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早春の陽の光はやわらかにうす緑の若葉を照らし、小鳥らは楽しげに囀りながら木々の間を飛びまわる。
この世界で最大の大陸の西側を占める長い歴史をもった大国、サントハイムの午後は平和に過ぎていく。
さきの大きな魔族との戦いの際、この国は大きな痛手を被ったが、今、その名残をとどめているものは殆ど無い。破壊された優美な尖塔も完全に修復され、城に程近いところに12年前に建てられた学校は、学ぶことを欲する辺境の地を含めた全国の少年少女たちに広く門戸を開いている。魔法、治癒魔法、錬金術などの基礎を学んだ子供達の多くは帰郷して身につけた知識をふるさとのために役立てる道を選ぶが、特に優秀な成績の者は、望めばサントハイム王宮に付属した魔道学校や神学校でより深い学習を修めることができた。
齢を重ねて尚、ライル王は頑健で、民を第一と考える善政をしき、おてんば姫と名高かった（いや、いまでも十分におてんばであるが）アリーナ王女も思慮深い優しい瞳の夫君を迎え、王子と王女を授かって、この国の平和は永遠に続くかと思われていた。
本当に平和な……平和な午後……
その平穏が、甲高い叫びによって壊された.。
「王子さまぁ、王子さま〜！」
文官の悲鳴に似た声が城内に響き渡る。
「王子さまー！」
「王子さまー！どちらにおいでですかー」
声が何人ものものに増えた。ばたばた走りまわる足音に甲冑の鳴る音も混じっているところからして、兵士も駆り出されているらしい。
ほかの城ではともかくとして、ここ、サントハイム城では、日常茶飯事の出来事である。
「やれやれ……」
城内で聖典の整理をしていたクリフトは手にしていた本を閉じると蒼い髪を少し掻き揚げて、ふうっと一つため息をついた。
「また、クライスが逃げたんですか…本来なら、何をしている時間だろう。」
声をかけられたアリーナはにっこり笑った。赤みがかった金髪は結われることなく肩のあたりで見事にカールし、ほっそりとした身体には動きやすそうな黄色のドレスを纏っている。もう30を過ぎるというのに、外見は20歳そこそこといっても十分通る。
「今は地理学の時間だわ。うんうん、無理も無い。あの子ってば地道にいろいろ覚えるのが苦手ですもの！私もよく逃げたものよね。」
「アリーナ！」
アリーナは腰に手を当て、長身を少し屈めてきつい調子で名前を呼ぶ夫に向かって舌を出した。
「別に逃げることがいいことだとは言っていないわ。…あああ、あの子、思いっきり私に似ちゃったんだわ。クリフトに似れば良かったのに。……うん、そうよ、逃げて居ちゃだめなんだわ。今晩は久しぶりにみっちりお説教を…」
クリフトは説教する体勢を崩さず言った。
「アリーナ、あなたのお説教というのは武闘の稽古じゃありませんか。」
「稽古っていうよりも特訓だけど。口で言うより拳で語った方があの子にとってはいいお説教のはずよ。…ああ、でも、このところ急にあの子ってば強くなってきちゃって…私も鍛えなおさないとすぐに一本取られる様になっちゃうわ。うーん、そうしたら本当にお説教にはならなくなっちゃうわね。どうしましょう。」
「私はそんなことを言っているんじゃありません！」
そのとき、話題のクライス王子はどこに居ただろうか？彼は走っていた。いや、、王子はいつ見ても走っている。“きっと独楽のように止まったら倒れてしまうんだ”などと冗談を言われるくらいだ。母親譲りの赤みがかった金髪はかなりの癖っ毛。ハシバミ色の大きな瞳も軽やかな歩調もまた母から受け継いだものだ。鼻や顎の造作は父親に似ていたが、性格はほぼ母親そのまんま。悪気はないが、トラブルメーカー。まっすぐな性格で16という歳よりもやや子供っぽく、市井の少年だといっても違和感はない。度重なる授業からの逃亡で、文官や家庭教師、兵士達は王子を追う経験を重ねていたが、王子の方が一枚も二枚も上手だった。城の隠し通路を走り、堀を飛び越え、一目散に雑木林の中の泉へと向かった。
泉には2人の人間が居た。一人は背まで伸ばした蒼い髪をきちんと緑のリボンで1つにまとめたシスターの服を着た少女。もう一人は魔道学校の、フードがついた紺のローブを身につけたすらりと背の高い黒髪の青年だった。少女が本を開いて質問すると、博学な青年は微笑んでそれに的確な答を返す。そして神聖魔法と薬草の治癒の力の比較や、錬金術の今後の可能性についてを、穏やかな声で談笑していた。青年の名をサライ、という。
