| 開設５周年記念短編 ※ この話は、当サイトのオリジナル設定によっています。(ゲームのラスト、勇者達を助けて天空城へと連れ帰った竜は、馬に姿を変えられていたパトリシア。彼女は竜に化身することもできる程の力を持った天空人でしたが、罪を犯したため、その償いのために馬となり勇者達の旅の手助けをしていたのであった。全てが終わった後、パトリシアは魔物によって村を失いさ迷っている人々をアレクの故郷の山奥の村に運び、廃墟だった村は復興していくことになります。そしてパトリシアと勇者たちは約束します。勇者が村に戻り、シンシアが蘇えった日、その記念の日にパトリシアが仲間達をここに運び、毎年ここで集おう、と。……詳しくは、申し訳ございませんが、このサイトのドラクエ４長編をご覧下さい） |
| 始まりの村 |
「ふわーっ！」 山間の森の中にぽっかり開けた草地。蕾がやっと開き始めた花畑に立ち、マーニャはそのしなやかな褐色の腕をぐんと広げ、清浄な空気を肺の奥まで存分に吸い込んだ。肩に羽織ったマントが羽のように風に拡がる。 「やっぱりここの空気はいいわぁ。爽やかで、仄かに花の香りがするわぁ〜ｖこういう肌にぴりっとくるちょっと冷たい気候もまたいいものね。」 うっとりと目を閉じているマーニャの横に立ったミネアがくすっと笑った。 「姉さんってば、『あの村はいいとこなんだけど、寒いのが難点よね。』って言ってたのはどこの誰かしら？」 仲間達から笑い声が起こる。よっこらしょ、どっこいしょっ、とトルネコが陽気な掛け声をあげてオレンジ色の大きな竜の背からそろりと降り、ブライはそっと頭を低くしたパトリシアの首を滑り降り、待ち構えたクリフトに受け止められた。その横にポーンと勢いをつけて飛び出し、着地したアリーナが並ぶ。それを見ていたマーニャがはあっ、と大袈裟にタメイキをついてみせた。 「アホ神官、折角お姫サマと結婚したんだから、こういうときにはそれこそお姫様抱っこで受け止めてあげるのが正しい夫の姿でしょうが。あああ、んもう、やることちゃんとやってるんだかどうだか心配になっちゃうわよ？」 と、その言葉を聞いていたアリーナがむっとしてモンバーバラの舞姫に顔を突き出した。 「私、やることはちゃんとやってるわ！」 わたわたするクリフト、噴出すブライ、真っ赤になるミネア。そして質問を発したマーニャ本人も石化状態だった。 「私だってサントハイムの王女！大臣にはっぱをかけられたってことはあるけど、ちゃぁあんとお父様の政務のお手伝いはしているわ！」 自慢げに胸を張るアリーナを見、石化が解けたマーニャが笑った。 「そういうことじゃなくって……」 「ええ、言われなくても、武闘の修行も続けているわ！心配無用！昨日より今日、今日より明日、少しずつでも強くなるのが目標♪日々是鍛錬!!」 「だ・か・ら・あたしが言いたいのはそうじゃなくって、毎日の…んぎゃ!!」 何か不穏当なことを言い出しそうだった姉の足を思い切りよく踏みつけたミネアは涼しい顔でマーニャにだけ聞こえるような小声で言った。 「姉さんのバカッ、素面で何を言っているのよ！」 「あーら、こういうことはつっつくのが礼儀ってものよｖはぁ、にしても突っ突き甲斐が無い人間ばっかり。いっくら突っ突いても進展がない妹を持つ姉の気持ちを誰か汲んでくれないかしらね〜え。」 「あーら、普段は大胆なのに、意中の相手に限っては恋する乙女状態で、自分から逃げ回るようなことをしでかす意気地なしの姉を持った妹の気持ちは誰が理解してくれるのかしら？」 内緒話のはずが段々エキサイトして大声になってきた口喧嘩を姉妹が繰り広げている間、今日ばかりは鎧を纏ってはいないバトランドの王宮戦士は、山奥の村の方角を見て眉根に皺を寄せた。 「アレクはどうしたのだろうか。」 彼の呟きに、仲間達ははっとして彼と同じ方を向いた。 「そういえば。いつだってアレクはあたしたちが到着するのをシンシアさんと一緒にこの草地で待っててくれたわ。」 アリーナの言葉にクリフトが深く頷いた。マーニャは頤に人差し指をあて、首を傾ける。 「勇者ちゃん、日にちを間違えたとか？」 「姉さんじゃないのよ。