| ８時の女 |
「マーニャ！君はなんて素敵なんだろう。その輝く瞳、しなやかな肢体、そして火の精の申し子のような情熱的な踊り!!」 マーニャの足元には金髪碧眼の絵に描いたような美青年王子が豪奢な装束に身を包んで跪いていた。彼が動くたびに身につけた金の装身具がキラキラと輝き、口元から覗く白い歯もきらーん、と光を発する。 「あら〜、なんて本当のことばっかり言ってくれるのかしら〜ｖｖでも嬉しいわぁ。」 王子はマーニャのサンダルから覗く、マニキュアをした親指の爪にそっと口付けた。 「どうか私の后になって下さい!!そして、あれは全てあなたのものだ！」 王子が立ち上がりマントを翻しつつ右手を示すと、そこには宝石をちりばめた金銀財宝が山と積まれていた。 「うふふ、素敵なお宝ね〜、うーん、どうしようかしらぁ。」 「それではあちらをご覧下さい！」 左手を示すと、そこにはたくさんの樽と、いかにも年代物で高価そうなぶどう酒の瓶が！ 「きゃーｖ美味しそう〜ｖ」 姉さん…… どこか遠くのほうから誰かよく知っている人間の声が聞こえたような気がしたが、なぁに、知ったこっちゃあない。 「でもー。あたし、引く手あまたなのよね〜ｖ」 「それでは!!どうぞ振り向いてご覧下さい!!」 マーニャが後ろを振り向くと、そこには星空の中に浮かび上がる魔法の明かりをそこここにともらせた巨大なカジノが!! 「キャー！素敵!!なるわなるわなるわ、あたし、お后になっちゃうわ!!」 姉さん…… 「何よ、誰だか知らないけど、うるさいわね。さ、それじゃ早速結婚式よ！」 「では、誓いのキスを……」 マーニャは王子の肩に手をかけうっとりと唇を近づける。 「姉さんッ!!」 今度ははっきり目が覚めた。枕元ではミネアがマーニャの頭をポカンと一つ叩いた姿勢のままでプンプン怒っており、目の前では勇者アレクがマーニャに両肩を掴まれて真っ赤になっている。 「ふにゃー……あれー……さっきまで、ここにとってもいい男がいたはず……」 硬直を続けるアレクの横でミネアが叫ぶ。 「姉さん！何時だと思ってるの。もうお日様はとうに昇っているわ。いい加減に起きて頂戴！」 マーニャは目をこすり、大きく開けられた宿の鎧戸を見る。確かに随分と寝てしまったらしい。 「御免ねぇ〜。」 「私にだけ謝らないで頂戴。みんな、姉さんが起きるのを待って…」 ぎゃんぎゃんと騒ぐミネアを他所に、ベッドに起き上がったマーニャはアレクの顎に手をやってにっこり笑った。 「御免ねぇ〜、夢の中の男もなかなかだったけど、アレクだってとってもイイ男よｖお・は・よ・う」 そう言って頬にキスする。 「姉さん！！！」 マーニャの寝坊は今日に始まったことではない。ありていに言って、自力で起きたことなどほとんどない。しかし、こうして皆で旅をしている限り、そうそう困ることはない。実際、どうしてもマーニャを起こしたければ、アレクが「覚醒」の呪文を唱えれば事足りる。ミネアがぶつぶつ言いながら姉を起こして叱るのは、レクリエーションのようなものなのだ。 仲間達は朝食を始めるのを待ってくれていた。ちょっとだけばつが悪そうにして席についたマーニャの横に、むっとしたミネアが座る。そんな中、アリーナはマーニャとクリフトを見比べるようにキョロキョロした後楽しそうに言った。 「ねえ、マーニャさんは『８時の女』ってことになるかしら！」 「え？何？あたしが何ですって？」 マーニャが尋ねると、トルネコがくすくす笑いながら解説した。いつも朝日の昇る前に早起きするクリフトが今日は朝の祈りをしに階下に下りるとき荷物に蹴躓いて物凄い物音をたて、同室のブライを起こしてしまったのだそうだ。ブライはブツブツと文句を言った挙句、クリフトに『午前４時の男』という渾名をつけたのだった。クリフトはため息をつく。 「爺さま、起こしてしまったのは謝りますが、躓いたのは不可抗力です。『４時の男』なんてなんだかとっても怪しげな名前じゃないですか。止めて下さい。」 マーニャは腕組みをする。 「馬鹿神官が『４時の男』であたしが『８時の女』？」 クリフトは肩をそびやかした。マーニャは機嫌を悪くするとキイキイ煩くわめいて、それを咎めるミネアと喧嘩を始めるか、自分をいじって遊ぶかだ。クリフトと並べられた今の場合、後者のような気がする。しかし、マーニャは意外にも機嫌よく面白そうに笑った。 「馬鹿神官が『４時』で、あたしが『８時』。ま、似合ってるかもね。でも、『８時の女』ってあたしに渾名を付けたら、起床時刻じゃなくって別の何かを思い浮かべるんじゃない？そうねー。モンバーバラだったら、一回目のステージが８時、とか。尤も、実際は初回のステージは８時じゃなかったけどね。何か通り名が付くって嫌なことじゃないわ。むしろ客商売のあたしたちにとっては名誉なことよ。なんか響きもいいじゃない？『８時の女』って。」 