４　探索


　マリオは、シークレットチームに来る前、すなわち爆破屋として犯罪を重ねていた時分に馴染みだった酒場に入っていった。ダウンタウンの西の外れ、狭い路地のどん詰まり、地下に降りたところにある薄暗い店だ。
　彼がきしるドアを開け、足を踏み入れると、以前と同様、むっと澱んだ空気が襲いかかってきた。中の客が条件反射的に新参者に目を向けたが、マリオが彼らの同類らしいと判断するとまた自分たちの会話に戻った。
　バーテンダーの老人が目を丸くしてマリオに声を掛けた。

　「マリオじゃないか！お前さんは、政府に捕まっちまったってきいたんだが・・・・・いやあ、元気だったかい？」

　マリオは、客の顔触れに目を配りつつ、カウンターの奥に席を占めた。

　「見た通りだ。俺を見縊るなよ。爺さん。」

　「・・・・・もしかして、脱走したのかい？」

　「ああ。そんなとこだ。いつもの奴、頼むぜ。」

　マリオの前にはやたらと刺激の強い酒のグラスがストレートで置かれた。俗に”クラッキング・ダイナマイト”と呼ばれている代物だ。

　「脱走したにしては、何も騒ぎがなかったようだが？」

　クラッキング・ダイナマイトを一気にあおると、マリオは満足そうに手の甲で口を拭った。

　「政府の奴らは、犯罪人に逃げられたなんて言う自分たちの恥を世間に曝したくはねえってことだなんだろうな。」

　聞くともなしに会話を聞いていた他の客もわいのわいのいい始めマリオに向かって”武勇伝の一つもしろ！”とがなりたて始めたので、彼はその場で嘘八百を並べたて、脱獄の様子を詳細、雄弁にに語った。するともう拍手の渦である。一つや二つは脛に傷を持つお客たちは、政府が、出し抜かれ馬鹿にされるのを無上の楽しみとしているのだ。店の女たちはいかにも感じ入ったように相槌をうちながらマリオにすりよって来た。悪い気はしないが、彼としたことが、ジョーに釘を刺されたことがひっかり、のばしかけた手を止めた。彼は、めざす相手を見付けると、まわりの女たちをかきわけ、その男の隣にグラスを置き、とまり木に座った。

　「よお。ジャン。元気だったか。」

　ジャンは、血色の悪い、目の小さな青年だった。ダウンタウンに置いておくよりは、スーツを着せて銀行の窓口に座らせるほうがぴったりするタイプだ。実際、くたびれてはいるもののスーツを着ている。他の客たちからは浮いている。彼は、酒をたっぷりきかせたコーヒーを一口ずずずと啜ると力のない笑みを浮かべた。

　「よく生きていたね。脱獄なんて、すごいことをやったじゃないか。・・・・・僕の方はどうもよくないよ。・・・・・実は、足を洗って新しい仕事を始めたんだが・・・・・」

　マリオは疑わしげにジャンの顔を見た。

　「そんな変な顔するなよ。本当に足を洗ったんだ。武器密造はきっぱりやめて、家庭用のレーザー光線を使った防犯装置を販売しているんだ。」

　「どーせ、それも密造だろうが！」

　マリオに言われても、ジャンはまだ力のない笑みを浮かべていた。どうやら、それが彼の地顔らしい。

　「あの、シャルムが消えてからというもの、仲間うちにどうも活気がなくて困っているんだ。」

　マリオはジャンの肩をつかんでぐいと彼の頭を引き起こした。　

　「シャルムが消えただと!?」

　シャルムという男は、マリオの知るかぎりではレーザーガン密造人のなかでもっとも腕のいい者であった。直接の知り合いではない。爆破を芸術の一種と考えるマリオにしてみれば、レーザーを殺傷武器として商う死の商人であるシャルムは、吐き気を催したくなるような存在だが、今は一番会いたい奴だ。

