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サランの城下はちょっとしたお祭騒ぎだった。アリーナの父……つまりはサントハイムのライル王の在位20周年が今日であり、露店が立ち並び、何組かの旅芸人も街で興行を行っている。勇者が魔王を倒してまだ一年ちょっと。国力は完全には回復していない。隣国のエンドール王とは違って派手なことがあまり好きではないライル国王は、祭よりサランに復興助成を行うことを第一とし、今回の城下の賑わいも国民が祝ってくれていることを嬉しく思うだけで、城の中はいたって静かなものだった。
とはいうものの、対外的に何もせぬわけには済むはずもなく、近隣の王侯貴族を招待して小さな宴が持たれ、その後は『永遠の腐れ縁』と互いに言いあって止まないエンドール王とライルは私室で酒を酌み交わしているところだ。
私室に戻ったブライは、アリーナとクリフトに出迎えられた。ブライはどっかと椅子に腰を下ろす。
「じいさま、お疲れでした。」
「ああ、疲れたわい。クリフトよ、肩を揉んでくれんか。お前の手は肩もみにかけてはまっことゴッドハンドだからのぉ。」
クリフトが言われるままに肩揉みを始めるとブライはふーっと息をついた。
「貴族や大臣連中の前では折角の料理の味もわからんかったぞ。」
アリーナはテーブルの上の大皿を示すと、その上にかけてあった布巾をさっと取った。
「そうじゃないかなって思って、ミランダおばさんから今日のデザートの余りを貰って来たの。ちょっと形が崩れちゃった奴とか、余っちゃった奴とか。」
「ええ、甘いもの好きのじいさまにとっては、宴のデザートにほんのちょっとついているくらいの量では満足なさらないでしょうしね。」
うむぅ、とブライはため息をつく。反論してやりたいところだが、クリフトの言うことは真実だから仕方ない。ブライは早速小さなタルトをひとつつまんで口の中に入れた。
「こうしてのんびり姫さまたちとお茶をしているのが一番気楽でいいですわい。」
机の上に頬杖をついたアリーナが首を傾げる。
「あら、じいだったらお父様と一緒が一番いいのじゃないの？お父様が小さな頃からじいは教育係として傍にいたのでしょう。」
ブライはもう1つタルトを口に入れ、懐かしむように天井を見上げた。確かに恐ろしく長い付き合いだ。国王即位から20年。それ以前に15年は付き合っている。少年の頃、いや、今も本質はそうなのだが、ライルは…ライルは……
思わずアリーナを睨む。
アリーナにそっくりな手の付けられぬおてんば、いや王子におてんばはないか、王子は、腕白であった。まだ若かったブライをありとあらゆる悪戯で翻弄し、城から逃亡し、そのたびにブライが大臣から叱責され……アレはいつだったか。怒りに我を忘れて本気中の本気でライルに特大級の炎魔法を放ったのは？見事に髪が焼け焦げて、それから一週間はおとなしくしていてくれたものの(←火傷で唸っていたためおとなしくしている他なかったという説もある)それからまた輪をかけた腕白振りを発揮し、勝手に武者修行の旅に出かけ、ブライもつき合わされ……７度死に掛け、ディルトが救助に来てくれなかったら、そのうち２度は本当に死んでいただろう。それでもライル王子は豪快に笑い。
『悪い悪い、もっともっと修行して、こんなことがないようにするからな!!それまでもう少し待ってくれブライ!!じゃ、次の冒険に行くぜ!!』……あの笑顔は今思えばまさに悪夢のようであった。
「……いや、あんなことは金輪際もう御免ですな。」
え？あんなことって何？とアリーナはいいつつタルトを頬張り、肩を揉み終ったクリフトは、姫さま、頬杖をついたまま物を食べてはいけませんと叱った。
「……陛下は王子であった頃は無軌道な方でいらっしゃいましたが、即位してからは、すっかり落ち着かれて名君となられた。……人は変わるものですな。即位直前までの陛下を知るものといたしましては本当に同一人物とは思えませなんだ。勿論、変わられたのは即位した、ということより、お后様を迎えられたのがその理由と爺は踏んでおりますがな。さて。」
ブライがアリーナの方を向き、王女はぴく、と肩をそびやかす。こんなとき、ブライはアリーナにお説教をするのが常だ。
「さて、アリーナ様。アリーナ様も20年たちました暁にはいまよりずっと落ち着かれて、立派な女王となっていらっしゃることを爺は強く願っておりますぞ。」
また女王になる話か、とアリーナは少しむくれる。そしてこう言った。
「立派な女王になっているかどうかはわからないけれど、20年後といえば私ももう30代後半。そのくらいの年だったら、当然世界一の武闘家になっていなくてはね!!」
ブライとクリフトが剣呑な瞳でアリーナを見つめる。
「「……姫様」」
視線の挟み撃ちにあったアリーナは口を引き結ぶ。
「無論、世界一になったからといって慢心してはいけないわ。……体力の頂点は過ぎても、人は武術家としては成長できるとロン先生はおっしゃったわ。……20年後でも私は毎日修行を続けているつもり！前の日より次の日にもっと強くなっているように!!」
「アリーナ様!!またそのようなことを!!40前ともなれば、お子様もかなり大きく成長なさっている筈。それで修行など!!」
「？？？？？お子様？誰の？」
ブライはゴン、とテーブルに頭を打ち付けた。
「ご自身のですじゃ!!」
