３　刺客


　ジョーは、落着き払っていた。この部屋は普通の部屋のように見えて、その実、かなりの防御網が敷いてある。だが、気づけたからには待っているよりこちらから仕掛けたほうがよい。彼女は、リモートコントロールボックスを左手で持ちドアを開けた。右ポケットに入れたレーザーガンのトリガーにかけた指の先に力が入る。
　すると、ドアの開放と同時に不精髭を生やした胡麻塩頭の痩せた中年男が転がりこんできた。入り口にセットしてあったパラライズ光線が男を即座にマヒさせる。

　「サム　!?」

　ジョーは慌てて駆け寄ると、靴箱脇の金具を倒し、パラライズ光線をオフにした。

　「サム！ちょっと！一体どうしたってえのよ！」

　その後から、レーザーガンを構えた若い男が踏み込んできた。男は、サムに狙いをつけつつジョーに話し掛けた。

　「あんた、こいつの女か？パラライズ光線つき警戒装置とは恐れ入ったな。・・・こっちの言うことをきけば危害は加えん。その男、渡してもらおうか。」

　ジョーは、相手の様子をうかがっていた。銃の持ちかたからして素人ではない。素人ではないということは、下手をすれば撃たれるということだ。目で男との距離を測りながら口を開く。

　「あ、あなたどなた？あたし、あたしは関係ないわ！�｢�｢�｢このおじさんは近所の人、ただそれだけよ。あたし、なんにも知らないわ！」

　男はにやりと笑い、心なしか銃を下げたようだった。これといって特徴のない顔がつれたようになった。

　「お前さんじゃなく、男に用があるんだ。さあ、コントローラーを握っているところを見ると、他にも警戒装置があるんだろう？オフにして、その男を俺のところまで引きずってこい。」

　ジョーは、さも怯えているかのように震えながらスイッチをオフにし、サムの腕を持って、男の方に引きずっていった。男は銃をおろした。
　まだ、もう少し・・・・・あと一歩・・・・・
　ジョーは、男が自分の攻撃圏内に入るのを待ち、だっと床を蹴ってとんだ。次の瞬間、男の顔面に見事な足蹴りがきまった。男がそのまま倒れると、すぐパラライズさせ、慣れた手つきで手枷をはめた。

　「女と思って見縊るからよ。�｢�｢�｢カイユン、覚えておきな。戦闘開始直後にダメージを与えるには、顔面に蹴り入れるのが一番よ。」

　カイユンはこくこくと首を上下に振った。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　サムは目を開けた。

　「助けてくれ～っ」

　　そして、手近にいたカイユンに抱きついた。が、きょとんとしているカイユンの顔、さらに首をまわしたところにあるジョーの顔が目に入ると、咳払いをして床の上で座ったまま姿勢を正した。

　「なんだぁ？ジョー。お前はまともなお嬢ちゃんだと思っとったがこういう可愛い坊やを連込む趣味があったんか？」

　パジャマの上にガウンを引っ掛けてその上から更にサロンエプロンをかけた格好のカイユンは、床にちょこんと正座して困ったようにジョーを見た。

　「ふざけんじゃないわ！・・・・・サム。あんたあたしに助け求めにきたんだろっ！わけ、きかせて貰おうじゃないの。」

　サムは、服についた埃を払い、淋しくなってきつつある髪を撫で付けて芝居がかった調子で話しはじめた。

　「なげぇ話になるからかいつまんで話すぜ。いやあ、これがなぁ、このサムおじさんにもさっぱり見当がつかねえんだよ。」

　サムは、人差し指技術者・・・つまりスリを生業とする男である。発端は、宇宙港につながるリニアバスラインのステーションで、一人の男の財布を失敬したことであったという。

　「・・・近ごろのブツはしけてるんだが、そいつはむっくり太った素敵な獲物で珍しいことにカード以外にもキャッシュがわんさか入っていた。初めは、うまくやったと思っていたんだが、いつのまにかそっちに倒れているあんちゃんとおっかけっこよ。変なんだよな。そのあんちゃんは財布の持ち主じゃないんだぜえ。お、坊や、気が利くなぁ。」

