ひこくみん　

ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ネタバレと我が家設定満載ですので、ご注意くださいませ。

アレックさんED後の話ですが、二人の間に生まれた長男、ディック君とコリンの話です。そういった捏造子世代話が苦手方はご了解の上お読み下さい。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。

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　「……だから、僕は大きくなったら、旅客機のパイロットになりたいです。大きな飛行機を操縦して、遠くの国に行きます。ブリステントにも、ロマッシアにも、アメリゴスにも、ジパングにも行きます。いろいろな国の人に会って友達になって、そうしたら、ユクトランドにも旅行に来て貰います。お父さんとお母さんも飛行機に乗せてせてあげます。そして一緒にいっぱい飛びたいです。」

　パチパチと拍手が起こる。ノートに書いた作文を読み終えた男の子はちょっとはにかんで頭を掻き、ストンと椅子に座った。

　「しっかり読めましたね。ディックが空と飛行機が大好きな気持ちが先生にも伝わってきたわ。」

　年配で小太りの優しい顔の担任教師は目を細めて男の子を褒めた。ディックはちょっと得意な気持ちになって頬を紅潮させた。
　昨日、家でこの作文を書きあげ、声に出して両親の前で読んだとき、二人は良く書けている、と褒めてくれ、そして旅客機のパイロットになりたいと言ったことを大層喜んでくれた。まだ小さい妹も、『私もお兄ちゃんと一緒にパイロットになる。お兄ちゃんと一緒がいい〜。』と大はしゃぎし、二人でオオルリの模型をもって居間を縦横無尽に走り回り、夜だというのにあまりに騒いだため、普段はとても優しい母親を怒らせてしまい……怒った母を笑顔にさせるのは、子供達が二人揃って神妙に謝るだけでは足りなくて、父に助力を頼んでキスして貰うことになり……最後は皆で笑って『おやすみなさい』をしたのだった。

　両親に褒められ、先生に褒められ、クラスの皆から拍手され、ディックは得意の絶頂にあった。学校が終わった彼はしばらく校庭で友達とボール投げをして遊び、一度教室に戻って、小さな石板とノートと筆箱を抱えると、スキップでもしそうな弾んだ足取りでフォンク亭へと向かった。まだこの時間には両親は仕事をしており、両親が帰ってくるまでの間、ディックは朝から預けられている妹のアマリアと一緒にフォンク亭で両親を待っているのが常だった。

　セルジュお兄ちゃんやサラお姉ちゃん、ティノさん、おかみさんにも、おばあちゃんにもおじいちゃんにもこの作文を読んであげるんだ。そうだ、大家さんのおじいちゃんにも読んであげなくちゃ。そしたらきっとみんな先生みたいに褒めてくれるよ。お父さんとお母さんに先生に褒められたって言ったら、どんな顔をするかな。お母さん、ぎゅっと抱きしめてくれるかな。お父さん、高く抱き上げてくれるかな。

　左手に抱え持ったノートをちらっと見、ディックはにまにまと笑った。

　と、その前に、待ち伏せをしていたのだろうか、一人の男の子が道を塞ぐように現れた。体が弱く、運動は苦手だが、勉強が良くできる優等生で、確か父親は銀行に勤めているということだった。飛行機のしくみについてとても詳しい子でディックと一緒にいつまでだって話す事ができる気の合う友達だった。

　「あれ？どうしたの、エーリッヒ。僕、これからフォンク亭に行くんだけど、一緒に来るかい？」

　すると、小柄な少年は黒縁のメガネのつるに手をちょっとやり、険しい顔で腕を組んだ。

　「……？」

　友人の只ならぬ様子にディックは身構える。

　「エーリッヒ……？どうしたの。」

　するとエーリッヒはこう叫んだ。

　「ディックは非国民だ！」

　ディックは目を見開いた。友人が何かで怒っていることはわかったが、理由がわからない。そして『ひこくみん』という言葉がどんな意味をもっているのか、まだディックは知らなかったのだ。

