第四章　延長業務

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１２


　　ＡＭ　８：２０

　ふと、これまでとは違う感触の揺れを感じ、ミッキーは目を覚ました。ちらっと腕時計を見ると、指針が八時と二十分を少し過ぎていくところだ。
おお、と呟き、身を起こす。予想外のアクシデントにも関わらず、リニアシャトルのダイヤは正確だった。
　到着予定時刻きっかりにチャイナエリアのある大陸に滑り込んだらしく、たぶん今のが最後の振動に違いなかった。と、空圧式のスライドドアがプシュッと開き、いかにも乗りなれた様子の客たちが素早く降車していく。

　「さて４人がた、どうやら到着したらしいでござるよ」

　ミッキーは泥のように正体をなくして眠りこける四匹に、やや大きめに声をかけた。が、もちろんそんなことで我らがＴＦＤの面々が目を覚ますはずもない。
高いびきをかくものあり、例によってわけの分からない寝言をはくものあり・・・
やれやれとため息をつき、懐から取り出したのはなんとも懐かしいフォルムの赤い目覚まし時計。上部に付いた鐘をハンマーで叩くタイプのものだ。
アラームをオンにし、かちかちとタイマーを合わせてゆく。

かちっ。

　ジリリリリリリリリリリリリリリィン！！！

　「うおっ！？か、火事か！？なんだなんだなんなんだ！！？」

　「ひ、避難訓練だワン！！はい、押さない、走らない、喋らない！！“おはし”よ！おはし！！分かった？」

　「なにがどうで、なんなんだワヒ！！」

　「・・・・・・・・・・・・（寝ぼけ眼でぐるぐると周囲を見回している）」

　「なんだなんだ」が飛び交い、車内はあっという間に阿波踊り会場と化した。つまり、あのおなじみのリズムで。諸手を挙げて乱舞するバカたち。
あきれるミッキーの前で、４匹入り乱れての阿波踊り大会が開始・・・・しなかった。再びミッキーの拳が輝いた瞬間、もはや人っ子ひとりいなくなったと思われた車内に男の声が響いたからだ。

　「おはようございます。もしやあなたがたが、ＴＦＤの皆様方でいらっしゃいますのでしょうか？」

　唐突な展開に思考が追いつかず、ぽかんと口を開けたまま（そしてミッキー以外の四匹は両手を上に挙げたまま）声のした方を振り返った。

　地味な中年男だった。これといって特徴のない顔に、唯一存在感をアピールする白髪混じりの口ひげ。マシンオイルで黒く汚れた、元はグレーだったらしいツナギの作業服を着て、年齢不相応に、にこにこと笑っている。なんというか、やたら無邪気だ。

　「あんた、だれ？」

　いち早く立ち直ったゴン太が男を指差して聞いた。ひどく失礼な態度も気にせず、ツナギの男は深々と腰を折って、

　「これは失礼致しました。声をかけておきながら名乗りもしませんで・・・私、今朝方早くお電話差し上げましたレイルと申します」

　・・・・・・・・・・・・・・・・・・

　「へ？」

　「レイル＝セメロフスキー。どうぞレイルとお呼びください」

　「な、なんか違うような・・・？ワン」

　男――レイルはまたにっこりと笑って、

　「ああ、あなたがゴン太様でいらっしゃいますね？電話をお取りになられた・・・」

　わけがわからない。この男の言っていることが正しいとすれば、自分の目の前にいるのは鉄道開発局、アジア地区、総局長、つまり政府上層も上層、アジアでは彼の上に立つ者など数えるほどしかいない、ということになるのだが・・・いや、たぶん本当のことなのだろうが、目の前の総局長は腰があまりにも低かった。

　「はい、あ、はい、ゴン太だワン。・・・あんた、ほんとに今朝電話してきたひと？」

　「左様でございます。ああ、そう、その節は誠に失礼いたしました。最近では盗聴などが物騒で物騒で・・・世間ではどうも私の態度に問題があるようでありまして、
口調を変えざるを得なかったのです」

　つまり、こっちが素なわけかい・・・ふとゴン太が振り返ると、以下四名の隊員どもは、眼前で展開される寸劇に目が点になってしまっている。まあ、気持ちはよく分かる。

　「いや、まあ、そりゃいいんだけど・・・そんなオエライサンがなんだってこんなところに？」

　「いえいえお偉いなどと、私のような者が・・・実はですね、皆様方がこちらにいらっしゃるまでに、どのようなことをお話しなされているのか興味がありましたもので」

　「ほお？つまりテストってわけかい？レイル、サン？」

　いつの間にかフランクがすぐそばまで来ており、剣呑な目でレイルを見ている。
テストやら試練やら、自分を計られることが極度に嫌いな彼のこと、相当頭にきているらしい。

　「とんでもない。ご気分を害されたのでしたらお詫び申し上げます。私、皆様方とお友達になれるかどうか、気が合うかどうかを見させて頂いておりましたのです」

　「ほほう？それで、拙者たちと友達にはなれそうでござるか？」

　とミッキー。変わり者の政府高官は、この上もないほど破顔した。

　「ええ。実に魅力的な方々で。ぜひお仲間に加えさせて頂きたいと考えております。いかがでしょうか？」

　「そう？そんならいいや。よろしくね！！」

　といって握手するゴン太。この隊長、初対面の相手を敵に回すことはほとんどない。第一印象がすこぶるいいのだ。もっとも、しばらく一緒にいるうちに、バカな本性が見えてくるのだけれど。

　「ま、隊長サンがそういうんなら、俺はかっまわねえがな・・・フランクだ。よろしくな」

　「拙者は三木・・・いや、ミッキーでござる。以後、お見知りおきを、レイル殿」

　「おれ、ロッキー。変わってるなあ、おっさん。でも、仲良くなれそうだよ」

　「・・・・・・ウォレット・・・・よろしく」（ぼそぼそと）

　それぞれ、握手をした。しかし、見れば見るほど妙な光景だ。政府ＶＩＰと民間の雇われハンター、それもワードッグがにこにこ握手をしているのだから。
　見る人が見れば、目を剥くような眺めだ。

　「ありがとうございます。さて、そろそろ時間が迫ってきております。現地まではもうしばらく距離がございますゆえ、迷惑でなければ私の車でご一緒に参りませんか？」

　願ってもない申し出をありがたく頂戴し、五人は彼に同行することにした。

　シャトルの外に一歩出た途端、マットブラックのトレンチコートを着こなした、真面目そうだが目つきの鋭い男が音もなく近寄って来た。
　五人ははっと警戒したが、レイルは特に気にした様子もなく、

