共に飛ぶ空

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。あらゆる意味でオフィシャルと離れていると思われます。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。
アレックさんルートグッドＥＤ後、すぐの設定。「アレックさん、うんとがんばれ」を合言葉にノートパソコンの前に正座し決死隊よろしくありったけの気合を込めて「だだ甘羊羹三本食い」相当ラブラブ短編vv(←書いていてとても恥ずかしいです)に挑戦するも


なんかまた玉砕したみたいです


(で、でも、今までの中ではライトな感じに仕上げられたかと…(←挑戦内容が「軽いのを書く」に摩り替えられた瞬間)


ラブラブイチャイチャここぞというときに敵前逃亡する体質がネックなのだと重々承知しておりますが、アレックさんでもだめだったか。
(「そんなこというものじゃないよ」)
ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。


　「……親方、今、何と言いましたか。」

　他に人気のないドックに呼び出されたアレック・ユーティライネンは、整備班の長、ナカジマの言葉をはっきり聞き取っていたが、間違いではないかと訊き返した。
　ナカジマは、ああ、もう、ちゃーんと聞けよ、というように腕を組みアレックの前で足を軽く開いて立っている。

　「だからよ、あいつをお前の後ろに乗っけて飛んでくれって言ってるんだ。」

　聞き間違いではなかったらしい。エリカ・アレーニアを操縦席の後ろに乗せて飛ぶことについてはやぶさかではない。しかし、帝国から帰還して間もないアレックは、補給班から航空班のパイロットへと異動したばかりで、更に、第一班の隊長としてまだ経験の浅い部下二人の面倒を見ることになった。部下達はまだエンジンに負担をかけない飛び方をすることができない。通常の訓練だけでも整備班は機体整備に忙しいはずだが、そんな中、何故にエリカと一緒に飛べというのか。そんな余裕がどこにあるのか。

　そういった疑問を、柔らかな言葉遣いで訊ねると、ナカジマはふぅ、と息をついた。

　「いやいや、別にお前をピクニックに送り出そうっていうわけじゃあない。今、お前が使ってる機体な、お前がいない間にあちこち改良を加えたんだが、勿論実戦で飛んだわけじゃあない。コリンが飛ばしたことはあるんだが、奴にはちょいとばかり改良部分を使いこなせなかった。……でだ。ここからちょいと離れた北の湖沼地帯まで飛んで緊急離着水のテストをやってきて欲しい。……ってなると整備士を一人積んで行ったほうが無難だ。オズウェルでもいいんだが、エリカは奴より体重が軽い。そして、お前の操縦技術に非常に興味を持ってるからな。それに……アレック、お前、責任とってくれ。」

　「は？」

　何か自分は責任を取らねばならないことをしただろうか。怪訝そうな表情のアレックにナカジマは両手をあげて情けなさそうな顔になる。

　「……お前が帝国から帰ってきて以来、押さえつけていたもんが溢れたって言うかたががはずれたっていうか……飛行機に関してあれをやってみたい、これをこうやったらどうかって煩いのなんの。昨日なんざオズウェルが少しは静かにしろって怒鳴り散らして……それでもあいつはにこにこ笑いながら喋っていやがった。」

　オズウェルを怒鳴らせるまで喋るとは……いや、だが飛行機についてのことだったなら十分にあり得るか。エリカは飛行機を「あの子たち」と愛情込めて呼ぶ。そして飛行機について語りだしたら止まらない。

　「でも、それなら、飛ぶのは逆効果ではありませんか。」

　ナカジマはこめかみの辺りを叩く。

　「いやなあ、……エリカの今のお喋りは、何か地に足がついてねえみてぇでな。あくまで俺の判断だが一度ぐるぅりと空を回ってきたら色々考えてちったぁおとなしくなると思うんだ。どうだ、やってくれるか？司令には適当に誤魔化しておくからよ。」

