青空教授はぶつぶつと、助手の天馬氏にむかってこぼしていた。 「・・・・・ったあく、ＵＳＡのケンちゃんの馬鹿たれが・・・・」 「何なんです？ＵＳＡのケンちゃん？？？」 大空は、立ち上がり、吠えた。 「ワープから出た時の、時空安定装置が・・・・アメリカのケント博士の奴と来たら、プロメテウス自体は１００％安全だが、まわりの空間の安定は１００％じゃないというんですよっっ！あれが科学者のゆーことですかっっっっ！天馬君、ああいう男にはなるんじゃありませんよっ！」 天馬は、慰めるように教授の肩に手を置いた。 「１００％というのは、とても難しいものですよ・・・・先生、不安なんですね・・・？」 「いーや、不安ではない」 「は？？？」 「ン・・・・あんまりおもしろそうで、楽しんでおるのだ。」 天馬はぶちとんだ。 ＊＊＊＊＊ ・・・・・そうだ、わたしは『奴ら』を発生させた。ル−プから抜け出すために。・・・・間違っているのか？・・・・・わからない・・・・・『奴ら』は私のプログラミングにしたがって、ダイダロス計画を進めさせるべく動いている。実態の無い、一種のエネルギー体が。・・・・・・・・ああ・・・・・もう止められない。誰か、私以外の誰か、終わらせてくれ！ 「呼んだ？おじちゃん」 二人の子供の声がした。 「何か忘れていない？」 「そうね。忘れてるわ。」 「疲れてるんだ。」 「自分でやったことをよく思い出して・・・・」 そして長い静寂。 ベンは閉鎖された空間のなかで、また答の無い自問自答を始めた。 ＊＊＊＊＊ アレフとリーナは、宇宙港に鎮座する、小山のように大きなプロメテウスの前に居た。 「大きな船でしょう？」 リーナの声ではなかった。厳重な監視の中、アレフのような”飛べる”人間でもなければ入れるはずの無い場所に彼ら以外の誰かが居る。 「誰だ？」 アレフは、ソードのつかに手をやった。 「私よ。ユリ。」 ユリは、アレフの真後ろに、チョコンと立っていた。 「剣なんか抜かないで。私、暴力は嫌いなの。」 彼女はにこやかに笑った。 「・・・・・・・・・・・・・」 「やだぁ、そんな顔しちゃ。・・・・・・あんまり長い間ここに居ないほうがいいわ。姿をシールドして隠していても、ドーム内の温度分布、気圧変化はずっとセンサーでチェックされてる。もうすぐ警報機がなるわよ。飛んで出たほうがいいと思うんだけどなぁ。」 アレフは、ユリを一瞥すると、リーナの手を引いて、外に飛んで出た。 リーナは不安そうにアレフを見た。 「あのひと・・・・・・」 「ええ・・・・・・ただの人間じゃありません。それも、かなり大きな力を持っている・・・」 リーナは、肩をすくめた。大きな瞳に影が差した。アレフが、彼女の華奢な手を、元気づけるように握った。 「大丈夫ですよ。我々には、アリピスの神がついています。」 リーナはかぶりを振った。 「私は、神の使いなんかじゃない。私は、あなたと同じ人間だわ。」 「わかっています。・・・・・・私の言っているのは、本当のアリピスの神のことですよ。・・・・・・きっと、神は一番良い道を私達に与えてくださいます。壁の外では、こんな時、すべてを神にお任せするのです。・・・・・・」 ＊＊＊＊＊ （Ｊ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ Ｊ 、 こ っ ち だ 。 ルカの思念がＪに届いた。 Ｊは誘われるままに、一つのドアを開けた。 グレイの、ベルベットのような、壁、床、そして天井。彼が入ると、その空間は閉じられた。 広いのか、狭いのか、丸いのか、四角いのか、・・・・上下すら判然としない、奇妙な”場”だった。証明装置はどこにもないのに、仄かに明るい。どこも、一様なグレイ、眩しいような強い光は飲み込んでしまうようなグレイが広がっていた。その一部が落ち込み、あっと言う間に、Ｊは光の洪水のなかに投げ出された。 ルカの精神が、絶えずＪにコンタクトしてくる。 （Ｊ・・・Ｊ・・・・・・・思い出せ。・・・・戻るのだ。本来のお前に。・・・・・そうだ・・・・・・ペカンテ。・・・・・お前はペカンテだ。私の弟のペカンテだ。） ルカの声がする。・・・・・懐かしい。・・・・・ペカンテ・・・・それが私の名前か？ （そうだ。お前は、ペカンテだ。） にわかに、世界は紫色の光に包まれた。白い、葱坊主のような塔が一つ、二つ、いや、無数に現われた。 （ここは、お前の故郷だ。） 何処だったか？それは・・・・・ （思い出せ） ・・・・・・・ 私が救おうとしているところだ・・・・・ああ、頭がはっきりしてきた。・・・・・ここはガモフだ。我々の母なる星だ。 一瞬にして、ガモフの光景は消え去り、ペカンテの長兄、ルカの姿が浮かび上がった。 （ペカンテ、見えるか。ガルーダ星の時間のループが。） 天空に赤い曲線が延びて、輪をつくった。 （ガルーダの時間系がループとなったとき、その余波で、ここ、ガモフの時間は”点”となってしまった。すなわち、ガル−ダル−プの、一般的に言えば閉じた時空の中心点という、高ポテンシャルを獲得したかわりに、我々ガモフの”時”は流動性を放棄せざるをえなかった。） （ルカ兄、聞いても良いだろうか。） （なんだ？） （何故、流れの無い”時”の中で・・・・我々の思考は進行することが出来るのだろうか。） （完全に、時間が静止している所は、ただ一点しかない。そして、思考は、わずかな時の流れをつかまえて飛ぶ矢のごとくに速く進行するものなのだ。・・・・・ペカンテ、上を見よ。） 遠いのか、近いのか、・・・・上方の空間に忽然と円筒が現われた。透明な円筒。中には、ペカンテの兄たちが乗っていた。円筒はすーっと降りてきて四人の男と二人の女を残して消えた。みな、大きな瞳にピンと立った耳を持っており、地球人に慣れたペカンテには、どことなく不気味に映った。 六人の中の一人がペカンテに歩み寄って言った。 「ペカンテ、久しぶりだな。」 「ペカンテと呼ぶのはやめてくれ。私が今取って居る姿は確かにペカンテだが・・・・いや・・・・・いい・・・・・やはリ私はペカンテだ。」 ルカも隣に立っていた。 「我々は、ここ、ガモフを母星としている。ところが、ある時、近接宇宙のガルーダに大戦争が起こり、すべてが滅んだ。そのエネルギーは凄まじく、ガルーダの時間系はループとなった。我々の星は、時間が止まった。ガルーダ社会は”壁の中”と”壁の外”の二つが存在するようになった。”中”はコンピュータ制御システムを持つ、高度科学文明を有する世界。”外”は近代以前だ。・・・・・ところが、大戦争は、ループのなかに残存してしまった。戦争によって一度世界が白紙状態に戻るということで、ループは安定化してしまった。故に、ガモフの時間は停滞したままだ。安定化したループにほとんど変化はない。ところがある日・・・ループの外に居る我々だから判るのだが・・・・『奴ら』が発生させられた。我々が、トロピュータにコンタクトしたところによると・・・ああ、トロピュータを支配することは出来ていないのだ、何分我々の時空間は止まっているのだから。・・・・・コンタクトしたところによると、”壁の中”の科学者、ベム＝カーランド＝ヒルが『奴ら』を造った。ループのある一点で発生した『奴ら』は、歴史がハルマゲドンに突入する前に、べつの疑似時間軸を形成した。奴らの存在する歴史がループを外れて続くと、エネルギー保存則に従って、本来の時間軸は細く、弱くなる。最もそれにも限界があり、あるところで平衡状態に達するのだが、この時ガルーダの時間の流れは止まり、袋小路となる。」 「・・・・・ベンが、そんなことを望んでいるとは思えないが・・・」 ルカは、先を続けた。 「もちろん、ベンが、自らを袋小路に導こうとするはずはない。『奴ら』は平衡状態に到る前に、地球の時の流れに合流して、ループもろとも、時の線形性を回復させようとしているのだ。」 「それに、何か不都合なことでも？」 とＪ。 「それではガモフは救われない。