アレクに限ってそんなこと絶対無い。」 「ならば、何故にアレクは来んのじゃろうか？」 「村で何か用事ができたのかもしれませんね。誰かの家を建てるのを手伝う、とかそういうことで。アレクは若いし力もある。それに頼まれたら嫌とは言えない性格ですからね〜。」 トルネコがつとめて明るく言ったが、表情は心配そうだ。 「で、でも、よ。だったらシンシアちゃんだけでも来るんじゃない？待ってられないんだったら、石板に手紙を書いて残しとくとかだってできるんだし？そうじゃない？」 「もしかして、何か不幸が起きてここに来られないのでは……」 皆がそうではないかと心配し、しかし配慮して発するのを抑えていた言葉がクリフトの口から漏れ、マーニャは頭ごと神官の背の高い帽子を裏拳でなぎ払った。 「馬鹿神官！んなことあるわけないじゃない！」 クリフトは帽子を直すと思いつめたような表情のまま呟いた。 「人間誰しも病気にはなりますし……」 クリフトの背をパコン、とアリーナが叩いた。 「ここでぐずぐずして居たってしかたないじゃない！村に行けばわかることだわ！」 彼らは初めのうち、この草地でアレクやシンシアと会って話をするだけだったが、３年前からは、村に立ち寄るようになっていた。村人達は、険しい山間の村に突然降って沸いたような旅人の出現に驚いた。特に、高齢のブライと、女性三人がどうやって山越えしてきたのかを訝るものは多かった。が、彼らがアレクの親しい友人であるとわかると喜んで迎えられた。それだけ、アレクはこの村にとってなくてはならぬ若者だったのである。それに、彼らはこの、世界から隔絶された小さな村に外界の風を運んできてくれた。マーニャの踊りは娯楽の少ない村に熱狂をもたらし、ミネアの占いは一つの指針を与えてくれた。トルネコの背負子からはここで暮らしている限り手にいれることができない品物が出現し、ブライの魔法は氷室に十分な氷をもたらし、クリフトは俄か医師として癒しの魔法を唱え、また、写本した聖典を贈った。アリーナは……彼女は子供達に武闘の基本の型を教えた！(そしてクリフトとブライは大きな大きなため息をついた) だから、彼らにとって、ここから村までの道は不案内なものではなかった。一歩、村に向かって踏みだそうとしたライアンの頬を風がなぶった。彼らをここまで運んできたオレンジ色の大きな竜の周りを風が舞っていた。風はやがて空気の珠となり、それが目を眩ますほどにまばゆく輝いた。その光が収まると、燃えるような橙色の長い髪をした美しい女性が立っていた。その背には二枚の白い羽が畳まれている。本来の天空人の姿に戻ったパトリシアは、驚く一同に微笑んでみせた。無理も無い。彼らに真の姿を見せたのは、これが僅かに2度目なのだ。 「パトリシアさん？」 アリーナの呼びかけに、天空人の女性はふっと村の方に顎をあげた。 「村から特別な気配を感じます。……おそらく同じ天空人である私にだけしかわからないだろう“気”を。」 「それは不吉なものなのであろうか。」 パトリシアはゆっくりと首を振る。 「いいえ。不吉とは対極にあるはずの気配です。……しかし、一つの事柄は必ずしも一つの側面しかもたぬものではありません。……行きましょう。」 天空人の女性は、自らに魔法をかけてその羽を不可視のものとした。パトリシアを先頭に七人の仲間達は、アレクの故郷の村に向かって歩を進めた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一同が村の入り口に辿り付いた時、村はざわついていた。以前の訪問で顔見知りになっていた村人の一人が走ってきて事情を説明しはじめた。そこに何人もの顔ぶれが加わる。その顔は深刻そうでもあり、妙に嬉しそうでもあり、不可解なものだったが、話を聞くうちにその理由がわかった。シンシアがアレクの子供を身篭ったこと。そして、今日急に産気づいたこと。まだ８ヶ月にならない早産であること。初産にはありがちだとはいうが、予想以上の難産であること。 子供の誕生は祝うべきことだが、難産とあっては喜んでばかりもいられまい。人垣ができているアレクの家の前まで来て、マーニャが“ひとまず神官、手伝って来なさいよ！”