　「エーリッヒ、僕、何か君に悪いことを言った？何を言われているか僕わかんない。ひこくみんって何？どういうこと？」

　するとエーリッヒは憤懣やるかたないといった様子で、ディックを睨み付けた。

　「どうしてディックは、旅客機のパイロットになろうとしているんだよ。お前のお父さんは、ロビュ小隊のパイロットじゃないか。どうして戦闘機のパイロットにならないんだよ。」

　「え？…………戦闘機だと、お父さんやお母さんやアマリアを乗せることができないだろう。遠くの国に遊びに行くこともできないじゃないか。だから、僕、戦闘機より、旅客機の方がいいって思って。本当はさ、家に飛行機を買って好きなときに好きなところに行けるといちばんいいって思うけど。」

　エーリッヒはこちらを睨んだままだった。

　「…………お父さんの後を継げばいいじゃないか。」

　「……お父さんの？お父さんは確かにパイロットだけど、普通のパイロットじゃないんだもん。前にエーリッヒにも話したけど、ロビュで他のパイロットの先生をしているんだよ。僕、先生じゃなくて普通のパイロットになりたいから。」

　すると、エーリッヒは大声を出して怒鳴りつけた。子供としては考えられる限りの悪態を長く長くつきまくり……それはディックが予想もしなかったことで……呆然としているディックの抱えていた石板をひったくり、ロランドの石畳に叩き付けた。石板は真っ二つに割れ、エーリッヒは走り去り…………あとには、割れた石板と、ぶるぶると小刻みに震えているディックだけが残された。


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　カラン、と扉につけてある鐘が音をたてた。セルジュが入ってきた小さな姿を認め、陽気に声をかける。

　「ディック、今日は遅かったじゃないか。寄り道してたのかぁ〜？……おい、ちょっと！」

　ディックは俯き、鼻水をときどき啜り、ぐしぐしと拳骨で目をこすっていた。左腕には真っ二つに割れた石板を抱えている。セルジュは慌てて走り寄る。こんな状態で帰ってきたことなど今まで一度だってなかった。ディックは鷹揚で、優しくて、じぶんで癇癪を起こすこともなく、他の子供達から酷く苛められることもなく……
　厨房で包丁を握っているティノが黙ってゆっくりと頷く。セルジュは頷き返し、厨房をティノに預け、しっかり少年に向かい合う。

　「どうした？どこか痛くしたか？セルジュ兄ちゃんに話してみろ。」

　セルジュは、割れた石板をぎゅっと握ったせいで白くなっているディックの指を開かせて石板とノートと筆箱をテーブルの上に置いた。店の奥では、事態に気づいたサラが、小さなアマリアと、アマリアと同い年の自分の息子を両腕に抱き、二階に連れて行った。今のディックの姿を幼い子供達に見せるわけにはいかない。

　うえっく、うえっく、としゃくりあげながら、少年は訴える。

　「セルジュ兄ちゃん、お父さんはパイロットの先生じゃなかったの？お父さんは『英雄』なの？エースだったの？」

　ディックの正面にしゃがんで鼻をかんでやっていたセルジュは、手を止め、目を彷徨わせた。セルジュはディックの問いに対する答を知っていたが、少年がそれを知らなかったということは両親がそれを知らせていないということであり……ならば、自分がそれを今ここで説明するのは正しいこととは思われなかった。どう言おう、どう言ったら一番いいだろうか、と躊躇していると、店の奥から助けがやってきた。

　「はいはいは〜い。セルジュはお客さんの相手で忙しいから、こっから先はコリンお兄さんが特別サービスでディックのお相手をしてあげようじゃあないの。」

　そして、セルジュに片目を瞑ってみせると、ディックを軽々と抱き上げて肩車した。

　「セルジュ、おかみさん、ちょっと裏庭借りるよ♪」

　ディックを肩車したまま、一度厨房に入り、勝手知ったる場所、とばかりにその奥の扉から裏庭に出ると、コリンは木製の簡素な長椅子に少年を腰掛けさせ、自分も隣に座った。
　少年は、コリンに促され、何が起こったのかをまくしたてるように話し始めた。学校で作文を読んだこと。帰り道、エーリッヒに呼び止められたこと、怒鳴られたたこと。

