看板のおはなし
| 宇宙戦艦ギャラクティックジョーズ。 近頃とんと、本当に「戦艦」なのかどうかわからなくなってきているが、ひとまずそういうことにしておこう。 その「戦艦」の中をこの乗務員100名を越える艦の副官、（そして艦の理性の大部分を一人で担う）ブルーは執務室から自分のキャビンに向かうムービングロード上にいた。 今日も大量の仕事をした。本国から催促されている報告書、ジャパンエリア各地に散ったクルーから送られてきた膨大な量のレポートの処理。・・・・・しかし今日も彼はそれをやり遂げたのだ。その後トレーニングルームで軽く汗を流し、偏頭痛になりそうな神経の疲れは心地よい疲労感に変わった。 「嬉しいな。疲れたな。サンタマリア。」 どこぞの童話の一節が頭に浮かび、ブルーは一度大きく頭を横に振った。・・・・今の仕事に着任後３ヶ月位は毎日のように配置転換を望んでいた。今もこの艦に・・・というかあの司令官の下で身をすり減らし顎を落とし骨を埋めるつもりはないのだが、この生活形態に慣れてしまった自分に彼は怖れを感じた。何も毎日が同じことの繰り返しだというわけではない。・・・・・彼の毎日は一日として同じことがない。毎日のようにとんでもないことが起こり、驚かされ、呆れ、・・・・そして後始末をさせられる。 そういう意味では、今日は航海日誌に特記するようなこともなく本当に平穏な一日だった。部屋に戻り、熱いシャワーを浴びてぐっすり眠ろう。 と、その彼の大きな背中に物資管理責任者が声をかけた。 「副官殿。夜分遅く申し訳ありません。出所不明の宅配便が届きましたので、その処理についてご判断いただきたいと思うのですが。」 ・・・・・・戦艦にどうやって宅配便が来るのか、などと考えてはいけない。彼らは全国津々浦々どこにでもどんなものでも届ける集団である。そして彼らは会社毎に特殊研修所を持ち、その裏手には厳しい訓練についていくことが出来ずに落伍した黒猫やペリカンやカンガルーや飛脚が死屍累々と・・・・いや、これは極秘事項であった。とにかくギャラクティックジョーズにも宅配便は届くのである。 ブルーは、物資管理責任者が肩に担いだ新聞紙で包まれ、ガムテープで巻かれた長さ１メートルほどの板切れのようなものを見て、顔を顰めた。身長が低めの物資管理責任者は思わず首をすくめる。身長１９０ｃｍ超の大男に頭上から睨まれるのはいくら副官が優しい人間だといっても少々怖い。一方ブルーは新聞紙に貼り付けられた送り状を見、ますます難しい顔になった。ジンベエの筆跡ではない。かの指令官ならば水茎のあとも麗しい飾り文字が踊っているはずなのであるが、そこにはミミズののたくったような字で「ぎゃらくてぃっくじょーず さま」と書いてある。 「一応分析装置にもかけましたが、素材は木材で危険物というようなことはなさそうです。しかし・・・・・もしも指令官殿のお荷物でしたら勝手に開封するわけには参りませんし・・・・・・」 ブルーは首を振った。 「それはないと思う。」 そうだ。もしもジンベエが宅配便を頼んでいたのなら、ハッチ周辺で楽しそうにうろうろとしていた筈だ。しかし、どうにもいやな予感がする。そしてブルーの勘はそれが悪いことであるときに限ってよく当たるのである。 「これは私の方で処理して置くことにします。君こそ夜分遅くまでの勤務、ご苦労でした。」 部下への心遣いを忘れない副官であるが、物資管理責任者が行ってしまうと、さっそく手近な作業室にはいって包みを開いた。 ・・・・・・それはまさに板であった。幅は３０cmほど、厚さは３cmほど。かなり古びており、一方の端から５cmほどはいったところに直径２cmほどの穴が開けられている。副官は板をひっくり返し・・・・・・顎をおとした。 そこには 「水島大学剣道部合宿所」 と、いやになるくらいでかでかと書かれていた。 何かの気配がしてブルーは全神経を開け放したままのドア・・・背後に集中させた。これは一人の気配ではない。１，２，３，４・・・・・・２０ ざっと振り向くと、注視していた20羽の仔ペンギンたちは“キャッ！”といってドアの両脇に散った。 副官、苦手なものは多々あるが、このちょこまかと走り回る小さなペンギンたちがかなり苦手である。 （第一、彼らはペンギンではないのではないだろうか。） 部下の一人が熱弁をふるってその存在を力説した大王ペンギンといい、この仔ペンギンといい、不思議な生き物としかいいようがない。 それはともかく、一度散ったペンギンたちは、ブルーが何も言わずに黙っているので、そーっと覗き込んだ。 「君たち。怒らないからここに来て座りなさい。」 ペンギン達は言われるままに部屋に入って副官を中央にして取り囲むようにして座った。・・・・・・実はペンギンたちもブルーのことが少し苦手だったりする。この戦艦のクルーはみんなニコニコ笑顔なのに、この副官だけは何故か仏頂面をしていることが多いためだ。 一方のブルーも40個のつぶらな瞳に見つめられ、背に汗をかいていた。 （某魔道士総帥がこれを見たら「うふッｖあのお方ったら可愛いですわッｖ」などといって口に手をあてて笑うであろう。） もしもペンギン達の目からビームが出ていたら、自分はその焦点にいて焼け死んでいるに違いない。・・・・・そんなわけのわからないことを一瞬考える。 「おお！楽しそうではないか！私もいれてはくれないか！」 場違いに爽やかな声が聞こえた。・・・・・・説明の必要もないが、この艦の艦長であり、司令官でもある ジンベエ フォン シャークスコッチ その人である。 ペンギン達がさっと横にずれるとジンベエはブルーと向き合うように座った。 「水臭いではないか。ハンカチ落としをするのなら一声かけてくれれば20人ほど集めて大規模に挙行したものを。」 おいおい、20羽＋20人でハンカチ落としをするつもりか？ 「ジン様・・・・お座りになって下さい。」 「？・・・・・もうきっかりと座っておるが？」 「・・・・・・・コホン。それはともかく、この看板について何かご存知ではありませんか？」 ジンベエは合宿所看板を見、ポンと手を打った。 「おお！さっそくに作戦を実行したのだな！なかなかの行動力ではないか。」 目を糸のように細くして自慢げな笑顔をみせる仔ペンギンの前にブルーはぬっと顔を突き出した。 「作戦とは何のことですッ！」 「うむ。彼らが『道場破りをして看板をとってきたい』と言ったのでな。道場破りをするには貴公らの剣術の腕はあまりに未熟であると説いて聞かせたのだ。」 ・・・・・・・おお、まともなことを言っているではないか！（←こんなことに「！」マークをつけなければならないことが少し寂しいが・・・） 「しかし、なおも彼らが『看板というものはとても素敵に見えるので、コレクションをしたい。道場破りは無理でも看板だけとってくるわけにはいかないだろうか』と言ったので、それは更にいけない。一方的に取ってくるのは泥棒である。泥棒などする者は私の目指す愛に溢れた世界に住むに値しないと説諭したのだ。」 ・・・・・どうでもいいのだが、仔ペンギン達の言葉をジンベエはどうやって聞いているのであろうか。 「・・・・・ジン様。それがこの看板とどういう繋がりが・・・・」 「まあ、聞け。この国の古来の諺に『慌てる乞食は貰いが少ない』というものがあるぞ。ブルー、貴公は乞食ではないが、慌ててはいかん。・・・・・話を元に戻そう。・・・・彼らは肩を落とし（落とすほどの肩があるのかは不明だが）涙をその瞳に溜め、俯いていた。・・・・・・その真摯な姿を見、私はこういったのだ。・・・・・コレクションをするには代価を払う必要があるのだ。と。私が名刺をコレクションするときには必ず私からも名刺を相手に差し出すのだ、と。貴公らもコレクターの掟にのっとったわざを成せ、と。・・・・・私は彼らの為に彼ら自身の看板を増やしてやった。・・・・彼らは喜び踊った。私も嬉しかった。」 超弩級のいやな予感がブルーを襲った。そこに先程の物資管理責任者が再び現れた。 「副官殿！また宅急便が！」 両肩に担いだ先程と同じ形状の包みがゆうに10本弱・・・・・ 下ろされたそれを嬉しげに取り囲むペンギンと嬉々としてさっそく開封するジンベエ。 「水島第３小学校」 「水島駅事務室」 「水島駅前派出所」 「文化財保存センター」 「怪盗201事件捜査本部」 「警視庁」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「おお、みな、なかなかのものではないか。うむ、これなどなんという美しさだ！さぞかし名のある書家の手によるものであろ。」 「・・・・・・・・・ジン様！」 「ん？」 「『ん？』ではございません！看板が無くなってこれらの建物に勤務する人々が迷惑をこうむるではありませんか！」 ジンベエは不服そうに副官をまっすぐに見た。 「看板は無くなってなどいないが？」 「は？」 「先程言ったではないか。・・・・・・看板は盗ってはおらぬ。交換しただけだ。代わりの看板がかかっている。」 副官の脳裏に、「まいむまいむ部隊参上！ 仔ペンギンず」と書かれた看板がぶら下がっている警視庁の姿が浮かんだ。・・・・・・それは悪夢のように思えた。 「ジン様ッ！」 かなり怒っているらしいブルーの様子にジンベエは腕を組み、ポンと手を一つ打った。 「そうか！これらの看板は縦書き！・・・・・・・彼らの看板は横書きであったッ！な、なんという失策を私はしでかしたのだッ！横書きの看板が縦にぶら下がる姿！美しくないぞ！あまりに醜いではないか！！」 そういうことではないのだが・・・・・・ どうしましょうかと問いかけるような様子の管理責任者。よくわからずはしゃぎまわるペンギン。大げさに悲嘆にくれる司令官。 副官は体の中の全ての空気を吐き出すようなため息をつくと、立ち上がった。・・・・・・・・・熱いシャワーはこれらの看板を元に戻すまでお預けのようである。 |
| 調子にのって書いてしまいました。・・・・・実際、警視庁に看板がかかっているのかどうか定かではありませんが・・・・管理人は仔ペンギンの看板が欲しいです。・・・・・家の表札と交換しにきてくれないでしょうか。 それにしても副官、お約束のとおりに不幸です・・・・・ |