　アレックはくすっと笑った。

　「俺がやると言わなくてもやらせるんでしょう、親方。」

　ナカジマはにやっと笑った。



　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊



　その日の夜、いつも通りにドックの外れで待ち合わせていると、整備服姿のエリカが飛ぶように走ってきてアレックの隣に立った。

　「アレックさん、親方さんから言われたんです！明日、アレックさんの後ろに乗せて貰って飛んで来いって！」

　ああ、親方から聞いたよ。とアレックがゆったりと微笑みながら言うと、エリカははしゃいでピョンと一度飛び跳ねた。

　「嬉しいです!また空を飛べるなんて。それに、今回はロランド上空だけじゃなくて北の湖沼地帯まで行くんですよね。主眼は離着水テストだと聞きました。浅めの小さな湖への着水はやはり海とは違いますよね。楽しみ!!……オズウェルに羨ましがられちゃいました。ああ、オズウェルより体が軽くてよかった。」

　夜に二人こうして会うときには、互いの姿が互いの瞳の中に在るのが常なのだが、今はエリカの大きな瞳は星の輝き始めた空を向いている。その空を映したエリカの瞳をアレックは覗き込む。

　「今日はゆっくり休んだほうがいい。湖では確実に君にエンジンの調子を診て貰う事になるだろうからね。」

　はい、と言って空から目を離し、こちらを向いたエリカを抱き寄せる。
　そうして額に軽くキスすると腕をとく。二年ぶりに再会した恋人ではあるけれど、アレックはそれ以上の関係を早急に求めようとはせず、それはエリカも同じだった。夏の日のようなギラギラした熱情ではなく、春の日の暖かな温もりを二人はお互いに求めているようだった。

　「エリカ。じゃあまた明日ね。」

　暗い中でもエリカの頬が赤く染まっているのがわかる。

　「アレックさんお休みなさい。」

　テテテ、とエリカは自分の部屋のある棟にと走っていく。アレックも自室へと歩を進める。彼も今日はゆっくり休んでおかねば。何しろ、世界で一番大切なものを乗せて飛ぶのだから。



　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　アレックが離着水桟橋で待機していると、エリカがやってきた。ルカのお古だという飛行服は袖を折り返してはいるがそれでもまだぶかついて、そこがまた妙に可愛らしい。右手には大きな箱を提げて肩が上がっているが、工具箱なのだろう。他のパイロットたちも桟橋に待機しているのは、それぞれ訓練を控えているからだ。アレックが拡げていた地図を胸ポケットにしまい、オオルリのコクピットに登り、手を差し出すとエリカがそれに掴まって引き上げられ、操縦席の後ろの隙間に陣取った。オズウェルの合図でエンジンが始動し、海面をオオルリが滑るように進む。やがて機体が苦も無く浮き上がり空へと一直線に上がって行く。アレックとコリンの部下がほぉっ、というような息を漏らした。

　「諸君が感心するのも無理はないねぇ。座席後部に50㎏弱の負荷をいきなり背負ってあのぶれのない離水だもんね。あ、今日は俺の班と一緒に編隊飛行するんだし、感想一発聞いとくかな？あー。そんなに固くなんなくっていいからさ。」

　コリンがアレックの部下に尋ねると、一度畏まって敬礼した新米パイロットは「はっ、羨ましいです」といった。

　「うんうん、俺もひじょーに羨ましいッ。エリカちゃんを後ろにのっけて飛べるなんて！」

　隊長に似て真面目なアレックの部下二人は顔を見合わせる。

　「中尉殿、自分は、アレーニア技術兵がアレック隊長の操縦を間近に見られることを羨ましいと言ったのであります。」

　「あー？そっちー？」

　オズウェルも『俺もそっちの意味で羨ましい』といい、コリンの部下すらうんうんと頷き。……コリンも笑った。

　「正直いうと、俺も間近で見てみたい……伝説の英雄殿の操縦をさ。」






　空の上は初めてではなかったけれど、エリカは歓声をあげた。ゴーグルを通して見るロランドの街の風景。初めてコリンにのせて貰ったときにはただただ凄いとしか感じなかったけれど、今はあの街に生活している人々のことをエリカは知っている。あの広場にどんな店があって、どこが教会かを知っている。そして、あそこにはフォンク亭があり、サラやセルジュが今日も忙しく働いているはずだ。