線形的な時の流れが一気にループになったからこそ大きなエネルギーが放出された。ゆっくりと『奴ら』がゆっくりと線形性を回復していっても、爆発的なエネルギー移動は望めない。」 「ガモフは、点のままだと？」 「その通りだ。わかったようだな。少し休もう。」 Ｊはほっとしたようにルカを見た。 話が難しすぎたわけではない。 Ｊはすべてを理解していた。・・・・いや、思い出したといったほうが良いかも知れぬ。それはもともとＪの知っていることだったのだから。 ただ、その思い出した事柄の量にびっくりしたのだ。ルカの説明にはなかった事柄も頭に呼び起こされた。それらを、ペカンテとしてではなく、Ｊの記憶として整理し、定着させるのに少しばかり余計に精神力を要したのだった。 「ルカ兄、確か、私は・・・・その、つまりペカンテとしての私だが・・・ガモフを救うために、地球に行ったのでしたね？ダイダロス計画を、我々にとって都合の良い方向に持っていくこと、それが最終目的だった。」 「どうやら、すっかり思い出したようだな。ペカンテよ。」 「・・・・・しかし、”都合の良い方向”とは何だったか・・・・その辺が、まだはっきりとは・・・・」 「それはそうだ。お前がＪとなったときには、まだ確かな方向は定まっていなかったのだからな・・・もう、休憩はいいか？」 「ああ。」 「少し戻って話を始めよう。お前がＪとして生まれる瞬間のことだ。我々は、アムネリスに割り込み、その一部を占拠して、お前、ペカンテの生命現象を”Ｊ”に変換した。だが、その時既に先客が居た。ベンもまた、アムネリスに”精神投影”という形でアムネリスに入り込んでいたのだ。我々は、彼の存在を黙殺した。実体を持たない我々は、遠く離れたところからは、ほかの有機体、ほかの精神を意のままにすることは不可能だったからな。それに彼は結局の所己れが何をしているのか、何を目的とし、そのために何をすべきか、全く認識しては居なかった。・・・・・・ところが、思いがけないところで、ベンの影響が出た。Ｊは、我々と話をする能力を持つのではなく、ベンの精神により惹かれ、彼の精神這を受け止める力を持ってしまった。お前が、Ｊとなり、我々の手となり、足となり、働いてくれることを期待していた我々にとっては、それは大きな打撃だった。が、お前は、初めにすり込んだ使命を忠実に守って来た。そして、今、私の手助けで、ペカンテとしての記憶を回復したのだ。・・・・・お前はよく働いた。お前が集め、教育した猫どもにも、期待をかけているぞ。・・・・わかったかな、ペカンテ。」 「ああ。・・・・・・よくわかった。・・・・・」 そうは言ったものの、Ｊは訳のわからない、もやもやしたものを感じた。いや、Ｊではなかったかもしれない。目覚めたばかりのペカンテ。ペカンテとしての意識が、兄、ルカに対して反抗していたのだった。 ・・・・・わかったな、ペカンテ。・・・・・ ・・・・・いいな、ペカンテ。・・・・・ ・・・・・こうしろ、ペカンテ。・・・・・ Ｊの頭のなかで、ペカンテが、幼い頃よりルカから言われ続けてきた言葉がガンガン鳴り響いた。ふつふつと沸き上がる、ルカと、その仲間への不信感。 （私だって、ガモフの者だ。ガモフを救いたいという気持ちは、兄さんと同じだ。何も、獣にならなくとも、私は働けたはずだ。・・・・・なのにルカは否応なく、私をＪにすると決め、勝手に送り込んだ。Ｊになってしまったら、私の、ペカンテとしての意識は無くなってしまう。私は、今まで、ルカの末端でしかなかったのだ！・・・・） 「ペカンテ、どうしたのだ。わかったのだな？」 「わかっている。Ｊおよび、Ｊが”一族”と呼んでいた猫たちに、この星を救えというのだな？。それとも違うのか？」 ルカは、眉をそびやかした。 「当然のことではないか。」 「かもしれない。私にとっては。だが、”一族”の猫は、幾ら多少の知性や能力を持っているとはいえ、元はといえば地球で生まれ地球で育った者だ。彼らにとってはガモフの運命など・・・・」 「何を言う。所詮あいつらは動物だ。動物の心理状態を考える意味などない。それに、あいつらはお前に全幅の信頼を置いている。やらせられぬはずがない。」 「ルカ兄、確かに彼らは動物だ。でも、・・・・知っていますか？地球の言葉にこういうことがある。”猫は、家につく”という。そして、彼らの家は、決してこのガモフではないのです。」 「ペカンテ？」 「・・・・・・心配は無用。なんとかしますよ。」 ”人間に近くなってしまったものについては断言は出来ないが。” Ｊは心のなかでつぶやいた。 Ｊは、淳だけは、自分の操り人形にしたくはなかった。ペカンテがルカの思い通りに動かされたのと同じように”孫”も自分の言うままに動くであろうがそんなふうにはさせたくなかった。もし、ルかが、初めからＪにペカンテの意識を残していたのなら、Ｊは”孫”を何の躊躇もなく、ガモフのために使ったのかもしれないが。 「野田 淳のことか。ガルーダの連中と、密に接触しているようだな。あれには、当分何も言うことはない。いざというときに協力させればよい。」 Ｊは何も言わなかった。表情を変えずにルカを見つめていた。 可笑しかったのだ。自分の身内というだけで、決して裏切らないと信じている兄、ルカ、そしてその仲間たち ガルーダの連中と比べても、”奴ら”と比べても、もちろん地球と比べても、情報的には格段におおいものを持っていたのに、どうしてもイニシアティブを取れなかったガモフ。・・・・あまりにも、自分たちに自信を持ちすぎていた。悲観的になることを知らなかった。 ほかのどのグループも、真実のほんの一部しか知らない。だが、ガモフは、最初から真実を掴んでいた。それなのに、今だに悠然と構え、解決できないでいる。 そういえば・・・Ｊはペカンテの記憶をたどった。ガモフが”点”になるということも、そうなるずっと以前からわかっていたのではなかっただろうか。そう、その可能性があるのは予想されたのに、その時にすぐ行動を起こせば阻止できたであろうに、ガモフの者は何もしなかった。 （少しは、ましになったのか？） Ｊは考える。今のガモフの者たちは、現実に対し、立ち向かおうとしている。 ＊＊＊＊＊ Ｊが目を閉じ、顔を上げると目蓋を通してあたたかな太陽の光がやってくるのを感じた。 松本家の庭の隅であった。 確かに私はペカンテだった。そしてルカに会い、ペカンテだった頃を思い出した。 そして？ ガモフのために・・・・・ （とりあえず、歪みを大きくしろ、ペカンテ。） ・・・・・難しい仕事だな。 歪みを大きくする、一番速い方法、確かな方法は”とぶ”事だ。長く、大きく、広く飛び、そこで、自分の居る時間軸と矛盾するようなような行動を取る。 しかし、そのような”飛行”が出来そうなのは淳だけだった。 （あとは、精神波を飛ばして、矛盾を生じさせるより無いな。） Ｊは伸びをすると、垣根の下を抜けて通りに出た。 ＊＊＊＊ 宇宙港、ドームの前。午後十時。 出発を翌日に控えた淳がドームを見上げていた。 足元には小さなスポーツバッグが一つ。大きな荷物は既に積み込み、あすはこれ一つを持って乗り込めば良かった。 ・・・・このままプロメテウスに乗っていいのだろうか？・・・Ｊ、答えてくれよ。Ｊったら・・・・ 「わっ」 淳は小さな叫び声を上げた。 何やら妙な物が、周りにふわふわと浮遊していた。四角い・・・青い透明な立方体が徐々に淳のそばに集まってきていた。 「何だ？これは！」 淳が駆け出すと、ついてきた。 「こっちへ来るなっ！」 すーっと立方体が淳の目の前に迫った。淳は夢中でそいつをたたき落とした。ぶよぶよした、変な感触だった。立方体は一旦怯んだようだったがまた淳に襲いかかった。 淳はとんだ。 「お前、そりゃ、気持ちは・・・・・ あれっ？ あわてると、いつもここに出ちまう。 だけどアレフの奴は居ないし、仁は？ひっくり返っちゃいないけど・・・うげげっ、立方体ついてきてる！ 淳はあわてて、ドームの所に戻った。 不思議なことに、立方体は来なかった。 