| 最後の挨拶(5周年記念アンケート更新) |
「だから、俺はその解釈には反対だと言っているだろうが!!」 そう大きな声ではない。しかし、語気荒く、鋭い物言いに、舞台の袖で照明の具合を確認していたまだ若いスタッフはびくっとして肩をそびやかした。 舞台上に居るのは二人の青年。ゲネプロのため、一般人と変わりないラフな服を着ているが、その顔を見ただけで、彼らが世界的に有名な音楽家、ヴァイオリニストの月森 蓮 とピアニストの土浦 梁太郎であることは、そこそこの造詣しかないこのスタッフにもわかった。 月森が星奏学院大学の２年次から始めたミニコンサートは、彼が卒業すると同時に著名なホールへと会場を移し、月森が海外留学から帰ってすぐの今回で、はや５年目を迎える。 土浦は、月森を睨みつけながら更に言葉を続けた。 「この前に合わせたときにも俺の意見は伝えたはずだ。コンサートを明日に控えて今更、とは思うが、この部分へのこだわりは捨てられない。」 月森は、氷のような瞳で睨み返し、土浦よりも静かに、しかし冷たい声で答えた。 「俺も言ったはずだ。音楽的にそれは承服しかねると。和音の移行、楽曲の形式、どちらから考えても、その奏法はここでは成り立たない。」 「……月森。俺とてお前の言う音楽理論がわからんわけじゃない。しかし、お前、いや、……俺達、といって良いのか？……とにかく演奏者はこの部分で何を表現しようとしている？それについてはお前と意見の一致を見たと思ったが。ならば、俺の言いたいこともわかるだろう。」 「作曲者の意図を捻じ曲げてまでの自由な解釈はよほどのことがなければ認めたくないと俺は言っているのだ。」 ピアノの椅子から伸び上がるようにしている土浦に、ヴァイオリンを持ったまま、上半身を傾けている月森。まさに“噛み付こうとしている”といった図だ。 うわああ、凄いものをみちまったな、とスタッフは機械室の方へと退散しながら、それでもちらっと最後に二人を視野に入れた。 （……あれほど犬猿の仲なのに、何故彼らは二人でジョイントコンサートをするんだろうなあ。） このスタッフの呟きは、多くの音楽ファンが心の中で思っていることであった。 共に、素晴らしい演奏家であるが、二人の持っている音楽の色はかなり違う。しかし、月森は、コンサートをするときには、必ず伴奏者として土浦を伴い、土浦の都合がつかないときにはコンサートの企画そのものを諦めたことすらある。土浦も、本来は伴奏者という立場に不服を唱えてもよい腕の持ち主なのにそれをしない。そして……驚くべきことに、あの、世界的コンクールで優勝した月森が、二人の合同コンサートでは、土浦のピアノの陰の役目に回ることまでするのだ！ヴァイオリンとピアノ。星奏学院の卒業生がオリジナルで二人のためににと書き上げた、二つの楽器が完全に対等に主張し合うデュオの曲をコンサートで彼らは見事に弾きあげる。 第一部が、土浦のピアノソロ。第二部が、土浦の伴奏による月森のヴァイオリンコンサート、第三部が、デュオである。 そのデュオのリハーサルでは、今回スタッフが見たような険悪な光景を多くの音楽関係者が目撃していた。 笑顔の欠片も存在しない練習光景……緊迫した……気の抜けない……激しくぶつかり合う…… ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そんな彼らの表情は本番でも変わらなかった。にこりともせず超絶技巧を奮う月森と、彼のフレージングに合わせながらもはっきりと自己主張をするピアノ。 しかし、その二つの音楽は分離しているものではない。時にせめぎあっているようにみえても、その音楽は融け合い、激しさ、悲しみ、喜び、そして複雑な感情を、綾織の糸が巧みに織り込まれていくように音楽で語っていく。ヴァイオリンの奏でる小さなニュアンスにピアノのタッチが反応し、土浦の肩が示す小さな合図を見逃すことなく受け取った月森が思い切りよくロングトーンに飛び込む。アルペジオをプレストで弾きあげるピアノが終わると同時に、ピアニシモで土浦と同じ音型で最高音まで駆け上がる。ユニゾンのスフォルツァンド。そのまま減衰するピアノの音が耳に聞こえなくなりかけたとき、それをひきとった月森がうねるようなフレージングで次の主題へと音楽をつなげていく…… 最後の一音の響きが完全に消えるまで、観客席は物音一つしなかった。そして…… 「ブラヴォー！」 声が上がり、観客が一人起立する。いや、あちらでも、こちらでも！割れんばかりの嵐のような拍手の中、ヴァイオリニストとピアニストは深々と一礼し土浦は月森に向かって、月森は土浦に向かって相手を賞賛するような動作をした。……にも関わらず、彼らは仏頂面のままだった。……互いを評価していないわけではない。むしろ、動作の通りに賛辞を心から送っている。しかし、星奏学院２年のときに出遭って以来、長くにわたって仏頂面を続けた結果、それが二人の間でのごく普通の表情になっていた。 一度舞台上から袖に引き上げた二人を、先ほどの演奏に酔い、アンコールを求める衰えることの知らない大音量の拍手が引っ張り出した。最初に月森、少し間を空けて土浦が上手から現れ、背筋を伸ばしてきびきびと舞台中央まで歩き、一礼すると、観客席は一気に、しん、と静まり返る。 