マーニャが騒がないでいることにミネアは驚く。そう言ってみるとマーニャは笑った。 「ふふ、だってね、あたしはずうっと前からこのパーティーでは『８時の女』なんだから」 起床時間以外でも８時？首を捻る仲間達の中で、マーニャは微笑みながらパンにチーズを乗せて頬張った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 強大な悪魔族が勇者一行の前を塞ぐように現れた。ウロコの生えた蝙蝠羽がかすかに羽ばたくだけで、大きな空気の動きが勇者達を襲う。更に、悪魔族の僕(しもべ)の子鬼達がわらわらと現れて素早い動きで翻弄する。 「やあっ!」 アレクが斬りかかるが、剣は堅いウロコに阻まれ、ダメージが与えられない。アリーナの鉄の爪も、ライアンの剛剣すらも悪魔族の表皮はことごとく弾き返した。前衛の仲間達の苦境にマーニャが反応する。 「精霊よ！」 アレクの苦戦を視界に捕らえたマーニャが片腕を天へと伸ばし、呼びかける。 「汝の光もて、邪悪なる敵の守りを奪いたまえ!!」 モンスターの体を一瞬光が取り巻き…… 「たあッ!!」 間髪入れずに打ちかかっていったアレクの剣の一閃は今度はモンスターを傷つけることができるようになっていた。悪魔族はすう、と大きく息をすうと、毒の息を吐き出した。毒霧は奔流となってマーニャに襲い掛かり彼女の姿を一瞬かすませた。 「姉さんッ!!」 ミネアが悲鳴のような声をあげる。マーニャは不敵に笑う。毒で四肢が痺れ、胃が裏返って口から出てきそうな気持ちの悪さと悪寒がわきあがってくる。このまま毒が体に浸透していったら倒れる。目がかすむ。喉が焼け付くように痛む。しかし、彼女は泣き言をいわず、褐色のしなやかな足でしっかりと立ったまま、悪態をつく。 「馬鹿神官、何やってるのよ！毒を抜きなさい、毒を！ぐずぐずしてたら、キスしちゃうわよ!!」 アレクを中心としてマーニャと左右対称の位置にいるクリフトはマーニャの声を耳にしてすぐに解毒の呪文を唱える。それと同時にアレクの真後ろ、マーニャの右にいるミネアから回復魔法が飛ぶ。一瞬の後にマーニャの体から毒が消え、毒で奪われた生命力が蘇っていく。 と、子鬼がライアンの脇をすり抜け、マーニャの前へと踊りこんできた。マーニャは右手に持っていた鉄の扇を左手に持ち替えて子鬼のこめかみを打ち据えた。急所を攻撃された子鬼はその場に倒れて絶命する。 「マーニャさん!!」 アレクが心配し、首を後ろに巡らす。 「勇者ちゃん！振り向く余裕があるんなら、早いとこそいつをやっつけなさいよ!!あなたの持ち場は後ろじゃないわ！ そう、今居る場所が彼女の持ち場、彼女の居るべき所。 三人の物理攻撃に長けた仲間は前に居る。リーダーのアレクはいつも前方中心にいる。彼の向いている向きが、この集団の進むべき道。つまりは12時の向き。クリフトは４時の位置。右手で剣を構え、前から足元を攻めてくる子鬼を打ち据える。 （そうそう、馬鹿神官、あんたの位置はその位置だわ。右から雑魚がまわりこんできたら、剣を抜いて、そうでなかったら、呪文を唱えて。ミネア、あんたはそこよ！皆の状況を見据えて存分に魔法を唱えなさい。あんたのとこに敵を寄せ付けはしない……前に居る三人やクリフトやあたしがあんたの周りを固めて守ってあげるから。 そう、あたしの場所はここ。アレクの左斜め後ろ、「８時」の位置から呪文を唱え、雑魚はこの鉄の扇で打ち据える。この場所は誰にも代われない。だってあたしたちの中には『左利き』がいないのだもの。左側からやってきたモンスターを、武器を左手に持ち替えて屠ることができるのはあたしだけ。……右手も左手と同じように使えるように、扇や、時には模造の剣を手にして左右の差なく踊れるようにだいぶ修練を積んだのだもの。左より右が器用とはいえ、左側面をこの扇で時にはガードし時には攻め込む。 このポジションはあたしの場所。 誰にだって譲らない。絶対にここから退きはしない！) 「さあ、かかっておいで！……親愛なる炎の精霊よ！我が元に集いて紅蓮の炎を生み出したまえ!!」 特大級の火球を掌に宿らせモンスターへと投げつけたマーニャは、モンバーバラ大劇場の舞台上でポーズをとるときのように、嫣然と微笑んでいた。 |
| ８周年コラボ企画第一弾です。 でもって、お約束通り、といいますか、全く甘くない少々殺伐とした文章とあいなりました(アイヤー！)あ、甘いのはきっとペコさんがすべて担って下さるに違いない!!助け合いって素敵！コラボ万歳(←コラコラ) クリアリＡｔｏＺでも扱ったことのある「バトルフォーメーションの話」。○○時の位置、というとあまりドラクエにはなじまないかもしれませんがあえて。 ……ひとまず８個のお題すべて書き上げるまでには、もう少しほのぼのと甘くなるよう努力いたしますッ!! |