| 蝶と蜂 |
「おおおお、またそのような過激極まりない考えなしの振る舞いを!!亡きお后様がご覧になられたら、お嘆きになることいかばかりか！」 山道を塞いでいた巨大な落石を気合とともに素手でぶち割ったアリーナに、ブライの怒声が飛ぶ。 「何よ何よ何よ！これで先へ進めるようになったのよ。褒めてくれたっていいじゃないの！」 「何も言わずにスキップしつつ前に出て大岩をいきなり正拳突きという行動のどこを褒めればよろしいと？姫様は咄嗟に避けましたものの割れた岩の欠片が坂を転がってきて我らはなぎ倒されかけ……ミネア殿の精霊魔法で岩の進路を変えて貰ったからいいももの、そうでなければ我らは危うく崖下へとなぎ倒されるところでしたたぞ!くわばらくわばら……」 アリーナは『ギ……』というような音をたてて固まった。確かに何も宣言せずに破壊したのはまずかったかもしれない。 「あああああ、お后様も、陛下も、もちろんこの年寄りも、クリフトめも、姫様を蝶よ花よとお育て申したつもりですのに……のお、クリフト。」 同意を求められたクリフトは丈の長い神官帽の縁を触ってため息をつく。 「はい。……じいさま、ええと、あの、当初はもちろんそのように奮闘しておりましたが……どうにも途中から無理と思い始めてしまいまして……今では神に恥じない生き方をして下さればそれだけでよいのではないかと……」 すかさずブライの魔道士の杖の一撃がクリフトの後頭部にヒットする。 「痛ッ！……ああ、でも、やはり、そうですよね。諦めず、蝶よ花よとお育てすべきなのですよね……」 アリーナはツンと澄ましている。 「早い所諦めてくれればいいのよ。私は窮屈なドレスを着てにっこり笑って刺繍をするより、必殺技を考えている方がいいわ。その方が絶対に皆の役にたつし。うーん、それに、花はともかく、蝶はそれなりに達成しているわよ。」 すると、マーニャが半目でぼそりと言った。 「まっさか、だけど、『蝶のように舞い、蜂のように刺す』なんてこと言いたいんじゃないでしょうね。」 するとアリーナはにこにこと笑った。 「よくわかったわね！」 前にのめりそうになるマーニャの横でミネアが笑う。 「確かにアリーナは、どんなに激しい攻撃がきてもひらりひらりとかわすことができますものね。」 マーニャは半目のままだ。 「ものの例えで『蝶』とはいうけど、お姫サマの場合は蝶がメインじゃなくて『ハチ』がメインなんでしょ？」 アリーナは腕を組み、得意そうに頷く。 「もちろんよ！蝶々の羽はすぐにボロボロになってしまうけれど、ハチの羽は丈夫だわ。空中静止もできるし、鋭角的にきびきび方向転換することもできる。そして、蝶との一番の違いは、攻撃することができるかどうか、だわ!!蝶のようにかわし続けても戦いを終わらせることはできないわ。攻撃は最大の防御とも言うしね。ハチって、虫の中ではお手本にするべきものがいっぱいあるのよ！」 熱っぽく語るアリーナの横で神官と魔道士ははあ、とため息をついているが、アリーナは楽しそうだ。 「戦い以外でも蜂ってとっても役に立つのよ。まず蜂蜜でしょ？蜂が一生懸命に花の蜜を集めてきた中から私たちは蜜を分けてもらってるわ。そして、ゴン爺さんに教えてもらったんだけど、ハチは仲間にどこに花があるかを知らせることができるほど頭がいいし、敵が来ると協力して戦って撃退するチームワークを持っているし、蜂がいないとリンゴは実を結ばないのですって！だから、リンゴの花盛りのときには、お城でも養蜂家のおじさんたちに来て貰っているのよ。ね、蜂っていいでしょ？もちろんハチ以外にも凄い能力を持っている虫がいるわ。ガとかゲジゲジとかクモとかムカデとか(注：正確にはクモやムカデはもちろん昆虫ではありません)とか！あ、そうそう、ムカデと言えばね！」 「あー！もうやめてよ！！ジンマシン出そう!!」 二の腕の辺りを掻きながらマーニャが言う。 「あたしはそこらへんのグロい奴は受け付けないんだってば！」 ミネアが苦笑する。 「あらあら、姉さんってば格好つけないでよ。そこらへんの虫が駄目なのはグロいからじゃなくって姉さんがぐいって掴んでガのリンプンやゲジゲジの毛でかぶれ、クモに噛まれ、ムカデにも噛まれた結果でしょう？……それに姉さんイナゴとかハチの子とか大好きでしょ？」 「……う。イナゴは栄養あるし、ハチの子は美味しいじゃない。あの“ぷち”っていう食感もなかなか……あー、もう食べたくなってきちゃったじゃない！」 姉妹の会話に、アリーナとクリフトは絶句している。イナゴを……食べる？ハチの子って……何？いや、アリーナは絶句しつつも目を輝かせているが、クリフトは心なしか青ざめているぞ。