淳は、アスファルトの上に腰をおろした。 「うー、どうなってんだい。 「やあ・・・・びっくりしているようだね。」 アレフとリーナが立っていた。いきなり現われたのだ。 「いつの間に・・・・・？」 「ついさっきからだ。奴らが居たからな。」 「そうか・・・・あれが・・・・げっ、また来た！」 淳は思わずアレフに飛び付いた。アレフは落ち着いたものだった。すぐに、ソ−ドでコントロ−ルの立方体をたたき割った。すべての立方体は白くなって落ちた。 「大丈夫。もう大丈夫だ。」 そのとき、カメラのフラッシュがばちばち焚かれた。淳の目の裏に緑色の像がしばらく焼き付いいていた。目がはっきりしてきた途端、周りにたくさんの人が居るのに気づいた。カメラマンや、インタビュアーも居る。 「私はここ、プロメテウス号の前で、今日乗り込まれる方の中でお若い四人の方にお話を伺おうと思います。さあ、いよいよですね。」 仁、修子、ユリ、が淳の隣に並んでいた。 「いやぁ、夢みたいとしか言いようがありません。」 仁はにこにこしながら答えている。 「あれっ・・・・アレフは？・・・」 「え？ランドルフさん、見送りにきているの ？」 修子は小声でいった、顔はしっかりテレビカメラに向けている。ユリがその横で微笑んでいる。 「しかし、凄いですね。こんなにもたくさんの人が見送りにきていて・・・」 そういう仁のほうを見て、淳は息を飲んだ。再びさっきの立方体がやって来ている。 「皆、伏せろ！あれ、あの大きいのをたたき潰せ！」 そう叫びながら、彼はそいつに向かってスポ−ツバッグを投げ付けた。 それらは、一瞬のうちに消えてしまった。周りの群衆も、仁も修子も消えた。 「？？？・・・・・」 スポーツバッグだけが五メートル程離れたところに、一つポツンと転がっていた。淳はバッグを拾い上げ、土を払った。 「あはは、やっぱりここか。」 仁がやってきた。 「ここじゃないかと思って、来てみたんだ。明日早いんだぞ。もう寝ろよ。」 ？？？？？？・・・・・・・ 「あ！仁！危ない！」 また立方体が襲ってきた。スポーツバッグを目茶苦茶に振り回しているうちにそいつは消えた。そして・・・辺りには、仁は居なかった。 「ど・・・・・どうしたって言うんだ。いよいよおかしくなっちゃたんだろうか。」 だいぶ経ってから、淳はそう言った。すると後から答があった。 「あなたはおかしくなんか無いわ。おかしいのは時間の流れ。」 ユリが居た。 「あなたが、今経験したことは、皆僅かづつの可能性を持って起こるかもしれなかったことなの。そして、たぶん、こうして私と話しているって事がここでは正統な歴史として残るわ。ただ、あなたに色々なことを実際に経験させてしまったから、歪みが心配だけど。それは私の責任で・・・・」 終わりのほうはよく聞き取れなかった。なぜなら、また、立方体が襲ってきたからである。 淳は、スポーツバッグを振り上げた。その腕を、ユリは下げさせた。 「待って。私に任せて。うまく処理するわ。」 ユリは、呆然としている淳の前を立方体に向かって歩きだした。幾つかの立方体がユリに吸い付きやがてすべての立方体が群がった。 そして、それらは、いきなり消失した。ユリはそこに立っていた。 「君はいったい・・・・」 淳が、絞りだすように声を発した。 「何者かって言うんでしょ？・・・・・そうね・・・・まあ・・・・・大宇宙の意志ってとこかな。」 目をひんむいた淳に、ユリはからからと笑った。 「冗談よ、冗談。・・・・何者だなんて・・・・・いいじゃないの、そんなこと・・・」 少し平静を取り戻した淳には、『いいじゃないの、そんなこと』というのが、彼女自身に言聞かせるように取れた。 「フフ・・・・私、今度のことに、かなり関係があるの。・・・・ガルーダの時間軸がねじれた、その時には物凄いエネルギーの動きがあったわ。その余波で私は生まれた。」 ユリは、いたずらっぽい目をくりくりさせて淳を見た。 「そうなのよ。人間って訳じゃないの。ただのエネルギー体・・・・らしいな。私って。」 「どこでそれを？」 「ン？私、意識を持った時はガモフ星に居たのよ。ガモフは、ガルーダループの”場”の中心点、高ポテンシャルになってたらしくって。ガモフ星って、情報収拾能力にだけは長けてるの。だから、私の存在理由も予想できた。ただ・・・・あそこの人たちは実行力というものに欠けていて、ま、退屈だったわ。私は、ガルーダにも行ってみた。どうして私が生まれたのか知りたくて。」 「地球には、どうして？」 「・・・・・あら、淳くんに会いに来たのよ！」 「は？？？？」 「いいじゃないの、・・・プロメテウスで会いましょう！」 淳の見ている前で、ユリは消えてしまった。 ＊＊＊＊＊ 僕は、殺菌燈の照らす長いムービングロードに乗っていた。プロメテウスへのタラップ。Ｊは乗っているだろうか。そして一族の猫たち。Ｊのことだから、監視装置なんか物ともしないんだろうが、心配だな。 「行く前からワープ酔いでも起こしたか？淳。」 隣に居る仁の奴が笑う。気楽でいいよ、仁はさ。 離陸の様子を言うのはよそうと思う。僕は色々考えていて、それどころじゃなかったんだ。離陸して十数日後、割り当てられた船室から出て、僕はプロメテウスの中を”飛び”回ってみた。Ｊに会いたかった。Ｊだって、船内で僕と話すって言ったじゃないか。精神波は捕まえられなかった。・・・と、とんでもないものにぶつかってしまった。事もあろうに、アレフが一人で廊下をうろついていた。僕はダッシュしてアレフを脇道へ引きずり込んだ。 「何やってんだよぉ！見つかったらどうする。リーナはどうした！」 アレフは僕の手をもぎ放した。いてっっ！ 「見つかったら飛べばいい。・・・・・君のように騒ぐほうがよほど目立つ。リーナは動力部に居る。」 あれ？”リ−ナ様”の”様”が取れてら。 「宇宙船は？」 「地球に捨てた。・・・・正確に言えば、自爆させた。」 「あの・・・・・それじゃあ・・・・アレフたちが、プロメテウスの進路を曲げたとして・・・・僕はそうさせる気はないけど・・・・二人とも、ガルーダには帰れないじゃないか。わかってるの？」 しばし、僕らは見つめ合ってしまった。 「私のような文明の程度の低い所から来たものでも、そのくらいはわかる。あいにく、宇宙船を持ち込むすべを思いつかなかったのだ。・・・・・リーナ・・・・リーナ様がユリとか言う娘に送ってもらえればよいのだが。ユリという娘は、何か、とてつもなく大きな力を持っている。私にはわかる。リーナは長の娘。長のかわりに、国を統べなくてはならない。壁の外の民は、御空人の長を崇める。その、御空人の世界が乱れてみろ。幾ら我々が愚鈍でも、やがて気づいてしまう。私のように。・・・・・”壁の中”の人々が、我々と同じ人間だと。戦が起こり、世は乱れる。それはアリピスの神の教えに反することだ。・・・淳。私は、それを恐れている。プロメテウスがガルーダにコンタクトすることと同じくらいに。」 なんか・・・・背も高いんだが、それ以上にアレフが大きく見える。民族衣装にソード。文明人ではない。でも・・・彼が味方だったら頼れる人間だったのに。・・・・ええい、何言ってんだ。アレフたちの思うように、プロメテウスの進路をねじ曲げたら、僕らの一族は三十％の確率で消えちゃうんだぞ。でも・・・・・・アレフだって必死なんだ。自分たちの世界を守るために！ 「淳。・・・・・これからは君とも戦わねばならなくなる。手加減はしない。お互い、戦士としての戦いをしよう。」 あのナ・・・・・やっぱり時代錯誤だ。・・・アレフの奴にっこり笑う。うわっなんなんだ。なんか・・・・かーっと頬が熱くなったりして・・・・ そして、アレフは消えた。いやだ。まだドキドキしてるぞ。しっかりしろ。お前は男だろ！ （淳） 後から、呼び掛けがあった。間違いない、この感じは・・・ （Ｊ！） Ｊは、廊下の真ん中にちょこなんと座り、僕をじっと見ていた。 僕は、精神波で話し掛けた。