　「ああ、クロシスさん。車は付けて頂けましたか？」

　クロシスと呼ばれたトレンチコートの男は頷いて、

　「はい・・・そちらが例の？」

　と、あまり抑揚のない声で言った。

　「ええ、今回の任務を引き受けて下さった、ＴＦＤの方々です。紹介しましょうか？」

　「いえ、結構です。それより、例の二等乗務員の・・・」

　と、ゴン太らをそっちのけでなにやら面倒な話しを始めた。どうやらレイルの部下らしいが、こちらは上司と違って典型的な政府型人間のようだ。
　もっともこれが普通で、あのレイルとかいう男の方が異常ではあるのだが。

　「やれやれ、俺らは蚊帳の外ってか。ちょっくら終わりそうにねえし、売店行ってくるわ。ライターオイルが切れちまった・・・誰か来るか？」

　「あ、おれも行くワヒ。小腹すいたな〜っと」

　「じゃ、オレも。こういう駅の売店って結構面白いものあるんだワン」

　と、じっとしていられないタチの３人が早くもこの場から消えた。無口な二人が残ったわけだが・・・ミッキーは肩をすくめて、

　「ふう・・・なんだか分からんでござるな。拙者らの他に誰か雇われているのかどうか・・・それすらはっきりせんが・・・ウォレット殿はこの状況をどう見ておられるのか？」

　ここに来てようやく元気を取り戻しつつあるウォレットは首を振って、

　「・・・・・通常は・・・・・軍が警備に・・・・・・でもあのメールでは・・・・・・」

　「あのメール・・・？ああ、クラウン殿の。彼によれば、この区域の軍に目立った動きはないということでござるが。動かしていない？いや、動かせない・・・？」

　確かに通常、この手の（つまり政府がらみの）依頼は主に軍の警戒活動や大規模な攻撃作戦のサポート役、つまりサイドミッションが一般的で、ハンターが単独、あるいは軍抜きで何かをすることはほとんどないし、あったとしても高額報酬に釣られたバカなハンターが捨て駒にされるのがオチだ。何かイヤな予感がする。

　と、そうこうしているうちに売店へ繰り出した３人が戻ってきた。フランクは包装もせず剥き出しのオイルボトルを小手先でくるくる回して、

　「けっ、このオイルで正真正銘一文無しだ。こいつが最期の買い物にならねえことを祈るかな・・・」

　「おれも。最後の晩餐がハムサンドイッチなんて味気なさ過ぎ・・・って何やってるんだワヒ隊長！！」

　今まさにサンドイッチを食べようと、大口を開けたロッキーの横合いから「ひょい」とかぶりついたのは・・・いうまでもない。

　「たかがサンドイッチくらい、気にしない気にしな〜い。うひょひょひょひょ」

　・・・・彼に緊張感を求めるというのは、アメーバあたりに言葉を話させるということくらいのＳ級難易度を誇っている。

と、多少会話が途切れたところへ、

　「ああ、お待たせしましたね。それでは、こちらへ・・・クロシスさん、案内してください」

　と、話しがひと段落ついたらしいレイルが手招きをする。まだサンドイッチ（ロッキーの！）をもぐもぐやっていたゴン太は手を振って、

　「よっし、出発だワ〜ン！！」

　まるでピクニックにでも出かけるような口調だが、今に始まったことじゃない。「はいよ〜」と返事をして後に続く。
　料金の支払いを済ませ、行きと同じくエレベータに乗り、構内を出る。ふと空を見上げると、先ほどまでの日差しが嘘のような（ジャパンからアジア大陸へ抜けたんだから、天気も変わって当然だが）曇り空。雨でも降りそうな雲行きだった。

　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　１３


　ＡＭ　８：３０

　ツナギとトレンチコートのおっさん二人に迷彩ポンチョのワードッグ５人という、世にも奇妙な一団は、クロシスの案内で駅構内から程近い大型駐車場に到着した。
　ゴン太はなんとはなしに黒塗りの大型セダンを想像していたのだが、見事に期待を裏切って登場したのは、陸軍あたりがガタゴト乗り回していそうなダークグリーンの幌付きジープ。座席は二人分しかないので、どうやら雇われハンターは荷台に乗れということらしい。

　「ほらほら、乗った乗った。ワンワン」

　もう着ている意味のなくなったポンチョを素早く脱ぎ捨て、戦闘装備剥き出しになったゴン太が身軽く荷台に跳び乗る。フランク、ミッキーもそれにならうが、どちらかといえば運動の苦手なロッキーとウォレットは、「よっこらせ」という感じによじ登った。かくして、ＴＦＤのメンバー５人は、本日二度目の荷台のひと（犬？）になったわけだった。

　「クロシスさん、目的地へ向かう前に一度駅の正面までつけて下さいね。彼と合流しなければ・・・」

　「かしこまりました」

　無表情に応え、ハンドルを切る。同じ荷台でもゴン太の運転とは違い振動がほとんどなく、氷の上を滑っているかのような錯覚を感じる。かなり技術は高いらしい。
助手席のレイルは身をひねって彼らの方を向くと、「今日は少し荒っぽいですねえ、運転が。いつもはもっと静かなんですよ」と言ってきた。
　荒っぽい？これで？人柄はどうやっても好きになれそうはないが、この一点に関しては尊敬せざるを得ない５人だった。

　正面のロータリーに着くやいなや、一人の若者がこちらへ駆け寄ってきた。やや短めの金髪、迫力に欠ける顔・・・“あの”乗務員だとミッキーは気付いたが、あえて黙っていることにした。列車の中でのファーストコンタクトがあんなものだったのだから、お互い、気まずい。

　列車内で着ていた作業服ではなく、ぱりっとした紺色の鉄道員の制服を羽織っている。ボタンをとめる時間がなかったらしく、走りながらあたふたと頑張っているが、指がもつれてうまくいかない。緊急整備要員のくせに意外と手先は不器用なようだ。もっとも、慌てるとそうなるだけなのかも知れないが。
　結局、一番上のボタンをとめたところでジープの前に着いてしまい、これ以上ないというくらい申し訳なさそうな顔をしながら、

　「あ、あの、その、も、申し訳ありませんでしたっ！！」

　とりあえず頭をさげる。つまらなそうに横目で見やっていたフランクは「フン」と鼻を鳴らした。階級社会の下層構成員か。謝ることにかけては巧いらしいな？でも、“この場”にゃまったく通用しないぜ。もちろん、いい意味でだ。