　サムは、カイユンが運んできたココアを一口すすった。

　「・・・・�｢�｢�｢それでなあ。逃げたんだ。逃げたけど、・・・サムおじさんは、逃げ足にはちったあ自信があったんだが、そのあんちゃんはど～もプロだったらしくまいたと思えばまた現われる。あわてたねえ！なんたって、相手は銃を持ってんだ。さっきも、この近くでばったり会っちまってよ。�｢�｢�｢ほら、そこでサムおじさんは、おジョーちゃんのことを思い出したわけさ。あの子はしっかりしていて頼れる子だ。頭もいいし、気立てもいい。なんたって優しくて美人だ。きっとサムおじさんを助けてくれるだろう。」

　ジョーは天を仰いだ。

　「・・・・・事情はわかった。・・・・ところで、その財布、キャッシュの他に何が入ってたの？キャッシュ惜しさだけで、こんなに手がこんだことする輩居ないわよ。」

　「ああ。それが、キャッシュの他には変なカードが入ってるきりで。ほらよ。これだ。」

　サムが放ってよこしたプレートは、銀色に輝いており、何の模様もなかった。

　「何か、内部処理があるのかしら・・・・・」

　その時、正体不明の男が意識を回復した。

　「おや。お目覚め？」

　男は辺りを見回し目を白黒させた。カイユンが控えめにすすめるココアは目に入らない。

　「さあ。あなたは何者？軍人？裏道の人？なぜサムをつけていたの？所持品に身元を示すものがなかったとこからして、普通の人間じゃないわね！」

　ジョーは、レーザーガンの銃口を頭に突き付けた。男は可哀相なくらい取り乱した。

　「ま！待て！俺はハザード＆ウェリー探偵社の者だ。依頼されただけだ！」
　ジョーは銃を下ろさない。

　「ははん。一応ちゃんとした会社の人か。・・・にしては、やることが過激すぎるんしゃない？」

　男はもごもごとした小声になった。

　「依頼主が、成功報酬として四百万信用単位出すといってきたんだ・・・・・詳しい裏の事情は知らん。」

　サムとジョーは顔を見合わせた。

　「依頼主の名は？」

　「わからんよ。うちの社は火の車でね。匿名の電話だったが飛び付いたんだ。」

　ジョーは銃をホルスターに収めた。

　「どっちにしろ、サムのことは諦めてもらうわ。サムはただの善良なスリなんだから。�｢�｢�｢いいえ、すべてを忘れて貰うわよ。」

　ジャンプスーツのポケットから、カプセルを摘み出し、無理に男の口に押し込む。

　「大丈夫よ。死にゃあしない。ＬＡＭ。ただ、一週間かそこらの記憶が空白になるだけの薬よ。」

　探偵は青ざめた。悪名高いＬＡＭ。記憶も飛ぶし、強烈な幻覚と苦痛も伴う薬・・・・・

　「さてと、ここは危ないかもしれないわね。他の手合いが襲ってこないとも限らない。�｢�｢�｢サムは目立たないところでおとなしくしていなよ。この部屋出ていくときに、探偵さんを公園の隅にでも捨てていって。あたしに迷惑かけたんだからそのくらいは働いてよね。・・・・・カイユン。まだふらつくだろうけど、あたしたちはアケルナルに移るわよ。」

　カイユンは、薬の効き目が出てきてのたうち回っている探偵を恐ろしそうに見ていたが、小さくため息をつくと、先ほどかけたばかりの薄桃色のカーテンを外してきちんと畳んだ。

　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ジョーは、アケルナルで四人を前にしていた。手には銀色のカードを持っている。

　「これが例のものよ。三日前にコスモ・アーミーに分析に出したけど、突き返されたわ。内部に複雑な構造があったことは確かだが、高温で融解してしまっているそうだ。高温は、カードの中にあった機械から出されている。何者かが、盗まれたことを知って自分たちの方でカードを破壊し、念のために取り返そうとした・・・・・ってとこかな。・・・・・すったもんだがあったから、これ自体を取り返しにくることはもうないと思う。で、ロマノフ。どうだった？」
　ロマノフは肩をすくめた。

　「探偵社の方は収穫なし。裏でつながっている気配すらない。」

　マリオは、ジョーからカードをひったくると二つの頂点を持ってクルクルと回し始めた。

　「で？命令の方は？今日またあのふやけた中尉から何か言われたんだろう？」

　「今言うところよ！やたらと大事。この間のレーザーガン設計図紛失の件が拡大した。設計図ではなく完成品の方が事もあろうに市外のコロニーで発見されたそうよ。ただし、完成品とは言っても外側だけのハリボテ。セフト部長の指令をギダー中尉が伝えるところによると、あたしたちの任務は二つ。誰が何のためにハリボテを作ったのか調査することと、そいつを捕らえること。」