　「エーリッヒは、お父さんのことを英雄っていったんだ。お父さんはとっても凄いパイロットで、帝国の悪い飛行機を誰よりもいっぱい落としたんだって……」

　アレックがいっぱい敵をやっつけたから、ユクトランドは戦争に負けなかった。もしもアレックがいなかったら、ユクトランドは戦争に負け、たくさんの人が怪我をしたり死んだりしただろう。お母さんやお父さんをなくした子供達も山ほど出たに違いない。もしかしたら自分達も生まれなかったかもしれない。…………なのに、どうしてディックは軍人になって戦闘機のパイロットになろうとしないで、旅客機に乗ろうとするのか……ディックはアレック=ユーティライネンの血を受け継いでいる。すばしっこいし、目だっていい。パイロットの適性は十分にある。……もしもまた戦争が起こったとき、ディックが戦闘機のパイロットになっていたら、きっとアレックのようなエースになるだろう。アレックほどではないにしても、もって生まれた才能でたくさんの悪い飛行機をやっつけるに違いない。ディックがいたから戦争に勝てた、そういうことがきっと起こる。…………しかし、軍に入らなかったら、ディックに落とされていたはずの悪い飛行機は、ユクトランドに攻め込んできて、誰かを怪我させたり、殺したりするだろう。ユクトランドという国がなくなってしまうかもしれない。

　そんなことをエーリッヒはいつもと違ったきつい激しい言葉遣いで言ったのだという。

　「……そうしてエーリッヒは僕の石板を取上げて、地面に叩きつけて……石板は割れちゃって………………コリンおじさん、お父さんはパイロットの先生じゃなかったの？お父さんは英雄なの？僕、そんなの知らないよ。聞いていないよ。」

　まだ時折しゃくりあげているディックの髪、母親に良く似た暖かな茶の髪をコリンは撫でてやる。

　「そうだね、ディックのお父さんのことを『英雄』って呼ぶ人がいるのは確かだよ。でもさ、ディック、誰をどんな風に呼ぶかっていうのは、一人一人に任されていることだからね。」

　目を赤くした少年は、不満そうにコリンを見上げている。

　「あはは、まだディックには難しいかな〜。そうだなぁ、アレックさんは、ディックのお父さんだ。そうだね。」

　うん、とディックは頷く。

　「でも、ロビュのパイロットから見たらお父さんじゃあない、ロビュのパイロットにとってはアレックさんは先生だ。だろ？」

　うん、うん、とディックは頷く。

　「でもって、コリンおじさんにとっては先生、というより頼れる隊長さんだったりするんだな〜。あとはさ、素敵なエリカママの旦那様、かな？……こんな風に、一人の人が色々な呼び方を持ってる。『英雄』っていうのもその一つかもしれないね。でも、そうかどうか確かめるのは自分の役目。人がどう言うかっていうのは関係ないよ。ディックがもう少し大人になって、いろいろなことを知ってから自分で考えるんだ。お父さんがどういう人なのかって。」

　「……コリンおじさんは、お父さんのことを英雄だって思う？」

　コリンは笑顔を崩さない。

　「どうかな？ええっと、そうじゃない、ってことはないんじゃないかな。エーリッヒが言ったように、昔の戦争でお父さんが活躍したことは確かだよ。だから英雄って呼ぶ人が多いんだ。でも、俺にとってお父さんが一番凄いって思うのはね、一緒に飛んでいるとなんかとても安心できるってことなんだよ。でもってさ、そういうことはお父さんが英雄かどうかなんてことに比べてずっと大切なことなんだぞ。」

　母親に似た猫っ毛がくしゃくしゃになるまで頭をぐりぐりと撫でられたディックはそれでも浮かない顔だった。

　「……エーリッヒは言ったんだ。もしまた戦争が起こったとき、僕が戦闘機のパイロットになってたら、悪い飛行機を誰よりいっぱい落とせるはずだって。そういう力があるのに、そうしないのは、悪いことだって。そうしなかったらユクトランドが戦争で負けて、お父さんもお母さんも殺されてしまうかもしれないんだぞって。……やればできるのにやらないのは『ひこくみん』なんだって……。ユクトランドが嫌いなのか、って。ユクトランドが大好きなら、住んでいる僕たちは、自分勝手に考えるんじゃなくて、ユクトランドのためになることをしなくちゃいけないんだって……」