　オオルリが滑らかに旋回する。

　エリカは操縦席の背もたれに齧りついた。アレックのペダルの踏み具合、操縦桿を持つ手の動きを食い入るように見つめる。それに気付いたアレックは、逆側に旋回してみせた。

　「どうだい。……、気分は悪くない？耳は？」

　エンジンの唸りに声がかきけされないよう、大声でアレックが言う。

　「大丈夫です！とってもいい気持ちです!!」

　「ならいい。何かあったら遠慮なくいってね。」

　「はい！」

　海が見える、街が見える、そして、右手には平野、そして森が広がっている。エンジンは軽やかに回転し、機体のぶれはほとんどない。アレックは単純な直線飛行でも手を足を動かしてオオルリを最も安定したポジションに保っているようだ。エリカは周囲を見回し、真正面を見て驚いた。

　「アレックさん、北へ向かうのでは？こっちには海しか見えません。」

　叫ぶとアレックはゆったりと微笑んだ。

　「大丈夫だよ。風があるからね。流される分を考えるとこの向きで正解だ。」

　風？確かに左から風が吹いている。しかし、プロペラが回転して機体が受ける空気の流れと自然の風をどのようにして読んで操縦に反映させるのだろうか。エリカは方位磁針を取り出し、針を見ながら頬にあたる風を感じる。そして、同時にアレックの操縦を見ようと、背もたれに掴まってぐい、と首をのばした。

　「エリカ？」

　同乗者が食い入るように操縦を見つめているのがわかると、アレックは嘆息した。自分もそうだが、『空と飛行機に捕まえられてしまった』人間がここにもう一人いる。彼は、部下に対して説明するように声を張り上げた。

　「海と陸との境目には気流が存在する。今からそこを通る。驚かないように。」

　微かに揺れがきたが、すぐに安定した飛行に戻る。そして、機体は海を離れ、森の上を飛び始めた。緑の木々が続く中に、鏡のように輝く小さな沼や湖が見えてくる。それはエリカにとってはじめての光景であった。

　「ユクトランドにはこんな風景があったんですね！」

　「ああ、街で暮らしているとわからないが、この国は、森と湖の国だよ。……綺麗だね……空も、海も、森も、見ていると自分達がいかに小さなものなのか、気が遠くなってくるよ。」

　エリカはしばらく飛行機の左右を眺めていた。飛行機がなかったら生きているうちに見ることが出来なかった風景。人も、車も決して入ることのできない場所を彼女は今見下ろしているのだ。頬を刺す冷たい空気すら、エリカは愛おしく感じた。



　どれだけ時間がたっただろうか。



　「エリカ、目的地が見えた。旋回して着水態勢に入る。しっかりつかまって。」

　オオルリがすいっと滑らかに方向を変えた。エリカはその感覚を楽しみ、また、目を皿の様にしてアレックの一挙一動に注目する。森の中にぽっかりと開けた湖の上をオオルリは二度旋回し、着水地点を確認する。

　「降下するよ。」

　言葉と同時に操縦桿が倒され、オオルリはすうっと下を向く。そのまま小さな旋回をし、キールを下ろす。オオルリは水面とほぼ平行を保って少しずつ高度を落とし、予定通りの地点に大きな飛沫をあげることなく着水した。アレックはエリカの様子を見るために身をよじって後ろを向いたが、同乗者は着水に怯えるどころか嬉しそうに笑っていた。

