| 寂しい誰かに…(二次創作編) |
イナバさんは袋からぴょん、と跳びだすと、その袋を小さく小さく畳んでひょい、と耳の奥に押し込みました。あたりを見回すとそこは大きな森でした。見上げると、木漏れ日が、葉を綺麗な緑色にし、風が気持ちよく吹いています。 ふぁ〜、という息のような音がしました。誰かがあくびをしたみたいです。イナバさんが音のほうに首を巡らすと、大きな樫の木の根元で、一匹の小さないたずらモグラが昼寝から目をさましたところでした。首からは、赤いリボンを通したぴかぴか光るガラス玉をかけています。 このモグラが、“声”の言っていた寂しい誰かなのでしょうか。あまり寂しそうにはみえませんが、あの白い不思議な袋は今まで必ずイナバさんを必要としている場所に運んでくれた優れものです。間違いはないはずなのですが……イナバさんは、寝ているモグラの真正面にたって、じいっと見つめ、砂浜で作った、お日様色の小さな珠を差し出しました。モグラは嬉しそうにそれを受け取るとキイッと嬉しそうに声をあげ、珠を持ち上げて目のところにかざしてみていました。そして、ちょっと離れたところの土を、鋭い爪のついた前足で掘り返すと、丸々と太ったミミズを見つけてイナバさんの鼻先に差し出しました。イナバさんがふるふると頭をふると、ちびモグラはおいしそうにそのミミズを飲み込んでから、こっちへおいでよ、というように歩きながらイナバさんを手招きしました。呼ばれる通りについていくと、森は途切れ、草原となり、草原をしばらくいくと、人間の住む大きな都が見えて来ました。それはイナバさんが暮らしている国の様子と全く違っていましたが、イナバさんは怖くはありませんでした。…イナバさんの姿は、ちゃんと心で物を見ることが出来る人でなければ見えないのです。よほど邪悪なものが現れない限り、イナバさんが危険に陥ることはそうそうありません。 チビモグラはどんどんすすみます。このちびモグラはこの世界では「魔物」といわれている生き物ですが、この町のひとたちは、彼を恐れてはいないようでした。イナバさんはきょろきょろしていましたが、やがてモグラは一軒の気持ちよく整えられた武器屋に入っていきました。 武器を売る人間で、イナバさんが見えるひとは今までいませんでした。だから、戸口から入ったとき、武器屋のおかみさんが、 「あら、ちびちゃん、そのウサギさんはお友達？」 と声をかけてきたとき、本当にびっくりしました。チビモグラが、小さな珠を差し出すと、おかみさんはにっこり笑います。 「まあ、ウサギさんから貰ったの？お礼をしなくちゃね。」 奥から旦那さんらしき人も出てきました。 「おやおや、うーん、これは不思議な珠だね。大きな力を感じるよ。しかし、誰もこの珠の本当の値打ちはわからないだろうね。」 そういって、旦那さんは棚の上から小さな箱を出してきて、珠をしまいました。中にはぴかぴか光るいろいろなものがぎっちりつまっています。ちびモグラはそれをみて満足そうに頷きました。どうやらこのちびモグラの宝物箱のようです。 「ウサギさん、これをどこで？君はこの辺りでは見ない顔だねえ。どこの土地からきたのかな？」 旦那さんにもイナバさんが見えるのです。ちっちゃな男の子もやってきました。 「わー！ちび、ウサギさんにどこで会ったの？綺麗なウサギさんだね！」 そうこうするうち、イナバさんの前には小さなテーブルが置かれ、アップルパイが出てきました。イナバさんの手の大きさに合わせたカップも置かれて熱い紅茶が注がれました。隣にちびモグラも座ります。 「ちびちゃんに、いいものくれたお礼よ。召し上がれ。」 イナバさんはおっかなびっくりアップルパイの端を齧ってみました。あまい味が口いっぱいに広がります。イナバさんは目を細めました。ちびモグラも目を細めます。おかみさんも、旦那さんも、男の子も目を細めます。アップルパイを食べ終わったイナバさんは、深々とお辞儀しました。おかみさんは小さなハンカチにマシマロを包んで渡してくれました。イナバさんは有難くそれを受け取ると、耳から袋を取り出してぱっと大きく広げました。……ここにはイナバさんは必要ないようです。イナバさんは手を振り袋にポン、と飛び込みました。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次にイナバさんが袋から飛び出たとき、そこはふわふわした雲の上でした。正確に言えば、雲の上の花園でした。色とりどりの見たことも無いような美しい花が絨毯のように広がっています。花畑の上を上機嫌な鼻歌が流れてきます。そこでは大きな麦藁帽子を被った小さな誰かが、じょうろで水をかけていました。