６　レオの酒場


　その少し前、マリオはジャンから教えられたレオという男の酒場を訪ねていた。
　その場所は、ダウンタウンのほかの通りとは違った雰囲気を持った路地にあった。
　まず、道端にたむろしているアル中連がほとんど居ない。安物だがこざっぱりした服を着た子供達が石蹴りをして遊んでいる。悪党面をした男たちも居るには居たが、殺気が薄い。マリオにとってはむしろ居心地の悪い町だった。

　マリオが立ち止まり、辺りに気を配っていると、そばかすだらけの一人の子供が寄ってきて、彼のズボンを引っ張った。

　「おじさん。誰かに用？」

　マリオは長い足を動かし、子供の手を払った。

　「おじさんじゃない。俺は”お兄さん”だ。用があるから来たんだろうが。」

　子供は、にこにこ笑った。

　「お兄さん、メカ屋かなんかだろ？・・・じゃなくって工作員かな？え？違うの？あとは・・・爆破屋？・・・アハハ、びっくりしてら。図星だった？　　お兄さんの手、ただのチンピラの手じゃないよ。もっと器用な手だ。コンピュータやる人でもない。コンソール打っていりゃ、指先が平たくなるもの。だけど顔からしたら、血の気の多い商売って事になる。へへへ・・・・・おいら、表通りの雑貨屋で使い走りしてるんだ。何かあったらよっとくれよな。情報の配達なら安く頼まれてやるよ。」

　子供は走っていった。
　その姿を眺めていると、”レオの店”と彫刻された銅版の看板が目に入った。マリオは中に入っていった。

　酒場の雰囲気は、他の酒場と同じだった。やはり薄暗く、酒の匂いと、むっとするような人熱れが充満している。マリオは、目立たない場所に座った。オーダーしたあと壁にぐるりと目をやると焼け焦げや弾痕がかなりあった。ここも、物騒な場所であることは確かだ。
　バーテンが、クラッキング・ダイナマイトのグラスを差し出しながら言った。

　「お客さん、この界隈じゃ見ない顔だね？クラッキング・ダイナマイトなんて酒をだすの久しぶりだ。」

　「ああ、初めてさ。」

　そう言ったか言わないうちにマリオは背後に殺気を感じた。マリオが右にとびのくのと同時に、大男のパンチが空を切った。
　マリオは、大男の顔を見て合点がいった。確か一年ほど前、政府高官と癒着していた麻薬団の根城を盛大に吹き飛ばしてやったことがあったが、（あれは我ながら美しい爆破だった。麻薬が虹色の火を吹いて・・・・とマリオは述懐する）この男は確か入り口付近で見張りをしていた奴だ。頭はなさそうだがあんな丸太みたいな腕に捕まった日には命はない。

　「バカ！こんなとこに出るんじゃあねえ！」

　相手は、体が大きい分だけ動きが鈍い。マリオはテーブルの上を飛び回り逃げた。そして、懐に隠し持った煙だまを投げ付けた。酒場は煙だらけになった。
　太い声が響いた。

　「その二人を取り押さえろ。」

　大男の咆哮が聞こえ椅子が壊れたような音がした。マリオはテーブルから飛び下りようとした瞬間、足首を捕まれ、あっという間に四人の男にはがいじめにされた。一人に腹を殴られ、マリオは意識を失った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　マリオが正気に戻ったとき、彼はベッドに転がされていた。恰幅のよい、白髪の男が傍らに座っている。

