サンタがくれた王女様　中編

くるみは、麻衣が肩からかけていた、可愛らしいミニー模様のポシェットの中を見た。…キャンディーが一掴みとハンカチが入っているだけで、身元を示すようなものは何も見当たらない。スカートの右横に入り口がある、深いポケットに手を突っ込んで探ると小さく折りたたまれた白い便箋が出てきた。開いて見ると、そこには丁寧な文字が… 　麻衣のこと、宜しくお願いします。きっと、私はこの子のことより仕事を大切にしてしまうに違いないのです。我侭を言ってすみません。酷い母親だと思います。それでもこうするしかないのです。どうか麻衣を幸せにしてやってください。 　「うわー！こ、こ、これって…もしかしないでも確定？キャー、ど、ど、ど、どどうしよう。キャストさんに報せなきゃ！預けなきゃ！」 　すると、ジンベエは重々しく言った。 　「くるみ。キャスト諸氏にこの子を報せるとどのようになるのであるか？」 　「どのように、って、キャストさんから警察に連絡してもらって、おまわりさんが、この子の親を捜して…」 　「……くるみよ。……自分の子を捨てるような親元に戻されてこの子が幸せであると思うか？」 　「……！」 　確かにそうだ。事情がどうであれ、この子は親に捨てられたのだ。親が駄目でも親戚がいるかもしれない。しかし、それならば、このこの親は親戚の家の前に置き去りにするはずではないか。……知り合いの居るはずも無いテーマパークに娘をただ一人残して、親はいなくなってしまったのだ。 　「おーじさま？」 　麻衣が、プリンセスがするように、長いスカートの膝のあたりを持ってジンベエに向かって挨拶をした。その小さな体をジンベエは白いシルクの手袋を嵌めた手でふわりと視線が合うまで抱き上げる。麻衣はキャッキャッと可愛い歓声をあげた。ジンベエは目を細める。 　「そうか、そうか。楽しいのであるか。…うむ！ここで小さきレイディと出会ったのも赤いご老人が与えてくれた縁（えにし）かも知れぬな。…………うむ！決めた、決めたぞ！」 　……えーと、それは副官が顎落ちするようなことなのではないでしょうか。 　「これから私と共に行こうではないか！」 　くるみはわたわたと腕を振り回す。それはさすがにまずいのではないか。しかし……どうしてだか、キャストに預けるのより、ジンベエが引き取る方が数段マシに思えてきてしまった。 　「おーじ様のおうち？お城？」 　「うむ、城、のようなもの、であるな。一所に止まらず、動いているところが城とは異なるが。」 　「動くお城？ハウル、居る？」 　「ハウル？うーむ、そのような部下は居らぬが、人は沢山いるぞ。」 　「お花、いっぱい？」 　「ゴン爺の温室に案内しよう！今、丁度深紅のバラのアーチが見ごろなのだ！」 　「うさちゃん、いる？」 　「うむ。呼べば、居る。世界一の人物が、居る。」 ……その時、鳥取砂丘にて、二足歩行の白兎がくしゃみの発作に襲われるという事態に陥っていたが、今のところはまだ関係はない。 　「お菓子、ある？」 　「それは抜かりない。ディナーのあとには必ずケーキとフルーツが供されるのだ。そして…これは極秘事項なのであるが、私は「うまい棒」全種を自室に確保してあるのだｖそうだ！舞踏会をしようではないか！プリンセスに舞踏会はつきものだからな！白雪姫もシンデレラ嬢もベル嬢もアリエル嬢も軽やかに踊っていたのだそうである。どうだｖ小さな可愛いレイディ、私と一緒に来るかな？」 　麻衣はこっくり頷いた。 　「麻衣、おーじ様のお城に行きます!!!」 　「おうおう、そういうときにはな、“謹んでお受けします”というのであるぞ！」 　「つつしんでおうけします!!」 　「うむ！よい返答であるぞ!!」 　かんらからから、と笑うジンベエの声を聞き、ここではっとくるみは我に返った。