだ。カイユンは、アランを初めとして20人ほどのバンドを外したが、このままでは、身動きが取れない。

　何回目かの夜、カイユンが大部屋で毛布にくるまってうとうとしていると、ジョーの大声が通信機から飛び込んできた。彼女はついに通信可能圏内にきたのだ。

　「カイユン！今行くわ！ちゃんと起きてなさいよ！」

　カイユンは跳ね起き、配られていた金属製のコップを打合せて辺りの人々を起こした。
　派手な音扉の外でがして、やがてしんとした。そして、明かりがつき扉がすっと開いた。

　「カイユン、待たせちゃったわね！」

　そこにはジョーが立っていた。カイユンは安堵感で泣きだしたくなった。が、その涙は、驚きでひっこんだ。　ジョーのいでたちといったら！ごく薄い布地のピンクのミニのワンピース、フリルつき、袖全くなし、胸はぎりぎりまで開いている・・・・・・・という目のやりばに困るようなものを着ており、右手に構えたレーザーとはひどくそぐわない姿であった。

　「キ、キャ、キャプ・・・・・」

　ジョーはカイユンに小さな箱を放った。

　「驚いてる暇があったらバンドを外してやんな。そいつが解錠装置よ。」

　労働者たちは、バンドを外されると、扉の外で倒れている男たちから武器を奪った。カイユンはジョーに、手近にあった作業着を渡し、服のことをきいた。ジョーは、カイユンのポケットに大型のパラライザーを押し込み素早く服を身につけながら答えた。

　「ここのコロニーのボスのガイルって野郎の趣味。こういうところの男は女に飢えてるからね。弟を捜しにきたってすがりついたらすんなり入れてくれやんの。・・・あとはまあ色々あって・・・・とにかくここまで来られたんだからいいじゃないの。・・よーし。みんな！行くわよ！」

　彼女とカイユンは先頭に立ち通路を走った。監視員が見事に床にのびている。

　「キャプテン。ここの情報源としては、ユピテルさんが適当です！あのユピテルさんが居るんですよ！」

　「OK！あたしと一緒にきてその人を教えて！ロマノフにはもう連絡してあってそろそろアケルナルが迎えにくる頃よ。急いで！」

　二人は研究室に飛び込んだ。


　「で・・・・・どいつがそう？」

　技術者もまた全員が床にのびていた。ジョーも荒っぽいことをやったものだ。
　カイユンは、ユピテルを抱き起こした。ジョーが覚醒刺激を与えると、パラライザーの効果が消えて、ユピテルは目を覚ました。意識がはっきりしないまま資料を引っ張りださせられ、ジョーに腕を引かれてそのまま引きずられていった。
　ジョーたちは昇降機へと向かった。丁度上からは、武装した男たちが十二・三人どやどやと昇降機から吐き出されてきたが、レーザーをランチャーに持ちかえたジョーを目にして歩みを止めた。

　「そこをどくのよ。」

　そうジョーは凄んだが、作業ジャケットの裾から細い綺麗な二本の足がスラリとのびている美しい娘なので歩みを止めた男たちもまた前に進み始めた。ジョーは、ランチャーの安全装置を外した。

　「どけ、と言っているのよ。」

　ズガーン。
　カイユンは思わず頭を抱えた。それほど発射音は大きかった。男たちの足元に大穴が開いた。男たちは飛び退いた。

　「そうよ。いい子だからそのままそこにいてね。」

　ジョーは、なげキッスをすると小さなボールを投げ付けてカイユンに下がるように言った。ボールは弾けて白い粉が飛び散った。粉がおさまると、敵はすでに倒れていた。


　「マリオの残していった神経ガス弾ってのよく効いたわねえ。」

　53名全員が乗った昇降機の中でジョーは壁に体をもたせながらカイユンに笑いかけた。（カイユンの方は、会話に参加するどころではなかったが。）地上に着き、扉を開けると同時にパラライザーを乱射。倒れた男たちを踏みこえて中庭へ。

　「中庭は駄目です！逃げ道がない！囲まれてしまうぞ！」

　怯えて叫ぶユピテルをよそに、ジョーは上空を見上げて手を振った。
　アケルナルの大きな機影が太陽を隠し、空中静止していた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　リフトを使って全員を収容すると、アケルナルはただちに最高速度で鉱産コロニーを離れた。乾燥地帯の外れで三週間分の食料と共に49人のコロニアンをおろし、そのあと一気に大気圏を離脱した。

