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| 8 落ちる竜 |
| セリスはアリオーンに親書を送り続けたが、色良い返事は返ってこなかった。アリオーンはトラバントの政をそのまま受け継ぎ、セリス軍に対し徹底交戦を続ける姿勢を崩さなかった。アルテナは竜を駆り街や村々を巡り民にセリスの考えていることを伝えてまわった。トラキアの民は皇子と王女・・・アリオーンとアルテナの二人を以前よりずっと好いていた。それだけにアルテナの言葉に耳を傾けはしてくれたが、アルテナとアリオーンが別々の立場にあることに大きな不安を覚えていた。 オイフェは軍議の場で地図を壁にはり説明した。 「アリオーン王子は、トラキア城周辺で軍備を整えています。・・・・トラキアの民は、アリオーン王子を支持していますが、アルテナ王女の説得で我が軍の動きを容認しています。民の不満はこれから言う二点に集中しており、私たちの叩くべき相手もそこでしょう。一つはルテキアのディスラー将軍。かれは密かに民からの年貢を私し、裏では帝国とつながっているという情報もあります。さらにルテキアの南のグルティア城には帝国から暗黒司祭が派遣されています。・・・・我々が最終的に叩く相手はここにこそあります・・・・あとは・・・・アリオーン王子が和議に応じてさえくれれば・・・・」 アルテナは背をのばし、しっかり立って地図を見ていたが、義兄であり思い人であるアリオーンの名が出ると胸がしめつけられた。アルテナの手紙も添えてセリスは書簡を出しているのだが、自分へあてての何の言葉もない。 オイフェの言葉は続く。 「ルテキアに達するにはここ、カパドキアの南東を掠めるルートしかありませんが、カパドキアは”トラキアの盾”と名高いハンニバル将軍の城です。優れた武人であるということで、トラバント王を諌めることができるほどの人物の筈ですが、我々に対し、“進軍するならば攻撃を辞さない”と宣言しています。・・・・何かが背後にありそうなのですが・・・・」 膠着状態が続いて３日の後、パティがお宝袋をぱんぱんに膨らませて帰ってきた。そのままセリスのもとに直行する。 「セリス様！ハンニバル将軍のこと調べて来ました。」 彼女が事もなげにいうには、カパドキア城の炊事場に潜り込んで噂話を集めたところ、ハンニバルの息子がルテキアに人質として取られているため、トラバントがいなくなった今、ディスラーの、更にその上にいる帝国の命に抗えなくなっているのだという。 「コープル・・・・」 アルテナが呟いた。 セリスが眉を上げる。 「コープル？それがハンニバル将軍の息子の名ですか？」 「ええ。捨て子だったのですが、将軍は実の子として愛しておられました。私もコープルのことはよく知っています。ブラギ神に祝福された聖印をいつも携えている優しいよい子です。」 オイフェが口髭を捻る。 「では、その子供をこちらで確保しなければ・・・・しかし、ルテキアに侵入するにはカパドキアを通る他は・・・・」 軍師は意味ありげにパティを見た。パティはにまにまと笑い、任しておけというようにどんと胸を叩いた。 広い中庭の石段の上に、パティはお宝袋から戦利品を出して並べていた。横でファバルがため息をつく。 「お前、まだこんなことやっているのか？」 「いいじゃない。ほら、これ、リカバーの杖だよ。倉庫の隅で埃をかぶってたんだ。あとでラナちゃんのところにもっていってあげよう。」 杖を置き、その横におたまを並べる。 「これ、とってもよそいやすかったんだ。」 「・・・・確かにお前の盗賊の腕は役にたってる。・・・・だけどな。この軍にだって陰口たたく奴はいるんだぜ。・・・・海賊の子は盗賊・・・・ってさ。公女だなんて嘘じゃないか・・・・って。」 「ふうん。おかあちゃんは海賊だったんだし、私は盗賊なんだし、本当のことだからしかたないじゃない？」 「そうじゃない！・・・・そういってお前のことをさげずんだり笑ったりするのが俺には許せないんだ。・・・・盗みはいいことじゃない。それはパティにもわかっているだろう。」 パティはにこにこと笑った。 「兄ちゃん。兄ちゃんはお母ちゃんのこと覚えてる？」 「ん？いきなりなんだよ・・・・かなり忘れちゃったけど・・・・綺麗で、優しくて、強くて・・・・豪快な人だったよな・・・・」 「お魚のお料理が得意だったよね。お母ちゃんは海賊に育てられてそこの首領まで上り詰めたんだよね。・・・・凄いよね。決して貧しい人からは奪わないで、逆に嵐の時には助けてあげたって聞いたよ。あたし、お母ちゃんのこと、尊敬してる。陰口なんかたたかせておきゃあいいよ。あたしは気にしないもん。あたしのことをわかってくれてる素敵な人たちが大勢いるしね。それに、公女だなんていったって、この戦争が終わったら兄ちゃんと一緒に孤児院に戻るわけでしょ？