いいの？いいの？本当にいいの？ 　「くるみ、それでは私は小さなレイディを我が艦に連れて行くのである！早速歓迎の舞踏会を開催するゆえ、忙しくなる。どうだ、よかったらくるみも一緒にどうであるか？もしも時間が空いておれば、舞踏会に参加する為の部下の衣装準備を手伝ってもらえれば嬉しいのだが。」 　そのとき、くるみのコスプレ魂に光の速さで火が点いた！ 　「よーし、ジンちゃん、腕、ふるっちゃうからねッ！さあ、そうと決まればジンちゃんの艦にレッツゴー！」 　“この子、とっても喜んでるし、警察に届けるにしても、明後日以降でいいわよね”と自分を納得させるくるみであった… 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　ジンベエが麻衣をギャラクティックジョーズに連れ帰った時から、ブルーの胃は急にしくしくと痛み出した。一応身元を尋ねてみたのだが、 　「うむ。私にもわからぬのだ。ミステリアス・リトル・プリンセス、ということで頼むｖ」 　とかわされ、麻衣をベッドに寝かせるとすぐさまレクリエーションルームの改造工事の指揮に突入。自らヘルメットを被り誘導灯を振るジンベエの姿に、舞踏会準備にどっぷり入れ込んでいることがありありと窺えてブルーは眩暈がしそうになった。しかし、どういう改造だ、これは。レクリエーションルーム中央に聳えるツリー（今年は“幸、多かれ！”というテーマで、無数のお札お守り魔よけ十字架などが下げられ、ついでにしめなわが縦横無尽に張り巡らされ、直径５�pの『特製大玉アメ』《←言うまでも無く、ジンベエにとっての最大の幸の一つは“甘味”である》が枝先にそのザラメをきら、と輝かせて吊るされている。根元には金箔を貼られた高さ２メートルの招き猫が電動で動く右手を『ハッピーカムカム』と超高速で振っている）の飾りつけだけで、胃薬の大箱を一つ消費したというのに…… 　「ジン様…これはどういう…艦内の上階にはエレベーターが通じております。何故ここにこのような長い階段を…」 　するとジンベエはふっと笑った。 　「ブルー、不勉強が過ぎるぞ。……すべからくプリンセスというものには大階段がつきものなのだ。犯罪の陰に女あり、大階段の傍らにプリンセスあり、というではないか。」 　いわないいわない。 　「プリンセスは、長い階段を、孔雀の羽根を背負って降りてくるのだ。周囲の者どもは、鈴のついた手具をしゃんしゃんと振り、暖かく出迎えた後、皆で揃って踊るのであるぞｖ」 　……それ、明らかにタカラヅカが混ざってますってば!! 　一方、くるみは目を爛々と輝かせ、スクリーンに手順を投影しながら熱弁をふるっていた。 　「ゼロから作るのは大変。でも、既成の服を改造するのならなんとかなるわ！コミケ前日に相方が行けなくなったことが判明して、違うコスにするときなんか、この手を使わないとまず無理。いい？女性のポイントはスカートと袖の膨らみ。付属物はゴースを適当にピンで留めてなんとかなるわ。仕上げはコサージュ。男性は…スラックスを膝下まで内側に折りこんで履いて、全員白ソックス着用。ホントは白タイツなんだけど…上着は、なんだか制服がそのまま使えそう。あ、でも肩章にはビラビラつけて金ボタンや紐使いを工夫して！衿を立てたい人、袖をうーんと膨らませたい人は言って下さい！型紙くばりまーす！」 　うわ、目、ぎらぎらと輝いてるよ。水を得た魚、とはまさに彼女のようなものを言うのであろう。そして、乗員諸君、物凄く真剣にメモとってますね。 　あんたら本当に軍属かッ！ 　いや、軍人の我らがこのようなことに真剣になれるということは、世界が平和なせいなのだ。それは喜ぶべきことではないか。