　服をいつものジャンプスーツに変えると、ジョーはすぐにユピテルの話を聞きにかかった。

　「あなたがあそこで何をしていたかの見当はついているわ。・・・・・あそこでゲドニウム鉱を掘り、それを原料として部品を作り、さらにレーザーを作る・・・・恐ろしい殺傷能力を持ったハンドレーザーをね。あなたはゲドニウム鉱処理のエキスパート。あなたはあなたの技術を売った訳だ。」

　ユピテルは真っ青になっていた。

　「わ、私はレーザーなど作るつもりはなかった。私はただ、充実した施設のなかで、自由な研究がしたかった。それだけなんだ。手を貸したのもその代償としてなんだ！」

　カイユンが、キッチンから濃いミルクティーを運んできて勧めた。

　「わかったわ。・・・・・あなたは全然悪くない。・・・・・こう言って欲しいんでしょう？・・・・・・どっちでもいいことよ。今はあなたを裁判にかけているんじゃないわ。そんな暇あるわけない。あたしたちが知りたいのはゲドニウム鉱処理場のありかとレーザー工場のありか。そして、誰が何のためにレーザーを作っているかということよ。・・・・・さあ。どこなの？カイユンの話じゃ宇宙らしいけど・・・・・」

　ユピテルは、心配そうに覗き込むカイユンに小さく頷いてみせて少しだけ紅茶を飲んだ。

　「知っていることはすべて話しますよ。私だってあんな恐ろしい兵器を作ると知っていたら決して手を貸したりはしなかったんだ。・・・・・処理場とレーザー工場は同一の場所にあります。ただし、はっきりとした位置は私にもわからない。真空が容易に得られるリマンの三つの月の一つか、宇宙ステーションか、はたまたスペースコロニーか・・・・・鉱産コロニーに居たもので知っっている者はいないでしょう。」

　操縦をオートに切り替えて、ロマノフも会話に加わった。

　「だれにも場所がわからないのにどうやって運んだんだね？」

　黙っていたソーンダイクが、メタルカードを四人に示した。ユピテルははっと息を飲んだ。

　「こんなことまで知ってるのか！」

　わけのわからない三人のため、ソーンダイクは説明をした。（もっとも独り言のような感じだった。）

　「私の解析によれば、これは小型転送機のキイです。かなり破壊されていましたが、コンピュータ解析により再構成は完了しました。もしやと思いましたがあたったのですか？」

　ユピテルは重々しく頷いた。

　「どこで手に入れられたかは知りませんが・・・・採掘されたゲドニウム鉱は簡単な前処理をしたあと、それで送っていました。それをあなたがたが持っていたとは。私は、外の人々に、この恐ろしい計画を知らせるため、色々やってみていたのですが・・・・・・他のコロニーに送るもののなかにレーザーガンの模型をいれてみたりして・・・・・あなたがたの方が上手だったようですね。」

　「あたしたちが、そのカードを手に入れたのは全くの偶然からよ。あなたのハリボテを作った狙いは大当たりでこちらとしても助かったわ。・・・・・疲れているでしょうけれどもう少し付き合ってもらうわね。あなたがいないと、持ってきた細かい資料に手が出せないわ。」

　ユピテルは、ジョーに示されたファイルの山を分類しはじめた。
　ジョーはロマノフに向き直った。

　「ロマノフ。ところでマリオの方は？」

　ロマノフはかぶりを振った。

　「そうなの・・・・・」

　ジョーは副操縦席に座り左袖をまくって、生体と義手の接合点辺りを右手でさすった。カイユンが素早く走りよった。

　「キャプテン・・・・」

　ロマノフも一番近い位置にあったリマンの月の一つルナ２の軌道上にアケルナルを落ち着かせると、操縦席から立ってジョーの肩を掴んだ。

　「拒絶反応かね？」

　ジョーは、袖をおろし、それきり触るのをやめた。

　「つないでから一・二ヵ月は仕方がないわ。前のときも同じだった。」

　カイユンは、尚も傍を離れようとしなかった。顔がちょっと赤い。ジョーは、はたと思い当ると微笑んだ。

　「余計なことに気を回すんじゃないの。あたしはああいうことには慣れているんだよ。」

　カイユンは首を振り、自分の席に戻った。
　ジョーは指で自分の長い栗色の髪を撫で付けた。

　”・・気持ちの真っ白な子。こんな仕事は似合わないよ。カイユン。”

　スクリーンにアレックスが現われた。いつものように、制帽を目深に被っている。

　「ドロップアウト、やってくれたな。」

　「え？あたしが何をしたんです？中尉殿。」

　「鉱産コロニーの電気系統マヒだ。全面的にマヒだ。突入するとの連絡はロマノフから受けたが、私は操業マヒに追い込むなどとは全く聞いていないぞ！」

　「壊したつもりはないわ。もののはずみで壊れたんでしょうよ。それよか、コロニーの人たち、乾燥帯に置いてきちゃったからよろしく。食料は三週間分はある。あの人たちに罪はないんだからさ。」