　「どうだったかな。」

　「はい!満点です。」

　ナカジマのいっていた改良点は、キールの上げ下ろしに関することであった。エリカは早速飛行記録用紙を紙バサミにクリップで留め、アレックから意見を聞いた。

　「実際、」

　アレックは考えながら言った。

　「新しいキールの方が、キールを下ろしてからも旋回性能を殺さない。しかし、安定性は損なわれてしまうようだね。また、この湖のように狭くてやや浅い場所では、着水時横転の可能性もあがる。」

　この上もなく安定な着水をきめたエースパイロットは、そういってから少し笑った。

　「部下にはこれを使わせたくはないよ。」

　正直な意見を聞き、エリカはそれを書き取り……余白になにやら書き込んだ。

　「何を書いているの？」

　エリカは記録をアレックの前にかざす。そこには、着水時の彼の操縦と、オオルリの動きが左右に並行してメモされていた。

　「これはあとで別の紙に書き取ります。あくまで私の個人的なメモですから。」

　「……自分の手際が記録されるのは少し恥ずかしいね。さて……」

　ゴーグルを外し、飛行帽を脱ぐ。

　「岸につけるかい？この湖には以前来たことがある。古いけれど桟橋があるからそんなに骨は折れないよ。」

　エリカは少しだけ考えて首を振った。

　「水上移動の様子は知りたいんですけれど、それは離水時に走ってもらえますよね？だったら、岸にあがらなくてもいいです。私、今回は湖に不時着したときにどんな風に整備するかやってみたくて。」

　そういうことなら、すぐにお昼にしよう、ということになり、二人は飛行服を脱いだ。そしてアレックは物入れから携帯用のレーション(糧食)を取り出した。

　「君も持ってきているよね。」

　「はい、なんだかオズウェルが工具箱の中にいれてくれたって……あら……？」

　工具箱をごそごそ探っていたエリカは、青と白のギンガムチェックの布で包まれた四角いものを取り上げた。開くと籐で編んだ籠が現れ、中にはティノの手によるものらしいサンドウィッチがぎっちり詰まっている。

　「……これ、どうみても二人分……あ、リンゴジュースの瓶も入ってます。ちょっとピクニックみたいですね!!」

　アレックの脳裏にニヤニヤ笑うナカジマの姿が浮かぶ。オズウェルもティノも共犯だろう。

　「アレックさん、そっち側に行ってもいいですか？

　背もたれの後ろで伸び上がるエリカに頷き、椅子に足をかけてエリカを抱き上げるとコクピット側に下ろす。君は操縦席に座って、と促すと、エリカは計器版の下、ペダルがある小さな空間にちょこなんと座り、『整備の場所は椅子じゃなくてここです。っていうか、ここの方が落ち着きます』と笑った。

　アレックの膝をテーブルにして、二人でサンドウィッチをつまむ。

　「おいしいですね。」

　「ああ、そうだね。ティノさんの料理はどこか優しい味がするね。」

　湖面は静かで時折小鳥の声が聞こえるほかは、何も物音はしない。サンドウィッチを取って差し出したり、リンゴジュースのびんのコルク栓を抜いて回し飲みしたり……もしもここに誰かがいたら、新婚旅行の一ページかと勘違いしそうではあったが、当の本人達にはあまり特別なことをしている感覚はないらしい。ただ、座っている位置の関係で、上目遣いに自分を見上げるエリカの様子は犯罪的に可愛らしく、アレックは何度か無意識に視線を逸らす羽目になった。

　「さあー！おなかも一杯になったし、お仕事お仕事！」

　作業服の袖をまくりあげ、手袋を嵌めなおしてエリカはエンジンを見上げた。

　「ちょっと失礼します。」

　エリカはドックでもやっているようにまず工具箱を翼の上に置き、ついで自分がよじ登った。アレックは風防によりかかり、エリカの仕事ぶりを眺める。アレックも一通りの整備方法は知っており、助手をしようとすればできるのだが、今、エリカは仕事を一人で仕上げたいと思っていることがアレックにはわかっていた。工具を翼上に並べ、布を片手に持ち、彼女はアレックに話しかける。