　「おやおや？別に謝ることなど何もないのですが・・・さ、早く乗ってください。狭いでしょうけれども」

　はじめて間近で目にする所属組織の最高責任者の様子に、彼は明らかに戸惑っているようだ。まあ無理もない。「あ、はい・・・」と、ぽかんと口を開けたままで答えた。

　「３７号リニアシャトル緊急整備要員及び二等乗務員、ハンス＝マーティンだな？」

　再び抑揚のない声。ハンスの表情がにわかに引き締まる。

　「シャトルを襲撃したゲリラ部隊についての目撃証言を取りたい。職務中で失礼だが同行してもらう」

　「はっ・・・はい！！了解いたしましたっ！！！」

軍人でもないのに敬礼をする彼をにこにこしながら見て、

　「さあクロシスさん、役者は揃いましたよ。しかし舞台へ上がるにはギリギリの猶予しか残されていないようですね。がんがん飛ばしちゃってください！」

　「かしこまりました」

　ハンスが荷台に乗り込んだのを確認し、アクセルを踏み込む。とことん無愛想なレイルの片腕は、言いつけ通りにジープのスピードを上げた。

　黄色っぽい砂が視界を埋め尽くす道中、こちらに振り向きっぱなしのレイルは、とにかく話をしたがった。やれ、「今までにどのような仕事をお請けになられてきたのですか？」だの、やれ「変わった武器をお持ちですね」だの（どうやら彼は獣人の戦闘装備を見たことがなかったらしい。確かに、ナイフやブーメランをメインに戦う人間はいない）、他にも多数。また彼は如才なくハンスにも話題を振り、会話は鉄道関係の方まで発展していった。素晴らしい方です、とハンスはしきりに感激していた。

　と、会話の面でも切り込み役のミッキーが、現時点で考え得る最も重要な質問を投げかけた。

　「ところでレイル殿。拙者らは今回の依頼内容をまだ一言も知らされていないのでござるが・・・」

　「ああ、なに、簡単なことですよ」

　レイルはまた人懐こい笑顔をつくって、

　「このたび、チャイナエリアに新しい輸送ラインを引きましてね、輸送ラインといってもそんじょそこらの貨物列車とは規模も設備もけた違いなんですが・・・そのラインの開通記念式典がちょうど今日なんですが、ぜひ護衛をお願いしたいんですよ」

　「開通式典の護衛・・・？どこぞのお偉方でも出席なされるので？」

　「ええ、まあ、そうですね。正直あんまり好きになれないですけどね、形式ばった連中は・・・おっと、これは内緒ですよ」

　「軍からでも人員引っ張ってくりゃ必要経費で落とせるだろ。それとも兵隊サンにゃあお願いできねえ理由でもあるのかい？」

　ここにきてようやくラッキーストライクをふかすことが出来たフランクが、吐き出す紫煙を後方へなびかせながら言った。
　カマをかけたつもりだったが、レイルはこともなげに、

　「先ほども言いました通り、形式ばった連中は苦手でしてね。今回のイベントのスタッフも、護衛を含めて極力政府関係機関の人員は導入していないのですよ。
もちろん次回の運行からは軍の方々にお願いすることになりそうですが」

　「な〜るほど〜。そりゃ楽しいパーティーになること受けあいだワン。影ながら成功を祈るよ」

　ゴン太は腰の長剣をはずしてゴロゴロしている。思いっきりリラックスモードだ。

　「いえいえ、あなたがたもぜひご参加下さい。お食事もご用意しておりますよ」

　「！！！マジで！？よっしＴＦＤ参加決定！！！張り切っちゃうよ〜」

　「ちょっと隊長殿、少しは遠慮のこころという物を・・・ほらみんな見てるでござるよ」

　ミッキーはそう言って荷台を見回したが、

　「メシ？そいつぁ聞き捨てならねえな？俺も乗った！！！」

　「おっれも〜。結局朝メシ抜きだったしなあ。誰かさんのせ・い・で」

　そのロッキーの横で腕組みをしながらブンブン首を縦に振っているところを見ると、ウォレットも乗り気のようだ。

　「・・・・・・・・・・・・・・」

　「ほらまあ、なんだかんだ言ってミッキーも腹減ってんじゃないの？ここはひとつご好意に甘えるという形でだね・・・ワンワン」

　と、呆れた様子のミッキーの顔がにわかに緊張感を帯びた。

　「伏せるでござる！」

　即座に反応し、たいして広くもない荷台に身を伏せる。動作が遅れたハンスは、首根っこをゴン太に掴まれ強引に組み伏せられていた。次の瞬間、荷台の幌に切れ目が入り、そのままスチール製の支柱ごとスライドして地面に落下し、置き去りにされる。鏡のように滑らかな切断面、人間のこなせる芸当ではない。

　「カマイタチか！！」

　ミッキーの言葉に反応したわけではないだろうが、ざざざざっと空気が“鳴いた”。気配を探ろうとするが、敵のあまりの素早さと突然の奇襲になかなか集中できないミッキーに、伏せていたフランクが助け舟を出した。

　「こいつをぶっぱなしてやれ！！ロッキー、解析用意だ！急げ！！速度落とすなよクロシスサン！！」

　「御意！」

　「了解」

　「まっかせるワヒ」

　手渡されたのは彼の愛銃、シグザウエルP２３２に用いる９ミリショート弾。弾頭を緑にペイントされたそれは、チャフ（電子機器かく乱剤）を基にした生命反応確認弾で、特殊な粒子を辺りに散布し、より正確に索敵を可能にする。まさに、今が使い時だ。

　ミッキーは右脚のレッグホルスターからシグザウエルを抜き出した。大柄な彼が使うには少し小さく、攻撃力も高いとは言えないが、マズル下部からトリガーガードにかけての滑らかなラインを彼は気に入っていた。刀もそうだが、やはり曲線というのは美しい。

　マガジンを引き抜き、最初の一発を抜き出し、代わりに索敵弾を装填、グリップの尻にマガジンを叩き込み、スライドを引く。索敵弾がチェンバーに送り込まれる頼もしい音が響いた。狙いを付ける必要は無いので、やや上方の虚空へ向けてトリガーを絞る。

　「SHOT！！・・・はい、もういいでござるよ〜」

　手をひらひらと振ってみせるミッキーを見て、他の四人がそろそろと耳に当てていた手を離す。ミッキーのような一部例外を除いて、獣人族は火薬の撃発音や爆発音には極端に弱い。辺りを見ると、やや緑がかった金属粉が舞っている。索敵弾の効果はせいぜい数十秒、その短い間に高速移動する敵の軌道を読み切れるかは、解析者の腕にかかっている。が、全く問題はなかった。