　するとコリンはディックの後ろ頭に大きな掌をあて、ぽすっと自分の軍服の胸に軽く抱きしめた。

　「それは違う。…………住んでいる人たちが、国のために自分の生き方を変えなければいけない国があったら、その国はきっとよくない国だ。」

　ディックは、コリンの胸ポケットの蓋を掴んで顔をあげる。……一瞬だけ、口を一文字に引き結んだコリンのとても真面目な顔が見えたように思ったが見間違いかもしれない。次の瞬間、彼はいつもどおりの少しおちゃらけたような、でも魅力的な笑みを浮かべていた。

　「人はね、国のために生きるんじゃないから。」

　ディックは目をみはる。

　「？？？？？？クーおじさんは、軍人は国の為に働くんだってこの間言ってたよ。それって、国のために生きるってことでしょう。コリンおじさんは軍人じゃないの？」

　するとコリンは頭を掻き掻き、でも躊躇なく言った。

　「クーおじさん、……じゃない、ウーデット司令は『正しい真面目な軍人さん』だからね。でもって、俺は『格好よくて不真面目な軍人さん』、そこのところを間違えちゃいけない。…………ディック、ちょっと考えてご覧。国のためになろうって思って何をするか考えるより、優しいエリカママや可愛いアマリアちゃんのため何ができるか考えた方がずうっと素敵だって！『国』って奴は、どんなに俺たちが一生懸命頑張っても、笑いかけちゃくれないし、ましてやキスの一つもしてくれない。俺は勲章より、可愛い女の子のキスの方が好きで〜〜す！アマリアちゃんにキスしてもらいたいで〜す…………男だったら誰でもそうだろう、…………そうでなくっちゃあいけない。いいか、女の子のキスより素敵なものなんて、この世の中には殆どないんだぞ。…………あ、これはクーおじさんには内緒だぞ。コリンさん、盛大に叱られちゃうからさ。」

　ディックは少し笑った。…………ずっと前に両親の前で“お父さんみたいにロビュ小隊に入りたい”と言ったときには二人は少ししか喜んでくれなかった。でも、昨日、旅客機のパイロットになりたいと言ったときには二人ともとても喜んでくれた。あのとき、ディックはとても得意な気持ちになれた……それは今コリンがいっていることと関係しているのかもしれない。

　「…………」

　それでもまた落ち込むように視線を下げたディックの顎を掴んでコリンは上を向かせる。

　「こらこら。……あー、そうだなー。エーリッヒのことを考えると落ち込むよなー。……ひとまず、今度エーリッヒに何か言われたら、ディックの考えをはっきり言うことだ。さっきはエーリッヒが言いたいだけ言ってディックは何も言わせてもらえなかったんだろ？それから、石版を割ったことは絶対にエーリッヒが悪い。それは謝ってもらわなくちゃ。」

　うん、と一つ頷いて少年は小声で言った。

　「…………エーリッヒと仲直りできなかったら、またコリンおじさんに相談していい？」

　「んー、そーだなー。今日みたくフォンク亭で暇してたら別に構わないが、毎日来られるわけじゃあないからね。……そういうことはセルジュが大の得意だし、ディックには相談できる友達がたくさんいるし…………何より自分で考えるのが一番なんだ。…………次にコリンおじさんと話すときには楽しい話をもってきて貰えると嬉しいなあ。……ディック、早く大人になれ。そうしたら、『男だけの内緒の話』を一杯してやるからさｖ」

　「え？どんな話なの？」

　「……アハハハ、まだヒミツヒミツ。それは、大人にしかできない特別な話なのさ。子供には絶対話せませ〜ん。ディック、君が大人になったら全部教えてやるから、楽しみにしていろよ。…………ひとまず完全に涙は止まったな。うんうん、イイ男になるには涙は禁物だからな、女の子の涙はダイヤモンドより綺麗だけど、男の涙はただのしょっぱい水、ってさ。合格合格。」