よくよく見れば、それは「悪魔」と呼ばれる生き物のようでした。紫色の毛に覆われた体。コウモリのような羽。まんまるちい手に生えた指は３本しかありません。遠くの道を、白い羽を生やした人たちが歩いているのがみえました。みんな白い肌をした目をみはるほどに美しい人たちで、小さな悪魔に似た生き物は、一人もありませんでした。……小悪魔は、ひとりぼっちに見えました。……イナバさんはぴょん、と跳んで出て小悪魔の肩をぽん、と叩きました。 「君は、誰？ここへはどうやって来たの？」 イナバさんは何も答えません。 小悪魔は黙りました。ここは白い羽をはやした天空人の国です。……それ以外でここに居る……自分のような生き物は、何か事情があることが多いのです。ですから、小悪魔はそれ以上何も訊かずに、イナバさんがさし出してきたお日様色の珠を掌で受けました。 「これを、くれるの？？わぁ！なんか、あったかいね、これ。」 小悪魔はイナバさんの瞳を覗きこみました。 「あの、あのね！これを雲に蒔いてみていいかい？なんだか、これから、とっても綺麗な花がさきそうな気がするんだ。」 こくこく、と頷くイナバさんに、小悪魔はちいさなシャベルで雲を掘って珠を置き、うすく雲をかけるとじょうろを傾けました。じょうろからは光が雲に降り注ぎます。 「あら、新入りさんかしら？」 凛、とした声が聞こえます。気付けば、いつの間にか、小悪魔とイナバさんの後ろには、少し黒ずんだ羽の、オレンジ色の髪をした美しい天空人の女性が立っていたのでした。 「おばさん！また来てくれたの!!おいらさ、この耳の長いヒトに綺麗な珠を貰ってさ!!」 天使の羽を持った女性に、コウモリ羽の小悪魔が目をキラキラさせながら言いました。 見上げるイナバさんに女の人は独り言のように彼方まで拡がる花園を見渡しつつ言いました。 「見かけは違っていても、私達はみな同じよ。……だから、だから大丈夫よ。ね？」 また一人、そしてまた一人、美しい人たちが近くを通りました。皆、気持ちのよい挨拶を小悪魔にしていきます。 イナバさんは頷きました。ここもイナバさんが来るべき場所ではなかったようです。イナバさんがお辞儀をすると小悪魔がたたたたた、と雲の端まで走っていって、球根を一つ持ってきました。 「これを持っていって育てておくれよ！きっと綺麗な花が咲くから！」 イナバさんは球根を受け取り、袋を大きく広げると、また中に飛び込みました。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次に出たのは、砂漠のような場所でした。……砂漠ではありません、荒野、といったほうがいいでしょう。緑のほとんどない、砂煙の舞う寂しい空間… こんな場所に誰が居るというのでしょう。きょろきょろと首を巡らすと、少年が一人歩いてくるのが見えました。…彼を見た瞬間、イナバさんは、皮膚が粟立つのを感じました。……様々な命を見てきたイナバさんにはわかるのです。少年は人間ではありませんでした。いや、自然に生まれた命ですらなかったのです。少年から伝わってきた命の波動は、人為的に作られたものだったのです。……少年は銃のようなものを構えていました。彼の瞳は血の様に紅い色をしています。小さな虫から大きな大きなクジラまで、生き物は、どんな命もイナバさんは大切にしてきましたけれど、今は立ちすくんで震えていました。こんな生き物に会うのは初めてです。 すると、少年は銃を下ろしました。瞳の色は紅から深い琥珀色に変わっています。 「君は……モンスターじゃないのか。」 確かに、後足だけで歩くウサギがいたら、普通はびっくりするでしょう。警戒するのがあたりまえです。……そのとき、イナバさんは大切なことに気付きました。……この人でない、創られた命はイナバさんのことが見えたのです。曇りの無い、真っ直ぐな心をしているはずなのです。 「ゴメン。びっくりさせちゃったね。ここには君そっくりのモンスターが居て……ゴメン、本当にゴメン。」 いいんです、というようにイナバさんは首を振りました。この少年かもしれません。イナバさんが捜していたのは。 と、新しい人影が走ってきました。大柄な剣士と、可憐な少女です。 「ロディ、大丈夫か！」 「どうしましたか？」 イナバさんの足元には青いウサギのようなネズミのような生き物が走ってきました。 「おおっと、ウサギ…にみえるけど、こりゃ、おいらのお仲間、かな？いや、おいらたち風ネズミのお仲間の亜精霊ってわけじゃなさそうだね。」 少女もしゃがんでイナバさんを覗き込みます。 「でも、ただのウサギさんではありませんよね？後ろあしだけで歩いているウサギさんはいませんもの。」 