| そこにある道 |
アレクは目の前のモンスターを見上げつつ、脇にも、背後にも注意を払う。八方から襲い掛かる凄まじい殺気……そう、自分達は完全に囲まれてしまった。……どうすべきか……敵の弱点は炎だ。しかし、マーニャの火炎魔法も爆発の魔法も一方向に向かってしか攻撃できない。……どうすれば……どうすればいい？ 「アレク！指示をちょうだい！」 アリーナが鉄の爪を構えつつ凛とした声をあげる。アレクは頷いた。 「マーニャさん！！トラマナを!!ミネアさんは、炎から身を守るあの“霧の魔法”を！他の者は守りを固めるんだ。」 防護魔法を指定され、マーニャは怒鳴る。 「ちょっとぉ！勇者ちゃん、ここは毒の沼でも溶岩溜まりでもないわ。何混乱しているの!?」 ミネアも戸惑って叫ぶ。 「アレク、あの魔物たちは炎ではなく吹雪を操るんです！私の魔法は吹雪を防ぐ役にも立つけれど、あの。」 アレクの瞳を見、マーニャはミネアを押し留めた。彼の目は全くの正気であり、慌ててもいない。精霊魔法の術者二人はリーダーたる勇者の指示通りの呪文を唱え始めた。その間に襲い掛かるモンスター達を仲間達が退ける。総力戦だ！ 続いてアレクの指示が飛ぶ。 「マーニャさん！ドラゴラムを！」 マーニャは目を見開く。そうか！そういうことか！ アレクの意図が判ったマーニャは目を閉じて念ずる。次の瞬間、褐色の巨大な竜が優美な姿を現した。そして、その口から発せられる紅蓮の炎。しかし、その炎は魔物たちに向かっているものではない。竜は、自らが立つ大地に向けて炎の奔流を吐き出した。しかし、マーニャとミネアの魔法で炎への耐性が極度に上げられたアレクたちには全く影響がない。熱で焼かれた大地は高熱で融け赤い光を発する。モンスターたちは悶え苦しみその場から動けない。 「今だ！アリーナ！ライアンさん！」 剣士達がまず前方の魔物の息の根をとめた。 八方ふさがりに見えた戦況は完全に逆転し、アレクたちは勝利を収めたのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あーん、毛先が焼け焦げてるぅっ!!この間切りそろえたばっかりなのに!!」 野営で焚き火を囲みながら皆が談笑しているとき、マーニャが叫びをあげた。 ミネアがはーっとため息をつく。 「姉さん！毛先が焼け焦げたくらいでそんなに嘆かないで!!……もう、爪がどうとか、髪の毛がどうとか、小さなことで騒がないで頂戴。……」 マーニャはむっとする。 「生きているからこそこういうことで騒げるのよ。そうでしょ？ミネア。」 ミネアは頷く。 「……ああ、でも、本当に良かった。皆無事で……私、もう駄目かと……」 ミネアに皆が同意する中、アリーナだけはにこにことしている。マーニャは半目でアリーナを睨む。 「お姫サマってば、やけに余裕じゃない。あたしたち、死にかけたのよ？そこんとこ、わかってる？」 するとアリーナは首を傾げた。 「確かに、危なかったけれど……こうして勝てたじゃない！」 「はー、やれやれ、あんたってば、楽天的っていうかなんていうか。そういや、かなりの強敵が相手のときにもお姫サマってばほとんど焦らないわよね。泣き言も言わないし。」 アリーナはうん、と元気よく頷く。 「強敵ほど腕がなるじゃない？それに、マーニャさん、神様は、神様の手に余るような試練は私達にお与えにならないのよ。八方ふさがりに見えても、神様は必ずどこかに道を残していて下さるの。私、小さな頃からそれは身をもって実感してるんだから。」 トルネコが目を細める。 「ほう、そんなことが。どういったことなのか教えてくれますかな？」 トルネコに言われて、アリーナは嬉しそうに話し始めた。 「サントハイムの私の部屋からは、城下町のサランっていう町が見えるの。たくさんの家が建っていて、大きな教会もあって、いろいろなお店もあって、町の広場には花壇もあるの。窓からそういう風景を眺めていたら、『遊びにいってみたい』って思うのが普通でしょ？なのにね、ブライもクリフトも、駄目だっていうのよ。」 サントハイムの魔道士と神官は揃ってゴホンと咳払いをした。 「「あたりまえです」」 アリーナは構わず続けた。 「小さい頃はお目付け役にメイド頭さんがずっと一緒にいたのだけれど、そこから抜け出すのは簡単だったわ。