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| ５ 雷神の娘 |
「坊や！君の出番だ！」 ヨハンに怒鳴られ、アーサーは飛び起きた。 上着をひっかけあたふたと外に出ていく。 「遅いよっ！」 マーニャの鞍の上からフィーが呼ぶ。アーサーがその後ろに飛び乗ると天馬は待っていましたとばかりに軽々と空に舞い上がった。 「フィー、アルスターの具合は？」 飛ぶ天馬の上で苦労して身づくろいしながらアーサーは尋ねた。 「馬鹿ね、それを見にいくのがあたしたちの役目でしょう。・・・・アルスターには弓騎士部隊も投擲機もないって話だから、相当近付いても問題はないはずよ。天馬は魔法に強いし。」 「う〜ん。でも、雷魔法なんだろ？俺の得意の炎魔法って雷には弱いんだ。メルゲン攻めのときにも殆ど役にたたなかったもんなぁ〜。」 少女は肩ごしに一冊の魔道書を手渡した。 「・・・・風の魔道書？」 「ごく初級のだけどね。お兄ちゃんのものなんだ。あんたも魔道書さえあれば風魔法の一番易しい奴くらいできるようになるでしょ？」 天馬を見送った人々は綿密な迎撃計画をたてていた。実際、アルスターの魔導師部隊は、強力ではあるが徒歩部隊が主力であるため、魔法の直撃を警戒しさえすれば恐れるに足らない。アルスターの城主であるブルーム王のもつトールハンマーだけは侮れぬのだが・・・・・フィーが飛んだのはこのアルスターへである。 敵はアルスターだけではない。レンスター城のすぐ東にある旧レンスター領のコノートには帝国の駐留軍が置かれており、こちらの動きも気になるところである。 「コノートには竜騎士は駐留しておりません。」 軍議の場でフィンは地図を前にしてコノートの城の位置を指差した。 「派遣されているのは帝国の雇った傭兵です。騎馬と槍騎士・・・・魔法を使うものも多少はいる模様ですが、竜騎士はいません。帝国の傭兵はトラキアの命では動きませんし、むしろトラキアの監視の役を負っています。」 「トラキアを監視？」 セリスが尋ねるとフィンは頷いた。 「帝国はトラキアを信用しておりません・・・・トラキアは帝国の傘下にはいってはいるものの自国が侵略されればすぐに牙をむくでしょう。」 オイフェは地図を睨んでいたが口髭をピンと捻った。 「レンスターとの境は山間を縫うそう広くもない道か・・・・攻め込むのは難しそうですね。攻め込んで貰うほうがずっと策を立てやすい。」 フィンは旧友がそういってにやりと笑ったのを見た。 「軍師殿、とんでもないことを考えているのではありませんか？」 「いや。フィン、私は危険は避けて通るたちだからね。・・・・ところでセリス様！」 呼ばれてセリスがゆっくりと立ち上がって羊皮紙を広げた。何人かの名を読み上げ、呼ばれた者はセリスの前に進み出る。 ここまできて解放軍は巨大なものとなってきた。オイフェの勧めもあってセリスは軍の指揮系統を整えたのである。先のメルゲンの戦いでの魔導師部隊のように、かつては敵であったものも差別することなく戦いにおける力量に応じて重く取り立ててあった。 セリスの近しい仲間たちはまだ年若いこともあって隊長となるものはほとんどなかったが、レスターだけが弓騎士隊の隊長という重責を負うことになった。・・・・それは逆に言えば、経験豊富な弓騎士がいないことを意味する。生真面目な顔でセリスから任命を受けたレスターの横で、斧騎士隊の隊長であるヨハンが笑った。 「若者よ。難しく考えるなよ。愛と正義とラクチェのためになろうとするだけで軍の役にはたつものなのだ。」 部屋の隅で立っていたラクチェはキッとヨハンを睨みつけ、隣のスカサハにまあまあと諌められている。それを見てラナがほほ笑む。 「・・・・フィン殿、あなたには、新しく槍騎士部隊の指揮を執っていただきたい。・・・・といっても私達の軍にはほとんど槍騎士はいない。・・・・騎兵の教育から始めて欲しいのだが・・・・」 フィンは跪いて深々と一礼した。 「セリス様にお仕えすることを私の亡き主君の命と思い、最後まで共に戦いましょう。」 そのあと訓示があり、騎士たちはひきあげていった。 「リーフ様？」 セリスをじっとみつめているリーフにフィンは声をかけた。 「・・・・ん。いや、私はもうしばらくここにいるから・・・・」 フィンは”そうですか。”と一言声をかけると小さなほほ笑みを浮かべて広間を退出した。セリスはゆったりと椅子にもたれ、目をとじている。オイフェが何事かささやきかけたが、光の皇子は”少しここで休むから”と返事した。 軍師が出ていってしまうと、広い広間にはセリスとリーフの二人だけになった。リーフはセリスの椅子のそばに立ち、覗き込むようにして声をかけた。 「・・・・風邪ひくぞ。」 