いつもの冷静無比な返答が返ってくるのを期待して。・・・だが、返ってきたのは、怒りと焦りの入り交じった精神だった。目はぎんぎんに光り、毛並みはやつれてぼろぼろになっている。 「Ｊ!?」 （・・・・野田 淳・・・ミュ−タント猫たちは、私が集めた。今、実験動物のなかに紛れている。・・・・動き始めた。もう、引き返せない。） あぁ、Ｊ、・・・・どうしたんだ、そんなにやつれてしまって。 「動き始めた？で、僕は何をすればいい？言ってよ。Ｊだけが一人でそんなに疲れてるのはいやだよ。ね。何すればいい？」 Ｊは真直ぐに僕を見た。その目には、先程までの疲労感は全く無かった。 ・・・・野田 淳、よく聞け。私は私なりに戦う。私が私であることを正当化するために。私についてくる者のために。宇宙に普遍的に存在する法則のために。・・・・お前も、お前なりの戦いをするのだ。思うようにやってみろ。無茶でもよい。自分の信ずる者のため、こうなって欲しいと思うことのため憶せずに行動し、飛べ。時間の歪みが何だというのだ？ガモフが、ガルーダが、地球が、何だというのだ。すべては、お前の考え方次第なのだ。”奴ら”など恐れることはない。お前には、奴らをこえるだけの潜在能力があるはずだ。 言葉と共に、Ｊの意識が僕の頭に流入してきた。悲しみ、怒り、切なさ、無力感・・・Ｊ、・・ペカンテの心。アレフたちの星、ガルーダのこと。リーナの父親のベンのこと。自分で自分を追い詰め、”奴ら”を造ったベン。自分に支配されている不可解な状態。時間が点になってしまったガモフのこと。あまりに無機的なガモフの様子。・・・狂ってる！狂ってるよ！・・・・・でも、誰が？リーナの父親？でも、その人は一生懸命にどうにかしようとしてるんだ。ガルーダの戦争がいけないのかな？・・・・・・でも、戦争を起こすのは人間だよ。・ ・・・誰か一人が悪いって訳じゃない。ただ、Ｊは憎んでる。ルカと、彼を取り巻く人々、その人自体というのでなく、ガモフの時間の停滞を。 ・・・・淳、お前は思いのままにいけ。私は航法士の心に入り込み、プロメテウスをガモフへと導く・・・・・・・アレフと、直接は敵対せずにすみそうだな。・・・・・お前と、お前の仲間たち、それがお前のテキストなのだ。 Ｊは消えた。 ＊＊＊＊＊ ユリは機械室に居た。彼女は、ベンが、どのような状況に居るかをリーナに説明し終えたところだった。 「知らせないつもりでいたのよ。あなたが知ったら事態がこじれる恐れがあったから。でも、私があなたたちのことよく知ってるのに、あなたがあなたたち自身の星のことを知らないのはとてもおかしなことだって思ったの。だから話したのよ。」 リーナは、床に座り、上目遣いに射抜くように立っているユリを見た。 「それで、あなたは何をしようというんですか？」 ユリは、規則正しく駆動を続けるサイクロトロンエネルギー変換器を見ながら言った。リーナと目を合わせるのを避けていたのかもしれない。 「私がしようとしているのは、ガモフの時の流れを活性化して直線にすること、ガルーダのループをばらしてやはリ直線にすることガルーダループを直線にすれば、ガモフも直線になるでしょうけど。矛盾に満ちた行動をとり、時空を混乱させていたものは消えるなり変化するなりするわ。”奴ら”やベンのことよ。そのほかのものも多少変化するかも。時間を支配するエネルギーはとても大きいものなのよ。。何もかも元通りにするの。時空間をねじれさせてね。」 「ユリさん・・・・あなたの話したことが本当だとすると、ガルーダのループを切断すれば、ガルーダは滅んでしまいます。戦争で、徹底的に破壊されてしまう。」 ユリは気の毒そうな顔をした。 「ループになったことが異常だったの。・・・本来終わるべき世界だったのよ。」 リーナは拳をぎゅっと握って立ち上がった。 「許せません。私は。ガルーダを見捨てられないわ。」 ユリは、首を振った。 「私は、何といわれようとやるわ。・・・ガルーダループを切断する手段が難題なんだけど。」 「たとえ、私達の世界が、進歩性のない閉鎖空間でも、皆、幸福に暮らしています。変化など、望んではいません。」 「そうなの？ループはそんなにいいものなの？・・・・その中の一点ではいつも戦争があって、何十億人もの人が死んでいっているのよ。身悶えし、叫びながら。」 「それなら・・・・どうにかして、ループから戦争を除きます！」 「どうにかして？・・・・どうする気？言ってごらんなさい。」 リーナは、黙っていた。 「・・・・・手を出さないでね。うまく歪ませないとますます時空が混乱してしまう。」 リーナは、口の中でもごもご言っていたが、感情が抑制を突き破り、言葉となってでてきた。 生来の身分の高さからか、その声には、凛とした気品が感じられた。 「いいえ。私は諦めません。私も、跳躍能力を持っています。能力は低くても”飛んで”ガルーダループを存続させるように、あなたの行動に対抗してみます。」 ユリは背をむけ、自室へ飛んだ。 ＊＊＊＊＊ プロメテウスでは、何事もなく、時が流れていった。大空の言っていた時空安定装置の欠陥による事故も起こらず、既に、二十回のワープを終了していた。相も変らず仁と修子は軽口を叩き、淳は来るべきことに頭を悩ませ、ユリは、公式の場では静かに振る舞っていた。 誰も、・・・・・航法士でさえも、航路がガモフへと向かっていることを知らなかった。Ｊと、淳と、ガモフの住人を除いては。 Ｊは、時の来たのを知った。あと一回のワープで、・・・手を加えれば・・・ガモフに着くことを。彼を招く長兄ルカのイリュージョンがＪの脳裏に浮かび上がった。 ＊＊＊＊＊ 二十一回目のワープに入った。航法士は、惚けたような目つきで亜空間スクリーンを見ていた。彼の精神は、Ｊによって一種の催眠状態に入っていたのだ。ワープアウトの衝撃が収まると、レーダ−手が叫んだ。 「なんだいこりゃ！」 船外には見慣れぬ光景が広がっていた。ガモフがあった。いや、あるように見えた。実際に在ったのは、ガモフではなかった。ガモフは、月の視直径の100倍の壮大な幻として、プロメテウスの前に出現したのだ。 （幻・・・・・） 展望ルームに居たＪはつぶやいた。ガモフ、ガモフ、Ｊよ、お前はガモフの実体を見たことがあるのか？ガル−ダの者はこうなっていることを知っているのか？ガモフとは、惑星の名前であったはずだ。しかし、もう・・・・・停滞した時間、点、幻だ。そこでは、・・・・・そこでは、惑星という言葉は無意味だ。 幻のガモフから、声が聞こえた。 （・・・・よく来たな、ペカンテ。） ＊＊＊＊＊ コクピットは騒然としていた。大きな惑星がいきなり出現したのだから無理もない。それに加え、質量計には地球クラスの惑星の存在が出ているにも関わらず、元素分析不能であり、何より向こうが透けて見えるというのが不気味だった。学者連で一番冷静だったのは、ワープ酔いで寝込んでいた青空博士だったが、博士も、知らせを受けたあとは、冷静どころの話ではなかった。彼は、コクピットへと走った。 仁と修子、淳、ユリは、博士に呼ばれ、後を追った。だが、淳は、角を曲がるところで、ユリに備品室に引っ張り込まれた。仁たちは、眼前の重大事に気を取られ、ユリたちの事には気づかなかった。 「ユリ！何すんだ！」 ユリは、後手に扉を閉めた。 「何かあるにしても、後にしろよ！今はとにかく、状況を把握しなくちゃ。」 ユリは、呆れたように、壁にもたれかかった。 「あなたそうとう馬鹿ね。私は、ガモフに居たことがあるのよ。地球の人たちが知らないことまで、全部知っているの！情けない！私は、ガモフ人の中でも特異的な存在のＪに強く惹かれたの。・・・・何よりＪには実行力・・・他のガモフ人にはないもの・・・を感じたから。だから、野田くんにも会いにきたのよ。がっかりさせないで！。もっと精神を集中させて！」 淳は言われるままに、精神をガモフに集中させた。幻が見えた。 「見えた？ガモフは確かに惑星よ。いいえ、惑星だった。