　「言え！ジャン！シャルムはどこに行ったんだ!!」

　ジャンは、マリオに肩をつかまれながらもカップを口に運んだ。笑う顔は少々引きつっている。がくがくゆさぶられてコーヒーが少しこぼれた。

　「ぼ、僕にもわからないさ。仲間の主立ったのがずいぶん捜したが、皆目見当つかずだ。・・シャルムに何の用だ？」

　マリオはジャンを突放した。

　「ちょっとしたヤマでな。シャルムに話をきいてみたかったんだが・・・・・」

　ジャンは、息をつき、こぼれずに残ったコーヒーの水面を覗き込むようにマリオから目をそらした。

　「見つかったところで、僕たちのようなひよっこの相手をしてくれるようなシャルムじゃないさ。・・レオくらいの大人物になりゃあともかく。」

　「よーし。それじゃあ、その、レオって奴にきいてみるか。」

　ジャンは急に笑いを顔から消すと血色の悪い顔をさらに青くした。

　「それはよしなよ！」

　マリオはキョトンとした。

　「なぜだ。レオって野郎、そんなに危険な奴なのか？」

　ジャンは、細い指を、神経質そうにマリオの目の前でくるくると振った。

　「君はさ、一人で仕事をやってばかりいたから、こういうことには疎いんだな。レオって人は、たいした人だっていうぜ。度量が広く、ダウンタウンの貧民や僕を含めた小悪党は、絶大な信頼を寄せてる。しかし、レオはあんたみたいな傷害犯やシャルムのような武器商人には容赦しないという噂だぜ。・・怪我したくなかったらやめておけよ。」

　マリオは笑った。何十という数のやばいヤマを踏んできているので、ちょっとやそっとでは恐怖を感じないようになっているのだ。

　「あーわかったわかった。やめとく。おまえもせいぜい商売頑張るんだな。」

　しばらくして店を出、マリオは別の心当たりへと向かった。

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　輸送車のなかでジョーとカイユンは肩を寄せ合って隅の方に座っていた。　
　今回農産コロニーに送られるのは36名。男女同数で二十代の若者が多かった。みな黙りこくって、どこか諦めたような表情をしていた。そして、もちろん”Ｄ”であることも共通していた。
　ジョーはカイユンの耳元で囁いた。

　「体は大丈夫？」

　「ええ！僕らの種族、回復力がすごいですから！」

　ジョーはくすっと笑った。この子はいつでも明るい。

　「時間的にみて到着まであと少しよ。・・・・・うまくやんのよ。コロニー駐在の役人には素性を知らせてないんだから。」

　カイユンはこっくりした。

　「はい。頑張ります。キャプテン！」

　ジョーは手で顔をおおった。

　「姉弟てことになってんだ。”姉さん”って呼びな。」

　カイユンは、舌を出した。

　程なく車は止まり、後部から人々はおろされた。輸送車はすぐ去った。彼らの後には荒野、前方には金網越しに見渡すかぎりの緑あふれる農地が広がっていた。
　そして、何百人もの人々が笑顔で立っていた。リーダー格と思しき男が一歩前に出た。

　「ようこそ。我々のコロニーに！」　

　36名は驚いた。
　それは、追放されて辺境で暮らしているものにしては、あまりにも力に満ち溢れた声だったからである。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　三日後、ジョーはベッドに寝転んで物思いに耽っていた。そこへ、カイユンが仕事から帰ってきた。姉弟ということで、小さいながら一部屋を割り当ててもらえたのだ。
　カイユンは、かけていた大きなサロンエプロンを脱いだ。カイユンは台所に配属されたのだ。初めはジョーが台所、カイユンが農機整備に充てられたのだが、当然のなりゆきで仕事を交換したのである。

　ジョーは、ベッドから跳ね起きて薄茶色のロングスカートのまくれ上がりをなおした。スカートが死ぬほど嫌いなジョーであったが、怪しまれぬためには支給されたものを着ていたほうがよい。

　「お帰り。カイユン。何か収穫は？」

　カイユンはかぶりを振った。

　「なにもありません。わかったのは、ここの人たちはみんな働き者でいい人だって事くらいですよ。」

　「こっちもよ。ああ、いい人かどうかはともかく何もなかったってことよ。・・・・・ここにある機械じゃ、レーザーガンどころか、発見されたハリボテだって作れないわ。・・・・反乱なんて考えるような骨のある奴もあったかぎりじゃ居ない。・・・まだ三日だしね。」

