無限に続く…… |
「う〜、気持ち悪〜い！ちょっとぉー！何なのよ、コレッ!!」 マーニャは地面に這いつくばってぜえぜえと息をした。顔は青ざめ四肢には震えが来ている。すぐ隣で同じような状況になっているクリフトはこみ上げてくる吐き気を抑え、額に浮き出た冷や汗を手袋を嵌めた手で拭いながら搾り出すような声で答えた。 「何と言われましても……マーニャさん、これが旅の扉です。」 マーニャは裏拳でパカンとクリフトの背の高い帽子を殴る。 「そんなことは教えられなくてもわかってるわよッ!!」 ８人で旅をするようになり、初めて通った『旅の扉』。サントハイムからの参加組、アリーナとブライとクリフトはこの『遠くへと瞬時に運んでくれる魔法の転送装置』を以前にも使ったことがあるとのことだが、他の五人にとっては初めての体験だった。這いつくばっているマーニャの横ではミネアが心配そうに姉の背をさすっている。 「姉さん、大丈夫？」 マーニャはジト目で妹を見る。 「あんたはなんか元気そうね。」 「え？……確かに気持ち悪かったけれど……」 と、マーニャはいきりたった。 「アレは気持ち悪いなんて生易しいもんじゃないかったわよ！体が裏返っておえっとなって……心と体が生き別れになるかと思ったわよ！」 あまり足しにはならないと思いつつミネアは姉に回復魔法をかける。……思ったとおりあまり効果はあがらなかった。旅の扉は便利な道具であるが、人によってはいわゆる『扉酔い』を起こす。仲間達の中ではマーニャとクリフトが特に酷くその作用を受けてしまったようだ。アリーナは笑う。 「でもその体が裏返ってしまうような感じってちょっと面白いわ！ふわっとしてから体がバラバラになるような感じがきて、次にバラバラだったからだがきゅっと一つになっていく感覚があって。私はその戻っていく感覚が大好き！」 隣に居るトルネコに同意を求めるように笑いかける。トルネコは目を細めてうんうんと頷く。 「これが噂に聞いた『旅の扉』なのですね。いやぁ〜、生きているうちに自分で体験できるとは。周りの様子を見ていましたか？七色の光が私達を取り巻いて……とても美しかったですね。」 「ええ！私、何度だって入ってみたいわ！ね、アレク、私、もう一度向こうに行ってまたこれを使って戻ってきては駄目かしら？時間はかからないみたいだし。」 アレクは苦笑する。マーニャのような酷いダメージを受けてはいなかったが、かといってアリーナやトルネコのように旅の扉を楽しんでいるわけではない。と、ブライが魔道士の杖でコツン、とアリーナの頭を叩いた。 「痛ッ!!ブライ、何をするの？」 「旅の扉は玩具ではありませんぞ！……旅の扉とはかけ離れた二つの場所を空間を歪めて瞬時に結ぶ魔法の道具。空間を無理に歪めているわけですから、不測の事態が起こったときには、どこか見知らぬ場所に飛ばされてしまうやもしれない……じいは確かに姫様にサントハイムの城でそうお教えしましたぞ！」 「見知らぬところに出るのもおもしろいじゃない！」 すると、全く表情を変えずに立っていたライアンが諌めるように静かに言った。 「……旅の扉に入ったきり、行方知れずとなった者の話も聞く。……サントハイムの姫よ。無闇に魔法の道具を使うべきではない。」 クリフトも青い顔をしたままアリーナを嗜める。 「そうですよ。見知らぬ場所に飛ばされるならまだいいのですが、なにかのはずみで次元の狭間を彷徨うようになってしまったらどうしますか。」 反応したのはマーニャだった。 「『次元の狭間を彷徨う』？どういうこと？」 アリーナも目を輝かせながら聞く。 「なんだか面白そうね。ねえ、旅の扉ってどういう仕組みなの？」 問われたクリフトは一つ頷くと説明を始めた。旅の扉の歴史……空間と次元の理論……そもそも我々の居住する世界を構成する次元は縦・横・高さの他に時間がありこれで四次元。そこに第五要素、つまり五次元が加わったものを『完全次元論理』といい、その絶対性と相対性の二つの面から…… モンバーバラの踊り子が目を吊り上げて怒鳴る。 「何を訳わかんないことブツブツ言ってるのよ。わかるように話しなさい！」 「……ですが、正確に説明するには、この基本原理から始めないことには……！」 怒るマーニャにたじたじとなりながらも譲らないクリフト……二人とも扉酔いしてヘロヘロとしているのがなんとも情けないが。と、トルネコがススキの長い葉を一本千切ってアリーナの前に差し出した。 「例えばですね。この葉っぱのこっちの端とあっちの端はとても離れている。普通に歩いていったら長い時間がかかってしまいます。」 右手の人差し指と中指で、葉っぱの上を歩いているような仕草をしてみせる。 「でも、すぐに行きたい場合にはどうしたらいいか？簡単です。ほら、こうして……」 トルネコは葉っぱをくるん、と丸めて輪にした。 「こうやって、わっかにして離れた場所を近づけてやればいいんです。これが旅の扉の仕組み。でも、私がこうして手で押さえているからわっかになっていますけれど、手をはなせば……」 葉はもとのように平らになってしまう。 「ほら、戻ってしまった。これが、一番普通の形ですからね。つまり、旅の扉というのは無理して葉っぱを捻じ曲げる道具なわけです。だから無理な力がかかっている。今は葉っぱを使いましたが、これが、木材の薄い板だったら、押さえていてもずれてしまったり、板が折れてしまうかもしれません。ずれたら違う場所に出てしまいます。