関係ないよぉ。」 ファバルは感服した。ついさっきも妹を悪くいった兵士を三人ばかり叩きのめしてきたところだったが、妹は自分の思っていたより強く育っているようだった。 「・・・・ところで、さっき、オイフェさんと目で会話してたのはいったいありゃなんだ？」 「・・・・クロスボウ持ったか？煙だま持ったか？解錠用の七つ道具持ったか？」 ファバルに念を押されてパティはこくこく頷いた。 セリスが手を差し出す。 「危険を感じたらすぐに脱出するんだよ。」 パティは、またこくこくと頷くとセリスの手を軽く握った。 ラクチェが、ラナが、ユリアが、ティニーが、リーンがつぎつぎに激励する。 「ま〜ったく、人の妹を何だと思ってるんだっ！ルテキア行ってコープルってのを救い出せなんて！」 ファバルがオイフェを睨むとオイフェはすうっと視線を逸らした。 「全くだ・・・・小さな子供に・・・・」 シャナンが呟くとパティはぷっと膨れた。 「・・・・シャナン様、あたしのことをいくつだと思ってるんですか」 「・・・・十か十一位かだろう。」 盗賊娘はカンカンに怒った。 「あたしは十六ですっ！」 シャナンのみならず一同驚いた。ファバルだけがやれやれと宥めるように妹の背を叩いている。 「十っていうのは極端だが、お前、育ち盛りの時に栄養わるかったから年よりうんと小さくみえるんだ。仕方ないだろうが。」 リーフはちらとフィンを見た。やや背が低いものの人並みに成長した自分はフィンの栄養を横取りしていたに違いない。シャナンはパティをまじまじと見つめている。 「パティ！行きましょう！」 窓越しにペガサスで上がってきたフィーが叫んだ。パティはアルテナに書いてもらったルテキア城の見取り図をしっかりと懐に入れると窓から飛び出していつもはアーサーが陣取っている場所に落ち着いた。 パティが帰ってくる前に、ハンニバルとセリスの戦いは始まった。・・・・解放軍の騎馬の一団がカパドキアに攻撃を仕掛けたため・・・・そんな事実はセリス軍にはない。だが、現実にカパドキアは襲撃を受けた。帝国の息がかかった何者かの仕業であろうが、動きだしたハンニバルの軍はセリスの必死の説得にも止まろうとしなかった。 重装歩兵を中心とする敵軍には弓矢は殆ど効かず、わずかな継目を狙うことのできるレスターと、鎧を粉砕する力をもつ神弓イチイバルをひくファバル以外は戦いにもならない。魔法部隊が力を発揮するはずであったが、ハンニバルは見通しの悪い森のルートを通って進軍しており、しかも、重装のわりに身軽な動きの、統制の取れた部隊にセリスは苦戦を強いられていた。シャナンを中心とする剣士隊が森を進み、そのまわりをアレスたちの騎馬が取り巻いていたが、森の地理に明るくない解放軍は気が付くと崖に追い詰められていて一小隊が全滅といった具合にセリスたちに不利に戦闘が継続していた。 将軍は自ら進軍していた。もともとが戦場での武勲から抜擢された経歴をもつ彼は、自らが銀の大剣を揮うことで部下を掌握していた。アルテナは竜を降り、ゲイ・ボルグを手に森に入った。 「ハンニバル殿！私はアルテナです！どうか話し合いを！私たちはトラキアを滅ぼしにきたのではありません。あなたとは戦いたくはい。あなたが死ねばトラキアの民はますます混乱します。そして、トラキアに巣くう帝国がますますその力を増し、トラキアを蹂躙していくことになります！将軍！力を貸して下さい！」 答えはなかった。オイフェは唇を噛んだ。このままミーズに軍団が到着するようなことになったら、彼は城を守る自信がなかった。 「全軍速やかに撤退せよ！ハンニバル軍を森から出すな！」 セリスが不安げに軍師を見る。 「オイフェ・・・・何をする？」 「・・・・止むを得ません・・・森に火をかけます。」 「な、な、なんかたいへんなことになってるみたい！」 一番後でペガサスにしがみついてパティは叫んだ。最高速でマーニャを飛ばすフィーの背に少年は抱きつき、しっかりと目を閉じている。 「フィー！森が煙をあげてる！」 「うん、私にも見えるわ！パティ！落ちないでね！」 ペガサスはミーズ城前の味方の中に着地した。炎魔法を使って火をつけていたアーサーが手を止める。セリスがペガサスに揺られてふらふらしているコープルを抱き起こした。コープルは青い顔をし、だが、しっかりと言った。 「とうさんは？」 セリスは燃え盛る火を見、泣きだしそうなコープルを抱き締めた。そのときすっとセティが手をあげた。風の魔法が火のついた木々を薙ぎ倒した。激しい風は真空の刃。火が飛ばされて大半が消えた。ヨハンが部下を呼ぶ。 「これからの仕事は樵だ！諸君！木を倒して火を消すんだ！」 コープルは焼け焦げた森に入っていった。煙にまかれた兵士が倒れている。ラナが、ユリアが、ナンナが、そしてすべての魔法に通じたセティが治癒の魔法をかける。コープルは父親の姿を探して尚も森を進んだ。