彼は捨て子だった。両親のことは何もわからない。しかし、炎魔法を極めた魔法使いの老婆に拾われ、サライという名を与えられ、愛情込めて育てられた。そして、十二になったときに老婆に学校への入学を勧められて王都へと出、懸命に学習し、今では苦手だった氷系魔法も名誉宮廷魔道士ブライから太鼓判を押されるほどに上達した。他の生徒の追随を許さない魔力とその明晰な頭脳で、魔道士学校の主席卒業を勝ち取り、今は書庫で研究を続けつつ後進の指導をしているが、彼には王都にずっと残る気はないらしい。サライは少女が指差した本の一節を覗き込んでいたが、突如現れたクライスの姿に唖然とした。
父に良く似た穏やかな瞳の少女は目を見開いた。
「お兄様？」
王子は肩に担いでいた皮袋をぶんぶん振り回した。
「ああ、やっぱりここだったか。計画、実行することにした。他にいい考えもうかばないし。」
「え？あの、もっといろいろ考えるって言ったの、昨日のことよ？」
「一晩目一杯考えたんだってば！何言ったって許しちゃもらえないに決まってる。とにかく、黙って行って心配だけはかけたくないから！」
そこまで一気に言ってから王子は妹の傍らに居る自分より年上の自分より遥かに背が高い青年に目をやった。
「あなた、誰？」
青年は自己紹介しようとしたが、王子に遮られた。
「うわ、それどころじゃないや。今つかまったら元も子もないし。これ、手紙、よろしく。前に打ち合わせたとおりだからな。！じゃ！」
王子は妹に向かって一通の手紙を放ると、やってきたときと同じように物凄い勢いで走って消えた。アリシア王女はふううう、と長く息をついた。傍らの青年が心配そうに言った。
「彼がシアのお兄さんなんですね。なんだかとても急いでいるようだったけれど、何か困ったことがおきたのかな？私で良かったら力になるけれど。」
王女はゆっくりと首を振った。
「サライさん。有難うございます。…ご迷惑をかけるまでのことでもないのですが、少しやることができてしまいました。世界樹の葉についてのお話、またいつか聞かせて下さいね。」
サライは微笑んだ。
「私こそ、シアと話していて楽しかったですよ。少しでも勉強の手助けになるのなら嬉しいです。こちらこそよろしく。神聖魔法の話はとても参考になります。」
アリシアはぴょっこりとお辞儀をして、パタパタと走っていった。その様子にサライは目を細める。礼儀正しくて利発な子だ。この国の王女も聡明だという噂だけれど、あの子ほどではないのではないか。
一方、アリシア王女は全速で走っていた。兄には遥かに及ばないが、たおやかな外見には似ず中々の駿足だ。子供の頃は兄とまとめて母親に鍛えられていただけのことはある。
（全く！お兄様ったら！）
心の中で悪態をついてみるが、口元は緩んでいる。そうそう、お兄様はこうでなくっちゃいけない。
騎士の教練所では、騎士たちの教練がいつもと同じように行われていた。新米たちが取り囲んで見つめる中、砂を薄く敷いた稽古場の中央には、体格のよい大男と女性としては背が高いが華奢な娘が対峙していた。見事な金髪を肩に届く前にふっつりと切りそろえた女性騎士は、同僚の打ち込みを避け、素早く回り込む。周囲から賛嘆のため息が漏れる。と、相手は彼女の隙をついて、剣を振り下ろした。刃を落とした模擬刀とはいえ、ずっしりと重い。それをまともに受け止めて娘の身体はよろめいた。何とか受け流すと思いきや、彼女は半ば意地で、渾身の力を振り絞って剣を押し返そうとした。…しかし、それは無理な動きだった。力では遥かに劣る彼女は剣の重さに押し切られて砂の上に尻餅をついた。
「それまで！」
教官の声が響いた。倒れた娘は差し出された同僚の手を振り払い、砂を見つめたまま立ち上がった。もっと強くならなければ。力も、わざも、誰よりも上にならなくては。騎士団長の娘として、その名に見合っただけの実力がつかなければ、周囲は女の身ながら騎士団に属していることを親の威光あってのものだと思うだろう。そして、父の名を貶めることになり、父その人も落胆するに違いない。……男たちに力が及ばないのはわかっている。つい一年くらい前までは同い年の少年たちには全く負けなどしなかった。しかし、単純な力押しでは、今はもう互角になってしまった。……もし、騎士としての道が閉ざされてしまったら、と少女は思う。…伯父様が持ってきた見合いの話を受けるしかないのだろうか。今日の午後、やってくるその見合い相手は、父も認める青年だという。会うまでもなく断ろうと思っていたけれど、…一瞬そんな気弱な考えが頭を掠めたが、勢いよく首を振る。私はお父様に負けないような立派な騎士になるのだもの！男だ、女だ、なんて関係ないわ。私は私がやれる精一杯をやるだけ！