折れたら……そういうことがおこった場合、どこにも出られません。といいますか、自分が存在していた場所がずたずたになってしまうわけですから、普通の世界に戻れなくなってしまう……こんな感じでしょうかね？」 ブライが髭を片手で撫でながら頷く。 「うむ。たとえとしては的確じゃわい。トルネコ殿、貴殿中々の勉強家じゃな。……クリフトよ。魔道を専門としない人々に説明するときに、お前のように四角四面の解説では全くわけがわからんぞ。」 アリーナはトルネコと同じように一本の葉を千切ってくるっと曲げてみた。 「ねえ、トルネコさん。ここをこうして……こうやったら？」 トルネコはアリーナの手元を覗き込む。 「ああ、ねじったんですね。」 「ええ。こうやってねじったら、葉の表と裏が繋がるわ。これって旅の扉と関連付けるとどういったことになるのかしら。」 トルネコは腕を組む。 「うーん、たとえはあくまでもたとえにしかなりませんが。そうですね……私達が暮らしている世界を葉っぱの『表』とするなら、『裏』は、ふふふ、まさに裏側の世界でしょうか？」 「裏？」 アリーナだけでなく、マーニャもミネアもアレクもトルネコの話術に引き込まれている。 トルネコは頷く。 「私は難しいことはわかりませんけれどね。……『もう一つの世界』があるって話はよくありますよ。よくあるのが鏡の中の世界の話……午前2時に合わせ鏡をして左の肩越しに後ろの鏡を覗き込むと鏡の中の世界への入り口が開いて入っていける……とか、霧の中の道を歩いていると、向こうから自分そっくりの人がやってきてすれ違う……しばらくいくと霧が晴れていつもの街につくんだけれど、今までと同じ世界のようで何か違う……いつの間にか異世界に入っていたんだ……なんてね。まあ、大半はよくできた作り話か、勘違いなんでしょうが、怪談じみた与太話の中に真実が入っていないという証拠はありませんからねえ。」 すると、クリフトが口を挟んできた。 「『もう一つの世界』は実際にあるらしいです。ねえ、じいさま。」 「…………確かにな。遅々として進まぬが、その研究は細々とながら続けられておる。我らが住む世界にそっくりな別の世界。そっくりな人間が暮らしておるが、魔法力の根源たるマナのあり方が違っており、異世界に紛れ込んだものは、強大な魔法力を持つという……。」 アリーナは一回捻った輪を見つめる。 「もしもこんな風にして、『もう一つの世界』に旅の扉で行けたらよいのにね。……魔王を倒すヒントや手段が見つけられるかもしれないもの。」 ブライはポンポン、とアリーナの背を叩く。 「姫様、それは無理でございます。……旅の扉で『輪』をつくるのも至難の技。それに捻りを加えるなどと……それには想像を絶する多量の魔法力が必要というもの。……メビウスの輪は『無限』を表すこともございます。表はいつか裏となり、始まりはいつか終わりになってしかしまた始まりになる……そして実のところ、われわれは『無限』などそうそうないことを知っております。」 「神の愛を除いては。」 すかさず呟いたクリフトの言葉にミネアが頷く。 アリーナは輪にしていた葉をもとの平らな状態に戻す。 「あー、私は難しいことはやっぱり駄目だわ。でも、私にもわかるわ。人間が神様のようなことはできないって。つまり、旅の扉で異世界に行こうなんてしてはいけないんだわ。そうね、私達にできることは……」 葉の中心、太い葉脈が走る辺りをアリーナは割く。 「こういうことかしら？」 こういうことってどういうことですか？とクリフトが訪ねるとアリーナはにっこり笑う。 「歪ませるのが大変なら、蹴って穴でも開けちゃえばいいのよ！」 クリフトは前にのめる。 「姫さま、蹴って穴……って、次元に穴をあけるってことですか!?」 「そうよ。捻って丸めて繋ぐより、蹴る方が簡単そうじゃない？」 「そんなことできるわけないでしょうが！」 「あら、やってみなくちゃわからないわ。私が蹴って、ライアンさんが剣をふるってマーニャさんには竜になって炎を吐いてもらって、、アレクがあのいかずちの魔法、ミネアさんにはかまいたち魔法、じいにはもちろん氷結魔法を唱えて貰うのよ！トルネコさんに何か適当なアイテムを探してもらって、クリフトには……うーん、何をしてもらおうかしら？治したり守ったりは必要ないから……」 「だーっ!!どこを蹴るっていうんですか？そこいらの地面を蹴ったって、『もう一つの世界』には行けませんよ！」 「……あら、そうなんだ。つまらない。」 あっけんからんとそう言ったアリーナに皆が笑う。 「さあ、そろそろ行こうか！」 アレクが宣言し、仲間達は立ち上がる。 ……これから進む道には何が待っているかわからない。旅の扉はあるかもしれないがないかもしれない。……目的地には彼ら自身の二本の脚でもって進んでいくしかないのだ。 彼らは気付かないが、その歩みには『無限』が内包されている。誰も彼らを止めることはできない。意思のある限り、彼らの前進は止まないのだ。そう、それは絶対に円環ではあり得ない。円環でないこと、それが彼らの無限なのだ。 彼らの歩みを『永遠』の末席に位置する精霊は見守り、愛する子供達に幸あらんことを、と祝福を捧げた。 |
| ８周年記念コラボ企画最終更新だったのですが、「無限(∞)」って難しい……無限は有限に勝るかというとそうでもないのかな、というそれだけのことを長々とひっぱってしまいました。 これで８周年祭コラボ更新も最終アップです。最後まで見守っていただきまして有難うございました!! |