とクリフトの腰を後ろから蹴飛ばし、クリフトは“私は助産師の資格は取っていません！”とやっているうちに、元気のよい赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。 「赤ちゃんが生まれたのね！」 アリーナがぴょん、と飛びはね、ミネアが、良かったわ。シンシアさんは大丈夫でしょうか、と呟く。が、女達の悲鳴がのどかな村の空気をつんざいた。 アレクの家まで駆けていくと、玄関に村人が集まってざわざわと騒いでいた。その顔に浮かんでいるのはなんとも形容し難い表情だ。 そのとき、パトリシアが凛、とした声で叫んだ。 「ミネアさん、『眠りの雲』の呪文を！早く！」 訳がわからないながらも、反射的にミネアは強く念じて呪文を唱えた。魔法に対しての耐性など全くあろうはずもない村人達の上に、精霊魔法が降り注ぐ。彼らは目に薬でも注ぎ込まれたようにまぶたを閉じ、今まで立っていた場所で膝を折り、地面に身体を横たえた。老人も、若者も、おかみさんたちも、男衆も…… ブライはトン、と魔道士の杖をついた。 「姫様、ライアン殿、トルネコ殿、もう動いて大丈夫ですぞ。」 咄嗟に抗魔力の低いものを覆うように魔法反射の壁を作ったブライは、“これでよかったですかな？”というようにパトリシアに向かって片目を瞑ってみせた。 村人すべてが伏している中、不自然な体勢で倒れている者を楽な形に寝かせ直しつつ、一同はアレクの家の中に向かった。気配に気付いたのか、アレクが仲間達を出迎えた。 「皆……来てくれたんだ。ご免、折角の記念の日に、迎えにいけなくて……」 マーニャがパコ、と舞い扇でアレクの頭を叩いた。 「何言ってんのよ！この新米パパ君が！おめでたいことじゃないの!!シンシアちゃんは？ま、まさか……」 アレクは首を振る。 「大丈夫。難産でしたけれど、シンシアは無事です。でも……」 アレクが続けようとした言葉はアリーナの歓声で中断された。 「わぁ！可愛い赤ちゃん!!」 先ほど産声を上げたアレクとシンシアの子は、今は白いおくるみにくるまれてシンシアの傍らですやすやと寝ていた。 「わぁ、ちっちゃいのね！」 なになに、とマーニャも割ってはいる。 「頬がばら色でぷくっとしていて……可愛いｖｖやったわね、勇者ちゃん！」 ミネアも傍らから覗き込む。 「髪はアレクと同じ翠なのですね。目鼻立ちはシンシアさんに似ているように思えます。」 トルネコがうんうん、と頷いてミネアに同意し、アレクに声をかけた。 「女の子かい？それとも男の子かな？」 「女の子です。」 「ほーッ！私が見定めたところによると、この子はネネに勝るとも劣らない美人になるよ。」 トルネコの褒め言葉に、アレクは何故か喜ぼうとはしなかった。 クリフトは消耗しているシンシアを気遣わしげに見た。アレクの表情が晴れないのは、妻を気遣ってのことかもしれない。 「あの、シンシアさんの加減は？必要ならば私が治癒魔法を…」 「私なら、大丈夫です……」 シンシアの小さな小さな声がした。 その場の空気が奇妙に張り詰めたものであることを、皆が……アリーナでさえも、少しずつ感じ取っていた。 「して、一体何が起こっているのですかな。」 しん、と静まり返ってしまった中、ブライがパトリシアに呼びかけた。天空人はアレクに言った。 「アレク。私は何がここで起こったのかを知っています。しかし、あなたから話すのが良いでしょう。」 アレクは頷き、シンシアの傍に行き、護るように彼女の手を握った。 「僕達の娘には、翼があるんです……」 仲間達を見回した若い父親の目には憔悴が浮かんでいた。 「……シンシアは生粋の天空人。天空人の血は僕の身体の半分にも流れている。だから、子供には羽が生えていることだって十分にあることだった……でも、僕は、僕達は、この子が生まれるまで、そんなことを考えようともしなかった。村の人たちはこの子の翼を見て、驚いて……腰を抜かした人がいた。“魔物！”と叫んだ人がいた。皆、皆、取り乱し、祝いの言葉をかけてくれた人は一人もいなかった。」 小さな我が子を抱き上げて、そっとおくるみを解く。