だって、私の方がずっと素早く動けたんですもの。でも、それが何度か続いたら、ドアの両脇に監視の兵隊さんが立つようになっちゃって……でもね、やっぱり駄目だった。兵隊さんも私の動きにはついていけなくて。あのね、股の間を潜り抜けるのが効果的だったわ！」 ブライとクリフトはまた咳払いする。 「そうしたら、兵士長さんたら、鍵をかけちゃったの！中からは開けられないのよ！酷いじゃない。鍵をかけられたらドアから出て行くことはできないわ。」 「で、お姫サマは諦めたわけ？」 アリーナはぶんぶんと首を振る。 「私もちょっと困ったけれど、よく見たら八方ふさがりってわけじゃなかったわ。扉の方を向いて立っていたら、確かに前も斜め前も横も、斜め後ろも塞がっていたわでも、真後ろ……窓は開いていた。だから、シーツを破いて結んでロープにして、そこから外に出たの！でもね、敵もさるものよ。その後すぐに、窓ははめ殺しになっちゃったの。少しは開くんだけど、体をそこから通すことはできないし、窓枠は鋼鉄製だし。」 「ほう、……そうしてどうしたんです？」 相変わらずトルネコはにこにこと笑っている。 「前後左右斜め……今度こそ八方全部が塞がっちゃったわ。あーあ、どうしようって頭を後ろに倒したら……天井が見えたの！だから、ベッドの天蓋にとびついて、そこから天井板を外して天井裏に上がって…… ブライは険しい顔をし、クリフトは俯いて片手で顔を覆っている。 「そうしたら!!天井裏から鉄板を打ち付けられちゃったの!!……これには参ったわ。だって上をふさがれたら、残っているのはもう下だけよ。でも下を……つまりは床を破ったら、下に何があるかわからないじゃない？もしもそこに人がいて瓦礫が頭に当たったら、その人が大怪我をしてしまうかもしれない。それはダメ、絶対。…………」 「諦めたの？」 アリーナは首を振る。 「諦めるなんて！神様は必ず私達に道を残していて下さるのよ！八方も上も下も塞がれても、塞いだところに穴を開ければいいだけなのよ。だから……どうしてもエンドールの武闘会に出たい〜！って思ったとき、私は文字通り壁に穴を開けてみたの！簡単だったわ。こう、気合を込めてぐっと一蹴り！」 実演するように空を蹴飛ばして見せたアリーナに、ブライはますます険しい顔をし、クリフトは天を仰いで十字を切った。 「ね、まわり全部が塞がれているように見えても、絶対に道はあるんだわ。私はそう考えるようにしてるの。……今までだっていつも…………」 少しだけだが、アリーナの言葉が途切れた。だが、すぐまた元気な声で話し始める。 「だって、私はいつだってそうして道を見つけてきたのですもの!!」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「どうなされたのですかな。」 ちょっと頭が痛い、と言って馬車に上がっていったアリーナが横にもならず、膝をかかえて、焚き火の方を見ていると、ブライがトントントンと乗り降り用に馬車にかけられた木製の段を上がってきた。 「私、どうかしているように見えちゃったかしら？」 「見えた、というより、聞こえましたかな。八方ふさがりでも絶対に道はある。姫様はそう思っていらっしゃる。確かに。じいは、そしてクリフトの奴めもそうお教えして参りましたし、事実姫様はいつもそうしてこられた。しかし、先ほど……耳が悪くなったのかもしれませぬが、姫様が『道を見つけられなかったこと』があったように聞こえましたぞ。……いやいや、他の連中にはわかりませぬ。クリフトの奴にも。なにせ、年季が違いますからな。人生経験も、姫様との付き合いも、このじいが、誰よりも突出しておりますゆえ。」 アリーナは、うん、と頷いた。 「一度だけ……一度だけ、そういうことがあったわ。どこにも道が見つけられなくて、八方ふさがりだったわ。そして、どうしてこんな酷いことをなさるのか、って神様を恨んだの。……神様を悪く言うなんてクリフトに叱られちゃうわね。」 それだけでブライにはなんとなくわかった。そして、アリーナはブライが思っている通りのことを説明した。 