セリスはきょとんとしてレンスターの皇子の顔を見上げた。 「いや、フィンはそういって私のことをよく叱ったから・・・・いや、気候はいいんだ。レンスターは。とてもいいところだぞ。でも、うたた寝はよくない・・・・」 一体自分は何の話をしているのだろうと怪しみながらリーフは思いつくままに喋り続けた。 「私は何をすればいい？いや、戦闘の経験は浅いけれど、基本は身についていると思う。でも、レンスターの王子だからといっても槍はからきし駄目なんだ。顔かたちはは父上似らしいが、その外はきっと母上の血が濃いんだと思う。あ、いや、私の母上は皇子の伯母にあたるんだった・・・・何も母上が悪いわけではなくって・・・・母上からは魔法の素質を受け継いでいるはずなんだが、それもまたからっきしで、少し習ったんだがどうにもこうにも・・・・」 セリスは汗をかきながら話し続けるリーフの横顔をなおもぽかんと眺めている。 リーフは尚もいろいろと喋っていたが、一度言葉をきると、大きく息をすって吐き出すようにこう言った。 「皇子！私は皇子のために何ができる？皇子は何を悩んでいる？」 セリスは自分よりも少し年下のリーフを見、柔らかに笑った。 「・・・・・・怖い・・・・・のかもしれない。ここまで来てしまったけれど・・・・リーフ皇子。私だってこれから何をすればよいのか、何が自分にできるのかがはっきりとはわからない。解放軍の長たる私が怖がるなんていけないことだね。」 リーフは口を尖らせた。 「いけないなんてことない。」 「え？」 「恐さを忘れたら、命を危険にさらすことになる。そう私は教わってきた。・・・・ナンナの母上から幾度も幾度も言い聞かせられて。・・・・怖さや哀しさを知る人間でなくては人の上にはたてないって。私だって家臣の前では恐がりはしないけれど、いつだって恐いことは恐い・・・・だからナンナやフィンの前では・・・・」 セリスはじいっとリーフを見ている。 「私は結局甘えているんだな。あ〜あ、皇子のように落ち着いた性格ならよかったのに。」 セリスが小さく笑った。 「ありがとう。」 「え？」 「・・・・少し楽になったから。」 リーフは嬉しかった。この皇子の前では自分が自分でいられる。身構えて理想の王子を演じる必要はない。生のままの自分をこの皇子は必要としてくれている。 「もっともっと楽にしていいよ。私の前では。従兄だもの・・・・フィンから聞いてる。皇子の父上は私の父上と親友だったって。だから・・・・」 「ああ・・・・」 王子二人はしっかりと握手した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 二日後、スカサハとラクチェは出撃にあたって軽く手足を動かしていた。傍らでお宝袋を抱き締めたパティがラナと一緒に眺めている。パティはさっきから何度もため息をつき、ラナは心配そうである。 「どうした？ラナ。」 ラクチェに言われ、ラナは手にした杖をきゅっと握り締めた。 「オイフェさんの作戦に間違いはないと思っているけど・・・・”派手に戦え”って・・・・とっても難しそう・・・・」 ラクチェはラナのふわっとした金髪を優しく撫でた。 「アルスターに総攻撃すると見せ、コノートの傭兵騎士団がレンスターに進軍してくるのを待つのだから、大変なのはレンスターで待っているラナたちの方かもしれない。こっちは今までやってきたことを大袈裟にやればいいだけだからね。・・・・アルスターは何回ものレンスター攻めで疲弊しているし、フィーの偵察では魔導師の数はこちらの予想より少ないようだしね。だからこそ、こっちは少数精鋭で、後ろの方は新兵で数だけ揃えたの。大丈夫。オイフェさんのやりかたにいままで一度だって間違いはなかった。」 パティも元気付ける。 「そうよ。ラクチェは、とっても素早いし、今度もユリアちゃんがスカサハの盾になってくれるんでしょ。」 スカサハが前にのめった。横にユリアがやってきてくすくすと笑う。 「私は・・・・今度は別行動です。」 「そう？でもね、大丈夫よ。町の人に聞いたけど、ラクチェとスカサハは、”反乱軍の死神兄妹”って呼ばれてるんだって。二人が通ったあとには生きてるものは草一本残らないって」 アイラの双子は同じような仕草で頭を掻いた。 「・・・・私達を信頼してくれるのは嬉しいが・・・・それならなぜさっきからため息ばかりついているのだ？」 するとパティはお宝袋をくにくにといじくりまわした。 「・・・・魔導師ってね。宝石とか魔法の装身具とか、金目のもの沢山もってるの・・・・だから・・・・でもねっ！あたしがいくと邪魔だから駄目だって・・・・」 「進軍！」 セリス自らが号令をかける。彼の存在がこの行軍には不可欠だった。アーサーがフィーと共に舞い上がる。