すると、肩のところに、綿のようにほわほわとした、小さな、しかし紛れも無い羽が生えているのが見えた。 すると今まで黙っていたパトリシアが、少し離れたところからこう言い放った。 「アレク、決断しなさい。村の人たちは皆眠っています。今ならばその子の翼を根から折り取ってしまうことも可能です。……今ならばその子の翼を“なかったこと”にできるわ。ここには強力な回復魔法の使い手もいます。折り取った傷を魔法で癒し傷などほとんどなかったようにみせかけられる。目が覚めた人たちは、あなたたちの子供に翼があったことなど夢だったと思うでしょう。アレク、どうしますか。」 「折り……取る？」 翼を折り取る……アレクを慈しみ育ててくれた故郷の村の人々は皆、嘗ては天空城に住まっていた天空人だったという。未来の勇者であるアレクを護り育てるためだけに、彼らは空に浮かぶ平和な城から地上に降り立ち、天空人の証である翼を折り取ったという。……彼らは自分達がこの地で命を落とすことを覚悟していた。翼を折り取ったのは、決意のため。他者への連帯を示す証。そして自己の胸に秘めた誓いを確固たるものとするため。アレクの育ての父のグレッグも、育ての母のエリスも…… シンシアはこの村で生まれた。そしてアレクはシンシアにも翼があったことを一つ屋根の下で暮らすようになってから知った。彼女の背にかすかに……本当にわかるかわからないかほどに刻まれた傷痕。それは、丁度天空人の翼の位置にあったのだ。そっと唇を寄せ、“翼を失う時に痛くはなかった？”と訊くと、シンシアは微笑んだ。自分は、翼があったことすら覚えていないのだ、と。生まれてすぐに翼は折られたのだろう、と。 何故、シンシアの翼は折られたのだろうか。この村には翼を持っていた人しか住んでいなかったというのに。アレクは二つの理由を考えた。……翼を持つ者が他に誰一人居ない中で、一人だけ翼を持つという疎外感をシンシアに味わせない為。若しくは……若しくは、アレクに……アレクとシンシアが違う世界の人間、異質な存在だ、と感じさせないため……。 今、自分の小さな娘が生きていこうとしているこの村は、嘗ての故郷の村とは違う。村人達は、誰一人翼を持ってなどいない。そして、アレクやシンシアが天空人と関係があることすら知らない。先ほど彼らはどんな反応を示したか？驚き、忌み……自分達と異質な受け入れられざる存在としか感じていないのではないか。もしもこのまま育っていったとして、この子に友人はできるのだろうか。疎外され、苛められ、一人ぼっちで泣く日が来るのではないだろうか。 自分の考えに没入していたアレクは、アリーナの声に我に返った。 「パトリシアさん！翼を折るだなんて！……どんな体だって、神様から頂いた大切なものだわ。……病気でもなんでもないのに、それを傷つけたりしちゃいけないわ！この世界に生まれた命はありのままでいることが一番正しいことのはずでしょう！」 憤るアリーナの肩にクリフトが手を置く。 「アリーナ、パトリシアさんが言っているのはそういうことではありませんよ。神様は確かにそう教えておられます。しかし……全ての人が神様の教えの通りには生きられないのです。」 「何？どういうこと？」 ブライがコホン、と咳払いをしてくるりと魔道士の杖をまわした。 「人は見かけに流されやすいということですじゃ。……いくら心が清い者でも、そう、例えば悪魔族の姿をしていたならば、人はその者を受け入れるどころか、武器を持って殺そうとするでしょうな。……どこにもない安住の地を求めて一人さ迷い続ける。そうなるのではありませんかな？」 アリーナは、でも……と言ったがそれきり黙ってしまった。 「あたしは……」 腕を組んだマーニャはパトリシアとアレクを交互に見ながら言った。 「もしもあたしに悪魔みたいなシッポが生えていたとしたなら……だからってあたしってモノが変わるわけはない。アハハ、そのシッポの先まで愛してくれるイイ男を捜すだけよ！」 ミネアが沈んだ声で姉に語りかける。 「私は姉さんみたいに強くはなれない。……私は……この子が幸せにここで暮らしていくためには、翼を折る方がいいのかもしれないと思います。