小さな広場のような場所で、彼はハンニバルを見付けた。ハンニバルはその大剣で木を切り裂き炎の来ない空間をつくり、幾人かの部下を守るようにして倒れていた。皆、まだ息があったが酷い火傷を負っていた。 「とうさん。」 コープルは懐から小さなワンドを取り出して胸に抱き父親のそばに跪いた。コープルについてきたセリスたちは不思議な光景を見た。そこここに光の粒子が満ちあふれきらきらと輝いている。光は怪我人のまわりを取り巻き火傷や傷を瞬時に癒していく。コープルが胸に下げているブラギ神の聖印が青白く清らかな強い光を発している。ラナがセリスの手をとって、その手にあった火傷をそっと癒した。セリスはコープルを指差し、そしてハンニバルを指差した。 ハンニバルは目を開けた。そして息子の愛くるしい顔をそこに認めた。 「コープル・・・・無事であったか。」 「はい。僕は大丈夫です。あそこにいらっしゃるセリス様の軍に助けていただきました。父さん、御免なさい。もう僕のために戦う必要はありません。」 「・・・・そうか・・・・すまんが、起こして下さらぬか。」 ヨハンが肩を貸した。 「セリス殿・・・・我が戦いは、すべてトラキアのため・・・・しかし、貴行の戦いがトラキアを超え、全ての民のためというのなら、私は武人としての命を貴行に預けよう。」 「はあ〜っ！」 フィーは座り込んでぜえぜえと息をしていた。隣ではパティが同じことをしている。 「なんとか納まったみたいだけど、疲れたね。」 「うん。結構警備が厳しかったし・・・・安心したら力抜けちゃったね。」 フィーのところに森からひきあげてきた魔道士たちが戻ってきた。ティニーが二人を労い、アーサーが呑気な発言をしたのにフィーが腹をたてパティが笑っていると、セティがふわりと妹を抱き上げてミーズの城へと引き上げていく。 「あ、いいな。」 パティはファバルの姿を探したが、ここにはいないようだった。 そのとき、シャナンが寄ってくるとすうっとパティを抱き上げた。 「はぁ？」 「私では駄目か？」 「う、ううん。けど・・・・」 なんでそんなに気遣ってくれるのだ。とパティが問う前にシャナンは彼女の頭に縞模様の帽子をぎゅっと被せた。 「忘れ物だ。」 「・・・・あ、もしかして、あたしを子供扱いしたことのお詫びなんだ？ね、シャナン様、あたし今度もドジ踏まなかったよ。偉いでしょ？エヘン。十じゃないもんね。十六なんだから。」 ミーズの城門でシャナンはパティを降ろした。 「いいや、お前はまだ子供だ。・・・・子供だから私は保護したいのだ。きっと。うむ。きっとそうだ。」 パティはぷっと膨れた。 「シャナン様、そうやって子供扱いするところは嫌いだな。」 「・・・・嫌いで結構・・・・」 ミーズでハンニバルという力強い兵力を得、ルテキア攻めの準備をしている間、魔法を使うもの達はセティの周りに集まって集会を開いていた。魔法は誰でも使えるというものではない。それなりの素養がなくては訓練しても駄目なのである。逆に、少しでも魔法の力があるものにはもっとその技を磨いてもらいたいとこの賢者は考えていた。彼が驚いたのは、全く使ったことのない魔法を使いたいと切望している者が多いことだった。攻撃魔法しか使ったことのないティニーが人を癒す治癒魔法を使いたいというのは心情的にわかったが、ラナやコープルのような神につかえる者が攻撃魔法を学びたいというのには思わず眉をそびやかした。 「母さまも・・・・」 ラナは言った。 「エーディン母さまも攻撃魔法をお使いでした。これからの戦いでは私たちも前線に出て治療をしなければならなくなると思います。そのとき、足手纏いになりたくはありません。・・・心配は無用です。身を護るためにしか使いません。」 コープルも頷いた。この少年は幼いが、この中では一番の治癒魔法の使い手であり、セティの見たところユリアと同等の魔力を秘めていた。面白いのはリーフで、多分なんとかなるんではないかといってナンナと一緒にやってきていて、威力は小さいものの様々な系統の魔法を何とか使いこなしていた。セティはナンナとティニーとリーフ、そして妹のフィーと共に治癒魔法の訓練を始めた。呑気なアーサーはゆっくりとラナやコープルに攻撃魔法を教えている。 若者たちがそうした勉強会をしているのを知り、オイフェは頼もしく思った。セリスを含めた剣士たちはシャナンのもとで技を磨き、弓隊も、槍隊も、斧隊も、騎馬隊も、それぞれ隊長のもとで訓練を怠らない。セティのもとで学ぶリーフにしても、剣や、弓や、斧や・・・・苦手な槍まで腕を上げてきている。 ルテキア城を蹴散らすように制圧したとき、オイフェは確信した。この軍は、かつて十二戦士が集ったときのような力をつけつつある・・・・と。 ルテキア陥落の報せを受けたグルティア城の暗黒司祭ジュダはしかしながら悠然と構えていた。 