空より青く |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 時期は1914か1915年オオルリがクラウスの指揮する陸軍航空中隊に導入された時のお話。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
その日、クラウス・ウーデット大尉率いるパイロット達は、急ごしらえの離着水桟橋の傍で揃って顔を上に向けていた。体格のいい男どもが一列に並んで空を眺めている様はなんとなく滑稽でもあるが、彼らの表情は一応は真剣だ。視線の先には空より青い機体がこちらに向かってやってきている。海軍のために開発された新型戦闘機、通称フライキャッチャー。その機体がおそらくお偉方達の間ですったもんだがあった末、この陸軍航空小隊へも導入されることになった。……そして今日、海軍所属のパイロットが初めの一機を配達しにきたというわけだ。しかし、その飛行はどこか危なっかしい。いや、ありていにいってしまえば「よたよた」という擬態音が似つかわしい。 「おいおいおいおい、海軍野郎は船酔いはしないっていうが飛行機に乗ると酔うのかね？」 誰かがぼそりというと、すかさず合いの手が入る。 「ひょっとしてほんとに飲んでんじゃないか？陸軍にいじめられるんじゃないかとびびってここに来る前にいっぱいひっかけちまった、とまあそんなとこか？」 「……しかしよぉ、あの青い奴、フライキャッチャーって言ったか？写真を見たときもそう思ったが、実物を見れば見るほど……」 目の上に手を翳し、激しい光をよけていた一人はそこで口をつぐんだ。 「なんだよ？見れば見るほどんなだってんだ？」 言えよ言えよ言えよ、と同僚からの視線が突き刺さり、男はしぶしぶ先を続けた。 「……どうしたって、まともに空戦ができるとは思えねえ。……あんなに重心が高い暴れ馬をどうやって手懐けりゃいいんだ？」 違いないね、と静かに一人が言って笑った。男は微笑んだまま言う。 「それ以前にあんなものがどうして飛んでいられるのか理解に苦しむよ。」 「おいおいおいおい、アレック、お前、あの青いのに一番先に乗れってうちの鬼大尉からご指名受けてるんだろうが。そんな弱気じゃ海軍野郎に馬鹿にされちまう。」 伍長の肩章をつけた金髪の男はくすっと笑った。 「理解には苦しむけれど、ほら、ああやって飛んでいるのは確かだし、ひとまずは今乗ってきた奴よりもうまくやればいいんだろ？だったら可能なんじゃないかな？」 ニ三人がアレック詰にめ寄る。 「奴より少しうまく、じゃなく、完っ璧に飛んでくれよ。海軍野郎の鼻っ柱を根元からへし折れるくらいにな。」 「それに、今度のお前の飛行は賭けの対象になっている。離陸…じゃねえ、離水に一度でも失敗したら、俺の掛け金がフイになっちまうんだ。」 「陸軍航空中隊のエースの腕をみせつけてやれ！」 フライキャッチャーは少しずつ大きくなっていく。ドックからは、整備兵たちがわらわらと出てきて配置につく。デザインの違う整備服が混じっているが、あれが、フライキャッチャーの整備法を教えにやってきた海軍からの技術兵だろう。そして、その後ろから、パイロット達のボス、クラウス大尉が数人の人間の前に立ち…… 軽口を叩き合っていたパイロットは慌てて整列し、クラウスがやってくると正確な型で敬礼をした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「……以上がJuk-3 フライキャッチャーの概略であります。」 離着水桟橋からドックに運び込まれたフライキャッチャーを前に、一人の技師が彼を囲むパイロットや整備士達の前で淡々と解説していた。彼は海軍にも陸軍にも属さない航空機会社の技師で、この青い機体の開発者の一人だという。