この小さな女の子が背負うかもしれない、悲しみや苦しみを考えると、私は……」 ライアンは黙っていた。彼の脳裏には、嘗てホイミスライムだった友人の姿が浮かんでいた。外見は魂の有り様を規定するものでは決して無い。しかし、ホイミンと同じ苦難の道を、目の前の小さな赤子に辿らせるのは酷だと感じていた。 トルネコは、赤ん坊をあやしていたが、若い父親と母親にゆっくりと語りかけるように話した。 「どうすべきか、なんて私にはわからないんだけどね。……私だったらこんな小さな子を痛がらせることはしないですよ。……確かにいろいろとあるでしょう。この子もつらい目に遭うかもしれない。でも、何が起こったってアレクもシンシアさんも、この子をぎゅっと抱きしめてやれば、それで十分。にっちもさっちもいかなくなったらここを出てエンドールに来るといい。ポポロもネネも大歓迎だ。」 「皆……」 仲間達の反応はそれぞれ違っていたが、皆、アレクとシンシア、そして赤ん坊を気遣ってくれていることはアレクにもよくわかった。アレクは抱いている我が子の小さな小さな翼を樵仕事で節くれだってきた手でそっと触った。そして、シンシアをじっと見つめた。若妻も夫を見つめ……二人は互いの瞳の中に、答を見つけた。 「皆、僕は、僕達は……」 その時、小さな子供達が３人、家に駆け込んできた。 「アレク兄ちゃん！たいへんだ！皆眠ってるよ！」 「おとうちゃんもおかあちゃんも、全然起きてくれないの!!」 「どうしよう、どうしよう！」 わんわん泣き出した子供達に、扉のところに立ったパトリシアは優しく言った。 「私はアレクお兄ちゃんの知り合いよ。心配しないで。みんなは疲れてしまったの。ほら、夜中からずっとシンシアお姉ちゃんが赤ちゃんを産むお手伝いをしていたでしょ？だから眠くなっちゃったのよ。」 なぁんだ、そうなんだ、と子供達はけろっと泣き止んだ。そして、自分達の本来の目的を思い出した。 「赤ちゃん生まれちゃった？」 「私達、シンシアお姉ちゃんと赤ちゃんにあげるお花を摘みにいってたの。」 「ホラ、こんなに沢山摘んだんだよ！」 可愛らしい花束を持った腕を突き出すと、パトリシアは“可愛い女の子よ。お祝いを言ってあげて。”と言い、身体をずらして部屋へ子供達を通した。子供達はシンシアに花束を贈ると、アレクが抱いている赤ん坊をぴょんぴょんと飛び上がって顔を覗き込もうとした。一人が叫んだ。 「うわ、この赤ちゃん、羽があるよ！」 空気に緊張が走った。しかし、あとの二人の子供ははしゃいで言った。 「本当だ！お話に出てくる天使様みたいだね!!!」 「ねえ、この子、大きくなったら空が飛べるかな？」 「その前に歩くんだよね！僕、歩き方を教えてあげるよ。」 「私は一番綺麗なお花が咲く場所に連れて行ってあげるわ。」 アレクは言った。 「よろしくね……この子の友達になってあげてくれると嬉しいな。」 子供三人は勢いよく頷いた。そして、また赤ん坊を見、シンシアに何度もお祝いを言い、ダンスの上手なお姉ちゃんや占いをするお姉ちゃんや、お医者さんの神官さんや氷屋のおじいちゃん、お店屋さんのおじさん、物凄く強いお姉ちゃん達とはしゃぎまわった。 表がざわついていた。随分長い時間が経ち、村人が目を覚まし始めたのだ。 「……」 アレクはちょっとシンシアに目配せすると、子供を抱いたまま外へと出ていった。その後をよろめきながらシンシアが追う。ミネアとクリフトが肩を貸し、若夫婦と赤ん坊は外へと歩を進めた。 村人たちは、アレクの家の玄関を囲むように人垣を作っていた。アレクの後ろから出てきた３人の子供達は、異様な雰囲気に驚き、そっと自分達の両親のもとに戻って行った。誰も何も言わなかった。村人達はひたすら、アレクの腕の中の赤ん坊の羽を見つめていた。 と、アレクの隣家に住むおかみさんが、一人違った動作を始めた。赤ん坊から視線を外し、村人たちを一渡り見回す。そしてアレクを見、アレクの腕の中の赤ん坊を見、ふるふると首を振ってから大声で怒鳴った。 「まったく!!まだ首も据わってない赤ん坊をそんな風に抱いちゃダメじゃないか！」 