ただ、待っていればいいのだ。反乱軍が死ににくるのを・・・・ 「・・・・気をつけて下さいね。」 炊事場の裏でリーンはアレスに優しく言った。 「大丈夫だ。今まで何度も先陣を努めた。そのたびに俺は生きて帰ってきた。・・・・今度もお前の為に帰ってくる。」 「・・・・私の為では嫌です。・・・・そうしたら、私がいなくなったらあなたは帰ってこなくなってしまう。・・・・」 アレスが接吻しようとすると、リーンはそれを拒んで、アレスはいつもの通りにリーンの手の甲に口づけした。アレスが去り、リーンが厨房に戻ると、コープルがずっとさっきのことを見ていたのに気付いた。 リーンはコープルが並べた皿に盛り付けをした。 「ありがとう、コープル。随分助かったわ。」 「・・・・父さんの食事はずっと僕が作っていたから・・・・でも、リーンさんやパティさんのほうがずっと料理が上手です。」 パティがにこにこ笑い、リーンも微笑んだ。 「コープルは幸せね。あんなに素敵なお父さまがいて。大切にしてあげなきゃだめよ。」 「はい！・・・・あ、ごめんなさい。僕だけ父さんがそばにいて・・・・」 「ははっ、あたしの父ちゃん盗賊だもん。戦争の前でもなかなか家にはいなかったよ。ハンニバルさんとはできが違う。」 「いいのよ。私ね、ダーナの町の修道院で育ったの。小さなときに踊り子らしい女の人が預けていったんですって。でもね、私、とても愛されていたのだと思う。だって微かに覚えているお母さんとお父さんの顔はいつも笑顔なのだもの。」 「リーンさんもダーナで？僕もダーナの町で父さんに拾われたんです。・・・・御免なさい・・・・僕、盗賊や踊り子さんのことを誤解していたみたいです。僕はそういったことをする人をいい加減に生きている人たちばかりだと思っていた。（盗賊に関してはいい加減だと思ってもらったほうが気が楽だとパティは思った）・・・・あ、今は違います。リーンさんは大好きです。」 リーンは素直なコープルがとても気に入っていた。 「コープル、すべてが終わったら私と一緒にダーナにいってみない？ハンニバル様やアレスも一緒に・・・・本当のお父さんやお母さんを探せるかも・・・・・・」 コープルはリーンの首から下がっている聖印に目をとめた。 「これ？私のお守りなの。修道院に預けられたときに持っていたのだって・・・・」 「僕ももっています。・・・・ブラギの神様の聖印・・・・」 二人が聖印を近付けたとき、パティが持ち歩いているお宝袋が異常な強い光を発した。 「何っ！これ！」 袋から何かが空中に飛び出た。パティがデューから託された古びた杖が空中でくるくると回っている。そして目が眩むような光を発したかと思うと優美な杖に変化してすっとコープルの手に納まった。コープルとリーンはじっと目を閉じている。 「父さんの・・・・クロード父さんの声が・・・・・聞こえました。リーンねえさま。」 「ええ。私たちはエッダの血筋・・・・ブラギの神の声を伝える役目の・・・」 パティが目を白黒させていると、二人はしっかりと手をにぎりあって微笑んでいた。 「私たちは姉弟です。父さまはエッダのクロードという神父でした。・・・・コープルが持つ杖はバルキリーの杖・・・・父さまはブラギの神託に従い・・・・そして神託の通りに私たちは出会ったの・・・・あなたのお父さまに杖を託したのもブラギのみことばの通り・・・・パティ、祝福して。」 弟をきゅっと抱き締めるリーンの幸福そうな顔を見て、パティは一先ず飛び跳ねながらおめでとうおめでとうと連呼し、二人の手を引いて城じゅうにこの幸せを伝えにいった。 レヴィンは小高い丘の上に立ち、グルティア城を見下ろしていた。いくつかの投擲機が立ち並ぶ以外は敵の姿は皆無だ。 「気にいらんな・・・・」 上空を飛ぶアルテナとフィーを見上げ彼は額に手をあてて考え込んだ。 「我々の戦力が迫っているのは確かなのに・・・・あの暗黒司祭が広域魔法をもっていることはまず間違いないだろう。・・・・しかし、不気味だ。」 どど、どどっと地鳴りがしてきた。 「！」 騎馬隊だ。しかも大規模の！ しんがりを務めていたのはヨハンの部隊だった。 「任せてくれ！」 槍騎士隊と戦うのは斧だと瞬時に判断した彼は部隊を展開し、壁をつくった。第一波が来る。槍を刈り取るように斧が振り回される。槍騎士の後からは剣をもった騎馬がくるのを知り、フィンが指揮をとる槍騎士隊がヨハンの後に構える。だが、一度下がった敵の槍騎士のあとに現われたのは、てぶらで騎乗する一人の男だけだった。しかも男は味方を下がらせ単騎でこちらにかけてくる。 「まずい、何かあるぞ！」 「槍隊！全軍下がれ！」 ヨハンとフィンの言葉とほぼ同時に荒れ狂う嵐のように魔法がやってきた。魔法騎士！騎乗しながら魔法を射つ手だれの戦士だ。彼の魔法の範囲にいた人と馬はすべて薙ぎ倒された。そこに敵の騎士が走りこみ止めを刺す。 