　「オーライ、敵さんの動きは手に取るように分かるよ。全部で三体。ジープを中心にして方形１０メートル四方の立方空間を飛び回ってる。今の索敵弾を警戒してとりあえず近づいちゃこないけど、振り切れもしない。まるで刃の檻だね、こりゃ」

　寝そべったままの体勢で端末を操作するロッキーが状況を解説する。

　「クールでウィットなコメントをどうもありがとう。で、どうすんの。ワンワン」

　「とりあえず、そうやってべちゃっとなってりゃあ問題ないワヒ」

　なにげにひどい応答だが、ゴン太は特に気にしない。今の彼には、ロッキーの言うとおり何も出来はしない。できるやつが、できるときに、できることをやる。なんでもかんでもごたごたまとまるだけがチームワークではないことを、この隊長はよく分かっている。

　「いいかいミッキー？相手は高速移動系のモンスターだ。座標伝達式射撃でいくからね・・・カマイタチの標準サイズは体長５０〜６０ｃｍ、確実を期すなら４０ｃｍ四方ってとこかな？さ、４０ｃｍ四方のキューブ２５個分を一辺とした空間図をそのキレる脳ミソに描いてくれよ。上から見て縦、横、高さ順にナンバーもふって。それでこっちの位置計算システムと連携できる」

　頭の中に言われたとおりの座標空間をイメージしたミッキーは、

　「準備完了でござる。索敵弾に１発分、弾倉を使っているので・・・残弾６発。遊び弾は３発でござるよ」

　「当たったとして、１体１発で仕留められんの？ワンワン」

　こんな状況でも茶化すゴン太。なんというか、能天気もここまで来るといっそ立派と言いたくなる。彼の腕に無理矢理伏させられている哀れな二等乗務員は、頭に両手を乗せて「ヤバイヤバイヤバイヤバイ・・・・」としきりにヤバイを連呼している。一般人が一生に体験する程の恐怖をここ数時間で経験しているのだから、無理もない。

　「９ミリショートのフルメタルジャケット（貫通を目的とした鉄甲弾）では少々心もとないでござるが・・・それでも当たれば痛手は必至。１体につき２発ずつヒットさせれば問題はないでござろう」

　右手に油断なく銃を構えたサムライはこともなげに言い放った。

　「そりゃ、全弾ヒットさせるってことかい・・・ま、頑張って」

　「御意・・・さ、そろそろ片をつけるでござるよ。ロッキー殿」

　ハッカーは無言で頷く。視線は相変わらず端末のモニタに釘付けだ。口数が少ないのは真剣な証拠でもある。

　「いいかい、４秒後に、キューブ１２・６・８」

　１、２、と１秒毎にピッとなる電子音をカウントしながらミッキーはトリガーを引いていく。既に視覚には頼っておらず、耳と鼻を利かせて両目は閉じたままだ。

　「３秒後が３・２・２１、さらに３秒後、２５・１７・２０」

　カウンターに合わせ、引き続き射撃。複雑な飛行パターンを先読みされていることなど分からないカマイタチたちの身体を、シグザウエルから吐き出された高速弾が貫いていく。被弾し、動きの鈍ったカマイタチは一気に肉眼補足が可能な速度まで落ち、ぱっと見にはいきなり空中に現れたような錯覚を起こす。目を開けたミッキーが、今度は自力でサイトを合わせて銃弾を撃ち込む。全弾狙い違わず、頭部を撃ち抜かれたカマイタチたちは地面に落ちた。
ミ　ッキーの顔から緊張が消え、もとの落ち着いた表情に戻る。地蔵色の袴と着物がばさばさと風になびいた。

　「戦闘、終了。こちらの人的被害はゼロ。幌がなくなってしまったでござるが・・・ま、安いもんでござろう」

　全弾を撃ち尽し、スライドがホールドオープンしたシグザウエルをすっと降ろす。マズルからはまだ硝煙が細くたなびいていたが、それもすぐに後方へ流れていった。一段とスピードを上げ、ジープは走り続けている。


　　１４


　チャイナエリア：ポイントC−６７（旧フーシュン）

　AM　８：４５

　「へえ・・・こりゃ、たいしたもんだワン。・・・うん、文句なし」

　何かの間違いじゃないかと思うほど、黄砂が支配する荒れた大地には似合わない“ブツ”だった、それは。

　「で・・・でかすぎだろ・・・」

　「・・・おれらのネグラくらいあるんじゃないの？」

　「いや、まさに・・・冗談抜きで、住宅サイズ、でござるな・・・」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・！」（しきりに感心しているらしい）

　一同、まさに絶句。控えめなレイルが“けたはずれ”と評しただけあって、その輸送ラインの規模は凄まじかった。
　輸送物資（恐らく鉱物、それもクラウン＝マクラウドからの情報を信じるのなら、独断採掘されたオリハルコンということになる）を後方から運んでくる大型トラック群や、
それらの物資を仕分けて列車に積み込む最新設備を備えたプラットホームもさることながら、まず目を引くのが実際に目的地まで荷を運ぶための輸送車両。

　一両の全長がおよそ５０ｍはあるだろうか、そして幅。ぱっと見て１０ｍはゆうに超すその全幅と、それ以上の車高は、まさに“けたはずれ”と形容するにふさわしい、とてつもないデカさの貨物列車だった。車体の下から線路が二本延びているところを　見ると、車輪を二足履きにして不安定さを補っているに違いない。
　まだ一度も走行してはいないらしく、１０両ほどで編成された車両は磨き上げたようにピカピカだった。

　紅（くれない）というのだろうか、鮮やかというよりやや落ち着いた感じのレッドを基調として金色の装飾棒で縁取りされた車体は、事前に知らされていなければ豪華列車と見間違えても無理はない。いや、事実それは豪華列車だった。世界最高級の荷物を、大容量、かつ優雅に運ぶことを目的に造られた豪華列車・・・。

　「これは、私の自信作でしてね。綺麗でしょう？わざわざ苦手な政府筋の面々を呼び寄せてまで自慢したくなる気持ちも分かって頂けましたでしょうか？」

　まるで我が子の自慢でもするかのようににこにことしながらレイルは言った。飾らない格好（というか、もろに作業着なのだが）とあいまって、そこらへんにでもいそうな鉄道オヤジといった感じだ。しばらくぽかんとしていたゴン太たちは、ふと我に返るとおおいにはしゃいでレイルと話し始めた。