歩兵たちも動きだした。と、馬車にのりこもうとするスカサハの手をユリアがキュッと握り締めた。スカサハは反射的にユリアの頭の天辺にキスしていた。にたにたと笑うラクチェの横面をスカサハは軽く平手で打って死神兄妹は前線へと旅立つ。馬車を守るようにヨハンの斧騎士隊がかこみ、主力部隊からやや間をおいて、経験が浅い兵士達の大部隊が続く。 「あ〜あ、いっちゃった。」 パティが詰まらなさそうに首を振った。 「じゃ、ラナちゃん、一緒に炊事場に・・・・」 彼女がラナを見ると、そこにユリアが抱きついているところだった。顔を赤くして俯いている。 「・・・・」 パティは無言で、だが、嬉しそうに笑うと独りで炊事場に向かって歩きだした。彼女はお宝が好きだったが、人々の幸せそうな様子はもっと好きだ。 今のところ、もとからレンスター城で下働きをしていたものたちが食事を賄っているが、パティはその中に交じって縦横無尽に活躍している。前庭で新兵に槍術の教練をするフィンに軽く手をあげ、（彼女は盗賊だが、真面目な人物は嫌いではない）弓の手入れをするレスターの手元を覗き込み、（弓を扱う人は誰だって好きだ）黙々と剣の素振りをするリーフ王子に大声で挨拶し（この王子は気さくに返事をしてくれる）、たまたますれ違ったアレスから今日もまた財布を掠めとり（この王子はやはり好きにはなれないが、このごろ妙なことにこっちをみて含み笑いをする。リーンによればパティはある意味気に入られているのだという）炊事場の入り口に到るところでシャナンに出くわした。 「あれぇ、シャナン様、こんなところで何油売ってんですかぁ？」 それには答えず、シャナンはこつこつとパティの頭を叩いた。 「お宝漁りは諦めたようだな。」 「上から叩かないでくださいよっ！背が伸びなくなっちゃう！お宝は魅力だけど邪魔なら仕方ないもの・・・・あ、そうだ、今度はもっと腕を磨いてきっと邪魔にならないように漁りにいってみせますからっ！」 するとシャナンは怒ったようにこちらを見据えた。 「お前は戦場に出るな。炊事場にでもいればいい。戦いは私達に任せることだ。・・・・子供を危険にさらしたくはない・・・・」 そしてスタスタといってしまった。 この王子はいい人であることは確かだが、子供扱いするところは気に食わない。 炊事場をすでに手伝っているリーンがパティを呼んだ。 「うん！今行くね！」 アルスター攻めはセリス軍が有利に戦局を展開していた。最前線に並んで敵を薙ぎ倒すアイラの双子の活躍は魔導師達を震えあがらせ、怯んで戦線を離脱した敵は斧隊や騎士隊の餌食となった。 「うむ・・・・この城も危うくなったか。」 城主のブルームは王座でぼそりと呟いた。 「ここは退いて、背後からあの小僧を攻めるか・・・・」 すると、控えていた三人の年若い女魔導師がすっと歩み寄った。驚くほどよく似た三つ子の魔導師だ。 その内の一人が口を開く。右の瞳が金色、左が銀色の特異な風貌をしている。 「それでしたら、私達に反乱軍の力量を試させて下さいまし。」 「む・・・・ヴァンパか。よし・・・・行ってこい・・・・ただし、総力戦はさけろ。お前たちの力、まだ必要だ。エリウ、フェトラ、頼んだぞ。・・・・そしてティニーもな。」 三姉妹に続いて、俯いたティニーが一言もブルームに言わず出ていった。 娘が一人入ってきた。 ティニーと同じ銀の髪。黒い大きな瞳は穏やかで美しい。 「お父様。・・・・ティニーまでをも戦わせるのですか。」 「イシュタルか。・・・・お前はアレと仲がよいからな。」 「・・・・今がいくさであることは承知しています。しかし・・・・」 「黙っておれ・・・・今にお前にも戦ってもらう・・・・お前も兄、イシュトーの仇がうちたいであろう？」 「はい・・・・お父様」 ヴァンパはティニーに並び、その耳に呟いた。 「私達はお前を信用してはいない。何といってもかつて帝国に反旗を翻したあの女の娘だからな。・・・・戦場で帝国への忠誠を明らかにすることだ。そうすればお前の居場所も得られることだろう。」 ティニーの耳をその言葉は何の意味も持たずに通り過ぎた。彼女は夢遊病者のようにふらふらとアルスターの城から北に向かう馬車に乗った。 下りたところは疎らに草の生えた平原だった。 雲一つない空からの直射日光がティニーの銀の髪を光らせる。前方に戦いの土煙が見える。雷魔法が飛び交う・・・・いや、味方の魔法ばかりではない。敵も同じ魔法を使っている・・・・ 「ティニー・・・・行くぞ！」 ヴァンパの手がティニーのか細い肩を前に押した。 それから先のことはよく覚えていない。 目の前に人がいた。ぎらぎらと光る剣をもってこちらへと切り込んできた。ヴァンパが自分を叱咤する声が遠くで聞こえた。 「私は・・・・私は・・・・」 剣士は目の前にやってきた。 