月森がヴァイオリンを構え、顎を乗せ、脚の位置を決める。土浦は両手を組み合わせ、手首を軽く回してから鍵盤に指を乗せる。 (今日は二階席の一番前、右の方から聴いてるね！) 毎回律儀に自腹を切って聴きに来てくれる、共通の大切な大切な友人の方へと、二人揃って(あくまでほんの一瞬、しかしはっきりと！)目を上げ、それから視線を観客席の中央に戻す。 月森が準備ができたことを目で告げる。 土浦は了解し、目で返す。 そして二人は幽かに微笑み、土浦の長い指がゆったりと前奏を弾き始める。 エルガー作曲「愛の挨拶」。 アンコール曲は二人のコンサートではいつもこの曲だ。一流の演奏者がアンコール曲とするにはあまりに平易な曲。技巧を見せ付ける見せ場のない曲。それでも、観客達はこの曲を楽しみに待っていた。……正規プログラムのどの曲にもない何かが彼らのアンコール演奏にはあったから。 演奏が終わり、また拍手が沸き起こった。 立ち上がり、ピアノを挟んで差し出された土浦の手を、月森は歩み寄ってしっかりと握った。二人の顔に浮かんでいたのは、この上もなく幸福そうな笑顔であった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 暫くして、共に練習する二人のもとに、大きな封筒が届いた。差出人は天羽 菜美。高校時代の知り合いで、今は出版社で音楽雑誌担当のカメラマン助手となり、自身も少数ながら写真を載せてもらえるまでになっている。封筒を開けると、そこにはまた封筒が入っており、その封筒に天羽の手紙が貼り付けてあった。 「何故貼り付けてあるんだ？」 「さあ、彼女は、手紙を読む前に封筒を開けて欲しくはないらしいな。」 不審な顔で便箋を覗き込む二人の目に天羽の字が飛び込んでくる。 “は〜い、ご無沙汰！っていっても、私はこの間のコンサートをバッチリ聴いてたんだけどね。今回のコンサートも良かったよ！私は難しいことはわからないけれど、大感動！批評家のセンセイたちも辛口ではあるけれど、物凄く評価してたしね。早速だけど、今日はお願いがあって、お便りしました。” 「……“お願い”か。何だか嫌な予感がするぞ。」 土浦が声に出して言うと、月森も深く頷いた。 “コンサート前の約束では、雑誌に載せる舞台写真は月森君単独とつっちー単独のが１枚ずつ、デュオの演奏中の写真が１枚ってことだったけど、実はあと１枚どうしても載せたくて……それがね、アンコール曲が終わったときに、私が撮らせてもらった奴で、いや〜、我ながら凄く出来が良くって。編集長も見せるなり『これを絶対に載せろ!!どんな手を使ってでも二人から許可を取れ』ですって。だからとにかく見て貰える？はい〜、ここで封筒を開けて!” 書かれた通りに封筒を開け、出てきた写真を見て二人は言葉を失った。 「……俺たちは、……こんなにふやけた笑顔をしてたのか!?っていうか、月森、お前、こんな風に笑えたのか!?」 「それはこちらが言う台詞だ!!無意識の行動だ！自分が笑っていたことに今初めて気付いたぞ！……それに……これではまるで俺達が仲が良いように見える。」 「……まさにな。……断固、掲載拒否だ!!それでいいな！月森！」 「珍しいことだが、今回に限って貴様の意見に全面的に賛成だ。」 「うむ、じゃ、すぐに天羽に連絡をとって……」 二人は手紙に目を戻した。 “ねッ！凄く素敵な笑顔でしょう？香穂子に見せたら、大喜びで、今から雑誌が出るのが楽しみだって！二冊買って一冊は永久保存版にするっておおはしゃぎ。二人の笑顔、全国の人に見て貰いたいんだそうよ。つっちーも月森君も、笑顔が一番素敵、あ、香穂子がそう言ってたの。いや〜、本当にこれはベストショットだわ。ブロマイドにしてもすっごく売れると思うわよ” 「……日野が……」 「…………」 今回は天羽の勝ちだ。二人はがっくりと項垂れ、同封されていた同意書の“掲載可”という部分にペンで大きく○をつけたのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それからも、彼ら二人のアンコール曲は変わらない。最後に二人が無意識に交わしてしまう笑顔も。 そして彼らは知らない。コンサートの最後に演奏されるこの曲、初めこそ彼らの大切な友人に対して演奏されていたこの小さな愛らしい曲こそが、正規プログラムの感動を更に確固としたものとして、また、笑顔と共に優しく導く手となって年若い少年少女の観客を音楽の庭に誘う力となっていることを。 ……演奏者としての力量が遥かに劣っていた一人の少女が、月森と土浦を新たな音楽の地平へと誘ってくれたように…… |
| サイト５周年記念アンケートでいただいたリク「R＆L」です。コルダサイト様を巡ってみてこういうR＆Lはあまり見当たらなかったので、肩透かしを食らわせてしまいましたらどうもすみません。 (いや、確実に食らわせてますよね、ご免なさいッ!<(_ _)>)ネオロマンスなのにロマンスの欠片もないッ!! ゲーム内でことごとく対立する月森と土浦ですが、「あれだけ真っ向から真面目に対立できる」ならば、音楽の上でのベストコンビにもなれるのではないか、というのが我が家設定です。 それにしても「二人でにっこり笑いあう月森と土浦のブロマイド」……見てみたい……でもなんとなく怖いです…… |