ファバルは馬を走らせながら喚く。 「何か手はないのかよ！あの魔法に対抗できるような奴はいないのか！」 並んだレスターが時折矢を放ちながら逃げる。 「対抗できるのは魔道士だろうが、こんな混戦の中にユリアやセティは立たせられない！」 「わーってる！しかし、このまま逃げたら、あっちの暗黒司祭の魔法がふってくるだろうが！」 挟み撃ち・・・・確かにその通りだ。 「せめて攻撃を避けられる奴はいないのかよ！」 ファバルが首を捻って敵の様子を確かめると、敵は途中で止まっており、何かを囲むように円を描いていた。 「あいつらばっかじゃねーの？」 シャナン、ラクチェ、スカサハの三人が背を合わせるように剣を構えている。 「あんなことしたって、こっちにも騎馬は来るじゃんかよ！」 と、槍騎士隊が反転してきた。 「フィンさん、どうした？」 「魔法騎士はシャナン様のところで止まっています。こちらに抜けてくる騎馬は私たちが止めなければ。」 ヨハンもフィンに並ぶ。レスターも部下に展開を命じている。 「・・・・じゃ、俺もやるか。」 ファバルは木の上に陣取り弓を構えた。 「スカサハ。何人斬った？」 相手の動きを見ながら傍らの兄に呟く。 「十人までは数えてたが、もうわからない。」 「あたしも・・・・」 また魔法が来た。イザークの剣士は素早く躱した。魔法が来ているときには騎馬がこない。それだけが救いだった。先程から何度かシャナンが魔法騎士を屠らんと切り込んでいるのだが、他の騎馬が盾になりうまくいかない。しかし、取り巻く騎士の数がさきほどよりは減ってきている。 「・・・・体力・・・・続くかな。」 「・・・・父上の血を受け継いでるんだ。なんとかなるだろう。」 そんな会話をしているうちに、矢が一本飛んできて敵の馬を倒した。シャナンがその後ろにいた魔法戦士をこんどこそ一刀のもとに切り捨てた。味方の騎馬隊の約半数が戻ってきていた。背後からやってきた帝国の増援部隊はそれを見て背走する。 グルティア城の攻略は困難を極めていた。ジュダの広域魔法は魔力を持たないものには大きな被害を与え、しかし、魔道士達が近付くと投擲機が一斉攻撃をかけてきた。アルテナが上空から急降下していくつかの投擲機を壊したが、敵はいくつかの投擲機を上空に向け、竜もペガサスも近付けなくなっていた。一歩も進めなくなってしまったセリス軍に、一度後方に下がってミーズと連絡をとっていたアルテナの竜が飛来した。その背にはアルテナの他にコープルとリーンが乗っていた。 「この二人がどうしても・・・・って。なんだか声が聞こえるとか・・・・」 コープルは頷いた。 「僕をつれていって下さい。魔法は防いで見せます。傷をおったらすぐに治します。攻撃はできませんから誰かお手伝いをお願いします。」 魔法の防御に優れたアレスとセティが進み出た。リーンはアレスに一礼し、”コープルは弟なのです。アレスさんお願いします。”と囁いた。 ジュダは目を疑った。小さな少年を挟み、魔道士が一人、騎兵が一人、三人だけで城に通じる坂道を歩いてくる。投擲機が三人を狙う。風の魔法と魔剣の剣圧でほとんどが四散したが、それでも負ってしまった傷は少年の掲げる杖で瞬時に塞がっているようだ。 「・・・・ならば、我が魔法、うけてみるがよい！」 重苦しい空気の固まりが辺りを満たす。と、コープルは二人の前に出て、聖印を掲げた。薄青い壁のようなものができ、その向こうに魔法は通らなかった。 「あの子供は何者だ！」 アレスは二人を馬に引き上げた。そのまま城門に向かう。ミーズの時と同じく、もう投擲機は使えない。セティは城壁の下から上にいるジュダに風魔法を浴びせた。ジュダは必死に暗黒魔法で応戦したが、それによる傷はすぐにコープルが治してしまう。 「・・・・もう終わりだな。」 アレスが頚動脈を切断したのにもジュダは気が付かなかった。 トラキア半島の帝国軍は駆逐された。・・・・あとはアリオーンと話し合いの席につくこと・・・・それがセリスの願いだった。しかし、アリオーンの返事はこれまでと変わらなかった。悩むセリスにレヴィンはトラキア城への進軍を示唆した。 二人とオイフェしかいないセリスの私室で、セリスは椅子にかけ、机に肘をついてその手で頭を抱えた。 「レヴィン・・・・私たちの敵は帝国の筈だ。こんな戦いになんの意味があるというのです！」 軍師は冷たく言った。 「戦うことが嫌になったのならティルナノグへ帰れ。・・・・私たちには時間がないのだ。」 「時間が？何のことです？」 「・・・・お前は真実に耐える力を持っているか？」 「わかりません。しかし、そんな力を持ちたいと思っています。」 「では、話そう・・・・この戦は帝国の圧政からの開放というだけではないのだ。今の帝国はもはやアルヴィス皇帝の打ち建てたものではない。その息子、暗黒神の再来たるユリウス皇子のロプト帝国と化してしまっている。」 