　「ハリボテとは・・・ただの悪戯じゃねえのか？」

　マリオは、カードを回すのをやめ、ジョーに返した。

　「ああ。悪戯ならいいんだけどね。あのレーザー、ちょっと手を加えれば、従来の銃の　50倍の威力を持つ化物らしいんだわ。」　

　「50倍!?」

　レーザーにある程度詳しいマリオとロマノフは同時に声を上げた。ソーンダイクは無表情のままだったし、カイユンは事の重大さがわからず、戸惑ってポリポリと頭を掻いた。
　従来のレーザーでも、最新モデルではかなりの破壊力を持つ。その50倍とは・・・・・しかも、ハンドレーザーで・・・・・
　”市外コロニアン（追放されてコロニーに住んでいるもの）の反逆”
　そんな言葉がロマノフの頭をよぎった。

　「何でそんな危ない重要なヤマを俺たちに任せるんだ！」

　マリオの問いに、ジョーは答えた。

　「中尉曰く。第一に、あたしたちはダウンタウンでの行動に慣れている。第二に、同じＤ”級だからコロニーに潜入するにもうってつけだ。・・・・・とは言うものの、あたしらが全面解決するなんてあてにしてないようよ。他に正規のシークレットが表舞台では動いてる。とにかく情報を集めたいんだろうね。・・・・・奴ら、あたしらが”Ｄ”がからんでいる事件には、個人的な感情から本腰入れざるをえないことをコスモ・アーミーは知ってるのよ。�｢�｢�｢さっそくだけど、マリオ、あんた何か情報源になりそうな奴知らない？」

　マリオはグダーっとソファーにもたれかかった。

　「俺は爆弾屋で、他の武器には疎いんだがな・・・・・レーザーなら二、三人だな。」

　ジョーは、マリオにメモを放った。

　「上出来よ。はい、あんたの守備範囲。」

　「へえ。ダウンタウンを臭ぎまわりゃあいいんだな。せいぜい楽しくやらせてもらうぜ。」
　その、マリオの額をジョーはどついた。
　「いい？これは任務よ。いたいけな娘を引っ掛けて遊んだりしたら承知しないからね。・・・・・その、なんだ。あんたは意外と女に好かれるようなタイプだから。」

　「ありがとう。誉めてくれて。」

　げらげら笑うマリオをジョーはもう一度どついた。カイユンは笑って見ていた。ソーンダイクはいつもながらの無表情。ロマノフは・・・・彼は、沈み込んでいた。　ジョーは、その態度に気づいていた。ロマノフは諜報部員でも機械局に近い位置にいた。今回、設計図が盗難されたのは機械局・・・・・当然昔の知人を容疑者として扱うことになる。それらの人々は、ロマノフが降格されたことを知っている。
　ロマノフは、軍の機密を外部に漏らした友人の逃亡を幇助した罪で”Ｂ”から”Ｄ”に降格された。軍の機構では、一度の不法行為は、たとえ人道的に同情されるべきものであっても一気に奈落に落とされる理由になる。　それらのことは、ロマノフにとってつらい思い出であろう。

　”�｢�｢�｢でも�｢�｢�｢”

　ジョーは思った。

　”十年以上も諜報部員をしてきた人が、あんなにも表情を変えるものなのかしら。”

　彼女は、ロマノフにもメモを渡し、軍内部を探るよう伝えた。

　「カイユンはあたしと一緒よ。ハリボテが見つかったコロニーへ行くわ。農業コロニーだってさ。平和そうよ・・・・表面的にはね。」

　人選はこれ以外にはなかった。残る三人のうちソーンダイクに農作業ができるはずないことは誰が見ても明らかだし、カイユンはその性格から格好の隠れ蓑になってくれるし、ジョーが苦手とする科学知識を担当してくれそうだった。。

