兎・熊・あなた |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。 時期はアレックさんED後。所帯を持ったあとです。 ネタバレに留意しておりません。また、我が家設定が満載ですのでご注意ください。ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 それでもよろしければ。 年齢制限には全く相当しないと考えておりますが、夜の時間・寝室でのお話ですので、そのようなものにほんの少しでも嫌悪感を抱かれる方は、お読みにならないでいただければ幸いです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
感じたのは、強い圧迫感だった。 普段、眠りについたら朝までぐっすりと眠り、少しのことでは目を覚ますことのないエリカだったが、この、肺が押しつぶされそうな感覚は並大抵のことではない。胸が痛い。腕も痛い。体も、頭も、何かにぐっと押し付けられ、閉塞感が襲ってくる。いったいこれはどういった悪い夢なのだろう。夢の中で自分は狭い箱にでも押し込められてしまったのかしら、自分は果たして息ができるのかしら、と、鼻から小さく息を吸い、半開きにした口からふうっと吐き出してみる。大丈夫、苦しいけれど、息はちゃんとできる。……そんなことをしているうちに意識がはっきりとしてきて、状況がわかってくる。 これは夢ではない。自分は目を覚ましている。 だったら…… エリカはそっと目蓋を開ける。自分の顔が押し付けられているのは、夫の胸。自分の体を締め付けているのは夫の腕。指が二の腕に食い込んで痛む。……この人に強く情熱的に抱きしめられたことは幾度もあるけれど・それはいつだって根底に優しさがある愛情深い抱擁であって、このような……しがみつく様な力任せのもではなかった。 エリカは身じろぎしたが、腕は緩んでくれなかった。……彼は眠っているのだろう。起きていたら、彼女の反応に気づかない筈がない。それでも随分苦労して少しずつ頭を動かして上を見ると、窓から差し込む幽かな月明かりに照らされ、眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情のまま目を閉じている夫の顔が見えた。 また、悪夢を見ているのかしら。起こした方がいいかしら。 アレックさん、と声をかけようとして、エリカは思いとどまった。自分が心配して起こしたと知れば、この人はそれを必要以上に気に病む。 気にしなくていいのに……私、奥さんになったのに。 ……しかし、何をどのように言おうとも、彼は自分を捕らえている頸木から自分を決して解放しようとはしない。彼の心の持ちようで頸木はすっと抜けてくれるというのに……そんな彼だから、エリカは好きになったのかもしれないが。 今日は冷や汗をかいてもいなければ、うわ言もなく、息も静かだ。エリカは力を入れて上向けていた頭を再び前に倒し、夫の寝間着に額をすりつけた。……自分も昔、寝台で何かをぎゅっとしがみ付くように、縋り付くように抱きしめていたことがあったように思う。あれは一体何時だったかしら。 一番初めに思い出したのは、少女の頃、お腹が痛くなったとき。何をどうしても痛みが治まってくれなくて、ベッドの上で丸まって呻いていると、母が笑いながら、『お腹をあっためて静かにしていれば、じきに軽くなってくるわ。母さんもそうだったから、我慢我慢』、と湯たんぽを渡してくれた。ベッドに膝を立てて座り、陶器製のゆたんぽをキルティングの布でくるんだものをお腹にあて、枕を載せて、自分の膝を枕ごと抱えてぎゅっと抱きしめていたっけ。…………そうしたら、痛みもじきに治まって…………でも、あのときは本当にお腹が痛かったのだもの…………アレックさんは、私のことをこうしていたら、少しは気持ちが楽になってくれるのかしら。そうだとしたら、ちょっと息が苦しいことくらい何でもないのだけれど。いいえ、もっともっと強く締めてもらって構わない。…………私、何かを抱いていて、気持ちが楽になったこと、確かあったと思ったけれど。 そうして更に考えていると、ずっと昔の…………自分が幼い子供だった頃のことが鮮明に浮かび上がってきた。そう、あれは、まだ五歳にもなっていなかったのではないだろうか。 「うさちゃんと、くまちゃん……」 口から言葉が反射的に漏れ、その音声に反応したのか夫はう……ん、と小さな呻きを漏らし目蓋を二三度震えさせてから細く目を開けた。そして、エリカが起きており、自分が抱き潰しそうに強い力で彼女を腕の中に閉じ込めているのを知ると、慌てて腕を緩めた。 「すまない。酷く力を入れていたようだね。苦しかったろう。痛くはなかったかい、腕に痕がついてしまったのじゃないかい。」 エリカは、がば、と起き上がるとふるふると首を振りついでに腕をぐるっと回してみせた。 「大丈夫です。そんなに苦しくなかったですし、痕なんて……あ……」 ネグリジェの腕を捲ると、掴まれていたところが指のとおりに色が赤くついていた。エリカは慌てて袖を引きおろす。 夫は目ざとくそれを見つけ、自分も起き上がると改めて袖を捲った。 「……やっぱり……これはかなり痛いだろう。」 「いや、私の腕、きっと痕がつきやすいんですよ。」 「……エリカ、嘘はなしだよ。俺は君の声を聞いて目を覚ましたんだ。痛くて声が出たんだろう。」 