　中尉は取り澄ました顔で”Ｄ級だがな”と、聞こえるように呟いた。ジョーは、たまっていた報告をし、（ユピテルを連れてきたことは省いた。）ユピテルの持ってきた資料をＣ・Ａに送った。軍は嫌いだが、事が事だけに隠しておくことはできない。軍も真剣なのだ。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　三次元宙域図を前にして五人は考え込んでいた。ロマノフは、ユピテルの資料を見ている。

　「ルナ２かルナ３ね。・・・・・ユピテル。あなたはどう思う？」

　ジョーにいわれ、ユピテルは首を傾げた。

　「ルナ２ではないと思いますがね。私達は、ルナ２の研究所からリマン母星に連れていかれ、私は留まりましたが他の二人はそこから更にレーザー製造場へと送られました。”２”であれば、そんなまだるっこしい事はしないでしょう。」

　「技術者にも正確な位置を悟らせないための誤魔化しかもしれないわ。・・ソーンダイク。メタルカードからは特定できないの？」

　ソーンダイクは、メタルカードをキュッキュッと袖口で磨きながら抑揚のない声でしゃべりだした。

　「ユピテルさん。転送機の転送限界質量は何㎏ですか。　」

　「18㎏ですが。」

　「小さいですね。もしも人間の質量よりも大きければ、鉱産コロニーに戻って誰かを転送してみればすぐに判明するのですが。」

　ユピテルは、ソーンダイクと、彼の磨いているカードを代わる代わる見つめた。

　「君！カードを再構成したって・・・・ただ、構造を調べるだけではなく完全に修理したのか!?」

　「再構成は再構成です。再び使用できなければ、再構成とは言いません。」

　「信じられない。・・・・・しかし、それが使えたところで意味はない。鉱産コロニーの転送装置は大方封印されてしまっているだろうからね。」

　尚も資料を見ていたロマノフは手を止めた。

　「ルナ３ではない。ルナ２だ。」

　彼は静かに言った。
　ジョーは、彼の表情を見て息を飲んだ。いつもの温厚な表情は影をひそめ、厳しいものが、瞳の奥、眉間のしわから感じられた。

　「その根拠は？」

　ロマノフは資料をテーブルに置いた。

　「・・証拠といえるものはない。だが、私はこの事件の犯人が誰かを言いあてることができる。駒が揃いすぎている。・・・・・奴はレーザーに詳しく、機械局への出入りも頻繁で研究者に顔が広かった。その気になれば、レーザーガンを作るための人材を集めることなどたやすいことだろう。それに、奴には十分すぎるほどの動機もある。コスモ・アーミーを憎み、政府を憎み・・・・社会全体を憎んでいる。奴はルナ２生まれ。ルナ２は奴の庭だ。ルナ３は奴の領域ではない。」

　「奴って・・・・誰なんです？」

　カイユンは、ソーンダイクの腕に齧り付きながら尋ねた。

　「ディード　ルーフ。」

　どこかで聞いた名だ、とジョーは思った。ロマノフの身上調査書が反射的に頭に浮かんだ。ディード・・・・そうだ。あれは、

　「あなたが・・・・罪を犯したそいつをかばって逃亡幇助したためにＤ級に落とされたっていう・・・・ディード　ルーフ？」

　「ああ。奴は生きている。奴は、コスモ・アーミー管理の強制労働コロニーに収容され、コロニー内での喧嘩が元で死亡したと、コスモ・アーミーの研究部の一人の助手が言っていた。それがわかる訳がない。一介の助手風情にそんな情報をわたすコスモ・アーミー司法当局者は居ない。」

　「ちょっと・・・・・それだけじゃ、まだ何とも・・・・」

　ロマノフは寂しそうに笑った。

　「ユピテル君が持ってきた資料には、主犯のものと思われる指令、指示がいくつか載っていたね、その中に、肉筆の文書もあった。ジョー。私はディードと十年間もコンビを組んでいたんだよ・・・・・・あいつの筆跡を間違えようはずもない・・・・・ジョー、ルナ２から始めよう。ディードだとすれば、あたってみるべき人間も何人か居る。」

　ジョーは黙って操縦席に着くとオートを解除し、通信回線をオンにした。

　「こちらリマン３第六軌道上の作業船アケルナル号。船籍番号pq・Ａ三九四九三八七。ルナ３中央宙港〇五〇時の着陸を許可願います。・・・・・繰り返します・・・・・

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