　「いつも不思議に思っていたことがあるんです。」

　「何をかな。」

　「アレックさんと部下の方たち、ほとんど同じ内容で飛んで帰ってくるのに、オイルの減り方が全然違っているんです。コリンもオイル消費は少ないけれど、それでもアレックさんほどじゃない。どうしてなのかなあっていくら考えてもわかりませんでした。親方さんもオズウェルも、『操縦技術の差だ』っていってたんですけど、操縦技術だけでそんなに変わるのかって半信半疑だったんです。でも、今日のアレックさんの操縦を見てわかりました。……アレックさんは風に逆らうことをしないんですね。」

　「……そうかもしれないね。若い頃は我武者羅に飛んでいたけれど、今は風を利用することを体が覚えているんだろう。……鳥達と違って、飛行機は本来そこにいないはずのものだからね。場所を少しあけて貰っている分際で、尚且つ風にさからっていたら、空の世界からは弾かれてしまうよ。……風を味方につけたら、鳥のように飛べる。そういうことなのだと思うよ。」

　「……鳥のように……それは素敵ですね。……オズウェルが言うんです。あと何年かしたら、計器類が発達して操縦に未熟な者でも上級者と同じように飛べるようになるって。……でも、私は思いました。風を読んで風を味方につける。そういった感覚を持つパイロットがいなくなってしまったら、何か悪いことが起こるのじゃないか。空は大勢の人のものになるかもしれないけれど、人間が傲慢になってしまうのじゃないかって。」

　アレックは微笑む。

　「俺は、自分が旧式になってしまっても、いいと思っているけれどね。空や風に対する感覚の代わりになるような計器が作られるのなら。しかし、そういった計器をつくるには、やはりまだまだ俺のような旧式な人間が必要なのだと思う。……それにね、エリカ。人間はそんなに傲慢ではないと俺は思いたい。逆に、空を飛ぶことで、傲慢だった人間がそうでなくなることがきっとあると思うよ。」

　翼の上に膝をついた姿勢でエリカは空を仰ぐ。

　「アレックさんは優しいんですね。空にも、人にも……」

　アレックも空を仰いだ。

　「残念だけれど、俺はそんなに優しい人間ではないんだよ。」

　彼は、機銃の雨を降らせて空を汚しているのが自分だということを誰よりもよく承知していた。

　翼の上の整備の娘と、コクピットに立ったエースパイロットは自分なりの角度で空を見上げる。


　しばらくののち、エリカは工具を再び忙しく動かし始め、ややあってからエンジン全体を布でくるっとこすった。それがエンジン点検の終わりだと知っているアレックは、席に座り、ペダルに足をかける。彼の意図を汲み、エルロン(補助翼)の動きを見、満足したエリカはアレックに合図し、翼の上を歩くと翼の要所を小さなハンマーで叩いて確認した。

　「はい、終わりました。この子、ロビュまで上機嫌で飛んでくれると思います。」

　一度翼の上に座り、飛び降りようとしたエリカは、アレックが上を向いて待っているのを見た。まず工具箱、次に自分自身をその腕の中に抱きとめてもらった彼女は、初め微笑んでいたが、真顔になった。コクピットに下ろすと、彼女は神妙な顔で告げた。

　「……こんなこと言って、アレックさんに叱られてしまうかもしれません。でも、私……言わずにはいられないんです。この気持ちを止められない……でないと一生後悔すると思うから……だから……聞いてください。」