「おいおい、ウサギだと？どこにウサギがいるってんだ？」 剣士が叫びます。風ネズミはにゃーっと笑うといいました。 「あ、ザックにはこのウサギが見えないんだ。うんうん、こういうウサギってのは、心が清い人間でないと見えないもんなんだ、うんうん、ザックってば相当疚しいことをいろいろやってきたからねぇ〜！見えなくて当然だよね〜」 「……ってぇと、お前らは全員そこに、後足だけで立っている俺達と仲良しこよしの白兎が見えるっていうのか？」 「……おいらは白いウサギだなんていわなかったけどね！あはは、ザックにも見えてるんだ？」 剣士も笑いました。 「ああ、不本意だが俺にも見える。…ずいぶんとぼやけているがな。多分、俺一人だけじゃ見えねぇんだろうなぁ。お前達が“見える”っていうから見えているんだ。おそらくは。」 イナバさんは、ふうっと息を吐きました。なんだかひどく安心したのです。そして、あのお日様色の珠を、少年に差し出しました。 「僕に？」 少年が左手で受け取ると、皆が覗き込みました。 「綺麗な珠だね。……なんだかミーディアムから出る光にちょっとだけ似てるよね。」 「ええ、本当に」 「ああ、なんだかな。」 少年は、腰につけた物入れを開けると、小さな花を大切そうに取り出しました。 「よかったらこれを。マリエルから貰ったんだ。……持ってるといいことがあるよ。きっと。」 イナバさんは耳に花を飾って貰いました。 少年の手は赤い血が流れている人間のモノではありませんでしたが、それでもとても暖かでした。 ここには全く持ってイナバさんの助けは必要なかったようです。イナバさんは４人に手を振り、また袋の中に飛び込みました。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次に出たのは断崖絶壁の上でした。そこに立つと、四方の山や丘、川、そして海までもが一望のもとに見下ろせました。その断崖に上る道はありませんでした。しかし、そこには確かに人がいました。吟遊詩人が一人、大きな岩の上に座って静かに横笛を吹いていたのです。彼のまわりには風の精霊が何人も軽やかに舞っています。その人は、イナバさんが現れると、頷きました。 「君、私の笛を聞いていくかい？」 イナバさんが頷いて横に腰掛けると、詩人はまた笛を吹き始めました。耳の奥に染みとおるような音楽です。そのまましばらく音楽は続きました。イナバさんもじいっとそれに聞き入ります。音楽が終わると詩人は言いました。 「私は風の竜。しかし、この体は人。奏でた音楽も、この男がもっていたものだ。……約束したのでね。彼の子供達がこの世での生をまっとうするその日まで彼と共にある、と。」 この人が寂しい誰かだったのではないとイナバさんには判っていましたが、イナバさんは珠を詩人に差し出しました。詩人は珠を摘むと、嬉しそうににっこりと微笑みました。 「私にはね、こういうものが必要なのだよ。…こういったものこそが私の力になるのだから。」 そうして、懐から革で出来た丈夫そうな四角い箱を取り出しました。箱の蓋を取ると、そこには純白のペガサスの羽と、長く綺麗な緑の髪が入っていました。そこに詩人は先程の珠を加えました。 「フュリー……」 そう呟いた詩人の顔はさっきまでとは違って人の子の表情をしていました。そして、イナバさんにいいました。 「お礼に、これをあげよう。……私が作ったものなのだけれど。」 差し出されたのは、飾り帯に挟まれていた予備の横笛でした。 「……もう、行くのかい？」 イナバさんは頷きました。 「そう。では、君に幸あらんことを。」 袋の口を大きく開けます。 イナバさんを必要としているのはどこの誰なのでしょう。寂しい誰かはどこにいるのでしょう。 今度は、こことはちょっと違ったどこかに！そう念じてイナバさんは飛び込みました。 「気をつけて……」 レヴィンという名をもっていた男の姿をした風の竜フォルセティはイナバさんの気配が消えるまで見守り、それからまた静かに笛を再び吹き始めました。 |
| イナバさんの「寂しい誰か」探し、二次創作編です。ここではドラクエ、ＷＡ、そしてＦＥ。(ＳＮは抜かしました…テコ、好きなんですが…）ドラクエはちびもぐらと小悪魔君ですぐ決まったのですが、ＷＡはハンペンかロディかで悩んで結局ロディ。ＦＥでは、よくよく考えたら生粋の人外は蒼炎のラグズ諸君を除いたらサイトで扱っているのはフォルセティのみでした… 次回は現代(?)日本編で、水島大学周辺だの宇宙鮫内部だの、今回とは打って変わってしょーもない人外大行進になる予定です…(文体も「ば」仕様になります） |