でも時間の停滞と共に、質量は残存したものの、実体はほとんど無くなった。」 「うん、・・・・じゃあ、見えているのは何なんだ。あんな大きなホログラフィーをどうやって作る？実体がないのにはっきり見えるのは・・・・待てよ、質量の他に、しっかり残っているものがあるんじゃないか？」 ユリは、こっくりうなずいた。 「・・・・・ガモフ人の、精神・・・・かな？」 「・・・・・と言うより、妄想。時間軸が点になり、住んでいたものの生物体としての機能は停止状態になったの。でも、”意識”は止まっていなかったわ。」 「それじゃ、Ｊの言ってた”ルカ”とかも・・・」 「そう。現在のガモフで冬眠状態になっている実体を離れて、精神だけで生きてるわ。でも、あの人たちは、精神だけでも結構うまく暮らしていたみたい。 ・・だけど、長ーい間、考えることしか仕事がなかったものだから、知識は増幅、何より、自意識過剰。」 淳は、ユリの姿をじろじろ見た。ユリは笑った。 「私は幻じゃないわ。一応実体はあるでしょう？」 その笑顔が凍りついたように険しい顔になった。 「これからが本番。一波乱来るわ。・・・・野田くん、あなた、どうするつもり？」 淳は、額に手を当て、考えた。しばらくして、手を放した彼の顔は、ある決意に燃えていた。 「僕は、本来在ったように物事を並べ直す。ガモフを覚醒させるため、アレフには悪いけど、ガルーダループを壊し”奴ら”を消し地球には手を出させない。」 ユリは頼もしげに、淳を見ていた。 「で、やっぱりアレフに悪いから、ガルーダの最終戦争を消し、リーナ達も救う。」 ユリは壁からずるっとこけた。 「あ・・・あんまり、それって楽観的じゃないかしら？」 淳は澄ましていった。 「夢は大きなほうがいい。僕はやりたいようにやる。」 そして、思わず腕まくり。 「具体的に、どうするか決めているの？」 「うん。今の時間軸に極端な矛盾が生じるようにすれば、安定な直線になるはずだろ。・・・・プロメテウスでＪに会ってから、ずっと考えていたんだ。ガルーダループは不安定な形だ。それが辛うじて持っていたのは、トロピュータというコンピュータのデータがあったからだよ。最終戦争に後、驚異的な速さで文明が回復しているのもそのためだ。だから・・・・僕は、最終戦争の直後に飛んで空間を歪め、トロピュータを壊すつもりだよ。僕の力で足りるかはわからないけれど。後のことは出たとこ勝負。」 「・・・・・そうしてもらえると有り難いわ。私”飛ぶ”事は出来るけれど、普通にいう生物ではないから、空間を歪ませる力は小さいの・・・だからこそ宇宙をあちこち飛び回っていられるのだけど。・・・・でも、あなたの力を”引き出す”事は出来るわ。私も一緒に飛ぶわ。」 その時、緊急放送が、船内中に響きわたった。 「各乗員につぐ！緊急事態発生。ただちにＡ級警戒体制を取れ。船内に侵入者あり！繰り返す・・・ ユリは青ざめた。 「野田くん・・・・・」 「ああ・・・えらいことだ・・・・」 「あなたもそう思うのね？ガモフの人々の精神が、実体を求め、何らかの形で入り込んだって・・・・・」 ＊＊＊＊＊ その頃、大空、仁、修子の三人は、まだコクピットにはたどりついてはいなかった。放送を廊下で聞いた三人は、近くの小部屋に飛び込み、肩をよせあいじっとしていた。部屋は暗く、不安な雰囲気を盛り上げるのに効果抜群だった。二回目の放送が聞こえた。 「保安員以外は、その場を動かないでください。侵入者はまだ捕まっておりません。」 「先生、誰が侵入したんでしょうか。淳の奴、大丈夫かな・・・」 と、仁。 「こんな、宇宙の真ん中では、宇宙人以外考えられんだろう？・・・宇宙人か！それならば、ぜひ会ってみたいものだな。・・・・しかし、出くわした惑星のことも気になりますねぇ。うむ、やはりコクピットへ行こう。」 大空は科学的興味で、顔を輝かせ、ほとんどスキップしながら、扉を開けた。修子が大空夫人手編みのセーターをぐいと掴み、仁はすかさず扉を閉めた。 「先生！宇宙人に会ってしまったらどうするんです！ＥＴだったらともかく、物体Ｘや、エイリアンや、キラアク星人だったりしたら・・・・・私、先生が、ぐちょぐちょの挽肉になるのいやです！」 仁は、のぞき窓から廊下を見ていたが、一匹の猫が歩いているのにきづいた。実験動物が逃げたのだろうか。 彼は扉を開け、猫に手をのばした。 「よーし、猫、こっち来い、そんなとこ居ちゃ危ないかもしれないぞ。」 虎じまの大きな猫は、”にやり”と笑い、仁の顔に飛びかかってきた。次の瞬間、猫はぐったりと倒れ、修子がレーザーガン片手に立っていた。 「し、し・・・・しゅー子、殺したのか？」 修子は、袖口で、きゅっきゅっとガンをこすった。 「いやだぁ、パラライズしただけよ 」 「しかし、そんなもん、どっから・・・・」 修子は、部屋の隅の棚を指差した。なるほど、非常用のパラライザーがあと二挺置いてあった。 「仁くん、あの猫変よ。さっき、たしかに”笑った”わよ！ねぇ、・・・・これはきっとプロメテウスの危機だわ。・・・・私たち、やるっきゃないわ。・・・・宇宙船のなかで凶悪宇宙人退治なんて・・・・考えただけで・・・きゃっ 」 修子は、いかにも楽しそうに、廊下へと飛びでた。 「あ、あ、・・・待てよ。修子、俺も行くから待てよ！」 仁が続いた。 「ふっふっふっ・・・おもしろくなってきましたよ・・・・」 大空が、残りの銃を取り、三人は部屋をあとにした。 ＊＊＊＊＊ Ｊはルカと向き合っていた。ルカは、Ｊが地球から連れて来た猫のうちの一匹を、精神的に支配していた。 「ペカンテ、実体があるということは快いものだな。この動物の体はまるで、我々に合わせて作られたようだ。」 そういって、ルカは薄笑いを浮かべた。Ｊは目を釣り上げた。 「ルカ、話が違う。私が猫たちを連れてきたのは”体”を提供するためではない。」 「もちろん、究極の目的は、ガモフの時間を線にすることだ。そうすれば、我々は我々自身の体を使えるようになる。だが、そうするためには実体があったほうがよい。猫どもの体を借り、我々は、ガルーダループを壊す。お前の協力の下にな。」 Ｊは、尻尾をピンと立て、ひげを震わせた。 「何をしろというのだ。」 「飛ばせろ。一番の能力を持っている、あの猫を。そして、一族を飛ばせる。孫猫の波に同調すれば、飛ばせることは可能だ。」 Ｊは目を丸くした。 「そんなことをすれば・・・・」 「ああ、猫どもは、体が耐えきれずに死ぬだろう。孫猫もそのほかの猫を引っ張った負担でどうなるかわからんな。・・・いいか、ペカンテ。必要なのは質量なのだ。次元の谷間に迷い込んだ質量。それがすべてエネルギーに変化すれば、ガルーダループを粉砕することなど、赤子の手をひねるようなものだ。」 Ｊの毛は、残らず逆立っていた。 「一族の猫の力を借りたいと・・・・・言ったのは・・・ただ、質量が・・・孫猫に同調し得る質量が・・・欲しかっただけなのだな。・・・あれは飛ばない。野田 淳は、やりたいようにやるだろう。」 「飛んでもらう。・・・我々が、この船の地球人の生死を握っていても、孫猫は断るかね？・・・ペカンテよ。私が憎いか？私は、ガモフを救いたいだけなのだが？幾ら、ガルーダのループが出来たといっても、ガモフに点になる必然性はなかった。ガモフ人の思考に、科学に偏り、安定した停滞への憧憬が、ガモフの時間を点にした。そこから抜け出すには、有機的な、ねとねとしたプロセスがあって然るべきだ。お前がいやだというのなら、私はお前を倒し、お前の精神を乗っ取り、猫どもを飛ばせるぞ。新しい、ガモフの歴史を作ろうではないか。ペカンテ。さあ。」 Ｊは黙っていた。 「返答は？」 ルカがきいた。 「ノーだ。」 Ｊは断固として言い放った。 ＊＊＊＊＊ このやりとりは、淳にも届いていた。淳は、ガモフの人間が、猫の体を借り、プロメテウスを押さえ、淳を脅迫していることを知った。 ・・・・そんなことさせるかあっ！Ｊ今行くよ！ Ｊの所へ行こうとする淳に、Ｊが叫び返した。 ・・・・来るな！