優しかったイシュトー、母親を亡くしたティニーに優しくしてくれたのはイシュトーとその腹心のライザ、そしてイシュトーの妹のイシュタルだけだった・・・・・そのうち二人はもうこの世の人ではない。 「私は許さない！私の大切な人を殺した人達を！」 雷光が兵士を襲い、体の形がわからなくなるほど真っ黒に焦げた死体が転がった。 ティニーは泣いている。 「・・・・許さない！・・・・イシュトー兄さまやライザ姉さまを殺した人達を・・・・・」 「！」 魔法の余波でふっとばされたスカサハが咳き込んでいるラクチェに声をかけた。 「大丈夫か！」 「ああ！血煙で咽せただけ！それより・・・・むこうからくる魔導師、只者じゃなさそうだわ！」 いうなりラクチェは走りだしていた。 上空から戦況を見ていたフィーはうしろからアーサーがいつになく真面目な声をかけたのに驚いた。 「フィー！下ろしてくれ！」 「ちょっと！ばっかじゃないの？下を見なさいよ！あたしたちが上から必要に応じて援護しないと・・・」 「居たんだ！妹が！」 「なんでわかるのよ！会ったことないんでしょ！それに何故敵にいるのっ！」 「とにかく降ろせ！オレなら大丈夫だから！君も独りの方が身軽でいいだろう！」 フィーはしぶしぶ前線から少し離れたところに降り立った。 「有難う！フィー！」 相棒がたっと走っていくのを不満げに見送り、彼女は高く飛び上がるとそれでも彼のあとを追った。 三姉妹にはラクチェが対峙していた。 「ふふっ、あなたが反乱軍の死神？ずいぶんと可愛らしいお嬢さんだこと。」 ラクチェは血飛沫の飛んだ顔で不敵に笑った。 「有難う。可愛いだのなんだのと言われるのはヨハン以外では初めてだ。」 三人はラクチェを取り巻くように位置を変えた。 「そう？あなたは可愛いわ。戦いには不向きなんじゃなくって？」 と、三方から雷、炎、風の三つの魔法が同時にラクチェに襲いかかった。が、ラクチェの姿はかき消すように消えていた。 「？」 ヴァンパがたじろいでいる隙に、ラクチェは彼女の傍らを疾風のように走りぬけ、二の腕に傷を負わせていた。 「姉上！」 残りの二人が走りよろうとするが、その前にスカサハが立ちふさがる。 「・・・・あなたの妹たちは印を結ぶのに結構時間がかかるようね。あの程度ならスカサハの敵ではない。」 と、三姉妹の姿がふっと消えた。 「何？」 スカサハが首を振った。 「あいつら、指輪をいじっていた。・・・・・あれが話にきく転移の指輪ってやつなんじゃないかな。・・・・とにかく今回は俺達の勝ちらしい。」 ラクチェが頷くと、ごく近くから兵士の悲鳴が聞こえた。 「何？」 それは奇妙な光景だった。可憐な少女がまっすぐに歩いてくる。その前に誰かが立ちふさがると少女は雷を放つ。兵士は絶命する。少女はまた歩いていく。少女は泣いていた。魔道書をしっかりと抱える腕はしゃくりあげる声に合わせるようにびくびくと震えている。それはいままでラクチェ達が戦ってきたどんな敵とも違う姿だった。ラクチェとスカサハの剣技なら切れぬ相手ではなかった。が、何かが彼女たちをそうさせることを拒んだ。少女が顔を上げた。涙で濡れた瞳にラクチェたちが映った。 「許さ・・・・ない・・・・」 双子の剣士は自分たちの身を守るために剣を振り上げた。 「駄目だ！」 少女の前に誰かが身を投げ出した。アーサーだ。彼は雷をまともに食らい、だが、ティニーの肩をしっかりとつかんで揺さ振っていた。 「ティニー！ティニー！オレ、君の兄さんだ！見えたんだ！空の上から！君の胸に下げているペンダントが太陽を反射して光るのが！母さんの形見のペンダント！母さんが自分の髪飾りを二つにわって作ったペンダント！ほら、僕も持っている！」 アーサーは服の下から銀色に輝くペンダントをひっぱりだして見せた。 ティニーの瞳に少しだけ生気がもどった。目の前の青年を見る。自分と同じペンダントを掲げもった自分と同じ髪の色をした・・・・優しそうで・・・・イシュトーに似た穏やかな声・・・・ 「兄さま・・・・・？ほんとうの・・・・兄さま？・・・・ティルテュ母さまが話して下さった・・・・あなたがアーサー兄さま？」 「そうだよ！」 ティニーはアーサーに縋って泣きだした。魔法で深く傷ついていたアーサーはティニーのかぼそい体も支え切れずにもんどりうって倒れた。だが、自分に体を預けてきた妹をしっかりと抱いてやった。 しばらくしてティニーは起き上がり、辺りを見た。そして大きく目を開けたままぽろぽろと涙をこぼした。ごろごろと転がる兵士の死体・・・・焼け焦げた草花・・・・ 「私・・・・何をしたの・・・・私・・・・」 ティニーは悲鳴をあげた。その悲鳴は戦場を貫き、アーサーにも止めることができなかった。 