　ジョーは、この三日間のことを思い返した。一日目の歓迎パーティーのこと。女たちがよってたかってジョーの服を選んでくれたこと。毎晩開かれるという音楽会のこと。

　”強制的にここに連れてこられたのに、みな幸せな顔をしている。・・・・何かおかしいよ。”

　しかし、どこがおかしいのかはっきりわからず、すぐに考えるのをやめてしまった。
　その時、ノックの音がして、低いがきもちのよい女の声がした。　
　ジョーはカリカリと頭を掻いた。

　「刺繍の会に来いだとさ。ゴシップの中から何かつかめるかもしれないからちょっと顔出してくるよ。カイユン。疲れているだろうけど、今日調べた場所と人間をチェックしておきな。・・・・・しっかし・・・刺繍とはね・・・・」

　最後は独り言だった。

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　そこには20人ほどの女が集まっていた。大きな布を囲うように座り、手に手に針を持っている。ジョーは端の方に位置を占めた。

　「ようこそジョーンさん。・・ほんとうによかったわ。女の子が増えて。ええ、ここは女より男の方が少し多いん
ですよ。私達のブロックは特にそうなの。」

　ジョーは、自分の偽名を言われてはっとしたが、刺繍枠と格闘していて会話に参加するどころではなかった。　隣の女性が手伝ってくれた。

　「そうですわ。お嫁さんが欲しい青年がたくさんいますよ。子供を生んで育てていく年令の女性は貴重なの。ジョーンさんのような美人なら、引く手あまたよ。」

　ジョーは、薄紙の図案を仇でも見付けたように見つめた。
　隣の女性が、”花びらはサテン、真ん中はフレンチナッツですよ。”と教えてくれた。

　「だから、あなた、早くいい人を見付けて・・・・」

　ジョーは、フレンチナッツがいかなるものかすっかり忘れていたので針をにらみつけていた。
　隣の女性が見本を示してくれた。

　「そうよ。コロニーが繁栄するには、新しい世代が育っていかなくてはね。」

　ジョーは、からまってしまった糸をどうにかしようと必死になっていた。ちょっと力を入れたところ、糸を千切ってしまった。
　隣の女性は苦笑しながら新しい糸を渡してくれた。ジョーが見たところ、自分と同じ年ごろの、まだ可愛らしさの残る女性であった。
　しばらくすると、とめどもないおしゃべりが始まった。どこそこの亭主は怠け者で、奥さんが可哀相である、とか、家畜の育ち具合、とか・・・・・他愛のないことどものなかで、一つだけ、ジョーの中をひくことがあった。明日、”出稼ぎ”に行っている男たちが帰ってくるというのだ。

　「出稼ぎ・・・・って、ここ、外との出入りはできないのじゃありませんか？」
　ジョーが尋ねると、向かいの女が笑った。

　「ここから随分といったとこに鉱産コロニーがあってね。採掘計画が遅れると、係官が政府には内緒でうちの男たちを連れていくの。それが出稼ぎ。ここにはない、ちょっとした機械類が貰えるもんで、楽しみなのよ。ここのコロニーの役人も、金をつかまされているのか目をつぶっているわ。」

　他の女たちの話によると機械類というのは、小さなエンジン、洗濯機、訳のわからぬ部品などだという。

　・・ここでブツを作れない以上、それのなかにまぎれこんできたのかも・・・
　ジョーは、深夜になるのを待ち、倉庫に積まれているという機械類を見てみることにした。超小型パラライザーをスカートのベルトに挟み、眠い目をこすっているカイユンにも一挺放り投げた。そして、適当な場所に仕掛けておいた盗聴器からの音声をきいた。何の不審な音もしない。二人はうなずき合い、部屋を出ようとした。