　どんな時にも素直すぎるほど素直なところ（個体差有り）は、人間が獣人から学ぶべき物の一つだろう。
　マシンに目のないフランクは、話しの途中でレイルに断り、最終整備中の車両を、外側だけならという条件で見学してもいいと約束を取り付け、ウォレットと一緒にトレイン・ウォッチングへ繰り出して行った。

　なおもレイルと話していた３人だったが、

　「おやいけない、もうこんな時間でしたか。そろそろ最終整備作業に戻らなければなりませんね。見学しているお二人様には私から出発時刻をお伝えしておきますので、あなたがたはどうぞ客車の方へ」

　と言い残してレイルが去ると（オイルまみれの作業着をひるがえして走って行った。なんと自分も作業をしているらしい）、教えられた一番前の客車の方へ、３人並んでてくてくと歩いていった。
といっても一両５０ｍはある巨大な列車、中程に車を停めたゴン太たちは、歩けど歩けどなかなか先頭に着かない。
　ふとゴン太の隣りを歩いていたミッキーがゴン太の肩をつついて、

　「隊長殿。あまりキョロキョロせずに、こっそり周りを見回すでござる」

　ん？という感じで言われたとおりに見渡すと、なにやらこちらにガンをつけている男たちが眼に入った。それも４、５人どころではなく、３０人はゆうに超す連中がいくつかグループをつくってたむろしている。防弾チョッキや迷彩服を身にまとい、手に手に銃器を持っているが、軍人のような規律や妙な威圧感を感じない。

　「同業者、か・・・。獣人の賞金稼ぎがそんなに珍しいのかワン？」

　「いや、多分・・・拙者を見ているんでござろう」

　「なんで？オレじゃなくて？オレタイチョーなのに？」

　「やはり着物はまずかったでござるかな」

　なるほど、そうしてみると彼らは別段自分たちを敵対視しているわけではなく、ただ単に好奇心に駆られて見ているだけのようだった。
確かに最近ではテレビか何かじゃなければお目にかかれないような正しいサムライスタイル（右脚のシグはもちろん除く）は珍しいだろう。
　ゴン太と違って自己アピールをしたがらないミッキーは居心地悪そうにしている。

　「それにしても」

　頭の後ろで両手を組んでロッキーが言った。

　「おれたちだけじゃなかったんだ、雇われたの」

　ミッキーが顎に手を当てて、ふむ、と頷く。

　「この列車の規模を考えればまだ少なすぎるくらいでござるよ。欲を言えば、陸・空軍から一個中隊以上の護衛隊でも組むべきところを、民間のハンターがせいぜい２、３０人ではどうしたって無理がでるでござる」

　「ま、この列車頑丈そうだし、だいじょぶっしょ？ほら」

　ゴン太は列車の壁に近づき、ノックでもするときのようにゴンゴン叩いた。

　「この反響音、複合装甲だねこりゃ。それも最新式のやつ。こういうのはフランクのが詳しいと思うけどね。・・・それはいいとして、一体どこからこんな予算が出てくんだワン？」

　「余計な詮索は無用だ」

　突然背後からかけられた声に驚いて振り返ると、あのトレンチコートのクロシスが立っていた。隣にはハンス乗務員が直立不動で起立している。

　「お前たちの任務はこの列車を目的地まで無事に届けることだ。それに関係しない情報をお前たちに下ろす必要はない」

　「目的地、とは？」

　ミッキーが聞いた。

　「ニューシャンハイだ。ここと同時に完成予定の、空港への引継ぎラインまでの護衛となる。途中、鉄橋を挟んで緊急用の引込み線が２本あるが、今回の運行では関係ないだろう」

　「ほう・・・？」

　「んで？そっちのあんちゃんはどうなんの？」

　これはロッキーだ。

　「ハンス＝マーティン二等乗務員への事情聴取は終了した。が、欠勤扱いとなっている為、今から職場に戻ることは出来ない。幸いにも、レイル総局長よりお前の乗車許可が出されている。乗っていくがいい」

　「はっ、ありがとうございます！！」

　相も変わらず冷淡な物言いで立ち去るクロシスを、ハンスは最敬礼で見送っている。

　「な〜んだなんだあ、あれが人に接する態度なわけ？乗っていくがいい、ってRPGかなんかかっての」

　「ま、簡潔ではござるが・・・ところでハンス殿、これよりしばし同行の身でござるな。どうぞひとつよろしくお願いいたす」

　こういう状況でもきっちり挨拶をして腰を折るあたり、生真面目な性格がうかがえる。残るバカコンビはというと、

　「ハンスがなかまにくわわった！（黒地に白抜き文字で。あえて漢字は使わない。そしてバックでは某竜探しのそういう場面の音楽が・・・）うひょひょひょひょ、よろしく〜。ワンワン」

　「ねえねえ、スパゲティ好きスパゲティ？おれはカルボナーラ派かな。故郷のイタ〜リアを思い出すワヒ」

　・・・言動はともかく、愛想だけはひたすら良い二人だった。気楽な彼らに、あきらかにほっとした様子のハンスは、初めて（少なくともゴン太達と出会ってからは）年相応の若者らしい笑顔を見せて、

　「ははっ、こちらこそよろしく。ハンス＝マーティンだ。ハンスでいいよ」

　とりあえずお近づきのしるしとして、全員で握手をしておく。何事につけても、最初の握手で後の付き合いが決まるというのが、TFDの考え方だ。あとで名刺も交換することにしよう。
　ふと時計を見たミッキーは（和服にルミノックスの軍用モデルはかなり浮く）あまり時間がないことに気付いて他の三人に声をかけた。

　「ほらほら、あと２分で出発時刻でござるよ！走らなきゃ間に合わんでござる！！」

　おかげで、残りの二両分は１００ｍ走になってしまった。




　　１５


　AM　９：００

　どたどたと乗降口へ跳び込み、ほっと一息をつく。と、その後ろで空圧式ドアがプシュッと閉まる。時計を見ると、九時二秒。見事な駆け込み乗車を決めた４人は、
壁に貼られた客車の見取り図を頼りに、パーティ会場へ歩いていく。

