蓼(たで)食う虫も…… |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。いろいろとオフィシャルとかけ離れております。 アレックさんルートED後。整備班＋パイロット＋補給班隊長(つまりはドゥニさん)。そして基本的にエリカちゃんは飛行機バカ。 そのため、親方、オズウェル、トゥーフォン、コリンも出ばり、出来上がってみたらオールキャラ話になっていました。 ……気付いてみたら恋愛要素はどこかに吹っ飛んでおりました。 (コンナハズジャナカッタノニ……) ドゥニさんが少々問題発言しておりますが、ドゥニさんなので許して上げて下さい。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
空の上ではいつでも防寒用の飛行服は欠かせないものであるが、地上でもコートが欠かせない季節となってきた。機体整備を行うドックでも、そのままでは手がかじかんで作業効率があがったりになるため、整備士たちは懐炉を携帯して指先を暖めると共に、オイルへの引火には十分注意して火力の大きなストーブが隅にどすんと置かれる。そして、それはまた、秋から冬にかけて幾度と無く行われる酒盛りが開始される時期ということになる。各自少しずつ酒の肴を持ち寄って、ストーブを囲むように車座となり、コップを傾けつつ四方山話に明け暮れる。それは整備士だけで行われることもあるが、今日のようにパイロットを交えることもあった。各々の領分を侵さないことをモットーとする整備とパイロットであるが、相互に信頼がなければ、飛行機など飛ばせるはずもない。正式な軍務を離れた場所では整備の長たるナカジマは、むしろ大いに交流することを奨励していた。 「おう、みんな酒はついだな!!そんじゃあ、今日もいっちょう気持ちよく酔おうじゃねえか。」 乾杯の音頭をとるナカジマは喜色満面。信頼感を高める云々より、単に大人数で酒盛りするのが好きだというだけかもしれない。 整備班と航空班は飛行機で結ばれた関係だ。四方山話も飛行機に関係したことであちこちで盛り上がり、酒宴は和やかに進んだ。いや、それはコリンの両脇にいる新人パイロットが自分達の隊長になるべく飲ませないように気を使っているからに違いない。 「おおー!!こりゃあいい酒だな。もういっぱーい！」 陽気にコップを天に向かって突き上げる大きな声の主に視線が集まる。ナカジマははあっと息をついた。 「おい、ドゥニよう。追い出したいっつうわけじゃあねえんだが、どーしてお前さんが、ここにいるんだ？一応ここはドックを住処としている連中の酒盛りなんだがよぉ。」 ドゥニは、手酌で酒をコップに注ぎ、喉をならして一口飲むと、ぷはーっと息を吐き、隣に座っているアレックの膝をベシ、と叩いた。 「そりゃあ、元部下の新しい部署での様子を確認するってぇのも、元上司の大事な役目ってことで。」 むろん、酒が飲みたかっただけなのだろう。アレックは微笑んだ。 「ドゥニさん、ご心配なく。昔とった杵柄という奴で一応大過なく隊長やってますから。」 すると、ドゥニは真顔になった。 「いや、アレック。俺は、お前の行動を補給班で逐一あたたか〜く見守っていたわけだが、お前さんは脆いところが多々あったじゃねえか？今更否定はすんなよ。可愛い元部下が、新しい部署で果たして受け入れられているかどうかをこの目でバッチリ見ねえことには安心できんのよ、俺としちゃ。」 「……俺も心配です。俺がいなくなって、補給班では誰がドゥニさんを諌めているのか、と。」 ナカジマとオズウェルあたりがうんうん、と頷く。 「だぁれが心配だよ。第一、俺がいつ諌められるようなことをしたってんだ？」 この小隊に入って日の浅い者以外の面子全員がはあ、とタメ息をつく。……実際、ドゥニは愛すべき人物であり、いざ、というときには頼りになる隊長なのだが日常的には女性兵を見かければそれが自分の使命とでも思っているのか声をかけちょっかいを出し…いろいろ問題行動をやらかしてくれている。