　「あんた、何者だ？医者か？」

　男は”違う”といいながら、マリオの脈を調べた。

　「若いもんが、気を失ったお前さんに更にパラライザーを使っちまってな。・・・・・多少痺れは残っとるだろうがもう平常に戻ったようだな。マリオ　リベラ。」

　「な、何故、俺の名を知ってるんだ!?」

　男は、マリオを見つめた。

　「身元を示すものはなかったのにという意味か？・・・・お前はかなりの爆破屋だろうが？知らんでどうする。・・・私の名はレオだ。」

　マリオはベッドから飛び下り、身をひねるようにしてレオから遠ざかった。

　「あんたがレオか。丁度いい。聞きたいことがあるんだ。」

　レオは不動だった。

　「お前は自分の立場がわかっていないようだな。ここでは、お前は歓迎されない存在なのだ。お前は傷害犯だ。何の罪もない市民を犯行に巻き込んだ。そして、お前は政府の犬だ。・・・・・そうなんだろう？おまえはＤ。グロ星送りの判決が出たはずだ。収容所から逃げたという情報も聞かない。そのお前がここに居るということは、奴らに身を売ったとしか思えん。」

　マリオは歯噛みした。

　「ああ、確かに、無関係の奴に大きな怪我をさせちまったことがある。大失敗のヤマだったぜ。しかし、あれが俺の仕事のパターンだとは思ってくれるなよ、じいさん。俺はあくまで、建造物がふっとぶのが見たいだけなんだ。・・・・ところで爺さん。何故俺の判決を知っている？外部への公表はないはずだぜ？」

　レオは笑った。

　「知らんのか。私は元コスモ・アーミーの大佐だ。情報網はまだ生きている。」

　マリオは壁に張りついた。武器は取り上げられているし、体には痺れが残っている。レオとやりあうことなど考えられない。
　そこに、ジョーからの通信が入ったのだ。通信機は、レオの手に握られていた。

　「官給品。しかも最新型だな。」

　レオがスイッチをオンにして、ジョーの声が聞こえてきたとき、マリオは力をふりしぼり、レオの手から通信機をもぎ取った。通信機は床に落ち壊れた。マリオも転倒した。レオはマリオの体をぐいと起こした。

　「今のは何だ？」

　マリオは答えなかった。

　「今のは誰からの通信だと聞いているんだ！」

　マリオは無視した。

　「・・言う気がないのなら、私から言ってやろう。あの声は・・・乗取のジョーの声だ。」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　しばらくして、二人はテーブルを挟み、向き合って座っていた。まだじんじん痺れる腕を揉み解してからマリオは頬杖をついた。

　「すると何か？あんたがあの女に仕事のＡＢＣを教えたっていうんだな。」

　レオは、濃いコーヒーをぐいと飲むと、天井を見上げた。遠い日を懐かしむように。

　「あの子に出会ったのは今から七年前、ここから少し離れた酒場だった。私は今でこそ、酒場の親父になっているが、あの頃はまだ、宇宙生活者として宇宙を駆け回っていた時期だった。
　その店に入っていくと、奇妙な二人連れが居た。可愛らしい少女と、むさくるしい少年。少女の方は、上物のワンピースを着ていたんだがそれがまあひどいかぎざきができていて痛々しく、顔色も真っ青で生気がなかった。少年の方は真っ黒でもじゃもじゃのモップのような頭をしていて、目なんか隠れてたな。声だけは綺麗で、しきりと少女のことを気遣っていた。とにかく、酒場にはひどく不似合いな二人だったぜ。テーブルにサンドウィッチとホットミルクなんぞを並べてな・・・・・
　心配していたら案の定、ごろつきどもが少女の方にちょっかいを出してきた。それも五人でだ。見るに見かねて、止めに入ろうとしたら、それより早く、モップ頭の少年が、瞬く間に素手で片付けちまった。凄い腕だったぜ。まるで戦闘マシンだ。そのあと、泣きじゃくる少女と、モップ頭を俺の宇宙船まで連れていってやった。
　そうしたら、モップ頭が少女を引き取ってほしいと言いだした。これが、知り合いでも何でもなく、行きずりに助けた子で、自分と居ては危ないんだとかなんとかおかしなことを言っていた。そうしたら私が少し目を離した隙に少年は姿を消してしまっていた。私は少女をそのまま放っておくことはできなくて、信頼できる人間に預けようと思って引き取ってやった。　
・・引き取らなくてどうする。いたいけで、可哀相なほど怯えていて・・・・・」