セリスは顔を上げた。 「ユリウス皇子が暗黒神の再来？・・・・ロプト教団の国・・・・？」 「セリスよ。お前の母ディアドラはグランベルのバーハラ王家、クルト王子を父に、そして・・・・暗黒神ロプトゥスの血族たる戦士マイラの子孫シギュンを母に生まれたのだ。」 「・・・・それは私が暗黒神の血を引いているということですか。」 セリスの声は消え入りそうで震えていた。しかしレヴィンはかまう事無く続ける。 「その通りだ・・・・アルヴィス皇帝はヴェルトマー国王とシギュンの間に生まれた子。ユリウスはディアドラとアルヴィスの間の子・・・・忌まわしき兄妹の交わりにより生まれたユリウスは暗黒神の血を濃く受け継ぎ、ロプト教の始祖ガレの再来となってしまった。・・・・もはやユリウスは父親にも止められぬ。・・・・そして、ユリウスは暗黒神の復活を企てている。その儀式を何年もかかって準備し・・・・」 「それが子供狩りだというのですね。」 「そうだ。ロプト再臨の為の生け贄なのだ。・・・・セリスよ。暗黒神が復活してしまえば、この世の人の営みなど塵のように踏み躙られてしまう。そこで与えられるのはただ苦痛と絶望だけだ・・・・お前はトラキアと戦いたくないという。しかし、トラバントのあとを継ぐアリオーンは我々との対話を拒んでいる・・・・彼はトラキアの王だ。トラキアを愛している・・・・その愛こそが問題なのだ。トラバントの死後もトラキアを存続させるために帝国軍を駐留させることを容認してきた。今叩いておかねば、きっと彼は驚異になる・・・・帝国との決戦の時に背後から斬られてもいいのか？キュアンとエスリンの二人がそうだったように？・・・これは我々だけの戦いではない。闇に対する聖戦なのだ。」 セリスは首をふった。 「わかった。レヴィン私は戦う。だがしかし、最後まで和平を結ぶことはあきらめない。私が躰に暗黒の血を宿しながらも光を求めるように、どんな人間にも平和を求める心はあるはずだ。・・・・・戦士マイラは暗黒の血族の血を持ちながら、人々の為に戦ったというではありませんか。・・・・・そして、レヴィン、間違えないで欲しいのです。この戦いは聖戦などではありません。人を傷つけ血を流す所業が聖なるものであるはずなどはない！」 レヴィンは哀しいような嬉しいような形容をし難い微笑を浮かべていた。 「・・・・そうか。聖戦ではないというのか。・・・・・・お前のような人間がいるから私はここに在るのだ・・・・・・」 その言葉の意味するところはわからなかったが、セリスはさらに続けた。 「私は・・・・・私の成せることをするだけです。私のこの体を流れる血が闇であろうと光であろうと、なんら変わりはありません。」 オイフェは頷いた。 ”シグルド様。セリスさまはあなたのように優しく育っておられます・・・・その優しさがきっと結実しますよう見守って下さい・・・・” アリオーンから三度目の、和平を断る書状が送られてきた。オイフェが軍議の間で書状を読み上げると、アルテナは思わず叫んだ。 「なぜ？・・・・兄上はどうしてここまでして戦い続けるのです！」 その肩にハンニバルが手を置いた。 「姫さま・・・・姫さまは最善を尽くしました・・・・姫の書状をしても殿下の心が動かぬのならなすすべはありません。・・・・アリオーン殿下は武人として戦いぬきたいのでありましょう。トラキアの大地を巡る戦いを・・・・」 「しかし！」 「・・・・男とは、武人とはそういったものです。おわかりになって下さい。」 わからない。わかりたくない。 アルテナは夜の庭で槍を持ち、切りと突きを繰り返しながら首を振った。なぜ兄妹が殺しあう必要があろう。なぜ、両者とも平和を望みながら戦う必要があろう。 なぜ、ここに来てしまったのだろう。トラキアの王女としての命を全うすればよかった。そうすれば兄と・・・・愛しいアリオーンと共に死ぬことだけはできたではないか。 汗が涙と交ざってぽとぽとと地面に落ちて吸い込まれていった。 自分は一体ここで何をしている？解放軍にあって敵の将を愛し、気遣っている。彼女は泉水にむかってよろよろと歩いていった。 泉水には先客がいた。泉水の淵に座り、泉に浸した手ぬぐいで体の汗を拭いている。 「フィン？」 「アルテナ様！あっ！失礼しました。」 槍騎士は慌てて上着を着ようとした。アルテナは笑って置いてあった上着を取り上げた。 「槍の稽古をしていたのでしょう？暑かったらどうぞそのままでいらして。」 「しかし・・・・」 「アルテナは気にしません。」 槍騎士はしかし、上着をさっと取り戻すときっちりと身につけた。 ・・・・彼が父であったトラバントを討ったことは彼自身に聞かされて承知していたが、彼から知らされたということが逆にアルテナの心を軽くした。この人は昔どおりだ。自分を気遣ってくれる。