　「うふふふふ・・・パーティなんて久しぶりだワン。どんなご馳走がでるのかな〜？」

　「スパゲッティがあるといいんだけど。ハンス、こういうパーティってどんな食い物がでんの？」

　制服の襟をなおしていたハンスは肩をすくめて、

　「さあね。こんなやんごとなき催し物に参加するなんて初めてだし、さっぱりだよ」

　「堅苦しいのは苦手なんでござるが・・・」

　「そりゃだいじょぶっしょ。レイルのおっちゃんも形式ばった集まりじゃないって言ってたし。楽にしてりゃいいって。ワンワン」

　各々勝手なことを言いながら会場となっている一階ロビー（なんと二階式だった！この列車は）に着くと、見学とやらに出ていたフランクとウォレットは既にソファに座っていた。周りのいかにも“お金持ちですよ”な集団・・・たぶん招待客。からは完っ全に浮いてしまっているが、アーマーに身を固めた格好のまま特に気にした様子もなく、こちらに気付いたフランクが手を振る。

　「よお。遅かったじゃんか？」

　口がモゴモゴ動いているのは彼お気に入りのトロピカルフルーツガムだろう。ゴン太達は前に一枚もらったことがあるが、やたら甘すぎて食えたものではなかった。
　いつものラッキーストライクはどうしたのか疑問だが、それも壁にでかでかと貼られた禁煙ステッカーに目がいくと一発で解決した。
　「はは〜ん」という顔でミッキーがステッカーを見る。フランクはヘッと笑い、

　「レイルサンの趣味だっとよ。お気に入りの壁紙にヤニが付くそうだ。ガムはOKだったみたいだがな？クロシスサンも何も言わなかったぜ」

　とロビーをぐるりと見回した。なるほど、外装部分と同じく紅を基調とした内装はそこらの屋敷より豪華でかつ、嫌味なほどけばけばしくもない。品のある感じというのはこういうことを言うのだろう。

　「賢明な措置でござるな」

　ミッキーは顎に手をあて、頷いた。

　「それより見たか？このロビー車の前、動力車両が連結されてんだが、なんと蒸気機関だぜ。今時、化石並みなレアものだ」

　「蒸気機関！？それだけで引っ張れるわけがないでござろう？これだけの重量でござるよ？」

　信じられないという顔をしてミッキーは言った。たしかに、貨物車両を全てからっぽにしたとしても、とてもじゃないが引っ張れるはずがない。
　ここで、ソファのスプリングでボンボン飛び跳ねていた（コドモかお前は）ロッキーが会話に合流する。
　ウォレットは・・・一応いるのだが、ヘッドホンを着けて何か音楽を聴いているらしく、体をこきざみに揺すってリズムを取り、完全にあっちの世界へトリップしてしまっている。（さあ、われらが隊長ゴン太は！？・・・彼はまだソファで跳ねている・・・）

　「蒸気と新型太陽電池のハイブリッドなんだってさ。おっさんが言ってた。なんでかというと〜・・・」

　と言いつつズボンのポケットをごそごそあさり、適当な感じにばしゃばしゃ切った朝刊の折込みチラシの束を取り出す。黄色やピンクの紙にガリ版刷りの“激ッ！大安売り！！”だの、“お子様も大喜び！！”だの、目を引く見出しが鮮やかな彼の“うんちくノート”だ。
　ハイテク機器を縦横無尽に使いこなすハッカーのくせに、このあたり妙にみみっちいというか、アナログ的というか・・・。

　「え〜、“いやあ、ははっ。蒸気で走る機関車って、なんとなくロマンがあっていいじゃあないですか。え？はい、そのほか特に理由はないですよ、ただの趣味みたいなもんです”・・・だってさ」

　一同、思わずずっこけた。（ゴン太はまだ跳ねている）

　「な、なっんだそいつは・・・趣味で載っけるような機能じゃねえだろ。バッテリーが切れでもしたらどうするつもりなんだよ」

　「いいんじゃない？それにあの人、機関車にかけては失敗するような人じゃなかったよ」

　「ほう？珍しいでござるなロッキー殿。データもなしに他人を評するとは？」

　「ま、なんとなくだけどさ。たまにはそんなこともあるよ。ワヒワヒ」

　と、まだロビーの内装に気をとられていたハンスが声を上げた。

　「お？動き出した・・・？」

　動力系統が鈍い起動音を立て、広い車窓に切り取られた荒野の景色がゆっくりと後退してゆく。その音に混じってかすかに聞こえてくるのは、蒸気機関特有のいわゆる“しゅっしゅっぽっぽ”な音だ。
　刀を外してゆっくりとソファに腰掛け、ミッキーは目を細めた。黒い鼻をひくひく動かすのといっしょに左右のヒゲも上下にゆれる。この石炭の匂い・・・今はもう失われてしまった、古き良き時代の象徴を、たとえ形式上のものだとしても蘇らせてくれたレイルに素直に感謝する。穏やかなサムライはいっそう深くソファに身を沈め・・・

　「レディ〜ス！エ〜ンッ！！ジェントルメ〜ン！！！」

　天井に据え付けられたスピーカーから割れんばかりのボリュームで突如響くレイルその人の声。思わずずり落ちるミッキー。そのとなりで「ガターン！！」という景気のいい音がする。飛び跳ねた頂点で大声に驚き、派手に吹っ飛んで床をのたうちまわっているのは・・・言うまでもないだろう。

　「おやいけない、ボリュームのツマミがMAXだった・・・これでよし、と。ゴホン！・・・レディス、エン、ジェントルメン（言わなければ気がすまないらしい）。本日は早朝からのご出席、誠に感謝いたします。当輸送列車「クリムゾン・イクスプレス」の、これ以上は望めない程の開通式典を迎えられましたのも、ひとえに皆様方のお陰でありまして・・・」

　まだレイルは何か言っていたが、めんどくさい話はまったく耳に入らないタチのゴン太以下４名は、早々にロビー車両を後にした。ハンスが来ていないところをみると、きちんと話を聞いているらしい（えらい！）。もし何か重要なことが話されていた場合は、彼が教えてくれるだろう。

　特にあてでもあるわけではなかったが、ふと目に付いた階段をぶらぶらと上っていくと、なんと列車の屋根に出ることができた。今回は輸送が第一目的ではないので、それほどスピードは出ていない。あいにくの曇り空にもかかわらず、顔を撫でていく風は心地よかった。

　「おっ？めっずらしいヒトがいるな？」

　金色の手すりに両手をついて景色を眺めている人影を見つけてフランクが言った。マットブラックのトレンチコートが風にはためく。

　「だだっ広いだけの荒野になんか面白いもんでも落っこちてたか？」

　手すりをついた姿勢のまま、首だけ後ろに捻り、相変わらずの仏頂面でクロシスは応えた。

　「ただの暇つぶしだ」

　「しかし広いでござるな。ボールがあれば、サッカーでもやれそうな具合でござる」

　荒野を背にして手すりにもたれかかったミッキーが、平らな屋根を見渡す。雨よけの傾斜がまったく無いが、かわりに一定間隔で穴が開いており、そこから排水をするらしかった。