　「おい、その、いたいけなのがあの女だって言うのか!?」

　レオは頷いた。

　「無理もない。家を出て、いきなりひどい目にあったんだ。」

　「ひどい目？何だぁ、そりゃ。」

　言ってしまってから、マリオは舌打ちした。15の娘が遭うひどい事といったら一つしかない。

　「モップ頭に助けられる前、二月ほど客を取らされていたらしい。・・もう、面倒なことになっていて、医者崩れの仲間に処置してもらった。・・そんな目に遭いながらあの子はたいした子だったよ。目に一杯涙をためながら

”家には帰らない、施設にも行きたくありません。私、強くなりたいの、強くなりたいんです。”

ってかじりついてきて。・・・・おかげで預けるつもりだったのが私自身で面倒を見ることになっちまった。
　マリオ、あれはいい子だぞ。お前さんはいい星の元に生まれたな。ジョーは何より腕がいい。たった二年で操船と整備をマスターし、射撃もなかなかだ。ワープ機関の調整については、この私も舌を巻くほどだ。私と一緒にやっていた星間運送業では宇宙のあらくれどもと対等に渡り合っていた。」

　レオは、ゆったりと足を組んだ。

　「しかし、そのジョーが、何故また乗取を始めたんだ。あんたと一緒に仕事をしていたんだろう？」

　レオは、噛み煙草を含み、くちゃくちゃさせたあと言った。

　「あの子の目的は、体制に反抗することで、宇宙生活者として身をたてる事じゃなかった。しっかし・・・・・初めて見たときと、乗取を始めたときと・・・・人間とはああも変われるものかと私は思ったよ。それが、ふっふっふっ・・・今じゃ政府のシークレットチームのリーダーか。あの子のことだ。政府にとってはろくな事にはならんだろう。・・・・あの子の欠点が表に出ないかぎり、生き残ってはいけるだろうがな。」

　マリオは、尚も警戒の表情を浮かべながら、送信部分が壊れてしまった通信機を修理していた。

　「・・・・・あの女、まだ若いくせにきばっちまってよ。もう少し可愛げがあれば俺も全面的に協力してやるってもんなんだが。・・・レオ。その欠点ってのは何だ。聞かせてくれよ。俺は若いみそらで死にたくはないんだ。まだ、たくさんの女たちと寝てやりたいし、もっと華々しい爆破をやりたいんでね。」

　レオは、面白そうにマリオの瞳を覗きこむと、二杯目のコーヒーを注ぎに立ち上がった。その姿を見て、マリオは思った。”まだまだ十分にやれる男だ。”と。

　「欠点が知りたいか？あの子の。それは、あの子の最大の長所でもあるんだが・・・・・それはな。あの子が女だって事さ！」

　そして、一枚の紙切れをマリオに渡した。そこには五人の男の名前とアドレスが書いてあった。

　「なんだい。これは。」

　「若いの。シークレットを続けるんなら、寝言を言う癖は直すんだな。シャルムの名前を十回以上唸っていたぞ。・・ジョーの仲間とわかった以上、私も協力してやりたいんだ。シャルム本人の行方は四ヵ月以上前から全く掴めないんだが、この男たちならば、或いは奴の行方の手がかりを握っているかもしれん。・・・・うまくやれよ。」

　レオは、コーヒーをぐいと飲み干すと部屋を出ていこうとした。マリオはあわてて食い下がった。ジョーに関して、もっと知っておきたかった。

　「おい。ジョーの家ってのはどこなんだ？あの女、自分の過去についちゃ、何もしゃべろうとしないんだ。」

　「それを聞いてどうするつもりだ？」

　レオの口調には、あからさまな敵意があった。

　「余計な詮索はしないことだな。マリオ。私があの子の過去について話してやったのは、お前の好奇心を満足させるためではない。あの子を信じてついていけば、あの子もそれなりのものをお前に与えてくれるだろう。・・・・・シャルムを追うのが仕事ならば、それを続けることだ。・・さあ行け。」