　すると、遠くから子供の泣き声が聞こえてきた。そして程なく、セルジュが現れた。そして咳払いを一つ。

　「ディック、ここに、ディックと話がしたくて、でも、話をきいて貰えるかわからなくて怖くて泣いている男の子が一人いるんだけれど、ディックはこの子と話してくれるかな？話してくれるよな？」

　ディックはセルジュの表情から何かを読み取り、頷いた。

　「ほーら、大丈夫だ大丈夫。さ、エーリッヒ、前へ出て、ディックの顔ちゃんと見て話しろ。」

　セルジュの背後に隠れていたエーリッヒが顔を出す。その背をセルジュは押し出した。いつもわあわあ泣いたりすることのないエーリッヒの顔は変に赤くなっていて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

　「ディック、ご免。僕、酷いこと言った、石版も割っちゃった。僕、僕、ディックのパパみたいにオオルリのパイロットになりたかったんだ。でも家で作文書いていて、ディックはパイロットになるんだ、僕もパイロットになるんだっていったら、お父さんが、ディックのパパは凄い英雄でディックは僕と生まれたときからできが違うって言ったんだ。そして、僕みたいに体が弱くて目が悪かったらパイロットになんて絶対になれない、だからそんな夢なんてみるなって……だから、僕、仕方なく、お父さんの後を継いで銀行家になるって作文書いたんだ。でも、銀行家なんて全然なりたくない。本当はパイロットになりたいんだ。……だから、ディックの作文聞いていたら、ディックが憎らしくなって、たまらなくなって、あんな風に怒鳴っちゃったんだ。ご免、ご免よ。」

　エーリッヒの告白を聞いてディックは鳩尾のあたりにあった冷たい塊が溶けていくのを感じた。エーリッヒは理由もないのに怒鳴ったりしない奴なんだ。うん、そういう奴なんだ。そして、悪いと思ったらちゃんとこうして謝ってくれる。

　「いいよ、エーリッヒ。謝ってくれたからいいよ。」

　「でも、石版を割っちゃった。……新しいのを買って返すよ。それまで、僕のをあげる。」

　石版を差し出すエーリッヒの手をディックは押しとどめる。

　「大丈夫。石版はぱかっと綺麗に割れたから、きっと修理ができるよ。うちのお母さん、そういうのとっても得意なんだ！この間もアマリアがひっかけて倒して割っちゃったランプの傘を継ぎ目がわからないくらいにうまく修繕したんだよ。……あの割れた石版を見せたらすっごく『燃えて』直してくれると思う。」

　“でも…………”、“本当にいいよ”、と会話しあう少年達をコリンとセルジュは見守り、二人で顔を合わせて微笑んだ。

　「あ、エリカ姉ちゃん、アレックさん、お帰り。」

　セルジュの声に、一同振り向くと、そこには仕事が終わって迎えにきたディックの両親が立っていた。アレックの手には割れた石版があり、何かがあったらしいとサラから聞いていたのか、ディックとエーリッヒ、そしてコリンとセルジュの様子をじっくり見てから少し安心したように息をついた。するとエーリッヒがおずおずと進み出た。

　「ディックのお父さんとお母さん。僕は今日ディックと喧嘩して、ディックの石版を割ってしまいました。ディックはちっとも悪くなくて僕が悪いんです。石版は僕が弁償します。どうぞ許して下さい。」

　礼儀正しく深々とお辞儀をするエーリッヒの横合いからディックが口を挟む。

　「お母さん、でもこの石版ぱりっと割れてるでしょ。なくなった破片もないし。くっつけられないかな？」

　エリカは石版を手に取り、顔の高さまで上げ、断面を見、また、二つをつき合せてみる。

　「……そうね、やってみないとわからないけれど……膠と……後ろから板を張り合わせて補強して……大家さんに相談して素敵な枠をつけて貰えば見違えるかも。……エーリッヒ、今すぐ新しい石版は買わないで、直せるかどうか試させて頂戴。直している間は学校に予備で置いてある石版を使わせて貰えるようにお話してみるわ。明日の朝早めに学校に行って、何が起こったかをおばさんと一緒に先生に説明してくれるかしら、エーリッヒ。」