うむ、きっとこのような時間を自分はいとおしむべきなのだ、うむ、きっと…… 　ブルーは十数回ほどそう思おうと努力してみたが、その度に大きなため息と共に「そうは思えない自分」が居ることに気付かされるだけだった。……そして、新しい胃薬の箱を取りに自室に走った… 　一方、見事に大階段の建造を指揮し終えたジンベエは、額に浮いた爽やかな汗をすっと手袋で拭い、はたはたとマントを靡かせた。 　「会場はこれでよし。さて、次は……」 　と、レクリエーションルームの向こう側を、丸めた新聞紙を片手に大騒ぎしながら駆けて行く20羽の仔ペンギンが目に留まった。 　（これはしたり！プリンセスには愛らしい動物の友がつきものではないか！シンデレラの幸はネズミが居なければ在り得なかったではないか！、アリエルにはフグの仔がいつも共にあり、オーロラ姫は森でフクロウと見事なダンスを踊っていた。私はあの場面に何故か瞳が潤むのを感じたぞ！そしてジャスミン姫の傍らにいたあのトラは姫の自由への渇望を後押ししてくれさえした！うむ！さっそく……！） 　仔ペンギンたちに声をかけようとして、ジンベエは首をふり、その完全無欠なラインを描く高貴な顎に手をやった。 　（いや、彼らはなにかちと違うような気がする） 　おお、珍しくジンベエがまともなことを言っているッ！ 　ていうか、仔ペンギン’ｓ、あんたらジンベエにも「？（クェスチョンマーク）発動させるほど怪しい存在なのか!? 　（あのリトルレイディは何か言っていたではないか。うむ、そうだ！『うさちゃんいる？』とな！連れて来ねばなるまい、うむｖさっそく迎えに行こうではないか!!） 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　鳥取砂丘の砂山の天辺にイナバさんは座っていました。手に持ったものを高く掲げます。……ちょっと前、イナバさんの祠に、手を繋いだ小さな姉弟がやってきて、これを置いていきました。細いつるを束にして丸くし、それにヒイラギの葉をさして赤いリボンが結ばれています。イナバさんはそれが異国の神様に関係した行事のものだと知っていました。（イナバさんだって伊達に長い間神様をやっていません）でも、これはイナバさんに対して一生けんめいに作ってくれた心づくしの尊い捧げ物です。そして、形ではなく、心こそが何より大切なものなのです。ヒイラギの葉の真ん中に開いた穴から空を見ると細い細いお月様が笑っていました。イナバさんもほんわりと目を細くして笑いました。 　もうすぐ年が終わって新しい年になります。 　ここで暮らすすべての人が幸せでありますように。 　と、どーん、と砂煙（というより砂柱）を上げ、ジンベエが落下。イナバさんは目を見開き、ひげをひくひくさせました。ジンベエは、腰をさすり（そりゃ、あんな落ち方したら痛いわな）、しかし次の瞬間にしゅたッ！と直立して笑った。 　「イナバ殿、久しぶりであるな！健勝であられたか？」 　コクコクと頷くイナバさんの前足をジンベエはがしッ！と握った。 　「それは何よりである！では行くぞ！」 　え？行く？どこへ？どうして？……声を大にしてイナバさんは叫びたかったが…神様とはいえウサギの身、叫ぶことは叶わなかった……そして……イナバさんは知っている。この男がノリノリになっているとき、イナバさんの神通力は殆ど通用しないと言うことを… 　「うむ！着いたのである！」 　23回の失敗テレポートの後（そりゃあもう、とんでもないところに出てイナバさんは寿命が100年ほど縮んでしまいました）やっとギャラクティックジョーズの司令官執務室にやってきたイナバさんは、ゼイゼイと肩で息をしました。 　「イナバ殿は白い御仁であるから……うむ、白、といえば!!」 　デスクの横のボタンを押すと、ズゴゴゴゴ……という怪音と共にスライドして開く隠し扉その２！