そこへ、この国の王女殿下が走ってきた。
「アリシア様？」
女騎士が視線を上げるとアリシアはその前に立った。
「メイシア！大変なの！またお兄様がお城を抜け出して！」
メイシアと呼ばれた騎士はふうっと息をついた。
「またですか。…しばらくすればひょっこり戻られると思いますが。」
アリシアはぶんぶん首を振る。
「今度はいつもと違うの。この手紙を見て！」
“メイシアへ
前から話していた武者修業の旅に行ってくる。目指せ！エンドール！いくらメイシアでも、これは絶対止められると思ったから一応手紙で知らせておく。今よりもっともっと強くなってメイシアから簡単に一本とれるようになって帰ってくる。もちろん武術大会では優勝もぎとってくるから。面白いものがあったら、お土産に持って帰るつもりだけど、あんまり期待しないでよ。しばらく留守するけど、必ず帰るから安心して。僕がいない間城のことは頼んだぞ。父上、母上、じいに目一杯よろしく。 クライス”
「だああっ！何が安心して、ですか！安心できるわけないじゃないですかッ！よろしくされても困ります！」
メイシアは頭がくらくらとしてきた。幼少の頃より、あの腕白坊主…いやいや、活発な王子殿下にはいろいろとひっかきまわされてきたが、またやってくれたか。何故よりによって自分があの無茶苦茶王子のそば仕えなのだと父や王子の父に訴えもしたが、お前だから、あなただから、まだ王子はあれでも大人しくなるのですよ、頑張れ、頑張って下さいとこの18年というさほど長くも無い人生の大部分の間励まされ続けてきた。
「……あの大会は出場資格は17歳以上になったはずです。王子はこのあいだ16になったばかりでしょうに。」
「…サバ読めばなんとかなるさ、って豪快に笑ってました。」
……声変わりもまだで、ただでさえ童顔で本当の年より若く見られるクライス王子がどうやってサバを読む積りなのか。…資格審査場で揉めて、係員をとび蹴りする王子の姿がメイシアの脳裏を掠めた。
「…装備は…王子はどのような装備で旅に出られたのですか。」
「？いつもと同じです。」
「い、いつもと同じということは『鎧だのなんだの重くってうざったいから武闘着一枚で勝負だ！』ってアレですか。」
「はい。鉄の爪は標準装備だとかで左手にしっかり嵌めてます。」
「…薬などは…」
「…お兄様ってば、『僕もお父様から回復魔法を習ったんだぞ！薬草なんかいるもんか！』って。」
頭痛がメイシアを襲った。確かに王子は初歩の回復魔法を扱いはするが、不勉強がたたってか、解毒の魔法などは使えない。そして、魔力の少なさといったら！一度回復魔法をかけたらおしまいではないか！あとはどうするつもりなのだか、あの人騒がせな王子ときたら…全く、考え無しの無鉄砲なお子様の…ありとあらゆる悪態が、高潔無比のメイシアの頭の中を駆け巡った。
「もうどなたかが追跡されていますか？」
「・・・メイシア！判っているくせに！あなたのお父様も私の両親も城を空けるわけにはいかないでしょう？だったらお兄様を止められるのはこのお城ではあなただけなんです！お願いです！」
メイシアが教官を見ると、『大変だな、王子殿下のことならば仕方ない、行って来い。』とばかりに悲痛な面持ちで頷いていた。
メイシアは急いで走り、騎士の寮にある自室で身支度を整えた。騎士服を脱ぎ、旅装を整え、皮鎧のベルトをしっかりと脇で止め、背負い袋の中に薬草や携帯食料を詰め込む。手袋を嵌め、綺麗な金髪を革帽子の中に押し込み腰に細身の剣を佩く。
「まだ、遠くにはいっていないはず……」
最後にわずかばかりの蓄財を入れた皮袋を押し込むと彼女は廊下に飛び出したが、宿舎を出る手前で急停止した。そこには父親が立っていた。
「父上！大変です。王子さまが家出なさいました。置手紙もあり ます。今度ばかりはひょっとしてひょっとするかもしれません。私はこれから追いかけてみま
す。」
「ああ、そのことだが……」
父の後ろから、アリシアの両親が出てきた。