　レオは、いつのまにかレーザーガンを構えていた。マリオはまだ痺れが残る足を引きずりながら部屋を出た。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「なあ、ジョー。」

　レオは、写真たてに入れてある、古びた写真を見つめた。写真の中からは、まだまだあどけない表情の、少女のジョーが笑い返していた。

　「あの男にお前の昔のことを少し話してしまったよ。お前は不服かもしれないがね。私は、昔のお前のことを、お前の仲間にくらいは知っていて欲しいんだよ。」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　暗い長い廊下を歩くと、カーテン一枚を隔てて、もうそこは騒がしい酒場だった。客は、マリオのことなど忘れたように、彼の方を見向きもしなかった。先程の乱闘のあともすっかり片付けられていた。
　店の外にると、辺りはもう夕暮だった。マリオは、手渡された紙片を見た。
　二人は、彼も名前だけは知っている武器商人。あとの三人は全く知らない男。その内の一人は、コスモ・アーミーの軍人だった。シャルムの居所を突き止めても、はずれかもしれないが、手がかりがない以上あたってみてもマイナスにはなるまい。
　他の仲間達はどうしているだろうか。
　そう頭のなかで考えたとき、マリオは妙な気がした。一匹狼で群れるのを嫌い、人と係わらずに生きてきた自分が、あの寄せ集めの四人を仲間と感じているのがひどくおかしかった。

　”俺も堕ちたもんだぜ。”

　彼は、メモをポケットに押し込み、路地の奥に行って修理した通信機を取り出し、ジョーに連絡を取ろうとした。その時、通りから、抜け目のなさそうな目をした小男がやってきて、彼を見てにたにたと笑った。隙間ができて黄ばんでいる歯が剥出しになった。

　「あ、あんたさ。レオと、レオのところに居た娘の話をしていただろ？な？な？お、おれはさ、あの娘の素性を知っているんだぜ。え？知りたくないかい？」

　マリオは、ポケットに手をつっこんだ。

　「や、安くしとくからさ。50でいいんだ。50で。」

　「よし。いいだろ。」

　マリオが紙幣を投げると、男は飛び付き、いとおしげに財布に入れると懐へとしまった。

　「さあ。教えろ。」

　「へっへっへっ・・・・あの娘はな。・・・・・驚くなよ。このリマン星最大の企業ルノー社の社長ジャックルノーの娘ジョセフィーヌ　ルノーだ。」

　マリオは男の首根っ子を掴んだ。

　「冗談もたいがいにしろ。そんな戯言誰が信じる？」

　「冗談なものか。・・他の奴も信用しようとはしなかったがな。だが、ほ、本当のことなんだぜ。嘘だと思うなら、あの娘に尋ねてみたらどうなんだい？え？」

　マリオは、男を地面に叩き付け紙幣を取り返すと、足早にそのブロックから抜け出した。
　先程は冗談だと思ったが、いわれてみるとそんな気がしてきた。何年も前に、ルノー家の令嬢が行方不明になったという記事がそこいらじゅうの新聞に載っていたじゃあないか。確か、その娘はジョーくらいの年令で栗色の髪をしていた。レオの話していた物語。そして、時折無意識にジョーが見せる、優雅な身のこなし。・・・・・マリオは、男の話が本当だと思い始めていた。

　”あいつがルノーの娘だと？よりによってあの？俺が一番潰したいと思っている相手じゃないか。・・・・・なんて事だ。俺は今までルノーの娘のお遊びに付き合ってやっていたって訳だ。”

　そんな折りも折り、ジョーから通信が入ったのだ。マリオは、やや間を置き、大声で怒鳴った。そして、通信機を切り、地面に叩き付けようとした、が、やめた。
　彼は不敵にも笑った。

　「コスモ・アーミーの通信機だ。何かの役に立つかもな。・・どうせまた、追われる身になったんだ。」

　彼の目は、狼のように爛々と輝いていた。


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