優しく・・・・いつも優しく・・・・・セリスの軍に来てから何度も、彼女はこの旧知の槍騎士にレンスターのことを話してもらった。アルテナは彼からの昔両親のこと、フィンに肩車してもらったこと・・・・・。”アルテナ様は幼いときから活発で、ときには私の手に負えないことも・・・・”と槍騎士が漏らしたとき、むきになって反発したら、”こんな痣までのこっています”と袖をまくりあげて証拠をみせられ大笑いもした。 この騎士の前では、レンスターの王女でいることがごく自然だった。ここでは甘えられた。何の心配もしなくて良かった。 「また、私の小さな頃のことを話してください。」 隣り合わせに座ってアルテナは槍騎士の顔を覗き込んだ。槍騎士は、今、このときのアルテナの苦悩がわかっていた。そして、その責任の一端は、アルテナをあの運命のときにしっかり抱いてひきとめなかった自分にあるのだと責めていた。 「何お話しいたしましょう？」 「・・・・お父さまとお母さまのことを・・・・」 「それで、エスリン様がキュアン様の背中をぱんぱんとそれは物凄い勢いで叩いていらして私があわてて止めに入ると・・・・」 アルテナが寄り掛かったまま寝ていた。フィンはそっとマントを枕にアルテナを寝かせると、ナンナのいる部屋をノックした。 「ナンナ？」 「お父さま？どうなさいました？」 フィンはナンナを泉水まで導くと、自分はアルテナを軽々と抱き上げた。 「お父さま。気を使いすぎです。」 フィンは首を振った。 「一介の槍兵が王族の女性を抱くなど本当はあってはいけないことなのだよ、ナンナ。」 「・・・・だってお父さまはアルテナ様がお小さいときにお世話なさってたのでしょう。兄妹も同然だったって。私、レンスターのお城の人にききました。」 フィンは微笑んでいるだけだった。 ナンナは養父の上着の裾をぎゅっと握った。 「お父さま。」 「なんだい？」 「私が眠ってしまったとき、こうして運んで下さいますか？」 槍騎士は頷いた。ナンナは少し顔を曇らせたが夜の暗さでフィンにはそれがわからなかった。 「お父さま。お父さまはずっとお父さまなんですよね。」 「・・・・ラケシス様との約束だからね。」 「・・・・はい。」 アルテナを部屋まで送り届けて出てくると彼は星空を見上げた。 ”キュアン様、エスリン様・・・・今度こそ私はアルテナ様をお守りいたします。あの方が悲しむことのないように、そしてリーフ様とともに戦場より無事にご帰還なさいますように・・・・キュアン様、見守って下さい。” 翌日、アリオーンは総攻撃を開始した。トラキアの全兵力を注ぎ込んだ鬼気迫る作戦・・・・二十頭前後の竜騎士がミーズ、カパドキア、ルテキアの三城を各々襲い、しかもトラキア本城では数十騎の竜が待ち受ける。レヴィンの声がとぶ。 「残しておいた部隊では歯がたたん！転移の魔法で対処するしかない！」 セティとコープルがすっと進み出た。しかし、ラナがそれを止める。 「セティさんは攻撃魔法の要・・・コープルさんだって沢山の人を一気に治す魔法が使えます。ユリアもナンナもそれぞれの役目が・・・・転移魔法はかなり力を削る魔法だから私が・・・・私なら倒れてしまっても・・・・」 オイフェが頷く。 「ミーズへはセティ！カパドキアにはハンニバル殿！ルテキアに向かう一団はアルテナ王女とフィーがひきつけてこのグルティアに誘導！」 フィーが立ち上がる。 「お兄ちゃんは私がミーズへ送ります。ここからなら気流のかげんで私のほうが竜より早くつけます！送ってからアルテナ様と合流します。そのほうがラナの負担だって軽いし！お兄ちゃん！行くわよ！」 ペガサスが舞い上がる。リーフは姉のもとに駆け寄った。彼も近ごろ姉が苦悩しているのを心配していた。 「姉上！どうか気をつけて！この頼りない私を残して先に死ぬようなことになったら、私は姉上のところに化けて出ます！」 「リーフ・・・・生きているあなたが化けてでるのですか？」 アルテナはほほ笑み、弟の額にキスした。アルテナはいつもリーフのそばにいるナンナとフィンに手を振り、出撃する。 「とうさん。ご武運を。ブラギの神の加護がありますように。」 コープルはそれだけいうとラナに場所を譲った。ラナは転移の杖を持ち、ハンニバルの前にたった。澄んだ声が呪文を詠唱する。眩しい光が沸き上がり、将軍はカパドキアへと転移する。意識を失いぐらりと倒れるラナをセリスは抱き留めた。みんな・・・みんなぎりぎりのところで戦っている。彼はラナを横たえ自分のマントをかけてやると宣言した。 「・・・・皆、約束してくれ、生きて帰ると！私も約束しよう！諦めないと！」 セティを乗せたフィーは全速でとびながら兄に語りかけた。 「おにいちゃん。死んじゃ嫌だよ。せっかくみつけたんだから。」 「もちろんだ。まだまだ先は永い。バーハラに行くまでは死ぬことなどできないよ。」 