　と、小さな足音が部屋に近付いてきた。足音は部屋の前で止まり、動かなかった。ジョーは、素早く戸の横の壁に張りつき注意深くキイを開けた。
　やや合って、戸惑いながら入ってきたのは、先ほど隣で刺繍をしていた女性であった。ジョーは即座に銃をベッドのマットレスの下に滑りこませ、明かりをつけた。女性はジョーを見てすまなさそうに言った。

　「こんなに夜遅く御免なさい。ジョーンさん。」

　女性は、手を後に回してもじもじしているカイユンを不審げにみた。

　”あちゃ〜”

　カイユンは渡された銃の処置に困り切っていた。

　「ア、弟のカイは、恥ずかしがり屋で・・・・カレンさんっていいましたっけ？どうぞ椅子に掛けて。」

　ジョーは、カイユンの後に回り、彼のもてあましていた銃を取り、カイユンの背中とシャツの間に滑りこませた。

　「えーと。で、カレンさん。なんの御用かしら。」

　　カレンは椅子には掛けようとせず、ジョーに歩み寄った。

　「あの・・・・・私に、リマンシティのことを教えてくださらないでしょうか。」

　ジョーは眉を動かした。

　「市のことを？カレンさん。市から来たのではないんですか？」

　カレンは俯いた。

　「私はコロニー生まれです。この狭い世界しか知りません。・・これまで、市から人が来るたびに市の様子を尋ねました。でも、みなさん”知らない方がいい”っておっしゃって、何も教えてくれなかった。・・・私、恐いんです。何も知らずに、ここで終っちゃうのが・・・・父や母は、”私達は、市から追われた人間だ。市ではつらいことばかりだったし、今となっては何の関係もない。”といいます。ですが、いくらつらく苦しいことでも、真実を知らなくてはいけないと思うんです。・・ジョーンさん。お願い。教えてください。」

　ジョーは内心驚いていた。市のことを忘れようとしている”羊”たちの中にあってこのコロニー生まれの娘はあえて市のことを知りたいという。彼女はカレンを観察し、その左手の薬指に不細工な作りだが金色の指輪がはまっているのに気づいた。

　「旦那さまもコロニー生まれなの？」

　カレンは耳まで赤くなった。

　「ま、まだ婚約中です・・・彼は市から来ましたが、やはり何も話してはくれません。」

　「ははん。事情はわかったわ。・・カレンさん。あんた、自分のことを他の人より偉いと思っていない？あたしは誰が何といおうと事実を見つめる・・・とか思ってさ。でも、あたしから見りゃあ、あなたは、この平和な環境でぬくぬくと暮らしてる甘ちゃんよ。市の実態を受け止められるとはあたしには思えないわね。お嬢さん、面倒には首をつっこまないことよ。あたしにはあなたの旦那の考えていることの方がよくわかる。」

　カレンは目を大きく見開き、

　「そんな」

　と一言だけ言った。それでもジョーが黙っていたので涙をいっぱいに貯めると走っていってしまった。静寂の中を、カレンの足音が遠くなっていく。
　カイユンは、ジョーに”あんまりですよ”というと、カレンのあとを追った。

　「若いよ・・・・・」
　（惜しい！もう少しつっこんできたなら話してやらないでもなかったのにね・・・・）

　ジョーは呟くとベッドに寝た。カイユンのパタパタいう足音の他に、耳を澄ますと虫の音が聞こえる。それに混じって、遠く、本当に遠くから、旧式の車のエンジン音が響いてきた。ジョーは、起き上がると、今度はスカートのポケットにパラライザーを入れた。

　「出稼ぎが早めに御帰還か。迎えに行ってやるかな。」

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　大型トラックが三台、夜の闇の中、荒野を爆走してきた。二つ目のヘッドライトがコロニーを照らしだし、誇らしげにクラクションを鳴らした。コロニーの人々も大挙しておきだしてきた。半分寝ているような小さな子供も居る。三台のトラックは、人と荷をおろした。
　降りてきた男たちは、油と泥で汚れており、疲れてもいたが、大きな声を上げた。