ルカは私が押さえる。お前は一族の猫たちを頼む。決して動力部には侵入させるな。 淳は、Ｊに会いたい気持ちを飲み込み、猫たちと対決するため、ユリの手を引いて動力部へと飛んだ。 ＊＊＊＊＊ ユリは言った。 「こんなことになるとはね。・・・ガモフの人たちの精神は、予想以上に活性化しているわ。・・・本来、喜ぶべきことなんでしょうけど。」 二人は、動力部の入り口にでた。機関士が、五匹の猫に囲まれ、立ちすくんでいる。ユリは、何処から入れたのか、ヒートガンを腰から抜いた。淳はあわてて怒鳴った。 「やめろ、猫たちは操られているだけなんだ！」 ユリが動きを止めた時、三本のレーザー輝線が猫たちを麻痺させた。 「おじさん、大丈夫？」 修子が機関士の肩に手を置いた。 「私は大丈夫。それより、猫の一団が、Ｅブロックに侵入した・・・」 「Ｅ・・って中心部じゃないか！」 淳が走りよった。 「あらぁ、野田くんにユリさん？逢引き？」 いつも明るい修子であった。 「いくぞ！」 淳のあとに五人が続いた。 ＊＊＊＊＊ 何だかどんどん流されていくみたいだ。頭の中が、グルグル回る。次の角を曲がればＥブロックという時、僕たちは、新たな敵と出会ってしまった。床一面を覆う青い立方体。こんな時に出るなっていうんだ。ユリが、一歩前に出た。あ、この前みたいにやるんだな。頼んだよ。ユリは、立方体の中に足を踏み入れ、悲鳴を上げて帰って来た。足に立方体が一個刺さっている。どうなっちゃったのさ。 「駄目、今の奴らはループを切ることしか考えてないからどうにもならないわ。」 げ。すると、コントロ−ルをたたき壊すしか・・・・何処にあるんだよ。 「僕、こういうの慣れてないんだよ。」 立方体がじりじり迫って来た。僕らを敵だと結論したらしい。その時、床を埋め尽くした立方体の向こうから、アレフとリーナが猫と戦いながらやってきた。アレフは、立方体に気づくとリーナを後にかばった。猫たちも動きを止めた。 「アレフ！コントロールは何処だ？」 僕は叫んだが、アレフも咄嗟のことで、あわてているようだ。 すると、ユリが、飛んでリーナの後に回ると、リーナを立方体のなかに突き飛ばした！ 「ユリ！なんて事をするんだ！」 立方体はリーナを襲った。華奢な手から、血が流れているのがわかった。ところが、すぐに、立方体は離れ、アレフと戦っていた猫に飛びかかり、追い散らしていった。リーナは、ぺたんと座り込んだ。アレフはユリに向かってソードを向けた。うん、そりゃ怒るよ。 「御免なさい。賭だったの。あいつらは、ベンの創造物よ。さすがに自分の娘には気づいたようね。奴らはリーナを守るために猫を追ったわ。・・・今は啀み合っているときじゃないわ。とにかく、動力部を守りましょう。ルカは、どうやら、ガモフ以外はどうなってしまってもいいと思ってるらしいわ。・・・許せない！」 ユリは動力部へ飛んだ。僕も飛んだ。アレフもリーナも。 ＊＊＊＊＊ 仁は、ぼーっとしていた。 「なんだ、あの立方体は・・・・」 修子は首を傾げた。 「何故、ランドルフさんが乗っているの？それに、あの髪の色・・・・剣なんか持って・・・・似合ってたけど・・・・・」 大空は、気絶していた。 「何より変なのは、皆、一斉に消えちまったって事だ・・・・」 「そうね・・・・」 「夢じゃ・・・・」 「ないわよ・・・」 ＊＊＊＊＊ Ｅブロック入り口は、猫に占拠されていた。その中を、僕ら四人は進んだ。猫をひっ掴み、けっとばし、リーナはパラライザー、アレフは鞘に治めたままの剣で、ぶんなぐっている。くそ・・・きりがない・・・・たしか、・・・・百匹以上・・・居るんだよナ。と、奥のほうに、十匹ほどの猫が雪崩込んだ。中枢部へのゲ−トを開けたらしい。馬鹿！いくな！奥は機械がぎっしりつまり、迷路のようだ。僕は、飛びながら、猫になった。循環パイプの陰に潜り込み、ほかの猫と、取っ組み合う。ユリが、アレフとリーナに向かって叫んでいる。彼らも、狭い空間のなかで、猫を相手にしているらしい。 ＊＊＊＊＊ 「アレフ！リーナ！聞いて！妥協案よ。私は、ガモフのこんなやり方は嫌いよ。でも、ガモフもガルーダも、線になるべきよ。」 ユリは、猫の尻尾を持ってたたきつけた。ここでは、ヒートガンなど危なくて使えない。 「私は考えたの！ガルーダが、滅亡せずに線となる方法。あるのよ！最終戦争を通らない方法が！」 ＊＊＊＊＊ 僕は、中枢部へと侵入した三匹の猫を追っていた。何分、動きがすばしこく、一人では見切れない。一匹が質力調整器に向かったため、そいつの方に行ったら、別の奴が動力変換器へと行くのが見えた。動くんなら、同じ方へ動いてくれよ。たまたま広いほうへ出た奴を、アレフが蹴飛ばしてくれた。よし。僕は、狭いほうのを追うよ。白い猫がパイプの間を抜けて、走っていくのが見えた。僕は飛んで、そいつの前に出た。そいつは、牙を向いた。僕は、叫んだ。 「母さん？」 白猫は、僕の母さんだった。 ＊＊＊＊＊ もともと、母さんは、僕のように特殊な力を持った猫じゃない。普通の猫に近いミュータントだ。だから、思考も驚くほど単純なんだけど今は違う。複雑な感情が感じられる。これは母さんの精神じゃあない！ 白猫は、毛を逆立て、僕に踊りかかった。爪が僕の首の後の付け根に食い込んだ。痛かった。僕は止むなく、白猫の体に歯を立てた。白猫は一歩退き、薄暗い中で、瞳を大きく開いた。ほかの猫たちが、ワープ装置に近寄ってきている。冗談じゃない。あれを下手に触れば、プロメテウスはおしまいだ。辺りのパイプが、ぼーっと霞んで見えた。僕は、無意識に、ルカに話し掛けた。 ・・・・わかったよ。飛ぶ。僕が飛べばいいんだろうルカ。 でもそれは、Ｊの力強い精神波によって遮られた。Ｊはルカと戦っているんだ。それなのに、僕の精神波を封じている。・・・わかった。Ｊ、僕は、ルカに言われるままには飛ばないよ。飛ぶときは、自分の意志で飛ぶ。・・・・でもどうする。このままじゃワープ機関が・・・ Ｊの返答を待ってみても、苦しそうな呻きばかり。猫は、ワープ機関の前に立ちふさがった僕との距離を詰めてきた。・・・・・もう駄目だ、と思った時、猫たちの最後尾でかなきり声があがった。”奴ら”だ。さっき、僕らの 前から猫を追って去った、あの青い立方体が、ようやくここまでやってきたのだ。猫たちは、体に刺さった立方体を取ろうと、のたうち回っている。その動きがぱったり止んだ。猫たちは、死んだようになった。舌をだらっと垂らし、四肢は投げ出され、目は閉じている。”奴ら”は猫の体から離れ、大きな一つの立方体になった。 （皆、行くぞ） そんな声が響いたようだった。猫の体は、淡い光に包まれ、その光はゆらゆらと上に昇り、船体の外へ出ていった。プロメテウスはその直後、ひどい横揺れを食らった。吐き気が胸にこみあげてくる。ワープの時にそっくりだ。 ・・・・・野田 淳・・・・・・・・ Ｊの消えいるような声が伝わってきた。 ・・・・・私はルカを止められなかった。私達の力は互角だった・・・私の兄は、お前が欲しかった。・・・・・だが、あの立方体が来た時、それを断念した。ルカは・・・・飛んだ。飛べるだけの能力など持ち合わせていなかったのに、ただ盲滅法に飛んだのだ。我々の一族に乗り移っていたガモフ人も、ルカのあとを追った。・・・・・この空間は、転移しつつある。それも、ルカが望んでいた向きにではなく、不安定化方向にだ。・・・・さようなら、淳。私は疲れ切ってしまった。・・・・・出来る限りやってごらん。プロメテウスならば、時空間を歪めることも不可能ではないよ。・・・・さようなら・・・・ Ｊの思考は途絶えた。僕は、もうＪには会えないのだとはっきりわかった。 しょんぼりと下を向くと、ぴかぴかの銀色パイプに僕の姿がゆがんで映った。 （淳？） ユリだ。 （これは空間転移ね？ルカがやったの？なんとかしなくちゃ。） 僕は、Ｊの言葉を思い出していた。そうか、そうなんだ。 （ユリ、僕はこれから、ガルーダループをめざして飛ぶ。そこへ、プロメテウスも突っ込ませる。