「んんん・・・・！」 目の前に宇宙空間の様子がダイレクトに見渡せる展望室で士官候補生の一人が大きくのびをした。 ここはこの惑星の静止衛星軌道上の最も大きなステーションである。いくつかの重要な教練を終えた候補生たちは惑星地表面に降りるまでの自由時間をのんびりと過ごしていた。 「しかし、ここに来る前は新鮮だった宇宙も、もはや感動が薄れちまったな。見るのも飽きてしまった。」 一人が言うと、数人が頷いた。 「さあて、一杯やるか？今日一日はF級待機だ。羽目をはずさんでどうする。」 「商業区の２−ｂ地区に、可愛い娘の居る店があるぜ。」 「おおっ！どこで仕入れた情報なんだ？」 「女の子か。で、一人だけか？」 「いやいや、俺たち一人につき一人は確実。」 「へえ、そういう店か。」 将来の宇宙軍士官といはいえ、青年である。軍務につけば、無軌道な行動は取れないことを承知している分、遊びへの欲求は強いのかもしれない。・・・・・それに士官候補生となれば、それだけで女への受けはいい。傲慢といわれようが、肩書きを振り回せばあとくされのない綺麗な遊びができる。 じゃあ、さっそく行くか。とソファーから立ち上がった彼らに背を向けている青年が一人だけ居た。仲間たちが飽きたといった星々の散らばる空間を一心に見入っている。 「おい、たまには付き合え・・・・・主席だからといってお高くとまるんじゃない！」 一人が声を荒げるのを別の青年が止めた。 「放っておけ。奴には奴なりの行動原理がある。・・・・・喧嘩を売るのもよせ。あいつは俺たちと違って家系や金の力でここまで来たのではない・・・・・士官になった俺たちの上に立つようになるかもしれんのだぞ。」 押さえられた青年は、ごく、と唾を飲み、頷いた。 主席の青年は、星を見続けていた。 子供の頃から彼は星を見るのが好きだった。 彼は父母の顔を知らない。いや、出自さえわからない。このコンピュータ管理の徹底された社会、DNAを鑑定すれば誰の子かほぼわかるはずであったのに、彼の親は割り出すことができなかった。捨てられていた小さな赤子だった彼を拾って慈しみ育ててくれた老夫婦は、彼が健康に逞しく育ち、やがて群を抜いた実力で幼年学校への道を国家から与えられた時に非常に喜んでくれたが、士官学校に入る前に相次いで亡くなった。 老夫婦に拾われなければ良かったのかもしれない。 そうすれば彼にはまだ孤児院という帰る場所があったであろうから。 老夫婦が亡くなったことによって、彼は士官学校以外の世界との繋がりを喪失していた。 努力し、強靭な精神と肉体を得、頭脳明晰と評価される。それを喜ぶ人は今は無く、それを誇る気持ちや、それによって他者を従属させたいという欲もない。 自分は一体何者なのか。どこから来てどこへ行くのか。求めて得られない答えを、彼は星々の中に求めようとした。宇宙の果てがどうなっているのか、何千年もかかって科学者たちは研究を続けているが答えは得られない。いや、これからも得られることはないだろう。しかし、たしかに宇宙には果てがあるのだ。矮小な一個の人間に過ぎない彼が自分を宇宙と比較するのは失笑ものだと感じていたが、それでも彼は宇宙の向こうに自分が捜すものがあるような気がした。 と、耳障りなブザーが大音量で響き渡った。 「ただ今C級警戒態勢に入りました。このエリアに直接の危険はありません。このエリアに直接の危険はありません。他のエリアへの移動が一部制限されますので、これからの情報をお待ち下さい。」 合成されたおちついた女性の声がスピーカーから流れる。展望室にいた一般客たちはざわざわと不安そうに壁面の情報スクリーンに目をやったが、士官候補生たちは各自が携帯している小型端末を一斉に作動させる。 「貨物区か。・・・・・・ここからかなり離れているな。」 「完全に切り離すだと？一体何が？」 新しい情報が入ってくる。 「！・・・・・よりによってNUL−１３か！しかも１６匹。どこから紛れ込んだんだ！原始的な生物だが、この前の事故では３０人ほど喰われたんじゃ無かったか!?奴の前じゃあまり隔壁も役にたたんぞ！だから切り離すのか！」 「・・・・・気の毒に。エリア内に２０人ほどいるそうだ。・・・・奴に対抗できる特別装備の到着を待っている間に・・・・命がないな。」 彼らがそう小声で話し合っている間に、星を見ていた男はその場から消えていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「通して下さい！」 