やがて、怪我をした兵士を収容する馬車がやってきて、スカサハに肩を貸されたアーサーは妹を抱いたまま乗り込んでいった。 ラクチェは先程の場所から動けずにいた。ティニーの悲鳴がまだ頭の中に響いている。 静かにヨハンが馬を進めてきて止まった。彼は声をかけるでもなくじっとラクチェを見つめていたが、彼女ががっくりと膝をつくと馬を降りてそばによった。ラクチェは独り言のように呟いた。 「・・・・あの子の悲鳴を聞いたとき・・・・胸の中が寒くなった。・・・・私はあの子の何十倍もの人数を殺してきている。だのにあんな悲鳴をあげたことはない。・・・・戦だからといって人殺しが是認されるわけではないのに・・・・」 ヨハンはそのまま黙って立っていた。 ラクチェは泣かなかった。黙って自分の中で気持ちに区切りを付けるとすっと立ち上がった。そのとき初めてヨハンが口をきいた。 「姫・・・・あなたが、暗い目をして膝をふるわせて帰還しては士気に関わる。」 ラクチェはがくがくする膝に手をあてた。 「すまない・・・・私はしばらくここにいる。・・・・・自分でこの震えを止めることができるまで・・・・・」 レンスターに連れていかれたティニーはしばらくアーサーと一緒にいたが、やがてフィーに付き添われて眠りにいった。 アーサーは疲れ切った顔をし、城の回廊に座ると壁によりかかり目を閉じた。 「大丈夫？」 フィーがひょっこり顔を出した。 「ティニーは・・・・あんまり・・・・ものも食べてないし・・・・人をたくさん殺したことでショックを受けてる。」 膝の間に顔を埋めるとフィーが隣にすわってきた。 「ティニーは眠ったわ。それよりあんたは大丈夫なの？ひどい顔よ。」 「・・・・ああ。俺、ティニーにどういってやったらいいのかわからなくて・・・・」 「あたしがアーサーでもきっとわからないわよ。・・・・こういうのってあたしのお兄ちゃんは得意なんだけど・・・・今は一緒にいてあげることしかできないのじゃないかしら。」 「うん。・・・・」 「落ち着いたら、私、ペガサスに乗せてあげようかしら、少しは気が晴れるかも。アーサーよりも軽いからマーニャだってもっと高くもっと速く飛べるし。ね、そうしよ。・・・・ティニーのこと、一人で悩まないで。あたしだって、ラナちゃんだってスカサハだってもちろんセリスさまだってみんなで考えてくれてるんだから。そんな不景気な顔してたら、もうマーニャには乗せてあげないからっ！アーサー！お休み！」 アーサーは、一人空を見上げた。 結局、コノートからの敵襲はなかった。ブルームは居城をコノートに完全に移した後、万全を期して総攻撃をかけるつもりらしい。これもオイフェの予想の中には入っていたことである。オイフェは作戦を練り直し、レンスターの守りを固めた。 「戦わせて下さい！」 凛とした声でティニーは言った。 セリスは心配げに首を振った。 「ティニー、君はまだ元気になっていない。もう少し休養して・・・・」 「いいえ。お願いです。私も解放軍で働かせて下さい。・・・・私、もう迷いません。私のこの手で、伯父や伯母の間違いを正さなくてはなりません・・・・」 セリスはリーフと顔を見合わせため息をついた。 「いいや、私の命令には従ってもらう。・・・・しばらくは城の中のことを手伝って欲しい・・・いいね、ティニー？」 「へえ、それじゃ、アーサーがお兄さんなんだね。お兄さんはのんびりしているけど、ティニーは逆かな？」 賄いの伯母さんたちに任された大鍋を城内の小川でがしゃがしゃと洗いながらパティは言った。 「え、ええ。」 鍋洗いなどという今まで全くしたことのない仕事をしながら・・・・・といっても、銀の髪の公女は戸惑い気味でほとんど見ているだけであったが・・・・よく笑いよく動くこの小さな金髪の少女に返事をした。 「どっちにしろ、優しいお兄さんでいいなあ。ファバル兄ちゃんなんかちょっとのことですぐ怒鳴るし、無神経だし、下品だし・・・・。羨ましい。」 「・・・私、まだ、実感がわかなくて・・・・」 「私のお母ちゃんは海賊だったんだって。子供の私は盗賊。お父ちゃんが盗賊だったからしかたないよね。・・・・あ、しかたないってことはないか。ラナちゃん、ごめん。」 「ラナちゃん？」 「うん。ラナちゃんっていい人だよ。僧侶で王族なのに全然偉ぶってなくって。ここの人達はいい人多いよ。ユリアちゃんもフィーもラクチェもナンナちゃんも・・・・・極論いっちゃえば、黒ずくめのかっこうしたアレスって人以外はあたし大好きだなあ。みんな頑張り屋だしね。あたしは盗み以外ではこういうところでしか協力できないけど。」 鍋を洗いおわってごろごろと転がしていき、仕事が終わると二人はまき割り用の切り株に腰掛けて座った。陽がぽかぽかと暖かい。