「嘘なんかいっていません。えと、確かに声を出しましたけれど、あれは、子供の頃のことを思い出して……」 アレックは心配そうな、そして彼自身を責めるような表情でこちらを見ている。説明しない限り、納得してくれないだろう。 「小さな頃……もう理由は忘れちゃいましたけれど、、夜眠れなくなったことがあったんです。悲しくて、怖くて、どうしようもなくて……ベッドの中でわんわん泣いていて、涙が止まってくれなくて。……母が気づいてやってきてくれて……『母さんがずっとそばにいるから安心して眠りなさい』っていってくれて……それで私、泣き止んだんですけれど、眠るのが怖くて……目を閉じたら、いくら母が一緒にいてくれても、いてくれているかどうかわからなくなってしまう。だから、眠れない眠りたくないって駄々を捏ねて…… そうしたら、母は、枕もとのテーブルに座らせていた私のお気に入りのぬいぐるみを二つ、私に『はいっ！』持たせたんです。うさぎとクマのぬいぐるみ。母の手作りで、当時の私にとっては大切なお友達でした。そしてこう言ったんです。 『エリカ、お友達と一緒なら大丈夫よ。うさぎさんは、悲しいときにエリカと一緒に泣いて慰めてくれるの。クマさんは、怖いものが来たときに守ってくれるし、エリカに勇気をくれるわ。』って。……それからずっと長い間、私は悲しくなったり怖くなったりして眠れなくなると、その大切なお友達をぎゅっと抱きしめて眠りました。ぎゅって強く強く抱きしめると、悲しいのも怖いのも、うさちゃんやクマさんに伝わって、一緒に泣いて、そして守ってくれるって信じて……十歳くらいまで……今考えると子供っぽくて恥ずかしいですね。…………でも、本当に安心して眠れたんですよ。 さっき、そのことを思い出してアレックさんの胸に額をつけて考えていたんです。私、うさちゃんやクマさんのような役目をできるのかな、って…………だったら、いいのにな、って。あ、あ、別にアレックさんが子供みたいとかそういうことを思ったわけでは全然なくって、二十以上も年下の私が偉そうなこといってるみたいで嫌なんですけどその、うまく説明できないんですけど。」 じたばたするエリカに、アレックは目を細める。 「…………ああ…………そうだね。…………それなら何も悩まなくていい。……だって、君は俺の為に一緒に悩んでくれ、俺に勇気をくれたじゃないか。」 首を傾げたエリカには、あまり自覚がないのだろう。 「……とにかく、さっきは苦しい思いをさせて御免。これからは遠慮なく起こしてくれていいから。いや、起こして欲しい。」 すると、エリカはぴんと背筋を伸ばして正座し、両の膝にぐっと握った握りこぶしを置いた。 「あのっ、でも、私、アレックさんにぎゅっとされるの嫌じゃないですから、っていうか大好きですから……その、あんまり強くじゃなければ……」 本音を小声で言ったエリカの長い髪を“無理しないで”、と、アレックは優しく指で梳く。 「無理なんてしてません。あの、だったら、代わりといってはなんですけれど、私が悪い夢を見たとき、私がアレックさんをぎゅっとしていいですか。私、渾身の力を込めて思いっきりぎゅっとしちゃいます。ちっちゃな頃にうさちゃんやクマさんにしたみたいに。そうしたらおあいこですから。私、アレックさんをぎゅっとしてたら、絶対に悪い夢なんて気にならなくなりますから。」 アレックは考える。エリカが悪夢を見て自分を胸にぎゅっと抱きしめてきたとして……。 「いや、エリカ、それは一方的に俺の得になってしまうと思う。」 「は？」 目を大きく見開き、言葉を途切れさせたエリカの頭をアレックはぐりぐりと撫でる。正座したままパチクリしながら自分を見上げる彼女の様子が本当に幼い子供のようで、アレックは少し笑った。 「うん、それはまたゆっくり説明しようね……明日も早いから今日はもう寝よう。パイロットが命を預ける整備士の睡眠時間を削ったなんていったら、親方に怒られてしまうよ。」 先に体を横たえ、左腕を横に伸ばす。エリカは合点し、彼の腕を枕にし毛布を顎まで引き上げて左手でアレックの寝間着をぎゅっと握った。 「おやすみ、エリカ。」 「おやすみなさい、アレックさん。」 しばらくすると、アレックが見守る視線の先でエリカがすうすうと寝息をたてていた。 (………………ウサギでも、クマでもなく、君は『君』だよ。唯一無二のね) そして、彼女の髪の先をそっと指先で触る。 (君にとっての俺は……何者なんだろうか、こんな俺が君にとっていつも安らげる存在になれるのだろうか) そう静かに自問しているうちに、彼もまたゆっくりと睡魔に襲われ、眠りの中に落ちていった。 |
| 小ネタ的なお話。今までの話とちょっと毛色が違う気がしまして、まずは日記経由でアップします。(ほとぼりがさめた頃「風色」の部屋に格納予定。 いちゃいちゃしている話でも艶っぽい話でもありませんが、どうにもこのサイトではこういったものが珍しいものでして… 「うさぎは一緒に泣いて、クマは守ってくれる」は昔どこかで読んだ文章からの引用です。なるほどなあ、とそのとき思ったので。題名の「兎・熊・あなた」はヤング作の私の大好きなＳＦ短編「タンポポ娘」の「一昨日は兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた」のもじりです。 |
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