アリーナは髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「えー？」
「姫様とて、結婚なさるでしょうが!!当然の成り行きとしてお子様がお生まれになるでしょうが!!宜しいですか、アリーナ様は陛下のひとり子。婿殿を迎えねばサントハイムの血筋はそこで絶えてしまいますぞッ!!」
「？？相手がいないわよ？？」
「それにつきましては、不肖、このクリフトも婿殿探しをお手伝いさせていただきます。……姫さま、いいですか、そもそも結婚とは神様に祝福された男女が……」
「あー、もう、煩い煩い!!あのね、クリフト。私のことをどうこう言うより、自分が20年後に何をしているか考えたら？」
クリフトは言われた通りに胸に手をあてて真剣に考えた。
「……20年後は私も40代前半。それまでには聖地への巡礼の旅を……」
「却下。」
瞬時にアリーナに否定され、クリフトは前にのめる。
「何故ですッ!!」
「だってクリフトは私の相談役でしょう。聖地への巡礼は、完全に引退してからの楽しみに取っておくといいわ。」
「……ならば、子供達に読み書きを教え、後進の神官達と共に聖典を学び……」
「クリフトよ、それでは今お前さんがやっていることとなんら変わらんぞ。」
クリフトは尚も考え、にっこりと自然に笑う。
「それでは、私は姫さまのお子様方の傍仕えとして尽力したいと思います。……正直不安が大きいですが。いくら聡明な婿殿が見つかったとしても、姫さまのことです。黙っていたらお子様達がやっと歩くようになったくらいから武術の特訓を施し、王子様でも王女様でも周りの迷惑顧みず猪突猛進破壊力だけ抜群の方々に育てないとも限りません。……いえ、そこらへんの危険性は私が身をもってよく知っております！姫さまの傍仕えであった経験を生かし、微力ながらじいさまに引き続き二代にわたってお仕えするのも何か使命といいますが、醍醐味を感じます！！はっ！それこそが神に与えられた天命、私の仕事なのかもしれません。」
ブライがポカっとクリフトの頭を殴った。
「……前々から思うておるのだが、お前さんは本気でそう思っておるのか？」
「？？？？？はあ。物凄く本気ですが。神かけて……姫さまの相談役という身分が一生継続するのであれば……私は姫さまと姫様のご家族をずっとずっと見守っていきますよ。」
あああ、姫さまといい、クリフトといい……とぶつくさいい始めたブライにアリーナは訊く。
「ブライこそ、20年後は何をしているつもり？」
ブライは言葉に詰まった。自分はもう70近い。20年後には生きていたとしても、90を前にした老いぼれだ。そして、この世界、90歳を無事に迎えられる者は限りなく少ない。生きてはいても、杖なしでは満足に歩くこともできない者が殆どだ。それをアリーナは判って訊ねているのか。
アリーナは続ける。
「20年たってもまだブライは90にもならないわ。……私知っているのよ。魔道を極めた魔法使いは驚くほど長生きするって。魔道の塔の図書室で読んだの。魔道の始祖と呼ばれるマーリンは200歳まで生きたというし、120まで生きた魔道士たちはざくざく居るのよね。しかも、天寿を全うするその日まで頭脳明晰で魔力は衰えなかったというじゃない。足腰が弱くなっても、魔道で補完できるっていうし。ブライは私達と一緒に魔王を倒したのよ。マーリンよりもきっと長生きするわ。それに……ブライは本に出てきたどんな魔道士よりもしぶとそうじゃない??」
ブライはぽかんと口をあけた。勉強嫌いのアリーナが魔道の塔の図書室にまで足を運んでいたことに驚いたのだ。アリーナは話し続ける。それはすべて高齢の魔道士の話であった。……ブライは確信する。アリーナは何かを調べるついでにマーリン達のことにぶつかったのではない。明らかに高齢まで生き続けた魔道士たちのことを調べに行ったのだ。……それはきっとブライのことを思ってのことに違いない。ブライは目が熱くなる。優しいお子じゃ。本当に優しいお子じゃ、と。
「だから……」
アリーナはにっこり笑う。
「また三人で冒険に行きましょう♪」
ブライとクリフトが同時にテーブル面に額をぶつけた。
そこかい!?
「あー、じいはもう御免ですじゃ！たとえ今より元気な状態で20年後を迎えられたとしても、もう姫様のお守り役はこりごりですじゃ！･･････クリフト、姫様のお子様の教育はわしがする。三代にお仕えする醍醐味、味わわせろ。……姫様のお付きは全面的にお前に任せる。」
「そんな！じいさま、私の20年後の計画を全面否定しないで下さい。」
「ええい！こういうときには年長者の言うことをきくものじゃ!!」
「そうはいってもこういうことだけは譲れません!!」
口角泡を飛ばして言い合う二人を前に、アリーナはタルトをゆっくりと味わい微笑む。
ブライのことが心配で、図書室に調べにまでいったけれど……ブライは大丈夫そう。……大丈夫よね、ブライ。ううん、絶対大丈夫よ!!
自分が結婚するのか子供まで居るのか女王になるのかはわからないけれど、三人で小さな冒険をすることだけは決まっている。
だって夢ではっきり見たのだもの。
サントハイムの王族に伝わる予知夢の力でアリーナは確かに見たのだ。そのことを二人に告げるべきかどうかを考えながら、怒鳴りあって喉がからからになっているだろう二人のために紅茶をカップにコポコポとたっぷり注いで砂糖を多めに入れた。
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