パティは櫛を取り出すとティニーの髪を梳きはじめ、きれいに結い上げた。 二人の横を兵士が駆け抜けた。 「行こう！なにかあったんだわ！」 パティはティニーの手をひいて、尖塔の一つに駆け上がった。東から土埃が上がっているのが見える。 「敵襲！」 ティニーが手で口を押さえた。 パティはお宝袋から望遠鏡を取り出してじっと見入っている。 「騎馬隊だわ。物凄い数。ちょっと！！ティニーちゃん！どこ行くの！」 「私、戦います！」 パティはきゅっとティニーの細い腕を掴んだ。 「私、ラナちゃんやフィーから頼まれてるの。敵がきたときにティニーちゃんを城外に出すなって・・・・・・お城に篭もって応戦するんだから魔導師さんは城壁にいたほうがいいよ。ね。」 ティニーはこっくりと頷いた。 「騎馬隊の後ろには・・・・・げげっ！」 パティは顔色を変えた。 「パティさん？」 「ごめん！悪い！いい？外に出ちゃ駄目だよ！」 パティがなんやかや支度をして下におりていくと、最初にレンスターに到達した騎馬隊との戦闘が既にはじまっていた。弓隊と魔法部隊が城壁から迎え撃ち、剣をふるうものにはフィンの指揮する槍隊が、槍をもつものにはヨハンの指揮する斧隊が襲いかかる。剣戟を縫うようにパティは進み戦線の端に到達した。 「パティ！」 バルムンクをふるうシャナンが驚きの声をあげた。 「お前、こんなところで何をしている！」 「シャナン様！解放軍で一番俊足の馬って誰のですか？」 「馬？・・・・アレスの乗馬だろうか？あ、こらまて！どこへいく！」 パティは走りながらアレスを探していた。 「やっぱりあいつの馬なんだ。飼い主に似ずいい馬だもの。」 パティがアレスを捜し当てたとき、アレスもまたシャナンと同様に驚愕した。 「・・・・なんの茶番だ？」 「四の五のいってないで、お願いだから私をのっけてコノートの方に走っていって！」 「・・・・なぜ俺がお前のいうことを聞かなくてはならんのだ。」 「お兄ちゃんがあっちについてんのよ！あれで敵に回すとなかなか恐いんだから！なんとかしてやめさせなきゃ！・・・・なに落ちついてるのよ！お兄ちゃんの怖さはあたしがよーくわかってんだから！」 「・・・・乗せていったらもう財布をすらないか？」 「・・・・・えっと、」 「・・・・・・・・・・・・・・・なぜこのような場面で些細なことに躊躇するのだ、お前は。」 アレスはひょいとパティを馬上に引き上げると、全速で敵の第二波目掛けて馬を駆けさせた。 「ぐっ・・・・・!?」 アレスは腹をしめつけられた。パティは馬の背に立ち上がり、安定させるためにアレスの剣帯に片足をからませている。 「何をするつもりかわからんが、ぎりぎりのところまできたら転身するぞ・・・・」 その少し前、パティの兄、ファバルは、出撃に際し、ブルームの娘イシュタルと言葉をかわしていた。 「聞いたわ。・・・・あなたは戦災孤児の面倒をみているのですってね。・・・・傭兵になったのもそのためだとか？・・・・そのあなたが戦いをしてまた新たな孤児を生み出していく・・・・皮肉なものね。」 ファバルはぷいとそっぽを向いて吐き捨てるように言った。 「・・・・あんたが腕に抱えている魔道書はトールハンマーって奴なんだろ。ブルームがもってるって聞いたがあんたがもってるってことは譲り受けたんだな。そいつは天からのいかずちを呼ぶってぶっそうなもんだろ。そんなあぶないものを使おうって女にあれこれ御託を並べられたくない。・・・・俺は傭兵。契約分しか働かない。今度もセリスってヤツを殺すだけだ。殺して金を貰ったら俺は国に戻る。この次会うときはあんたの敵かもしんねえ。」 「ふっ、そうね。」 「ただ・・・・あんた根っからのワルってわけでもなさそうだな。」 「どうして？」 「根っからの殺し屋なら、俺に世間話なんかしないものだからさ。」 「さあどうかしら・・・・私は雷神の娘。それ以上でも以下でもない。・・・・ほら、部隊が動きだした。セリスを倒す前に、邪魔なものがあったら排除しなくてはね。・・・・傭兵としてのあなたのお手並みをみせていただくわ。」 イシュタルはその場にとまった。ファバル達傭兵の歩兵部隊だけが先行する。 いやになるほど歩いた頃に、彼は敵の姿を認めた。 遥か遠くから黒馬が走ってくる。遠いがファバルの射程には入っている。 パティは立ったままクロスボウに奇妙な矢をつがえた。大きく息を吸い込む 「お兄ちゃんの・・・・」 クロスボウが発射された。大きな鳥が危険を告げるときのような甲高い音が響きわたる。鏑矢だ。 「お兄ちゃんのばかやろ〜っ！」 ファバルの方はひきしぼった弓を元に戻していた。 「なんで・・・・あんにゃろがここにいるんだ？」 いそいで矢を交換し発射する。こちらは熊がうなるような低い音がした。 「通じた！」 