　「ソーンダイクはここに残って連絡役。通信バンドはＡ�｢３。さあ、行動開始。」

　「おい！ジョー」

　マリオが叫んだ。
　「あまり無理すんなよ。あんたは自分が強いつもりでいるんだろうが、世のなかそんなに甘くはねえ。」

　「うっさい！心配なら、自分の心配をしろっ！」

　マリオは、ロマノフの肩を叩き、自室に準備をするため消えていった。ロマノフも続いた。

　「さぁて、カイユン。これから潜入する、農業コロニーの資料をコスモ・アーミーから預かってきたわ。ソーンダイク。このディスクをお願い。」

　ソーンダイクは、ディスクを再生装置にかけた。コロニーの全景がまず映った。

　「ジョセ・・・・キャプテン。先程表面上は平和っておっしゃいましたけど、この農産コロニーは危険なところなんでしょうか？」

　カイユンが、情けない声できく。

　「いいえ。農業コロニーには犯罪者は居ないわ。社会的な不適応を起こして”Ｄ”になった人ばかり。カイユンが本来送られることになっていた場所よ。�｢�｢�｢広さ５平方キロ、まわりは乾燥した荒野。他のコロニーとは隔絶されている。・・・・・そんな中でハリボテが見つかったってどういうことなんだろ。出入りがあるのは新しいコロニアンが入っていくときと農作物の輸送のときのみ。それも派遣されている役人のチェックがなされているはず。・・・・・」

　画面は建物内部の構造に変わった。単純な作りだ。どこにも怪しげな部分は特にない。建物のまわりに金網。この金網とその外に広がる荒野が、コロニアンが外に出ることを阻んでいるのだ。続いて、画面は変わり、耕地の作付け状況。

　「一応、住人の経歴を洗う必要はあるわね。」

　そうジョーが呟いたとき、ディスプレイはコロニー構成員リストを映していた。氏名、年令、性別、市内での職業、”Ｄ”級降格の理由、と、コロニーに送られた順に表示される。

　「へぇ�｢�｢�｢普通の人ばかりですね。」


　カイユンの言うとおりだった。芸術家、作家、学者・・・そう、カイユンのようなものばかりなのだ。彼らは、コロニーに住み、政府の計画したとおりに農作物を生産している。角のない、無力な羊・・・・・政府の役人からは、彼らはそう呼ばれていた。

　「これ、全部頭に入れておかなきゃならないんですか？」

　ジョーは笑った。

　「まさか。ただ、全体としての傾向を頭に入れ、注意人物や、利用できそうな人材をチェックしておけばいいのよ。コロニーには二千人以上も居るのよ。全員なんて覚えられっこないでしょう？」

　時折、ジョーはピックアップしているらしく、画面の氏名の横に星印がつけられていく。
　ケント、サミュエル、ジミー、ジェーン・・・
　名前が次々と上がってくる。
　メアリ、アラン、ケリー、ノーラ、ウォン、ハインリヒ・・・・・
　名簿は終った。

　「キャプテン。やっと終りましたね。」

　返事はなかった。カイユンも、ソーンダイクまでもがジョーの様子を見た。
　カイユンは驚いた。ジョーはぼうっとしていて、目の焦点が全く合っていなかったのだ。彼女は、いつもきびきびしていて、すこしも隙など見せないのに。こんなことは初めてだ。

　「キャプテン!!しっかりしてください！」

　ジョーには、カイユンの声が聞こえていなかった。

　”死んだはずなのに・・・同じ名前の違う人？・・・・・でも、年も、市内での仕事も同じ・・・・・でも・・・・アランが・・・・・生きてるなんて・・・・”

　海辺の別荘。大きな麦藁帽子。砂浜を走るアラン。薄桃色の貝殻。
　ジョーの小さな手のひらの上に、王女に宝物でも捧げるようにうやうやしくその貝は置かれたのだったっけ。　そうよ。あの貝、しっかりアケルナルにも持ってきたわ。

　「アランは死んだ・・・はずなのに・・・」

　しばらくして、ソーンダイクは、事務的な口調で、だが、そんなに機械的でもなく言った。

　「キャプテン。アラン　ノートンは　28才。市内では大学で文学を専攻していた学生です。７年前に”Ｄ”となり、コロニーに送られてきたことになっています。今回の事件には関係がないように思われますが。もっと細かいデータを請求しますか？」

　ジョーは我に返った。

　「ごめん。同姓同名の知り合いがいたんだ・・・�｢�｢もっとも、その人はあたしの目の前で死んじまってるんだけどね。�｢�｢�｢生きているはずないんだ。・・・・ソーンダイク。もう一度全景を見せて・・・」

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