（その１は食品関係）そここそは、ジンベエが日本全国の100円ショップを渡り歩いて購入したアイテムの格納庫であった。その中に走りこんだジンベエは、大判のハンカチ２枚と「12色くれよん」と綿のバイアステープと安全ピンセットを持ってきて、ハンカチをデスクに広げると、中央に真っ赤なクレヨンでくきくきと大きなハートのマークを書いてしっかり塗りつぶした。そして、イナバさんの腹側にそのハンカチを当てると、もう一枚を背にあて、二つのハンカチをバイアステープと安全ピンで繋いだ。 　「おお！くるみ殿の手を借りずとも、なかなかどうして私も器用ではないか！しかし、……ちと、何か不足しておるな。イナバ殿、しばし待たれよ。」 　ジンベエが書棚からスッと抜き出したのは「不思議の国のアリス」の映画パンフレットだった。そこには白いウサギを追いかけるアリスの絵が描かれていた。 　「む、そうか！首のまわりのビラビラが足りぬのだな。どうしたものか…」 　考え込んでいたジンベエはポン、と手を叩いた。そして隣室に走りこんだ。 　「ここいらであったと思ったのだが（何かをぽいぽいと投げる音）、もしやあちらか!?（山積みになっていた何かが崩れる音）、いや、勘違いであったか。ならば、（ズズーンという震動）おお!!これだ！これこそ！」 　いやーな予感がしていたイナバさんの前にシュタッ！と現れたジンベエは片手に昔懐かし嘗て日本全国よい子のお風呂タイムを席捲したシャンプーハットをしっかと握っていた。 　「これぞ完全無欠のビラビラである！」 　えっと……ジンベエ、襟ぐりのビラビラはプラスチックじゃなくって布製だと思うぞ。第一、シャンプーハットは頭に被るもので首に嵌めるものではな……まさか、あんた。ああ、イナバさんも震えている。これから起こるだろうことを予想して震えている。 　ジンベエはにこやかに(否応無く）イナバさんを抱き寄せ、シャンプーハットをイナバさんの頭上にぎゅっと押し付けた。 　通したよ！この人ってば、シャンプーハットを頭からイナバさんの首周りまで押し込んだよ！ 　目を白黒させるイナバさんを小脇に抱え、ジンベエはわはははと笑いながらムービングロード上を走る。そこにはイナバさんにとっての更なる災厄が待っていた。 　「うさちゃん！」 　母親が作ったドレスではなく、くるみがそのギョーカイの「神の手」を使って作ったふんわりしたピンクのドレスを着た麻衣がイナバさんに抱きついた。 　「うさちゃん、ふわふわー、うさちゃん、うさちゃん♪」 　おお、なんと微笑ましい光景だろうか。イナバさんは嬉しげに手足をジタバタさせ……あ、静かになった……あれ、動かない。 　説明しよう！小さい子供が手加減無く“ギューッ！”とする力は予想以上に大きなものである。首を“ギューッ！”とされたイナバさんは窒息寸前の状況に追いやられたのである！……って冷静に解説している場合か。 　「うさちゃん、だーいすき！」 　ああ、やっと首から手を放してくれた…… 　そして鳴り渡るファンファーレ。ジンベエがドアを開けるとそこには大階段が。そして、その下には大きなツリーが聳え、急ごしらえの夜会服に身を包んだギャラクティックジョーズの乗員たちがこちらを見上げ大拍手している。まばゆく夢のように飾り付けられた様子に麻衣はキャッキャと声をあげた。 　「諸君！！今日はリトル・プリンセスを迎え、特別のクリスマス舞踏会を開催するものである!!」 　ジンベエの開会宣言に沸き起こる歓声！ 一段ずつ麻衣が階段を降り、下のフロアにたどり着くと、楽団が典雅なワルツを奏で始めた。 　「一曲踊っていただけますでしょうか、プリンセス。」 　跪き、麻衣の片手をとりもう片方の手で胸のバラの花を差し出す。 　