　「はい、僕、ちゃんと話します。」

　アレックが頷く。

　「もうお日様も随分傾いた。エーリッヒ、君も帰りなさい、おうちの方が心配するよ。……あとで君のお母さんに今日のことを私達から話すことになると思うけれど、君がお母さんに話した方がいいと思うことがあったら今日中に話しておきなさい。」

　エーリッヒは頷き……手を差し出した。

　「ディックのパパ……じゃない、ユーティライネンさん！握手してください」

　少し怪訝に思いつつも、言われるままに握手すると、エーリッヒは満面に笑みをたたえてディックと頷きあった。

　「じゃ、僕、帰ります！ディック、今日は本当にご免。あした、また学校で！」

　また深くお辞儀し、エーリッヒは帰っていった。

　手を振って見送ったディックは、父に呼びかける。

　「お父さん、あの……」

　すると不思議にも言葉は続いて出てきてくれなかった。父が、母が、自分に教えてくれていなかったことを、無理に聞き出すことは良くないのではないか……理屈ではなく、少年はそう感じ取ったのだ。見つめる父に、ディックは言う。

　「…………ん、いい。もう少ししてから聞いたほうがきっといいんだ。」

　コリンを見ると、彼は片目を瞑り、

　「いやいや、いくらアレックさんでも話すわけにはいきません。俺とディックの内緒の話ですから。」

　とおどけた様に言い、セルジュも

　「ま、そういうこと、」

　と言って、ロビュ小隊の伊達男と肩を組んだ。






　エリカがアマリアを抱き、アレックがディックの手をひいて家路についたとき、ディックは学校で作文を読んだこと、先生に褒められたことを得意げに話し……その最後に、父を見上げて尋ねた。

　「お父さんは真面目な軍人？それとも不真面目な軍人？」

　“え、どうしたんだい？”と問い返すアレックの横で、エリカが、“ディックのお父さんは世界で一番真面目で優しくて素敵なお父さんよ”、と答えると、“そうか、そうだよね”、と少年は自分に言い聞かせるように呟き、父の手をぎゅっと握って“僕はお父さん、大好き”と頬ずりした。
一応コリンが主役の小さなエピソード。題名はあの通りですが、国家論とか愛国心とかそういったものをテーマにした話ではありません。
真面目で正しい軍人であるクラウス、自分から不真面目と言い放つコリン。実際には大切に思うものはそれほどかけ離れてはいない筈ですが、いざ、というときに、一番自分が大切だと思うもののためには、地位も、士官としての矜持も軽々と捨て去ってしまえるのがコリンだと思われます。しかしながら、コリンがそれをできるのは、クラウスのような人間がいるからこそ、であり、コリンもそれは重々承知しているのでしょう。
　アレックさんは「軍人である自分」を否定してはいませんが、息子が軍人になろうとするなら(最終的には息子の意志を尊重するでしょうが)決して諸手をあげて歓迎はしないと考えました。……そのため、このサイトでは、教導官として定年まで軍に残ることはせず、途中で退役してしまうことになっています。
　もしも……もしも再び戦争が起こり、敵の戦闘機がユクトランドの空を脅かすことになったら、ディックは「父のようになれたかはわからないが、自分が軍人になっていたら微力を果たせたかもしれない。幾つかの命を救うことができたかもしれない。」と父の後を継がなかった自分を責め、悔いるでしょう。周囲は無責任に戦闘機パイロットに志願しなかった「救国の英雄の息子」を責めるかもしれない。……結局のところ、「戦争が起こるかもしれない」という不安が濃く存在する限り、ディックの空への憧れは一点の曇りもない、というわけにはいかないでしょう。そんなことにならないよう、片眼鏡王子殿には頑張っていただきたいものです。
　ディックは基本大らかですが、真面目な場面では父親に似て、人の心の動きに必要以上に敏感な設定です。大陸大戦時の話を父親と交わすのはこれからずっとあと、自分で現代史の本を読み、コリンやセルジュに話を聞いて心の整理をつけてからです。

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