パティはアレスの首に齧り付いた。 「今度はあいつを回収しろというのだな？」 「あったりぃ〜！」 敵の騎馬部隊を殲滅させたレンスター城の前に、地べたに座っているファバルとパティの姿があった。 「お前、なんでここにいるんだ？解放軍に盗みにはいって捕まったのか？」 パティは腕をくんでふんぞり返った。 「何いってんの！このパティちゃんは、今や解放軍で光の皇子セリス様と共に戦ってるのよっ！」 「・・・・お前、悪いもんでも食ったのか？きっとそうだ。あれほど、腹がいくら空いていても得体のわかんねえものは拾って喰うなっていったのに・・・・」 「あのねえっ！とにかく、お兄ちゃんだって、この世の中をどうにかするためには帝国の思い通りにさせておいちゃいけないってことくらいわかってるでしょ？それなのにあいつらにお金で買われるなんて！」 「すまん・・・・」 「反省だけならサルでもできるわ。」 「・・・・わかったよ！・・・・それにしてもお前変わったな。」 「えへへへ〜。」 この能天気な会話を一同は半ば呆れて聞いていた。 「んじゃ、兄ちゃんはセリスって人に謝ってここに世話になるっていってくるぜ。」 「セリス様は忙しいんだよ！弓騎士隊のレスターさんに一先ず挨拶してくればいいよ。」 「お、そっか。」 と、ファバルが目を大きく見開いた。 「それどこじゃねえんだった！トールハンマーもった女がやってくるんだ！あの魔法は半端じゃねえぞ！それに、あいつにくらべりゃ小物だが、三つ子の女魔導師もついてきてる。」 人々はざわめいた。神々が人間に与えた武器の一つであるトールハンマー。誰かが報せたのか、ほどなく指揮をとっているオイフェがファバルのもとにやってきた。 「その話は本当なのか？」 「ああ。・・・・コノートの城にはブルームとその護衛部隊くらいしか残っていないが、あいつらはこの戦を勝つつもりでいるぜ。それもあの女の魔道書あればこそってな。あいつを護衛するように騎馬や剣士もついてくるはずだ。」 遠くでぴかりと何かが光り、ついでドーンという地鳴りが響いた。 「何事だ！」 軍師の叫びに答えるように上空からフィーが舞い下りる。 「雷のようなものが・・・・！前線の偵察部隊が・・・・部隊が消えました！」 軍師の頭の中でめまぐるしく策が練られた。 「弓隊！前へ！第一剣士隊が続け！魔導師部隊も続いて出撃！・・・・アレス殿！」 金髪の騎士は黙ってオイフェの横に馬を進めた。 「・・・・神々の武器と互角に戦えるのは神々の武器のみ・・・・」 「・・・・わかっている。我がミストルティンは魔剣・・・・魔力を吸収すると聞く。私が先陣を務めよう。」 「フィー！」 「はいっ！」 「上空から偵察を続けてくれ！敵に新たな動きがあったら私に報告を！」 「了解しました！」 マーニャの腹帯を締め直し、優しく言葉をかけてから騎乗しようとすると、守るようにティニーの肩を抱いたアーサーが心配そうに声をかけた。 「ふらふら敵の真上までとんでいったりするなよ。フィーはときどき無茶をするから・・・・」 フィーは元気良く槍を構えてみせた。 「平気よ！アーサーが乗ってないぶん身軽だし！」 「でもなあ〜・・・・」 「何よ、私を信用しないの？」 「・・・・いや、フィーは特別だから・・・・」 「何が特別なのよ。」 「いや、その・・・・」 天馬はふわりと舞い上がる。はっきりとわかることばで表現できないアーサーのもどかしさにも気付かずに・・・・ イシュタルの魔法部隊がじわじわと迫ってくる。こちらの弓隊は射程に入れば迎撃しようと片手に矢を手挟んでいる。上空にはフィーのペガサス。彼女は一定の距離をイシュタルととって飛行しており、それがイシュタルの位置を知る絶好の指標になっていた。 アレスを指揮者とした特別討伐隊はフィーを斜め上に見ながらゆっくりと進軍していた。アレス、シャナン、アイラの双子、アーサー、フィン・・・・魔力の高いもの、素早いもの、そしてこの地域の地理に詳しいもの・・・・ ティニーをラナたちに預けてやってきたアーサーは不安そうに首を傾げた。 「トールハンマーの射程って・・・・どれくらいなんだろう？・・・・普通の魔法より長いですよねえ。」 その呟きを聞いたアレスは他の者達にここにとどまるように言い、単騎で前方に走り出た。肉眼で辛うじて人影が見えるところまで出たときに前方から雷撃が襲った。彼はミストルティンを抜くと自分に襲いかかる雷撃に向かって勢いよく振り降ろした。剣圧で雷はきれいに左右に分かれた。アレスに怪我はなかったが、左右の土地は黒くすすけたようになっていた。彼は馬をひるがえすと仲間のもとにもどった。 「・・・・射程はわかったぞ。・・・・あれの直撃をうけてはひとたまりもないが、あれだけの魔法・・・・・すぐには使えまい。」 