「・・・・お兄ちゃんとお父さんとカリンと一緒にお母さんのお墓参りをするんだから。お父さんにお墓の前で謝ってもらわなくっちゃ。」 セティは微笑む。妹は父を愛している。愛しているからこそ怒るのだ。許せないのだ。 セティを屋上に下ろし、フィーはグルティアに戻る。セティは遥か彼方に竜の影を認め腕まくりをした。 「・・・・いくつ落とせば終わりになるんだ！」 尖塔の上から矢を連射しつつファバルが叫ぶ。そばには付ききりでパティが矢を補充していく。グルティア上空を飛び回る竜は、途切れなく襲来してきた。竜をひきつけてきたアルテナは城壁から魔法を放つティニーに向かってつっこむ竜を認めた。 「危ない！」 彼女が放った手槍は竜の目を射抜いた。回転しながら落ちていく竜・・・・その乗り手には確かに見覚えがあった・・・・あたりまえだ。トラキアの竜騎士達の謁見の儀のとき、自分は王女として一人一人に祝福を与えたではないか。 「アルテナさま〜っ！」 フィーの声でアルテナは我に返った。 フィーはしきりに手信号で大丈夫かと聞いてくる。アルテナはそれに応えて信号を送る。”大丈夫”と。 大丈夫ではない。大切な人が、トラキアの民が落ちていく。・・・・落としているのは自分・・・・ アーサーの炎の魔法、レスターの弓、ぎりぎりまで引き付けてから繰り出すシャナンの、ラクチェの、スカサハの斬檄。ユリアの光の魔法、そしてリーフの放つ風の魔法や弓矢の攻撃・・・・ マンスターやミーズで竜騎士と戦うことに慣れたセリス軍は少しずつ敵の戦力を削っていった。 つきることのないと思っていた敵の増援はもはや止んだ。残るは数騎の竜のみ。その先頭には天槍グングニルを構えたアリオーンの竜があった。セリスは叫ぶ。 「アリオーン王子！なぜ戦いを続けるのです！あなたにはアルテナ王女の悲しみがわからないのですか！」 その声は上空の竜に届くはずもない。決意を固めたアリオーンにはどんな説得ももはや何の意味ももたなかった。 降下した竜からグングニルで薙ぎ払うと槍から溢れ出た力の波で、前に出ていた騎馬が十騎ほどまとめて引き裂かれた。レヴィンが叫ぶ。 「相手は神々の武器を持つ聖戦士だ。並の武器では無理だ。退け！」 しかし、槍、しかも空をとぶものが敵では神剣は圧倒的に不利だ。セティをミーズに送ってしまったのを悔やんでもしかたがない。ファバルが進み出てイチイバルを構える。その武器が発する聖光をみとめたアリオーンはどんどん上に上昇した。ファバルが腕を下ろす。この距離では届かない。アルテナは知っていた。自分が行くしかないことを。天槍グングニルに対抗できるのは地槍ゲイボルグだけだということを。ノヴァとダイン・・・・妹と兄の戦い・・・・ゲイボルグの悲しい伝説がまた繰り返されるのだということを・・・・・褐色の竜は乗り手の指示に従いアリオーンを追った。 「兄上！もうやめてください！こんな戦いになんの意味があるというのです！」 叫べば声が届く位置に兄はいた。 「アルテナか・・・・。お前と戦えるのなら私も本望・・・・手加減はなしだ。聖戦士としてのお前の技量、私が受けとめてやる！」 「兄上！」 アリオーンが突っ込んでくる。アルテナは躱した。次の斬檄、アルテナはゲイボルグで受けとめて押し返した。 「・・・・なぜ戦わない！」 「・・・・アルテナは嫌です！アルテナは兄上とは戦いたくありません！」 「これは宿命だ！二本の槍の宿命なのだ！」 「宿命などと言わないで下さい！運命は自分で切り開くもの！トラキアの民がこんなことを望んでいると思うのですか！」 「もう言うな！」 アリオーンが突っ込んでくる。 ”差し違えよう” アルテナは思った。 勢いをつけて二頭の竜はぶつかりあい、アルテナとアリオーンは互いの槍で刺し貫かれるはずだった。だが、アルテナの騎乗する飛竜は最後の最後で主人の命令に逆らって横に体をそらせた。 「そ、そんな・・・・」 グングニルは空をきったがゲイボルグはアリオーンの胸を貫いていた。 アリオーンの体はゆっくりと空中に投げ出された。 「兄上！」 しかし、アリオーンの体が地に落ちることはなかった。その寸前、突如として現われたユリウス皇子が右手を上げると、非常な速さで落下していたアリオーンの体はふわりと浮かび上がった。 「アリオーンよ。まだ死なせるわけにはいかない。・・・・私のもとに来い。」 地面を覆う竜と竜騎士の死体の中にアリオーンの骸を見いだすことはできなかった。しかし、解放軍はアリオーンの死を発表した。動揺する国民たちにアルテナとハンニバルが、解放軍はトラキアの自治を侵害しないことを繰り返し繰り返し述べ、セリスとの間に条約を結んだ。民衆は、アルテナが女王として即位することを望んだが、彼女は私はレンスターの王女ですから、とそれを拒んだ。一時しのぎだがハンニバルの側近が政治を司ることになり、セリスたち本隊は海を渡り、自由都市ミレトスを目指した。 |