「クライスの今度の脱走、私達も十分予測していたことなのです。」
神官衣のクリフトが穏やかに言うと、アリーナは腰に手をあて、胸を張った。
「もうそろそろだと思ってたの。メイシア、あの子に追いついて、少しでもあの子が弱気になってたら連れ戻して。もしもそうではないのなら、護って供に旅をして頂戴。」
あまりの展開にメイシアはまたまた頭がくらくらした。
クリフトも静かに言った。
「あなたは優れた剣技を持っているだけでなく、冷静で誠実です。クライスのこと、宜しくお願いします。」
騎士隊長は娘の頭に手をぽふっと置いた。
「メイ、のんびり行ってきなさい。暴走するクライス様を止められるのはお前くらいのものだからな。…騎士としての教練は実践と離れているところもあるがもしも魔物が出ても憶さずに前に出て王子をおまもりするのだぞ。」
メイシアは両の踵をつけると背を伸ばし、三人の大人にぴしっと敬礼をした。
「はい！全力を尽くして王子の護衛をつとめます！」
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アリシアは馬に乗って走り出ていくメイシアと両親、そしてランデルを木の陰から見ていた。
（なぁんだ、お父様もお母様もご存知だったんだわ。だったら私が苦労をしなくてもよかったのにね。）
そして、にっこり笑った。
（お兄様、行ってらっしゃい。優勝はできないかもしれないけれど、武術大会頑張って。私、お兄様がお出かけの間、ずっと神様にお祈りしてます。）
と、王女の胸の中に風のようなものが吹いた。これから兄はどのような冒険をするのだろうか。きっとそれは王宮の中では経験し得ないことばかりに違いない。幼い頃に夢中になって読んだ物語のように、今まで見た事がないもの、出会ったことがない人に一杯会って…
アリシアの瞳が潤んだ。
彼女は真面目な少女だった。兄にサランの城下町に行こうと何度も誘われたが、お父様が悲しまれるから、と断り、ディルトの元でしっかりと神学を学び、その他の勉強も裁縫も言われるままに頑張って褒められてここまで来たのだ。もう少し羽目を外していい、というような言葉にも揺るがず、双子の兄と比べて“なんて立派なお子様なんだろう”と言われ続けてきた。両親の自慢の娘で在り続けようとひたすら努力してきたのだ。
私はずっとお城の中に居続けるのかしら…
居続けて、お兄様の土産話を黙って聞いているだけなのかしら…
アリーナとクリフトは、悄然と佇んでいる王女の姿を見つけた。声をかけようとするアリーナだったが、クリフトはその唇に指をあてて制止した。
私も行きたい！お兄様と行きたい！
でも、どうすれば？メイシアは行ってしまった。あのとき、馬に一緒に乗せていって貰うこともできたのに。どうしたらいい？他に頼める人はいない？どうすれば？どうすれば？
アリシアは走った。そして、森の中、先程と同じように本を読んでいるサライの前できれてしまった息を整えた。
「どうしました？シア。」
「あの、あのッ！」
一度、そこで言葉が詰まったが、アリシアは勇気を振り絞って言った。
「サライさんッ！サライさんは馬に乗れますか！」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
メイシアが王子に追いついたのはサランを出てからしばらく行った街道だった。
「王子！」
馬から降りて駆け寄ると、王子は腰に手をやってむくれていた。
「遅い！」
「は？・・・といいますと、王子はクリフト様とアリーナ様が私を王子の護衛としてつけることをご存知だったのですか。」
メイシアがそういうと、クライスはぽり、と頭を掻いた。
「何だよ？それ。そんなこと初耳だ！…なあんだ、父上も母上も許すっていうなら素直に送り出してくれればいいのに。」
「・・・立場上、そうもできないのはお判りでしょうに。それより、それならば何故私が追ってくると思っていたのです。」
「いや、逃げればメイシアが追っかけてくるって当たり前だし。」
「・・・私からすれば、王子が私から逃げないというのが不思議ですが。」
クライスは笑った。