　「って隊長殿！？なにやってるんでござるか！！」

　なにを考えたか、走る列車屋根のうえを手すりに向かってふらふら進むゴン太の腕をあわてて引っつかむ。
見ると額に巻いた紅白チェックのバンダナがずり落ち、あつらえたような目隠しになっていた。

　「いやいや、助かったワン。なんだか向こうで誰かが呼んでるような気がして」

　それ、かなりヤバくないか？

　「気をつけてくだされ。こんな何もないところでけつまづいて落ちたなんて言い訳は通用しないでござるよ」

　君のいうことはいつも至極ごもっともだ。と、その馬鹿騒ぎを冷めた横目で見ていたクロシスが振り向き、客車へ続く階段を下りていく。

　「どこに居るも自由だが、護衛要員として雇われていることを忘れるな」

　相変わらずの冷淡な捨てゼリフを残してその場から消えたクロシスに向かってロッキーが文句を言う。

　「お前らは捨てゴマだ、って言われたような気がするのはおれの気のせい？」

　「さってね。ところでロッキー君や。ニューシャンハイまではどんくらいかかんの？一時間？二時間？」

　ゴン太の質問に、端末を取り出してざっと速度計算を終えるとロッキーは、

　「このままの速度でってことなら、明日の朝四時ころ・・・かな。早朝着、潮の香りでお目覚め、って寸法ワヒ」

　「って、遅いでござるな」

　「寝台車じゃねんだぞ？」

　「・・・・・・・・・・・」（肩をすくめて首を傾げる）

　「う〜、ま、アレだからね、完成式典。一晩かけてゆっくりパーティを、と・・・」

　そういうことになるのだろう。そして自分らはオールナイトでこのバカでかい赤ん坊のお守りというわけだ。なるほどそうなんですか。

　　「ん？雨かワン？」

鼻面に落ちてきたしずくに気付いたゴン太が言った。見ればなるほど、いつどしゃ降りになってもおかしくないほど水を溜め込んだらしい雲が空を埋め尽くしており、
すでにぱらぱらと降ってきているのだった。

　「ひゃ〜！たまらんワン！！撤退！！一時車内へ撤退せよッ！！」

　　と状況が状況でなければもの凄く隊長らしい指示を飛ばして自分がまっさきに車内に避難する。やれやれと苦笑いしながらそれに続く隊員たち。
ようするにいつものTFDとなんにも変わらないわけだった。




　　１６


エリアC−６７（旧フーシュン）←→ニューシャンハイ間走行中

　PM　８：３０

　時は金なりとよく言うが、時間は急速に加速する。（時計表示のPMはミスタイプではないのですよ）TFDの面々が雨だ雨だと大騒ぎして（正確にはゴン太だが）車内に駆け込んでからはや１２時間が経過しようとしているが、これといって変化がない。
　もうすぐ遅めの夕食パーティが開かれるし、あれから降り始めた雨は今や窓ガラスに猛烈な勢いでもって叩きつけているものの、それとて今宵の楽しい夜を彩るBGMに過ぎない。ミッキーがシグザウエルにオイルをさし、太刀の汚れを落とし、フランクがキャップをかぶりなおしてナイフの具合を確かめ、ウォレットが遠い目をしつつ道具の点検を終え、ロッキーが端末でゲームをし、ゴン太があひゃあひゃ倍速阿波踊りを繰り広げてはいたが、これといって変化はない。

　「ひっまっだっ〜。ひっまっだっ〜。ワワワンワワワンワワワンワン」（必殺倍速阿波踊り）

　「ヒマなのは十分分かったでござるから、その踊りはやめてくだされ隊長殿」

　「だってさ〜。ひまなんだよ〜。なんもおきないしさ〜。なんかこう、うわ〜っとさあ〜。事件とかさ〜。おきないかな〜？」

　今度は軟体生物よろしくロビーの床に平べったくなっているゴン太に呆れ顔のミッキーだったが、彼もそうそう呆れてばかりもいられない。

　「いたいいたい、いたいでござるよ。耳とヒゲ引っ張らないで〜！」

　「あ〜。あ〜」

　ドンマイ、ミッキー。お客さんの中に赤ん坊を抱えたご婦人たちがいたのが運のつきだ。ワードッグを珍しがったご婦人たちが、信じられないことに彼らに赤ん坊のお守りを申し付けてきたのだ。
　お守りはこの列車だけで十分だ！と言ってやりたかったが、しかしそこはお客様、断るわけにもいかず引き受けたが、どうやら三角立ち耳は赤ん坊の興味を引くらしい。三人ほどのベイビーが彼におぶさり、ヒゲだの耳だのをちからまかせにひっぱっている。ドラえもんみたいに耳取れちゃうんじゃあないかと、半ば本気でミッキーは思った。

　「あっはっはっは！！なんだよそれ！超おもしれ〜っ！！」

　「あっひゃっひゃっひゃっひゃ！！今年最高のヒットだワヒ」

　　フランクとロッキーが、自分たちに被害が及ばないのをいいことにはやしたてる。それに気をよくしたんだかなんだか、ますます強くひっぱるベイビーズ。

「ちょっと本当にカンベンしてくだされ〜ッ！！」

　本気で泣きそうな感じのミッキーであった。と、ぴんぽんぱんぽ〜んというおなじみの音に続いて、彼にとってはまさに救いの神となりえる車内放送が流れた。

　“お客様方へ御連絡申し上げます。お食事の準備が整いましたので、二階食堂車までご足労願います。繰り返します・・・”

　明らかに「助かった！」という顔をして奥様がたの方を見やるミッキー。苦笑いしながら慣れた手つきで赤ん坊を離し、食堂車へと向かっていった。

　「死ぬかと思ったでござる。ああ、ヒゲがカールしたまま元に戻らない・・・耳もなんだかひしゃげてるでござる。うう、ひどい・・・・」

　かなり悲惨な有様だった。

　「どんまい、どんまいワン。明日があるさあ。あっしった〜が〜あ〜る〜♪あっしった〜が〜あ〜る〜♪」

　　「ま、まあそうでござるな。かたじけない、隊長殿」

調子っぱずれの歌声ではあるが、一応励まそうとしていることは分かったので礼をいっておくことにした。ヒゲも耳も何日かすれば治るだろう。

　「さってと？俺たちも行こうぜ。レイルのおっさんが俺らの席も用意してくれたらしいからな」

　「バイキングって言ってたけどね。とにかく腹は減ってるワヒ。早くいこうよ」

　「・・・・・行こう」（ヘッドホンを外しながらつぶやく）

　どうやら意思が一つにまとまったらしい（メシが原因というのが情けないが）メンバーを腕組みをしながら満足げに見回した隊長は、

　「よっし！皆の衆！！夕ごはんを食べに行くぞ〜〜〜〜！！」

　「「「「いえ〜〜〜〜いっ！！」」」」

　狂喜乱舞という言葉を体現したかのような勢いで食堂車への、夢の楽園への階段を駆け上る五人。ハンスがこの場にいないが、彼はパーティの給仕係を買ってでているらしい。そして見えた！あの扉の向こうに夢幻の世界が！