おかみさんはずんずんと歩いていってひったくるように赤ん坊を受け取るとしっかりと抱いた。 続いて、もう一人の小母さんが走り出た。 「あんな難産の後に、立って歩くなんて！んもう、占い師のお姉ちゃん、全く、子供を産んだことがないとわからないんだよねえ。ほら、さっさとベッドに戻った戻った！」 二人を皮切りに、おかみさん連中がうわっと走り出てアレクの側に立つ。そして、男衆に向かって一人が叫んだ。 「翼があろうとなかろうと、この子はアレクとシンシアちゃんの子だからね！誰がなんていったって、この村の子なんだ！」 すると、男の一人が叫んだ。 「誰が何を言うってんだ！誰かが何かを言ったら、俺がぶんなぐってやらあ！」 嘗て村を魔物の襲撃で失い、竜に助けられた人々は、アレクが考えているよりもずっと強靭な心を持っていた。そう、アレク達が先ほど考えていたことを恥じるほどに…… それから祝宴が始まった。全ての村人がアレクたちに祝いの言葉をかけ、翼のある赤ん坊に祝福を与えた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 宴も終わり、静かになった家の中で、仲間達は談笑していた。 「それで、名前は決めたのかね？」 トルネコが尋ねると、夫婦は頷いた。 「はい。……シンシアの名前と、僕の育ての母、エリス母さんの名をとって、“エリシア”と。」 「ずっと前から決めていたんです。」 「エリシアちゃんか。うん、いい名だ。とてもいい！」 魔法を行使するものたちは、赤ん坊の名を念じながら、精霊の祝福を祈った。アリーナはエリシア、エリシア、と何度か唱えていたが、ポン、と手を一つ打つと目をキラキラと輝かせた。 「私に女の子が生まれたら、エリシアちゃんと似た名前を付けるわ！そうしたら、いつかエリシアちゃんと出会ったときにきっとすぐに判ってお友達になれるでしょ？」 ね、クリフト。と自分に話を振られ、クリフトが咳き込む。マーニャがおちょくりクリフトはますます赤くなる。 クスクス笑いながら、ミネアは自分の水晶玉に目をやった。先ほど占ったエリシアの将来。そこには明るい光が射していたが、どのように解釈してよいかわからない不思議な星の存在もあった。……しかし、今はそれを気に病むときではない。人の人生は変幻するものであるからだ。 パトリシアは一人、外に出た。 (マスター様。人は地上に。我らは天空に。それが古からの理でした。……禁を犯したものは罰せられ、命を奪うことすら為されて来ました。それは……それは本当に必要なことだったのでしょうか。) 空を見上げる。天空の城は星空の中では小さな星を隠す影となって見えた。 (私はそうは思いません。) パトリシアは微笑む。 （この地に答があります……そして、ここが始まりとなるのです) ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 春にはまだ早い森の中、一人の青年が木の上を見上げていた。 「エリシア！またそんなところに！村から離れては危険だよ。」 枝の上に腰掛けた翼ある少女は青年に向かってにっこりと笑った。 「今日は風がとっても気持ちよかったから……大丈夫。父さんや母さんは心配するけれど、外の世界の人たちだって、きっと村の人と同じに親切だと思うの。私、もう少し大きくなったら、麓の町まで飛んでいくわ。外の世界の人と一杯お話して、仲良くなって……そして、皆にたくさんお土産を持って帰るの。村で手に入れにくいお薬や細工物も買ってくるわ。皆が苦労して降りる山道も私の翼なら一飛びだもの。私、皆の役に立ちたい。」 木の上から遥か遠いブランカの城下町を眺めるエリシアの翠の瞳には、今はまだ希望だけが映っていた。 |
| ５周年記念リクエストSSですが、オールキャラクターというよりも、このサイトのドラクエ世界総括のような話になってしまいました。アリーナの娘とメイの娘の名がああなった理由も少し入れてみました。 以前、幾人かのお客様にはメールでお話したのですが、アレクの娘のエリシアが人の世界に受け入れられるようになったとき、きっと私のドラクエ４は完結するのだと思います。 |