　「お出迎えご苦労様。今日は、調理機を貰ってきたぞ！」

　人々の歓声が夜の闇をつっきて広がった。
　カイユンに付き添われるうようにしてカレンもやってきて、男の一人に飛び付いた。あれが婚約者なのだろう。黒い穏やかな瞳。柔らかな茶色の髪。・・・カイユンはほっとしたようにその光景を見ていたが、ジョーがカイユンを物置の蔭に引きずりこんだ。

　「カイユン。何かわかった？」

　「は？僕、カレンさんを慰めていただけで・・・」

　ジョーはピチャッとカイユンを叩いた。

　「あんた、ここに何しにきたの？慰めてもいいけど、同時にネタも仕入れておいで。」

　「いてっ。・・・・だって、カレンさん泣かせたのキャプテンですよ。女の人泣かせちゃいけないって、お祖母ちゃんが言ってました。・・・婚約者の人が帰ってきたからカレンさんは大丈夫でしょうけれど。」

　ジョーは目を懲らし、もう一度若者の顔を見た。
　そしてぴくっと体を震わせた。が、すぐまたいつもの冷静さを取り戻し、運ばれていく荷に紛れ、機械倉庫に入っていった。
　最後のコンテナが入ると戸は閉められた。カイユンはポータブルの非常燈をつけた。中にはごろごろと部品類が積まれている。カイユンはちらっと一瞥しただけでうんざりしてしまったが、ジョーは逆に目をらんらんと輝かせていた。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　さて、その頃、ロマノフはどうしていたであろうか。　彼は順調に作業を進め、すでに機械局のＢ級士官の調査を終えていた。収穫はなかった。
　面と向かっての調査では彼の昔の同僚はよい顔をしなかった。昔世話をしてやった若い諜報員までもが事務的な受け答えしかしない。であるから、調査は蔭の行動が主なものとなった。
　それでもロマノフは、永年の勘から、それらの者がシロだと確信を持っていた。
　今は、彼は技術者たちを洗っていた。技術者という人種は、ツボさえ掴めば扱いやすい。特にコチコチの研究者の場合、言葉の端から意外に重要な情報が得られることがある。

　三年ほど前特許関係で手助けしてやったことのある男の研究室を彼は訪問していた。

　”三年前は、あいつも一緒だった。”

　瞼を閉じると、パートナーを組んでいた同僚と仕事を続けていた当時のことがありありとよみがえってくる。　週末の研究室は静かだった。学者はロマノフに茶をすすめ、応接用のソファーに掛けさせた。ロマノフは、雰囲気を和らげるよう、また、自分より相手の方がよく話すように気を配った。情報とは、絞り取らず、差し出させたほうが有効なことがある。

　「そうですか。たいへんでしたな、あなたも。三年前にお会いしたときは、Ａ級昇格も夢ではないと噂されていたのに。Ｄ級降格と聞いたときは、耳を疑いました。・・猶予になったわけですか？」

　ロマノフは、ぽつりぽつりといった。

　「再審で、Ｃ級に留まれました。・・・しかし、信頼は取りもどせません・・今は、民間人を相手に、調査業をしています。」

　相手は、”気の毒に”というように顔をしかめた。

　「あなたは、パートナー運が悪かったんですな。悪い奴と組んだものだ。奴のためにすべてを失ってしまった。・・・・兵器の設計図を部外者に売り渡した・・・・・ディードとか言いましたな、あの男。あの男は、収容所で、他の囚人と争って死んだそうですよ。なあ。君。君が知らせてくれたと記憶しているが？」

　クラッカーを運んできた、人のよさそうな助手が首を縦に振った。
　ロマノフはその事実を噛みしめた。

　あいつが死んだ。

　たとえ、自分の転落の原因となった男でも、彼はディードを恨んではいない。彼の心のなかでは、ディードはいつまでも親友だった。

　「ところで博士。博士の方はどうですか。」

　学者は笑った。

　「いつも私の研究室は、研究費不足でやり繰りに四苦八苦しているよ。最先端兵器を扱っているところは別として、どの研究室も、現在の三倍は欲しいところだろうね。」


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