「いや、城に連れ戻すっていうなら今からでも逃げるけど。・・・なんかさ、メイシア、今日、お見合いするって聞いたから。ちょっと前からこう、なんか顔が強張ってたよね。でも、メイシア、真面目だから、お見合いせずに断るなんてしないだろうし、会っちゃったら会っちゃったで、会った人の気持ちとか考え始めてずるずると考え続けて、普段頑固な癖に優柔不断なところもあるからそのままお嫁にってこともあるかなーって。僕をおっかけてくればひとまず頭も冷えるだろ？騎士のこととか僕はまだよくわからないけれど、あまり深刻に考えない方がいいんじゃないかな。メイシアはメイシアなんだし。僕が王子だけど僕だってのと同じだよ？」
メイシアは、この無鉄砲王子に気遣われたと判って恥じ入った。自分はそれほど見合い話1つで悶々としていたのだろうか。
「・・・メイシア、わかった？」
「はい、ご心配をおかけしました。」
クライスはにぱあ、と笑う。
「それじゃ、帰っていいよ！」
メイシアは目を見開き、自分より少し背の低い王子に上から怒鳴った。
「その言い草はなんですか！私はアリーナ様とクリフト様より命を受けた身！最後まできっちりと護衛させていただきます！王子の無鉄砲さはこの私が世界で一番存じております。そんな王子を野放し、いや、一人旅させるわけには参りません！」
「えー、・・・・・・うざったい・・・・」
「何か仰いましたか!?」
「いや、いや！おおおおおお！あそこに魔物がｖｖｖ！」
平和になった世界にもまだ魔物は生息している。クライスは喜び勇んで鉄の爪を振りかざしてサソリの形をした魔物に打ちかかっていった。
カキーン
魔物の皮膚は鉄の爪の攻撃を跳ね返した！メイシアが前に出る。
「王子！下がっていて下さい！」
その声に従わなかったクライスは、魔物の尻尾の一撃を受けていた。メイシアが間に入って剣を振り下ろしたが、魔物は大してダメージを受けていない。一人だけならともかくも、毒を受けたらしい朦朧としたクライスを横にどう戦う？急所は！？どうすればいい!?
焦る彼女の耳に、落ち着いた呪文の詠唱が聞こえてきた。
「炎よ、我が導きによりて、この場に来たれ！」
炎の奔流が魔物を包み、それが収まると黒焦げの死骸が残っているばかりだった。
サライが馬から降り、アリシアを抱え下ろすと、王女はすぐに兄の元に走って傷に手をかざした。傷はみるみるうちに塞がっていき、毒のせいで青黒くなっていた皮膚ももとの色に戻った。
「あなたは？何故ここに。」
メイシアはサライに尋ねると、青年は首を傾げた。
「それが、私にもよくわからないのです。シアが私のところに『馬に乗せて欲しい』とやってきまして、そうしましたら、何故かこともあろうにアリーナ様が、『エンドールに向かう道のどこかに武闘家姿の少年と金髪の女性剣士がいるはずなので、シアを伴ってその二人と共に旅をして欲しい』と…あまりのことに棒立ちになっていましたら、さらにブライ様までがいらして同じことを頼まれ…あ、あのぉ、あちらの少年はシアのお兄さんだということはわかっているのですが、あなたはいったいどなたなのでしょうか。」
「私は・・・」
と、すっとアリシアがメイシアの隣に並んだ。
「お兄様と私、エンドールの親戚を訪ねていくところなんです。こちらの方は騎士でいらして、私達のお姉さまのような方です。お父様が騎士団長でいらして、アリーナ様やブライ様とも懇意な偉い方なのです。」
それはそれは、とサライはすっと跪いた。と、クライスがやってきて、なんだか面白くなさそうにサライを見ると、こう言った。
「ええっと、因みに僕とアリシアは王・・・ぐえ」
魔道士の杖の宝玉を腹に受け、クライスはその場に蹲った。
「あらあらお兄様ってば、どうなさったのかしら。」
にこやかな妹の微笑を見、王子はひきつった笑いを浮かべた。両親は信じないだろうが、クライスの天敵はメイシアではなくこの控えめな妹なのだ。
「私は魔道士学校に所属しております、サライと申します。以降、よろしくお願いします。武器は扱えませんが、魔法は一通り習得しておりますので、何かありましたらお申しつけくださいね。」
「こちらこそ。私は魔力を持たぬゆえ、先程のような魔物が出たらサライ殿だけが頼みとなることでしょう。」
「はい。それでは参りましょうか。」
遠い日に、彼らの両親が辿った道、彼らの友人の縁者が集い、新たな冒険が始まった。古の旅よりもそれは気楽な旅ではあるけれど、双子にとっては見るもの全てが新しい旅。遠くエンドールに向かって二人は意気揚々と旅立っていった。
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