ライアンが、大丈夫か、と声をかけるが、クリフトは口を押さえている。 「第一！ハチが好きなのはミィちゃん、あんたでしょうが。大好きだったじゃない。小さな頃、“蝶々は大嫌い。私はハチさんが大好き、私、ハチさんだったら良かったのに”って言って、ミツバチの巣の前に日がな一日座ってじいっと巣に出入りするハチを眺めてたこともあったわね。……母さんが死んでからのことだったし、あんときゃ、あんた、どっかおかしくなっちゃったんじゃないの、って父さんと一緒に本気で心配したわよ。」 蝶々が大嫌いでハチが好き……そしてハチになりたい。……それはマーニャでなくとも心配するだろう。 アリーナはともかく、ミネアには似合わない似合わない、似合わない…… 「ん、もう！それは子供のころのことでしょう！今は別にハチが特に好きってことも蝶々が嫌いなこともないわ。」 「いやいや、子どもの頃こそ蝶々が嫌いな女の子っていないんじゃない？」 アレクが頭を掻く。 「でも、あの羽根が粉っぽいところとかは嫌かなって考えられなくもないし……蝶は綺麗な羽根を持っているけれど、あの羽根がなくなったところを考えると、それはそれでちょっと……かなり……」 また、マーニャがぞわぞわっと鳥肌たたせて二の腕を掻く。 「あー、もう！やめい！この話はここまでッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ その日は無事に山を越えることができ、一同は湖の畔で野営した。ミネアは早起きして湖畔の大きな石の上にスカートを広げて座る。昨夜、焚き火の番をトルネコと二人でしていたとき、ハチの話が出た。トルネコはつっこんだ話はしてこなかったが、小さかった頃のミネアがなぜハチを好きだったのか、ハチになりたいといったのかわかっているようだった。……トルネコとはそういう男なのだ。７人の仲間達はそれぞれ皆優しいが、そのなかでもトルネコの優しさは皆とは違う。彼は言った。『ミネアさん、小さな頃のミネアさんは、ハチになりたいと思っていたけれど、女王蜂にはなりたくなかったのじゃありませんか？』微笑みながらトルネコは言い、言い当てられたミネアが驚きつつも頷くと、彼はポン、ポン、と軽くミネアの頭をそっと叩いてくれた。 小さなミネアは蝶々が嫌いだった。卵から生まれたイモムシは植物の葉っぱをたくさんたべてさなぎになり、綺麗な蝶々に生まれ変わる。……でも、その美しい姿を見てくれる母親はどこにもいないのだ。卵を産んだ母虫は、ひと月もたたずに死んでしまう。その美しかった羽根はみるかげもなくボロボロになり、森のどこかで朽ちていってしまうのだ。 ハチは違う、ということを、ミネアはコーミズ村の長老、リアルマおばばから物語りのようにして教えて貰った。女王蜂から生まれたたくさんの子ども達は、自分の母親をその目で見ることができるのだ。いや、それだけではない。子ども達が寿命を全うして天に召されても、母親である女王蜂は、彼らの十倍以上の長命であり、まだ生き続ける。子ども達は、生きている間中、ずっと母親と共にいられるのだ。 だから、ミネアはハチが好きだった。ハチになりたいと思った。 今はもうそんなことは思わない。 小さな子どもは短い時間しか生きておらず、自分の側からしか物事を見られない。まだ二十年にならないけれど、母親になっているわけでもないけれど、今のミネアはその他の視点も持っている。 母親にとって、自分より子どもが先に天に召されることがどれほど辛いかを。生の楽しみを享受するだけでなくその悲しみについて考えることが人にとってどれだけ重要かを。死がすべての終わりではないことを。そして、人同士の絆が愛情が、共に過ごした時間の長さに比例して深いというわけではないことを。 ミネアは優しい朝の光のに水晶玉をかざす。すると、どこからともなく、彼女の友たる空気の精霊達がやってきて水晶玉のまわりをその半透明の羽根を虹色に輝かせて舞い始めた。それは、蝶のようにもまたハチのようにも見える。 “今日一日がどのようなものであっても、私達が今日を生きていける喜びを感じられますように。” 本来、神に対してするべき祈りを水晶玉に向かって念じ、しばらくしてミネアは顔をあげる。 精霊達はなにかに安堵したように、彼らの本来の居場所へと、空気に融ける様にして還っていった。 |
| アリーナで始まりましたが、最終的にミネアさんの話。対マーニャ姐さん以外では「蜂」というのが最も似合わない一人であろうミネアさんで敢えて。尚、我が家設定で、モンバーバラ姉妹の使う魔法は精霊魔法で、姉さんは炎の精霊、ミネアは空気の精霊を友としておりますです、はい。 |