　が。

　夢は敗れ去った。（BGMはドラクエのセーブデータが消えたときのやつで）


　「ぎゃああああおおう！！？これタマネギがはいってるうううううう！！！」（身悶えしている）

　「え？これも？これにも？？」

　　「まっさか、一品くらいはノーオニオンの料理があるさ。はは、あるに決まってる・・・」（目の焦点が合っていない）

「な、ないんでござるか・・・・・？」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」（頬がげっそりとこけている）

　眼前に広がるあってはならない光景に（そう、犬はタマネギ食べられないのだ！！）当惑し、希望の光を消すまいと必死な彼らに、「いい仕事をした」と言わんばかりのコック長が誇らしげに告げる。それはまさに、彼らにとってこの世の終わりを宣告されるに等しい文句だった。

　「ああ、本日はこの地方特産の高級オニオンを全品ふんだんに使用しておりまして・・・」

　ムンクの「叫び」の人のような顔をして、次いでがっくりと膝をつき、絶望に打ちひしがれるTFD。たとえ死ねと言われたとしても、これほど落ち込みはしないだろう有様だった。


　「クソ。明日の朝食にはひとかけのタマネギも混入させないようにきっちり要請しておかなきゃな・・・」

　チョコレート味のスナックバーをかじりながらフランクがぼやく。不機嫌そのものの表情だ。

　「ま、しょうがないワン。コックさんもわざとだったわけじゃあないし、食べるものもどうにかなったわけだし」

　ゴン太は保存のきくビーフジャーキーをほお張っている。あれからレイルに話したところ、気の毒がって食料庫から引っ張り出してくれたものだ。
　結局、お目当ての夕食パーティに参加できなかった五人はロビーにもどり、こうして各自非常食をもぐもぐやっているわけだ。
　と、仕事が一段落したのかハンスが降りてくる。

　「ひほほほわっはほ？（仕事終わったの？）」

　チーズ味の固形食を口いっぱいにほお張ったロッキーがたずねる。ハンスは頷いて、

　「ああ、給仕も食事に誘われたんだけど、こっちに来ることにしたよ。どうもああいうのは苦手みたいだ」

　　「そーだよそーだよ、仲間だもんなオレたちは〜。たくさんあるから食えよ〜。どれも非常食にしてはうまいワン」

「ああ、なんか腹に入れとかないともたないな、これは」

　ロッキーの隣に座り込み（タイプが似ているせいか、二人はすぐ仲良くなった）、山と盛られている非常食の真空パックを手に取った。
　“５年持ちます！脅威のしゃけおにぎり”・・・なんだこれは。

　「おや？食事会は終わったようでござるな？」

　煮干とピーナッツのミックスおつまみをポリポリしていたミッキーは、階段から降りてきた他のハンターたちを見つけて言った。そのままこちらに向かってくる彼らに（２０人以上の傭兵がぞろぞろ迫ってくるのはなかなか迫力がある）、メンバーを代表してとりあえずゴン太が挨拶をする。

　「やあやあどうもこんばんは。ご飯おいしかった？ワンワン」

　開口一発初対面、笑顔で食事の感想を聞いてくるゴン太に、先頭を歩いてきたリーダー格らしい男は明らかに面食らった様子だ。

　「あ、ああ。あんたらとも合流して話を進めようと思ってな。これから深夜にかけての護衛要員の配置についてなんだが・・・」

　と、脇に丸めて抱えていた車内の見取り図を床に広げた。かなり細かいもので、各部屋の端から端までが何メートルかまでが小さな文字で印刷されている。
　今回の護衛用に、車内掲示用のものとは別に用意されたものだろう。

　「はいよ〜。ハイみんな集合集合〜。作戦会議だあッ！！」

　窓に叩きつけてくる雨の中、慌ただしい作戦会議が始まった。



　たっぷり３０分かけて、配置が決定した。

　といっても、当の列車があまりにも大規模なため、通常の護衛配置である三点配置（先頭、中央、最後尾の三地点に人員を集中、襲撃箇所に随時急行できるよう待機する。ほぼ二次元空間の列車において、ばらつきも少なくぎゅうぎゅう詰めにもならないという利点がある）が意味を成さないうえに、通常攻撃する側とは比べ物にならないほどの兵士や武器、物資が必要な防御側（つまりこちらのこと）の戦力が、民間の傭兵部隊３０人にわけのわからん獣人５人（ゴン太たちだ）だけときている。

　圧倒的に物量が不足していた。本来なら、２両間隔ほどで対ゲリラ用の戦闘ヘリでも飛ばさなければならないくらいの規模と乗客、そして載っていればの話だが（そして恐らく載っているのだが）積荷。

　はっきり言ってしまうと、はた目には護衛する気がないと映っても文句を言えないような状況だった。
　「くっそ〜」と不平たらたらし通しの話し合いで結局まとまったのは、１両につき２〜３人の兵士が常駐し、並の人間よりは戦闘能力の高いTFDは２両おきに一人ずつ（ただしロッキーは例外。サポート班としてハンスや他の担当ハンターと共にロビー車に残る）配置。
　常に一人は起きて警戒に当たり、異常を察知したら無線で全員に知らせる、という貧弱な護衛体制だった。

　TFDにとっては長い不眠の一夜となるが、他に手段がない。ゴン太が先頭の動力車両、第２車両（メインロビー）は作戦本部兼任でロッキー、ハンスがサポート。
　飛んで第４車両はフランク。さらに飛んで第７車両にミッキーが陣取り、しんがり第１０車両にはウォレットが詰める。

　闇に紛れて襲撃しやすい深夜から夜明けにかけてが護衛任務の踏ん張りどころだ。
久々のバウンティハンターとしての依頼時間はもうじき終わるが、漆黒の夜闇が時間を引き延ばす。ふと窓の外を眺めたゴン太の目が少し細まった。


　雨はまだ降り続いている。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　To be continued...

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