そしてこのおちゃらけ補給班隊長を諌められる者はアレックがいなくなった今となっては補給班には誰一人おらず、ドゥニに大きな釘をぶっすり刺すことができる防衛分隊隊長のフランツがドゥニに毎日張り付いているわけではないので……補給班内部でのドゥニの行状がどうなっているのかは冗談ではなくアレックも心配するところである。 「そうですね。こうして、酒盛りをしにここに来ている辺りでもう心配ですよ。……酒盛りがしたかったら、補給班でやったらどうです。」 「そうは言ってももよぉ。……俺たちんとこにゃあ、可愛い女の子なんざ、一人もいやしねえしなあ。」 そう言ってオズウェルとトゥーフォンに挟まれて座るエリカに向けられたドゥニの視線に敏感に反応したオズウェルは、身を乗り出してエリカとドゥニの頭を結ぶ一直線上に自分の頭を突き出した。 「何だ何だ何だ、その犯罪者を見るような目は!!可愛い女の子は小隊の宝だっつーことだ。いたいけなオジさんを苛めて何が面白い。そもそも、エリカちゃんを俺がどうのこうのしようってんじゃあない。第一、エリカちゃんはもうどうのこうのされて……」 にこやかに笑い、しかし、何にもわかっておらず小鳥のように首を傾げるエリカを見、ドゥニはアレックの胸に人差し指を突きつけた。 「アレック、おまっ、まだどうもこうもしてねえわけ？」 コリンがパカン、と平手で盛大にドゥニの後頭部をはたいた。 「はいはいはいはい。ストーップ！ドゥニさん、そこから先は流石にまずいでしょうって。」 「いってぇー！コリン、お前にだけは言われたくねえぞ。停戦までのドンパチでエースの称号をとったっつーてたが、おめぇはそれ以前に別の撃墜数をばりばり稼いでいやがったじゃあねえか。」 「え？あ、あああ。そっちの撃墜ですか。……うーん、確かに、あっちの撃墜数の方が多いな、俺。」 「……あー。なんか頭きたー。エースっつーたらそれだけでモテるしな。」 酔いが回っているのか、ドゥニが少し座った目でアレックを睨んだ。 「……もしかしてアレック、お前も昔は随分もてたりした？」 アレックは口の中に入っていた酒を噴いた。 「いーや！もてただろ。絶対そうだ。……以前、お前が飛行機を降りてたときは、大陸大戦時のことは色々聞いちゃあいけねえと思って黙っていたが、今はもう大丈夫だろ。おい、吐け。盛大に吐いちまえ。」 オズウェルはエリカを見る。エリカはティノに頼んで持たせてもらった、リンゴジュースをちびちびと飲んで微笑んでいる。 「……聞いてて嫌だったら、そう言えよ。」 すると、エリカは笑った。 「別に大丈夫。……アレックさんは素敵な人だもの。若い頃にモテて当たり前だわ。今より素敵だったってことはないと思うけれど……」 オズウェルは鼻のあたりを赤くする。 「……お前、それ、惚気すぎだ。……聞いてるこっちが恥ずかしい。」 二人が小声でそんな会話をしているうちにドゥニのボルテージはどんどん上がって行く。 「いーや！もう、ちぎっては投げちぎっては投げの入れ食い状態だっただろうが？馴染みの姐さんだって数人はいたんじゃねえ？深〜い深い物凄く深い仲までいった子だってあったんじゃねえの？」 アレックはいつも通りに微笑んでいる。 「確かに、俺も当時は囲まれてちやほやされて嫌な気持ちはしませんでした。若かったんですね。……でも、誓って言いますが、深い仲になった子はいませんでしたよ？」 「…………それってよ、もしかして、いざ、これからってぇ肝心なときに、×(←伏字一文字)……」 その文字に続けてドゥニが何を言いたかったのかはわからない。アレックがドゥニの耳たぶを掴んで立ち上がったからだ。 「いたたたたたたたたたたッ!いてぇだろうがッ!! 「痛くしてます。……はぁ、一体何を言うかと思えば……女性がいるところで、大声で言うことですか。」 「？