　アレックはエリカの言葉に耳を傾け……空の色をした瞳を大きく見開き……結局彼女の願いを叶えた。



　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊



　無事に帰還し、エリカと別れ、自分の部下とのミーティングを終えた後、休憩所前でアレックはナカジマに呼び止められた。

　「親方。今日は有難うございました。……オオルリを使ってピクニックに行けるとは思いませんでしたよ。」

　軽く頭を下げるアレックにナカジマはまあいいって、と返す。

　「あいつはコリンの後ろに乗っけて貰って初めて空を飛んだ。そして、お前がいなくなっているときには、ルカの奴が俺に無断で気晴らしに乗っけてやったことがある。……だったらお前が乗っけてやってないってぇのはなんか間違ってる気がするだろうが？それよりよぉ、アレック。」

　ナカジマの黒い瞳に剣呑な光が宿る。アレックは身構える。長い付き合いで、こういうときのナカジマは要注意だとわかっている。触れようによってはとても危ない。

　「お前、とんでもねえことをやったな？」

　「…………」

　確かにとんでもないことをした。ナカジマが怒るのは当たり前といえば当たり前だ。

　「答えねえってところを見ると図星だな？いや、エリカがドックに戻ってくるときから、なんか妙に浮付いて、重力がなくなっちまったような歩き方をしてたもんだから、お前いったい何やらかした、ってカマかけてみたんだよ。そしたら、顔色変えて、『アレックさんは悪くないんです！』と来たもんだ。そして『どうしても、ってねだった私が悪い』だの『でもアレックさんは凄いんです』とか『とっても気持ちよくて素敵だった』とか『もう一度、もう一度ってせがんでしまって』だの顔赤くしてまくしたてたから、そこに居合わせたコリンが鼻血噴いたぞ？」

　「は？」


　鼻血……を噴く？

　　ああ！！

　一瞬、世界が凍ったような気がした。

　すると、ナカジマはにやりと笑った。

　「安心しろ。誤解したのはコリンだけで、奴はオズウェルが盛大に殴ってやった。……ま、俺はそれなりに手ぇ出すべきだと思ってるがな。エリカは２年待ったんだぞ。お前だってそれは同じだろう。」

　「……彼女はまだ若くて無垢です。俺なんかが容易く手折っていいわけがないでしょう。」

　お前、帝国で何かあったのか、とナカジマは低い声で呟いたがアレックは聞こえないふりを装った。

　「まあいい、……話を戻すぞ。お前、エリカをのっけたまんまで、マニューバやらかしたな？」

　ばれてしまったものはしょうがない。アレックは頷く。

　どうしても、どうしても経験してみたい。人と飛行機が一体になり、オオルリの旋回性能をフルにつかったマニューバがどんなものなのか確かめたい。真剣な顔でエリカにそう言われ、少しでもエリカが恐怖を感じたならばすぐにやめる、という約束でアレックは軽いマニューバをしてみせたのだ。しかし、彼女は恐れるどころか、歓声をあげた。満面に笑みをたたえ、風に髪をなびかせて子供のようにもっと、もっととせがんだ。……マニューバは……少なくともアレックが身につけたマニューバは空戦のためのものだった。しかし、エリカにとってのそれは、決してそうではなかった。空を見、風を感じ、アレックの操縦を見……彼女は高度なターンのときにも、宙返りの時にさえも笑っていた。降下して急上昇するときには、このままエリカを天国にまで連れて行けそうな気さえした。

　「すみません。言い出したのは彼女ですが、全て俺の判断でしたことです。」

　するとナカジマはしかめ面を崩した。

　「ピクニックには遊びがつきもんだからな。それより、前にも増してあいつはお喋りになっちまった。今さっきもキールの改良について３つも案を出しやがった。……今度の喋りは、ふわふわせずに地に足がついているがな。……オズウェルもいつも通りの仏頂面のようでいて密かに笑っていやがった。これからがが楽しみだぜ。」

　「……怒らないんですか？」

　「何でだ？エリカを乗っけてて、お前が危険な飛行をすることなんかありゃあしないだろが？……エリカが壁にぶちあたったときにでも、また後ろに乗っけてやってくれ。オズウェルのことも頼むかもしれんぞ。いや、ご苦労、ご苦労。」