「お母様が、亡くなられたとき……それまで温かくて明るかった世界が一気に冷たく暗いものになってしまって、どこにも出口がなくなってしまったように思えた。あとからあとから涙がこぼれてきて、どうしようもなかった。……あれがね、あのときが私の本当の八方ふさがりだったのだと思うの。」 ブライは頷く。 「しかし、姫様はそれを乗り越えられた。そして、元気に、明るく笑顔を見せるようになられた……それはそこから抜け出る『道』をいつしか見つけられたということではないのですかな？」 アリーナはくすっと笑う。 「……私はまだまだ小さかったのよ。一人で見つけられるわけがないわ。……お父様がいらして、ブライがいて、クリフトがいて……私は道を見つけたのじゃなくて、手をぎゅっと握ってもらって、一緒に道を歩いてもらっていたんだわ。だから、塞がれていた冷たくて暗い場所から出てこられたの。……今はよく覚えていないのだけど、……お父様が、夜寝る前に短いお話をして下さってキスしてくれたことは覚えている。クリフトがいっぱい遊んでくれたことも。それからじいの髭も。」 「は？髭ですと？」 「そう、じいの髭。……なんで髭なのかわからなかったんだけど。あのね、きっとね。じいがぎゅっと抱きしめてくれたからじゃないかって思うの。だって、ブライが小さな私を抱きしめてくれたら、私の顔はきっとじいの髭に埋まる場所にあったと思うから。……私は暗くて冷たい場所にいて、その冷たい壁を触りながら、抜け出る道を探していた。そうしたら、じいがそこに立っていて、手をひいてくれたのよ。……今だって、私は一人で道を探し出しているのじゃないわ。みんなが居てくれるから道を探せるの。いいえ、仲間達一人一人が私にとっての道なんだわ……お母様がお亡くなりになったとき、じいたちが居てくれたから今私はここに居るの。そうでなかったら私はきっと殻に篭ってしまっていた。……ブライ、これからも傍にいてね。……頼りきるのじゃないわ。そばにいてくれたら、私は道を探すことができるから!!……怖いの。これからもっと戦いは激しくなるわ。もし、そんなときに誰かが命を落としてしまったら……ブライがいなくなってしまったら……私は道を見つけられるのかしらって。」 ブライは目を閉じる。 「……ああ、おてんばな姫様も、しっとりとした言葉をかけてくださるようになりましたか。……お生まれになってからずっと姫様の教育係をして参りましたが……こんなに嬉しいことは久しぶりですぞ……もう……思い残すことは……」 ブライの頭がかくっと前に倒れ、蹲るような姿勢になる。そして、目は静かに閉じられている。 「ブライ？」 ブライは動かない。 「ブライ??」 ブライはピクとも動かない。 「じい……!!死んじゃ嫌〜ッ!!」 がくがくと鞭打ち症になりそうな勢いで肩を掴んで揺さぶると、ブライはぱち、と片目をあけ、手にしていた魔道士の杖でポカリ、とアリーナの頭の天辺を打った。 「勝手に殺してもらっては困りますぞ！第一、陛下を救い出していない今、思い残すことがないなどということはあり得ませなんだ。このブライ、王国の次代を見届けるまではそう簡単にくたばるわけには参りませんぞ。……それに、今の取り乱しようは褒められたものではありませぬな。サントハイムの王族たるもの、一人の老人の生き死にでそうそう動じてはなりません。」 アリーナはぶんむくれる。 「一人の老人、じゃないでしょッ!!ブライがブライだからでしょッ!!」 ブライは目を見開き、動きを止め……しばらくしてから、ゴホン、と咳払いをする。 「また、そのような嬉しいことを……」 「え？」 「いいえ、何も申し上げてはおりませんぞ。さ、戻りますかな？」 ブライが皺だらけの手を差し出した。 「ええ。」 アリーナはその手をとり、段を降りて仲間達が焚き火を囲む場所へと戻っていった。 |
| アリーナ＆ブライで旅の途中の話。むろん、クリフトも小さなアリーナの心の支えになっていたのは確かですが、大人にしかできない支え方というのがあると思うのです。小さな子どもにはきっとそれが大切。ブライは厳しい教育係だったと思われますが、アリーナを心中は孫のように思っていると思います。八方ふさがり、それを打開するのは自分の心の強さ。その心の強さをつくるのは自分ひとりの力ではない、ということで。 |