ワープ機能を僕が同調させれば、きっと、きっとループは切れるさ。） ユリはびっくりしたようだった。 （淳、私も同じようなことを考えていたの。あと、リーナにも話したんだけど、ガルーダループの、最終戦争直後を切断して、「冬」の時代を、ループ形成以前の時代へ何としても接続する。そうすれば、・・・・・ループをただ切断するより、最終戦争の起こる確率はぐっと低くなるわ。やってみましょう。） ようし、・・・やったるぞ！僕は飛んで、大空博士の前に出た。 ＊＊＊＊＊ 「ひ・・・・・・」 博士は、僕が突如として現われたので、言葉が出なくなったみたいだった。 ”先生、今、とてつもないことが起こりつつあります。おわかりでしょう？先生の研究にも関係のあることです。” 博士は、二三回、口をぱくぱくさせたが、すぐに、科学者の冷静さに戻った。偉い。 「猫くん、君は、空間が転移していると？」 ”ええ、先生に、ぜひ協力していただきたいのです。” 僕は、博士に計画を打ち明けた。 博士は、胸をドンとたたいた。 「もともとケンちゃんが空間安定を保証してなかったんですからね。無理なワープをすれば、時空の一つや二つ、すぐに活性化するぞ。いやあ、猫くん、これは、銀河系の寿命のなかでも、一度あるかないかの素晴らしい科学実験になるぞぉ・・・うっうっ・・・・生きてきてよかった。さ！コクピットへ行こうか！いや、サブシステムですね、コクピットには人が多すぎる・・・何かやらねば、我々も地球に帰れないんですからなぁ。」 ＊＊＊＊＊ 僕と教授はサブシステム室に向かった。部屋のなかで、教授が操作していると、ユリ、アレフ、リーナが飛んできた。僕は、椅子の肘掛に座っていた。先生は、椅子に座って、にこにこしながら僕をみた。 「猫くん、万事ＯＫだ、この針の振れを見たまえ、やるなら早くやった方がいいぞ。」 ”調整はいいんですか？” 「完璧だ。さあ。」 僕は、ぺこりと頭を下げた。 「いやあ。夢というものも、これだけ現実性を帯びていると、わくわくするものだな。」 先生・・・・これは、夢じゃないんだったら・・ 「ユリ、いいかい。行くよ。」 僕が、ユリの方を向くと、リーナが間に入って来た。 「淳さん。私達も一緒に飛ばせてください。ガルーダのことなら、私達がよく知っています。私なんかでは、ちっとも足しにならないかも知れませんが、私、やります。」 アレフが彼女の横に立った。横目でリーナを見ている。なにを考えてるんだ？ 「そう。ガルーダの人間は、君達より、大きな思い入れがある。君達の方向修正くらいは出来るだろう。」 それから、事もあろうに、リーナのお腹を殴って気絶させた。リーナは、ぐったりとアレフの腕にもたれかかった。アレフ！何やってんだ！ 「修正は、一人で沢山だ。私は、ただの未開人。リーナに比べれば、重要な人間ではないから・・・・・リーナは生き残らなくてはならないから。」 彼は、博士にリ−ナを任せ、僕を見つめた。 「”飛ぶ”といっても、私は君達とは違い、普通の人間だ。だから、私が途中で耐えられなくなって、命を落とそうと、君は飛び続けてくれ。いいね。」 大人なんだな。アレフ。なんか、・・・・なんか・・・・ユリ、わかってる、でも、一言アレフと話させてくれよ。このまま永遠にお別れなんてしたら、気が済まないよ。 「アレフ・・・・・聞いておきたいんだけど・・・・・」 アレフが、こっちを向く。 「アレフ・・・・・ガルーダって・・・・どんな星だい？・・・・」 彼は、髪飾りを直し、微笑む。これ以上優しい微笑みはないってくらいの、心の奥まで染みとおるような表情。 「・・・・・美しい星だ。何ものにも換えがたい、我々の母なる大地・・・・・」 僕は、ユリとアレフと手をつないだ。 ”先生！お願いします！” 博士が機械を操作すると、空間が、等比級数的に歪んでいくのがはっきりわかった。 仁と修子さんがやってくるのが、視界の端に入った。 僕たちは飛んだ。仁も、修子さんも、僕の視界から消えた。 ＊＊＊＊＊ 僕たちは、必死で飛んでいた。亜空間が、虹色に重苦しくのしかかり、息をするのがやっとだった。アレフが僕たちをガル−ダへと導いてくれた。僕には今、アレフの心の中がはっきり見えた。アリピスの神、広い穀物畑、青い青い空、大きな獲物を倒した時の誇り、父、母、妹に弟たち、信頼でしっかり結ばれた家族。・・・・僕は、それらをしっかり受け止めて時間軸を変化させることに専念した。ユリは、変化の方向を手直ししている。時空の修復は、コンタクトの一瞬で成される。それが過ぎれば、あとはじわじわと、安定な方向へと向かうだけなのだ。 目的の点は近付いて来た。 まだ早い・・・まだ、暗すぎる。・・・・・そう。 今 だ ！ プロメテウスは、ガルーダの至近距離に現われた。船体付近は、しゃぼんだまの表面のようにゆらゆらし、形というものが全く無かった。僕は全身を震わせた。次元の転換波が起きた。その波は、ユリの元に集められ、彼女によって、一直線にトロピュータ本体を砕いた。・・・・・と思ったのも束の間、物凄いエネルギーの放出があり、辺りが真っ白になった。 僕は、何も感じなくなってしまった。 ＊＊＊＊＊ 僕の体を、優しく揺するのは誰だろう。・・・・重たいまぶたをちょっとだけ持ち上げると、ユリがいた。ああ。生きてるのか。おや、いつのまにか人間に戻ってら。・・・・・時空はどうなったんだ？ 「成功よ。すべて。」 僕は、手をついてのろのろと起き上がった。暗室のようなところで、ユリとアレフとリーナがいた。 アレフは、至る所から血を流していた。 「アレフ・・・・」 ユリは、にっこりして僕の肩を支えた。 「彼は大丈夫。命に別状無いわ。・・・普通の人間なのによく持ちこたえたわ。・・・・・アリピスの神のおかげかしら？」 アレフは、ソードを杖に立ち上がり、ふらつく足を止まらせ、ソードをゆっくり外し、真直ぐに立った。 「君達の力が大きかったから、助かったのだよ。礼を言う。」 僕は、目を閉じた。見慣れぬ惑星が感じられる。 「ユリ・・・・・ガモフなんだね、あれ。」 「ええ。ガモフ人も、元の体に戻れたわよ。・・・・・尖った耳、大きな目、地球の猫にそっくりな毛むくじゃらの小さな体にね。・・・・・」 さわさわさわ・・・・って、音。扉の間を縫うようにして、細かな立方体が、侵入してきた。まだ居たのか、しつこいんだよ！あれっ・・・・・立方体の奴、一つに集まって・・・・一人の男の形を取った。 アレフの傷に、布切れを巻いていたリーナと、アレフは、同時に驚きの表情を浮かべた。 「お父様！」 「長！」 リーナは、走りより、やつれきった男の首にかじりついた。 （ああ、リーナ、私の可愛い娘・・・・・私はやっとお前に気づいたのだ。私は、お前たちのおかげで、やっと開放されたのだよ。・・・・・私は今まで、自分で自分をどうにもならない状況へ、追い込んでいた。泥沼の悪夢へ。私の、狂いかけた思念は、私の心に、いくつかの別の人格を作り出しもした。・・・・しかし、時空が修復され、私の思念も統一されたのだ。・・・・・よくやってくれた。私は、自分で結論は出せなかったが・・・・ガルーダは、ああなるのが一番良かったのだろう・・・・） ベンは、ユリに向かってほほえんだ。ユリは、険しい顔をして頷いた。・・・・何故ユリは難しい顔をしているんだろう・・・・ ベンは、リーナのばら色の髪を撫でていたが、その指は、徐々に砕けて白い砂になっていった。リーナの手のひらの隙から、砂が流れ落ち、しばらくするともう、そこには、白い砂があるばかりだった。リ−ナは、床につっぷし、泣いた。ユリは、リーナの肩を、優しくいたわるように抱いた。 「今度は、あなたたちよ。まだ、ガルーダの次元は完全に固まってはいないから、私が楽に送れるわ。・・・・・・いいこと、”壁の中”と”壁の外”は、もともと同じ時間上に無かったものよ。ループになった時にぶつかっただけ。だから、時空が修復された今は、もはや並行して存在はしていない。当然多少の混乱があるわ。