凶悪な宇宙生物の潜むブロックをステーションから切り離す作業をしていた男たちは、走りこんできた大柄な青年の形相に怯みつつも首を横に振った。 「死ににいくようなものだぞ！」 「シミュレーターで何度か相手にしている敵です！」 保安隊の隊長は士官学校の身分証を差し出す青年を怒鳴りつける。 「シミュレーションと実戦は違う！士官候補生の冒険心に付き合っている暇はない！何でもできるつもりでいるんだろうが、命を粗末にするな！」 青年はギッ、と隊長を睨む。 「あそこにいる人々の命はどうなのですか。」 しばし視線が交錯し、やがて隊長は傍らにあったケースを開けると大型の銃を放って寄越した。 「お前さんのヒートガンだけではいささか心元ないだろう。荷物になるが持っていけ！」 青年はがちゃり、と安全装置を外すと、銃の感触を確かめるようにしっかりと抱えてから背に負い、そして隊長に深々と頭を下げると、切り離し作業中の通路を危険に向かって走り始めた。 隊長は部下に向かって小声で言った。 「覚えて置けよ。・・・・・保安隊風情に敬礼する士官候補生。あれはよっぽどのバカだ。」 背後でがちゃりという切り離し作業の音を聞いた青年は一度止まってこのエリアの構造を端末画面に表示させた。これから先、立ち止まって確認している暇は無いかもしれない。細大漏らさず頭へと叩き込む。 「・・・・・」 腰からヒートガンを抜き、撃つ。 怪物は目が利かない。しかし熱源に対して非常に敏感に反応する。 幽かな振動・・・それが徐々に大きくなり・・・・ 「！」 粘液を皮膚から滴らせた身の丈３メートルの怪物が真っ直ぐに突っ込んでくる！青年は横っ飛びに飛びつつ怪物の足関節にヒートガンを撃つ。まずは動きを鈍らせるためだ。 悲鳴をあげる怪物は、だがしかし反転して青年に鎌状の前足を振り上げる。青年は慌てず眉間に数発を打ち込む。・・・・・急所を打ち抜かれた怪物はどう、と倒れて動きを止めた。 （あと十五匹・・・・・・） 青年は、人々が閉じ込められている貨物エリア内作業区に向かって足を進める。それまでに更に８匹の怪物が彼によって倒されていた。 少し・・・・ほんの少しだけ余裕のできた彼は端末を操作する。 「!?」 そこに現れた情報は彼を驚かせた。このエリアの監視カメラは怪物の様子を捕らえていた。その姿はいままでのものと異なっている。前足の大鎌はますます鋭さを増し、キバは更に鋭利となり・・・そして巨大になっていた・・・・・ （馬鹿な！こんなに短期間に群体を形成したのか！） 成長して融合し、さらに凶暴な親たる群体になる怪物・・・・・青年の背を冷や汗が伝う。 「!?」 ずる・・・・ 巨体となった怪物が隣の通路を奥へと向かっているのが見えた。あちらに人々がいるはずだ。怪物は這いあとを残しながら奥まで進むと大鎌を合金製の隔壁に打ち付け始めた。頑丈に見えた壁はあっというまに凹み、やがて穴が開く。その穴から、人の悲鳴が青年の耳に届いた。 「おい！お前の餌はこっちだ！」 背後からヒートガンを手にした青年が叫ぶ。怪物はヒートガンの熱に反応しくるりと振り返る。 口から涎をしたたらせる醜悪な生き物に青年の足が竦む。それを見逃すことなく、怪物の背から新たに生えた複数の触手が本体の到着の前に青年の腰を横殴りに打ちすえ、その場に転がす。続いて襲い掛かる前足の１旋を転がって避け、ヒートガンで触手を数本切断する。 （くっ！・・・・・・） 息のあがった彼は、小部屋の一つに飛び込んで呼吸を整えた。しかし、十数える間もなく怪物の顎が壁ごと扉を砕き破る。その衝撃で飛ばされた青年は走って分岐まで辿り着き、壁面のレバーを操作して隔壁を下ろした。背から渡された銃を降ろし、構える。 と、そのとき、彼はとんでもないものを見た。 子供だ。他の人々と違う場所に何故一人きりで!! 怪物は隔壁を即座に破ってしまった。青年は子供を抱き、走りながら隔壁を下ろし続ける。５箇所の隔壁を下ろしたところで子供を床に立たせた。少しは時間に余裕があるだろう。 「何故こんなところに！」 子供・・・といっても十歳は越えているだろうか。肩まで紫紺の髪を伸ばした美少年は目をキラキラさせて言った。 「少々退屈であったので、家を抜け出してここまできたのだ。そうしたらこの騒ぎではないか。面白そうなので転移してみたのだが、凄いな。本物の迫力というものは！それに貴殿も素晴らしい武人ではないか！私を抱えたままアレだけの素早い行動。感じ入ったぞ。・・・・粘液まみれでそこのところは美しくないが。」 