だってよ、お前、もしそうだったらエリカちゃんにも知っといて貰った方がいんじゃねえか？大事な事だろうがよ??おい、よぅ？いたたたたたたた、引っ張るなよぉ。」 アレックは微笑を崩さない。 「ドゥニさん、これから俺と一緒にオオルリ乗りますか？今猛烈に錐揉み降下やってみたいんですけれど、どうします？」 「？？？？？？？？うお？おい、わかった、わかった、だからヤメロ！いてててててて」 いたたたたたたたという声と共にアレックとドゥニが退場してしまってから、エリカがトゥーフォンに訊ねた。 「トゥーフォン、『×(←伏字一文字)』で始まる言葉って何のこと？」 トゥーフォンは「うっ」と小さく呻き、助けを求めるようにオズウェルを見る。オズウェルは咳払いをする。 「……どうってことはない。気にするな。」 「……そう言われると余計気になる。……女の子と付き合う上でのことだったらコリンが詳しいかな？ねえ、コリ……」 と、オズウェルが真っ赤になってコリンの方に身を乗り出したエリカの肩をガシ、と掴んだ。 「コリンに訊くなら俺に訊け!!」 エリカはきょとんとし、にっこりした。 「うん、オズウェル、教えて！」 オズウェルは真っ赤になったまま動かなくなった。 「……いや…………あの、だな。お前は王都の実家で、こういう酒盛りには顔を出さなかったのか？こういう話だって整備工達はやってたろうが。」 「うーん、どうかな、私がいると女の人の話なんて皆しなかったかな。自動車の話とかエンジンの話とか、そういうことを皆話しててとても楽しかったわ。」 それは工員達がエリカを大切にしていたか、ボスであるエリカの父が娘に聞かせたくない話は整備工達にさせていなかったかのどちらかだろう。いや、両方か。と、ナカジマが上機嫌で笑った。 「いやいや、『×(←伏字一文字)』ってぇのは関係ねぇさ。長年アレックの奴と付き合ってた俺が言うんだ。間違いねえ。そして、深い仲になった子がいなかったってぇのも間違いねぇ。不思議か？不思議だろ。あいつは若いときは今よりだいぶ軽かったが、性格の根っこは変わらねえ。場の空気はしっかり読むし、自分の感情を叩きつけることなど絶対にしねえ。女にだけじゃあないが、むろん女にも優しい。優しくて紳士的で、でもってエースだ。モテねえはずがないだろ。そして、あいつだって健康な男だからそういう欲求がなかったはずがない。だが、女とよろしくやってなかった理由は三つほどある。」 「何ですか、それ。男だったら普通はよろしくするでしょ？」 コリンがドゥニが残していった酒瓶から自分のコップに注ぎつつナカジマに先を促す。 「おいおい、自分の基準でものを言うなよ、コリン。アレックの奴ぁ、基本、嫌っていうほど真面目なんだからな。まあ、説明しといてやるか。一つ目は、奴の上官だな。これが、煮ても焼いても食えねえ程のガッチガチに頭の固い士官でな。部下が度を越した遊びをするのを善しとしなかった。ばれたが最期、目こぼしなんてぇことは一切考えねえで即、営倉送りにするような奴だったなあ。で、アレックの奴はアレックの奴で、その士官を尊敬し信頼していたんでな。エースになる前の騎兵隊時代までは門限破りの壁越えもやったことがあるらしいが航空部隊に移ってからは、模範兵だったな。うんうん。」 「へぇ〜。なんかうちの司令みたいな士官だったんですかね？」 その上官がクラウスその人だということを知っているエリカとオズウェルは顔を見合わせて笑った。 「で、二つ目はなんですか？親方。」 トゥーフォンが訊くと、ナカジマは髭を人差し指に絡めてピンとひっぱった。 「二つ目はだな。エースって呼ばれる頃にはそれなりのパイロットの自覚って奴が出てきたってことだな。幾度か空戦を経験し、自分の体調をいつも一番の状態にもっていっていねえと危ねえってことがわかったんだろう。睡眠をきっちりとるなんてぇのは基本中の基本だ。体調だけじゃなく、いつも精神状態をピンと張っていねえと一瞬でお陀仏だ。