アーサーがこくこくと頷く。 「その女が一人なら突撃できようが、護衛がいてはな・・・・なんとか護衛を先におとしたいが、彼らを屠っているうちにあの魔法が発動すれば、身構えていない限りは俺でも耐えられぬ。・・・・・囮を使ってひっぱり出そう。そこの双子。」 指差されたラクチェとスカサハが進み出る。 「お前たちは、以前にあの中にいる魔導師と対したそうだな。・・・・何人でもいい、俺とともに引っ張りだしてくれ。弓隊。魔導師。支援を頼むぞ。」 レスターが小さな声をあげた。 「どうした？」 「・・・・何かが・・・・森から敵の方に向かっています！」 レスターの目のよいのは皆の知るところである。自分たちには見えないが、彼がいうなら何かが前方の森から走り出たのは間違いないだろう。 「・・・・何者かはしらんんが、俺達もゆくぞ！」 森から走り出たのはファバルとパティの兄妹であった。いや、正確にはパティで、彼女は遠距離から敵の放ってくる魔法や弓矢の攻撃を持ち前の素早さでひょいひょいと避けていた。ファバルは攻撃の向きと角度を素早く見抜いて、手にした薄汚いが威力のある剛弓を引き絞り空に向けて放っている。あたったかどうかははっきりわからないが、先程より攻撃が減ってきたところを見ると、少しは効果があったのだろう。 パティが息を弾ませて森の外れに立っているファバルに飛び付いた。 「ちょっと疲れたよ〜。」 「ああ、兄ちゃんもちょっと疲れた。しかしな〜、これくらい役にたたねえと信用しちゃくれねえかもしれないからな。なんたって帝国の傭兵やってたんだから・・・・お、おい！」 肉眼ではっきり見える位置に、騎馬隊がやってきていた。味方の遠距離攻撃隊がばたばたと倒れるのをみて黙っていられなくなったらしい。 「騎馬隊かあ。馬は悪いことをしてないんだから、なるべく射たないでね。」 「・・・・あのな、それ以前にいくら兄ちゃんでも、あれじゃ数が多すぎるぞ。」 パティは青ざめた。が、次の瞬間わーっと歓声をあげた。アレスたちが到着したのだ。彼らは騎馬に襲いかかると瞬く間に倒していく。ミストルティンが唸り、バルムンクが切り裂き、双子の剣士の技が冴える。そして後方からはレスターの弓が騎手の左胸に正確に突きささる。 「おおっ、あいつ、いい弓騎兵だな。腕っ節はともかく、的の狙いは一級品だ。」 「あは、ファバル兄ちゃんが世界一だなんて思ったら大間違いだよ。」 「・・・・そんなこと言ってないだろうが！うわっ！あの黒づくめの騎士の剣といい、あの長い髪の男の剣といい、気持ち悪いほど切れる剣だぜ。」 「それをいうなら気持ちいいほど、でしょ。あれ、神々の武器だよぉ。ミストルティンとバルムンク。バルムンクはあたしがシャナン様にあげたんだよっ。」 二人はそれきり無駄話をやめた。三つ子の魔導師が姿を現したからである。ヴァンパ、エリウ、ペトラはラクチェとスカサハにあからさまな敵意をみせた。それが彼らの間違いだった。彼女らが印を結んでいたとき、シャナンとアレスの神剣が胴を薙いでいた。一人、ヴァンパだけが辛うじて避けたが、その直後双子の二人がかりの斬檄をかわすことはできなかった。魔導師はどう、と倒れると、それでも不敵に笑って呟いた。 「イシュタル様・・・・このものたちに雷の洗礼を・・・・」 アレスは馬を駆けさせていた。だいぶ時間をかけてしまった。もしや、トールハンマーがまた襲ってくるやもしれぬ。シャナンは兵を散らばらせ被害を最小限に止める算段をした。アレスの目にイシュタルが見えてきた。彼女は小高い丘の上に立ち、目を閉じ、魔道書の表紙に手をおいて呪文を唱えている。あたりの草が怯えたようにさわさわと音をたてる。 ”間に合え！” アレスが鞭を入れる。 それを見ていたフィーは急降下をかけていた。もしも自分に気が付けば自分に至近距離から魔法があたることになるだろう。そんなことになれば・・・・いや、想像するのはよそう。自分はシグルドと共に戦った勇敢な天馬騎士の娘ではないか！だが、急降下の速さが途中で鈍った。銀色の髪、黒い瞳・・・・よく似ている・・・・ティニーに・・・・ イシュタルがゆっくりと顔を上げた。かなりの距離だがフィーと目があう。 ”おかあさん！おとうさん！お兄ちゃん！ごめんなさい！” フィーは目を瞑り・・・・目を開けた。自分は無事で、眼下には二の腕を弓で射抜かれたイシュタルが倒れている。そこにアレスが飛び込んでいくところで、ふっと空中から燃えるように赤い髪をした美しい青年が現われてイシュタルを抱き上げた。 「こんなところで遊んでいたのか。・・・・まだ死なせるわけにはいかない。私と一緒に来い。」 そして再びかき消すようにいなくなった。イシュタルも共に・・・・アレスも茫然と、さっきまでイシュタルがいたところを見つめていた。 |