真っ白なハンカチで青年の顔から粘液を拭き取ってやりながら、紫紺のマントですっぽりと肩を包んだ少年は変声期前の澄んだ声でそうのたもうた。 この少年は何を言っているのだと青年は髪を掻き毟りたくなった。転移？たしかにそういった力を使う人々はこの惑星上に存在しているという。しかし、それは確か非常に特殊な血を引く人々であったはず。 「君が転移できるのなら、すぐに戻るんだ！これは遊びじゃない！君が怪我をしたりすれば家族が悲しむぞ！」 少年はきょとんとして腕組みをして考え込んだ。 「・・・・何をしている？聞こえただろう！戻るんだ！」 「いや・・・・果たして私が怪我をしたとき、悲しむ家族がいるだろうか・・・・・そもそも家族でなくとも誰か一人でも悲しんでくれるだろうかと疑問に感じる。」 「バカ！家族だったら悲しまない訳がないだろうが！」 ・・・・・怪物の前足が、最後の隔壁に幽かに穴を開けた！ 「お前の家族や知り合いが悲しんでくれなくとも、ひとまず俺はもの凄く悲しんでやる！だからぼーっと突っ立っているな！」 少年がにっこり笑った。こんな非常時ではあるが、その天使のような笑顔に青年ははっとする。 「そうか。貴殿が悲しんでくれるのか！いいな。うん。それは素敵だな。」 怪物が隔壁を破る。青年は少年を守るように怪物との間に立ちはだかる。と、背後から少年の澄んだ声が何事か詠唱を始めた。 どーん、という音と共に光の束が放たれ、怪物はその光が飛散してできた檻の中に閉じ込められた。少年があっけにとられる青年の袖をくい、とひく。 「どうした？貴殿、この怪物をやっつける手段をもっているのであろ？最後の決着はヒーローのためにとっておいたのだぞ？」 「ヒーロー？」 少年は目を細めて頷く。 「うむ。貴殿のことだ。」 大型の銃で止めを刺された怪物を前に青年は大きく息をついて、微笑んだ。先ほどまでの緊張した顔とは違った年相応の表情だ。 「貴殿、名はなんという？」 「俺？・・・・・俺の名はブルー。坊主、凄いな。魔法が使えるんだ。」 少年はふるふると首を振る。 「いや、今回の功労者は貴殿だ。・・・・・ブルーというのだな。覚えておくぞ。決して忘れないからな。今は貴殿の労に報いる適切な手段を持たないが、いつかきっと功に応じた報酬を届けることができるようにする。待っていてくれ。」 青年が何か言いかけたとき、少年の姿はもう消えていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ あれから７年の歳月が流れた。 彼、ブルーは士官学校卒業の後、軍務についていたが、２５歳にして、周りが羨むような出世をその手に掴んだ。しかし、彼の実力を知るものは、それが当然のことであると口を揃えていうだろう。 広々としたスロープになっているタラップを上りながらブルーは口を一文字に引き結んだ。両翼にはこの戦艦の乗員が一列に並び深々と頭を下げている。彼の年齢で大型宇宙戦艦の副官となるのはこの惑星軍始まって以来のことである。 その奥に両手を大きく広げている若者がいた。紫紺の髪、紫紺のマント・・・・なんだかどこかで見たような・・・・・・ 「待ちかねたぞ！貴殿の労にやっと報いることができる！我、ジンベエ・フォン・シャークスコッチ、貴殿を私が司令官を務めるこのギャラクティックジョーズに副官として迎えるぞ！」 ジンベエがマントを翻すと同時に、乗員たちが胸ポケットに隠し持っていたクラッカーを持って一斉に紐をひく。更に天井から吊るされた７色のクス玉が割れ、花吹雪が舞い落ちる。笑顔の乗員が拍手して声を揃えて叫ぶ。 「ようこそ！副官殿〜ッ！」 ブルーは思わず顎を落とした。（思えば、あのときに私は初めて顎を落としたのでした、と彼は述懐する） 「歓迎するぞ！ブルー。」 そう言って微笑んだジンベエの笑顔は、少年のあのときそのままで・・・・ ブルーはそのとき何かをみつけた、と思った。 何かとても大切なものを・・・・・・・・ それからあまり間をあけずに「大切な」は「とんでもない」に訂正されるのであるけれど・・・・・ そしてみつかる おしまい。 |
| そらまめさん12345HITリク カッコイイ副官のSSということで。一応ジンベエ13才、ブルー19歳です。（彼らの年齢差は５年と５ヶ月ですｖ）ちなみに副官は飛び級していますので、彼の同級生たちは20〜21歳です。 さびしんぼうの司令官と副官。副官の過去も少しだけ明らかになっております。ブルーさんSSというより、彼らの始まりSSになってしまいました。そらまめさん、こんなものでよろしかったでしょうか（ドキドキ） |