コリン、お前さんは女を撃墜することで、緩急バランス取って気持ちを保ってんだろう。そういう奴は多い。が、皆が皆そうってわけじゃあねえのさ。特に、部下を持ってからのアレックは、お堅くなったな。酒場に行くとしても、部下連れておごってやってたしな。」 「三つ目は……」 オズウェルが呟くと、ナカジマは、うーーん、と腕を組んで俯いた。 「三つめか。……三つ目は……あいつ自身は全く自覚しちゃあいねえだろうな。だが、普通の女だったら、ああいうことをされちゃあ退くだろうさ。……」 「ああいうこと……ッ??」 オズウェルが何を妄想したのか頬を赤くする。 「ああ、……ああいうことをして、喜ぶ酒場女がいるとでも思ってたのかね。ま、少し酒が入って空気が読めなくなってんだろうが。……」 ぱちぱちと瞬きをしているエリカの様子を見たオズウェルがわざとトンと音を立ててコップを床に置く。 「親方、はっきり言って下さい。でないと、こいつが不安がります。」 がはははは、とナカジマは笑う。 「エリカは普通の女じゃねえ。だろ？オズウェル。」 「え？……」 隣に座った娘はまだパチパチと瞬きしている。確かにこいつは特別製だ。……でなければ、ここで整備兵などしているわけがない。 「まあ、骨がある奴だってことは認めますが。」 ナカジマはクククと笑う。 「だから大丈夫なのさ。……俺が爆撃くらって倒れている間に、アレックもすげぇでっかい魚を釣り上げたもんだ。つまりはな、『蓼食う虫も』ってことさね。」 「「「「「タデクウムシ？？？？？」」」」」 ナカジマは時折、わけのわからない表現を使う。どうもジパングの諺らしいが、ユクトランドの者はもちろん、オズウェルにもトゥーフォンにもわからない。 ナカジマはそれきり説明せずにカパカパと楽しそうに飲んでいた。周りの者たちも、それ以上の説明はないのだと理解すると、四方山話に戻る。と、高らかなコリンの声が一同の耳に入った。 「いいか！よーっく聞け！そこッ!!耳じゃなくタマシイで聞いてるか!?一寸の虫にも五分の魂だ!!虫といっても侮るなよ!!」 隊長の豹変振りに動揺するコリンの部下と、アレックの部下を横目に、トゥーフォンは『あ〜あ、始まっちゃった。ドゥニさんが酒瓶置いていっちゃったからなあ。』と笑い、オズウェルはポンと肩を叩いて、『しばらく避難してろ。あそこまで酔うと確実に絡んでくるから』とエリカの背を押した。 「はー！」 ストーブで火照った頬に冷えた外気があたって気持ちいい。エリカは伸びをし、ついで、整備服のボタンを締めた。 コリンはしばらく演説を続けるだろうが、おとなしくなるのにそんなに時間はかからない。度さえ越さなければいいお酒なのだけれど、とエリカは苦笑する。休憩所の木製長椅子に腰をかけ頬杖をつく。虫の声がきこえる。そのまま目を閉じるとアレックの声が聞こえた。 「そのままうとうとしてはいけないよ。起きている分にはいいけれど、もう随分と冷えてきたからね。」 「アレックさん、ドゥニさんは……？」 本当に錐もみ降下をやったのでは、というように自分を見上げるエリカにアレックは笑う。 「まさか、あれくらいで大切な相棒に負担をかけるようなことはしないよ。……丁度フランツさんが通りかかったので、さっきのドゥニさんの行状を説明したら、俺の代わりにお説教をしてくれることになった。で、俺はお役御免。」 そういってアレックは隣にかける。 「それよりどうしたの。まだ宴会は終わっていないのだろう。……何か嫌なことでも聞かされた？」 心配そうな顔をするアレックにエリカは苦笑してみせた。 「またコリンにヘンなスイッチがはいっちゃって……」 「ああ、そうだったのか。……困ったものだね。……俺が行った方がいいかな。」 「え？いや、大丈夫です。っていうか。私が出てくるとき、親方さんが『新人共！コリンの世話はお前達の仕事だからな!!試練だと思ってなんとかしろ』って楽しそうに叫んでました。」 