まだ３０代後半だと思われる顔立ちであったが、油っ気のないパサパサとした薄茶の髪にはかなりの白髪が混じり、大きな眼鏡のレンズはちらりと見ただけで相当度が強いとわかる。作業服からにゅっと出た手袋をしていない手は、痩せこけていて、背は大柄な女性ほどもない。 もしも彼が徴兵検査を受けたなら、「体格」の欄に即座にＤ−(マイナス)が書かれる、そんな風体の技師であった。 「何かご質問は？」 長身揃いで上から自分を見下ろす視線にも臆せず、技師は胸を張って斜め上を見上げ、嘗め回すようにパイロットたちを睨む。 ややあってから、飛行中隊隊長であるクラウス大尉が低い声で問うた。 「Juk-3の大きな特徴は離着水時にキールを使用することと、優れた旋回性能とお聞きした。着水を拝見し、今の説明と合わせてキールについては合点がいったが、旋回性能については現在のところ疑問を持っている。重心を上部に持ち、飛行状況は過分に不安定に見えたが、どうお考えか。」 すると、技師はキッ！と、フライキャッチャーを運んできた海軍のパイロットを睨みつけた。貧相な小男からの突き刺さるような視線に、大柄なすらりとしたパイロットは肩を竦めた。 「いくら、機体の性能が向上しても、乗り手がボンクラでは駄目だ、ということです。……ここで、フライキャッチャーがこちらの設計通りの旋回性能を発揮しなければ、この中隊のパイロットは全員ボンクラだということを証明することになる。そういうことです。」 陸軍のパイロット達は、正しく顔は前を向けたまま、目だけを動かした。 クラウスは部下達の反応を見、面白そうに口角だけを上げて笑った。 「ほう、自信をお持ちのようだ。我々の現在の乗機であるJuk-2マーティンよりも全ての点で上をいく性能を持っているとおっしゃるか。」 技師は胸を張る。 「当たり前です。そのように設計したのですからな。マーティンに劣る点は一点のみ。」 「その一点とは。」 「フライキャッチャーは、陸地からは飛び立てない。陸地に下りることもできない。ただそれだけです。 我々はすべての力を投入した、あとは貴殿らがその性能を引き出せるかどうかだ。すぐれたパイロットならば、フライキャッチャーを手足のように扱うことができるはずだ。」 不機嫌そうに、だが、自信たっぷりに言葉を言い放つ技師をクラウスはますます面白そうに見続ける。 「成程、あの機体は空を蝶のように舞える、と。」 すると技師は目の周りをさっと赤くして大声で言った。 「あんなにひらひらと益体もなく飛ぶ虫ケラとフライキャッチャーを同列に並べないでいただきたい。フライキャッチャーは大空を飛ぶ鳥だ。空より青い翼を広げて鋭角的に飛び回ることができる鳥だ。」 そうまくし立ててから、技師は今度は頬を赤くした。あまりに主観的なものいいをした自分が、この男には許せなかったらしい。しかし、顔の赤さはすぐに戻り、技師はフライキャッチャーの旋回性能についての踏み込んだ説明を開始した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「しかし、なんだねぇ、あのちびのおっさん、言ってくれるじゃないの。つまるところ、何か不具合があったら全部俺達の責任にしちまうぞってことだろ。」 「……空から墜ちたらコクピットが棺桶に早変わりって感覚があのちびすけセンセイの頭にはカケラもないんだろうさ。」 控え室に集まったパイロット達は先程の技師の悪口を互いにぶつけ合った。 「一度乗ってみりゃあいいんだ。あのバランスの悪そうな青い奴に。」 「……いやいやいや、シートを前に出せるだけ出しても、あのちびすけセンセイじゃう〜んと足を伸ばしてもラダーペダルまで届きっこないわな。」 男達は爆笑する。 「それより、あの眼鏡見たか？レンズが渦まいていそうだったぜ。