　軽やかに手を振って去っていくナカジマにアレックは苦笑する。ピクニックに送り出してくれたのは嬉しいが、やはり親方は食えない男だ。ちゃんと自分達の利益になるとわかってすべてを仕切っている。

　だが、親方もオズウェルも知らないことがある。それを知ったら、オズウェルは沈黙し、コリンはまた鼻血を噴くかもしれない。実際、アレックは一度大きな危険を感じて肝を冷やしたのだった。

　「アレックさん!!」

　エリカがやってくる。辺りを見回し……ナカジマがいないことを確認しているのだろうか。誰もいないとわかるとアレックの前に立った。

　「親方さんに叱られませんでしたか？あの、マニューバのこと、ばれてしまって……」

　大丈夫だよ、気にしないで。というと、エリカはぱあっと顔を明るくして、そうしたらまた乗せて下さいね！とアレックを見上げた。

　「機会が許せばね。……でも、もう今日の場所はダメだよ。」

　エリカは目を見開く。

　「ご、ごめんなさい。やっぱりあそこは邪魔なんですよね。……アレックさんの操縦をもっともっとよく見たかったからお願いしたんですけれど……御免なさい!!膝の上に座らせて貰うなんて！」

　そう、エリカは湖から離水してしばらくアレックの膝の上に居た。湖に二度目の着水をしてから彼女は後部に戻り帰途についたため、親方たちは気付いていない。

　「危険、だったですか。」

　「……かなり、ね。」

　何が、とはエリカにはいえない。分厚い飛行服を通して尚伝わってくる体温、柔らかな体の感触、腕を動かすときに触れてしまった胸の膨らみ、風になびいて甘やかな香りのする髪……そういったことではない。飛行に集中していれば、それらに惑わされることはない。それがパイロットというものだ。しかし……肩越しに振り向いて、輝くばかりの笑顔を見せられたとき、アレックの心臓は大きく一度飛び跳ねた。……40の男が12の純情な少年のように心ときめいてしまったなどとどうしたら言えるだろうか。彼女の笑顔は彼に向けたものではなく、空に向けたもの。そして、彼はそれを知っていて空に嫉妬するのではなく、自分と同じく空に恋している彼女を堪らなく愛しく思ったのだ。その瞬間頭は真っ白になり、歴戦のエースは生涯で一度だけ、失速しそうになったのだった。



　「君があそこにいたら、俺はきっとすべてを忘れて飛びたいほうへと飛んでしまうかもしれない。……そんな危険なことはさせないでくれるかい。」

　どう返答してよいのかわからずもじもじしているエリカの頭にポンと手を載せ、アレックは『また必ず空を飛ぼう。君と一緒に。』と微笑んだ。
「キュンキュン」を目指しました。

目指したんです!!(涙)

「風色」ではアレックさん以外の人たちはエリカちゃんと一緒に飛行機に乗って、そういうスチルもあるのに、アレックさんだけどうしてないの!?どうして!?エースなのに!王国一のエースなのに!!本編でやっていないなら、自分で書くしか…と思って書いたのですが、うちの主人公は私が思ったよりも「飛行機バカ」でした。アレックさんは空が好き。エリカちゃんも空が好き。……恋愛薄くなってもそれでもういいや、と妥協する自分が哀しい。
実際、膝の上に座らせたら随分邪魔でしょうが、きっとアレックさんなら飛べる。がんがん飛べる。アレックさん頑張れ、うんと頑張れ。(←それが今回の頑張れ!?)
そして、折角膝の上に座っているのに操縦の様子とマニューバと空と風に歓声をあげていて糖分の殆ど無いエリカちゃんは究極のジェットコースター娘にして、恋人を前にしながら、恋愛音痴。ああ、やっぱり「飛行機バカ」極まれり。

しかし、コリンの扱い悪いですね……(うちのコリンはギャグ要員らしいです)

戻ります