麻衣がおしゃまにスカートの裾を掴んでお辞儀すると、ジンベエは麻衣の背に手を回してダンスの型を取ろうとし、困ったように微笑んだ。 　「プリンセスは普通に踊るには少々お小さいようだ。では、失礼。」 　ジンベエは左腕で麻衣を抱え上げ、右手だけを合わせて、ステップを踏み始める。麻衣は高い場所に抱き上げられたのと、ジンベエが華麗にくるくる回るのとにはしゃいで嬉しそうに笑った。乗員達も、その周りで踊りだす。……コロブチカやオクラホマミクサーが混ざっているのは過去に催行された「ギャラクティックジョーズフォークダンス週間」の影響か。何曲も、何曲も踊り、ジンベエはすとん、と麻衣を下ろした。 　「さぁ、姫、これからはパーティーです。どうぞお楽しみ下さい。」 　ジンベエが指し示した方を見れば、そこには…なんか……何なんだ、ありゃ。そこには、そろいの法被を着た乗員たちが昔ながらのいわゆる“夜店”を開店していた。綿アメ、輪投げ、射的、金魚すくい、クジ、水アメ、海ほおずき、ビーズ細工……ジンベエ、このミスマッチなものはいったい何なんだ。 　「いやはや、母星で、数々のパーティーを経験してはきたが、あれらに勝る楽しいものはなかなかないと思ったのでなｖ」 　そんなもんですか…… 　麻衣は嬉しそうに屋台に駆け寄り、次から次へと屋台を楽しみ始めた。ジンベエはその傍らに付き添い、輪投げ、射的、金魚すくいで完全無欠の妙技を見せ、可愛い手で盛んな拍手を貰い鼻高々であった。 　「おーじさま、ここは？」 　誰もいない屋台の前で麻衣はジンベエを見上げた。 　「うむ、よくぞ聞いてくれた！ここはカルメ焼きの屋台であるのだ。」 　「かーめ？」 　「かーめ、ではなくカルメ焼きであるのだ。甘くて美味しいものであるのだぞｖ甘いということは正義であり、世に幸せをもたらす魔法の食物なのだ。プリンセスよ、食してみるか？」 　うん、と頷く麻衣にジンベエは満足そうに頷き、手袋を外して腕まくりすると、小さな椅子に腰掛けるとタオルをハチマキにして頭に巻いた。 　ザラメを銅製のおたまにいれ、水を少しだけ加えて火にかけ、完全に溶かし、煮詰める。ぶくぶく大きく泡だってきたところで火から外し、少しやすませてから、重曹を木の棒につけてぐるぐるとかきまわす。最後の仕上げ、というようにすっとジンベエが腕を上にあげておたまから外すと、魔法のようにぷくーっとカルメ焼きが膨れ上がった。 　「おーじさま、魔法使い？」 　「うむ。カルメ焼きを作るのも、魔法も得意であるぞｖ」 　少し離れたところで控えていたブルーは目頭を押えた。“どうしてもカルメ焼きをマスターするのだ”と言って、何度失敗しても不屈の精神力で修行を続けた司令官の姿……それはまた、膨らみそこねてべっこうあめもどきとなったカルメ焼きや加熱しすぎて炭化したカルメ焼きや、重曹を加えすぎて苦くなったカルメ焼きを食べ続ける羽目になった副官の忍耐の日々であった。（なにせジンベエは失敗したからといって食べ物を破棄することを許さなかったのだ。……ブルーは胃を壊したが、同じものを処理したはずのジンベエの胃は到って快調であった。） 　軽くあたためるとカルメ焼きはぽん、とおたまから外れ、粗熱が取れてから、ジンベエは麻衣の手に握らせた。齧るとさくっとし、麻衣は極上の笑みを浮かべた。 　「かーめやきの王子さま？」 　「うむ。プリンセスがそう呼びたいのなら、そう呼んでもよいぞ！おお、プリンセスよ、姫のためにイベントが始まるぞ！」 　いつの間にか、ダンスフロアには華やかに飾りつけられた舞台がしつらえていた。そこで次々と行われる妙技の数々……世界各地に散って伝統芸能を学んできた特派員達の芸が今晴れて白日のもとに上演されたのである!! 　麻衣ははしゃいでいたが、最後のイベントが終わると、おおきな欠伸をした。