あれじゃちょっと離れた場所にいる人間の顔すらわかるかどうか。コクピットに座らせるのは無理だろが。機体が叫ぶぜ、『お願いだからこのチビのおっさんを俺のシートから引き摺り下ろしてくれ！俺はまだ墜落したくない！』ってな。」 陽気なパイロット連の中では真面目な部類の男が、少し離れていたアレックに声をかける。 「で、どうなんだ、アレック。説明聞いててどう思った？海軍でも試用段階ってことだが、本当に凄い旋回性能が出せると思うか？」 先程からの同僚の悪口には加わらず、黙っていたアレックは頭を掻いた。 「どうかな？俺は技術者じゃないから、感覚的なことはともかく難しいことはわからないよ。でも、あの人が出せるっていってるんだから、きっと出るんだろうな。いや、パイロットとしては出さないと拙いんじゃないか？」 同僚は相変わらず悪口で盛り上がっている。 「操縦できもしない奴が、よくもパイロットの腕にに口を挟んでくれるよ。ぶつぶつ言うんだったら自分で飛んでみやがれ。」 「実際、空に連れて行ったら、顔面蒼白で泡吹くかもな。それで、『降ろしてくれー！』って叫ぶんだ。」 「誰かチビ先生をマーティンの後ろにのっけて一回りしてやれよ。そしたらもうちっとはパイロットを尊敬するようになるかもしれないぜ、あのおちびちゃんは。」 「うお、俺、乗っけるんなら可愛い女の子って決めてるんだが、不本意ながら、物凄くあのおちび先生を乗せてやりたくなってきた！どうせだったら、あの安定の悪い青い奴に乗っけたいもんだね。あんたの設計したじゃじゃ馬は、こんなに無様に揺れるんですぜってさ。おう、アレック、なんだったら、センセイを後ろにのっけてテスト飛行してみろや。軽くマニューバ入れて。」 「やめろやめろ、ほんとに乗せたらやっこさん失神しちまうぜ。」 すると、アレックはくすっと笑った。 「死んじゃうかもしれないから、それは止めとこう。」 陽気な悪ふざけは先陣を切って大いにするものの、普段から特定の個人に悪意ある言葉を吐くことはないアレックがさらりとそう言ったことに驚き、同僚達は静まり返った。 「……フライキャッチャーに乗って空を飛んだら……その上、マニューバまでしてみせたら……あの人は幸せのあまり死んでしまうかもしれない。……そう思わないか？」 かもな、とアレックの隣にいたパイロットが呟いた。 同僚達が暫くして頷いたのを確認したアレックは、飛行服の袖に腕を通し、飛行帽を被った。 「じゃあ、元騎兵としてはあの空より青い暴れ馬君をどうにか乗りこなしてくるとするか！……早いうちに旋回性能引き出せなかったら、どうやら俺の負けらしいから。」 未来の“オオルリ乗りの救国のエース”は軽く手を上げ、片目を瞑って部屋から出て行った。 |
| オオルリと技師さん。空が飛びたくて、でも体格も、視力も、パイロットとしては失格で、それでも空が飛びたくて飛びたくて飛行機を作っている……そんな人がオオルリの開発者の一人だったら……という話です。 表面的には無礼でとんでもない人で、でも、空や飛行機が好きな「同志」にとっては、その心情がひしひしとわかってくるんじゃないでしょうか。 勿論、一回目の飛行ではアレックさんも普通に飛ぶだけで四苦八苦、地上で見上げる技師さんからも悪態つかれてるはず。数ヵ月後、オオルリの旋回性能をフルに引き出したアレックさんの飛行を見、満面の笑みを浮かべて男泣きに泣く技師さん……なんて未来があったらイイ。 若い頃のアレックさんがどんな人だったのか未だよくわかりませんが、陽気で悪ふざけもして、でもクーおじさんの真面目さや部下思いのところをとっても尊敬していて、でもって、心の機微には敏感な誠実な人だったと思いたい。 そして…… 製作スタッフにまで「飛べるわけ無い」みたいに言われるオオルリに愛の手を!! |
戻ります |