「じゃあ、コリンが落ち着くまで、ここで話でもしていようか。」 「はい！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ オズウェルはドックから出てエリカを探しに出かけた。コリンが落ち着いた……というか、酔って寝てしまったので、エリカを呼びに出たのだ。と、休憩所で楽しそうに話しているアレックとエリカの姿が目に入った。エリカはアレックにかけてもらったのか、肩に飛行服を羽織っている。 (邪魔しちゃ悪いな) と回れ右しようとしたときに…… 「オズウェル！」 エリカが大きく手を振っていた。 今まさに去りかけていたオズウェルは少し怒ったようにむすっとした。 （普通、二人きりで寄り添って話していて、そこで他の奴を呼ぶか？) 「何だ？」 「あのね、今とても面白い話を聞いてたの。大陸間を結ぶような長距離飛行をするとき、機体をどう設計したらいいか、って話題なんだけれどね。アレックさんたら、『機体の安定性は重視しない』っていうのよ！」 オズウェルは目を見開く。長距離飛行で安定性を重視しない？そんなバカな。足が一歩前に進む。聞きたい、その話、聞きたい。壮絶に聞きたい。 「ね、オズウェルもびっくりした？私もびっくりしたのよ。でも、アレックさんったら!!」 伝説のエースは、頭を掻いた。 「そんなに変なことかな。……だって安定性がよい機体だったら、長距離を飛ぶ間にきっと眠くなってしまうよ？睡魔と闘うには多少揺れてくれた方が緊張感が続いて有難いんだが……」 大真面目な顔でそう言うアレックにエリカはくすくすと笑ってみせる。 「ほら、驚いた？でね、いろいろ話していて、『私だったらこういう設計をする』っていう機体を考えてみたんだけれど……オズウェルもここに来て話に混ざらない？？」 いや、オズウェル、遠慮しろ。ここは我慢だ。我慢しろ。 「長距離飛行の機体といえば、帝国に居るときに試作機を、いや、正確には試作機の残骸を見る機会があってね、破壊された断面を見てさすが帝国の技術だと唸ったよ……オズウェル、その話をしようか？」 ニコニコと笑うエリカの横で微笑んで手招きするアレック。 オズウェル、陥落。 これで話に混ざらなかったら設計を志す者として失格だ。……そんな理由を自分でひねりだし、オズウェルはむすっとしたままアレックの真向かいに腰を下ろした。 オズウェルを探しに来たトゥーフォンは休憩所でなにやらアツく語り合っている三人の姿を見つけた。 「おーい、オズウェル。何そんなとこでお邪魔虫してるんだよッ♪」 エリカがまた大きく手を振り、オズウェルは相変わらずむすっとした表情でトゥーフォンを睨む。 「……俺も、邪魔している自覚はある。」 するとアレックがくすっと笑った。 「別に邪魔じゃないさ。トゥーフォン、君も来るかい？」 「え？俺？」 オズウェルが睨んだまま言う。 「今、長距離飛行の機体設計の話をしている。勉強になるから来い。……これを面白いと感じなかったらすぐに整備なんてやめて商売替えしちまえ。」 うわぁ、オズウェル、きっつー、と声をあげてトゥーフォンがオズウェルの隣に座る。 「あれ〜、皆そこで何してんの。」 妙にすっきりした表情のコリンが大きくのびをしながら歩いてきた。これには四人して驚く。 「コリン、他の連中はどうした〜？」 トゥーフォンが声をかけるとコリンはさっさと歩いてきてトゥーフォンの隣に座る。 「それがよくわからないんだよな〜。俺、寝ちゃったみたいで、目が覚めたら他のパイロットの連中が疲労困憊して床にのびてるわけ。『どうした、何があった』って訊いても『少し休ませて下さい』っていうだけでさ。……俺が寝てる間に奴ら盛り上がりすぎた？」 ……コリンは酔ってヘンなスイッチが入っている間のことを一切覚えていない。 一同がしばし沈黙しているとコリンは“エリカちゃん、さっきも訊いたけど何の話をしてたわけ？”と訊ねた。 