ジンベエが抱き上げると、頭を胸に預けてきた。 　「プリンセス、楽しかったかな？」 　「うん、とってもたのしかった。……麻衣ね、またおーじさまにかーめやき作って貰うの。……パパとママに……いっぱい教えてあげるの……」 　ジンベエはそっと麻衣の髪を撫でた。 　「プリンセスよ、私の娘にならないか？いや、兄上たちが居るのであるから私は王になることはない。であるから、正確にはプリンセスということにはならないのであるが、私にとってはまごう事なきプリンセスだ。艦の皆も居る。ここでは絶対に一人ぼっちになることなどないのだぞ。……ここにいるがいい。ずっと、ずっと。」 　麻衣はすーすーと寝息をたてていた。 　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 　それからしばらくして、衣装の手配に縦横無尽の活躍をしていたくるみは、麻衣が着ていたドレスを裏返してじっと見ていた。 　「おお、くるみ殿、ここに居たのであるか！むっ、それはプリンセスが初めに着ていたドレスではないか。……子供を捨てた母親が与えたドレスなど、捨ててしまうがよかろうといったはずであるぞ。」 　くるみはふるふると首を振る。 　「ジンちゃん、何かおかしいよ。子供を愛してない人がこんなドレスを縫うわけがないわ。裾はとっても細かく丁寧にまつり縫いしてある。ウェストの縫い代は当たってもいたくないように処理してあるし、襟ぐりのバイアステープも市販品じゃなくってちゃんと布地を45°に切ってある。こんなに素敵なドレスをこの子のために縫う人が……この子を捨てたなんて……」 　くるみはギュッとドレスを握った。と、違和感があった。初めに手紙が発見されたのと逆の側の二つ目のポケット、そこには二つ目の手紙があった。 　“済まない。大きなチャンスを棒に振るわけにはいかない。麻衣のことを頼む。許してくれ。悪い父親、悪い夫である僕を許してくれ” 　小さなプリンセスは捨て子ではなかった。夫婦が互いに相手に娘を託して姿を消しただけだったのだ。くるみはほっとした。が、ジンベエは冷淡にドレスを睨んでいるだけだった。 　「娘を軽んじたことに変わりはない。……そのような親、親として認めぬ！」 　「だ、だけど、ジンちゃん……」 　「だけど、ではない！貴公、親元に戻ったプリンセスが、幸せになると言えるのか？大人の都合、というものにかこつけて蔑ろにされると考えはせぬのか？」 　「でも……」 　二人の会話は泣き声によって遮られた。一度ベッドに寝かしつけたはずの麻衣が、目を覚ましてさまよい出たらしい。麻衣はなきじゃくっていた。 　「おお、プリンセス、寝ていなくてはダメではないか。」 　「ママ！パパ！どこですか！ママ！パパ！どこ！どこー!?出てきてくださいー麻衣、いい子にしますから、麻衣、言うことききますから、ママー！パパー！」 　ジンベエが抱き上げても嫌がり、泣き叫ぶ麻衣は、それでも暫くすると泣きつかれて眠ってしまった。 　暫くジンベエは無言で居たが、麻衣をソファーに横たわらせ、優しくマントをかけて、直立して腕を組んだ。 　「プリンセスの母親と父親に天誅を！作戦開始である！……二度と我が子を蔑ろにすることのないように最大級の灸を据えてやろうではないか！」 　「ジンちゃんｖ」 　「心配せずともよいぞ！私はプリンセスのためならば何事をも厭わぬ所存であるぞ！」 　わっはっはと笑うジンベエの声に合わせ、麻衣にかけられたマントの裾もはたはたとはためいていた。

2005年クリスマス短編…の続きが2006年クリスマスになってしまいましたッ！そしてまだ続きます。明日の夜までお待ち下さいまし…（深夜になるかもしれませぬ。ご容赦をッ！

前編へ　　2005〜2006年クリスマス部屋へ　後編へ