あなた方がしっかりしなくちゃ。」 リーナは、涙をふいた。 「そうよ。あなた方にとって、これが終わりじゃない、始まりなのよ！さあ！アレフもこっちへ来て！」 アレフは、ユリのそばに立ち、腕を延ばして、リーナの手を取りそっと包んだ。それが、収まっていたリーナの涙をまた引き出してしまった。リーナは、アレフの広い胸に飛び込み、肩を震わせた。 「私、迷惑ばかりかけた！何にもしないで・・・・。・・・・私、アレフのこと、未開の野蛮人と思っていた、私・・・・・もう、会えないんでしょう・・・・・わたし、・・・・・・」 アレフは、げんこつで、こつんとリーナの額をたたいた。 「こら、この泣き虫、リーナ、君はもっと強くならなきゃ駄目だ。・・・・君って子に・・・・・会えて、良かったよ。」 そして、背を、肩の震えが収まるまで、彼の傷だらけの指で、背をさすってやっていた。 うっ・・・・・・僕、こういうのに弱いんだ。涙腺、緩んじまうじゃないか。 「アレフ！・・・・リーナ！」 僕の声は、我ながら、妙に嗄れていて、きっと、泣きだしそうなのが、アレフたちにもわかってしまったんだと思うな。アレフは笑った。わ、馬鹿、そんな顔するな、僕はアレフのその顔に弱いんだ。 「君にも世話になったね・・・・ありがとう、淳・・・・ユリ、お願いするよ、・・・・・さようなら、リーナ、淳・・・ ユリの体から、光が出た。 二人の姿は、かき失せた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ エピローグ 僕は、松本家の屋根の上で大きなお月さまを眺めていた。満月だった。 あのあと、プロメテウスはすぐに地球に戻って来た。再出発は何年か先になるらしい。船内の騒ぎで、重傷をおったり死んだりした人はゼロ。でも、本当は二人の乗客が行方不明になってたんだ。 ユリと僕のことさ。・・・・・でも、誰もそのことを知らない。Ｊが、アムネリスを使って、偽の記憶を植え付けたように、ユリの力とアムネリスの機能を合わせて、僕たちに関するすべての記憶を消したんだ・・・ 「ねえ、何故、人間の”野田 淳”として帰って来なかったの？そのまま、地球人として暮らせたのに。」 人間の姿をしたユリが、猫の姿の僕に向かって言った。 僕は、ヒゲの手入れをしながら、言ってやった。 「僕は、もともと猫だからさ。」 「ふぅん・・・・・仁くんや修子さんや、野田家の人たちはいいの？」 いいってこと、無いけど・・・ 「だいたい、淳は猫でもないわ。猫の形をしていても猫と、考え方が違う。」 確かにね。でも、僕には、この姿が似合ってるんだ。・・・・・ 「・・・・・・・・ユリは何故、地球人の姿をしてるんだ？・・・・・」 ユリは笑った。 「地球人の考え方に染まってたものだから、この形を取ったの。ウふふ・・・・本来の姿に戻ろうかな・・・・」 ユリの居たところには、きらきらと、なにかが輝いているだけだった。 ”驚かないのよ。私は、ただのエネルギーの固まりなのよ。あああ、妙な顔して・・・・・わかったわ、人間形に戻るわ。” きらきらは、見慣れたユリの姿になった。 「君も、僕と同じで、はみ出し者なんだねぇ・・・・・・ところでさ、ユリは、どういうふうに時空を修復したんだい？細かい所まで聞いていなかったよな。」 しばらく、風の声だけがしていた。ユリは、満月を仰いだ。が、目は月など見ていなかった。 「私は、アレフたちに嘘をついたの。・・・・ループを切ると、ガルーダの歴史は、元に戻る。”壁の外”の次に”壁の中”がやってくる、そんな歴史形態になる。ここまでは、本当のこと。その時、最終戦争直前に、ループの時の暗黒期、つまり氷河期を入れるって話したの。テクノロジーが低下して、戦争は回避できるって。・・・・・でも、嘘だった。・・・・・”壁の中”のような文明では、どうしようも無いの。あの文明は、滅亡というものを内在していた・・・・少しくらいの変更では、滅亡の可能性は、コンマいち％もへらないのよ。むしろ、もっと早い時期に戦争が起こることもあるかも。・・・・・・・だから、私は、ループを切ったあと、”壁の外”を、”壁の中”とは別の平行宇宙に移した。”壁の外”にはまだ、よい方向へ延びていく可能性が残されていたから。」 なんだって!?・・・・・じゃあ、”壁の中”は、・・・・滅びる・・・・リーナは・・・・・リーナたち壁の中の人々の歴史は・・・・・ 「ユリ！君は、リーナを騙して、彼女を滅びゆく歴史の中に放り込んだのかい！」 「・・・・・・・そうよ。それが正統なやり方。私は、自分が正しいと思うことしかしない。」 そんなの、許せるかよ。リーナは、安心しきって帰っていったんだぞ。そんなこと、正統だろうがなんだろうが、僕は納得できない。・・・・・・・やっぱり、それしかなかったのかな。すべての人に、都合良く決着が着くことなんてないんだ。でも・・・・ 「ただね・・・・」 ユリは、手を組んで、ぐいっと背伸びした。 「私は、結構あわて者だから、リーナを違う場所に送っちゃったかもね。・・・・・農民の服を着たリーナってのも、可愛いと思わない？」 そうかぁ、そうだったのかぁ！なんだ、ユリだって甘いじゃないか！ハハハ・・・ 「うん、似合うよ。・・・・きっと壁の外で、元気にやっていくよね。あんなに可愛いんだもんすぐに素敵な人に出会って幸せになるよね。」 ユリは、まじまじと僕を見た。 「馬鹿ねー。」 「・・・・ユリ、ユリはそう思わないの？」 「・・・・すぐに会うんじゃなくってもう会ってるわよ。・・・あの、アレフは朴念人だから、いつ告白するかは別にして・・・・」 「はあ？」 「・・・・徹底的ににぶいわね。・・・とにもかくにも、リーナのことはアレフに任せれば大丈夫。アレフのことだから、今度の経緯をそのまま吹聴するなんてことないでしょうしね。」 僕たちのいる屋根の上を、飛行船が夜間照明を点滅させながら飛んでいった。 彼方には、都心のネオンがにじんで見える。 「ユリ、・・・・・一つだけ質問。・・・ベンは、”地球人とコンタクトすると、奴らが生まれ、ループが壊れる”って言ってたよね。あれは、どういうことなんだろう。」 「ああ、あれ・・・・。コンタクトしたせいで、物凄く大きな戦争になって切れる・・・・か、もしかして、科学の力で、少しづつループを開いていくか・・・・わかんない。ベンは混乱しきってたのよ。」 「僕は、ユリがはじめに言ったほうじゃないかと思った。この地球だって、いつ戦争が起こってもおかしくないんだもの。アムネリスなんていうトロピュータもどきもあるし。・・・・・だけど、この星そんなに捨てたもんじゃない！もし、この星が危なくなったら、僕は、また、なにかをするつもりだよ。・・・・・その時は、ユリ、君もまた一緒にやってくれるかな？」 ユリは元気よく一つコックリした。 「その時はよろしくね。・・・・・・さて、私、地球の空気につかりすぎたわ・・・・・・しばらく宇宙を廻ってくるわね。何かあったら呼んで頂戴よ。すぐいくから。」 ユリは、大仰にお辞儀をすると”きらきら”になって飛んでいってしまった。 全く・・・・まさにエネルギーの固まりだな、あれは・・・・ バス通りから、仁が歩いてきた。ははん、実験だな。青空研はいつも十時を過ぎるんだ。 仁は、僕を見上げた。 「あれ？お前、前にうちにいた奴じゃないか？うん、間違いない！おーい、猫、もいちどうちのいそうろうにならないかあ？」 へん、嫌なこった。仁はすぐに尻尾を引っ張るんだ。・・・・気が向いた時行ってやるよ！僕は、僕のようなミュータント猫をもっともっと探そうと思う。きっと、僕のように飛べる奴だって居るはずさ。よいしょっと！ 僕は、松本家の塀のうえに飛び下りた。 尻尾を高々と上げる。 僕は、僕の存在を自分ではっきり感じている。 そうさ！僕は、僕を、今、生き始めたんだ！ おわり |
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