「長距離飛行をするときの機体設計のことなんだけど。……みんなで意見を出し合ってるの！」 「んー。なんか楽しそうだね。そんじゃ、エリカちゃん俺も混ぜて。俺の意見で良ければいくらでも言うよ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「おっ、なんだ。お前無事だったか？今頃はロランドの海に重りつけて沈められてっかと思ったぜ。」 木の陰から休憩所を眺めているドゥニに気付いたナカジマは、ポンとその背を叩いた。 「ああ、親方。無事っつーか、またフランツの野郎にみちみち絞られちまいましたがね。……いや、なんか整備とパイロットっていうのは面白いですなあ。……ここから声も聞こえるんだが、翼がとか給油がとか俺には何がなにやらさっぱりわからねえんだが奴らは異様に盛り上がってますぜ。」 「ああ、あれが『蓼食う虫』ってやつよ。」 「『タデクウムシ』？なんですかい、そりゃ。」 「本当は『蓼食う虫も好き好き』ってジパングの諺だ。蓼っていう草はすげぇ辛い草なんだが、そういう蓼を好んで食う虫も居る……好みは人それぞれってことだな。」 「だからってなあ……補給で酒盛りやっても、トラックの話なんざ、殆どやらねえですよ。」 「はっは。……いいか、ドゥニ、空や飛行機には、それだけの魅力と魔力があるってぇことさね。……ま、興味がねえやつにとってはアツく語られても迷惑極まりないがな。……アレックの奴が酒場の姐ちゃんに退かれたのはあのせいだ。……姐ちゃんたちの容姿や性格をホイホイって褒め倒してりゃあいいのに、奴はここぞって時に空や飛行機のことをガンガン喋っちまって……1000人女がいりゃあ999人までは確実に退くな。」 「なるほど。……ひとまず、元上司としては安心していいってこってすかね。」 「ん？」 「アレックの野郎、あんだけ生き生きと語りまくってやがるし、それでいてときどきこっそとエリカちゃんと目ぇ合わせて笑ってやがるし。……犯罪だろ、あんなに若い子たぶらかして。ま、双方ほんわかしてるからいいか……てな感じですなあ。」 ナカジマは、いつものおちゃらけた様子と違い、目を細めて元部下を見るドゥニをちらりと窺ってから言った。 「そうだな、ちーっとばかし心配なことはあるが、ま、大丈夫だろ。」 「心配？」 「ああ、……いいか、ドゥニ、エリカはたいした奴だ。芯が強えし、まっすぐだし、情に厚いし、勉強家だ。空や飛行機についてしっかりと夢を語れる奴だ。……それだけに迷いの元にもなるだろうってことさ。」 「なんすか。そりゃ。」 「今にわかるかもな。……俺もあっちに混ざりてぇとこだが、老いぼれの出る幕じゃねえわな。おい、ドゥニ、戻って飲みなおすぞ。ドックで沈没してる若い奴らを叩き起こしてな。」 「へいへい。俺は旨い酒が飲めさえすりゃあ。」 「じゃ、行くぜ！」 ドックに戻る前、ドゥニは振り向いて今一度アレックを視野に納める。 (幸せにやってろよ。元部下。) そしてにやりと笑う。 （元上司がちょくちょく様子を見に来てやるからな!!) |
| ドゥニさんin整備ドックの軽いお話。ちょっと猥談部分があって申し訳ありません。(いや、お酒の入った宴会ってこんなものかなと思いまして。よい子のみんなは深く追求しないように。詮索無用でお願いします。) 蓼食う虫が何匹もいた結果、恋愛色が薄まって「飛行機について語る宴会」と相成りました。うちの伝説のエースは「エリカちゃんが幸せそうならそれでいい」人で、独占欲は強烈ではないみたいです。(逆にオズウェルが気を使って常に苦労しています) 尚、「長距離飛行の機体の安定性は悪い方が……」というのはリンドバーグの言葉からの引用です。 親方の「ちーっとばかしの心配」については、今後(←まだ書くのか！)触れるつもりです。 |
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